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石楠花物語高校生時代
千里と麻衣の春
OP『私は小粋は平成娘』

石楠花物語、第3部。

茅野中央高校・教室
   生徒たちが席についている。チャイムがなっている。厳格な顔をした育田勝(35)が入ってくる。

育田「さぁ、諸君。今日から新学期だ。今年は諸君にとって、高校生活最後の年となる。故、気を引き締めて学業に励むように。おれが、今年も諸君を受け持つ育田勝だ。宜しく。」
 
   クラス中を見回す

育田「早速ホームルームを始めようと思うが、その前に…今年は我がクラスに転校生が一人入ることとなった。」
   
   クラス、沸く。

育田「静粛に。では、小口、入ってこい。」
   
   小口千里(18)が、緊張ぎみに固くなって入ってくる。

千里「京都から参りました、小口千里です。皆さん、一年間宜しくお願い致します。」
育田「お。では小口、あの空いている席に座れ。癖っ毛で目が大きい女子の隣の席だ。胸に柳平という名札をつけている。」
小口「はい。」
   
   千里、指定された席に座る。麻衣、チラリと千里を見て微笑む。千里は少し驚いたように頬を染めて照れ笑い。



同・廊下
   休み時間。麻衣、千里がジュースを飲みながら窓辺に立っている。
麻衣「あら、転校生ってあんただっただ?何、京都の音楽院辞めて結局こんなとこ来ただ?音楽の専門とか行きゃ良かっただに。」

千里「いや、そんな贅沢は言えないよ。ここで充分さ。それにほら、ここに来たからこうして君と再会できた。」
麻衣「ほっか。」

   微笑む

千里「君こそ、あんな名門高校行っていたのにどうして?」
麻衣「同じ理由よ…。ほら色々とあったら。」
千里「そっか…。…ごめんよ、君が大変なときに僕、何も支えになってあげられなかった…」
麻衣「何いってんのよ。せんちゃんは自分も辛いのに、私の事を慰めてくれたらに。あんたのほの気持ちだけで充分励まされたに。」
千里「へへっ。」
   

   チャイムがなる。

千里「あ、チャイムだ。入らなくっちゃね。」
麻衣「えぇ。」
   
   二人、教室へと小走りで入っていく。

同・女子トイレ
   麻衣、伊藤すみれ(18)、佐藤加奈江(18)、城ヶ崎みさ(18)、片倉キリ(18)が個室を出て手を洗っている。帰りの支度をしている。

加奈江「でもさ、なんかまいぴうってば、あの小口君って子と随分仲良かったね。」
キリ「知り合いとか?」
麻衣「えぇ、MMCで一緒になったりしたし小学生の頃から何かと縁あるし、何だかんだで顔馴染みなんよ。」
すみれ「あーあーMMC、覚えてる覚えてる!!あの、めっちゃくちゃピアノとバレエが上手かったのに」
みさ「退場の時に、女性もののトゥシューズ履いてたせいで紐がほどけてこけちゃった子だ!!」
麻衣「ほ!!」

   トイレの外。帰りの支度をした千里がうろうろとしているが、ふと女子トイレに近付く。女子たちがドアを開けて話をしながら出てくる。千里、ドアにノックアウトされて倒れてしまう。

千里「いったぁーっ!!」
麻衣「大丈夫…って、せんちゃんじゃないの!!」
みさ「何やってんのあんた、こんなとこで?」
千里「それ…はぁ…(躊躇うようにモジモジと女子のように上目遣い)ですね、えーっと。」
加奈江「何よ!!」
キリ「まさかあんた、女子トイレに入ろうとしてたとか!?」
女子たち「うっそぉー!!いやらしい。」
千里「ち、ち、ち、違うよ!!そんなんじゃない!」
みさ「じゃあどんなんなのよ!!」
千里「あ…の、その…」
   
   千里、あっ!!と目を固く閉じる。女子たち、千里に釘付けになる。
千里、暫く方針状態だがその内に静かに泣き出す。麻衣、黙ってトイレに戻り、モップとバケツをもって戻ってくる。

キリ「まいぴう…。」
   
   麻衣、黙って汚れた床を吹き出す。

麻衣「嫌ね、なんだ。御手洗い探しとったんなら、ほー言ってくれりゃあ良かったに。」
千里「…。」
麻衣「男子トイレはこの上の階。階段上がってすぐだに。ほれ、ここは私がやっとくで、あんたは早く医務室行きな。風邪ひいちまうに。」
千里「あり…がとう。(者繰り上げながら足早に去る)」
   
   女子たち、千里の後ろ姿を見つめている。

みさ「あの子、トイレ行きたかったのか…」
加奈江「てか、あんな可愛い男の子が…何か萌えーっ!!」
すみれ「これっ、奈江!!」
加奈江「ごめんなしゃーい。」
   
   麻衣、黙って床を擦っている。女子たち、麻衣を見ると軈て手伝い出す。

茅野駅・西口
   駅前スーパーの前のベンチで千里が一人、焼きそばカレーパンをかじっている。そこへ麻衣。
麻衣(M)「あ、せんちゃんだ。」
   走って近付く。
麻衣「おーい!!せんちゃんーー!!」
   
   千里、麻衣に気づくとびくりとしてベンチをすくっと立ち、スーパーの中に入ろうとする。

麻衣「待ってや、どいで逃げるんよ!!」
千里「…」
麻衣「さっきのこん?気にしとる?」
   
   ベンチに座り、千里も無理矢理座らせる。

麻衣「大丈夫よ、田舎の学校だだもん。みんないいやつだで、誰もあんたを笑ったりいじめたりするやつはおらん。だで、安心しな。もし、ほんなやつがいたとしたら…
   
   空手の真似

麻衣「この柳平麻衣が、警官の娘の名に懸けて、ぼっこぼこのぎったぎたにしてやるんだで。」
   
   千里、やっと弱々しく笑う。

千里「麻衣ちゃん…ありがとう。」
麻衣「ん!!(いたずらっぽく笑って座り直す。)ほいやぁ、あんたは豊平だだっけ?…バス?」
千里「いや、今日はママが迎えに。君は?」
麻衣「私は花蒔だだもん、勿論バス!!」
   
   一台のバスが入る。

千里「これ?」
麻衣「いえ、後三十分近く待たんと…。」
千里「三十分!?…いいよ、ならさ。」


車のなか
小口珠子(40)の運転。全景の二人が乗っている。

珠子「まぁ、せんちゃん、早速お友達?」
千里「うん、クラスメイトの柳平麻衣ちゃん。」
珠子「まぁ、柳平麻衣ちゃんって…あの、豊平小と諏訪中の柳平麻衣ちゃん?改めて、此れからもこんな息子だけど宜しくね。」
麻衣「えぇ、おばさんはーるかぶりです。こちらこそ。宜しくお願い致します。」


   軈て

麻衣「あ、御座石神社!!ここでいいです、下ろしてくださいな。」
珠子「えぇ?麻衣ちゃんの家は今、この近くなの?」
千里「嘘ばっかり、まだずっと上だろうに!!」
麻衣「でも、せんちゃんのいえとは遠回りになっちまうらに…。」
千里「そんなのいいよ!!じゃあ君、まさかここから歩くつもりでいるの…」
麻衣「ほいこん。」
千里「バカはやめてくれよ、家まで送る。ね、ママ。」
珠子「えぇ、勿論。家は何処?」
麻衣「湖東の花蒔です。花蒔団地の近く。」
珠子「分かったわ。せんちゃん、スマホ!!」
千里「了解です!!(手慣れた手付きで打ち出す)」
声「音声案内を開始致します。」(当時、実際には多分スマホはありません。)


柳平家
   麻衣、千里の車を降りて頭を下げる。
麻衣「おばさん、せんちゃんもありがとうございました。」
珠子「いえいえ、こちらこそ。又いつでも送るわ。家にもよってね。」
麻衣「えぇ。せんちゃん、又明日学校で。お休みなして。」
千里「うん!又明日学校で!!」
   
   麻衣、車が見えなくなるまで見送る。

同・居間
   夕食中。柳平けいと(52)、柳平紅葉(48)、柳平紡(18)、柳平糸織(18)、麻衣、柳平と子(15)、柳平あすか(10)がいる。
紅葉「まぁ、あの小口君が?」
糸織「転校生ってあいつのこんだっただな。」
紡「ふーん、何かこれも運命ってか?な、麻衣!!」
麻衣「うるさいっ!!」
糸織「でも良かったな、あいつで。君も健司くんいなくて寂しいらに。」
紡「せんちゃんなら、あんたのいい理解者になってくれると思うし…。」
麻衣「まぁ…だな。」
と子「何、麻衣姉はほのせんちゃんって人の事が好きなのか?」
あすか「好きなのか?」
麻衣「違います!せんちゃんはただのお友達。」
柳平「(咳払い)ところで…」
   

   全員、柳平の方を見る。

柳平「君達に話があるんだ。父さんは明日から仕事で数ヶ月、京都に行くことはみんな知っているね。実は、母さんも急に旅館の応援を頼まれてね…数ヶ月泊まり込みなんで家を空けるんだよ…。だから麻衣、つむ、しお、」
紡「分かってるって、父さん。」
糸織「僕らで家の事を分担しろってんだろ。お安いご用だ!!な、麻衣。」
麻衣「何がお安いご用よ。面倒くさい家事はみんな私に押し付けるくせに。」
紅葉「まぁ!!」
麻衣「兎に角、私達は大丈夫です。だもんで二人とも、安心してお仕事に行ってくださいな。」
柳平「あぁ。さすがは麻衣、私の娘だ。頼りになるなぁ。」
紅葉「みんな、明日から家の事は任せたわよ。いい?」
子供達「了解です。セルリー!!」


小口家・千里のへや
   スッキリと片付けてられている。ベットとベーゼンドルファーが置かれており、机にはくまのぬいぐるみとミシンが置かれている。壁には、『チョコミント』という女性アイドルグループのポスターが一枚だけ張られている。千里、一人でベーゼンドルファーを弾いている。

珠子(声)「せんちゃん、せんちゃん、お夕食よ。降りていらっしゃい。」
千里「(弾きながら)ほーい。」
   
   珠子、階段を上がってきて部屋へと入ってくる。演奏が終わり、千里は振り向く。

千里「あ、ママ。来たんだ。僕も今行くとこだったのに。」
珠子「せんちゃん一生懸命ピアノ弾いていたから聴きに来たのよ。せんちゃんはピアノがとっても上手いわね。学校から帰ったら一段と上手くなったわ。」
千里「やめろよ、ママ。」
珠子「さ、ご飯よ。今日はせんちゃんの大好きな焼きそばカレーよ。」
千里「わぁ!!やったぁ。…ねぇママ。」
珠子「なぁに?」
千里「折角来たんだ。たまには僕、ママの演奏も聴きたいな。ねぇ、何か一曲僕と連弾してくれない?」
珠子「連弾?いいわよ、なんの曲?」
千里「じゃあ…(弾く)これなんて、どうかな?」
珠子「ママ、まだ弾けるかしら…?」
   
