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■ロストメモリー
8

床に座ってこちらを見てくる中山。

まるで、おすわり状態のワンコ。

俺が寝転がっているので、大体目線が同じくらいになる。

「…俺って、皆に何て呼ばれてた?」

「え?えっと、…厳政とか、いっちーとか、みねむーとか…、先輩が何でもいいって言うんで、皆好き勝手呼んでました。」

「ふーん…、じゃ、中山は何て呼びたい?」

「え、ええっ!?お、俺っすか?」

「うん、そう。祐太郎君。」

「ゆ、ゆ、ゆっ…!」

「ハハッ…言えてねぇから。」

「お、おお、俺、……その、…」

「ん、言ってみな?」

「っ、…その……、…ミネ先輩って…呼んでも、…いいですか?」

「ふっ…いいよ。」

顔を林檎みたいに真っ赤にして、若干プルプル震えながら、告げられたのは、思ったより可愛らしい呼び名で…。

でも、そんな中山が、無性に可愛いと思う。

「俺口悪いから、よくお前って言うけど…、…これからは……んー…タロって呼ぶな?出来るだけ。」

祐太郎、太郎、タロ。

犬みたいなあだ名だっていうツッコミは無しだ。

俺も十分承知している。

でもピッタリだと思う。

折角だし…嫌か?と中山に問うと、

「たろ…、」

と、何かを噛みしめるように呟き、にへらと顔を緩めた。


そんな中山の姿を見て俺も顔を緩めながら、少し前にした会話を思い出す。

「そういや、さっき言いそびれたよな。俺、今日はカレーがいいなぁ。辛いやつ。」

先程帰ってくる道の途中で匂いがしたのだ。

あの匂いは、どうしてもつられてしまう。

「あー…俺、中辛までしか食えないんすけど…。」

「おー…じゃあ、中辛。豚肉のがいい。」

「いいですよ?たしか食材も大体揃ってたような…。」

視線を宙に浮かせ考えながら、頷く中山。

その様子に、俺はふと気になったことを聞いておく。

「…あのさ、タロは彼女とか、いねーの?」

「え!?え、…い、いません!!」

「そっか、ならいいんだけど…。」

「そ、それ、…どういう……」

「いや、俺がこんな上がり込んでたら、彼女も嫌だろなと思ったからさ…。」

「そ、そうですよね…。」

一瞬パッと顔が光ったが、すぐに小さくため息を吐いて、肩を落とした中山。

それに俺は眉を潜める。

「……やっぱ、いんのか?」

「や、いませんって。俺、今まで彼女居たことないっすもん。」

中山は一息でそう言い切って、あ、という顔をした。

間を置かずジワジワと顔が赤くなってくる。

「へぇ……、」

ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる俺に対して、頭を抱えて項垂れる中山。

「は、恥ずかしい……、」

グシャグシャと頭をかきながら、チラリとこちらを窺ってくる。

「……そりゃ、先輩はモテるんでこんなこと無いと思いますけど…、俺の実家、超田舎なんです。そういう習慣、あんま無いっていうか……、その、」

上京してきてまだ半年と少し。

耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにする中山は、中々見物だったが、俺はふとそこに引っかかりを感じて、首を傾げた。


(俺の家、ここにあるかもしんねー…。)


上京…という単語が耳慣れない気がした所為だ。

無意識なんだろうが、中山も俺が上京してきた印象は受けていないようだし。

仮に中山がどこかで俺の田舎の話を聞いていたら、真っ先に話した筈である。

それが無いということは、中山の耳に入っていないのだろう。

俺の就職先の話を聞いたときに、自然に入りそうな情報の欠落。

それが指し示す可能性は、おそらく一つだ。

そして、思い当る。

「……あ、携帯。」

「ああ、充電切れてるんですよね。俺のと会社一緒かなぁ……。」

そう言いながら、中山は充電器を持ってくる。

「ああ、これなら大丈夫っぽいです。充電出来ますよ。」

「頼んでいいか?ちょっと、電話帳を開きたいんだ。」

「あ!成る程、気付きませんでした。」

中山にも意味が分かったようで大きく頷くと、急いで充電器を差し、携帯画面にパッと明かりが灯る。

地味に長い起動時間を経て、俺はようやく電話帳を開いた。


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