■始まりはここから 9 「…なぁ、」 「ん?」 手持無沙汰なのか、注文パネルを弄っていた新庄は、くるりと頭だけこちらに向ける。 話を振れば、きちんと返答してくれるようだ。 「名前、しんって読むのか?」 「…いや、あらた。」 「そうか…。」 書類にフリガナがなく、気になっていたのだが、と、長谷は一人頷く。 そんな事を考えていると、 「…なんか、気、遣わせて悪いな。」 と、新庄がボソリと呟く。 「いや…。」 この空気のことだろう。 どうやら、新庄も、戸惑っているらしかった。 少し困ったように、眉間に皺か寄っている。 と、そのとき、扉をノックする音。 料理が運ばれてきたようだ。 そのウエイターにきちんと礼を言い、手まで合わせる新庄。 思わず、ポカンとした顔でまじまじと眺めてしまった。 「…なんだ?」 あまりに見過ぎていたのか、居心地の悪そうな視線で尋ねてくる。 「…お前、本当に不良か?」 「…、…違うけど。」 そう言うと、カレーを口にほおり込む。 そして咀嚼しながら、さらにポカンとしていた長谷を見て、ゴクリと飲み込むと同時に、更に一言。 「ただの噂。」 ま、どっちでもいい…と呟きながら、カツカツと、カレーを混ぜた。 「…そうだったのか。」 「ま、こんな格好してるし…。」 確かに、眩しいくらいの金髪に、着崩した制服、ピアスじゃらじゃらで…と、ここまで考えた時、ふと気付いた。 「ピアス、片耳に一つか?」 「あ?ああ、何個も付けるの、面倒。」 「…。」 金髪なんて、そう珍しくない。 これくらいの着崩しも、沢山いるはずだ。 ピアスに至っては、たったの一個。 長谷は片耳に三つ程開いており、数で言うなら、長谷の方が多いくらいだ。 目つきは鋭いが、元々目が細めなのだろう。 実際会ってみても、整ってるなと思いこそするが、怖いとは思わない。 ならば、何故、そんな噂が立ったのだろう。 相当、聞きたそうな顔をしていたのか、チラリとこちらを窺った新庄は、 「…関目。」 とだけ呟く。 関目と聞いて、思い浮かぶのは、あの真っ赤な髪と、残虐な性格。 一度、偶然喧嘩の現場に居合わせた事があるが、もう、思い出したくない程にぐちゃぐちゃのデロデロだったのだ。 当時、三日程、寝込むくらいには…。 パンを貰っといてなんだが…。 「…どういう、関係なんだ?」 「…ペット…みたいな友達?」 懐かれてる…と、零す。 「それは…」 「迷惑はしてない。」 長谷の言外を読み取って、そう言う新庄。 何を思い出したのか、フッと顔が和らぐ。 「…」 「それに、周りに、近寄られなくていい。」 「…、…そうか。」 そこで話は終わる。 というより、終わらせたのだ。 迷惑ではない、といった新庄の顔。 関目を思ったのか、綻んだから。 たかだか会って数時間の人間に、何故嫉妬のような感情を覚えなければいけないのだろうか。 長谷は、自分自身の気持ちに戸惑いつつも、目の前の食事に専念したのであった。 [*前へ] [戻る] |