[携帯モード] [URL送信]

石楠花物語幼少時代 
三つの始まりの出会い
   『石楠花物語・始まりのアリア』

桜の木の下
   千吉が目を覚ます。

千吉「ここは…」

   キョロキョロ

千吉「私は確か老いて、御所で死んだのじゃ…ここは?黄泉か?」

   自らを見る

千吉「おや?」

   目の前には鏡。

千吉「おかしい…私は、95にて死んだ筈…これ程若いとは…」

   はっとする。

千吉「では、今頃中宮はどうしておるであろう?中宮、中宮や、何処におる?」

   強い風が吹き、桜が散る。やがて涼しい風と共に緑の葉が芽吹く。

麻衣の声「殿下、殿下、」
千吉「中宮か?何処におる?」
麻衣の声「又会えますわ…」
千吉「え?」

   千吉、どんどんと背が縮まり若返っていく。

   千吉がいなくなるとそこに麻衣。

麻衣「あなた様の方がお早かったんだわ…私もすぐに参ります殿下…生前の契り通り、現世でも又あなた様と太平の世で一緒になれますように…」


病院・分娩室
   1989年8月10日。産声。小口珠子がいる。

看護婦「おめでとうございます、産まれましたよ。元気な男の子です。」
珠子「男の子…」

   赤ん坊の手を握る。

珠子「こんにちは赤ちゃん…よく頑張ったね、これから宜しく。…せんちゃん…」


   赤ちゃんのネームプレートには『小口千里』と書かれている。


茅野市宮川・病院
   1989年11月30日、男の子の赤ちゃんが一人生まれる。


   1989年12月9日、男の子一人と女の子二人の三つ子が生まれる。


ひばりヶ丘両久保幼稚園
   1993年。入園式が行われている。


同・下駄箱
   柳平麻衣が靴を履き替えている。そこに岩波幸恵と岩波健司。

健司「やだやだやだ、お母さん行っちゃあ嫌だ!!」
幸恵「聞き分けないこと言うんじゃありません。ほら、頑張ってきなさい。」
健司「お母さん!!」
麻衣「どうしたの?」

