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石楠花物語高校生時代
思い出と約束…そして、すれ違い
   しばらく。麻衣、懐かしそうに遠くを見つめる。

麻衣「ほーいえばあいつも…」
千里「え?」
麻衣「あいつもそばアレルギーだった…。ダで俺は、そばは食べられないんだっていって…。ここの山賊うどんがな、あいつの好物だったの…いつも、憎たらしいほど美味しさそうに頬張って…でもほれがなぜかとても愛しくて…」
小松「ここには…健司くんとの想い出も沢山あるんだね…。」
麻衣「えぇ…とても暖かい…」

   四人、ほんわかとヒュッテの中。

   時間がたつと、いつの間にか眠る四人

   外が明るくなり始めて、四人が目を覚ます。

麻衣「あ、ねぇねぇ見て?三人とも…」
千里「うわぁ!!」
小野「もうすぐだな…」
小松「行こうっ!!」

   四人、ヒュッテを飛び出る。


車山高原・頂上
   多くの人々が集まっている。前景の四人もいる。

   日は徐々に昇り出す。

全員「わぁーーーっ!!!」
麻衣「わぁーーーっ!!!」

   『暁の歌』

麻衣(健司…)

   鐘をがらがら鳴らす健司の情景

麻衣(健司…バカ…言ったじゃないあんた…幸せになるまで…私達が結婚するまで、恥ずかしいほど愛を叫んでくれるんだって…)

   麻衣、涙ぐむ。千里、小松、ちらりと麻衣を見る。


   日の出が終わると、鐘の元に人々が並び始める。
   小松、鐘の下に入って鐘を三回鳴らして目を閉じる。

   次に小野。がらからと悪戯に鳴らす。

小野「おーれーはーっ!!小松清聡ーっ、お前がすきだぁ!!」
麻衣「えーっ?」
千里「うっそぉー?」
小松「か、…海里…君って…」

   震えて目を丸くして小野を見ているが、恥じらうようにもじもじと乙女みたいに。

小松「嫌ねっ、ばかっ…私、あなたの気持ち…全く気がつかなかったわ…。」

   小野、小松をこずく。

小野「バカか、そんなの嘘に決まってんだろうが!!」
小松「え、違うの?」
小野「違うの?ってお前…当たり前だろうが!!俺が本当にいいのはなぁ…」

   大声

小野「城ヶ崎みさ、お前だー!!」
他三人「えぇーーーっ!?」
小野「みさ、ラブユーっ!!」

   小松を見る。

小野「つーか、そういうお前は?誰の事を願ったんだよ?」
小松「ぼ、僕はぁ」
小野「まさか、お前まで城ヶ崎じゃないだろうなぁ?」
小松「安心しな、みさちゃんじゃないよ。別の女の子がいるんだ。」
小野「別だぁ?」

   ニヤリ。

小野「おいっ、別のったぁ誰のこんだよ?」
小松「い、いいだろ…別に誰だって…」

   千里が頬を赤らめながら鐘を鳴らしている。

   麻衣、千里の後に入っていって鐘を三回鳴らして目を閉じる。

麻衣(私の願い…思う方はただ一人…。健司、お願い…戻ってきて…もしも叶うものなら私、あんたにもう一度会いたい…人目だけでもいいの…。)


同・男子トイレ
   とても混んでいる。三人、列に並びながらお喋りをしている。

小野「おー、さみっ。冷えたな。」
小松「当たり前だよ、真冬の高原なんだもん。」
千里「僕も…早く温かいココアのみたい…」

   震える。

千里「いやぁ、ダメダメ…こんなこと考えると余計にトイレ行きたくなっちゃう…」

小野「ところで千里、」
千里「んー?」
小野「お前は一体…何の願いを…かけたんだ?」
千里「え…」
小野「柳平の事だろう…?」

   ニヤリ。千里はギクリ。

千里「…なんで…?」
小野「お前見りゃすぐわかるよ。軽井沢ん時から好きなんだろ?あいつの事…」
千里「それはぁ…」

   真っ赤になって下を向いてもじもじ。

千里「頼むよ海里くん、麻衣ちゃんには黙ってて!!」
小野「分かってる、俺の口からは言わねぇよ。こー見えておれ、口、堅いんだ。」

   千里、安堵の溜め息

小野「しかし、」

   千里、びくり。

小野「もしお前が、なかなかお前の口からあいつに告白しないようなら…俺からあいつに言うからな。小口千里は、柳平麻衣が好きだってな。」
千里「困るよ…やめてよ。」
小野「なら、お前からダメ元で当たってみな。男だろ、もし彼女もお前が好きなら…、」

   千里、ドキリ。

小野「女の子から告白させるなんていけないぜ。」

   千里の肩をポンと叩く

小野「ま、せいぜい頑張れ。応援するぜ、千里!!」

   小松、二人を交互に見る。

小松(小口くんが麻衣ちゃんを好きだなんて…そんなぁ…。)

   がくり。


同・トイレ前
   麻衣が手を拭きながら鼻唄混じりに待っている。そこへ男子たち。

麻衣「あ!」
小松「ごめん、ごめん、待たせたね。」
千里「男子トイレ、凄く混んでたよ。」
麻衣「こっちも同じ。私も今来たとこ。」
小野「千里なんか、泣きべそかいて、危うくもらすとこだったんだぜ?」

   千里、真っ赤になる。

千里「おい、やめてくれよ!!」

   麻衣、ふふっと笑う。

麻衣「ほいじゃあ…いきまいか?」
小野「んだな。」

   全員、帰ろうとする。そこへ、健司が走ってトイレへ駆け込んでいく。

健司「どけっ、どけっ、…どいてくれっ!!」

   四人、健司であることには気が付いていない。

健司「トイレぇ、道を開けてっ!!」

   駆け込んでいく。四人、ククっと笑う。

小野「あいつも、相当やばそうだな…」
小松「もう誰も人いなくて良かったね。」
千里「本当に…」
麻衣「健司そっくり…懐かしい…思い出すわ。」
千里「えぇ?」
麻衣「あいつもな、嘗てはいつもあんな感じだった…いっつもギリギリで血相変えてトイレへ駆け込んでたっけ…」

   寂しげに笑う。

麻衣「こんなことで懐かしがるのも変だけどさ…」
小野「確かに…いっちゃん、学校でもいつもそんな感じだったなぁ…」
小松「へぇー…そうなんだ、何かちょっと意外だな…」
千里「健司くん、もっとしっかりしたイメージがあったんだけどな。」
麻衣「アハハ、全然!!全然!!なぁ、海里くん、」
小野「確かに、全くだ!!」

   四人、笑いながら戻っていく。

同・男子トイレ
   健司一人。男子便器の前で立ち止まってクシャミ。

健司「くしゅんっ!!うー、寒っ。でも何か今…麻衣の声が聴こえたような…」

   首を降る。

健司「いや、ほんなまさか。あるわけないよな…でも…」

   ドアに戻ろうとする。

健司「ダメだっ、先にトイレっ!!」

   健司、急いでトイレに戻る。

バスの中
   ほぼ満員の中、前景の四人も乗っている。

麻衣「ううっ…」

   胸を押さえる。

千里「どうした、麻衣ちゃん?」
麻衣「バカだ私…酔い止め忘れて…ううっ、」

   千里、バックをがさごそして、麻衣に小箱を渡す。

麻衣「?」
千里「はいっ、これ飲めよ。」
麻衣「せんちゃん…あんた、どいで?…ありがとう…」
千里「てへへ、京都まで帰る電車に乗る前に買ったんだ。」
麻衣「え、何?あんたも乗り物酔い?」
千里「いや、僕、いつもは大丈夫なんだよ。でも、軽井沢に来るとき、あの木曽路で参ったからさ、帰りはもう酔うまいと思って買ったんだけど…」

