コラボ小説
行き過ぎた悪戯*(閲覧注意!)
「怪我したから、治療してくれ」
非番の日。そんな事を言いながら身体中に怪我をして現れた青年に、神坂は一瞬ポカンとした後、にっこりと笑みを浮かべた。
あの出会い以降、神坂の非番の日に限って青年は彼の家を訪れて、治療を催促するようになった。最初は驚いた神坂だが、こう何回もあると慣れてしまった。それに、いつもお礼と称して、彼は食事を作ってくれるから神坂にとっては、万々歳なのだ。最近なんかは、彼が来るのが待ち遠しいくらいだ。人の慣れとは本当に恐ろしいものである。
「どうしたら、こんな怪我するの?」
「転けただけだ」
「あの身のこなしの君が、転けただけでこんな大怪我するとは思わないんだけどな……。はい、終わったよ」
ぱちんとハサミで包帯を切り、救急箱の中に戻す。傷は露出している場所だけかと最初思ったのだが、血の臭いがやけにすると思い、彼の服を無理矢理に近い形で脱がせた神坂は絶句してしまった。
腕などとは非にならない怪我が、あちこちにあったのだ。銃弾を受けたらしき箇所もあり、神坂が慌てて医療道具の入った鞄を持ってきたのは致し方ないだろう。というより、激痛が走っている筈なのに、なんでそんな普通の顔でいられるのかという方が、神坂は不思議で堪らなかった。
「君、もしかして痛覚ないの?」
「いや、一般人より鈍いだけだ。まぁ、そのせいなのか、よく修行後に倒れることは多々ある」
「大量出血を伴う修行を行う方がどうかと思うけど」
どんな修行か分からないが、程々にしないと、本気で出血多量で死んでしまってもおかしくないだろう。
「そう言えば、なんで僕の所にわざわざ治療にくるの? 僕、一応刑事なんだけど」
「俺が知ってる中で、お前の治療が一番治りが早い。本当に、刑事にしとくには勿体無い男だ。転職して、医者になったらどうだ?」
「それは、どーも。けど、医者になる気はないから」
「何故だ? お前の腕なら、そこら辺の二流よりはよっぽど良いだろ」
「君が言うならそうなのかもしれないけど、やっぱり僕は医者にはならないよ」
「……」
どこか寂しげに笑う神坂に、青年は口を閉ざす。きっと、他人には踏み入れて欲しくないなにかがあるのだろう。なら、自分はあまり口を突っ込まない方が良い。そう判断した青年は、隣に投げ捨ててあった服を着る。
他の人の治療なら、この動作1つで多少の違和感を感じるのだが、彼の治療はそういうのが全くない。自分以外を治療したことがないというので、きっと一種の才能なのだろう。神坂が医者になれば、世界に通ずる腕を持つことも夢ではない。
「本当に、宝の持ち腐れだ」
「ん? なにか言った?」
「いや、別に……。今回の礼は何が良い?」
「うーんとね。シチューが良い! 小麦粉から炒めたやつ!!」
「それくらいなら、お安いご用だ」
「やった! じゃあ、買い物行こ。えっと……」
彼の名を呼ぼうとして、ふと神坂は気付いてしまった。自分は、彼の名を知らないことに。
「ごめん。名前教えてもらっていい?」
「今更だな」
「だって、君教えてくれなかったじゃん」
「そう言われればそうだったな。まぁ、お前なら教えても良いか。俺の名前は朧。春原朧」
「朧か。カッコいい名前だね」
「譲も良い名だと思うが」
「そう言われると、なんか照れる」
あまりいない苗字というせいか、殆どの人が神坂を苗字で呼んでいる。彼自身も名前より苗字で呼ばれる方が慣れているくらいだ。
そんな自分の名前を呼ばれるだけではなく、誉められるとちょっと恥ずかしい。きっと、顔は赤くなってるだろう。
「名前を呼ばれるだけで赤面するなんて、女みたいだな」
「仕方ないでしょ。呼ばれ慣れてないんだもの」
「ほう。それは、面白いことを聞いたな」
「へ?……ちょっ!」
朧がニヤリと笑ったかと思うと、ふっと神坂の視界から、彼の姿が消えた。刹那、するりと背後から腹に
