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遠藤探偵事務所の事件譚
Day2-3

繁華街アザイヤ。
若者達で賑わうこの町は昼も夜も無く、24時間楽しげな声で溢れている。

どちらかというと夜が本番といったところだろうか。
夕方に差し掛かるこの時間はまだ宴前の雰囲気だ。

すれ違う人達の中には観光客やサラリーマン、出勤前であろう女性もちらほらと居る。


「こんなとこにマンションなんかあんの?」

遠藤はキョロキョロと辺りを見回しながら頭を掻いた。

「住所を見る限りではこの辺のはずなんですが…」

愛之助メモパッド片手に砂羽も辺りを見回す。

『あらぁ〜♪どこかお探し?』

背後から声をかけられた。
振り向くとそこにはヌイグルミを抱いたご夫人が立っていた。
着物姿にヌイグルミ。
このアンバランスな出で立ちはなんともいえないオーラを放っていた。




「……僕は今まで天使という存在を信じてはいなかった。だがしかし!天使というのは…本当に居るのですね…」


遠藤は女性の片手を取って膝まづく。

「この人はほっといていいですから…ちょっとマンション探してるんですが…ココ、知ってますか?」

砂羽は遠藤を引き剥がしながらメモの住所をご夫人に見せた。

『あら!私もここに住んでるのよ?案内しましょうか?』

「本当ですか?!助かります!ボス!行きますよ!」

「これはもう運命のいたずら…貴方と僕は出会うべくして出会った!さぁ参りましょう!」

『あらあら♪面白い方』

うふふと微笑み歩きだした。

彼女の名前はハルという。
この近くでスナックを営んでいるそうだ。

流行りに乗ったメイドカフェやガールズバーが乱立する中【未亡人スナック】という新たなスタイルのスナックをオープンさせた。

若者のスナック離れが多いこの頃。
この店では料理のボリュームと、未亡人という響きだけで客足は途絶えることはない。

【あの人の好きだったカレー】
【食べてもらえなかった肉じゃが】
【初めて彼に作ったハンバーグ】
など未亡人らしい料理が人気のお店だ。

ハルも真っ黒な着物を少し着崩した感じで未亡人の雰囲気を醸し出している。

そんなハルに歩きながら事情を話した。


『殺人事件の調査をされてるの?!あらやだ恐いわ…』


「そうなんです。で、お話しを伺いたい人がいまして、その方がこのマンションに住んでいるんです」

『そうなのぉ…探偵さんって大変なのねぇ…私もお手伝い出来ることあれば言ってね♪…そうだ!私のお店ここだから、何かあったら来てちょうだい?』

ハルはお店の電話番号の入ったマッチをくれた。

「もちろんです!ハルさんの為ならこの遠藤、用がなくても参上つかまつります!」

クルクルと回りながらマッチを受けとる。

『面白い方ね♪…あ、ココよ』

ハルが足を止めた場所には高級感漂うデザイナーズマンションがあった。

入口はもちろんオートロック。
大理石の床が広がる大きなホールが硝子扉の奥に広がっていた。

「めっちゃ家賃高そうですねボス…」

「だなぁ…」

口を開けてマンションを見上げる。

『じゃ私は仕事があるからここで。是非お二人でお店に遊びに来てね♪』

じゃあね〜♪と手を振りながらハルは去った。

「さよならー!………じゃボス。遼さんと蒼さん、どっちから訪ねてみますか?」

「ここはレディファーストだ。蒼さんから行こう」

砂羽はインターフォンに蒼の部屋番号を打った。

ピンポ〜ン


『はい』

「あの、わたくし遠藤探偵事務所の者なんですが。ニューロッカの太虎さんの事件について少しお話しをお伺いしたいのですが」


『………どうぞ』

無愛想にインターフォンが切られ、目の前の硝子扉が左右に大きく開いた。

「ボス…なんか怖そうな人でしたよ?大丈夫でしょうか?」

「まだ会っても無いのに女性に対して失礼なこと言うなよぉ〜行くぞ」

二人はエレベーターに乗り、部屋へと向かった。




エレベーターを降り蒼の部屋へと歩いて行くと、扉前で一人の女性が待っていてくれた。

蒼だろう。

無言でペコリと会釈するその女性はとても華奢で大人しそうな感じがした。

「突然すみません。蒼さんですか?」

『…そうです』

先ほどのインターフォンでのイメージとは全く逆だ。
彼女の声は【怖い】ではなく【怯え】だったようだ。
オドオドと瞳が動き、手がひっきりなしに動いていた。

『…あの、御近所の目もありますのでどうぞお入りください』

蒼に案内され部屋へと入った。
高級マンションだけあってかなり広い部屋だった。
しかし室内はほとんど荷物がなく、生活感が無かった。

ダイニングにあるテーブルに腰を掛ける。

『…どうぞ』

暖かい珈琲が良い香りを漂わせた。

「突然の訪問申し訳ありません。私達はある方から依頼を受けて太虎さんの事件を調べています。事件のことはご存知ですよね?」

砂羽の問いかけにコクリと頷く。

「蒼さんのお母様のMiraさん。太虎さんにかなり借金があるとお伺いしましたが本当でしょうか?」

蒼はまたコクリと頷く。

「太虎さんとMiraさんの間に揉め事があったとか、何かご存知ないですか?」

『何も知りません』

「あの…Miraさんにも直接お話し伺いたいのですがどちらにいらっしゃるかわかりますか?」

『長い間会ってませんのでわかりません』

遠藤と砂羽は顔を見合わす。
母親の借金を返す為に必死にバイトする娘が母親の居場所を知らないなんてことあるのだろうか?

だが今の蒼からは答えて貰えそうな感じがしない。
本当に知らないのか?

砂羽は話題を代えた。


「では太虎さんの甥の遼さんはご存知ですか?」

『…はい』

隣に住んでいるのだ。
知らないはずはない。

「会ったことは?」

『…ありません』

遠藤はため息混じで口を開いた。

「蒼さん。隣に住んでいてそれは通用しないと思いますよ?」

『?!ご存知だったんですか…でも!本当に会ったことありません!!このマンションは太虎さんが貸してくれたマンションで、たまたま部屋が隣だっただけです!』

「太虎さんが?蒼さんの為に?どうして?」

砂羽が眉間に皺を寄せ怪訝そうに聞き返す。

『ここは太虎さんが契約している部屋です。少しでも多く借金返済できるようにここに住めと…』

なるほど。給料を根こそぎ返済に回せということか。
砂羽も太虎の行動に気分を悪くしたのか俯いたまま渋い顔をしている。

遠藤は砂羽の変わりに切りだした。

「蒼さん。太虎さんが殺害された17日午後9時頃どちらにいらっしゃいましたか?」

『ずっと家に居ました』

「証明してくれる方は居ますか?」

『…居ません』

遠藤はスマホを取りだし指環の写メを見せた。

「では、これは屋敷前に落ちていた指環です。サイズからして女性もののようなんですが見覚えありませんか?」

蒼はジッと画面を見つめ、見たことありませんと答えた。


何故だろう。
彼女は固くなに何か隠そうとしている気がする。

砂羽はメモを閉じ、一息置いて言った。

「…何か思い出したらいつでも連絡ください。行きましょうボス」

砂羽は突然テーブルに名刺を置き、戸惑う遠藤を引っ張って部屋を出た。





「お前なんだよ!まだ全然話し聞けてないじゃん!」

「あんな状態じゃ何言っても嘘つかれるだけですよ…」

蒼の部屋を出て、遠藤を引きずりながら廊下の先にある住民共有のワーキングルームに入った。



「ボス。蒼さんがブーツ履いてたの見ましたか?」

「ブーツがどうしたんだよ。女の子なら2.3足くらい持ってんだろ?」

「そうじゃなくて…彼女玄関に出るだけでブーツ履いて出てきたんです」

「もうすぐ冬だしな」

「これだから男は……そうじゃなくてブーツって履くの非常にめんどくさいんです。玄関に出迎えるだけでわざわざブーツ履く女性はいません!」

「お洒落な人だったとか?」

「あのねぇ…部屋に入れるつもりが無いならわかりますよ?でも蒼さんは自分から部屋の中へ招いてくれました。ならクロックスとかなんかスリッパ的なのでよかったわけですよ。それが無かった。とすると、この部屋は常時住んでる部屋では無いってことです」

「持って無かったとか?」

「そんな女性居ませんよ。必ずなにかしらスニーカーなり簡単に履ける物が玄関にあるはずです。それとね…無かったんですよ。ブーツキーパー」

「何そのブーツの番人みたいな名前」

「えと、ブーツの型崩れを防ぐために、脱いだ後にブーツに棒のような物刺しておくんです。立てておいてもヘニャっとならないようにね。それがブーツキーパーです。わざわざブーツで出てきたのに違和感があったんで入る時にコソッと下駄箱調べておいたんです。ブーツキーパーはありませでした。それだけじゃなくて下駄箱はほとんど空でした」


「お前……めっちゃ探偵っぽいじゃん!!」


やるぅ〜ヒュウヒュウと突っついてくる遠藤を払い除けながら砂羽は続けた。


「ここからは私の憶測なんですけど、蒼さんは遼さんと一緒に住んでたんじゃないでしょうか?それなのに遼のことは知らないと言う。これって庇ってるように思いませんか?」

「ん〜どうだろうなぁ。考えすぎなんじゃない?」

「蒼さんと遼さんが恋人同士だと仮定して、遼さんが犯人だとする。なら恋人の蒼さんが遼さんをかばっても不思議じゃないですよね?」

「まぁ俺の中では遼の恋人といえば香なんだけどさぁ…」

「そんなXYZは都市伝説ですよ。とにかく遼さんに会って確かめてみましょう。今んところ殺害動機が一番あるのは遼さんです。あんだけの莫大な遺産の為なら人ぐらいチョチョイって殺すでしょ?行きましょう!」


「お前が怖いのか女という生き物が怖いのか…三次元の女恐ろしいわ…」


遼の部屋へと歩く砂羽の後ろをついていった。




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