   恥ずかしそう。

千里「飲み忘れて結局酔っちゃった…」

   麻衣もふふっと笑う。

千里「でも、嬉しいな僕、…こうして君の役に立てるときが来て…」
麻衣「私もだに、せんちゃんって優しい上に気が利くのね。素敵。」

   千里、更に照れて、ニヤニヤと紅くなる。小野、千里を冷やかす。小松、少しむっつり。

   しばらくして。
   麻衣、千里のズボンを見つめている。千里、紅くなってびくりと麻衣を見る。

千里「な、一体何見てるんだ…?」
麻衣「いえ、ただあんたっていつもジーンズなんだなぁーって…。せんちゃん、ジーンズ好きだだ?」
千里「あぁ、いや。」

   てれわらい。

千里「昔から履いてるから馴れてるってか、これが一番履きやすいんだよ。」
麻衣「ほーなの。」

   微笑む。

麻衣「でも、ジーンズ似合う男の子って格好いい…私は、大好きだに。」
千里「そうかなぁ?ありがとう…そう言ってくれると僕も嬉しいよ。」

   照れながらデレデレ。

小野「おい、ここはバスん中だぜ。デレデレしてんのバレバレだぞ。」

   小野、笑って千里をからかう。小松、自分のズボンを見る。

小松(僕だって…ジーンズなのにな…)

小松「ねぇ麻衣ちゃん、ところで君は何処まで?本町?」
麻衣「いえ、私は引っ越したもんでもっと上。」
小野「引っ越したって…そうか、お前、引っ越したんか。」
麻衣「えぇ、もうじき…ほれほこに…」

   公園が見えてくる。

麻衣「花蒔公園ってのがあるら?ほの近くに花蒔公園入り口ってのがあるもんで、ほこだに。」
小野「え、こんな上かよ?」
小松「じゃあ君、ここから毎日高校に通ってるんだ…。」
麻衣「えぇみんなは?茅野駅まで?」
小野「あぁ、俺とキヨはな。これから松本へ帰るだろ。小口、お前は?」
千里「あぁ、僕は豊平だから茅野駅から乗り換えだよ。」
小野「ふーん、お前も大変だな。」

   
   花蒔のバス停。
   麻衣、三人と手を振って別れ、バスを降りる。バスは走り去っていく。

車山高原・頂上
   健司一人。涙ながらに鐘を鳴らしている。

健司(麻衣、麻衣…頼む、…もしも出来ることならお前にもう一度会いたいんだ…。麻衣、今何処で何してんだよ…。もう一目でいいで…あいつに…会わせて…頼むよ…麻衣…)

   泣いて鐘を鳴らし続けているが、身震い。

健司「うぅーっ、寒っ。流石に元旦の朝の高原は寒いな…みんな心配してるだろうし、俺も一人だし…へー帰る。山降りよっと…。」

   健司、体をちぢこめて、震えながら戻っていく。

健司「くしゅんっ!!うぅーふっ。」
  
諏訪実業高校
   クラスはざわついている。そこへ健司。

小野「お、お早ういっちゃん…って、」

   まじまじ。

小野「…いっちゃん…?」

   全員、健司を見て固まる。

健司「みんな…はよーん。」
全員「で、で、で…出たぁーーーっ!!!」
健司「お、おいっ!!」

 
小野「何だ、んならお前は本当に生きてるいっちゃんなんだな。」
健司「だで、ほーだってんだろ。」
小野「良かった、お前がまた帰ってきてくれて!!」
健司「あぁ…でも…」

   肩を落として者繰り上げ出す。

小野「おいっ、いっちゃんどうしたんだよ?泣いてんのか?」
健司「海里…」
小野「ったく、相変わらず男の癖に泣き虫だな…」

   笑いながら、慰める。

小野「どうした?俺に話してみろよ。折角また会えたのに、再会がお前の涙か?」
健司「麻衣…」
小野「へ?」
健司「俺麻衣に会いたいよ…今回のこんで俺はまたあいつを深く傷つけちまったんだ…。だで、あいつのためにも俺のためにも会ってやりたいんだ…あってあいつを安心させてやりたいんだ。あいつがどんなに傷ついているかはよくわかる…お袋も色々話してくれたし…」

   泣き腫らした目で小野を見つめる。

健司「だでさ、俺…昨日、良縁の鐘へ行ってあいつに会いたいって叫んできたんだ…。俺、本気なんだ。俺、あいつに会えるんならへー何も要らないよ。何だってする。」
小野「おい、良縁の鐘って…お前、行ったのか?」
健司「あぁ…気休めだけどな…」
小野「何時頃だ?」
健司「俺の行ったのはお昼頃…、ほん頃にちょうど鐘を鳴らしたんだ…どいで?」
小野「まさかと思うけど…」

   笑いをこらえる。

小野「お前、もれそうんなって便所、かけこんだ?」

   健司、ギクリと赤くなる。

健司「ど、どいでほれを?まさかお前…」
小野「そのまさか。実は俺も、昨日いってた。」
健司「はぁ?お前が?…何しに?」
小野「何しに?っていっちゃん、そりゃないぜ。俺が行っちゃあいけねーってか?」
健司「いや…」
小野「俺だけじゃねぇーんだ。」
健司「だろうな…」

   小野、健司を睨む。

小野「キヨと千里、そしてその柳平も一緒だぜ。」
健司「ま、麻衣が!?ほりゃふんとぉーかよ海里!!」
小野「あぁ、勿論さ。あいつ、便所へ駆け込むお前を見て、泣いてたぜ…。お前を思い出すって…。あいつもお前が恋しいんだよ。」
健司「なぁ海里、今あいつ何処に住んでるか知ってるのか?どこの学校か知ってるのか?」
海里「あぁ…でも、住んでいるところは詳しくは知らないが…あいつ、花蒔公園入り口のバス停で降りてったぜ…。」
健司「花蒔…。」
海里「学校は、キヨと一緒。」
健司「小松と!?で、そいつ何処なんだ?」
海里「あれ、いっちゃん知らなかったか?茅野中央高校だよ。」
健司「茅野中央高校?なぁ海里、」
海里「今度はなんだ?」
健司「あいつに三つ子の兄弟いんの知ってるか?」
海里「あぁ。柳平ん家に遊びに行ったときに偶々会ったからな。」
健司「遊びにって、てっめぇー」

   強く睨む。

健司「どいであいつんちに行くんだよ!!まさかお前、あいつに…」
海里「違うよ、落ち着けいっちゃん!!安心しろよ。そんなのは一切ないでさ。」

   健司、疑り深げにしている。

健司「ほう?でももし、あいつになんかしたら…俺がいる限り承知しねえからな!!」
海里「わ、分かってらぁ。お前の大事な女、取ったりしねぇーよ。」

   指をたてる。

健司「約束だぞ…だでさ、その小松に柳平のこんと俺のこん話してさ、とりあえずはまず、つむとしおに会いたいんだ。協力してくれないか?」
小野「分かった、任せとけ。」

   チャイムがなる。

小野「お、授業だな。」
健司「あ!!」

   思い出したようにキョロキョロ

小野「ん、何だ?」
健司「どうしよう…俺、トイレ…」
小野「だったら早く行けよ…」
健司「でもな、先生に見つかって、親にも知れたらまた怒られる。」
小野「それと、ここでもらしちまって恥かくのとどっちがいいんだよ!!」
健司「ほりゃ、もらしちゃう方が、嫌だけど…」
小野「いいで行ってこいよ。お前が生き返って初めての登校なんだ。先生だって多目に見てくれるさ。お前の両親には黙っといてもらうでさ。」
健司「海里、ありがと…恩に着るよ。」

   健司、急いで教室を飛び出ていく。

小野(あいつ、便所の近いところはそのまま何だな…)

   ふふっとわらう。


   (下校のチャイム)

柳平家・台所
   麻衣、ケーキを焼いている。そこへ紡。
   『バレンタインデーワルツ』

紡「お、麻衣!!何やってるだ?」
麻衣「今日はバレンタインデーだら?ほいだもんで、あいつのために、特大チョコレートケーキ…作ってやんのよ。」
紡「あいつって…ひょっとして…」
麻衣「決まっとるら?健司だに。」

   オーブンにセット。

麻衣「だで、今夜はコスモス湖岸に…」
紡「これ持って?」
麻衣「勿論だに。」

   変にルンルンとしながら行動。紡、心配そう。

紡「麻衣のやつ、相当ショック受けとるな…」


白樺高原・湖岸
   麻衣一人。

麻衣「健司…今日はあんたと二人きりで迎える、二回目のバレンタインデーね。私な、あんたのために特大チョコレートケーキと、バイオリン…あんたのために、あんたの好きな曲…バイオリンで練習したんよ。」

   麻衣、弾き出す。後ろからはユカリがやって来る。

麻衣「どう?まだまだ下手だけど、私なりにしっかり練習したんだで…」

   振り向く。ユカリと目が合う。

ユカリ「あ、君っ!!」

   麻衣、虚ろな瞳でにっこり。

麻衣「健司…」
ユカリ「え?」
麻衣「健司、やっぱり来てくれたんね…私、絶対あんたはここへ来てくれるって思ってた。」

   ユカリにチョコレートケーキの箱を差し出す。

麻衣「今日はあんたと二人きりで迎える、二回目のバレンタインデーだら?だで私、あんたのために特大チョコレートケーキ、焼いてきたんよ…。あんたの好きなもの、忘れてないら。食べて、」

   ユカリ、動揺しておどおど。

ユカリ「え、えぇっ?」

   麻衣、ユカリの唇に口付け。

ユカリ「!?」
麻衣「ハッピーバレンタインデー…健司。」

   微笑んで、何事もなかったかのように戻っていく。ユカリ、ポカーンとして麻衣を見つめている。

ユカリ「これ…健司君へのプレゼントか…何だろ?」

   箱を開ける。

ユカリ「わぁー、凄い!!これ全部あの子の手作りなのかな…?」

   微笑む。

ユカリ「きっと健司君に届けてあげるね」

   ユカリ、杓を取り出して一ふりすると、ケーキの箱を湖岸に置くとルンルンとしながら戻っていく。

   入れ違いのように健司。

健司「麻衣…ごめんな、今年はこの日に一緒に過ごせなくて…約束通りこの場所で…ここに来ればお前に会えるかと思ったけど…」

   健司、足元に目をやる。箱が置かれている。

健司「これ…」

   急いで中を開ける。

健司「麻衣…」

   微笑むが泣きそうになる。

健司「お前もこの場所に、来てくれたんだな。俺、約束通り、お前にこの場所で…」

   バイオリンを構える。

   麻衣は坂を下っている。

麻衣(あぁ…バイオリンの音色。約束のこの曲…あいつ…健司のやつ、覚えとってくれたんね…私のために。嬉しい…ありがとう…)

   虚ろな瞳で戻っていく。


柳平家
   翌朝。

紡「で、麻衣…昨日あんたあれからコスモス湖岸に持っていったケーキ箱、どうしたんよ?」
麻衣「えぇ?」

   考える。

麻衣「ほれが…わからないんよ…」
紡「はぁ?」
麻衣「えぇ。コスモス湖岸にいったこん、ほこでバイオリンを弾いたことまでは覚えとるの。でもな、ほの後のこんは全くおぼえてないんよ…」
紡「覚えてないって、おいおいあんた…。まさかケーキ、ほのまんまコスモス湖岸に置いてきたとか…」
麻衣「うーん…なのかやぁ?」 

   頭を抱える麻衣と、呆れ果てる紡。


茅野中央高校・校庭
   三年全員、構える。

育田「では諸君、行くぞ。位置について、よーいっ!!」

   バンっ!!

   生徒たち、一斉に走り出す。

恵美子「でもまいぴう、本当に参加して大丈夫なの?」
田苗「そうよ、育田先生に言って先に車で…」
麻衣「大丈夫、ありがとう。私もごしたいけどさ、これも思い出の内。みんなと一緒に走りたいんよ。」
湯脇チカ代「そっか!!なら一緒に頑張ろっ!!」
真亜子「私もあんたと一緒なら楽しいし。」
末子「苦しかったら力んなるでね。」
麻衣「うんっ。みんなありがとう…」

   後ろからみさ。

麻衣「お!!」
みさ「おーい!!」

   近くへ来る。

みさ「良かった、みんないて。私が一番ビリかと思った…」
麻衣「みさ!!一緒に走ろ!!」
みさ「うん。でもまいぴう、」

   申し訳なさそう

みさ「この間は折角誘ってくれたのにごめんね…急に用事が出来ちゃって。」
麻衣「この間?」
みさ「ほら、車山の。」
麻衣「あぁ!!」

   にっこり。

麻衣「いいってこんよ。又行きまい、一緒に。」
みさ「うんっ!!」

   杖つき入り口。

みさ「お、いよいよね。」
真亜子「ここが噂に聞く、」
麻衣「杖つき峠じゃ!!」
みさ「へぇー、私一度はここ、通ってみたかったのよねぇ!!」
末子「でも、こんなとこを走っていくなんて…どうかしてる。」
恵美子「確かに…。」

   遥か前では紡がメンバーを待っている。

恵美子「ん、誰だありゃ?」
チカ代「3部のつむじゃない?」
麻衣「ふんとぉーだ。」

   紡と合流。

麻衣「つむ、どーしただ?何やってる?」
紡「あんた待ってたんよ。大丈夫か、麻衣…」
麻衣「えぇ、」
紡「休憩地点まで体もつ?」
麻衣「何処だっけ?」
紡「高遠城址公園だに。」
麻衣「た、高遠って…」

  へなへな。

麻衣「ありえーんっ!!ここからどんだけ走るんよぉもぉーっ!!」
紡「辛かったら無理はするなよ。んじゃな、」

   走っていく。

紡「私は先行く。みんなも無理せず頑張りな。」

麻衣「はやっ。」
恵美子「流石はソフトボール部ね…」
真亜子「スポーツ系はやっぱり違うわぁ!!」
田苗「さ、私達もつむに負けずに走ろうっ!!」
メンバー「おーーっ!!」

小口家
   車に乗る、珠子、千里、頼子、忠子

頼子「ママ、これから何処へ参られるのですか?」
忠子「兄ちゃんのお勉強の所ですか?」
珠子「えぇ、そうですよ。兄さんが春から入る学校のね。」

   千里を見る。

珠子「ねぇせんちゃん、これから高速道路は使わずに行くけれど大丈夫かしら?」
千里「何処だっけ?」
珠子「天竜峡よ」
千里「て、天竜峡…」

   珠子、千里の顔を見る。

珠子「大丈夫よ、そんな顔しないで。コンビニとかお店はいくらでもあるわ。おしっこしたくなったらちゃんと早めに言うのよ。」

   二人の妹、クスクス。千里、顔を真っ赤にする。

千里「んも、ちょ、ちょっとママ、そのおしっこって言い方やめてよ…」
珠子「ごめんなさい。」

   ククっと笑う。

珠子「では、出発するわよっ。」

   車、出ようとする。

千里「ちょっと待ったぁーーっ!!」

   止まる。

珠子「どうしたのせんちゃん、忘れ物?」
千里「い、いやそうじゃなくて…ちょっと緊張したら、又トイレに行きたくなってきちゃった…いい?…行ってきて…」
珠子「あらあら、早くなさい。」
千里「ごめん…」

   急いで車から降りて家に入ろうとするが、家に入る前の庭先で我慢できず、用を足し始めてしまう。珠子、二人の妹、クスクス。

珠子「嫌な兄さんですね…」
頼子「兄ちゃん、あんなとこでおしっこしちゃってる」
忠子「本当でしゅ…」

高遠城址公園
   全員、休みながら震えている。雪が少しつもり、風は冷たい。

恵美子「まいぴう、大丈夫?」
麻衣「えぇ、私は大丈夫…でも寒い…」
田苗「確か30分休憩よね。」

   そこへ加奈江と向山。

加奈江「ならさ、私達これから向山と下のコンビニ行くのよ。みんなで行く?」
麻衣「お、いいねえ!!私、あったかい中華まん!!」
恵美子「私、おでん!!」
麻衣「お、ほれもいいねぇ!!」

   女子たちゾロゾロ。

コンビニ

加奈江「んなら、お兄さん、」
店員「いらっしゃいませ。如何致しましょ?」
加奈江「カレーまん2つ、ピザまん3つ、肉まん2つ、あんまん3つちょうだい。それとおでんね。カップは全員別々に。」
店員「かしこまりました、何にいたしましょう?」
加奈江「私は、ウインナーと大根。」
田苗「私も大根と、ロールキャベツ。」
恵美子「私は、白滝とたまご。」
みさ「お、なら私は、つぶ貝と、牛スジと蒟蒻で。」
真亜子「おー、みさ、あんた以外と親父チョイスだね。顔にも似合わず…」

   みさ、きっと睨む。

みさ「うるさぁーいっ!!」
真亜子「んなら、私も、みさと同じ親父チョイスで頼むわ。」
チカ代「私は、ウインナーと唐揚げ!!」
全員「唐揚げぇ?」
チカ代「そ。あら知らない?おでん唐揚げ。これ結構いけるのよ。」
末子「なら私もそれ、やってみようかな。おでん唐揚げと、白滝ね。」
麻衣「私はねぇ…えーっと、からす田楽と、白いふわふわね。」
店員「白い…ふわふわ…ですか?」
麻衣「嫌ね、分かりなさいよ。白いふわふわよ!!はんぺんのこと。」
店員「あ、あぁはいっ!!」
恵美子「まいぴう、それじゃあ分からないわよ!!」
麻衣「えーっ、ほーかやぁ?」
店員「いえいえ、」
麻衣「ほれと、白滝と卵、私にも唐揚げ、んに大根ね。」
女子全員「麻衣っ!!」
麻衣「でへっ!!」

   悪戯に下をペット出す。

向山「いいだろぉ。な、柳平!!んじゃなぁ、俺はなぁこれと、これと、…ここにある具材を全部くれっ!!」
店員「は、はぁ…」
全員「これっ、向山っ!!!!」

   一気に向山を平手打ち。

   全員、暫くしてわいわいとしながら出ていく。

   入れ違いに千里が駆け込んでくる。

店員「いらっしゃいませ。」
千里「す、す、す、すみませんっ。ちゃんと買い物しますから、と、と、と、トイレ貸して下さいっ!!」
店員「どうぞ、」
千里「ありがとうございますっ!!」

   千里、トイレに駆け込む。


   千里、しばらくご、ビニール袋を下げて、中華まんをかじりながら店を出ていく。


高遠城址公園
   学生たち、震えながら中華まんやおでんを食べている。

育田「ぼちぼち出るぞぉ!!」
向山「お、やば。へー出るのか。」

   一気に汁まで掻き込む。

向山「んー、うまかった。ごっそさん。」

   女子たち、呆気にとられて向山を眺める。

加奈江「呆れたあんた、なんのためにはしってんのよ。んなに食べにゃ痩せられないわよ。」
向山「うっせぇーなぁ、ここまで来て又ダイエットの話かよ。おりゃ好きで走ってんじゃねぇーし、仮に走ってる理由があったとしても痩せようなんてさらさら思ってないね。てか、俺痩せる必要ねぇーしよ。大体それ、お前が言えることかよ?お前こそ女の癖に痩せる努力してんのか?食べてばっかりだけど?」

   『デブの向山くんです』

加奈江「はぁ?あのね、何ナルシスぶってんのよ。あんたは痩せる必要があるデブなのよぉ。なのにこんなに絶好のチャンス…イカれてる…。てか、」

   食って掛かる。

加奈江「このセクハラっ!!本当にあんたってデリカシーの欠片もない男なのね!!このボンレスハムが!!それじゃあ彼女ができないのも無理ないわ。」
向山「んだとぉ、ま、」

   バカにしたように鼻を鳴らす。

向山「好きなだけ言え、お前も同類だでさ。このメス豚っ!!」

   他女子たち、食って掛かる加奈江を止めに入る。そこへ紡。

紡「おー、やってるやってる。相変わらずあんたら、元気がいいねぇ。」
麻衣「つむっ。なぁ、ほれよりあんたも助けてにぃ。」
紡「いつものこんじゃあ。まぁ勝手にやらしときなよ。ところで麻衣、あんたは?体調の方は大丈夫け?」
麻衣「えぇ、お陰さまで。寒いけどな。」
紡「ほーだな。でもこんなんは、走ってる内にだんだん暖かくなるに。」
麻衣「ほーだな。しおは?」
紡「あ、今トイレだに。」
麻衣「ほっか。ほーいやへー出発だだっけやぁ。私もトイレ行って来よっと。つむ、この荷物ちょっともっとって。」
紡「了解ですっ。」

   麻衣、鼻唄を歌いながらトイレへと向かう。


   学生たち、全員が震えながら走ってる。
一方では小口家の車も公道を走ってる。

   途中、もう一回の休憩がある。

天竜峡・ある宿
   学生たち、ロビーで全員ヘトヘトになっている。

育田「諸君、よくぞ走った。偉いぞ。それでは、本日はこれにて解散とする。明日、八時の電車で戻り、流れ解散とする。諸君、ゆっくりと休むように。以上。」

   其々に解散して、班ごと別れては其々に行動を始める。

宿舎・個室
   小口家。

珠子「せんちゃん、お疲れ様。」
千里「ママこそ。ありがとね。」
珠子「いいえ、ほら、寒いし疲れたでしょ。ママ、ここにいるから先にお風呂入っていらっしゃい。後で、新しい学校の先生方にもお会いしなくてはね。」
千里「うんっ。」
頼子「なら、私もいく!!」
忠子「忠子も。」
珠子「お兄ちゃんと一緒に入るの?」
千里「はいっ?」

   どきりとして二人を見る。

頼子「ううん、だって私達もう3年生よ。」
忠子「忠子は、6歳!」
頼子「だから、一人で入れるわ。私が忠子を連れて入ります。」

   千里を見る。

頼子「本当は、男の子のお風呂入って、千兄ちゃんのお背中洗ったり、面倒見てあげたいけど…」
千里「おいっ!!」

   頼子、ペッと悪戯っぽく舌を出す。

同・男子風呂
   周りはほぼお年寄り。千里、湯船に浸かっている。
   『温泉で極楽』

男性1「お?ここ、男風呂だぜ。何、若い姉ちゃん一人で入ってるんだ?」
男性2「彼氏と混浴か?」
男性3「大胆だねぇ。」
千里「僕は、女じゃないっ!!男だ!!」

   立ち上がって仁王立ち。

千里「ほれ見なっ!!」

   千里、恥ずかしそうに湯船に浸かり直す。

男性1「ほぉ、何だ。お前男だったのか。」
男性2「悪ぃ、悪ぃ、兄ちゃん。」
男性3「そりゃ男風呂にいて当たり前だよな。」

   笑って湯船に入ってくる。

男性3「しかし兄ちゃん、あんたいくつだ?痩せてて、女みたいな体つきだ…まだ子供だな。背は高いようだが…中学生かい?」
千里「高校2年生ですっ。」

   千里、ツンッとして湯船をでて体を洗い出す。


同・女子風呂
   3年女子たちが入っている。

麻衣「なぁ、なんか誰もいんな。」
真亜子「そうね、なんか私達の貸し切りって感じ…」
麻衣「貸し切りって何か、少し気恥ずかしい…私は一人くらい一般の方にもいて欲しいわ。」
みさ「そう?」

   みさ、まいをまじまじ。

麻衣「な、何?」
みさ「いや、だってまいぴうっていいなぁ…と思って。」
麻衣「?」
みさ「お胸。」
恵美子「これっ、みさ!!」
みさ「だってぇ…」
麻衣「全く良かないに。このお胸のせいで、一番最初にブラジャーしとるってからかわれたりして、とっても嫌だったんだで!!」
みさ「でも、恥ずかしがることじゃないよ。だって、お胸は女性の象徴。かっこいいもの。」
恵美子「そうね、みんなの憧れよ。」
麻衣「嫌ね、みんなして…」

   恥ずかしそう。
   そこに、珠子が入ってくる。

麻衣「あ、ほら。良かった、誰か来たに。」
珠子「あなたたち…」

   近くに来る。

珠子「ひょっとして、茅野中央高校の生徒さん?」

   メンバー、顔を見合わす。

麻衣「は、はい。そうですけど…」
みさ「おばさまは?」
珠子「小口の母です。来年から息子がお世話になります。」


同・更衣室
   女子たちが、着替えをしている。

恵美子「ねぇねぇ聞いた?」
田苗「聞いた、聞いた、来年からお世話になりますって…ひょっとして、転校生が来るってこと?」
真亜子「しかも、息子だって!!」
チカ代「男の子だぁー!」
末子「わぁ、どんな子だろ…ハンサムかなぁ…」

   女子たち、キャーキャーと盛り上がる。


同・大広間
   夕食時。加奈江が咳払いをして立ち上がる。

加奈江「一同、注目ーっ!!」
向山「何だよ佐藤、ここまで来て又ダイエットの話かよ。」
加奈江「あら違うわ。私の顔を見るなり、ダイエットの話って、決めつけないでもらいたいわ。」
向山「じゃあ、だったら何なんだよ?」
加奈江「じゃじゃーん、では発表致しますっ!!来年から、私達の学年に、転校生が入りますっ!!」

   ざわつく。

向山「おおっ!!そりゃ可愛い女の子かよ?」
小松「どんな子かなぁ?」
西脇「や、どんなに可愛くても僕のリネッタには到底敵いっこないね。」
麻衣「はいはい、ほりゃどーも。」
加奈江「実は、女の子じゃないの。男の子ですって!!」

   男子たち、がくりとして再び食べ始める。

加奈江「来年から息子がお世話になります。ですって!!」
女子たち「キャーあっ!!!」
横井「ったく、どいで女っつーのは、あーキャーキャーうるせーんだ?」
向山「無視無視、」

   冷めてる男子をよそに、キャーキャーと盛り上がる女子たち。

同・個室
   千里、レモンティーのペットボトルを飲んでいる。二人の妹はいない。

千里「ね、ねぇママ?」
珠子「なぁに、せんちゃん。」
千里「ぼ、僕さ…実は…」

   もじもじ。

千里「実は好きな女の子がいるんだ。」
珠子「まぁ!!誰なのその子は?まさかこの学校?それともママの知っている誰か?北山マコちゃん?ミズナちゃん?」
千里「違うよぉ!!」

   紅茶を一気のみ。

千里「第一、マコとはこの時代では一回も会っていないんだ。彼女がマコとしてこの世にいるのかどうかも分からないし、例えいたとしても、もう千年も経ってるんだもの、会っても分かりっこないよ。ミズナだってそうさ。あれから一度も会ってないもん。」
珠子「そう…ならぁ…誰なの?」
千里「残念ながらこの学校ではないんだけどさ、きっと名前を聞けばママも知ってる子…柳平麻衣ちゃん。軽井沢でも一緒になってさ…昔から何かと僕のことを必死で助けてくれて、気にかけてくれる優しい子なの。昔、諏訪中で一緒になった時も、僕が音楽の授業中におしっこ我慢できなくてみんなの前でおもらししちゃった時も、黙って僕を助けてくれたし…。」
珠子「そう。せんちゃんは麻衣ちゃんの事が好きなのね。」
千里「うん…でも僕、こんな気持ち初めてだからさ…どうすればいいか分からないんだ…本当は、もう一度彼女に会いたいけど…」
珠子「連絡先は?」
千里「メールアドレスと携帯電話、軽井沢で聞いたよ。」
珠子「なら話は早いわ。彼女に、電話かけて見るのよ。それで、デートのお誘いをするの。」

   千里、どきり。

千里「無理言うなよ、そんな唐突なこと…勇気ないよ…」
珠子「だったら彼女にメールを送ってみたらどう?」
千里「メールか…」

   緊張ぎみにメールを打ち出すが、携帯を布団の上に投げ捨てる。

千里「ダメだ…無理だ無理だ…そんなこと僕には出来やしない…」
珠子「まぁ、意気地がない子ね。男の子でしょ。こう言うことは、送ってみたらからするものよ。」
千里「でもぉ…だってぇ…」

   携帯がなる。千里、びくり。

千里「…」

   携帯を見る。

千里「…彼女からだ…どうして…」
珠子「本当に!?何?彼女、何て書いてあるの?」

   千里、喜びに泣きそうになりながら目を見開く。

珠子「何、どうしたの?」

   千里、慌てて返信をする。

同・個室
   麻衣達の部屋。麻衣、携帯を開いて微笑む。

恵美子「何?まいぴうどうしたの?」
麻衣「ううん、何でもない…」

   携帯を閉じる。

恵美子「んー、なんか怪しい…」

   にやにや。

恵美子「彼だら?」
麻衣「軽井沢のせんちゃん…。ただのお友達よ。」

   プリクラを取り出して見せる。

麻衣「この彼だに。」
恵美子「え、これ?」
田苗「やだ、私女の子かと思った…」
真亜子「定型的な美男子ね。」
麻衣「えぇ。彼な、バレエとピアノがとってもうまいんよ。正に天才って感じ。お料理にお裁縫もやるの。まぁ、あがり症で怖がりさんで泣き虫さんなところが少し残念だけど…優しくて思いやりもある。とても素敵な方よ…」

   うっとり。
   『せんちゃんのピアノ』

麻衣「あぁ…私又、彼のピアノが聴きたいな…今頃どうしとるかやぁ…彼…」

   女子たち冷やかす。

恵美子「あー、まいぴうったら、ひょっとして、そのせんちゃんの事が好きだったりして!!」
真亜子「お顔、真っ赤になってるぞ。」
田苗「このぉ、モテる女は幸せもんじゃのぉ。」
麻衣「へー、嫌だん、みんなしてほーやってからかわないでや。ふんとぉーにほんなんじゃないの。彼はただのお友達っ!!」

同・個室
   千里のへや。

千里「くしゅんっ!!」
頼子「千兄ちゃん、風邪でごじゃいますか?」
千里「えへへ、そうかなぁ…」
珠子「せんちゃん、気を付けなくちゃ。お風呂上がりで冷えたのでしょう?こう言うときは早くお薬飲まないとね。」
千里「心配性だなぁ、ママは…僕は大丈夫さ。」
珠子「いけませんっ。ただでさえあなたは体も弱くて風邪引きやすいんですから!!こんなところであなたに倒れられたら大変!!温かくしてなさい。」
千里「分かったよ、ママ。ありがとね。」
忠子「千兄ちゃんは甘えん坊にごじゃりましゅ。」

   二人の妹、笑う。千里も照れ笑い。

電車の中
   翌朝。メンバーがわいわいとして乗っている。

麻衣「あ、メール!!」
紡「何、聞いたに。せんちゃんずら?」
麻衣「つむ!!」
紡「くーっ、いいねぇ。青春だねぇ!!モテる女は羨ましいや。」

   麻衣、メールを見る。

麻衣「違います、残念でした。ただ、北山からこまくさ夜会の連絡網でした。」
紡「ちぇっ、なーんだ。つまんないの。」
麻衣「つまんなかねぇーの。ん?」

   又メール。

麻衣「お、せんちゃんだ。」

   紡、小松もやって来る。

小松「何、小口くんから?彼なんだって?」

   麻衣、フフっと笑う。

小松「お、おい何だ!どうしたんだよ。SOSか?だとしたら、彼を救ってあげなくちゃ!!」
麻衣「フフ、大丈夫だに…彼はあれから元気。何ともないに。」
小松「良かった。でも…なら、何?」
麻衣「ええ?あぁ…知りたい?」

   小松、何度も頷く。

車の中
   千里、助手席でメールを打っている。

珠子「麻衣さんに?」
千里「…そうなんだ…ちょっと勇気を出して、僕から彼女をお誘いして見ようかなぁ…なんて。」
珠子「それがいいと思うわ。で、何て打つの?」
千里「それが問題なんだよ…何て書こう…」

   頼子が携帯を取り上げる。

千里「あぁっ、何するんだよよりちゃん!!返せっ!!返してくれよ!!」

   頼子、メールを見る。

頼子「何だ、千兄ちゃん、もう打ってあるではないですか!!」
千里「そ、それはダメだよっ!!」
忠子「宛先ももう入っております。送信してしまいましょう。」
千里「あーっ、ダメ、やめてーっ!!」
頼子「畏まりましたっ。送信っと…」

   送信する。

千里「うわぁーーーっ、もうおしまいだぁ、何てことしてくれたんだよぉ!!んもぉーっ!!」

   千里、真っ青になって頭を抱えて項垂れる。


電車の中
   麻衣、ククっと笑う。

麻衣「違うに。ただのデートのお誘いよ。」
小松「ふーん、デートのお誘いかぁ…って。デートのお誘いっ!!?」
麻衣「えぇ!!」
小松「そんなぁ…それで、君はなんて…」
麻衣「えぇ、是非遊びにいきましょうってお返事したに。」
小松「マジか…」

   がくり。

小松(やっぱり、やっぱり小口くんは彼女の事が好きだったんだ…しかももしかして、もしかして、麻衣ちゃんまで…これって…両想いってやつ?そんなぁーっ。)
みさ「んー、そうちゃんどーったぁ?」

   小松を宥める。そこへ向山。

向山「んー、どーした小松?お前も腹減ってんのか?」
小松「としやん…」
加奈江「いや、多分違うでしょ…」

   向山、小松に饅頭をひとつ差し出す。

向山「これ食えよ。うめぇーぞ。」
加奈江「だから違うって、そんなときに食う気にもならねぇだろうさ。…人の話を聞けよ…」

   小松、受け取ってかじる。

小松「これ、美味しいね…」
加奈江「って、そこは食うのかよ…」
向山「んだろぉ、天竜峡の名物なんだぜ。これ喰やお前、元気も出るんだろ!!な。」
小松「う、うん…まね。としやん、ありがとね。」
向山「いや、なーに。いいってこんよ。腹が減ってるときはお互い様だい!!」
加奈江・みさ「だから、違うっつーの!!」

   麻衣、メールを打っている。

車の中

千里「あ、メール!!嘘っ!!やったぁ!!」
珠子「麻衣さんから?」
千里「うんっ!!是非今度、どこかへ遊びにいきましょう…だって!!」
珠子「良かったじゃないの、せんちゃん!!」
千里「うんっ!!」
珠子「彼女もひょっとして、あなたに気があるんじゃないかしら?」
千里「え、えぇ?そんなこと…」
珠子「だって、あなたはとても素直だし、思いやりもある優しい男の子ですもの。それにお顔もとっても美人。こんな男の子、好きにならないわけがないわ。」
千里「親バカもいいところだよママ、恥ずかしいからやめろよな。」
珠子「あら、いいじゃない?だって本当の事ですもの。」
頼子「えぇ、私もそう思います。」
忠子「忠子も!!」
頼子「少し頼りなくて、」
忠子「たまにおしっこおもらししちゃいますけどね。」
千里「う、うるさいなあ…頼むから余計なことは言わないでくれよ!!兄さんだっておもらししたくてしてるわけじゃないんだから。」

   珠子もフフっと笑う。

千里「んもぉ、ママまでぇ…酷いよ、みんなして僕の事を笑ってぇ…」

電車の中
   流れ解散で其々の駅で電車を降りていく。

   岡谷駅で、みさ、小松、松竹美輝達が降りる。

みさ「んじゃ、私とそうちゃんは松本だからここで降りるわ。」
麻衣「ほーね。松本なら岡谷駅からの方が近いものね。」
小松「うん。又学校でね。麻衣ちゃん、又遊ぼうね。」
麻衣「えぇ、又!!」

   美輝を見る。

麻衣「6部のみっちゃんよね。みっちゃんも岡谷?」
美輝「えぇ、私はこれから長野だから。」
麻衣「な、な、な、長野って…長野市?」
美輝「そうなの。私、実は長野市なんだ。」
麻衣「嘘ぉ!!じゃあ、毎日長野から?」
美輝「えぇ、そうね。そいこと。」
みさ「美輝も毎日大変よね。」
美輝「本当に。あと一年の辛抱だから頑張るわ。」
麻衣「ほいだけどどいで?どいでこんねに遠い学校へわざわざ?」
美輝「あぁ。お父さんの出身が茅野なんだ。だから、お父さんの会社も今茅野だし…何となく。」
麻衣「へぇー…」

   三人と別れ、電車はいく。


茅野駅
   殆どの人が降りる。

麻衣「んーっ、やっぱり茅野の空気は気持ちがエエのぉ。」
恵美子「そうね。まいぴう、お疲れさま。」
麻衣「みんなも。」
田苗「でも、次はいよいよ卒業式ね。」
真亜子「そうね。でも、次期生徒会長が、あの6部の小松清聰って…なんか心配…」
チカ代「私も。でもさ、副生徒会長が我がクラスのすみれとみさじゃん。」
末子「だから、二人がきっと纏めてくれるよ。」
全員「んだんだ。」


   松本の自宅では小松。
 
小松「くしゅんっ!!くしゅんっ!!くしゅんっ!!…風邪かなぁ…?弱ったなぁ、もうすぐ卒業式なのに…」


   そして卒業式の日。
   小松が挨拶をしているが、とろとろとしてつっかえつっかえの読み方に、全校はしらけてうとうととしだし、眠ってる人も出てくる。すみれとみさは、ひやひやしながらもクスクスと笑いをこらえている。


   下校。麻衣、みさ、小松、恵美子、すみれ、加奈江。

小松「ふーっ、やっと終わった。」
恵美子「まだまだこれからよ、そうちゃん。」
加奈江「そうそう。」
みさ「でもね、まさか本当にあんたみたいな男が生徒会長んなるとは思わなかったわ。」
小松「だから僕は、立候補なんてしたくないっていったんだ!!」
麻衣「でも、いいじゃない。あんた、頭いいんだもの。」
小松「小学校の頃と中学校の頃は、頭悪かったのに無理矢理やらされたんですうぅ!!」

   不貞腐れる。

すみれ「でも、私達なんか、心配だわ。あんたみたいな男に、この茅野中央高校を任せていいものかしら?」
みさ「んだんだ、言えてる。良かったわ、私達が副んなってて。」
すみれ「生徒会崩壊じゃあ困るものね。」
小松「あー、ひどーい!!みさちゃんにすみれちゃん、言ったなぁ!!よーし、僕だって本気だしゃ出来んじゃい!!今年はこの学校を去年以上にいい学校にしてやるぞぉ!!」
みさ「清聰さんよぉ、やっとやる気を出してくれましたね。」
すみれ「よ、その意気だ!!」
麻衣「ほれでこそ生徒会長!!」
小松「いやぁ…」

   照れる。

麻衣「フレーッ、フレーッ、小松!!」
みさ「頑張れ、頑張れ、小松!!」
すみれ「ファイト、ファイト、オーっ!!」
加奈江「かっ飛ばせーっ!!」
女子たち「セーイッ、ゴーっ!!」

   小松、紅くなる。

小松「おいおい、それじゃあなんか違くないか?それ、スポーツの応援じゃないんだからさぁ。」

   みさ、時計を見る。

みさ「でもそうちゃん、急がなくっちゃ?確か今日はバレエのお稽古でしょ。」
小松「あ、そうか。忘れてたよ。」
みさ「んもぉ。いつでもあんたはのほほーんとしてるんだからぁ!!本当にわかってんのか、わかってないのか…」
小松「失敬な、分かってるよ!!MMCに向けて練習もラストスパートなんだ。」
麻衣「MMC、結局あんたも又出られることんなったんね。」
小松「うん、お陰さまで一時審査になんとかギリギリ通過したよ。」
麻衣「良かったわね。ピアノも?」
小松「あぁ。バイオリンも受けたけどダメだったよ。君ももちろん出るんだろ?」
麻衣「えぇ、勿論よ。」
小松「バレエとピアノとオペラ?」
麻衣「えぇ。」
小松「凄いなぁ、いいな。羨ましいよ。応募部門、全部で通っちゃうだなんて。」
麻衣「ほんなこんないに。そうちゃんだって。」
小松「僕は、何でもないよ。」
麻衣「せんちゃんも出るっていってたに。」
小松「え、彼も又出るんだっけ?」
麻衣「えぇ。ほれ、彼は今、諏訪にすんどるっつってたら。彼の才能で、又、教室の先生にすいせんされたんだって。」
小松「へぇー、そうなんだ。でも、彼がいる限り、ピアノ部門の優勝は無理だね。」
麻衣「ほーね。でも、やることに意味があるのよ。勝敗なんて気にしちゃいかんに。とにかく、日々の成果を試すつもりで精一杯のベストを出しきるんよ。」
小松「麻衣ちゃん…そうだ、そうだよね。正に君の言う通りだよ。」
みさ「そうちゃんっ、電車!!」
小松「あ、そうだった。ヤバイ、」

   小走りになりながら手を小さく降る。

小松「じゃあ、又ね。」
麻衣「えぇ、又ね。頑張って。」

   其々に別れる。

小口家・千里の部屋
   千里がピアノを弾いている。そこへ珠子。

珠子「せんちゃん、おやつよ。」
千里「はーい、ママ!!」

   お盆をもって入ってくる。

千里「うわぁー、美味しそう!!」
珠子「今日はママの手作りシュークリームよ。」
千里「ありがとう、いただきまぁーす!!」

   食べる。
   『ママの手作りシュークリーム』

千里「ん、美味しい!!とっても美味しいよ、ママ!!ありがとう!!」
珠子「フフ、良かった。おかわりもまだまだあるのよ。ママ、せんちゃんの為にたくさん作ったの。これ食べて頑張るのよ。」
千里「うんっ!!」

   頼子、忠子も入ってくる。

千里「あ、」
頼子「千兄ちゃんのピアノを聴きに参りました。」
忠子「下で聴いていたらとても上手かったので…」
千里「ほんとぉ?ありがとう…でも、何だか恥ずかしいな。じゃあ…何がいい?」

   千里、ピアノを弾き始める。他三人、微笑んでうっとりと聞き入る。

柳平家
   MMC当日。どたばたしている。

紡の声「麻衣、楽譜持った?」
麻衣の声「ほんなのいらんっ!!」
糸織の声「財布は?」
麻衣の声「お、忘れた!!」
紡の声「んもぉー、」
と子の声「んもぉ、ほいじゃあムカケシンは?」
麻衣の声「お、ほれもまだだ。」
糸織の声「おいおい、遅れるぞ。行く先たってしっかりしてくれやなぁ!!」
麻衣の声「ごめんごめん、」
あすかの声「ほいじゃあ麻衣姉、受付書は?」
麻衣の声「アウチッ、ナイスあす!!一番大事なもん忘れとったに。」
他四人「んもぉーーっ!!」
麻衣「ほいじゃあな、私ちょっくら先に行って参りまーす。」
紡「ん、気を付けてな。私達も後から、始まる頃に行くで。」
麻衣「ん、分かった。宜しくなしてぇ。」

   麻衣、るんるんと出ていく。

松本文化ホール
   受付にはたくさんの人がいる。その中に麻衣、千里、小松、そして健司もいる。お互いにお互いの存在には気が付いていない。


練習室
   ピアノの音が聞こえる。そこへ麻衣。千里がフレデリコ・ヴァレリアの伴奏で可憐に踊っている。

麻衣「こんにちはぁ…って、あぁっ!!」
フレデリコ「おおっ。」
千里「麻衣ちゃん…」

   赤くなって上目で麻衣を見る。麻衣、にっこり。

麻衣「せんちゃんっ!!又あんたとペアで踊れるなんて、夢みたい!!」
千里「僕もだよ…」
フレデリコ「君達は最高のパートナーだからね。君達なら、僕も安心だよ。これで今年のMMCの演技も息ピッタリにいけるかもね。」

   千里、急に表情が強張る。

麻衣「大丈夫よせんちゃん、あんたなら出来る。小口千里君は、やれば出来る子です。な。」
千里「う、うん…ありがとう…僕も、頑張るよ。」
麻衣「ほの意気だに、せんちゃん。♪大丈夫、大丈夫、あんたはモーマンタイン!!ってな。」

   いたずらっぽく笑う。千里も恥じらいながら弱々しく微笑む。

フレデリコ「それじゃあ、二人とも、まず一回パドドゥを通してみるかい?」
二人「はいっ。」

   二人、スタンバイしてフレデリコの伴奏で踊り出す。フレデリコ、弾きながら、二人の演技を微笑んで見つめる。


   10時10分前。

フレデリコ「お、そろそろだな。二人とも、ステージ裏へ入ろうか。」
麻衣「はいっ。ほら行こっ、せんちゃん。」
千里「う、うんっ…」

   急激にもじもじし出す。

麻衣「ん、どーしたせんちゃん…」
千里「ふ、フレデリコさん…ぼ、僕、トイレへ行ってきてもいいですか?」
フレデリコ「あぁ。遅れるなよ。」
千里「あ、ありがとうございます。」

   千里、下腹を抑えてモジモジしながらトイレへと向かう。麻衣、フレデリコ、クスクス。

麻衣「せんちゃん、2年前と全く変わってない…」
フレデリコ「本当に。気の毒でどうにかしてあげたいけどな…。あの子もねぇ、ピアノでもバレエでもあんなことさえなければ完璧なんだけどね。腕はとても天才なのに…惜しいよな…。」
麻衣「えぇ、全くほの通りですわ。いつでも彼、なんか可哀想…。音楽学校ではどうしていたのかしら…。」
フレデリコ「音楽学校?」
麻衣「えぇ、彼、昨年まで京都の芸術高校へ行っていたんです。」
フレデリコ「京都の芸術高校へって…あの、めちゃくちゃ名門校のかい?」
麻衣「えぇ…」
フレデリコ「へぇーっ、彼もすごいね。大したもんなのに…。ねぇ。」
麻衣「はい…」

同・男子トイレ
   千里一人、男子便器で用を足している。

千里(どうしよう…又だ、又だよ。今年も遂にこの時が来てしまった…。どうしよう、ヤバイよ…もう緊張もすでにマックスだ…。このままじゃトイレ済ましたのに本番中にもらしてしまいそうだ…どうしよう…。)

   緊張と焦りでもはや泣き出しそう。いつまでも男性用便器の前に立って動けずにいる。

同・ステージ裏
   バレエの出演者が集まっている。そこへ千里も腑に落ちない様な顔をして入ってくる。

麻衣「あ、せんちゃん。やっと来た。」

   顔色を見る。

麻衣「…大丈夫?」
千里「あ、あぁ…」

   足の間に手を入れ込んで恥ずかしそう。

千里「緊張しちゃってさ…」
麻衣「トイレは、行ってきたのでしょ?」
千里「うん。言ったけど…行っても行っても又すぐにしたくなっちゃうの…どうしようこれ、本番中におもらししそう…」

   涙目。麻衣、千里の背をさする。

麻衣「大丈夫よ、リラックス、リラックス。」

   千里、呼吸が荒い。

麻衣「人前に出るのが怖い?」

   千里、首を降る。

千里「いや…実は…」

   恥ずかしそう。

千里「僕さ、中学3年生の時のピアノの発表会で諏訪の文化会館…弾いてる途中におもらししちゃったことがあるんだ。君も見てたろ?あの時…。それからそのショックで…人前に出ればいつもトイレ生きたくなって…不安が治らないの…。」
麻衣「まぁ、ほんなこんが…でも、今は大丈夫。あんた一人じゃない。私がいるじゃない!!ほれに、演技に関しては何も心配することないわ。だってあんたは天才少年なんですもの。」
フレデリコ「そうだよ。頑張れ、小口君。」
千里「フレデリコさん…麻衣ちゃん…ありがとう…」