   健司、幸恵に泣きついている。

幸恵「もぉ、男の子なのに恥ずかしいわよ。女の子だって泣いてないじゃないの。」

   健司を振り払おうとしている。

麻衣「一緒に行こ。」
健司「麻衣ちゃん…」
麻衣「健司君、さ。」

   微笑んでてをとる。

麻衣「大丈夫だに。一緒に教室行こうか…では、健司君のお母さん…」
幸恵「ありがとね、宜しく…健司、頑張るのよ。」

   麻衣に連れられていく。
 
健司「お母さんーっ!!!わぁーんっ!!」

   幸恵、少し恥ずかしそうに帰っていく。


同・ユリ組
   麻衣と健司、出席シールを貼って入る。

麻衣「先生、おはようございます。」

   矢ヶ崎るり子先生

矢ヶ崎先生「おはようございます、あら健司君、又泣いてるの?」

   健司、者繰り上げている。

矢ヶ崎先生「入園してもう半月も経つのですからしっかりしないとね。」
健司「へーお家帰りたいよぉ!!お家帰りたいよぉ!!お母さんぁーん!!あーんっ!!」

   麻衣、健司を席に座らす。隣同士。

   園児作業をしながらも健司を慰める。班は麻衣、健司、田中磨子、横井哲仁

磨子「健司君、又泣いてるの?」
横井「男の癖にいつまでも泣いてるんじゃねぇーよ!!」
健司「ほいだって…ほいだって…あーんっ!!」


   やがて健司も泣き止んで班のみんなと仲良くしだす。


   給食弁当の時間。

全員「頂きます!!」

   食べ始める

磨子「私、何か気持ち悪いーっ!!」
健司「おえっ、」 

   
   そんな感じの毎日が過ぎていき、お弁当の度に吐く子がいたり、気持ち悪がる子がいる。


   1994年。10月。
   風が強い。其々に作業をしている。

   一回物凄く強い風が吹き、その後にコトン。一斉にキョロキョロ。

矢ヶ崎先生「あれ、もしかしたら風さんの贈り物かもしれませんね?何でしょう?みんなで探してみましょうか?」

   全員、教室中を探す。

磨子「先生、何かあったに。」
矢ヶ崎先生「何を見つけたの?」

   磨子、折り紙の包みを持っている。

矢ヶ崎先生「磨子ちゃんが何かこんなものを見つけました。開けてみましょう。」

   種が出てくる。

矢ヶ崎先生「みんな、これなんだか分かりますか?」

   ガヤガヤ

矢ヶ崎先生「これは、お野菜の種です。みんなで蒔いて育ててみましょう。」
全員「はーいっ!!」


同・玄関
   小さなプランターに全クラスの子供たちが種まきの作業をしている。

矢ヶ崎先生「これはきっと風さんが、クリスマス会の練習頑張るみんなのために送ってくれたんですよ。それではみんな、クリスマス会の練習しましょうね。」
全員「はーいっ!!」

 
同・ホール
   三びきの子豚のオペレッタの練習をしている。麻衣が百姓。磨子、健司は狼、小口千里が子豚をやっている。


   クリスマス会の当日。

同・さくら組
   年中、全員が集まっている。

矢ヶ崎先生「それではみんな、いよいよ今日が本番ですよ。練習通りに頑張りましょうね。」
全員「はいっ。」
矢ヶ崎先生「その前に…」

   お皿を取り出して一人一人に配る。

矢ヶ崎先生「これは、風さんが、送ってくれた種で育ったお野菜です。ステージの前にこの元気のお薬を食べてやりましょう。」

   一人一人のお皿に少しずつマヨネーズで和えた二十日大根を乗せる。

矢ヶ崎先生「それでは感謝してみんな、頂きます!!」
全員「頂きます!!」

   みんな、微笑んで食べ始める。


矢ヶ崎先生「終わりましたか?では皆さん、行きましょう。先生に着いてきてね。」

   全員、ついて出ていく。


同・ホール
   クリスマス会が行われている。健司の両親、麻衣の両親、磨子の両親、千里の両親もカメラをもって見に来ている。

   年中の公演が終わり、可愛らしく頭を下げて退場。大きな拍手。


同・廊下
   別の日。麻衣、クリスマス会明けから毎日廊下で千里と会う度に嫌な顔をする。千里もぶつぶつと何かを言いながら顔をしかめる。

麻衣「何いつも人んとこ見てくるだぁ?変なのぉ!!」
千里「見てないよぉ、君こそどうしていつも僕んとこ怖い顔してくるのぉ?」
  

柳平家・和室
   三つ子が飯事をしている。

麻衣「んーもおっ!!」
柳平紡「麻衣、どーゆーの?」
麻衣「つむ…」
柳平糸織「何か嫌なこと?」
麻衣「名前は知らないさくら組の男の子がいっつも私と会うと嫌な顔して何か言ってくるの。変な子!!」
紡「さくら組?私さくら組だだけど…どの子ずら?」
麻衣「背の小さくて、目の大きい男の子…」
糸織「せんちゃんかなぁ?」
麻衣「とにかく、ほの子がへー嫌なんよ!!」

   ふんっと鼻を鳴らす。


岩波家・居間
   幸恵、健司のピアノの練習を見ている。健司、不貞腐れながらピアノを弾いている。

健司「僕ピアノなんてへー嫌だ。やめる。」
幸恵「ダメよ健司、せっかく始めたんだから続けるの。」
健司「えー、ほいだってぇ…」
幸恵「あなたが大きくなれば分かるわ。今からやらっておかないと後悔するわよ。」
健司「どいで?」
幸恵「どいでって…」

   うっとりと

幸恵「格好いいからよ!今どきピアノ、バイオリン、バレエもできる男の子なんていったら…モテんのよぉ!!だからあなたも、」

   健司の肩を叩く

幸恵「岩波家の次男といて誇れるような男になるように頑張りなさい。」
健司「ちぇっ。」

  
拗ねる。

健司「分かったよ…でも僕…明日からへー幼稚園なんて行かないもん。」
幸恵「あら、まぁどうしてそんなことを言うの?それは絶対に行けませんよ。」
健司「嫌なもんは嫌なの!!」
幸恵「何故?理由を言ってごらんなさい。」
健司「哲仁君が僕の事をいつも苛めるんだもん…」
幸恵「まぁ?それくらいで行かないですって?」

