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■ロストメモリー
2

中山の説明はこうだった。

夜中にコンビニに買い物に行く途中、近道にと、たまたま通った路地裏で倒れていたらしい。

頭は、おそらくバットで殴られたのではないかと言うことだ。

近くに血の付いたバットが落ちていたらしいのだが、俺の手当をした後に向かうと持ち去られていたいたらしい。

そんなに恨みを買う人間だったのか…と頭を抱える一方、大学生の自分に?と、困惑も頭を占める。

そんな俺に、眉を顰めながら、歯切れ悪く言葉を探す中山に先を促した。

「…何だよ。」

「そ、その…殴られた、だけじゃ…ないみたいで…」

「…は?」

「……お、襲われて、た…んです、かね?」

「…はぁ?」

…ですかね?と聞かれても、分かる訳が無い。

襲われてた?集団で殴られてたのか?

分かったのは、何らかの事情で巻き込まれたか、絡まれたか…それから、殴られて、記憶喪失…という流れらしいということ。

そしてその手当てをしたのが中山で、今に至る。


とりあえず、自分の名前が知りたかった。


「…悪い、迷惑かけたみたいだな。」

「い、いえ…そんな事は全然…」

「それで、物の頼みなんだけど、暫く世話になってもいいか?」

「え!!…あ、えっと…、……こんなとこで良ければ…。」

言いながら何故か顔を赤くして、尻すぼみになってゆく中山。

やっぱりマズかったか…と思いながらも、了承の意は確認できた訳だし、とりあえず無性に腹が減っていた俺は、サイドテーブルを指差して、食べていいかと尋ねる。

コクコクと頷く中山に、サンキューと言って、器に入っていた雑炊を口に入れた。

……うん、旨い。

味付けもさながら、消化にいいのが地味に嬉しい。

それでも鶏肉は入ってるし、あ、生姜も。

身体が温まる…。


「…お前、料理上手いな。」

「あ、ありがとう、ございます!」

「…んー…それでな、…あー…その、俺の名前言ってみな?」

「……はい?」

雑炊をつつきながら、あくまで何でも無いような雰囲気を装って聞いてみたが、駄目なようだ。

それでも、訝しげな顔をしながらも、一応口を開く中山。

「…一条先輩。一条 厳政(いちじょう みねまさ)先輩です…けど……」

「…一条、厳政……」

あまりにしっくり来ない。

誰か他人の名前を、与えられたみたいな感覚だが、かといってしっくりくる名前があるのかと言われればそれもないので、困ってしまう。

慣れるしかない、と思うと同時に、思い出せばいいだけの話だと開き直ってしまっている自分も居た。


「…やっぱ変ですよ。サークルの名前を言ったときも妙な感じしたんですけど、先輩、どうしたんですか?」

「……変か?」

「…変っす。」

たしかに、E.S.と繰り返したとき、怪訝そうな顔をした。

サークル名を知らないなんて、さぞかし不審に写ったことだろう。

「あー…、何か、記憶がないんだよな。自分のことも、お前のことも、…家族のことすら覚えてない。」

「…っ、そんな……!」

「…お、おい!」

ショックを受けたような顔をしたが、途端に弾かれたようにボロボロと泣き出す中山。

慌てて俺の腕を取り、引っ張る。

「い、今すぐ病院行きましょう!俺が、昨日病院連れて行かなかったからだ。どうしよ、…俺、俺っ…」

どうやら病院に引っ張っていこうとしているようだ。

ごめんなさい…と泣く中山が、妙に可哀想になって、俺は、その頭を撫でる。

「夜中だったんだろ?気にすんなって…」

「で、でも…」

「誰もお前を責めたりしない。むしろ感謝してるっつーの。」

ありがとな…と言うと、またブワッと泣き出すもんだから、仕方がないなと服の袖で拭ってやった。


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