   二人、連弾をし出す。


千里「(終わってから)最高だよママ!!又、連弾しようね。」
珠子「えぇ。せんちゃん、あなたも最高だったわよ。さぁ、降りましょう。」
千里「うん!!」
   
   珠子、先に階段を降りていく。千里、ルンルンと電気を消して珠子の後をついて階段を降りていく。…が。ガタン、ゴトン、と物凄い音がする。

千里(声)「いったぁーいっ!!」
珠子(声)「ちょっと嫌だわ、せんちゃん大丈夫!?」

茅野中央高校・教室
   三年一部。ざわついている。ドアの外には松葉杖をついた千里が、しょんぼりとして教室に入るのを躊躇っている。

麻衣「(気付く)あ、せんちゃんだ。はよーん!!」
千里「麻衣ちゃん…」
   
   麻衣、千里の元へ行って目を丸くする。

麻衣「どーゆー、せんちゃん!?一体何があっただ!大丈夫!?」
千里「う…うん、ありがとう。昨日、階段から落ちて脚を捻挫しちゃって。」
麻衣「随分酷そうね。いいわ、困ったことがあったら私達、班のものが手分けしてお守りいたす!!」
千里「麻衣ちゃん…ありがとう。」
麻衣「ほれじゃあ、御手洗い行くのも大変よね。でも…流石に私は男子トイレ…(考える)あ、」
   
   席で、向山俊也(18)が堂々と弁当を食べている。

麻衣「なぁ、向山!!向山俊也くーん!!」
向山「んー…?」
麻衣「なぁ、せんちゃんが脚を怪我しちゃったの。男子トイレは三階だら?だであんた、御手洗いは手伝ってやって頂戴な。」
向山「はぁ、どいで俺が…柳平、お前がやりゃいいだろうに。」
麻衣「あんたねぇ、私は女!!男子トイレなんて入れるわけないらに!それに、クラスメートだら?」
向山「ったく、分かったよ。やりゃいいんだろ、やりゃあ!!(フンッと鼻をならす。)んなら、どうすりゃいいんだ?」
麻衣「2時限目とお昼休みにあんたと一緒に連れてってやって。」
向山「了解…」
千里「あ…のぉ…」
麻衣「何?せんちゃん、どーゆー?」
千里「僕…へへっ、実は…(向山に耳打ち)なんだ。」
向山「はぁ!?勘弁してくれよ、ほいやつはなぁ…」
   
   向山、何処からともなく紙おむつを千里に投げる。

向山「これでもしてろっ!!」
   千里、受けとるが目をぱちぱちとさせてポカーンと向山を見つめる。

   (チャイム)
授業が始まる。育田の数学。麻衣は机に突っ伏せて眠っている。

育田「では次、この問題が溶けるもの。誰かいないか?」
   
   数名が手を挙げるが、育田の視線は麻衣にある。

育田「これっ、おい、柳平!!柳平麻衣!!」
麻衣「んーっ…」
育田「聞こえんのか、柳平!!」
麻衣「(むくりと起き上がって、不機嫌そうに育田を睨む。)んー?」
育田「なんだその目は?言いたいことがあるんなら、はっきりと言ってみろ!!」
麻衣「ほいじゃあ言う…。うっさいなぁ育田はぁ、人が折角寝てんじゃんかぁ。」
育田「ふざけるなっ!!お前と言うやつは…今年の初めにここへ転校してきて以来、俺は一度としてお前がまともに授業を受けている姿を見たことがない。最後の年くらいきちんとしたらどうなんだ!?全く、よくそれで進学できたものだ。」
麻衣「ここへ来てからじゃないに、若葉の頃からずっとだにぃ!!」
育田「…っ。(黒板消しを握りしめる。)柳平…」
   
   クラスメイト、息を飲む。
すみれ、麻衣の後ろの席にいる。寝入る麻衣の肩を叩く。

すみれ「麻衣、麻衣、起きなさいよ!!育田先生かんかんよ。」
麻衣「んーっ…」
すみれ「んもぉ、私へー知らないっ!!」
育田「(黒板消しを戻す)よし、分かった。いいだろう…柳平、この問題を解いてみろ!!全問正解したならば、今日のところは水に流してやる。」
   
   麻衣、起き上がってニヤリ。

麻衣「ふーん…面白そうじゃあ…。受けて立つに!!」
   
   黒板の前に立つ。

麻衣「要はこれを解きゃいいっつーこんだずら?(問題をやりだす、)んで、んで、これでこうでこうなって…。(チョークを置く)よし、でーきたっと。育田、これでいいだら?」
   
   麻衣、席へと戻っていく。育田、答え合わせをしている。

育田「正解…正解…正解…、…。全問正解だ。(微笑む)なんだ柳平、お前きちんと出来るじゃないか。…仕方がない、今日のところは…」
   
   麻衣を見る。麻衣、机に突っ伏せて熟睡。

育田「って…柳平…お前って奴は…。」
   黒板消しを構える。クラスメイト、息を飲んだり、顔を覆ったりする。
育田「いい加減に…(振り上げる)しろっ!!」
   黒板消しは勢いよく、麻衣めがけて飛ぶ。

すみれ「麻衣っ、危なっ…え?」
千里「え?」
   
   麻衣、突っ伏せたまま黒板消しをキャッチ。クラスメイト、呆然と麻衣を見る。

麻衣「(ゲラゲラ笑って起き上がる)育田勝先生、柳平の娘を舐めてもらっちゃあ困ります。忘れたんですか、私の父は茅野警の本部長。ほりゃ娘の私だって幼い頃から護身を習っとるもんで、こんくれぇよこれんくちゃどーするでぇ、っつーこん。アハハ!!」
   
   チャイムがなる。

麻衣「とかいっとる間にほー、授業が終わっちゃいましたね。育田勝先生っ。」
育田「…、」
   
   育田、呆れたようにため息をつき本をまとめ始める。

育田「それでは…本日の数学はこれにて終了…。」
   
   育田、疲れたように出ていく。クラスメイト、しばらくポカーンとして麻衣を見つめている。

玉川運動公園
   麻衣、すみれ、千里、紡、糸織が草へ座ってランチをしている。

すみれ「って事なの、ね。呆れた人でしょ?」
   
   紡、糸織、大笑いを始める。

すみれ「えぇっ?」
紡「ほいだって、麻衣が授業中居眠りしたり…」
糸織「授業崩壊させるだなんて、」
二人「ほー珍しいこんじゃねぇーらに!!」
すみれ「だって、…今年は私たち卒業生なのよ!いい高校生が恥ずかしいと思わないの?」
麻衣「人聞きが悪いなぁ、すみれさんもしおもつむもぉ!授業崩壊だとかいってぇ!!」
すみれ「だってそうじゃないのぉ!!」
千里「僕にはあんなこと…絶対出来ないっ!!」
   
   千里、草へ寝転ぶ。

千里「それにしても…気持ちいいねぇ。」
   
   他の四人も草へ寝転ぶ。

すみれ「本当ねぇ」
糸織「このまま寝ちゃいそう…」
紡「ふんとぉーに、麻衣じゃねぇーけど午後の授業ボイコットしちまいてぇーな。」
麻衣「あら、私はボイコットはしねぇーに。一応は出席して、嫌なら堂々と寝る…。(あくび)こんな日は、誰か好きな男の子と共に歌って踊って過ごしたいわ。」
   
   千里、ドキッとして麻衣を見る。麻衣、千里の元へ来て千里の手をとる。

麻衣「ね、王子様。」
   紡、糸織、すみれ、赤くなって冷やかす。麻衣と千里、手をとって踊り出す。
   『躍り歌』

茅野中央高校・体育館
   三年一部がバレーボールをしている。麻衣めがけて勢いよくボールが飛んでくる。千里はつまらなそうに見学をしているが、パッと麻衣の前に飛び出て来る。

千里「危ないっ!!」
   
   千里、飛んでくるボールにノックアウトされる。

千里「あいったたたたた…」
麻衣「せんちゃんっ!!やだ、大丈夫!?」
   
   麻衣、千里を助け起こす。

千里「ありがとう、僕は平気だよ。君こそ大丈夫?…怪我とかない?」
麻衣「えぇ…立てる?」
千里「うん…(立とうとするが顔をしかめる)ん…痛ッ。(おしりをさする)へへっ、お尻を強く打っちゃったみたい…。」
麻衣「バカね…」
   
   矢嶋太郎(35)が飛んでくる。

矢嶋「おいっ、小口。大丈夫か?」
麻衣「先生、私が小口君を医務室に連れていきます!!」
千里「いいよ、一人で…ヴっ。」
麻衣「バカ、」
   
   麻衣、千里を連れて体育館を出ていく。他生徒たち、二人をみて盛り上がり、囃し立てるように騒ぎ出す。

矢嶋「こらっ、うるせーぞお前ら!!」
   (チャイム)
矢嶋「今日はこの辺にしよう。片付けてとっとと変えれ!!」
生徒1「やっべ、マグロ太郎に怒られた!!」
生徒2「恐ぇ、恐ぇ、」
生徒3「さっさと片付けて戻ろうぜ!!」
矢嶋「誰がマグロ太郎だとっ!?」
   生徒達は片付けて、一目散に戻っていく。
全員「先生、ありがとうございました!!」

   (矢嶋、一人になる)

矢嶋「(ボールをつきながらフッと笑う)やれやれ、なんつークラスの生徒だ。教師のことをマグロ太郎とか呼びやがって…。」
   
   ボールを片付けにいく。

同・医務室
井川るみ子(26)が千里を手当てしている。
千里「いたたたたた、」
るみ子「少し我慢なさい、小口君。」
麻衣「彼ったらバカなんですよ!!脚を捻挫して見学をしていたのに、態々私を助けるために試合に入ってきて、私の代わりにボールにノックアウトされちゃったんです。」
るみ子「まぁ!!」
   
   千里、罰が悪そうに笑う。

るみ子「さぁ、立って歩けますか?」
千里「えぇ。(立ち上がる)いったーい!!(お尻を擦る)」
るみ子「今度からは気を付けなさい。早く治すのよ、お大事に。」
千里「えぇ。ありがとうございました。」
  
