■ロストメモリー 5 「先輩、今日何食べたいですか?」 「ん?ああ、お前作れるんだっけ?」 「はい、とりあえず一般的な家庭料理なら一通り。」 「…すげーなぁ。」 中山のアパートに上がり、靴を脱ぎながらの会話。 中山の家庭スキルに、俺はただただ感服した。 今思い返せば、起きた布団はフカフカで、太陽の匂いがしたから、きちんと布団を干す習慣もあったのだろう。 対して、俺は…… 「……あれ?俺、…家事以前に、家ってどこだ?」 自分が家事をしていたかどうかは、ぼんやりとしていて定かではないが、現在あまりやりたいとは思わないので、おそらくずぼらな感じだったのだろう。 しかしそれ以上に心配なのが、アパートなど、自分の住所も思い出せないことである。 財布の中にも、手がかりになりそうなものはなく、今は携帯の充電も切れてしまっている。 「なぁ、俺、携帯と財布の他に、所持品とか無かったか?」 「えっと、これだけです。」 差しだされたのは斜め掛けの小さなショルダーバッグ。 しかし、薄汚れているバッグの中身は空っぽだった。 「肩から背中に掛けていたので、ベルトの部分に少し血が付いてしまってます。洗おうと思ってて…」 「……これ……っ!。」 ズキリと、一瞬頭が痛くなる。 血…、…バッグ……、洗う…… ―血ってのは洗っても落ちないんだぞ? ―…そうなの?ごめん。 ―別に構わないけどな。…しかし、何だ、その顔は…、厳政。 ―……。 ―…また×××の真似事して、そうなったんだろ…全く。 ―って!痛いっ!! ―消毒だ、我慢しろ。…本当にヤバくなったら言えよ。たった一人の家族なんだから。 「……はっ、ぁ、…か、家族、」 頭を抱えてうずくまる俺に、中山は、おろおろとしていたが、暫くして凍った保冷剤をタオルに包んで持ってきて、俺の額へと当てた。 「…思い、出したんですか?」 「親、じゃない……と、思う。たった一人の…家族って…っう!!」 目の前が白くなるような、ガンガンとした頭の痛み。 血の気が引いたときになるような、吐きそうな感覚も同時に襲ってくる。 ―…厳政。 ―……何だよ。 ―俺はお前が大事なんだよ。だから… ―……分かってる。心配掛けてごめん、……兄貴。 「ぁ、うっ……、あに、…兄貴っ、」 嫌な汗がブワッと噴き出して、ボロリと涙が頬を伝う。 痛い…悲しい…嬉しい…。 思い出せた安堵、けどやはり顔が思い出せないという不安、色んな感情がごっちゃ混ぜになって、ポロポロと涙が止まらない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |