■蒼月の夜
13
「あの、本当に僕、案内して貰って大丈夫なんですか?紫雲様の仕事を手伝った方が…。」
「いいんですよ。おそらく、ああ言っておけば、半刻ほどで終わりますから…。」
それは勿論、静稀に殿内を案内したいからであって…。
正確に言えば、静稀と共に時間を過ごしたいがために、驚く速さで終わらせるのだが…。
それを解っている理史は、敢えてああ言ったのだ。
しかし、それを知らない静稀は、不安そうに紫雲を気にしている。
そんな静稀にクスリと笑って、
「では、紫雲様が終わるまでお茶でもしますか?静稀は昼食もとっていないようですし…。」
「あ…忘れてた。」
「全く。これからはせめて、食事はとってから抜け出してくださいね。身体に悪いです。」
「すみません。」
そうしているうちに、与えられた静稀の自室に辿り着く。
「静稀様!」
扉をあけると、侍女が泣きそうな顔で飛びついて来た。
「倫(りん)!」
受け止めるものの、思わずよろけそうになるのを、理史に支えられる。
「もう、本当に心配したんですよ!私が何か粗相をしてしまったんじゃないかと思ったじゃない!でも、無事で良かった…。」
「倫。言葉遣い。」
後ろで理史がピシャリと訂正する。
「あ、申し訳ございません。」
「え?いいですよ?倫、僕より年上だし。」
理史が静稀に付けたのは、はじめに茶を運んだ侍女だった。
ピンク色のピノを指さして、お奨めですと言ったあの人だ。
僕の事情も話してあるから、とっても気が楽。
それに、理史に言葉を教えて貰ってからというもの、もっぱらの練習相手は倫だった。
敬語なんて、有って無いようなものだ。
「二人きりのときだけにして下さい。静稀は紫雲様の客人ですから、それ相応の対応があるでしょう?」
完全に駄目だと押さえつけない所が理史らしい。
とそのとき、グゥーっとお腹の鳴る音。
恥ずかしい…
「ご、ごめんね。倫。僕、その、お腹へっちゃって…」
今の時間帯、侍女にとっての貴重な休憩時間だということは承知していた。
僕の世話一つにしても、倫の仕事は凄く多くて、一日に本当に自由になる時間帯なんて、昼食と夕食の間のほんの二、三時間だけだ。
「なにをそんなに遠慮しているんです?謝る必要もないですよ。」
「で、でも…」
「静稀様と会話する時間も、私にとっては楽しい休憩時間です。だから私は沢山休憩させて貰ってるの。そんなに気にしないで。すぐにお持ちしますね。」
楽しそうにそう言うと、倫は部屋から出て行った。
暫くすると、美味しそうな料理が目の前に小さな石造りのテーブルに並ぶ。
床に敷かれたフワフワのクッションのようなものにペタンと座って、「いただきます」をした。
「あ、これ。」
すぐに見つけた、肉まんもどきを手に取った。
「静稀様は、ほんとにファオが好きですね。」
見た途端に目を輝かせたであろう僕を見て、笑う倫。
「だって肉…じゃないファオ、美味しい!」
ほこほこと湯気が立ち、モチモチとした食感の皮。
地球の肉まんと比べると、こちらの方が皮に弾力があり、噛みごたえもある。
肉汁溢れる具には、野菜もたっぷりだ。
一口食べて、顔を緩めた。
「…おいし。」
「ふふ。実は、今日のは私が作ったんですよ。料理長がいなかったから。」
「ホント?凄い!とってもおいしいよ。倫、ありがと。」
「よかった。ほら、これも飲んで!」
どんどん口調が砕けてゆくが、理史は何も言わなかった。
「何?スープ?あ、≪しいたけ≫!」
「?もしかして、ルハのこと?森で採れるのよ。」
「ルハ?じゃあ、これは?」
木で作られたスプーンで何かの実を掬う。
「コリの実よ。美容効果があるの。」
嬉しそうに、頬っぺたを触られる。
「…倫。一応、僕、男なんだけど。」
「知ってるわ。だけど…こんなにスベスベなんだから、保ってもらわなくっちゃ。」
そんな事をサラリと言い放ち、ニコリと微笑む倫に、僕は曖昧に笑うしかなかった。
その後も、散々と食材名を尋ねながら、ゆっくりとした食事が進んでいった。
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