   麻衣、千里の肩を支えて歩き出す。るみ子、微笑んで二人を見守る。


同・音楽室
   三年一部が歌の連取をしている。千里はピアノ伴奏を練習しながら難しそうに口ずさんでいる。麻衣は、悪戦苦闘の生徒たちを他所に、余裕そのものの涼しい顔をして歌っている。

茅野駅・西口バス停
   千里と麻衣。ベンチに座って、楽譜を見ながらパンと飲み物を食べている。

千里「参ったなぁ、行きなり難しいのやってくれて…」
麻衣「ほーかやぁ?」
千里「麻衣ちゃんは声楽やってるからいいよ。でも僕は、」
麻衣「あら?せんちゃん、あんただってピアノ弾けるだだもん。伴奏には苦労しないらに。」
千里「バカ言え!!この歌の伴奏なんて臨時シャープと装飾音ばっか。弾きずらいったらないよ。」
麻衣「ほう…。ところで、今日もせんちゃんはママ?」
千里「いや…今日はママ、仕事で遅いんだ。だから今日は僕もはじめてバスだ。君と同じかな…」
麻衣「いえ、せんちゃんは豊平だら?だで全く反対で違うんよ。」
千里「そうか…残念だな。」
   一台のバスが来る。
千里「あ、渋の湯行。これだな。」
麻衣「ほーね。ほいじゃあね、せんちゃん。又明日。」
千里「うん、先にごめんね。又明日!」
   千里、バスに乗り込む。バスは走り出す。麻衣はいつまでも手を振って見送っている。



柳平家
   麻衣が夕食の支度をしている。紡は裁縫、糸織はピアノを弾いている。
麻衣「さぁ、手、洗ってきな。ご飯だにぃ。」
他、二人とと子とあすかの声「はーい!!」

   全員がちゃぶ台についている。

全員「いただきまぁす!!」
   
   食べ始める。

紡「ん、んま!!やっぱご飯は麻衣だわ。」
糸織「君のご飯ってどいでこんねにうめぇーんだ?」
紡「同じ三つ子とは思えねぇ。」
麻衣「んならつむ、あんたも料理しな!!」
紡「えー!!私はやだ。面倒くさいし。」
糸織「(サラダを食べる)ん?これ、どっかで食ったことのあるような…」
紡「確かに…」
麻衣「だら?ヒントはここに入っとる短く切ったうどんだに。」
糸織「…!!ん!!」
麻衣「しお、分かったら。」
糸織「ひょっとして…おしぼり?」
麻衣「大正解。」
紡「しかしまさか、おしぼりをドレッシングにするとは…麻衣も考えたな。流石は大和撫子の卵!!」
あすか「で、これは太平とからす田楽」
と子「隣知らずって…朝食うもんじゃね?」
麻衣「うっさいわ、と子!!嫌なら食うな!!」
と子「ほーい、ごめんなさぁーい。」
糸織「ほいだけどさ、(ニヤリ)こんねに豪華にしちまって…明日からは暫く、笠増しめしだな、こりゃ。」
   
   麻衣、ぎろりと糸織をにらむ。

麻衣「黙ってお食べなさいっ!!」
糸織「ごめんなさぁーい。(ご飯を掻き込む)お代わりっ。」
麻衣「自分で代えなっ!!」
糸織「ほーい!!お焦げあるかやぁ?おこげっ、おこげっ、おこげっさーん!!」
   糸織の滑稽な歌とダンスに思わず全員、吹き出す。

同・寝室
   三つ子が川の字で眠っている。
   (夜が明ける)
   まずは、紡、そして糸織が目を覚ます。麻衣はまだ眠っている。
   『茶目子、一日の歌より〜朝の歌』

紡「夜が明けた」
糸織「夜が明けた」
紡「へー夜が明けた」
糸織「へー夜が明けた」
二人「明けた、明けたと早起きの雀はお庭の松ノ木で」
紡「チュッチュクチュッチュク」
糸織「チュッチュクチュッチュク」
二人「唱歌のおけいこ」
   
   紡、出窓から外へ出て伸びをする。糸織、玄関口へ牛乳を取りに行く。

紡「お隣の物干しの上からお天道様が」
糸織「真っ赤なお顔をちょいと出して」
二人「麻衣さんおはよっ!!」
麻衣「(まだ眠りながら)ごきげんよう…」
   
   (明るくなり出す)

二人「蓼科山の方面からいつものお婆さんが」
   
   納豆売りのおばさん。リヤカーを引いてやって来る。

お婆さん「納豆、納豆、納豆、納豆、味噌豆!!」
二人「と、やって来る。」
   二人、着替えがすんで部屋を出ていく。



麻衣の夢の中(回想)
   紅葉が出てくる。

紅葉「麻衣さん、麻衣さん、まだねんねしているんですか、学校が遅れますよ。麻衣さん、」
   
   麻衣、はっと目覚めて着替えを始める。

(戻って)同・居間
   紡、糸織が登校の支度をしている。

麻衣「はよーん!!」
紡「遅いっ!!へー四時半だに!!」
麻衣「ごめん、ごめん。朝食は?」
紡「作って。」
麻衣「ほいじゃあ、私の荷物!!」
紡「OK!!」
   
   麻衣は食事の支度に取りかかり、紡は居間を出ようとする。糸織は愛犬・ペンピルと遊んでいる。

紡「これしおっ!!あんたも遊んどらんで、ちったぁ手伝いなやね。」
糸織「ほーい…分かったよ、今行く。」
   
   糸織、渋々と紡に着いていく。


   麻衣が食事をちゃぶ台に運ぶ

麻衣「出来た、みんなご飯だにぃ!!」
紡・糸織「はーい!!」
   
   三人、食卓につく。

三人「戴きまぁす!!」
   『お茶碗とお箸』

三人「お膳の上にはお茶碗とお箸、赤い箸置きと漆器のお椀。お椀の中には私たちの好きな、夕顔おつよーが入ってます。」
紡「おつよーはご飯にかけたいけれど、なかなか熱くて食べられない。やっぱり別々に食べましょう。」
麻衣「おてしょうにあるんはおばりまめ、」
糸織「おんなじ豆でも納豆は、臭くって僕は大嫌い。」
麻衣「豆を食べたらほの次は?」
紡「味噌漬けのお香子、」
糸織「お茶漬けサラサラ」
紡「お香子パリパリ」
糸織「サラサラ」
紡「パリパリ」
二人「へー沢山!!」
三つ子「皆様、戴きました!!」
紡・糸織「おぉ、苦しい!!」

麻衣「ちょいと二人ともぉ、おぉ、苦しいだなんて一体何杯食ったんか?」
紡・糸織「四杯食ったんよ!!」
麻衣「まぁ!!朝から四杯も食う人おらんに。」
紡「(時計を見る)ほいじゃあまだバスも出とらんし、歩くで出まいか?」
麻衣「私の荷物は?用意してくれたか?」
糸織「あぁ、全て準備したに。」
紡「ほいじゃあ…」
三人「セルリー!!」


   『學校へ。』

ビーナスライン上
   三つ子が歩いている。五時。

三つ子「今日は時間が早いもんで、バスには乗らずに歩きます。ビーナスラインは穏やかでいいけど、うっかり歩けない。時々ブッブッブッ、おお怖い(いたずらっぽく笑う)やっぱり米沢の発電所から、入って近道行きましょう。おやおやペンピル着いてきた!!」
糸織「お前はお帰り、ペンピルル。」 


茅野中央高校・教室
(チャイム)
其々が6人ずつのグループになっている。麻衣、すみれ、加奈江、みさ、キリ、向山、千里が一緒に固まっている。

すみれ「いよいよ、来週ね。」
みさ「修学旅行?」
キリ「すっごい、わくわく!!」
加奈江「でもなんか、他の一般的な高校じゃあ修学旅行は二年らしいわよ。」
麻衣「ほいじゃあここは、一般的じゃないっつーだ?」
加奈江「いや…そー言うんじゃあ…」
千里「京都かぁ…(うっとり)」
麻衣「あ、ほーいやせんちゃんは京都の子なんよね。」
千里「う、うん、まぁね。」
麻衣「ほいじゃあ色々詳しいわよね。私たちのガイドとして色々案内してな。」
千里「い、いやぁ…てへへ。(照れて頭をかく)」
向山「京都かぁ、京都っつったら八つ橋だろ、湯豆腐だろ、抹茶尽くしで、うーん!!最高だぜ。」
すみれ「とし、あんたはいつでも…」
みさ「食べることばっかりね。」
加奈江「(ふんっと鼻をならす)食べてばかりいないで、少しは痩せること考えたらどうなの?誰かどう見てもあんたはダイエットが必要なデブなんだから!!少しは鏡見たことあるの?」
向山「何だと佐藤ぉ!!デブのお前に言われたかねぇーよ!!お前こそ女ならもっと痩せる努力したらどうなんだよ!!このメス豚が!!」
加奈江「はぁ、ほれがレディーに向かって言う言葉ぁ!あんたにはデリカシーってもんがないわけ?このボンレスハムが!!」
向山「ふんっ!!レディーにだってよ、誰がレディーだ。聞いて呆れるぜ。何度でもいえっつーんだ!!」
   
   二人、つんっとそっぽを向く。他の五人、呆れている。

   (チャイム)
   放課後、千里がぼわーっとしながらうっとりと、窓辺で黒板消しを叩いている。

千里(京都かぁ、楽しみだなぁ。彼女と行く初めての京都…何しよっかなぁ…。うーんと、まずはねぇー…)

(回想)京都・竹林
千里と麻衣、手を繋いで歩いている。

千里【そう…僕は麻衣ちゃんを密林の竹林に誘い出すんだ…そして…】

麻衣「せんちゃん…何?」
千里「麻衣ちゃん…」
   千里、麻衣と向き合う。麻衣、緊張して千里を見つめている。
千里「麻衣ちゃん…」
   
   麻衣にそっと口づけをする。
   『カルメラ』

(戻って)同・教室
   千里、ニヤニヤとして黒板消しをパンパンと叩く。後ろには複数の男子生徒。千里を見ている。

千里「なーんちってね!!アハハハハ、せんちゃんどうしよう!!緊張しちゃーう!!」
男子1「何だ…あいつ…」
男子2「一人でぶつぶつ言いながら、ニヤニヤしちまってる」
男子3「何か…キモッ。」
男子4「頭おかしくなったか?」
   
