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コラボ小説
返された恩と仇*

「ん……」

 朝日の光の眩しさに、神坂は目を開けた。どうやら、青年の傷の処置をした後、そのまま眠ってしまったらしい。

「あ〜あ。スーツに皺よっちゃってるわ」

 スーツを着たまま寝たせいか、可笑しな皺が刻まれてしまったそれに、溜息を吐きながら、脱ぐ。後で近くのクリーニングに出さなくてはいけない。

「そう言えば、あの青年は?」

 辺りを見回すが、こつ然と姿が消えていた。床にある筈の血痕も、自分が彼に使った医療器具も全て無くなっていた。まるで、最初からそこにはなかったかのように。

「なんだったんだ。あれ?」

 夢でも見てたんじゃないかと本気で思っていると、玄関の方から扉を開ける音が響いた。数秒後に現れた彼に、神坂がぽかんとしたのは致し方ないだろう。

「なんだ。起きたのか」

「へ? え?」

「お前は、意味のない言葉を発するのが
好きなのか?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

 というより、何故彼がここにいる。でもって、その手に持っている袋はなんだ? 意味が分からず、目を白黒させている神坂に、青年は溜息をつきながらも教えてくれた。

「昨日は正直助かった。感謝する」

「いや、それほどでも。じゃなくて、それなに?」

「朝食の材料だ。お前は家に帰ってくる機会が少ないのか、家事をあまりしないのか、冷蔵庫に食材が入ってなかったぞ」

「まぁ、帰ってきたのは数週間ぶりだし」

「流石に刑事は大変なんだな」

 彼の口から飛び出た自分の役職に神坂は驚いた。自分は彼に役職を教えてない。なのになんで知っているのだろうか? その答えは至極単純だった。

「持ち物を漁らせてもらった。これを見れば、誰だろうと刑事だって分かるだろ」

「あ、僕の警察手帳!」

 キッチンに立ちながら、片手でひらひらと神坂の警察手帳を振る青年に、彼は確かにと頷く。そうだ。彼は自分よりも早く起きてたんだ。荷物を漁るのなんか簡単だっただろう。

「まさか、警察の厄介になってしまうとはな。俺もつくづく運が悪い」

「僕が一番、運が悪い気がするけどね。あと、警察手帳返してよ。それないと仕事にいけない」

「行かなければ良いではないか。正義を振りかざしながら、自らの手で正義を踏みにじっているあんな腐った場所など」

「ねぇ、就職してる者に対して酷いなぁとか思わない?」

「断じて思わないな。逆にそれすら気付かずに働いている下の奴らが、哀れでしょうがない」

「……」

 なんだろう。5つくらい離れていそうな子に哀れまれてされてしまった。じゅーとベーコンの焼けるいい匂いを感じながら、心の中でほろりと泣いてしまったことは内緒にしておこう。

「できたぞ。食べろ」

「おいしそう」

 典型的な洋食の朝ごはんというべきものがテーブルに並んでいるのを見て、神坂は思わず、涎を垂らしそうになってしまった。自炊よりスーパーの惣菜で済ましてしまうタイプだったので、こういう手作りの食事は本当に久しぶりだ。

「いただきます」

「どうだ?」

「うん。美味しいよ」

 と言うより、こんなに美味しい朝食初めて食べた。そう思うほど、この朝食はどれも美味しかった。

「是非とも嫁に欲しいね」

「俺は男だ」

 そう言いながらも、青年の頬が若干赤い所を見ると、照れているのだろう。なんだか分かり易くて、神坂は思わず微笑を浮かべてしまった。

「なんだいきなり気持ち悪いぞ」

「別に気にしないで。あ、そろそろ職場に行かなきゃ。君はどうするの?」

「……いきなり銃を突き付けてきた本人を目の前にして、呑気だなお前は」

「別に警戒する必要ないでしょ。怪我してて殺気立ってたんでしょ」

「まぁ、そうだが。俺を捕まえないのか? 俺がしたのは立派な犯罪だろ」

「ん〜、朝食でチャラという事で」

「本当に呑気だな」

「それで良く先輩にどやされるよ」

「その先輩に同情する」

「ははは」

 呆れた目で見られ、神坂は空笑いしかできなかった。自分で言うのも難だが、全くその通りだ。反論すら思いつかない。まぁ、良く「お前は、刑事に向いてないよな」と言われているので慣れているが。

「取り敢えず、警察手帳返してくれない?」

「俺には必要ないからな」

「ありがと〜」

 また、何か言って返してくれないんじゃないかと正直ひやひやしていたが、すんなり返してくれて良かった。内心、ホッとしながら彼の持つ警察手帳へと手を伸ばす。そして、その手が手帳に触れた瞬間、手首を掴まれ、指に何かを嵌められた。その時間、わずか数瞬。

「……へ? 指輪?」

「保険だ。全く向いてない。というより、転職した方が良いんじゃないかと思うお前でも、一応警察だからな。無いよりはましだろ」

「うわぁ〜、酷いな。で、これなに?」

「盗聴器付きの爆弾だ。もし俺の事を誰かに話してみろ。その爆弾が爆発して、お前は死ぬ。無理に外そうとしても同じことだから用心することだな」

「ちょっ!?」

「じゃあな。呑気刑事」

 ひらりと手を振った青年は、一瞬で窓枠まで行くと、そのまま外へと飛び出す。一応、ここは四階だ。命綱無しで降りるのは少し無謀すぎる。慌てて神坂は、窓から身を乗り出して下を覗き込む。だが、そこには青年の姿はない。地面にも、無残に潰れた死体も無かったのでどうやら無事出て行ったようだ。

「こっちの方が問題か」

 そう言いながら、神坂は自分の右手の薬指に嵌った指輪を眺める。朝日を浴びて鈍く光るのは、黒い宝石のようなものが嵌ったシルバーの指輪だ。それ以外、どこから見てもただの指輪だ。普通の人が見たら、爆弾とは絶対に思わないだろう。

「けど、最近、金属にしか見えない小型爆弾が見つかったしな」

 威力は落ちるが、人1人位なら余裕で吹っ飛ばせるって上司が言っていたのを思い出した神坂は、顔面から血の気が引いていくのを感じた。もう、自分の指に嵌っているのが、指輪ではなく、小型爆弾にしか見えない。

「どうしよ。これ」

 なんだか、恩を仇で返された気分になった神坂は、げんなりとした表情のまま溜息を吐きだしたのであった。


 



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