   腰に手を当てる

幸恵「行けませんっ!!男の子なんですからそれくらい我慢なさいっ!!虐められたらやり返せるくらいの強い男の子にならなくちゃなりませんよっ!!」

   健司、泣きそうな顔で幸恵を見る。

幸恵「何ですその目は?悔しかったらやり返しなさい。マはお母さんそれくらいでは助けてあげませんよ。」
健司「そんな…お母さんのバカ…意地悪…鬼…。」

   再びピアノを弾き出す。


ひばりヶ丘両久保幼稚園・教室
   健司、横井にちょっかい出されて又泣かされている。その度に麻衣と磨子が庇う。矢ヶ崎先生がそこへ仲介にはいる。 

   この毎日が繰り返される。


   別の日の別の時間。健司、矢ヶ崎先生の元へ走っていってそっと耳打ち。

   矢ヶ崎先生、麻衣の元へとやって来る。

矢ヶ崎先生「麻衣ちゃん、」
麻衣「はい、何ですか?」
矢ヶ崎先生「君がいつも健司に優しくしてくれていることは先生よく知ってるわ。だからお願いがあるんだけど…」

   話を聞く。

麻衣「はい、分かりました。健司君、」

   健司の手をとる。

麻衣「行こ。」
健司「うん…」
矢ヶ崎先生「じゃあ麻衣ちゃん、宜しく、お願いね。」
麻衣「はいっ、」


   二人、教室を出ていく。

同・トイレ
   男女共同。麻衣、健司のトイレを手伝っている。

健司「麻衣ちゃん、待っててね。行かないで。」
麻衣「ここにおるに。待ってる。いい?へー出た?」
健司「うん、へー出た。」

   そこに千里。麻衣と健司を交互に見る。

千里「何やってるの?」
麻衣「又変な子が来た!あんたに関係ないらに?矢ヶ崎先生に健司君のおしっこ見てあげてねって言われたの。」
千里「ふーん…」

   用を足し出す。

千里「次はクリスマス会の練習だよ。」
麻衣「ほんなこん分かってるわよ!!行こ、健司君。」
健司「う、うん…」

   麻衣、健司の手を引いてトイレを出ていく。

麻衣「何よあんたなんて、変な子!!」

千里「何で怒るのさぁ!!僕変な子じゃないもんっ!!変な子って言う方が変な子何だよぉ!!」


同・ホール
   クリスマス会の練習が行われている。

   1997年。年長が歌の練習をしている。

健司「先生、気持ち悪い。」
矢ヶ崎先生「健司君、どうした?具合悪いの?」

   健司の手をとって医務室に連れていく。

麻衣(健司君…どーゆーんだら?大丈夫かな?)

   麻衣の隣に千里がいる。

   歌を続けている。

麻衣(っ!?ん?)
 
   冷や汗

麻衣(何か気持ち悪い…ふらふらする…)

   だんだんと青ざめる

麻衣(へー…ダメ…)

   しゃがんで蹲る。

千里(麻衣ちゃん?)

   隣へしゃがむ

千里「麻衣ちゃん?大丈夫?」

   麻衣の手を握るが、麻衣、それを振りほどく。

千里「先生、麻衣ちゃんが!!」

   そこへ丁度戻ってきた矢ヶ崎先生。

矢ヶ崎先生「どうしたの?」
千里「麻衣ちゃんが…」
矢ヶ崎先生「せんちゃん、ありがとう。」

   麻衣の手をとる。

矢ヶ崎先生「ほら、麻衣ちゃん、どうしたの?医務室に行こうね、気持ち悪いの?」

   麻衣、よろよろと医務室に向かう。


同・医務室
   麻衣、椅子に座らされて体温計を図る。

麻衣「うぅっ、」
 
   吐く。矢ヶ崎先生、驚いて背を擦る。

矢ヶ崎先生「まぁまぁ、どうしたの?大丈夫?少しお熱があるみたいね。」

   布団を敷く。

矢ヶ崎先生「お母さんに連絡するから、それまでしばらくここで寝てようね。」
麻衣「はい…」

   布団に横になる。


   廊下には千里、時々見に来ている。

矢ヶ崎先生「あら、せんちゃんどうしたの?」
千里「麻衣ちゃんは?」
矢ヶ崎先生「ありがとう、心配してくれてるのね。麻衣ちゃんなら大丈夫よ。」
千里「良かった…」

麻衣(あの子…せんちゃんって言うんだ。あの子、私を助けてくれたんね。)

   隣には五段の戸棚がある。麻衣、目を閉じていつの間にか眠ってしまう。

   麻衣、体がふわりと浮く感覚で目を覚ます。

麻衣「?」

   麻衣は仰向けで寝たまま。下には麻衣が寝ており、隣は戸棚の一番上。

麻衣(え?)