   男子たち、帰っていく。

   そして修学旅行の日



新幹線の中
   三年生がそれぞれ思い思いに乗っている。加奈江、すみれ、麻衣が相席。加奈江のとなりは空席。そこへ千里が戻ってくる。

千里「お待たせぇ!!(加奈江の隣へ座る)遅くなっちゃった。(三人を見る)楽しそうだね。何話してたの?」
麻衣「あぁ、せんちゃんお帰り。」
加奈江「京都についてからの行動についてよ。」
すみれ「あんたも座りな、」
千里「うんっ!!」
   四人、べちゃくちゃ喋り出す。暫く後。横井哲仁(18)、小松清聡(18)がやって来る。横井はローメン萬をかじりながら。

横井「オッス!!」
小松「や!!」
麻衣「てっちゃんに、そうちゃん!!」
横井「楽しそうじゃねぇーか。何、話てんだよ。」
麻衣「てっちゃんこそ!!(ニヤリ)うんまそうだな。ほれ、ローメン萬ずらに。くんなや!!」
   
   麻衣、横井からローメン萬を取り上げる。

横井「おいっ!!」
  
   麻衣、食べ始める。

麻衣「んー、うんめぇ。私一度これ、食ってみたかっただよ。てっちゃん、でかした!!」
横井「でかした!!じゃねぇーよ。ほりゃ俺が食おうと思って買ったんだ。返せ、柳平麻衣、返せ!!」
   
   麻衣、最後の一口を入れる。

麻衣「しょーがねぇーじゃあ。へー食っちまったもんは食っちまっただだもん。」
   
   横井、悔しそうに戻っていく。女子たち、クスクス。男子たちはポカーンとする。麻衣、悪戯っぽく下をペッと出して小粋に笑う。


   時間がたつ。それぞれ寝入ったりしている。加奈江、向山と千里、麻衣を交互に見る。
加奈江「ねぇ、せんちゃん。」
千里「ん?」
加奈江「席交代しない?」
千里「はー?」
加奈江「あんただって(耳打ち)本当は、まいぴうの隣がいいくせに。」
   千里、ドキリ。
加奈江「ちょっとこっち来なさいっ!!」
   
   加奈江、強引に千里を立たせて歩いていく。

新幹線内・トイレ
   加奈江、千里をトイレに押し込んで鍵をかける。加奈江、壁に千里を押し付けて体をグッと近づける。

千里「な、何だよ奈江ちゃん、近いっ、近いってば!!」
加奈江「あんたさ、本当はまいぴうの事が好きなんでしょ。私、わかってんのよ。」
千里「そ、それはぁ…(恥ずかしそうに加奈江を見る。)」
加奈江「なーんてね!!」
   
   千里から離れる。千里、加奈江が退いた衝撃でバランスを崩して洋便器に填まってしまう。

加奈江「冗談よ。まさかね、女の子のあんたが、美女のまいぴうを好きになるわけないわ!!ごめん、ごめん、」
千里「それどういう意味だよ!!ってか僕、女の子じゃないっ!!」
加奈江「本当はね、」
千里(M)「人の話を聞けよ…」
加奈江「(ツンッと鼻をならす)あの、ボンレスハムと目が合うからあの席は嫌なのよ。」
千里「ボンレス…ハムって?」
加奈江「向山俊也の事に決まっているじゃない!!」
千里「だから麻衣ちゃんと席を変わりたいと…?」
加奈江「そいこと。まいぴうだって、きっと窓際でしかも、あんたのとなりを望むはずだし…。」
   千里、赤くなって下を向く。
加奈江「ま、話はそれだけだけど…」
千里「それならなんで、トイレにわざわざ連れてきたんだよ。席でも出来たじゃん。て、僕よりそれ麻衣ちゃんに話せば…」
加奈江「うるさいっ。とにかく。」
   
   鍵を開けて出ていこうとする。

千里「とにかく…僕をここから出してくれないかなぁ?」
   
   千里、便器におしりがはまってしまっている。

同・客席
麻衣、すみれ、みさもやって来ている。
みさ「あれ、せんちゃんは?」
すみれ「さぁ?そいえば、奈江もいないし…」
麻衣「トイレじゃないだ?」
みさ「二人して?」
向山「又かよ、」
麻衣「ほれにしても遅いに。私見てくる。」
みさ「私も。ジュース買いに行きたいし。」
麻衣「んじゃ、一緒にいこう。」
   
   二人、席をたつ。


   (デッキの自販機)

みさ「まいぴう、何飲む?」
麻衣「私?私は抹茶ラテ。」
みさ「ほーい。ほいじゃあ私はおしるこにでもしようかな。」
   
   トイレから加奈江、千里が出てくる。丁度みさ、麻衣と目が合う。

みさ「お?…せんちゃんと…」
麻衣「奈江ちゃんが…」
みさ、麻衣「二人で1つのトイレに…」
千里「違う、違う!!誤解だよ!!ね、奈江ちゃんからも何か言ってよ!!」
   
   加奈江、意味深に笑って戻っていく。みさ、麻衣、ニヤリ。千里、顔を真っ赤にしてばつが悪そうに戻っていく。

みさ「あの二人…いつの間に…」
麻衣「さぁ。でもどういう風の吹き回し?」
みさ「さぁ…」

   (客席)
   千里、麻衣が並び、すみれ、加奈江が並んでいる。千里はジュースを飲みながらチラチラと麻衣を見る。麻衣は眠っており、首は千里の方に傾く。千里、ドキッ。

加奈江「(ニヤリ)せんちゃん、」
   長い棒で千里のお腹や脇を擽る

千里「や、やめろ!!何すんだ!!」
加奈江「えらく落ち着きがないようで…ひょっとしてトイレ行きたいのかな?と、思ってさ。」
千里「違うよ。って、もしそうだったらどうしようとしてたんだ!?」
加奈江「あら、何だ違うの…つまんないの。」
千里「…。(麻衣を見つめて微笑む)」
   
   電車は走っていく。加奈江、向山は目が合う度にあかんべをしたりちょっかい出したりしている。


京都・京都駅
   学年全員がそれぞれに散らばる。

千里「はぁー、懐かしい!!半年ぶりくらいかな。」

   『平安臭い、言うなっ!!』

麻衣「ほーか。せんちゃんは昨年末までは京都にいたんね。お住まいは、どの辺だっただ?この近く?」
千里「いや、河原町ってとこ。ここから地下鉄を乗り継がないといけないんだ。近くにコンビニが二軒あった。でも、ここも友達とよく遊びに来たよ。」
麻衣「へぇー。何?一軒家?」
千里「いや、アパートさ。五階に住んでた。アパルトマン白妙ってとこ。」
加奈江「で、今日は基本自由見学よね。まずはどこだっけ?」
すみれ「まずはねぇ…麻衣の希望で…祇園かしら?」
向山「(鼻をクンクン)お?」
   
   近くには食べ物や。向山、ニコニコして歩いていこうとするが、加奈江がリュックをつかんで連れていく。

加奈江「はい、はい、はい、はい、行きましょうね。」
向山「うぉーっ、俺のご馳走がぁ!!」
加奈江「お昼まで我慢なさいっ!!」
   
   麻衣たちの班、歩いてホームを出ていく。

同・祇園
ある店の前。向山、千里は外のベンチに座っている。軈て、女子たちが舞妓に扮して出てくる。

向山「うぉーーーっ!!」
千里「わぁーーーっーー!!(涙ぐむ)みんな、美しすぎるよぉ。」
麻衣「柳平にありんす。」
すみれ「ありんす?」
みさ「まいぴう、それじゃあ花魁じゃん。」
麻衣「花魁ですかい?」
千里「よーしっ、僕もっ!!お願いしまぁーす!!(中へ入っていく)」
向山「おえっ、…」
麻衣「ちょっとせんちゃんっ!!」
向山「でも、伊藤…お前はいかしてるぜ。(すみれにベタベタ)でもよ。(加奈江を横目で見て、バカにしたように笑う)良くも、お前が着れるような着物があったもんだな。」
   
   加奈江、向山をきっと睨み付ける。

向山「豚にも衣装たぁ、よく言ったもんだぜ!!」
   
   そこへ千里が、舞妓になって出てくる。女子たち、一斉に吹き出す。

向山「おぇっ…」
千里「どうん?似合うぅ?せんちゃん、似合うぅ?」
麻衣「いいじゃあ、とっても可愛いに、せんちゃん!!」
向山「小口、その格好して女のような声出すな、気色悪い…」
   
   千里、向山に小粋なウインク。

向山「おぇっ!!…でもぉ、僕ちゃんやっぱりすみれちゃんが一番!!」
   
   向山、すみれにベタベタ。すみれ、向山を笑いながら平手打ち。

向山「あんっ、痛いっ!!」
   すみれ、加奈江、クスクス。
千里「としやん、君こそかなり気色悪いよ…。」
   
   一同、笑う。   
   

レストラン・味みやげ
ランチをする麻衣の班。

千里「味みやげ…僕んちこの近くなんだ。店の脇の道を右へ入っていったとこ。」
麻衣「へぇー、生活に不便しないいいところね。」
千里「まね。でも毎晩うるさいよ、夏は暑いし…。」
麻衣「ほーか、都会だだもんね。でもどいで?せんちゃん、昨年一体京都で何があっただ?」
千里「あ、あぁ…(肩を落とす)又後で話すよ…」
麻衣「ご…ごめん…」
千里「いや…(寂しげに笑う)」
麻衣「ほいじゃあ…あーん!!」
千里「ん?」
麻衣「せんちゃんが元気になるおまじないだに。はいっ!!あーん!!…ぱくっ。(千里の口に何かを入れる)ほれ、うんめぇ。」
千里「…。(赤くなって下を向く)」
麻衣「だで、せんちゃんのカツカレーもちょっとくだやね。」
   
   麻衣、千里のカツカレーを食べて微笑む。

向山「なぁなぁ、すみれしゃーん!!」
   あーんをしようとする。
向山「僕ちゃんのオムオムも、」
すみれ「いらないわよっ!!」
   
   向山、拗ねて下を向く。

向山「意地悪だな、すみれちゃんは…寂しいな、僕ちゃんすみれちゃんに嫌われちゃったな…」
   
   すみれ、食べながら静かにクスクス。

みさ「あーあ、としやん、」
加奈江「残念だったわね。」
キリ「すみれに振られちゃって…。」
   
   メンバー、笑う。向山、シュンとする。


京都タワー・展望台
加奈江「うわぁー、最高!!」
キリ「凄い夜景ね。」
すみれ「いくらなんでも、諏訪1のマンション、あの元木グループのマンションですらここまで凄くないわ。」
みさ「そりゃ当たり前よ、田舎と都会だもん。」
向山「すみれしゃーん!!」
   
