[携帯モード] [URL送信]

RE:START(男主)
白い闇と小さな光A


「げんき〜?」


 ノアがたまごを暖め初めて今日で一週間が経った。その間、ノアは父親に見つかることなく、たまごを暖め続けていた。


 最近は、たまごに話しかけると、まるで相槌のようにコトコトと動くのが楽しくてしょうがないらしい。ノアは、毎日のようにたまごに話しかけていた。


「あのね。きょうは、じんたいじっけんっていうのやったんだよ。いたかったけど、ノアがんばったんだ!」


――コトコト。


「おとーさんがね、いつもいってるんだ。これは、たいせつなことなんだって。けど、ノアのかみとおめめいろがかわってきてるって、けんきゅういんのひとがいってた。ふくさようなんだって」


――コトン。


「ノアって、このすがたじゃなくなっちゃうのかな」


 そしたら、こうやってこれと話すことも、暖める事も出来なくなってしまう。それだけは、どうしても避けたかった。


 けど、自分にはどうする事も出来ない。


「きみと、おはなしできたらいいのにね」


 一方的ではなく、研究員や父親のように一緒に話したり出来たら良いのにとノアは思った。そしたら、もっと沢山の事を喋ったり、一緒に遊んだり出来るのに。


 溜め息を吐いたノアは、気付かなかった。背後にあった扉が開いたことに。


「ノア」


「お、おとーさん!」


 ノアは驚いたように背後を見る。間違いない。自分の背後にいるのは、父親であるノアールだ。いつもこの時間は、研究が忙しくて帰って来ないはずだ。なのに、何故?


「どうしたの?」


「いや、先程の実験で使った、薬の副作用が強く出ていると聞いたからな……それは?」


「つっ!」


 ノアは今以上の力で、たまごを抱き締める。今となっては、このたまごはノアにとってなくてはならないものになっていた。例え相手が父親であっても、これだけは渡さない。その意志を込めて、ノアはたまごを抱き締めながら、ノアールを見つめる。


「ノア、それをどこで見つけた」


「デスクにおいてあった」


「だから、1つしかなかったのか。たく、またあいつ間違えたな」


 きっと、いつものことなのだろう。忌々しげに舌打ちを1つした後、ノアへと手を伸ばす。


 次に彼の言うことは分かる。分かっているからこそ、その言葉を聞きたくない。


「ノア、それを渡しなさい」


「イヤだ!」


 即答するノアに、ノアールは微かに目を見開いた。ノアが自分に反抗をしるしたことなど一度もなかった。否、そうならないように調教してきた。自分の命令を絶対に実行する、操り人形になるように。


 これが、個々の人間が持つ意志というものなのだろう。けど、今のノアールには、それは邪魔なものでしかない。


「命令だ。ノア、それを渡せ」


「イヤだ!」


「仕方ない……。カゲロウ、ノアからたまごを奪え」


「フゥ」


「あ!」


 ノアールが出したボールから飛び出たのは、ヨルノズクだ。一瞬でノアールの元からノアの方へと飛んだカゲロウは、一瞬の間にノアの手から、器用にたまごを奪い取った。


「かえして!」


「ノア、お前にはまだポケモンは早い」


「いやだ、あれはノアのなの!! ノアのものなの! かえしてよ!!!」


 ぼろぼろと涙を流して上空にいるカゲロウへと手を伸ばすノア。けど、その手は空をきるだけ。カゲロウはおろか、たまごにだって触れられない。


「やだぁ、かえして!!」


 とうとうノアは、大声で泣き出してしまった。それはそうだ。大切に大切にしていた、自分の宝物が意味も分からず取られてしまったのだ。こんな小さな子供に泣くなと言う方が可笑しいだろう。


 だが、ノアールには、そんな常人なら持ち合わせている常識が大きく欠けていた。


「カゲロウ、ノアを黙らせろ。出来るだけ痛めつけてな」


「ホゥ」


「あ……ぁぁぁぁああ゛あー!!」


 突如襲ってきた体が引きちぎれるような激痛に、ノアは絶叫を上げた。カゲロウのじんつうりきがノアに直撃したのだ。あまりの激痛に、床をのた打ち回る。別の意味の涙が、彼の頬を滑り落ちた。


「これに懲りたら、二度と刃向かうな。お前は、ただ私の命令を聞いてる操り人形で良いのだから。カゲロウ、行くぞ」


「あ……」


 ワザの効力がまだ効いているのか、床に倒れたままのノアの体は全く動かない。それでも、その瞳には、カゲロウの足から逃れようと揺れているたまごが見えて……。必死に手を伸ばす。