   ものすごいスピードで戻ってくる。

   その後


麻衣の夢の中
   麻衣、チラシを持っている。柳平紅葉が一緒にいる。

紅葉「さぁ麻衣、一緒に帰りましょうか?」
麻衣「えぇ。」

   チラシをまじまじ

   チラシは国際文通を案内するもの。その中の一人が病気でなくなったと言うことが書いてある。


   麻衣、それを見ながら車に乗り込んで、車の背凭れを倒して目を閉じる。


同・黄泉の国
   麻衣が目を覚ます。

麻衣「私…死んじゃっただ…?」

   大きなものや天使たちも沢山いる。ピンク色のキラキラ光る綿菓子の様な世界。

麻衣「ふんとぉーに…死んじゃった…ダメよ、まだダメ」

   右往左往

麻衣「戻らなくっちゃ…まだやらなくちゃならないこともあるし、私はまだ子供。ほれに、母さん父さんが何よりも悲しむわ。」

   強い風と共に雲がドーナツ型に割れる。

麻衣「うわっ、きゃぁーっ!!!」

   割れた穴からまっ逆さまに落とされる。

麻衣「助けてぇ、母さん、父さん、チョナァーっ!!」


ひばりヶ丘両久保幼稚園・医務室
   麻衣が目を覚ます。紅葉、矢ヶ崎先生がいる。

矢ヶ崎先生「麻衣ちゃん、良かった起きたわね。」
麻衣「先生、」
矢ヶ崎先生「お母さんが来てくださったわよ。」
紅葉「麻衣、ビックリしたわよ。一体どうしたの?大丈夫なの?」
矢ヶ崎先生「えぇ、少しお熱があるようなのでおうちでゆっくり休ませてあげてくださいね。」
紅葉「はい、分かりました。色々とありがとうございます、お世話かけました。ほら、麻衣、歩ける?帰りますよ。」
麻衣「えぇ、大丈夫。」

   立ってお辞儀。

麻衣「先生、ありがとうございました。さようなら。」
矢ヶ崎先生「はい、さようなら。気をつけてね、ゆっくり休んで…お大事に。」
麻衣「はいっ、」
矢ヶ崎先生「せんちゃんもとてもあなたの事、心配してたわよ。」
麻衣「え、せんちゃんが?」

   矢ヶ崎先生、微笑む。麻衣、キョトンとしながらも紅葉に手を引かれて帰っていく。


同・ユリ組
   作業をしている。

磨子「麻衣ちゃん、今日もお休みなのね。」
健司「まだ治らないのかなぁ?心配だよ僕…」

   あれから数週間が経っている。

磨子「来週がクリスマス会よ、麻衣ちゃん出て来れるかなぁ?」
健司「来てくれればいいな…」
横井「あいつがいなくちゃお前、何にも出来ないもんなぁ!!守ってくれるのいないもんなぁ。」
磨子「私がおるらに。」

   横井をこずく。

横井「痛ってぇ、何するんだよ磨子、いきなりぃっ!!」

   健司、小さくくくっと笑う。

横井「お前、生意気なっ!!笑ったなぁ!!」
健司「ごめんなさいっ…」

   またもやしゅんとして下を向く。


同・ホール
   クリスマス会当日。

   年長の発表が始まる。

千里「麻衣ちゃん、大丈夫?」
麻衣「せんちゃん…」

   照れ臭そう。

麻衣「えぇ、へー大丈夫…この間は…ありがとな。とっても嬉しかった。」
千里「いや、」

   照れて笑う。

   軈て歌が始まる。


   それが終わると聖劇。麻衣と千里がペア。二人、つっかえつっかえかみかみながらも演劇をやっている。

   終わると大きな拍手。で、幕が閉じる。


小口家・台所
   小口懐仁、珠子、千里でクリスマス会をしている。

珠子「せんちゃん、今日は格好良かったわよ。お祝いね、沢山食べてね、お肉もまだお代わりあるわよ。それと、」

   箱を取り出す。

珠子「ケーキが、まだあるのよ。」
千里「わーいっ、やったぁ!!」
珠子「来年からはいよいよ小学生ね。ママ嬉しいわ。あれだけ小さかったせんちゃんがどんどん大きくなってく…」

