■ロストメモリー
6
「…先輩。一条先輩っ…、」
抱きしめられた。
中山の心臓の音が聞こえる。
額に当てられた冷たい感覚も、ようやく届き、ドッと身体の力が抜けた。
感情の渦も徐々に静まり、涙も治まって大きく息を吐き出した。
「…なかやま、」
「…先輩、大丈夫っすか?」
未だ頭は痛むが、ガンガンしていた痛みは薄れ、鈍く重い痛みへと変わっている。
体温も上がっていたのか、中山の身体が妙に心地よかった。
「…運びますね。」
「……え?」
ぼんやりとしていた頭が、言われた内容を理解するまでに、身体が浮き上がる。
ズルっと額のタオルが滑るのを、咄嗟に抑えたが、身体は横抱きにされ、宙に浮いていた。
「……重くね?」
「…まぁ、それなりに。けど、先輩全然細いんで、余裕っす。」
「…あ、そ。」
正直、普段なら御免被りたい体勢だが、今は何か酷く疲れていた。
もし仮に記憶を戻すたびに、こんな風に頭痛に襲われるのならば、行動を考える必要がある。
医者には、今までに生活してきたところや、体験したことを再現すると、記憶が戻りやすいと聞いていたが、大学でこんな状態になったら、まず間違いなく騒ぎになってしまう。
そんな事を考えながら身を任せていると、ベッドに座らされ、薄手の上着(中山からの借り物だ)を脱がされて、そのまま寝かされる。
「…中山、…悪いな、こんなのばっかりで…。」
「…いえ、先輩のためになるなら…嬉しいです。…あ、すいません、先輩大変なのに。」
「ハハッ…、お前何か可愛いなぁ…。犬みてぇ。」
その中山の純粋さは、素直に俺の心に沁みる。
和むような、安心するような雰囲気が、とても心地いい。
尻尾を振ったかと思えば、急にしょげてみたり、頼りになるのに、ヘタレで、なのにあったかくて…。
思わず頭を撫でてしまう。
「せ、先輩っ!!」
途端に、カァァッと耳まで真っ赤にして、泣きそうな困った顔をする中山。
眉を垂れ下げて、情けない顔をしている。
「何、照れてんだ?」
クツクツ笑って、そのまま撫で続ける。
あ、だの、う、だの口ごもりながら、困ったように眉を潜めて、目をウルウルさせる中山。
ああ…ホント、可愛いな。
記憶を無くす俺とは、あまり接点が無かったらしいが、勿体ないことしたなぁ…と思うくらいには可愛いと思う。
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