腕が回ってきて、誰かが神坂を抱き寄せる。慌てて背後を見ようとした神坂の右耳にかかったのは、暖かな吐息と微かな柔らかな感触。
「譲」
「ヒッ!」
耳元で、腰に響くような低音で名前を囁かれ、神坂は悲鳴に近い声を上げる。反射的に自分を捕らえている腕から抜け出そうとするが、ふうと耳の中に息を吹き込まれ、力が抜けてしまう。
「お前、耳弱いな」
「耳元で喋らないで!!」
「譲……譲」
「ほんと、やめーーあっ!」
パクリと耳朶を甘咬みされた瞬間、口から零れ落ちた女みたいな甘い声に、神坂は思わず口を押さえた。みるみる顔に血液が上がっていくのが嫌でも分かる。
そんな、神坂に朧はぽかんとした後、その手を掴んで口から引き離す。もう一度、あの声を聞きたい。そんな欲望が頭の中を離れなくなっていた。
「譲、もう一回、あの声聞きたい」
「へ? って、まっ……アァ!」
「もっと、出せるだろ?」
「は、あ、ぁん、ンン!! や、やめ……ァア!!」
くちくちという耳を犯されるのと同時に、身体中をまさぐられ、神坂は嬌声を抑えられなくなっていた。触られる所から痺れるような感覚が全身に伝わり、その刺激が感覚に作用しているのか、息が上がり、視界が滲み始めていた。
「もう、やぁ、お……ぼろ」
「っ!?」
朧の方が身長が高いせいか、必然的に神坂は彼を見上げる感じになる。しかし、今の神坂は色々と振りきれてしまい、我を忘れている状況である。さらにいうと、神坂はあまり気付かれないが、近くで見ると中性的な顔立ちであり、そこら辺の女よりも顔が整っている。
そんな奴が、無意識とはいえ、フェロモンだだ漏れ状態で自分で見上げてくれば同姓だってどきりとくるだろう。それは、朧だって同じだ。
「ただの、悪戯だったのに」
「? おぼろ?」
「譲が悪いんだからな!」
「うわ!」
ドンと突き飛ばされたかと思ったら、いつの間にか神坂は朧に押し倒されていた。今だ正常の思考に戻っていない神坂は何故このような状態になっているのか分からず、ただ朧を見つめている。
「お前が悪いんだ」
既に自分のやった事を棚に上げ、半分開き直った朧は、欲望の赴くままに、唇を神坂のものへと近付けていく。
あと数瞬で唇が重なる。その直前だった。
ーードンドン!
「みーさーかー、俺だけどいるかー?」
「っ!?」
乱雑に扉を叩く音と共に聞こえたのは、雄二の声だ。彼も今日は非番なため、遊びにでも来たのだろう。タイミングとかは別として、だ。
「す、すまない!」
「え? ちょっ、朧!!……行っちゃった」
まるで、弾丸のように窓から飛び出して行った朧は、あっという間に姿が見えなくなってしまった。未だ状況が理解できていない神坂は暫く放心していたが、再度自分の名を呼ぶ声に、やっと体を動かした。
「雄二、煩いよ」
「いるなら早く出てこいよ。って、なんで涙目で顔赤いんだ?」
「えっと……か、感動ドラマ見てた。で
どうしたの?」
「ちょっと、買い物付き合ってもらおっかなって思ったけど、いいや。そんな顔だと俺が泣かしたみたいな視線受けそうだし」
「うん。今日はそうして」
「じゃあ。またな」
雄二が帰った瞬間、神坂はずるずると玄関に座り込んでしまった。もしも、雄二が来てなかったら大変な事になってた。
「けど、朧なら良いかって思っちゃったりしたんだよな」
押し倒された時に見た、朧の顔が凄くかっこよく感じてしまったのだ。それに、彼に触られても、全く嫌悪感を感じなかった。寧ろ、心地よい、もっと触って欲しいとまで思ってしまった。
他人の温もりなんて、恐怖しか
感じなかった筈なのに。
「今度から、どんな顔して会えば良いんだよ」
はぁ、と口から零れ落ちた溜め息は、誰に聞かれることなく、空気へと溶けていったのであった。
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