   抱き締める。

珠子「んーっ、ママの可愛いせんちゃんっ!!」
千里「ママ、やめてよママ、苦しいっ!!苦しいったら!!」

   小口も笑う。

小口「来年からは京都の学校だもんな、千里!!新しい土地でも頑張ろうな。」
千里「え、京都の?」

   少し顔を曇らせて俯く

千里(麻衣ちゃん…折角これからは同じ学校でお友達になれるかと思ったのにな…。)
珠子「せんちゃん?どうしたの?食べないの?」 
千里「う、ううん、いただきまぁーす!!ん、ママのご飯ってやっぱりとっても美味しい。」

   微笑んで沢山食べている。

珠子「せんちゃんはこれで1年生になるんですもの、来年には、せめてものおねしょは直して貰いたいわね。」

   千里、真っ赤になる。

小口「そうだな、ならこうしよう。もし、小学生になってもおねしょをするようだったら…」

   百草を取り出す。

小口「千里がおしっこしちゃうところにこの、」

   千里、真っ青になる

小口「お灸を据えることにするか?」
千里「ひぃーっ!!!」

   小口、笑う。

小口「お灸が何か分かるんだね?怖いのなら、おねしょしないように頑張りなさい。極力夜はお水は飲んじゃいけないよ。」
千里「は…はい…」
珠子「ちょっとパパ、せんちゃんはまだ6歳なのよ。そんなに怖がらせないであげて。」
小口「悪い悪い、はい千里…」

   手渡す。

小口「クリスマスプレゼントだ。」
千里「わぁ、やったぁ!!パパありがとう!!」
珠子「ふふっ、良かったわね。実はママからもあるのよ。」

   千里、すっかり機嫌が直ってるんるんと開け出す。

千里「うわぁ!!」

   珠子からは新しいトゥーシューズとレオタード。小口からはメトロノーム

小口「千里、去年からピアノを習い始めただろう。だからこれを役立てなさい。」
珠子「ママからはバレエよ。せんちゃんは小さい頃からバレエやってるから、レオタードもおくつももうお古だし…もっと上手くなって欲しいから。」
千里「パパにママ、本当にありがとう!!僕これ大事にするね…そしてバレエもピアノももっともっと上手くなる。そしてパパとママに聞かせてあげるね。見せてあげるね!」
珠子「本当に?嬉しいわ。楽しみにしてるわね。せんちゃんは大きくなったらピアノの先生かしら?それともバレリーナかしら?」
小口「いや、もしかしたら世界的に有名になったりしてなぁ、アハハハハっ。」
千里「うんっ!!」
小口「おぉ、そうかそうか、期待してるぞ千里。」

   千里も顔を綻ばせて笑う。小口、千里を抱き締めて頭を悪戯っぽくグリグリとかきむしるように撫でくる。 


同・和室
   千里、両親が川の字に眠っている。

珠子「それじゃあせんちゃん、頑張ってね。今日はオムツなしで寝てみようか…」
千里「でも…」
珠子「大丈夫よ、心配しないで。もしおねしょしちゃっても少しずつ治していけばいいわ、焦らなくていいの。」
小口「安心しなさい、お灸はしないから。」
千里「…本当に?」
珠子「夜中にママがおしっこに起こしてあげるわね。」
千里「うん、ありがとうママ…お休み…。」
珠子「ええ、お休み…」
小口「お休み…」

   明かりが消える。


   夜中。珠子がうっすら目覚める。

珠子「…?せんちゃん…?」

   布団を捲る。

珠子「あらら、やっちゃった…」

   揺する

珠子「せんちゃん、せんちゃん?これっ、千里…起きなさいっ!!」
千里「んー…」
珠子「おしっこ変えなくちゃ!!風邪引いちゃうわ。」
千里「えー?おしっこ?」

   ギクリとなりハッと目覚める。

千里「え…?」

   布団の中を覗いてから泣きそうになって珠子を見つめる

千里「ママ…」
珠子「大丈夫よ、せんちゃん…仕方ないわ。その内に必ず治るから、少しずつ治していけばいいの。」

   抱き締める。

珠子「ほらほら、大丈夫だからせんちゃん、泣いちゃダメよ。」
千里「ママぁ…ごめんなさい、ごめんなさい…」

   静かにかおを埋めて泣き出す。


   珠子、千里のパジャマを着替えさせて、布団も片付けている。千里は震えている。

珠子「でもどうしましょう…せんちゃんのお布団…明日新しいの買わないといけないわねぇ…今夜は…」

   困ってキョロキョロ

千里「ママ…」

   もじもじ

千里「おしっこ…」
珠子「一人で行ける?」
千里「ママは?」
珠子「仕方のない子ねぇ。」

   千里と部屋を出ていく。


同・トイレ
   珠子、廊下で待っている。千里、ドアを少し開けたまま用を足している。

千里「ママ、いる?」
珠子「いますよ、ゆっくりしていいわよ。」
千里「行かないでね、僕が出るまでずっとそこにいてね。」
珠子「はいはい、分かっていますよ。」

   暫くして千里が出てくる。

珠子「お帰りなさい。」
千里「ママ、ありがとう。」


   二人、部屋に戻る


同・和室
   千里、珠子の布団に入って一緒に眠っている。


同・台所
   翌朝、朝食をする三人。

小口「千里、昨日またやったな?」

   微笑む。千里、俯いている。

千里「パパ…ごめんなさい…」
小口「ハハハ、何だ、パパは怒ってないぞ。仕方ないさ、まだ初めだもんな。」

   頭を撫でる。

小口「ママの言う通りに少しずつやればいいさ。必ず治るから心配はするな。まだ小学校にも上がっていないんだ。パパだって、ずっと大きくなるまでおねしょしてて、お前のおばあちゃんによく怒られたもんだ。」

   真顔になる

小口「所で千里、あの話…分かってるね?」
千里「あの…話?」
小口「卒園式が終わったら次の日にはこの家を出るよ。」
千里「うん…」

   下を向いて食べながら

千里「…分かった…」


   そこに小口吉三

千里「おじいちゃん!」
吉三「おねしょか…懐かしい話じゃ。」

   微笑む。

吉三「千里、お前も父親譲りのねしょんべん小僧だな。」


   千里、真っ赤になる。

吉三「ハハハ、こいつはぁ。」

   千里を撫でる

吉三「しかし…卒園式が終わったら実に…ここを去るのじゃな。」
小口「ああ、父さん…」 
吉三「ここにおってもいいものぉ、」
珠子「ありがとうございます、でも懐仁さんのお仕事の都合もありますし…」
吉三「そうか、それは残念じゃ…」 

   千里、寂しそうに俯いている。


ひばりヶ丘両久保幼稚園・廊下
   卒業式、前日。千里、廊下で麻衣とすれ違う度にもじもじと麻衣を見つめている。麻衣も胡散臭そうに千里を見つめる。


麻衣「何よ?言いたいことがあるのならはっきり言ってよ!」
千里「あの…あの…そのお、麻衣ちゃん?」
麻衣「何?」
千里「僕…明後日、引っ越ししちゃうの…。」
麻衣「引っ越し?…何処へ?」
千里「…京都…」
麻衣「京都?何処よそれ!!」
千里「うん、こっからねとっても遠いとこなの…」
麻衣「ふーん…」
千里「それだけ麻衣ちゃんに言いたかったの…僕の家…茅野公民館のすぐ近く…」
麻衣「ふーん…ほう、元気でね。」

   あっさりと去っていく。千里、寂しげに麻衣を見送る。

麻衣「あ、」

   立ち止まって振り向く。

麻衣「クリスマス会の練習の時は…ありがとう…嬉しかったに…じゃあ。」

   教室に入っていく。千里もフッと笑っていつまでも麻衣を見送っている。


   健司は相変わらず、横井にちょっかい出されて泣かされている。磨子も面白がって健司をからかっている。


同・ホール
   卒業式が行われている。千里は泣きべそをかき、麻衣はなんとも言えない複雑な顔をしている。


小口家・和室
   川の字に眠っている親子。

小口「千里、いよいよ明日だね。」
千里「うん…」
小口「心残りはもうないかい?」
千里「う…う、うん…」
珠子「どうしたの?」
千里「麻衣ちゃん…」
珠子「え?」
千里「麻衣ちゃんに僕…来てほしいんだ…ちゃんとお別れしたいの…。でも麻衣ちゃんは僕の事嫌いみたい…」

   切なそう

千里「昨日あの子に、引っ越ししちゃうのって言った。…でも、…来てくれるかな…?」
小口「千里…」

   千里、泣き出しそうな顔で目を閉じる。

千里「お休み…」


同・庭先
   珠子は布団を干している。

珠子「この子ったら、引越しの日にもこんな世界地図作るなんて…」
小口「千里、今日はおねしょをしなくなるおまじない、かけてみようか?」
千里「何?」

   小口、千里のズボンとパンツを脱がす

千里「何?何?何するの?いやだっ、やめて…」

   小口、百草を燃やす。

千里「わぁーんっ!!あーんっ!!」
 
   大泣きをしだす。同時におもらしをしてしまう。小口、すぐにとる。
 
小口「ごめん、ごめん、泣かしてしまったね。でもね、昔からこうするとおねしょが治るって言われてきているんだよ。」

   泣く千里を抱き締める。

小口「おーおー、ビックリしたねぇ…ごめんね。ビックリしておしっこ出ちゃったね。着替えようね。」
 
   千里を家の中へと連れていく。


   (しばらくご)
   小口、車の準備をする。吉三も出てきている。

小口「よしっと、出来た。では、そろそろ行くか?」
珠子「そうね。」
吉三「寂しくなるのぉ。千里や、立派な男になるんだよ。又いつでも遊びにおいで。」
千里「うんっ、おじいちゃんも元気でね。」

   小口、珠子、車に乗り込む。 

珠子「せんちゃん、」
千里「麻衣ちゃん…」
小口「仕方ないよ…なら、麻衣ちゃんはずっとここにいるんだろ?又遊びに来たときに会いに行けばいいさ。ほら、行こう。千里、乗るよ。」
千里「うん…」

   寂しそうに乗り込み、車は動き出す。


柳平家・庭先
   紡、糸織、麻衣が遊んでいる。

紡「麻衣、千里君行っちゃうに?」
麻衣「あんな子、私に関係ないもん。私、あの子のこん嫌いなの。」
糸織「でもさ、君の事助けてくれた男の子だもん、悪い子じゃないよ。」
紡「ふんとぉーは麻衣だってあの子にお別れ言いたいだらに。」
麻衣「うーん…」


   縄跳びを放り出して庭先を飛び出る。


   千里の車は庭を出る準備をしている。


   麻衣、途中で花を摘んでポケットに入っていたマシュマロを取り出す。


小口家・庭先
   千里の車が出ていく。そこへ麻衣。

麻衣「せんちゃんーっ!!せんちゃん、待ってぇ!!」

   気が付かずに車はどんどん出ていく。

麻衣「止まってぇ、せんちゃんーっ!!!」

千里(…?麻衣ちゃんっ?)

   慌てて

千里「パパっ、パパ!!」
小口「ん、どうした千里?」
千里「ちょっと車止めて。」
珠子「え?」

   千里、急いで車を飛び出る。


   千里と麻衣。麻衣!息を切らす。

千里「麻衣ちゃん…来てくれたんだ!!」
麻衣「えぇ…ふんとぉーに…行っちゃうだ?」
千里「うん…」
麻衣「へー会えんの?」
千里「又遊びに来るよ。そしたら…その時は…今度は僕と遊ぼ…」
麻衣「えぇ、絶対、約束だに。」

   小さな野の花束を渡す。
 
麻衣「これ、私が作ったの…あんたにあげる。」
千里「僕に…くれるの?」

   麻衣、黙って頷く。

麻衣「あんたのこんは、あんたがあの日助けてくれたこんは、私忘れはしん。…ほして…ほれと…」

   悲しさを堪えながら巨大マシュマロを千里の口に押し込んで体を車に戻す。

麻衣「へー行って!!さようなら、又な…」
千里「麻衣ちゃん…」
麻衣「あんたの顔見てると泣いちゃいそうになるの。ほいだもんで早く行って、あっち行って…お願いっ。」

   千里、車に乗り込んで車は走り出す。麻衣、泣きながら車を追いかけて手を振る。

   千里も車の中で巨大マシュマロに頬を膨らめながら泣いて振り向き、麻衣に大きく手を振っている。

小口「良かったね、最後に麻衣ちゃんに会えて。」
珠子「あの子、来てくれたんだわ…家の千里なんかの為に…とっても優しい子ね…。大切にするのよ…」

   千里は大切そうに花束を胸に抱いている。






あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!