   すみれ、向山を平手打ちして、向山はノックアウトされる。

麻衣「そうねぇ、何かノスタルジックてか、ロマンチック…(寂しげ)こんな景色、健司と一緒に見たかった…」
   
   近くには千里がいる。

麻衣「あ、せんちゃん…」
   
   走って近付こうとするが、段差につまづいて転ぶ

麻衣「っーっ、くーっ…」
   
   千里、気がついてとんでくる。

千里「麻衣ちゃんっ?どうしたの、大丈夫!?」
麻衣「脚を挫いたぁ…」
千里「歩ける!?」
   
   麻衣、立ち上がろうとするが苦しそうに顔をしかめる。千里、微笑んで麻衣に背中を向ける。

麻衣「?」
千里「下降りよう、乗りな。」
麻衣「で、でも…」
千里「いいから、僕、井川先生呼ぶからさ、ね。見てもらって少し休めよ。」
麻衣「いいに、私一人で。」
千里「バカ言うなよ、足怪我してんだろ。」
麻衣「だでい、きゃっ!!」
   
   千里、微笑んで黙って麻衣をおぶる。

千里「確りと掴まってな。」
   
   千里、颯爽と歩いていく。班のメンバー、千里を見る。

他5人「おぉ…」



京都タワー・一階
   るみ子が麻衣を手当てしている。近くには千里。

るみ子「はいっ、出来たわよ。小口君の次は柳平さんまで。全く、そそっかしいわね。」
麻衣「てへへ…」
るみ子「小口君、ありがとう。助かったわ、」
千里「いや、僕はただ当然の事をしたまでです。」
   
   そこへ、他の三年のメンバーも降りてくる。

向山「おい、小口!!」
みさ「格好良かったよ。」
加奈江「あんた一体どうしちゃった?」
キリ「そんな一面あったんだぁ!」
すみれ「ありがとね、紳士だったわ。」

   千里、照れて頭をかきながら下を向く。そこにいる全員も微笑む。

麻衣「せんちゃん、ふんとぉーにありがとな。」
   
   麻衣、千里の両手をブンブン降って悪戯っぽい握手をする。



宿舎・女子の大広間
   三年の女子全員がいる。

すみれ「ねぇ麻衣、さっきのせんちゃん、本当に格好良かったわね。」
みさ「ちょっと惚れちゃった?」
麻衣「嫌だ、二人とも!!確かに格好良かったけど…ほーいうんはないに!!」
   立ち上がろうとする。
麻衣「とにかく私、歯磨きしたりしに行かなくちゃ。」
加奈江「あ、なら私もまだだから一緒に行く!!」
麻衣「うんっ!!」



同・女子トイレ
   麻衣、加奈江、歯を磨いてからトイレを出る。
   (トイレ前の廊下)
   麻衣、加奈江が出てくる。隣には男子トイレ。中は騒がしい。

麻衣「何事?」
加奈江「さぁ…」
   
   二人とも顔を見合わせる。軈て、向山、その足にすがり付いた千里が引き摺られて出てくる。

麻衣、加奈江(せんちゃん!?)
向山「離せっ!!離せって小口!!歩けねぇだろうに!!頼むから、」
千里「ねぇ、頼むよ向山君。頼れるのは君しかいないんだ!!お願いだよ、ね、ね。」
向山「うっせーなぁ。お前、ほれでも高3の男か!?もっと確りしろ!!」
千里「だってぇ。」
向山「一人で行け、どうしても無理ならいかなきゃいいだろ!!」
千里「そんなぁ、ねぇ?どうしても無理?ねぇ?ねぇ?」
   
   向山、千里を払い除けながら歩いている。麻衣、加奈江、呆然と二人を見つめる。千里、二人に気がつくと罰が悪そうに二人を見る。

麻衣「今のって…せんちゃん?…だよな。」
加奈江「さっきの紳士のイメージは何処へ…」


   (深夜)
   女子、男子ともに寝静まっている。男子部屋ではかたりとも物音がなく、振り子時計の音のみが鳴り響いている。千里、もぞもぞと布団の中で動いている。

千里(M)「嫌だなぁ…こんな夜中に目が覚めちゃったよ…(キョロキョロ)しかも何となくトイレに行きたくなってきちゃった…。」
   
   千里、隣に寝ている向山を揺すり起こす。

千里「(小声)としやん、としやんったら。」
向山「(不機嫌そうに薄目を開ける)なんだよ小口、今何時だと思ってんだ。へー2時だぞ。」
千里「お願いだ、としやん…トイレ着いてきて…。」
   
   千里、布団の上に正座して体を揺すっている。

向山「だーでー、便所くらい一人で行けよ。」
千里「君だってしってんだろ!!僕はとっても怖がりで弱虫なのを!!夜トイレ、家でも一人で行けないことしってんだろ!!」
向山「だったら飲むんじゃねぇーよ。お前、寝る前にティティーズのレモンティー、ペットボトル一本飲んだだろ。」
千里「だってぇ、あのときはとても喉が…」
   
   向山、寝入る。

千里「としやん、としやんったら。…んもぉ、分かったよぉ…。」
   
   千里、怖々立ち上がって大広間を出る。


   (大広間の外)
   千里、ブルッと身震いする。
千里(M)「誰か起きて来ないかなぁ…やっぱり恐いな…朝まで我慢しようかな…」
   
   キョロキョロしながら足踏み。

千里(って、無理か!!くそ…)
   
   少し小走りで廊下を歩いていく。



トイレ
   千里、警戒しながらもトイレに駆け込む。男性用便器の前。千里のとなりにはまだ中学生くらいの小さな男の子がいる。白い寝巻き風のパジャマをきている。千里、ふと隣を見て固まる。 
千里(ひっ…(硬直している)ま…さか…)
   
   急いで逃げ出る。

千里「わぁぁぁぁっ!!」
   
   廊下まで出てきて、へなへなと崩れ去る。女子トイレからは麻衣が出てくる。

麻衣「なぁに…?(目を擦りながら千里を見る)せんちゃん…?どうしただ?」
千里「ま…麻衣ちゃん…(震えている)お、お化け…」
麻衣「えぇ?」
千里「今いたんだ…男子トイレに…お、お化けが…ぁぁぁ。」
   
   へたりこんだまま、その場におもらしをしてしまう。

麻衣「まぁ…」
   
   麻衣、驚いて釘付けになってしまう。

麻衣「せんちゃん…大丈夫…?」
   
   千里、涙目で麻衣を見る。

千里「麻衣ちゃん…(目を伏せる)」
麻衣「大丈夫よ、誰にも言わんで。でもどーゆー?お化けって…」
千里「ほ…本当にいたんだ。白い着物を着た、子供の幽霊…」


  二人、暫く後、並んで部屋に帰る。

麻衣「じゃあね、せんちゃんお休みなして。」
千里「お休み、さっきはありがとね、ごめん。」
麻衣「いいえ、困ったときはお互い様。早く寝なね、明日も早いに。」
千里「うんっ。」
   
   二人、それぞれの部屋へと入っていく。



トロッコの中
   千里は肩を落としてシュンとする。麻衣、千里を慰めている。向山、横井と話をしている。

向山「でよぉ、小口のやつ昨日、便所の前で粗相を犯したんだとよ。」
横井「ふぉーん。でも、ほんなの誰にだって…。だで、許してやれよ、とし。」
向山「おりゃあいつのせいで昨日起こされちまった。それ以来、一睡も出来てねぇーんだ!!」
麻衣「(宥めながら)せんちゃん、向山のいうこんなんて気にすることねぇーに。(向山をキッと睨み付ける)」
   
   向山、麻衣の視線に気がつくと、ギクリとして大人しくする。千里、弱々しく微笑む。



山頂駅
   三年全員。思い思いに休憩をしている。麻衣はフェンス越しに、遠くの山々をぼわーっと見つめている。そこに千里、後ろから麻衣の肩を叩く。麻衣、少しびくり。

麻衣「せんちゃん!!」
千里「何見てたの?」
麻衣「向こうの山…桜が綺麗ね…」
千里「うん、でももう葉桜なんだ…」
麻衣「ほーね。でもほれもほれで何か素敵じゃない?雨に少し曇ったりなんかして…ノスタルジック…。」
千里「まいちゃん…(大きく微笑む)そうだね。」
麻衣「何?可笑しい?」
千里「いや…。」
   
   二人、ぼわーっと並んで桜を見つめている。
   『さくら横丁』


千里「あ、…ねぇ。(もじもじ)麻衣ちゃん?」
麻衣「ん、何?」
千里「い、いや…あの…」
   もじもじ、きょろょろ
千里「その…」
麻衣「?」
千里「ぼ、僕は前から君の事がっ…」
育田の声「おーい、戻るぞぉー!!」
   
   千里、がくりとなる。

麻衣「はーい!!ほう、せんちゃん行くって。…ところで、何をいいかけただ?」
千里「い…いや、何でもない…。」
麻衣「…ほう…?なら、又あとで教えてな。行こっ。」
   
   麻衣、千里、走っていく。


   (トロッコの中)
   千里、麻衣の隣で時々麻衣をちらりと見ながら肩を落として下を向き、乗っている。


二条城前
   麻衣達の班が歩いている。前方からは、大寺八千代(18)、横田知晃(18)、横井、岩井木徹(18)、矢彦沢進(18)、清水千歳(18)がやって来る。

麻衣「お!!」
横井「よ!!」
岩井木「リネッタぁ!!」
八千代「偶然!ねぇ、折角会ったんだし写真とろ!!」
知晃「お、いいねぇ。」
   
   横井、向山、清水、鼻をならす。

すみれ「なら、一列に並んで。」
   
   女子達と岩井木、千里は縦に一列に並ぶ。

すみれ「違うわよ、横に一列っ!!」
   全員、横に並び直す。

知晃「でも、誰が撮るだ?」
   
   近くに育田が通りかかる。

知晃「あ、育田先生!育田先生!」
育田「なんだ、横田じゃないか?どうした。」
八千代「写真とって下さい!!」
育田「写真だぁ?」
全員「お願いしますっ!!」
   
   すみれ、育田にカメラを渡す。

育田「ったく、ほいじゃあ行くぞ。(カメラを構える)お前らは、傘も指さずにいい女か!!」
女子達「私達、元々いい女ですから!!(顔を見合わせて笑う)ねぇー!!」
育田「自分で言ってろ、自分で!!ほれ、行くぞ。三、二、一…」
全員「セルリィー!!」
   
   パシャっ。



宿舎・個室
麻衣、みさ、すみれ、八千代、知晃、加奈江、キリがいる。そこに、横井、千里、向山が遊びに来ている。トランプをしている。

みさ「はーい、又まいぴうの負けぇ!!」
横井「麻衣、お前弱っ。」
麻衣「うっさいわ、もう一回。ね、今度こそ勝つから、お願い。ね、ね!」
すみれ「分かった。でも、これで最後よ。」
   
