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コラボ小説
自覚した気持ち*



 最近、神坂は自分でも分かるほど、元気がなかった。ことあるごとに口から溜め息が零れ落ちるし、なんとなく上の空になってしまう回数も日に日に増していた。

 原因は言わずとも朧だろう。あれから3回程非番があったが、朧が姿を表すことはなかった。神坂の元には、治療という名目できていた彼だ。怪我をしていないなら、それに越したことはないが、なんでも良いから連絡をくれれば良いものを。

「向こうには、僕の情報が筒抜けなのに……」

 そう言われれば、神坂は朧の外見と名前以外、なにも知らない。強いていえば、彼が料理上手というくらいだ。住んでいる場所はおろか、家族構成も、どんな職業についているかも全く分からない。

 聞かなかったというのもあるが、彼と会ってから1年はゆうに経っている現状として、これはいくらなんでもダメな気がする。

(って、なんで僕は、こんなに朧のことを知りたいなんて思ってるんだ)

 他人とは、特定の人物を除いて一線を引くようにしていた。朧に対してだって最初はそうだった。特に、彼は犯罪に関わっている可能性が非常に高い人物だ。余計、しっかりと境界線は作らないといけない。

 なのに、それが時が経つにつれて、曖昧になり、いつの間にかなくなってしまっていた。もっと彼の事を知りたいし、頼って欲しい。そして、出来れば、もう少し触れあいたい。そんなことばかり最近は考えてしまっている。

 神坂には、この気持ちに覚えがあった。しかしこれは、あのときよりも強く、激しさを帯びている。

「僕、朧のこと、好きなのか」

 言った瞬間、もやもやしていたものが一気に晴れていくのを感じた。それと同時に内側から沸き上がってきたのは、朧に会いたいという気持ち。

「僕、刑事失格だ」

 犯罪者かもしれない、しかも同姓を好きになってしまうとは、過去の自分ならきっと思ってもみなかっただろう。けど、それでも良いと思っている自分がいるのだから、思わず神坂は笑ってしまった。


「刑事、やめよっかな」

 元々、医者以外と考えて選択した職業だ。正直未練もなにもない。それに、朧への気持ちを自覚した今、彼が犯罪を犯した時にきっと自分は彼を逮捕することができない。下手したら、逃亡を手伝ってしまうかもしれない危険だってある。


 それだけは、避けて通りたい道だ。

「神坂、刑事辞めるのか?」

 不意に背後から聞こえた声に、神坂は振り向く。そこにいたのは、柳だ。

「え? 柳さん?」

「どうなんだ?」

「は、はい」

「……ちょっと、来い」

「や、柳さん!? ちょっと、引っ張らないで下さい!」

 どうやら、神坂の独り言を柳は聞いていたみたいだ。柳は、彼の腕を掴んだかと思うと、凄い力で引っ張っていく。業務を失敗したときよりも怒っているらしい柳が神坂を連れられてきたのは、誰もいない会議室。何故、ここまで柳が怒っているのか、分からない神坂には、乱暴に会議室のドアを閉める彼をおろおろした目で見つめることしか出来なかった。

「や、柳さん?」

「何故だ?」

「え?」

「何故、刑事を辞める」

「それは……」

 理由が理由なだけに、神坂はどう言えば良いのか、正直わからかない。そんな彼に焦れたのか、柳は神坂の肩を掴み、壁に叩き付ける。手加減なしでやったのだろう。じんわりとした痛みが、肩から身体中に広がっていく。思わず、神坂は顔を歪めたが、彼の肩を掴む柳の手は緩まるどころか、力が込められる一方だ。

「あの、男のせいか」

「な……」

「お前が婚約などしてないことぐらい、とうに調べがついてる。なら、あとはあの男だけだ。最近、元気がないのもあいつのせいだろ」

「なんで、知ってるんですか?」

 朧の事は雄二にも神坂は言っていなかった。それなのに、なんで柳が彼の存在を知っているのだろうか?

「この前、偶然見かけた。随分親しそうだったから。そういう関係なんだろ?」

「あなたには、関係ない」

「あいつは危険だ。止めとけ。お前は気付いていないかもしれないが、あいつは犯罪を犯してる」

「分かってます!! 彼がそういう関係に手を染めているかもしれない事ぐらいは!」

「なら、何故」

「好きなんです!! そういう常識云々なんかどうでも良いって思えるほど、好きで好きで堪らないんです!!!!」

 叫びながら、涙が溢れた。自覚した瞬間から、溢れて止まないこの気持ちを止める術を神坂は持ち合わせていなかった。塞き止められず、溢れだした彼への気持ちは、涙となって神坂の頬を滑り落ちていく。もう、どうしたら良いのか分からず、神坂はしゃくりあげる事しか出来なかった。

「……やっぱり、正当な手じゃお前は手に入らないんだな」

「え?」

「俺なら、お前をこんな気持ちにさせないのに」

「っ!! 触らないで、下さい」

「……」

 すっと、涙を拭うように自分の頬を触れた柳の手を神坂は反射的に弾いた。過去に色々あったせいか、服越しならまだ良いが、神坂は他人に触られるのを極端に嫌う。今も嫌悪感しか抱かなかった。やはり、朧だけなのだ。触れられても大丈夫なのは。

「失礼します」

 乱暴に涙を拭い、神坂は会議室を後にした。そんな彼の姿が見えなくなってから、柳はポケットから携帯を取りだし、何処かに電話をかけた。間を置かずに出た相手に、彼は訊ねる。


「あの作戦は順調か?」

『はい』

「なら、それにあの計画を追加してくれ」

『よろしいのですか? あれは……』

「構わない。別に壊れてしまっても、手に入るのならば」

『分かりました』

 ブッツと切れた携帯を見て、柳は笑った。

 歪みきった、どす黒い笑みで。







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あきゅろす。
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