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石楠花物語高校生時代
悲劇
茅野中央高校・体育館
   3-1が演劇をしている。顧問は備前芳郎(55)。千里、ステージの上にセットされたベットに横たわっている。演目は舞姫。

麻衣「我、豊太郎主!!かくまでに我を裏切り給ひしか!!」
備前先生「はい、止め。とてもいいですよ。もう一回今のところをお願いします。柳平さんはもっと小口くんにすがるようにね。」
麻衣「はい。」

   (演技をする。)
備前「はい、OKです。次、長官たち、出てこい。」

   千里、ベッドから起き上がるが麻衣、千里の足元に突っ伏せたまま。
千里「おいっ、麻衣ちゃん、麻衣ちゃん、起きなよ。もう終わりだよ。」
麻衣「…。」
千里「起きてってば。もう演技はいいんだって、ねぇ。」
   
   麻衣を揺する。麻衣の体はがくりと垂れ下がる。
千里「ま、麻衣ちゃん!?ちょっと、おいっ!!!」

   体育館、ざわざわ

千里「備前先生、備前先生、柳平麻衣さんが!!!」

備前先生「どうした、退いてみろ。」

   備前、慌てて麻衣のもとへ来る。そして麻衣を抱き抱える。

備前先生「みんなここにいなさいっ、医務室に行ってくる…」

   備前先生、麻衣を抱えたまま急いで退室。生徒たち、がやがや。千里、蒼白な顔をしている。

   軈て、医務室に担架がきて麻衣が運ばれる。

同・3-1
   放課後。紡、糸織、小松が駆け込んでくる。

紡「ちょっと、今育田が家のクラス来たんだけど一体どいこんよ。」
糸織「麻衣が倒れて救急車で運ばれたって…」
千里「つむに、しお…分からないんだ。それまでずっと元気だったのに、突然…(泣き出しそう)」
すみれ「えぇ。演技をしている時だったわ。」
小松「で?何処の病院にいるの?」

諏訪中央病院
   紡、糸織、小松、千里、急いで中に入る。

紡「あの、柳平麻衣の病室は…」
受付「ご家族の方?」
糸織「はい、兄弟です。」
受付「ご案内いたします…」

同・病室前
   全景の四人、中に入る。病室の中、カーテンが締まり、中にはフロレスタン・セサトール(29)がいる。

紡「あのぉ…こんにちはぁ…」
糸織「麻衣、おるぅ?」

   カーテンが開いてフロレスタンが顔を出す。

糸織「先生、ですか?」
フロレスタン「あぁ。主治医のフロレスタン・セサトールです。柳平麻衣さんのお見舞いの方ですね。」
紡「はい。…麻衣は…」

   病室は1人部屋。トイレ、お風呂、洗面が完備されている。アップライトピアノが一台置いてある。

フロレスタン「まだ意識が戻りません。」
紡・糸織「意識がぁ?」
千里・小松「戻らないって…」
   フロレスタン、カーテンを開く。中にはベッド。その上には麻衣。呼吸器と心臓のピ、ピ、ピ、ってやつと点滴をつけている。顔は死んだように白く、ピクリとも動かない。千里は小さな悲鳴をあげ、糸織は息を飲む。紡は目眩を起こして倒れそうになり、小松がその体を支える。

千里「麻衣ちゃんっ!!…先生、何でこんなことに!?彼女は、彼女は治るのですよね、目を覚ますのでしょう?」
フロレスタン「様子を見てみないとなんとも言えませんが…重度のアレルギーショックと思われます。」
紡「アレルギー?」
糸織「麻衣が!?」
フロレスタン「はい。最近何か、変わったことなどはありませんか?変わったものを食べたとか…」
千里「変わったもの…あ、そういえば。」
小松「小口、何?」
千里「今日のランチの時、黄砂が凄かったんだっけ…で、僕のお弁当にも、彼女のお弁当にもたっぷりと黄砂のふりかけが…」
フロレスタン「ありがとう。恐らく原因はそれでしょう。」
千里「え、それだけの事でここまでに!?嘘でしょう!?」
フロレスタン「これは酷すぎるケースだ…私も信じられん。元から何か、持病とかはあったかな?」
紡「いえ…特には…」
フロレスタン「柳平麻衣さんは、脳をやられているらしくてね。全く脳が機能していないんだよ。」
紡「ほ…ほんな…」
フロレスタン「だから、今の状態では回復は10パーセント未満。仮に意識が戻ったとしても後遺症が残ってしまい、今までみたいに生活は出来ないでしょう…覚悟はしてください。」

   紡、糸織、千里、小松、何も言えずに麻衣を見つめている。千里、堪えきれなくなって麻衣に駆け寄り、体に顔を埋める。

千里「麻衣ちゃん…麻衣ちゃん、どうして?どうしてこんなことになってしまったんだよ…目を覚ましてよ、ねぇ。」
紡「せんちゃん、」
千里「僕、君に僕のこの気持ちが伝わったときはとても嬉しかったんだよ。やっと、やっと僕の片想いは実ったんだって…僕は、これから君を支えて守ってあげるつもりでいたのに…それなのに、こんな運命ってあるかっ!!!」
小松「やめろよ、小口。」
千里「麻衣ちゃん、麻衣ちゃんっ…」

   (午後6時)
   廊下から糸織が戻ってくる。

糸織「今、父さんと母さんに連絡とってきたよ。」
紡「何だって?」
糸織「母さんは、明日の朝にはここへ来るって。父さんは今、京都…すぐには戻れない…。」
紡「ほーか…ほいじゃあ今夜は、」
千里「僕がここにいるよ。」
糸織・紡「せんちゃん、」
千里「大丈夫。だから、君達は家に帰って休めよ。」

   四人、顔を見合わせる。

糸織「分かったよ。」
紡「しおっ!!」
糸織「せんちゃんを信じろよ。彼なら大丈夫だよ。」
千里「任せて、」

   小松、少し不機嫌そうな顔。

紡「うん…ほいじゃあ、頼むなせんちゃん。明日には家の母さん来ると思うでほれまで…」
千里「うん。」

   小松、時計を見る。

小松「6時か…半の電車乗れるかな…」
紡「急ぎゃ間に合うに。」
糸織「ほいじゃあ、僕らはボチボチ…」
千里「うん、お休み…」
三人「お休み。」

   三人、退室。千里と麻衣のみ。

千里「麻衣ちゃん…本当に君なのか?…」

柳平家
   紡、と子、あすかが食卓に着いている。糸織、お盆を持ってくる。

紡「お、…って又?」
と子「ローメンと、」
あすか「目玉焼きだね…」
糸織「しょうがないだろうに、僕これしか出来ないんだで。」
と子「でも…(ローメンを啜る)驚いたに、急に麻衣姉が倒れたって…」
あすか「麻衣姉、大丈夫かなぁ?治るかなぁ…」
と子「大丈夫だよ、あす。麻衣姉は必ず戻る。ほんな時に…(糸織を見る)何にもやんないつむ姉に変わって、しお兄は大変だねぇ、偉いわ。」

   紡、と子を睨む。

と子「何よ姉さん、文句があんなら自分も何かやってみろっつーの。」
紡「分かった、分かりましたよっ!!!やりゃいいんだろ、やりゃあ!(立ち上がって腕捲り)では、このつむが、一肌脱いで、腕を降るってしんぜよう。」
糸織「よ、」
あすか「待ってましたっ!!」
と子(ふんとぉーに大丈夫か…?)


