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■ロストメモリー
16

「…医者に、精神的なものもあるかもしれないって、…だから、俺……、」

話を聞く限りでは、どうやら中山は、俺が記憶を無くしたのは性的暴行を受けたショックもあるかもしれないということを医者に聞いていたそうだ。

中山が医者に一人呼ばれていたのは、この話をされていたらしい。

仮に記憶が戻ったとしても、その記憶の残酷さにショックを受け、何らかの弊害を及ぼすかも知れない、と。

自分が付いていれば、まだ何とかなるかもしれないと思っていた矢先、いきなり俺が家を出るなんて言ったものだから、少し混乱したと中山は鼻をグズグズさせながら言った。

最近、何か言いかけて口を噤むことが多かったのは、時期的にいつ出て行くと言われるかわからない状態で、記憶が戻ったか戻ってないか、判断しかねていたかららしい。

それは、聞くに聞けないことだな…と俺も思う。

思い出してもいないのに下手につついて、逆にパニックになっていた可能性も否定できない。


「でも、今日助けた時、先輩震えてて、でもその理由、分かって無くて…。それなのに、出て行くって言って…、」

「…。」

「…俺、どうしようって、それしか考えられなくなっちゃって…。」

「…。」

「…だから、記憶、戻せばいいと、思ったんです。記憶戻ったときに、先輩が一人で傷つくのとか、絶望してしまうのとか、俺嫌だった…。俺が嫌われて済むなら、それでいいと思ったんです。」

そう言う中山の頭をくしゃくしゃと撫でて、ポンポンと叩く。

要するに、記憶喪失になる程に嫌悪した記憶を、中山の行為の記憶にすり替えようとしたのだろう。

とちらも嫌な記憶には間違いないが、格段にレベルが下がる…と、中山は考えたらしい。

今の俺からすれば、中山の行為の記憶は良い記憶なので、上書きされた…とでも思えばいいだろうか。


そしておそらく、中山は俺のことが好きな筈だ。

自惚れでも何でもなく、これは合っていると思う。

自分の気持ちに気付いた途端、中山の気持ちも手に取るように分かった。

あんなに分かりやすく、可愛く真っ赤になっていたのに、どうして今まで気付かなかったのだろう。

まぁ、そこはこれから存分に伝えていくとして…。


そんな俺に対する気持ちがある中の、あの行動。

嫌われてもいい、とキュッと口を引き締める姿が容易に想像できて、無性に切なくなってしまう。

自分の気持ちなんてお構いなしに、ただただ俺の幸せを求めてくれている中山。

きゅうっと胸が締め付けられる。

嬉しい、けど、…切ないのだ。


くそ、何だ、このワンコ。


ぐわっとせり上がってくる気持ちのままに、俺はまた、中山に抱きついた。

「わっ、せ、先輩っ、」

いきなりで受け止められなかったのか、ボスンとベッドに倒れ込む俺たち。

驚いている中山には悪いが、この気持ちは止められそうにない。


「堪んね、何だ、お前ー。ああ、もう、超好き…、大好き。」

「す、す、す!?」

「…クククッ、言えてねぇーよー!」

「…だって、……でも、」

「だっても、でもも、無しだ。タロ…いや、裕太郎…俺はお前が好きだ。付き合ってくれると嬉しいんだけど。」

まるで俺が中山を押し倒したみたいな体勢で、そう告げる。

一瞬中山はきょとんとした顔をしたが、すぐにぶわっと顔が真っ赤に染まった。

それでも、俺の気持ちは伝わったのか、中山はクシャッと顔を歪めて、嬉しそうに笑う。


「……何だ、これ。夢みたい…。」

目からは相変わらず涙ばかり零れる。

「ったく、泣き虫だなぁ…。」

自分も大概、中山の前では泣いている癖に、俺はそう言ってグシャグシャと頭を掻き混ぜた。


「…ぅー…ミネぜんばいぃーーー……」

「ぷっ、…ククッ、あー…とりあえず……、」

目を擦る中山の手を掴んで外し、目元にチュッと軽くキス。

それを何度か繰り返すと、ウルウルはしているものの涙は止まり、驚いた様な顔で中山が固まる。


「……で?返事は?」

聞かなくても分かっているけど、やはり本人の口から聞きたいものだ。

そう思ってニヤリと俺が笑うと、中山は赤い顔のまま幸せそうに笑って、言った。


「…俺でよかったら、よろしくお願いします。」



END

→本文補足話


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