   千里、配り直そうとする。廊下から足音。

すみれ「誰?」
みさ「誰かこっちに来るよ。」
加奈江「育田かも。」
麻衣「ヤバイじゃー!!」
   
   男子達、急いで押し入れの中へ隠れる。直後、育田が入ってくる。

育田「今この部屋から、小口千里、横井哲仁、向山俊也の声が聞こえたような気がするんだが?まさか…」
みさ「まさかぁ、嫌だな先生はぁ!!」
すみれ「そうそう…」
みさ「今丁度物真似大会してたの。聞かれちゃった?」
育田「(キョトン)も…物真似だと?」
他、メンバー全員(物真似大会…?)
みさ「そうです、こんな具合に…。(横井の声)てっめぇー麻衣のやろぉ!!(向山の声)腹へったよぉー!!…で、最後は。(千里の声)ママぁ〜!!…ってこんなんです。」
   
   育田、ポカーンとしてみさを見つめる。

育田「(咳払い)…早くねろっ…」
   
   育田、電気を消して出ていく。みさ、育田の去るのを確認してから電気をつける。

みさ「男ども、出てきていいわよ。」
   
   千里、向山、横井、押し入れの中から出てくる。女子たちは大拍手。

麻衣「凄いに、みさ凄いに!!」
すみれ「あんた、こんな特技があったんだぁ。」
加奈江「しかもそっくりと来てるし。」
知晃「せんちゃんとかそっくり!!」
千里「えぇー、酷いよみさちゃん、僕あんなに頼りなくないもん!!」
加奈江「そっくりと思うけどな、」
千里「んもぉー、なえちゃんまでぇ。」
すみれ「でも、城ヶ崎に感謝ね。」
横井「あぁ。仮が出来ちまったな、城ヶ崎…」
向山「助かったよ、ありがとな。」
千里「でもヤバイよ、先生もうすぐ向こうにも行っちゃうよ。そしたら僕たちがここにいたってことばれちゃうじゃん。」
横井「大丈夫だ、俺さっき誰にも見つかんねぇんで帰る場所、見つけたんだ。」
向山「着いてこいよ、」
   
   三人の男子、急いで靴を履く。

向山「世話んなったな。」
   警戒しながら小走りに出ていく。
麻衣「やれやれ、」
   
   女子たち、笑い出す。


   暫くして…。紡、部屋を強くノック。開けると血相を変えて飛び込んでくる。

麻衣「つむ!!…どーゆー?」
紡「大変、大変!!大変なことが起きてんだよ!!」
みさ「何よ、大変なことって。」
紡「兎に角、物凄いの!!今は大浴場の方は来ない方がいいに!!」
   
   全員、顔を見合わせる。

(回想させる)宿舎・大浴場前
   茅野中央高校の三年女子と東海茅野の三年女子がいがみ合っている。 

東1「おいっ、何で茅野の野郎共がここへ来んだよ!?」
東2「帰れっ!!」
茅1「私達は、先生にこっちも使っていいって言われて来たのよ!!」
茅2「新館が東海の陣地なんて誰が決めたっ!?」
東1「茅野の癖に生意気な口叩くんじゃねぇ!!帰れったら帰れ!!」
東2「茅野が入ると汚くなんだよ!!」
茅野女子達「はぁ!?」
   
   両方が食って掛かる。

茅野3「わ、わ、わ、私、先生呼んでくるっ…」

(戻って)同・個室
先程のメンバーがいる。そこに、怒り狂った顔の永田眞澄(18)が飛び混んできて麻衣に食ってかかる。

麻衣「やめて、眞澄ちゃん!!やめって。一体どんゆーんよ!?ねぇーってばぁ。」


   (翌朝)
   集合写真の女子たちはみんな泣き腫らした目をしている。


京都御所
   三年全員がいる。女子たちはまだ怒りに燃えている人もいる。
   
向山「おいおい、落ち着けよ女ども!!」
   女子たちは向山をぎろりと睨む。
向山「…女って、怖えーな。(ニヤリ)で?」
   
   肩を落とす千里を見る。

向山「お前はどーしたんだよ。」
千里「放っておいてくれっ!!」
加奈江「(向山に軽く耳打ち)何かあった?せんちゃん、今朝からずっとこうなのよ。」
向山「何か?…あぁ…。ほーいや今朝、」
すみれ「おねしょしちゃったとか?」
   
   千里、すみれをぎろりと睨む。

すみれ「ごめん、ごめん。」
向山「今朝…大したこんじゃねぇーんだぜ。こいつが楽しみに買っといたっつー、朝飯の焼きそばパンとプリンを横井と俺で食っちまったもんで。」
麻衣「ほりゃ怒るわよぉ!!当たり前だら。責めてお詫びに奢ってやりな。」
向山「はぁ?何で俺が…」
麻衣「当たり前だらに!!」
向山「分かった、分かりましたよ、どうせ俺が悪いんです。」
加奈江「横井もね。」
すみれ「責めて二人でせんちゃんの好物でも奢ってあげることね。」
千里「(ボソッと)抹茶パフェと焼きそばパン…」
向山「はぁーっ!?」
   
   女子たちは一斉に向山をビンタ。

向山「わーかーりーまーしーたーよー!!」
   
   千里、ツンッとしながら下を向いて歩いている。何かにぶつかる。

千里「いたっ…」
   
   千里、尻餅をつく。北山マコ(18)が驚いて振り向く。

マコ「ちょっと、痛いじゃないの!!何よそ見して歩いてんのよ。」
千里「ごめん、ごめん…(お尻を擦る)ん?」
   
   マコを見上げる。マコ、胡散臭そうな目を細めて千里を見つめている。

千里「な…何…」
マコ「あんた…どっかで見たことが…」
   
   千里、お尻で後退り。マコ、千里に近づいていく。

千里「な…何っ…。や、やめろって。」
   
   マコ、顔をだんだん千里に近付ける。

千里「ち、近いってば!!」
マコ「(大声を出す)あーーーーーっ!!!!ー」
千里「あーーーーーーーーっ!!!!…って何なんだよ。急におどかすなよな。」
マコ「あんたっ、新学期の日に転校してきたとか言ってた男でしょ?私にぶつかってきた男よね。てかあんた、城南の小口千里だったのね?こりゃまぁはーるかぶり。」
千里「(少し考えて)あー…あの時の?あれは君だったんだ…だったらはっきり言わせてもらうけどさ、あのときは君の不注意であり、先に僕の足をふんずけたのは君じゃないか!!人のせいにするなよな。」
マコ「何ですって!?もう一度言ってみなさい!!」
千里「あぁ、何度だって言ってやるよ。あれは明らかに君のせい!!レイミーテンデ?」
マコ「あんた…この北山マコちゃんを怒らすとどうなるかわかってそのでかい口たたいてんの!?」
千里「生意気ででかい口叩いてるのは君の方だろうに!!」
マコ「まぁ、何ですって!?」
   
   マコ、千里に掴み掛かろうとするが思いとどまる。

マコ「まぁ、いいわ。あんたが私と同じ学年だなんてね。驚きだわ。とりあえずは宜しく、仲良くしてやるわ。その代わり…(千里を睨む)今度この私に口答えしたら、ぎったぎたのぼっこぼこにしてやんだから。覚えときなさい!!」
   
   ツンッとして戻っていく。千里、ため息。

千里「これだけいるといろんな子がいんだ…僕、あんな子と関わりたかないよ…てかマコ…性格変わりすぎ…。」
麻衣「色んな子がいるに。せんちゃん、どんまい。」
   
   麻衣、千里を宥める。

麻衣「ぼちぼち見学らしいで、せんちゃん…行くじゃあ!!」
千里「う…うん。」
   
   三年全員が先に進んでいく。

   (バスの中)
   それぞれ思い思いに乗っている。麻衣は酔ってしまいゲッソリ。広島の展示館で戦争のものを見て泣き出す麻衣、千里が肩を抱いて貰い泣き。麻衣、鹿に頭をノックアウトされる。横井、向山、糸織、クスクス。麻衣、三人を睨み、三人はタジタジ。


広島県、宿舎・女子個室
   麻衣、すみれ、みさ、加奈江、キリ、マコの五人部屋。

麻衣「(座布団に座る)…?…きゃっ!!」
すみれ「どうしたの、麻衣、」
麻衣「な、何かおる…」
みさ「何かいるって…(笑って見回す)何もいないじゃないの!!」
   
   笑いながら座布団に座る。

みさ「…?」
   
   瞬発的に飛び上がる。
キリ「みさまでどうしたのよ、」
   
   六人、辺りを見回す。一匹のゴキブリがうようよ。

六人「きゃあーーっ!!」
加奈江「ど、どうすんのよこれ!」
すみれ「どうするって言ったって…誰か取るしかないでしょ。」
みさ「でも誰が!!」
六人「…。」
麻衣「男子を呼ぶ?」
キリ「どうやって?こんな時間に出歩いてたら、又育田が怖いよ。」
マコ「私が行くわっ!!」
他、五人「北山…」
マコ「(指を立てる。)大丈夫さ。私がすぐにディンディーンと一っとびで。」
   
   マコ、靴を履く。

麻衣「北山、気を付けてな。」
マコ「任せときなって、私を信じな。んじゃっ、いってきまぁーす!!」
   
   マコ、部屋を慎重に出ていく。


   千里が、麻衣達の部屋にいる。

千里「…取った…けど。」
加奈江「さっすがせんちゃん、ありがとう。」
すみれ「本当に、助かったわ。」
マコ「意外と大したもんね。」
みさ「勇敢っ!!」
キリ「格好いい!!」
   
   千里、照れて頭をかく。

麻衣「せんちゃん、ありがとう。ごめんな。こんなことだけのために呼び出しちまって…。」
千里「いや、いいよ。僕も役に立てて嬉しい。僕に出来ることだったら何でもいって。」
マコ「はいっ、てことであんたはもう用なし。帰っていいわ。」
千里「ほーい。じゃあね。又明日、お休み〜」
六人「お休み〜。」
   
   千里、出ていく。

みさ「さて、私達もぼちぼち寝るか。」
麻衣「ほだな。」
すみれ「電気消すよぉー。」
六人「OK。」
   
   消灯。


   (翌朝。電車移動にて、向かうは石川県。)