   しばらくご、紡がお膳を持ってくる。
   『つむ、ディナーの歌』

糸織・あすか「おーっ!!!」
紡「はーい、つむちゃん特製、茄子と夕顔の油味噌と、お葉の煮たの、後はアマリノスンキ漬けだに。」
と子「ふーん、なかなかやるじゃあ。」
紡「当たり前っ。私だって本気だしゃあこんくらい、ちょちょいのちょいなんじゃい!!どう、食べてみ。」
と子「ん、いただきまぁーす。」
糸織・あすか「いただきまぁーす。」

   三人、食べる。

四人「…?」
と子「てかこれ…味がない…」
糸織「茄子がどろどろ、夕顔どこ?」
と子「つむ姉、もっと麻衣姉見習ってさぁ…料理の腕上げろよ…」
紡「確かに…って。(机を叩く)うっさいわと子っ!!黙ってお食べなさいっ!!」
と子「ほーい、これはどうも。失礼いたしました。」
糸織「全く…同じ三つ子とは思えんな。」
あすか「ふんとぉー、ふんと。」

   紡、不貞腐れてがつがつと食べている。

諏訪中央病院・病室
   翌朝。千里、椅子に座ったままうとうととしている。そこへ紅葉。

紅葉「麻衣っ、麻衣!!いるの?」

   千里、びっくりして飛び起きる。紅葉、千里に気付く。

紅葉「まぁ、あなたは?…あなたがずっとまいについていてくれたの?」
千里「は、はい。(立ち上がって頭を下げる)僕、麻衣ちゃんのクラスメイトで友達の小口千里です。麻衣ちゃんのお母さんですか?」
紅葉「えぇ、そうですよ。全く…困るわねぇ家の子供達はぁ…あなたに押し付けて先に帰るだなんて。ごめんね、小口君。疲れたでしょう。」
千里「いえ、とんでもない。僕が勝手に頼んだんです。だから、紡さんと糸織君には先帰っていいよって…麻衣ちゃんの事が心配で…。僕こそ勝手なことをしてしまい、ごめんなさい。」
紅葉「そうだったの、嬉しいわ…ありがとう。」
千里「え。」
紅葉「麻衣を心配してくれる子がいるんですもの。母としてとっても嬉しいし。あなたのような子で安心よ。」

   千里、微笑む。カーテンは閉まっている。
紅葉「で、麻衣の様子は?」
千里「はい…それがぁ、相変わらずなんです…。」

   紅葉をカーテンの内側に案内する。

   麻衣がぐったりと横たわっている。紅葉、ハッと息を飲む。

紅葉「麻衣っ、麻衣!?麻衣、どうしちゃったの!?麻衣…」

   千里、涙が込み上げてきて泣き出す。

千里「僕のせいだ…お母さん、ごめんなさい。僕のせいなんです…」
紅葉「小口君、なぜそう思うの?違うわ。」
千里「いえ、僕が黄砂が飛んでいる日に…茅野駅の東口広場でお昼食べよって、昨日麻衣ちゃんを誘ったんです。そうしなければこんなことにならなかったんだ。僕、彼女がまさか黄砂アレルギーなんて知らなかったから…だから。」

   紅葉、千里を抱き締める。

千里「僕は人殺しだ。人殺し男なんだ!!」
紅葉「それは違うわ、小口君。あなたは何も悪くない。でも…今、アレルギーっていった?あの子に?」

   千里、涙を脱ぐってしゃくりあげながら。

千里「はい…主治医のフロレスタン先生からそう聞きました…(フロレスタンから聞いたことを全て話し出す)」

紅葉「そう…この子に…。(麻衣の体に触れる)ごめんね麻衣、母さんがもっと早くに気がついてあげられれば良かったのにね…。何故、18年も一緒にいて今まで何も気がつかなかったのかしら…。許してね。」

   そこへフロレスタンが来る。

フロレスタン「…お母様ですか?」
紅葉「あ、ひょっとして先生ですか?」
フロレスタン「はい。私が柳平麻衣さんを担当している主治医のフロレスタン・セサトールです。」
紅葉「そうですか、麻衣が御世話になります。私は麻衣の母です…先生、娘は…」
フロレスタン「娘さんは、大分脳をやられてしまっていて…」

   フロレスタン、話をする。

紅葉「…そんな、では麻衣は…」
フロレスタン「えぇ、覚悟はしてください。もしも意識が戻ったとしても、今まで通りの生活は出来ないでしょう。」
紅葉「麻衣…」

   紅葉、手で顔を覆う。

紅葉「可哀想に、麻衣…」
千里「お母さん…」

   千里も泣き出す。
   『エウリディーチェ亡くして』

白樺高原
   岩波健司(17)、麻衣を揺する。麻衣、目覚める。

健司「麻衣、おいっ…麻衣…」
麻衣「んー…」
健司「麻衣、麻衣ったら…」

   麻衣、目を覚まして健司を見る。

健司「(微笑む)やっと起きたか…」
麻衣「ここは…どこ?あなたは誰…。…。」

   健司、麻衣をこずく。

麻衣「あ、あんたは…た、健司…どうして。」
健司「どうしてだぁ?…バカ野郎、ほりゃこっちの台詞だよ。」
麻衣「へ?」
健司「お前、何こんなとこ来てんだよ。ここは、まだお前の来る世界じゃねぇーだろうに。」
麻衣「何…ほいじゃあ私…死んじゃったの?」
健司「ん、」
   健司、指差す。白樺湖の向こう岸に秋桜の花畑がある。

健司「お前はまだ死んでない。今ならまだ十分戻れる。だで、帰れっ!!」
麻衣「嫌よっ。」
健司「は?どいで?」
麻衣「折角こうしてあんたに会うことが出来ただに、戻るなんて私嫌っ!!」
健司「駄目だ、戻れっ!!」
麻衣「だったらどいで、私に会いになんきたんよ。」

   健司、黙って微笑む。

健司「なぁ麻衣…いい加減隠すのはやめろよ。」
麻衣「な、何が?」
健司「めがねだよ。」
麻衣「はぁ…?」
健司「お前…ふんとぉーはへーメガネする必要なんてねぇーんだろ。コンタクトしてんだろ。」
麻衣「…。」
健司「俺知ってんだ。酷いじゃないか。どいで俺の前でだけメガネかけんだよ。へー変な意地はるなよ、な。」
麻衣「ど、どいでコンタクトのこん…」
健司「俺に隠してるつもりだった?」
   
   微笑んで黙ったまま麻衣のメガネを外す。
麻衣「あぁっ。」

   健司、頬を赤くして麻衣を見つめる。

健司「麻衣…お前、メガネとるとほんねに綺麗なんだな…。」
麻衣「え。」
健司「俺、メガネかけたお前のこんも可愛くてとっても好きだったけど…メガネ外すと、もっと素敵だよ。綺麗になったね。ほの方がずっと可愛いよ…」
麻衣「た、健司…やだ。何よあんた、急に素直んなっちゃって…気持ち悪い…。」
健司「バーカ。素直じゃないのはお前だろ。(メガネを遠くへ放り投げる)俺はずっと、お前にこの言葉をいう日を待ってたんだぜ。」
麻衣「健司…あんた…」

   夢の世界が段々薄らぎ、ただの暗闇に戻ってしまう。麻衣、健司の名を呼びながら再び気を失い、眠りを落ちる。
   『さらばコリンド』

諏訪中央病院・病室
   翌朝(あれから三日後)。千里、アップライトピアノを弾いている。麻衣は相変わらず。
   『ニーナ』

千里「♪3日経つのに、君は目覚めず。朝の陽が窓から君を照らすのに覚めず。僕の声にも覚めない、目覚めてよリネッタ。目覚めてよリネッタ。そして再び僕に歌ってよリネッタ…そしたら僕はどんなに、嬉しいことか分からない、目覚めてよリネッタ。お願いだリネッタ。」

   千里、終わると悲しげに側の椅子に座って麻衣の手を握る。

千里(君は、まさか本当に目覚めず、このままいるつもりじゃないだろうね…。)

   千里、涙を流す。

   軈て夜になると雨が振りだす。夜中の2時。千里、泣いたまま寝入ってしまっているが、雨の音で目を覚ます。

千里(いけない、寝ちゃった…。…雨か…。)

   麻衣を見て悲し気に目を伏せる。

千里(麻衣ちゃん…)