「ノア、の」


 たった一週間。それは、つまらなく、ただ流れていくだけのもの。以前のノアだったら、そう思っていただろう。


 けど、たまごを見付けてからのあの一週間は、全然つまらなくなんかなかった。毎日が輝いて、楽しくて、あっと言う間だったと錯覚を受けるほどに。


 父親の命令を受け、繰り返される実験。それは、冷たく、痛く、寂しく、暗い毎日だった。


 そんなノアに、楽しさを、嬉しさを、笑顔を、光をくれたのは、まさにあのたまごだ。


 その光が、奪われてしまう。自分の手の届かない所へと行ってしまう。そう思った瞬間、ノアの脳裏に、浮かんだのは1つの疑問。


 また、あの闇の日が戻ってくるの?


(やだ、ぜったいにやだ!!)


「かえせ……かえせ!!」


「ホゥ!」


 動かぬ体を無理矢理動かし、ノアは低空飛行していたカゲロウに体当たりを食らわした。突然の衝撃に、カゲロウはたまごを離してしまい、それを床に落ちる寸前でノアが抱き止める。瞬間、たまごは目が開けられない程の光を放った。


――パリパリ、パッキーン!!


「っ!」


 あまりの光にノアは目を瞑る。目蓋を閉じてもなお、それは明るく、痛いくらいだ。何かが弾ける音と共に、徐々に収まった光。ゆっくりと目を開けたノアの視線に映ったのは、あのたまごではなかった。


「ブイ!」


「わ! くすぐったいよ〜」


 たまごがあった場所にいたのは、茶色の毛並みに細長い耳を持ったポケモン、イーブイだった。彼は、乗り出すようにノアへとすり寄っている。まるで、彼の存在を確かめるかのように。


「孵化してしまったか。まぁ、使えることに変わりないか」


「ブイ!」


「ちっ!」


 ノアールがノアに抱えられているイーブイに手を出そうとした。瞬間、イーブイは、その可愛らしい顔から考えられないような恐ろしい表情でノアールの手を噛み付こうとする。


 ノアールが咄嗟に手を引っ込めず、そのまま手を出してたら、きっと噛み千切られていただろう。このイーブイならやりかねない。


(今は、手を出さない方が無難か)


 正直、今の状態のイーブイは、ノア以外を敵とみなしている。下手に手を出したら、死者が出る可能性だってあるだろう。小さいからとポケモンを見くびるのは、研究員として一番してはいけない事とノアールは身に染みている。


 別に時間ならたっぷりある。イーブイならもう一つ実験体はあるからそちらで賄えば良い話だ。


「ノア、しばらくそのイーブイはお前に預ける」


「いいの?」


「私が手を出すと、殺されかれないからな。お前にポケモンは早いと思ったのだが、問題ないだろう」


「ありがとう、おとーさん!」


「ブーイ」


「そうだ! なまえきめなきゃ!!」


「ブイ?」


「うん! なににしよっか」


 初めて自分の為だけの暖かい存在だ。最高の名前を付けたい。


 必死に考えたノアの頭に浮かんだのは、1つの単語だった。


「シャイン!」


「ブーイ?」


「ひかりっていみ。シャイン。いいなまえでしょ?」


「ブイ!」


「わ! シャイン、くすぐったいよー」


 気に入ったとでも言うかのように、ノアの頬を舐めるイーブイ改めてシャイン。そんな思わず笑みを浮かべそうな光景をノアールは、冷たい目で見下ろしていた。


「ノア、それは道具だ。使い勝手の良い、ただの人形。それを忘れるな」


 吐き捨てるような言葉。きっとノアールにとって、ポケモンはそれ程の価値しかないのだろう。ノアにとっても、それは同じだ。その考えは、きっと変わることはないだろう。


 しかし、シャインだけは彼の中では別だった。


「シャインは、ポケモンじゃないよね。シャインは、シャイン。ノアのもの。ノアもノアでシャインのもの。これで、いっしょだね〜」

「ブイ!」


 闇に染まるノアにとって、光と名付けれたシャインは、既に種族の範囲を逸脱していた。2人は出会った瞬間から、運命共同体へと変化を遂げたのだ。


 まるでコインの裏表。どちらが欠けても成立しない存在。片方が生きている間、自分も生きる。それが、彼等の生きる意味。


「シャイン、ずーといっしょだよ」


「ブイ」


 幼い2人の間で交わされた約束。それは、互いの生を繋ぐ、強固な鎖になることを今の彼等はまだ知る由もなかった――。

 


[*前へ][次へ#]

47/66ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!