輪島・朝市通り
   生徒たちが歩いている。知晃、八千代、岩井木、横井、清水、矢彦沢の班。横井はぶっ長ずらをして面白くもなさそうに歩いている。

八千代「ちょっと、何よあんたのその顔。もっと楽しそうに出来ないわけ!?」
横井「楽しくもねぇーのに、楽しそうになんか出来るかよ!!」
知晃「何がそんなに楽しくないのよ。」
横井「長すぎてへー飽きたんだよ!!あーあ、早く帰ってローメン食いてぇーなぁー!!」
   知晃、八千代、一気に横井に蹴りを入れる。
横井「いってぇ!!何すんだよ。」
二人「もっと大人しくしていなさいよ!!」
横井「ちぇっ。(不貞腐れてむっつり。)…何だよ…。」

   麻衣達の班。左手に一軒の美術館。

麻衣「お、何だここ?」
千里「面白そうかも。」
麻衣「入ってみよ。」
   
   七人、中に入る。


   見物する七人。

みさ「わぁー、これルイ16世が使ってたもの何だって!」
加奈江「見てみて、これってチャンパーポットじゃね?」
すみれ「何それ?」
加奈江「中世のお、ま、る、!!」
   
   すみれ、加奈江をこずく。

すみれ「んも、いやん!!奈江ったら!!」
加奈江「てへへっ。痛いっ!!痛いってば!!」
   
   麻衣、千里、何かに釘付け。
 
麻衣「ねぇ、みんなこっち来てみ!!」
千里「面白いものがあるよ!!」


   数分後。すみれ、加奈江、向山、みさ、キリがそれぞれ中世の貴族に扮している。後から、男装をした麻衣と女装した千里が出てくる。他五人、吹き出す。

麻衣「せんちゃん、とってもよく似合っとる。可愛いに。」
千里「ありがとう、君こそ。よくお似合いだ。とても素敵だよ。」
すみれ「よし、では記念写真でも撮りますか?」
みさ「お、いいねぇ。」
加奈江「では、」
   
   カメラスタンドを構える。

加奈江「行くよぉ、三、二、一、」
全員「セルリー!!」
   
   パシャっ。

美術館の外の道
   歩いている前景の人々。

千里「(腕時計を見る)ヤバイよ、もうこんな時間だ!!お昼食べられなくなっちゃう。」
すみれ「本当だ、急がなくっちゃ!!」
   
   六人、走り出す。

加奈江「まいぴうも早く!!」
麻衣「うんっ!!(立ち止まって頭を押さえる)…?」
みさ「どうしたのよ、早く来てよ!!」
麻衣「うん、分かってる。ごめん、ごめん!!」
   
   麻衣、違和感を感じて首を傾げながらも走っていく。



和食堂
   三年一部が食事をしている。こじんまりとした創業の古そうな店。海鮮丼を食べている。

すみれ「ギリギリだったわね。」
みさ「良かったぁ、間に合って。」
加奈江「私ご飯お代わりぃ!!」
向山「お、俺も、俺も!!」
   
   千里も幸せそうに食べている。
向山、加奈江は上機嫌でご飯を何杯もお代わりしている。麻衣は、食事には手を付けずにお茶だけを少しずつ啜っている。

すみれ「あれ、麻衣?」
みさ「少しも手、付けてないじゃん。」
麻衣「うん、何か食欲なくってな…」
   
   小粋に笑うも、無理に作っている感じ。

向山「ふーん、じゃっ食わねぇーんなら俺が…」
   
   加奈江、向山をキッと睨み付けて向山の手を叩く。

向山「何すんだよっ、佐藤!!」
加奈江「これはまいぴうんのでしょ!!」
麻衣「なえちゃん、いいんよ、」
   
   食事を向山に差し出す。

麻衣「はいっ向山、まだ手は付けとらんでこれでよかったら食べて。残しとっても勿体ねぇーら。な、みんな。」
向山「やりぃーー!!サンキューな柳平。遠慮なく食わしてもらうぜ。」
麻衣「どうぞ、どうぞ、お食べなして。」
   
   向山以外、心配そうな顔で麻衣を見る。麻衣は、相変わらずお茶のみを飲んでいる。

麻衣「…お代わりください…」
   
   別の席の横井、変っと鼻をならして麻衣を見る。

横井「(大声)へんだ!!どーせお前、又変なもんでも食ったんだろ。あん時のローメンまんの仕置きだぜ、きっとよぉ!!」
麻衣「うるさいわっ、てっちゃん!!」
横井「何だ、元気じゃねぇーかよ。」



輪島・海岸通り 
   向山、加奈江は満腹の腹を叩きながら大満足の表情。すみれは伸びをし、みさはあくびをする。麻衣は青い顔をしながらボーッと遠くを見つめている。千里は手を頭の後ろで組んで、右足の爪先をとんとんとしている。

向山「ふぇーっ、食ったぁー!!でもまだ食い足りねぇーや。」
みさ「マジで?よく食うねぇ。」
向山「あったりまえだ!!あんなの俺から見りゃ、前菜に過ぎねぇーよ!!」
すみれ「呆れた…成人病になったって知らないんだから。」
   
   加奈江、その場駆け足。

すみれ「何、どうしたのなえ?トイレ?」
加奈江「違うわよ、カロリー消費…ま、幸いお魚でヘルシーだったから…」
千里「でも、その代わり糖分の多く含まれたご飯を何杯も…」
   
   加奈江、千里をびんた。 

千里「ごめん…」
   
   麻衣は辛そうな表情ながらもくくっと笑う。

バスの中
   三年一部の生徒が全員のっている。麻衣と千里は最前列で隣同士。千里が通路側に乗っている。

千里「おいっ、麻衣ちゃん…大丈夫か?」
すみれ「どうしたのよ麻衣、」
みさ「具合悪いの?」
育田「柳平、どうした?」
麻衣「頭が痛くて…」
育田「そうか、なら宿に着いたらすくに休め。俺から井川先生にも伝えておく。」
麻衣「はい…」
   
   麻衣、千里の肩に凭れる。千里、どきりとして横目で麻衣を見る。

千里「い、いや…いいよ。僕にうつかっていって。」
麻衣「ありがとう…」



   (車通りも多い大通り。)
   千里、緊張した表情になり強張る。麻衣、千里にうつかったまま眠ってしまう。

千里(うっ…)
   
   千里の左隣には育田が座っている。千里の後ろには加奈江とみさ。その左隣にはすみれ、向山。千里は不自然にキョロキョロ。

加奈江「ん?」
   
   乗り出して千里を見る。

加奈江「せんちゃん、どーした?」
   
   千里、びくりとして振り向く。

千里「や…別に…何も…。」

   長いため息をつく。
千里(くそっ、マジかよ…こんな時に…。)

   足を擦り合わせたり、腰を揺すったりしている。

千里(でもバレたら又としやんにからかわれるし、…こんなに同じことしてたら僕…麻衣ちゃんに嫌われ…んっ。)
   
   自分の着ていたコートを膝にかける。

千里(麻衣ちゃんが苦しいときにどうして…)
   
   泣きそうになって体は震えている。育田、千里の様子に気がつく。

育田「おいっ、小口。」
   
   千里、びくりとして育田を見る。

育田「どうした?お前変だぞ…」
千里「な、…何がです?」
育田「まさか、お前まで具合悪いか?」
千里「い、いえまさか!!…僕は至って、元気です。」
   
   千里、強く首を振る。バスが急にガタリと止まる。

千里「…!?」
   
   前方の窓を見て息を飲む。

育田「畜生…渋滞か。運転手さん、後どのくらいかかりそうですかねぇ?」
運転手「そうですねぇ、本来でしたら20分かからないと思うのですが、この分ですと、40〜一時間は見てもらった方が…」
   
   千里、愕然として瞳から一筋の涙が流れる。

育田「そうですか、分かりました。」
運転手「大丈夫ですか?」
育田「えぇ。ゆっくり行ってください。他クラスにも連絡を取りますので…」


麻衣は眠ったまま。千里は汗びっしょりで息も荒くなっている。



   (十分後)
   千里、コートを外して固まっている。バスはちょろちょろと動いている。千里、ボロボロと大粒の涙を溢して泣いている。加奈江、異変に気づいて肩を叩く。

千里「い、行きなり触るなよっ!!」
加奈江「ごめん。でもだって君、やっぱり変だよ。…育田先生っ!!」
千里「やめろっ!!」
育田「どうした、佐藤。」
加奈江「小口君が、変です!!」
育田「小口、どうした?」
   
   千里に近付く

育田「(小声)小口…まさかお前、トイレに行きたいか?」
   
   千里、躊躇うが泣きながら静かに頷く。

育田「そうか、困ったなぁ…」
   
   バスは少しずつ動き始めている。

育田「ホテルまでもつか?」
千里「…分かりません…」
   
   苦しそうに前屈みになる。

育田「どうしてもっと早くに言わんのだ?」
千里「…。」
   
   麻衣が目覚める。ボーッとキョロキョロして、軈て千里ん見て状況を読む。

育田「小口…」
   
  携帯用トイレとビニール袋を差し出す。

育田「緊急避難用だ…」
千里「…え。」
育田「仕方なかろう…もらすよりはマシだ。どうでも無理ならこれにやれ。」
   
   育田、ブランケットも一枚千里に渡す。千里、三点を受け取るが苦しく辛い表情でいる。(千里は危機的状況にかなり弱い。)

育田「大丈夫か、小口…」
   
   千里、下を向いて涙を溢して泣いている。他の生徒も驚いてキョロキョロ。麻衣もとても不安と心配で一杯と言ったように眉間にシワを寄せる。

麻衣(せんちゃん、大丈夫かやぁ…声かけた方がいいんかしら…)
千里(トイレに行きたい…最悪だ…どうしてこんなことになるんだ…。)
   
   涙を溜めて強く目を閉じる。

千里(でも彼女の手前、こんなところで出来やしない…でももう限界だし…)
   
   バスがスムーズに動き出す。

育田「小口、ここから順調に行けばホテルまで十分もかからんぞ。」
   
   麻衣を見る。

育田「お、柳平…起きたか。」
麻衣「先生っ。」
育田「調子はどうだ?」
麻衣「えぇ、お陰さまで今は少し楽になりました。しかし…(不安気に千里を見つめる)ほれより私、小口君が心配です。」
   