   そっと麻衣の髪を撫でる。

   その頃。小松は自分の部屋で落ち着かずうろうろ。

小松「うん、」

   決心したように携帯を手にとって電話を掛け始める。

小松「…もしもし、」

岩波家・健司の部屋

   健司、部屋においてあるグランドピアノの前に立ってバイオリンを弾いている。

健司「…ん?」

   バイオリンを止めて携帯を見る。

健司「海里からだ…何だ?(メールを読んで顔色が変わる)…え!?」

   健司、バイオリンを放り出して部屋を飛び出る。

   下の部屋では岩波幸恵(45)が繕い物をしている。健司、粗っぽく階段を掛け降りて廊下を走る。

幸恵「健司っ!!」

   立ち上がって仁王立ちをし、健司を睨み付ける。

幸恵「今何時だと思っているの!?」
健司「2時。俺のこんいう前に、ほーいうお袋こそこんな時間まで何してんだよ!?」
幸恵「私はお仕事があるんですっ!!で、健司、あなた今何処かへ行こうとしていたでしょう!許しませんよ!!」
健司「急用なんだよっ!!」
幸恵「あなたの急用って一体何ですっ!!言ってごらんなさいっ!!」
健司「(迷惑そうに)麻衣のこんだよぉ!!」
幸恵「麻衣さん?」

   幸恵、動きが止まって落ち着く。

幸恵「まさか、麻衣さんと連絡がとれたの!?」
健司「あぁ、今小野海里からメールがあった。麻衣のやつ、今中央病院に入院しているんだってさ。だで、」
幸恵「まぁ、麻衣さんが!?だったら話は別よ、すぐに行きなさいっ。」
健司「お袋、ありがとう。」
幸恵「でも、どうやっていくつもり?」
健司「勿論、決まってんだろ。チャリ飛ばしてく。」
幸恵「バカお言いなさい!!あなたに何かあったらどうするの!?いいわ、私が車を出すから乗っていきなさい。」
健司「お袋…ありがとう。」
   健司、幸恵、すぐに車を出して下っていく。

諏訪中央病院

   雨は降り続く。千里、悲し気に立ち上がって麻衣の髪をもう一度撫でると部屋を出ていく。

千里(お休み、麻衣ちゃん…又明日来るからね…。)

   千里が出ていくと、入れ替わりに健司が入ってくる。

健司「麻衣…麻衣、いるか?」 

   健司、恐る恐る近付いてカーテンを開けて息を飲む。

健司「麻衣…、ふんとぉーに…お前なのか…?どいで、どいでこんな姿になっちまったんだよ…」
麻衣「…。」
健司「可哀想に…どいでだよ、どいでお前…俺が…生きてる俺が、こんなに近くにいるのにお前がこんなになっちまうんだよ。こんな再会ってあるかよ、」

   布団に顔を埋める。

健司「頼む麻衣…早く目を覚ましてくれ…」


茅野中央高校・教室
   育田と生徒4名。深刻で重々しい空気。あれから一ヶ月。

育田「今日は授業を始める前に、諸君に一つ言わなければならぬ事がある。…(見渡す)諸君も知っての通り、我がクラスの柳平麻衣は、一ヶ月前に倒れて以来、未だに意識が戻らない。…柳平の両親はちょうど6ヵ月目の明後日を機に…悲しいことだが、柳平の人工延命機を取り外すと、言われた。」

   クラスから啜り泣きが聞こえる。

育田「柳平の為にも一番いいだろうとのご判断だ。柳平とも明後日をもって永遠の別れとなる…」
すみれ「麻衣…」
千里「麻衣ちゃん…」

   千里、涙をこらえているが堪えきれなくなって肘で涙を隠す。すみれ、ちらりと麻衣のいた席に目をやる。そこには元気だった頃の麻衣の面影が残像のように写し出される。

諏訪中央病院・病室
   二日後の日曜日。麻衣は相変わらず。千里、小松が側にいる。そこへ花束を抱えた健司。

健司「…来てたのか…麻衣は?」
千里「ダメだ…相変わらず…」
健司「ほーか…」
   ベッドに座って麻衣の体に触れる。

健司「おい麻衣っ、お前はバカか…早く目覚めろよ…。いつまで寝てるんだよ。俺の声、分かるか?ここに、俺、健司と、千里と小松がいんだぞ。俺たち、毎日来てんだぜ。お前、知らねぇーだろう…。でも、今日の夕方までにお前、目覚めねぇーとどうなるか分かってんのか?(涙声になる)死ぬんだぞ。お前、殺されんだぞ!!ほしたらへー、戻りたくたって戻って来れねぇーんだ。笑うことも、話すことも泣くことも出来ねぇーんだ。ほれでもお前はいいってんのかよ!!」

   千里、小松も貰い泣き。

健司「いいか、俺、今日な…お前のために特別にバイオリン持ってきたんだ…。お前の好きな曲、弾いてやるよ。でも、ふんとぉーにこれが最後だぞ。これで目覚めなかったら俺、承知しねぇーからな!!」

   健司、者繰り上げながらバイオリンを構える。千里に目配せ。

健司「千里、頼む。」
千里「へ?」
健司「お前、ピアノ弾けんだろ。ピアノ伴奏やってくれ。」
千里「え、ぼ、僕が?…何の曲…?」
健司「聞けばお前も弾ける曲だよ。」

   健司、千里、其々の演奏を始める。
   『おはよ、私の懐かしいお家』

小松『♪呼んでも利き目が全然なかった、僕らの嘆きも僕らの声も。今日で一ヶ月経つけれど…』
健司『お前はなんて綺麗で…昔のままだね。』
   
   (ここから情景)
   健司、そっと麻衣に近付いて口付けをし、カーテンを閉める。

   麻衣、そっと目を開けてキョロキョロ。呼吸器と点滴が取り付けられていることに驚き、呼吸器を無理矢理取る。

麻衣『♪おはよ、私の大好きなこの町よ。いつものお前に又会えるのね。かつて私がまだ幼かった頃から、何度この道を歩いたことでしょう。』

   千里、ピアノを弾きながら。

千里『♪寂しさに任せて、奏でるウィンナーワルツ』

   健司、本がぎっしりの本棚を見る。

健司『♪この部屋にあるのは、世界の名作小説たち。』

   麻衣、ベッドの中で2、3冊選んで見ている。

麻衣『♪古きホメーロス、ヴィーラント、ヴォテール、どれも読んだことがある本よ。でもこの本は、あらなぁに?ゴルドーニ!!まぁ、これ大好きなのよ!!』

   麻衣、花をクンクンさせて幸せそうに目を閉じ、ベッドから降りて踊りのステップを踏み出す。

麻衣『♪蓼科山の香りだわ、甘い香り。白樺の湖岸に咲く花の香り。』
小松・千里・健司『♪恐る恐る絹のベール外したときに、』
麻衣+三人『♪訳もなく溢れそうな涙。』
三人『♪でも、その時は見せないっ!!』

   健司、カーテンを開ける。麻衣、びくりとして健司の方を見る。三人と麻衣、目が合う。

麻衣『♪おはよ、懐かしい私のお友達よ、いつものみんなと変わらないのね。私に教えてよ、今までの事を?一体私に何があったのかしら?』

   (終わる)

   四人、暫く見つめあっている。
千里・小松「麻衣ちゃんっ!!」

   二人、麻衣に抱きつく。

麻衣「ちょっ、ちょいと何よ二人とも…」
千里「(泣きじゃくりながら)良かったぁ、本当に良かったよ!!ありがとう、生き返ってくれて本当にありがとうっ!!」
麻衣「え、何のこん?」
小松「何のこん?って…君、今日の夕方には死んじゃうわけだったんだよ。」
麻衣「えぇ?私が死ぬ?」
千里「そうだよ…あのね…」

   事の次第を千里、泣きながら話し出す。麻衣、信じられない、といった感じで聞いている。

麻衣「嘘…ほんな、私が?」
健司「ほーだよ麻衣、(涙声)俺たちがどんだけ心配したか、お前わかんねぇだろう?」
麻衣「ごめん…って…(健司を見つめて一瞬固まる)あんた…ひょっとして…健司?」
   健司、無言で微笑む。

麻衣「(強く首を横に降る)いいえ、違う!!ほんなはずないわ。私は又夢か幻を見ているんよ…健司がおる筈ないもの…。」
健司「ばーか、よく見ろ。」

   麻衣の手を握る。

健司「この声、死んだやつのもんだと思うか?この手の温もり、死んだやつのもんだと思うか?」
麻衣「温かい…ほして、優しい声…(まじまじ)ほいじゃあ、ふんとぉーに?ふんとぉーにあんたは…健司だだ?あの?生きとる健司だだ?」
健司「(涙笑い)うっせぇーなぁ。だで、さっきからほーだってんだろうに…」
麻衣「健司、健司、あぁ、健司…(抱きつく)会いたかった、ずっと会いたかった。なぁ、死んどらんだったら、今まで何処におったんよ?何しとったんよ?どいで連絡くれなかったんよ!!」
健司「ごめんな麻衣、今まで俺、お前に寂しい思いさせてたんだな…でも、どうしょうもなかったんだ。連絡したかったけど、お前はへー学校は転校してるわ、家も引っ越してる、携帯も繋がらん…。俺、生き返ったのは葬儀の席だったんだ。でも、ほのときにはへー手遅れだった。俺、今までずっとお前を探してた。でも今やっと、こうして会えたんだ…ありがとう。」
麻衣「でも、どいで?どいで私がここにおるこんを?」
小松「僕だよ。」
麻衣「そうちゃん?」
小松「そう、僕から海里に連絡して、海里から健司くんに教えてもらったんだ。すごく迷ったけどね、でもやっぱり君と健司くんの為にはこうした方がいいと思ってさ。」

   千里、うつ向く。麻衣、弱々しく微笑んでナースコールを押す。


   暫く後、フロレスタン、タニア・ロイス(26)、マルセラ・チフス(30)がやって来る。

麻衣「先生っ!!」
フロレスタン「これは…驚いた、奇跡だ。…ここまで正常だなんて、信じられないっ。」
麻衣「ほーですか?」
フロレスタン「そうですよ、君は脳をやられてしまっていてねぇ、全く機能していなかったんだ。だから、仮に目を覚ましたとしても今まで通りには到底生活は出来ないだろう、とみんな思っていたんだが。」
麻衣「あら、迷惑でしたか?」
フロレスタン「とんでもない!!みんな喜びますよ。」

   麻衣、タニアとマルセラを見る。

麻衣「ターニャ姉さんに、マルセラさん?…どいで?」
タニア「こんにちは、柳平さん。調子はどうですか?まさかこんな形で再会とはね。」
麻衣「まさか…二人とも…お医者様?」
タニア「えぇ…まぁ。」

   タニア、マルセラ、決めポーズ

タニア「ある時は音楽家、」
マルセラ「そして又あるときはお医者様っ!!」
タニア「ってね。」
麻衣「くぅーーーっ!!かっくいいっ。」
   麻衣、興奮ぎみ。

千里「何、麻衣ちゃん。」
小松「このおばさんたちと知り合い?」
タニア(おばさんじゃないわよ、クソガキ…)
健司「チ、チ、チ…おめぇーら覚えてねぇーのかよ。この婆さんたちは、MMCん時の声楽の審査員だろうに。なぁ、婆さん!!」
タニア(だーかーらー、婆さんじゃないってんだろ、婆さんじゃあ!!)
マルセラ「えぇ、よく覚えていてくれたわね。」
千里「あぁ、そうか。そう言えば…」
小松「僕らは声楽はやっていなかったから、あまり印象にないや。」
タニア「(鼻を鳴らす)でしょうね。」
マルセラ「実はね、精神科にはフレデリコ・ヴァレリアもいるのよ。」
麻衣・千里「え、フレデリコさんって…あの?」
タニア「そうよ、あのフレデリコさんよ。」
フロレスタン「とにかく、よく分からないが、ご両親たちにも連絡を入れてくるね。」
麻衣「はーい、宜しくお願い致しますっ!!」

   フロレスタン、退室しようとする。

小松「あー、ちょいとお待ちください先生っ。」
フロレスタン「ん?何だね?」
小松「ただ連絡するだけじゃ面白くない…。こんなのどうでしょう?僕にいい考えがあります、みなさん、ちょいとお耳を貸してください。ほら、健司くんに小口、麻衣ちゃんも。」
全員「?」

   全員、小松の元に集まる。小松、耳打ち。

全員「えーーーーっ!!!」
千里「ちょ、いとそうちゃん、それ…本気?ちょっとやりすぎでは…ねぇ、麻衣ちゃん。」

   麻衣、大笑いをしだす。

千里「えぇっ!?」
麻衣「ちょっとそうちゃん、あんたも意地悪さんね。ほれって悪ふざけが過ぎるわ…とかいいながら、ほの話乗った!!」
千里「えぇっ、そんなぁ…」
フロレスタン「でもそれって結局は、騙すって事になるんだろ?」
麻衣「ジョークですよ、単なるジョーク。」
健司「ほいこん。」
千里「みんな…健司くんまで…」
麻衣・健司・小松「勿論、先生方も聞いてしまったからには、」
小松「共犯ね。」
マルセラ「全く、呆れた。仕方ない人達ね。」
タニア「バカバカしいったらないわ。でもまぁ、たまにはこういう子供たちの下らない冗談に付き合ってあげるのもいいじゃないの。ね、フロレスタン先生っ。」
フロレスタン「全く、タニアさんにマルセラさん、君達は医者だろうに…全く呆れた女性たちだ。…よしっ、いいだろう。できる限り、許せる範囲で私も手伝ってやる。が、しかしその範囲外にでたら、私はもう知らんぞ。責任は負いきれん。」
全員「やったぁーーーっ!!」
麻衣「ほーいほいっ、分かっていますよ、ほんなこと。」
フロレスタン「やれやれ。」
タニア「それでは、早速準備ね。」
マルセラ「私達は何をすればいいのかしら?」
フロレスタン(ノリノリだし…)
小松「ではですねぇ、(咳払い)これから事の次第を色々と僕がご説明致しますので、みなさんはその通りに動いてください。準備が整い、全てができ次第、作戦を開始したいと思います。」
麻衣「家族にも協力してもらうわ。ターゲットはしおとつむ。あとの人々は仕掛人。勿論、学校の育田にも応援を頼みます。」
健司「お、いいねぇ。面白くなってきた。」
小松「みんなの反応が楽しみだ…」
千里「僕、もうどうなったって知らない…とばっちりと連帯責任だけはごめんだよ。」
小松・麻衣・健司「だーめっ、勿論君も共犯ねっ!!」
千里「うぇーっ、そんなぁやめて。勘弁してくれよぉ…。」

柳平家・居間
   柳平、紅葉、八重子、正三、と子、あすかが集まっている。全員、深刻な顔をして卓袱台を囲んでいる。

柳平「今日から…いよいよ6月だな…。」
紅葉「えぇ、そうね…。」
正三「(卓袱台を叩く)おいっ、ふんとぉーにやるつもりかよ!!あいつはまだ、18にもなってねぇーんだぞ!!親父やお袋は、麻衣と別れるのが嫌じゃねぇーのかよ!!」
柳平「それは、勿論父さん達だってあの子と別れたくはないよ。当たり前じゃないか。…しかしねぇ…麻衣のためには…こうするのが一番、あの子のためになるんではないかと思うんだ…。」 
八重子「そんな…」

   正三に泣き付く。

正三「姉貴…泣くなよ…。」
と子「こんなの酷すぎる…あんまりだ…」
あすか「麻衣姉…」

諏訪中央病院・霊安室
   ベッドが二つと、小さなオルガンがある。麻衣の家族、健司の家族が集まってしんみりとしている。フロレスタン、マルセラ、タニアもいる。千里はオルガンを弾き、健司はバイオリンを弾いている。ベッドは一つは空いており、もう一つには、布を顔にのせた麻衣が横たわっている。そこへ、紡、糸織がとんで入ってくる。

麻衣(ん、来たか?)
紡「先生っ、一体何があったんです?」
糸織「麻衣が、麻衣が死んだって…嘘ですよね?!冗談ですよね!!」


   フロレスタン、重々しく深刻な表情。

フロレスタン「…突然でした…」
糸織「…え…」
フロレスタン「今朝急に容態が代わり、緊急処置をしましたが…」
紡「ほんな…」
タニア「それではみんな…集まりましたね…、では。」
マルセラ「柳平さんのお別れ会をしたいとおもいます…。では、小口くん、岩波くん…」

   二人、演奏を始める。参列者、全員で歌い出す。

   『メサイヤ』より

   泣きながら歌う人々。ソプラノソロのパートになると、そのままの体制で麻衣が歌い出す。

紡・糸織「?」

   二人、キョロキョロ。麻衣の家族、健司の家族が黙って微笑む。

紡「誰だ?」
糸織「誰か歌ってる…」

   演奏と歌が終わる。

フロレスタン「それでは…柳平にお別れを…」
紅葉「つむ…」
紡「うん…」

   泣きながら麻衣に近づく。

紡「麻衣…あんねに元気だっただに、どいで?…ふんとぉーに死んじまっただか?」
麻衣「…。」

   紡、震える手で布を外す。糸織もやって来て麻衣を見る。

糸織「麻衣…」

   麻衣、目をパッと見開いてニタッと笑う。

糸織「うわっ!!」

   糸織、後ろにひっくり返る。

紡「み、み、み、みんな…ま、ままま麻衣がっ!!!」

   全員、微笑む。

紡「どいで?…何でみんな驚かんの?」

   麻衣、むっくりと起きあがって立ち上がる。

糸織「へ、どいこん?」

   タニア、どっきり大成功の札を掲げる。

全員「どっきり大成功っ!!!」
二人「は…はぁ?」


   状況が読めずにポカーンとしている。

タニア「柳平さんはね、実は数時間前から目覚めているの。」
フロレスタン「そう。今までの状況を話したらかなりの驚きようだったよ。」
麻衣「私、ふんとぉーは今日死んじゃう訳だったんね。良かった…」
紡「何がよ!!良かったじゃないにバカ!!」

   麻衣を抱き締める。

紡「んもぉ、うんと心配しただでね!!」
マルセラ「でもこのおいたは、ちょっと度が過ぎたようね。」
糸織「ほーですよ、悪質です。」
紡「ひょっとしてぇ…」

   紅葉たちを見る。

紡「母さんたちも…全てをしっとったんか?」
紅葉「ごめんね。でも、どうしてもって言われたのよ…」
柳平「私は止めたんだよ。でもね、しおとつむが一番麻衣を心配してるからって…どうせならうんと喜ばせたい、というから私達も協力させて貰ったんだよ。」
紡「つまり、みんな共犯者だったって訳か…」
糸織「でも…ほの黒幕は誰なんだ?いんだろ、提案者が。」
小松「僕だよ。」
二人「そうちゃん!!」
紡「黒幕はあんたなの?」
糸織「生徒会長のくせしてなんつーこんを…」
千里「そうだよぉ、僕も初めは止めたんだ!!なのにそうちゃんがどうしてもって…」
フロレスタン「本当に、こんなおいたが出来るまでに回復したのはいいが…少し悪ふざけが過ぎたね。」
小松「全く、本当だ!!誰がこんな…」
全員「君でしょ!!」
小松「てへ、僕でした。ごめんあそばせ。」


   小松、ふざけたように舌を出して頭を自分でこずく。

タニア「さぁ、柳平さん。これでお遊びはおしまい。気が澄んだでしょ。」
マルセラ「そうはいっても、あなたはまだ病み上がりなんですから早く部屋へ戻ってお休みなさい。ここは、寒いわ。冷えたら行けませんよ。」
フロレスタン「今度は本当にお葬式になってしまったら洒落んならないからね。」
タニア「て事で、これにてお開き…。ま、もう分かっているとは思うけど…この病院で、人が亡くなるとこの様な儀式を開くと言うのも全て…」
全員「ダミーっ!!!」

   今度は全員でどっきり大成功のプラカードをあげる。



   千里、麻衣の体を支える。

千里「大丈夫、歩ける?」


   健司、千里を押し退けて麻衣を支える。千里、転倒。

健司「てっめぇー、人の女に易々と触れてんじゃねぇーやいっ!!」


   健司、麻衣を支えて歩いていく。千里、小松、二人を見送る。

千里「やっぱり…彼女には、彼しかいないんだね…」
小松「そうみたいだな…健司君を相手にしたら僕達、出る幕ないね…」

   二人、ため息をつく。


同・病室
   健司、千里、紡、糸織、小松がいる。麻衣は点滴をつけてベッドの中で上体を起こしている。

紡「ほいじゃあな、私達は今日はこれで帰る。又明日来るな…」
糸織「今日はゆっくり休めよ。」
千里「健司君とも久し振りの再会なんだから、二人きりで色々話したいこともあるだろうし…」
小松「小口、意外といいとこあるな。」
千里「まぁね…」
紡「さ、ほいじゃあ…行きまいか?」
全員「うんっ。」
麻衣「みんなありがとうな…ほいじゃあ…」

   紡、糸織、小松、糸織、出ていく。扉の外で立って中の様子を窺う。小松は帰る。


   中には健司と麻衣。麻衣、涙が込み上げる。

麻衣「健司、」
健司「麻衣、」
麻衣「健司っ!!!」
   

   麻衣、健司に抱き付く。

麻衣「会いたかった…健司、会いたかった。生きとってくれたんね。」
健司「あぁ、麻衣。俺も凄い会いたかったよ…」
麻衣「でもどいで?…健司、あれからどうなっただ?」
健司「色々と…でも、話すと長くなるから又な…。なぁ麻衣、千里から聞いた。今お前、あいつと付き合ってんのか?」

   麻衣、口ごもる。

健司「いいよ、ほーなんだろ。」
麻衣「…えぇ…。」
健司「あいつのこん、好きか?」

   千里、ドキリ。

麻衣「えぇ…。彼はとっても優しいの…。かなり気は弱いけど、思いやりがとてもある心の広い人だわ。」
健司「ほーか…ほいじゃあ…俺のこんは?…まだ…好きか…?」
麻衣「勿論よ…私は、あんたのこんが大好き…。」
健司「良かった…俺もだよ、麻衣…。」

   麻衣を抱き寄せる。

健司「なぁ、麻衣…俺、ずっと待ってるからさ…いつまでも待ってるからさ…。又、俺んとこ戻ってきてくれるか?いつんなっても構わねぇから…。」
麻衣「え?」
健司「暫くは…寂しいけど、千里んとこ行ってろよ。あいつも、今はお前が必要みたいだしな…。」
麻衣「健司…ありがとう。」

   小指を出す。

麻衣「約束…私は、必ずあんたの元へ戻る。だであんたも…あんたも約束、私のこん忘れんで待っててな…。」
健司「あぁ、誰がこんな可愛いの忘れるもんか…。」

     健司も麻衣に小指を絡ます。廊下では紡、糸織が小さく歓声をあげる。千里は涙を拭う。

健司「ほいじゃあな、麻衣。又明日来るよ、ゆっくり休みな…お休み。」
麻衣「健司、今日はありがとう。お休み…あんたこそゆっくり休んで。」

   健司、麻衣の唇に口づけをして恥ずかしそうに出ていく。

健司「今のは絶対に誰にも内緒だぞ。」

   出入り口では紡、糸織がニヤニヤ。健司、ギクリ。

健司「つ、つむにしお…に、千里…っ。お前らいつから…」
紡「ずっと初めから…」
糸織「健司君、やるぅーっ!!!」
千里「悔しいけど君、とっても男らしくて格好良かったよ…。」
健司「…(赤くなって下を向く)」
糸織「君ってさ、スタイルも顔も、めっちゃくちゃハンサムで男らしいけど、やっぱり顔がハンサムなら、心も男らしくてハンサムなんだな。男の僕まで惚れちゃいそうだよ…」
千里「正直、僕も…」

   全員、病院出入り口へと歩き出す。

千里「でも健司君…(もじもじと赤くなる)さっきは…ありがとね、あんなこと言ってくれて…」
健司「は、あ?」
千里「あ、あの…その、僕に麻衣ちゃんを…そのぉ、」

   健司、立ち止まって千里を睨む。千里、びくりとなって少し引く。

健司「今年一年は、一年だけは、お前に麻衣を貸してやる。ただし、一年だけ、ただ貸すだけだからな!!」
千里「わ、分かってるよぉ…」
健司「俺は麻衣のこん愛してるし、あいつの全てを知ってるつもりだ。こう見えて、一年以上はあいつと交際してんだからな。だで、俺は約束通り、卒業したらあいつを貰うんだ。勝手に麻衣のこん嫁にもらうとか言うんじゃねぇーぞ!!!いくら美人だからって、離せなくなるんじゃねぇーぞ。」
千里「わ、わかってるってばぁ。そんなに何度も同じこと言わないでくれよぉ…」

   一同、笑いあってふざけながら戻っていく。


   病室の麻衣は上体を起こしたまま赤い頬をして、ぽわーんと唇に人差し指を触れる。

麻衣(健司…あいつの手…あいつの唇…とっても暖かかった…。ふんとぉーに生きとるあいつが私の前に戻ってきてくれたんね…私嬉しい…あいつのくちづけも…)

   『この心の光』


健司も、頬を火照らせて少し笑みがこぼれるのを堪えながら歩いている。


茅野中央高校・音楽室
   麻衣がツィターを抱えて入ってくる。

麻衣「はよーん!!」

  
メンバー、一斉に麻衣を見る。そして固まる。

麻衣「よ、」
メンバー全員「出たぁーーーーーっ!!!」
麻衣「出たぁっ、て何よ!!失敬な。お化けみたいに言わんでやね。」

   すみれ、みさ、恐る恐る近付く。

すみれ「麻衣…なの?」
みさ「生きてる…まいぴう?」
麻衣「歩ーだに。私は生きとる柳平麻衣だに。」
キリ「本当にぃ…?」
麻衣「…えぇ…。」
全員「わぁーーーっ!!!」

   女子たち、一斉に麻衣に駆け寄る。

すみれ「良かった麻衣、生きてて…でもどうして?」
みさ「育田先生からは、あなたが一週間前に死んだって…」
麻衣「ごめん…実はな…」

   事の次第を話す。

全員「えぇーっ、育田先生も仕掛人で家族ぐるみで演技をしてたぁ!?」
千里「そうだよ、何度も言うみたいだけど…僕は初めは止めたんだ…」
キリ「てことは何?せんちゃんとそうちゃんは、全て知ってたって事?」
すみれ「攻めて親友の私にくらい話してくれてもいいじゃないの!!なんで黙ってたのよ!!」
小松「もういいじゃないか、麻衣ちゃんもこうして元気になったんだし。さ、練習するか?」
麻衣「何?」
小松「そっか、麻衣ちゃん…まだ知らないんだよね。今ね、僕ら文化祭の発表曲をやってるんだ。」

   楽譜を麻衣に渡す。

小松「又歌がついているんだけど、君、やってくれるか?」
麻衣「え、私が?」
小松「だって、君はMMC声楽部の優勝者だもん。君しかいないんだよ、ね、みんな。」

   全員、笑ってうなずく。千里、微笑んで麻衣の肩を抱く。

千里「頑張って、君なら大丈夫さ。やろうよ、ね。」
麻衣「せんちゃん…ありがとう。」

   麻衣、歌の楽譜を受けとる。

小松「じゃあ、君は聞いててね。僕ら、どんな感じか演奏するから…」
麻衣「えぇ、」
小松「山本先生、」

   山本清江が入ってきて麻衣を見ると微笑む。

山本先生「柳平さん、良かったわ。では、みなさん、始めましょう。構えて!!」

   全員、構えると山本先生がタクトを三回叩いて演奏が始まる。

   『トロリーソング』
   麻衣、歌唱部分になると余裕っぽく歌い出す。


   終わる。一同、驚いて麻衣に拍手。

同・教室
   チャイムがなる。全員、席についている。そこへ麻衣。

麻衣「みんな、はよーん!!」
全員「あ、はよーん!!…(麻衣を見て固まる)…出たぁーーーーーーっ!!!!」
麻衣「(大声)出たぁ、って失敬な!!だで私は死んどらんっつーだ!!」


玉川運動公園
   麻衣、千里、西脇靖、加奈江、すみれ

西脇「へえ、そうだったんだ。でも良かった、リネッタが戻ってきてくれて。」
加奈江「本当に…嬉しい。」
麻衣「ほう、でも嬉しいんはほれだけじゃないんよ。もう一つ良報が…」
全員「何々、」
麻衣「私の彼が帰ってきたんよ。」
すみれ、加奈江「おーーーっ!!」
すみれ「彼って、例のあの子でしょ?」
加奈江「原村のター坊。」
麻衣「えぇ、ほーなの。」
西脇「リネッタ…君と言うやつは。(頭を抱える)僕と言う男がありながら、彼氏をつくっていただなんて!!!」
麻衣「いやいや、あんたは何でもないで…」
西脇「てか、そのター坊って…誰?」
麻衣「あら西脇、覚えとらん?原小、原中の健司、払沢の岩波健司よ。」
西脇「健司?健司…、健司…健司?」

   動きが止まる。

西脇「ひょっとして…岩波健司って、あの中一の始めに教室で派手にもらしたやつか?」
麻衣「勿論ほーよ、彼しかおらんらに。」
西脇「うぉーーーっ、リネッタ…君がそんな女の子だったとは、あんなやつと付き合ってんのかぁーーーっ?!!」

   西脇、大暴走をしたまま何処かに行ってしまう。残りのメンバー顔を見合わす。

加奈江「どうする?」
すみれ「放っておこ。」
麻衣「だな…。」

   全員、再び食べ始める。

麻衣「てか、忘れてた。なえちゃんさぁ…」 
加奈江「何?」
麻衣「あなた、小平から聞いたに。バイト先で健司、泣かせたんだってな。」
加奈江「へ、何時の話?」
麻衣「惚けたってダメ。ほれ、健司にトイレ限界まで我慢させておもらしさせたこんあるら?」
加奈江「あぁ…だって、又冗談だと思ったのよ。あの子、何かと理由つけては早退けするからさ…」
麻衣「あいつの顔見てふんとぉーか嘘か分からんかっただ?小平は、へぇー泣き出しそうな顔してやっとったっつってたに。」
加奈江「え、そうだった?」
麻衣「んもぉ、私の大事な彼なんだで苛めないでよ。」
加奈江「ごめん、ごめん…つい、あの子可愛いもんで弄りたくなっちゃうのよ。ちっちゃいし、その割りにかなりのハンサムだし…笑うと笑窪出来るし、怒ったときの河豚提灯が可愛いし…」
千里「でも、健司君って凄くいい子だよ。暫くは、僕と麻衣ちゃんの交際を許してくれたもん…」

   千里、赤くなって慌てて口をつぐむ。加奈江、すみれ、ニヤニヤする。

すみれ「それじゃあ…」
加奈江「あの噂は本当だったって訳か…」
千里「…。」
すみれ「いけない子、人妻に手なんか出して…」
麻衣「これ、やめな!!誰が人妻じゃっ!!」

   千里、真っ赤になって下を向く。

麻衣「でもね、私…せんちゃん、彼のような方なら安心してお側にいられるのよ。彼だから…だもんであの嫉妬深い健司も、心許してくれたのよ、きっと。」

   うっとりと目を閉じる。

   『フロリンドが忠実ならば』

茅野中央高校・家庭科室
   又別の日。千里は割りと高い脚立に乗って上にある段ボールを取ろうとしている。麻衣、すみれ、加奈江、キリ、みさは野菜を切ったりしている。

すみれ「ところでさ、麻衣、今夜もよいてこ行くだ?」
麻衣「えぇ、勿論。」
みさ「誰と、誰と、」
加奈江「決まってるじゃないの、勿論せんちゃんよ。」
キリ「いや、健司君じゃない?」
麻衣「うーん、よいてこはせんちゃんかな?」

   千里、ドキリ。

加奈江「ほらやっぱり!!せんちゃん、あの男喜ぶよぉ…何てったって今…(わざと大声)クールな顔して本当はまいぴうにお熱だから」

   千里、赤くなって困ったような顔をしながらがさごそしている。そこへ向山。

向山「おいっ、小口。」
千里「うわぁっ!!!」

   驚いて脚立からバランスを崩して床に尻餅をつく。

千里「あいったたたたた…何だよぉ、としやんかぁ、」

   お尻を擦りながら立ち上がる。

千里「嚇かすなよなぁ、一体何ぃ?」
向山「お前、柳平と上手く行ってるらしいな…」
千里「え、えぇ…」

   千里、動揺して困る。

向山「女たちがよぉ、でかい声で話してるもんで聞こえちまったんだよ。」

   そこへ矢彦澤。

矢彦澤「ほぉー、お前みたいなのが柳平を物にしたのかぁ、いいよなぁ。分かるぜぇ!!」

   無意味に千里に絡む。千里、若干嫌がる。

矢彦澤「お前も?実はあれなんだろ?」
千里「な、なんだ?」
矢彦澤「柳平の超ボインに惚れたんだろ?可愛いもんなぁ、おっぱいでかいもんな!!男なら誰でも…」

   千里、真っ赤になって下を向く。麻衣、矢彦澤をきっと睨む。

矢彦澤「何てったって、上から90、57、76…」

麻衣「矢彦澤っ!!!」

   矢彦澤、ギクリとして麻衣をみる。

麻衣「何せんちゃんに変なこん吹きこんどるだぁ!!この、セクハラっ!!これでもっ…」

   麻衣、切っていた野菜を上に投げて微塵切りにして矢彦澤に投げ付ける。

麻衣「喰らいやがれっ!!!」

   矢彦澤、野菜を顔面に受けて尻餅をつく。千里、呆然として矢彦澤を見つめる。

麻衣「やれやれ、いっつも一言多い男だぜ…」

   千里、麻衣の胸をちらっとみる。麻衣、即座に気付く。

麻衣「これっ!!せんちゃんは一体何をみているだねっ!!」
千里「あ、ご…ごめ…ん。」

   千里、慌てて目を反らす。矢彦澤、ニヤリとして千里を見る。

矢彦澤「ふーん…お前、ちゃんと女に惚れんだな。」
千里「当たり前だ!!」

矢彦澤「そんなこんよりよ、柳平は可愛いくせして男勝りで男顔負けの強さなんだ…あいつ怒らすとヤバイぜ。気をつけろ…。」

   麻衣、二人を睨み付けてタコを掴む。矢彦澤、麻衣に気付いてギクリ。

矢彦澤「お、おい…千里、ヤバイぞ…。」
千里「ん、何が?」

   矢彦澤、麻衣を指差す。千里もギクリとして身を引く。

麻衣「どいつもこいつもぉ!!せんちゃんは、彼氏だでって…人の胸を見るなんて、許さーん!!喰らいやがれっ!!」

   麻衣、子だこを数個二人に投げ付ける。タコは全て矢彦澤にぶつかり、前が見えなくてノックアウトされる。

千里「…。」

   千里、呆然として麻衣と矢彦澤を交互に見つめている。


   そこへ、幽霊の姿をした紡が入ってくる。

紡「わぁっ!!!」
麻衣「うわぁっ!!」

   紡を見る。麻衣、笑いをこらえる。

麻衣「…つむ?」
紡「正解っ。あんたらなにやってただ?」
すみれ「分からないけど…」
麻衣「何か、うちの班と2班だけ家庭科の補修…」
紡「家庭科の補修?何ほれ?」
麻衣「私に聞かないでに…つむこそ何よ、ほの格好!!」
紡「あぁ。今な、文化祭の準備をしとったんよ。」
みさ「まさか…お化け屋敷?」
紡「ペルフェット。ふんとはさ、お化けメイクなんて今日はしないだけど、一回やってみたくてさね。」
麻衣「ほれじゃあ…子供泣くに。ほんな超リアルにしなくてもよからずい。」
紡「ほ?ま、みんなも頑張りなや。(キョロキョロ)あれ、ほいじゃあせんちゃんは?あいつもまだ帰っとらんずら?」
麻衣「えぇ、おるに。今、トイレ行った。」
矢彦澤「男子トイレか?女子トイレか?」
麻衣「これっ!!矢彦澤!!」

   タコを構える。

麻衣「せんちゃんをあまりいじめるなな!!」

   矢彦澤、逃げ腰になる。そこへ千里が帰ってくる。

千里「只今戻りました。トイレ休憩ありがとう、」

   紡を見て顔色が変わり、腰を抜かす。

千里「わぁーーーーーっ!!!」

   そのまま気絶してしまう。

麻衣「せんちゃんっ!?」
紡「おいっ!!」
千里「お…お…お…学校に…お、化け…」

   千里、気を失う。みんな、驚いて駆けつける。


諏訪市・並木通り
   よいてこが行われている。麻衣、千里も浴衣姿で出向く。

麻衣「すみませーん!!」

   躍り連に声をかける。

   暫くして二人、躍り連に入って踊っている。

麻衣「せんちゃん、踊れる?」
千里「うん、転校してきてから小学校でも少し踊ったけど…昔の事だから、忘れてた。見よう見まね。」
麻衣「ゆっくり、一緒に踊ろ。やっとる内に思い出すに。」
千里「うんっ、ありがとう。」

   二人、躍り続けている。


   休憩時間には二人でクレープを食べている。

   第二部が始まる。テクノヴァージョン。千里、大パニック

千里「え、何?何これ?」

   麻衣は何事もなく踊っている。

麻衣「テクノヴァージョンだに、大丈夫よせんちゃん。すぐに慣れるに。踊ろ。」
千里「うんっ!!」

   やがて千里も慣れたように楽しく踊り出す。麻衣、微笑む。


   終わる。麻衣、千里、食べ物を食べながら歩いている。


   麻衣、千里。まるで江戸時代を思わせるような池の橋の上にいる。蛍が無数飛んでいる。

麻衣「せんちゃん…綺麗ね…」
千里「あぁ…僕、蛍なんて初めてだ。とっても幸せ…。」

   麻衣の手を握る。

千里「しかも、こんなのを大好きな君と見れるんだもの…こんなに幸せなことはないよ…。ねぇ、来年も君と見れればいいのにな…」
麻衣「きっと見れるに…見よ。」
千里「うん。」

   
   二人、目を潤ませながら見つめている。
   『蛍池の光』

京都・飲み屋
   その頃。柳平、小口懐仁、田夢、蘇我が飲んでいる。四人とも其々が誰なのか気付かずに打ち解けあっている。

茅野駅・東口
   麻衣、千里。

千里「麻衣ちゃん、今日はとっても楽しかったよ…ありがとね。」
麻衣「こちらこそ、」
千里「乗ってけよ、僕のママがもうすぐ迎えに来る。」
麻衣「お言葉に甘えて。」

   二人、微笑む。軈て、珠子の車が来て二人は乗っていく。

茅野中央高校
   昼休み
育田「小口、」
千里「はい…」
育田「ちょっとこっち来い…」
千里「はい…」

   育田、教室を出ていく。千里、しょぼんとして育田に着いていく。


同・会議室
   二人のみ。二人は話をしている。千里、途中で女子の様に手で顔を覆って泣き出す。育田、千里を慰める。

同・音楽室
   千里がピアノを弾いている。表情は落ち窪んでとても悲しそう。そこへ麻衣。扉の隙間から覗く。

麻衣(せんちゃん?)

   微笑んでそっと入る。千里、麻衣には気が付かずに弾いている。終わると麻衣、拍手。千里、びくりとして麻衣を見ると悲しそうに目を伏せる。

麻衣「せんちゃん、」
千里「…。」
麻衣「せんちゃん、いつもここでピアノを弾いてんの?」
千里「…いや…今日が初めてなの…。偶々部活休みだったし…」
麻衣「ほー…でも流石はあんた。相変わらず、プロみたいにピアノ上手いのね…。うっとりしちゃう…。」
千里「…。」
麻衣「どうしたの?」
千里「…君も…見たんだろ…」
麻衣「見たって…何を?」
千里「…さっきの僕…」
麻衣「さっきの…?」


   優しく微笑む。

麻衣「何だ、あんたほんなこん気にしてたの?大丈夫だに、気にしちゃいけん。」

   千里、後ろを向いたまま静かに泣き出す。

麻衣「泣いているのね…せんちゃん…」

   千里の肩を抱いて慰める。

麻衣「安心して…私がいるじゃない…。私はほんなあんたを笑わないし、苛めない。嫌いにもならない。誰にだって弱いところはあるし、何歳になっても失敗もあるわ。人間ですもの…」
千里「…。」
麻衣「だで、大丈夫。な、」


   千里の肩をポーンと叩く。

麻衣「一緒に帰ろう。私あんたを探しとったんよ。」

   千里、やっと弱々しく微笑む。

千里「…うん。ありがとね、麻衣ちゃん…」


   二人、音楽室を出る。


茅野駅・西口
   千里、ベンチに座ると又、堪えきれずに泣き出す。麻衣、千里の背を擦る。

千里「僕、僕、どうすればいいんだ…」
麻衣「大丈夫よ、せんちゃん…」
千里「又、高校生にもなってこんなことしちゃった事、叔母さんに知れたら…又、怒鳴られちゃう…。」
麻衣「せんちゃん…可哀想…あ!!」

   麻衣、千里を立たせて手を引くと駅舎内へ連れていく。


電車の中

千里「ねぇ麻衣ちゃん、何処へ行くの?君んちも僕んちもバスだよ!?」
麻衣「いいとこよ。落ち込んだ時はねぇ、あの場所へ行くといいんよ。」

   麻衣、小粋に千里にウィンク。電車、動き出す。千里、不安げに乗っている。


富士見駅
   二人が降りる。千里、キョロキョロ。

千里「何処ここ?」
麻衣「あら、初めて?富士見駅だに。」
千里「富士見駅?」
麻衣「ほ。ほいで目的の場所はな…この…」

   麻衣、千里の手を引いて歩く。


商店街・駄菓子屋

麻衣「ん、着いた。ここだに。」
千里「わぁ懐かしい!!駄菓子屋さんだ!!」
麻衣「ほ。ここな、私が小学校の頃によく健司や磨子ちゃんと共に良く来たんよ。」
千里「へぇー…」
麻衣「さ、中に入りまい。」
千里「はいっ。」

   二人、中に入る。

麻衣「ごめん下さい。」

駄菓子屋・店の中
   カウンターには老婦人が座っており、店の中には健司が商棚を見ている。

老婦人「いらっしゃい…」
麻衣「おばちゃん!!はーるかぶり、」
老婦人「麻衣ちゃんかい?大きくなったねぇ。」
麻衣「はい!!ありがとうございます。おばちゃんこそ、まだお元気そうで良かった。」
老婦人「あれから何年だろう…高校生にもなるんだねぇ、私も年をとるわけだ…」


   懐かしそうに。

老婦人「お前昔、健司ちゃんって男の子と一緒に良く来たろう…今、健司ちゃんも丁度来ているんだよ。」
麻衣「え、健司が?」
 

   麻衣、店をキョロキョロ。健司と軈て目が合う。健司、麻衣と千里のもとへやって来る。

健司「よ、なんだ。お前たち来たのかよ。」
麻衣「あんたこそ、偶然ね。」
健司「俺は学校帰りに良くよるんだ。寄って例のアイスキャンディー嘗めて帰る。」
麻衣「へぇ、まだあれあるんね。」
健司「あぁ。ほーいうお前たちこそ…どう言うんだよ、態々富士見に来るなんて。」
麻衣「せんちゃんが、元気ないもんで元気付けてあげようと思って。」
健司「何かあったの?」
麻衣「色々…」
健司「よかったら俺に話せよ。ここまで来たんだ、俺んち来ない?話聞くからさ。」
麻衣「ほーね。せんちゃんも男の子同士の方が話しやすいかも。でも、こんな遅くにいいだ?」
健司「いいよん。おばちゃん、こいつらにアイスキャンディー一本ずつおくれよ。ほれと俺にもう一本!!」
麻衣「ありがとう…ってあんた、もう一本とかいって、二本目だだ!?」


   健司、アイスキャンディーを麻衣と千里に私、自分も口に入れる。

健司「二本目じゃないさ。三本目。」
麻衣「まぁ、呆れた人!!どーなったって知らんでね!!お母さんお医者さんなんずらに!!」
健司「大丈夫だい、俺はほんねに柔じゃねーよ。さ、ぼちぼちバスが来るかな?」


   三人とも、アイスキャンディーを嘗めながら外に出る。

   駅からバスに乗る。バスは高原の道を走っていく。


岩波家

健司「さ、ほら着いたぞ。」
千里「ここが、…健司くんちか。」
麻衣「ほーよ。原村。」
千里「へぇー…」
健司「ま、上がれよ。今日はお袋、珍しく休みなんだ。」
麻衣「お邪魔しまぁーす…」
千里「お邪魔しまぁーす…」

   三人、中に入る。

健司「お袋、帰ったよ。友達連れてきた。」

  
   千里、又泣き出しそうな顔をしている。幸恵が出てくる。

幸恵「あら、健司お帰り。そして麻衣さんいらっしゃい。…こちらの方は?」
麻衣「小口千里君と言います。私の同級生。」
千里「小口…千里…です。」

   千里、泣くのを我慢しているが泣き出してしまう。

幸恵「あらあら、どうしたの?」
麻衣「あの、お母さんはお医者様でしたよね。だったら、もし可能でしたら、せんちゃんの助けになって下さいませんでしょうか?」
幸恵「え、私が?それは全く構わないけど…何かあったの?」
健司「まさか、千里…病気なのか?」 


岩波家・健司の部屋
   グランドピアノが置かれ、勉強机、ベットがあり、小綺麗に片付いた部屋。本棚には本がびっしり。椅子にはバレエのレオタードがかかっており、床にはバイオリンのケース、壁にカレンダーと共に、水泳バッグが掛かっている。

   三人、床のカーペットの上に座り、幸恵はジュースを持ってくる。

幸恵「さあ、ジュースを召し上がれ。小口君って言ったわね…」
千里「…はい…。」
幸恵「どうしたの?良かったら話してみて…」


   千里、俯いているが膝には涙が溢れる。

千里「僕は…僕はどうしたらいいのでしょう…。明日からもう、登校できない…。」
幸恵「まぁ、どうして?何かあったの?苛められているの?」

   千里、首を降る。

千里「いえ…違うんです…。僕、僕、怖いんです。」
幸恵「何か悩み事でもあるの?」
千里「今日…今日…」

   恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。

千里「学校の…授業中に…トイレを我慢できずにもらしてしまいました…。でも今日が初めてじゃないんです。新学期、修学旅行の時がそうで…」


   話を続ける。話終えると者繰り上げて泣き出す。

幸恵「そうなの…辛いわね、小口君。病院には行ったの?」

   千里、首を降る。

幸恵「一度行った方がいいわ。小口君が一番辛いでしょう。病院に行けば、時間は掛かるかもしれないけど治るわよ。それにあなたのはなし聞いている限りだと…色々と辛い経験してるようね…きっと精神から来ているものが大きいんじゃないかしら。」
千里「おばさん…」

   幸恵、千里を抱き締める。

幸恵「良かったら一度、私の勤めている病院においでなさい。ほういう患者さん専門でとってもいい先生がおいでなのよ。」

  
   千里、ジュースを飲んで涙を拭い、微笑む。

幸恵「小口君、大丈夫。不安な気持ちでいたら余計にトイレ行きたくなって来ちゃうからね。なるべくリラックスして過ごしなさい。どうしても心配なら、かなり恥ずかしいとは思うけど…学校に行くときに紙おむつを履くといいわ。」


   千里、かあーっと赤くなる。

幸恵「それだけでもとても気休めになって安心できると思うわ。」
千里「おばさん、本当にありがとうございました。」
幸恵「いえいえ、又いつでも相談事があったらおいでなさい。」
千里「はい。」

   麻衣も残りを飲み干す。

麻衣「ではせんちゃん、ぼちぼち…」
千里「うん、」

   二人、立ち上がるが千里、右足の爪先をトントン。不自然。

幸恵「トイレは玄関の左を奥に入ったところよ。」
千里「ああっ!ありがとうございます。」


   千里、よたよたと歩いていく。健司、麻衣もククッと笑う。


   二人、健司と幸恵に見送られて家を出る。

   二人、バスに乗り駅に戻り、そこから電車に乗って戻る。千里には弱弱しいながら、笑顔が戻っている。顔は真っ赤でまだ涙が溜まっている。





























   


























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あきゅろす。
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