   千里、極度に震え出す。麻衣、驚いておどおど。
 
麻衣「ちょっ、ちょっとやだ…せんちゃん、どーゆー!?」
千里「育田先生…もう我慢できません…」
   
   バスがホテルに着いて止まる。

育田「小口、着いたぞ。早く、先降りろ。」
千里「はい…ありがとうございます…」
   
   千里の両肩を麻衣と育田が支える。千里は覚束無い足取りでヨタヨタとバスを降りて歩き出す。後から降りた、他の生徒たちは先にホテルへと入っていく。

ホテル内・エントランスホール
   三年全員が整列している。そこへ、全景の三人。

育田「(小声)小口、そこの左を入るとすぐに男子トイレだ。」
    
   千里、入口を入るとすぐに止まってしまう。真っ赤に紅潮して俯いて目を固く閉じる。

育田「小口、ん?どうした?」
麻衣「…せんちゃん?」
   
   生徒全員が千里に注目する。床には水溜まりが広がっていく。千里、下腹を押さえたままガクッとその場に座り込む。何とも言えぬ顔の育田、頬を紅く染めて放心状態で千里を見つめる麻衣。千里はしくしくと静かに泣き出す。育田、泣く千里を立たせてボーイの案内と共にエレベーターに乗り込む。足早にボーイが戻ってきてモップをかけ始める。生徒たちは互いにヒソヒソ。

同・男子トイレ
   育田、泣く千里を個室の中に入れる。

育田「ほれ、小口。ここで着替えろ。」
千里「何に着替えればいいって言うんですか!!」
育田「俺も、他の先生方も…まさか高校の修学旅行で粗相をするやつなんて、想像もしとらんかったもんで、スラックスの替えもジャージの替えも持っとらん。」
千里「そんなぁ…なら僕に、今夜一晩は下着で過ごせと?」
育田「そんなことはいっとらん。だからとりあえずは…(一着の浴衣を渡す)これでも着てろ…やむを得ん。」
   
   千里、まだ者繰り上げながら浴衣を受けとる。

千里「…はい…、」
育田「俺はこれでエントランスホールに戻るが、一人で降りてこられるな。」
千里「はい、大丈夫です。…ありがとうございました、先生…」
   
   千里、個室のドアを閉めて鍵をかう。トイレは薄暗く、何処と無く不気味。内装も便器も全体的に古めかしい。

   (暫く)
   個室の扉が一つしまっているだけで他は誰もいない。中で、千里が浴衣を着て便座の蓋の上に体操座りをして顔を埋めて泣いている。そこへ、向山、横井が入ってくる。二人、個室の前で立ち止まって顔を見合わせる。すすり泣く声のみが中から聞こえてくる。

向山「おい、小口か?そこにいんだろ?」
横井「出てこいよ、誰もお前を笑うやつなんていねぇからさ。戻ろうぜ、育田も心配してるし。」
千里「(者繰り上げたまま)…。」
横井「お前が来ねぇーっつってみんな心配してんぞ。」
千里「…僕…もう帰りたいよ…」
向山「は、何いってんだよお前…帰りたいって…」
千里「きっと君達には僕の気持ちなんて分かりっこない…もう辛いんだ、これ以上みんなとここにいるなんて…」
向山「お前…」
   
   扉に頬がくっつくくらいに接近。

向山「情けねぇーなぁ…小便もらしたくらいで何だよ、それでもお前は男か!!男ならもっとしゃきっとしろっ!!」
千里「…。」
向山「お前、本当は柳平の事が好きなんだろ…」
   
   千里、一瞬泣き止んで目をぱちぱちとさせて顔をあげる。向山、扉の上からよじ登って顔を出す。

向山「だったらよぉ、」
   
   千里、天井を見て向山に気づくと驚いて便座からバランスを崩して落ちそうになる。向山、飛び降りてきて千里に馬乗りになる。千里は個室の床の上にうつ伏せになったまま潰されている。


千里、向山の下から自力で這い出して立つと涙目で向山を睨み付ける。

千里「何するんだよ!!痛いじゃないか!!」
向山「なぁ小口、お前みたいなくそ真面目で大人しい奴がさ、人前であんなことになっちまったのは相当ショックだとは思うけどさ…」
千里「うるさいっ、放っておいてくれ!!」
向山「今、柳平だってお前のこんすげぇ心配してるぜ。…好きなんだろ、だったらあんまり心配かけんなよ。な。」
千里「僕は…僕は…(再び泣き崩れる)僕は確かに彼女の事が好きだ…。でも、でも…その彼女を目の前にして三回も情けない姿を見せてしまった…。」


   (フラッシュ)
   -千里がトイレ前で向山に嘆願してすがり付く姿。
-トイレを目の前にして粗相をしてしまう姿。

千里「そして僕は、バスの中で具合が悪くて苦しむ麻衣ちゃんになにもしてあげられなかっただけじゃなくて、余計に彼女に心配をかけてしまった。その上、ホテルのロビーにいる人全員の前で僕は、僕は…」
   
   床のタイルに蹲って女子のように泣いている。

千里「最低だよ…女の子一人守ることが出来なくてさ、逆に迷惑をかけて…もう彼女がこんな僕を相手にしてくれる訳はない…」

   『嫌われて、軽蔑されて…』

向山「いいからちょっとこっちへこいっ!!」
   
   強引に千里の手を引いてトイレから連れ出す。

向山「横井っ、お前もこいっ!!」
   
   横井、千里のもうかてっぽの手を引く。千里、振り払おうともがく。

千里「何処へ連れていくんだっ!!やめろっ!やめろっ!!」


同・非常階段
向山、横井、千里を先に入れてドアの中へ入ると扉を閉めて鍵をかう。真っ暗で不気味な雰囲気を漂わせるジメーッと湿気った部屋で上下に階段が繋がっている。千里、不安げな表情になってキョロキョロ。二人は千里を捕まえたまま。

千里「おい…一体ここは何処なんだよ…」
向山「安心しな、ここはもう使われていない旧非常階段だでさ…」
   
   千里、小さな悲鳴をあげる。向山、得意気にふんっと鼻を鳴らす。

向山「で…なぁ…小口…、(千里を壁に押し付ける)お前の気持ちも分かるけどよぉ…小便間に合わなかったくれぇでメソメソすんじゃねぇ。男だろ!!その方がずっと格好悪いぞ!!」
     
   千里、再び泣きそうになりながら大声を出す。

千里「僕がどれ程辛いか君に分かるかっ!!君にだけは言われたくないよっ!!」
向山「もっと男らしくなれよ、小口!!」
   
   千里の肩を持って体を揺する。

向山「柳平だって多分、そうやってクヨクヨして泣いてばかりのお前の方が嫌いだと思うぜ。お前とあいつは付き合い長いみたいなんだし、だったらあいつの性格しってんだろ!!」
   揺するのをやめて真剣にまじまじと千里の瞳を見つめる。

向山「あいつは、人の恥ずかしい姿や弱味を知って嫌ったり軽蔑するような奴じゃない…ほれ。」
   
   奮い立たせるように千里の両手をぶんと上下に大きく一回振る。

向山「だで残りの行動、自信をもて。へー何があったってくよくよするな。そして茅野へ戻ったら…(耳打ちのように)柳平を呼び出して告白してみろよ…。」
   
   千里、ドキリとして目を見開き、向山と横井をパチパチと見つめる。

千里「…え…」
   
   動揺してモジモジと照れ笑い。涙を拭う。向山と横井もニコリとする。

横井「だでへー、泣き言は言うなよな、小口。」
千里「うん。」
向山「んれでよし。てこんで俺たちも戻るか…」
   
   向山、非常階段の鍵を開錠してドアの部を回す。

向山「…?」
千里「ん…どうした、としやん?」
   
   向山、階段を下って下のドアをガチャガチャ。直ぐに上へ登ってガチャガチャ。

千里「…え…。」
   
   千里、蒼白になって固まる。向山、二人の元へ戻ってきて深刻な目をする。千里、うるうると向山を見つめる。

向山「てつ…ほんで、特に小口…落ち着いてよく聞け…。」
   
   千里、唾を飲み込む。

向山「俺たち…ここに閉じ込められたらしい…」
千里「えぇぇぇぇぇーっ!!???」
   
   千里、ヘナヘナとその場に崩れ落ちる

千里「そ…そんなぁ…どうすんだよぉ…。」
横井「うっせぇー小口!!今俺たちもそれを考えてんだろうに!!」
向山「とにかくどうやってここを脱出するかは先決だ…」
横井「あぁ、しかしどーする?」
向山「助けを待つのは不可能に近いしな…」
千里「なら大声で叫ぶ!か、携帯!!」
横井「わりぃ、俺バックん中だわ。」
向山「俺もだ…お前は…」
   千里は浴衣一枚の姿。
向山「…どう見たって持ってねぇーよな…。」
千里「だったらさぁ…(大声で)おーいっ!!誰かいませんかぁー??お願いします、助けてくださぁーい!!」
向山「無駄だ、小口…」
千里「何でだよ…」
向山「ここは旧客室…ここ非常階段は勿論の事、客室すら使われていない…よって、」

   (フラッシュ)
   薄暗くて人気のない廊下。

向山「誰も来ない…」
横井「な。」
千里「で、でもさっきいたトイレ…」
横井「あれはへー使用禁止。本当に育田に案内されたのかよ?」
千里「う、うん…」
向山「先公もお前も見えなかったのか?黄色いテープ破って中に入ったろ。」
千里「だって、だって、僕…育田先生にここで着替えろって…そしてこの浴衣を渡されたんだ。」
向山「お前の着てる奴か?」
横井「でもほれ、ここのホテルんのじゃ無いぜ。ここのホテルピンクだ。」
向山「お、ほーいやそうだった。でも、どいでそれだけ白なんだ?」
千里「や…やめてよ、そういう話は…。ただ色が落ちただけだろ…。」
二人「それはどうかな…」
千里「僕がマックスビビりで夜中に一人でトイレに行けないこともしってんだろ!!」
向山「兎に角だ(咳払い)ここでいくら大声出したところで体力の無駄ってことさ…」
横井「気長に、みんなが動き出してくれるのを待つしかねー見てぇだな。」
千里「そ…んな…(涙が一筋頬を流れる)来るんじゃなかったよ…修学旅行なんてさ…」
   
   力尽きたように姉座りをして、女子のように肩を落として俯いている。



同・各男女の大広間
   その頃。他の生徒たちが寛いでいる。

矢彦沢「ん、ほーいやてつたちは?」
岩井木「さぁー…トイレとか?」
矢彦沢「しかし、一部の小口と向山もいなくねぇーか?」
岩井木「確かに…(キョロキョロ)ま、その内に戻るだろう…。」
矢彦沢「それもそうだな…」



同・非常階段
   大の字に伸びる向山、無意味に運動する横井、気落ちして床に経垂れ込む千里。

向山「腹へったなぁー…」
千里「ねぇ、としやん。いつ僕らここを出られるんだよ…」
向山「知らねぇーやい、そん

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