   涙を拭う。

千里「ごめんね、いつも僕…男の子の癖にだらしなくて…」
麻衣「ほんなこんないに。せんちゃんは、立派よ。いつでも私を守ってくれるじゃない。」

   ブザーがなる。

麻衣「さ、いよいよ始まるに。」
千里「ひぃーっ。」

   麻衣、フレデリコ、千里の肩を叩く。

   ステージ上にはアンニーダ・スレンディヒ

アンニーダ「お待たせいたしました。今年も始まります、MMC松本市音楽コンペティション!!今年も司会は私、アンネンこと、アンネン・スレンディヒでお送り致します。」

   拍手。客席では、紡と糸織が花を振っている。別席では、小野と健司。

アンニーダ「それではまずは、バレエの部から始めたいと思います。審査員は、前回に引き続き、我が劇場が誇る世界的プリンシパルの、アーニャ・シルヴァさんです。」

   アーニャ、ぶっきらぼうにお辞儀。

アンニーダ「それでは早速参りましょう!!エントリーNo.…」

   子供の部から演技が行われている。千里、レモンティーのペットボトルを震えながら飲んでいる。

 
   中学生の部がまもなく終わる。

麻衣「せんちゃん、どうした?」
千里「ううっ、」

   胸を押さえる。

千里「気持ち悪い…」
麻衣「え、大丈夫?」
千里「あぁ…」
麻衣「大変、困ったわ…」
千里「大丈夫さ、原因はたぶんあれさ…わかってる。」
麻衣「え?」
千里「ママがね、今日はスタミナを沢山つけなくちゃダメって言って。朝からレバニラと納豆チャーハン作ってくれて…ううっ。でも僕、本当は、納豆もレバーも苦手…う、で…」
麻衣「まぁ。きっとせんちゃんの体にもきっと合わなかったのね…可哀想…。いいわ、ほんな体では辛いらに…私一人で踊るわ。あんたは休んで…」
千里「大丈夫だよ、僕は…もし君さえこんな僕とで迷惑じゃなかったら。是非踊らせてほしい…。大丈夫、体力とかは普通に踊れるもの。」
麻衣「ほう?ほいじゃあ無理はしないでね…」
千里「うんっ。でも、それよりも今は…」

   モジモジ。

千里「御手洗い行きたい…」

アンニーダ「それでは次は、高校生の部です。初めは…」

   麻衣、プログラムを見る。

麻衣「まもなくね。後、三人目だ。」
千里「やだぁーーっ!!」
フレデリコ「小口君、落ち着きなさい。大丈夫だから…」
麻衣「体調は?どう?」
千里「気分悪いのは落ち着いてる。でも、」

   足の間に手を入れ込んで、モジモジ。

千里「トイレに行きたい…今は僕、とにかく猛烈におしっこしたい…」
麻衣「大丈夫?ふんとぉーにあんた、踊れる?」
千里「トイレいってる時間あるかなぁ?このままでは踊ってるうちにもらしてしまいそうだ…」

   順番がどんどん過ぎていく。

アンニーダ「続いて、エントリーNo.24番、茅野市からお越しの柳平麻衣さんと、同じく茅野市からお越しの小口千里君のペアです。演目はエスメラルダより、伴奏はフレデリコ・ヴァレリアさんです。宜しくお願いします。」

麻衣「さ、」
フレデリコ「さ、」
千里「う、うん…」

   三人、入場する。フレデリコの伴奏で、二人は踊り出す。

   演技が終わる。三人、お辞儀。
   アーニャ、合格の札をあげる。

   ステージ裏へ戻る。千里、最早死にそうな蒼白な顔。

千里「フレデリコさんっ。もう僕、トイレ行ってきてもいい?」
フレデリコ「いいよ。お疲れ様。君は今年もピアノの部に出るのかな?」
千里「は、はい…」

   急いでステージ裏を飛び出ていく。麻衣、フレデリコ、フフッとわらう。

   しかし千里、トイレの入口を前にしてレオタードを着たままおもらしをしてしまう。麻衣、フレデリコもステージ裏を出て、トイレの前を通る。

フレデリコ「小口君!?」
麻衣「まぁ…」
千里「…」

   黙って涙を溜めた目で二人を見る。

フレデリコ「この近くにコンビニもお店とあるから、そこで下着を買って替えればいいよ。」
千里「…。」
麻衣「いいに、言わなくても分かってる。大丈夫だに。下着は私が買って来てあげる。だであんたは多目的トイレの個室で待ってて。」

   麻衣、かけていく。フレデリコ、麻衣を見る。

フレデリコ「あの子は、本当にやさしいというか、人の気持ちがよく分かる女性なんだね…素晴らしいよ。機転が利くと言うのか…」
千里「えぇ。」

   泣きながら。

千里「彼女は僕が幼いときからの顔馴染みなんですけど、その時からとても優しくて親切なの…僕が泣いてたり困ってるといつでも助けてくれた…なのに僕は…彼女を支えてあげるどころか、いつも迷惑んかけてばかりだ。」

   再び泣き出す。フレデリコ、千里を多目的トイレの中に入れる。

同・多目的トイレの中
   千里、フレデリコ。

フレデリコ「で、君は?…柳平さんの事が好きなのかい?」

   千里、驚いてフレデリコを見る。

フレデリコ「もし、君が彼女の事が好きなら…せめて、その気持ちだけでも彼女に伝えてみたらどうかな?」
千里「え、え、」

   『君の気持ちを正直に』
   千里、動揺。


千里「そんなの無理ですよ…きっと彼女…えぇ、聞かなくたって僕はもう分かっているんです。彼女は、僕みたいに弱虫で泣き虫で、子供みたいにトイレの失敗してしまうような男の事なんて…眼中にもない筈。それどころか心の中では彼女、僕の事を…」
フレデリコ「そんなこと、やってみなくちゃ分からないだろ。君がそう思っているだけなのかもよ。」
千里「でも…」
フレデリコ「まぁ、君の勝手だが…」

   笑って千里の肩に手を置く。

フレデリコ「本当の気持ち隠して伝えなかったら…きっと後悔するぞ。頑張れよ。」
千里「…フレデリコ…さん?」

   ノック。

千里「あ、」
麻衣「開けて、せんちゃんたちおるんだら?持ってきたに。」
フレデリコ「ありがとう柳平さん。助かったよ、君は本当に優しいんだね。」
麻衣「いえ、困っている子を助けるのは当然のことです。せんちゃん、風邪引かんうちに早く着替えてやね。」
千里「麻衣ちゃん…」
麻衣「大丈夫、誰にもこのこんは言わんわよ。」

   いたずらっぽく笑って出ていく。

麻衣「ほいじゃあ私、先にホワイエにいるでね。後で来てなぁ。せんちゃん、次、宜しくね。」

フレデリコ「んじゃ、僕も出てるから、着替えたら…」
千里「あぁーっ!!」
フレデリコ「ん、」
千里「ごめんなさいフレデリコさん、僕の…」

   フレデリコ、微笑んで袋を指差す。

フレデリコ「それも、麻衣ちゃんきちんと用意してくれてあるよ。」

   千里、泣きそうになりながらも赤く恥じらう。フレデリコ、多目的トイレを出ていく。


   その頃、ステージでは健司がペアと組んでオデットを踊っている。


同・ホワイエ
   麻衣、フレデリコ、ドリンクを飲んでいる。千里は肩を落として水分は控えている。

フレデリコ「でも、さっき柳平さんが言ってた、次、宜しくね。って?」
麻衣「あぁ、あれですか。ほれ、次は声楽だら?ほいだもんで、ふんとぉーは私、別の友達に伴奏頼んでいたんだけど、出られんくなっちまったもんで、急遽彼に頼んだら引き受けてくれたんです。」
フレデリコ「おおっ、」

   目を丸くして千里を見る。

フレデリコ「君が伴奏をやるのか。」
千里「は、…はい…」

   項垂れたまま。

フレデリコ「凄いじゃないか!!どうせなら、ベスト伴奏者賞狙えよ。」
千里「ば、バカ言わないで下さいっ!!僕なんか無理に決まっています!!」
フレデリコ「あははっ。その意気で頑張れ、という意味さ。」
千里「はい…」
麻衣「せんちゃん、色々と気にしちゃダメだに。悪いこと考えると、ふんとぉーにほの悪いこんが起きちまうんだに。」
千里「麻衣ちゃん…そうだ、そうだよね。色々とありがとう…」
麻衣「いえいえ。」

   立ち上がる。

麻衣「じゃあ私、先に更衣室へ…」
千里「うん。僕も着替えなくっちゃね…その前に、ママたちん所へ行ってくる。」

   千里も立ち上がり、其々に行動。

フレデリコ「さーてと、僕も大和田さんの伴奏の打ち合わせだ…。」

   フレデリコも退場。

同・ステージ裏
   声楽の部の出演者が集まっている。麻衣は、原中と書かれたジャージを来ている。千里は、タキシードで正装をしているが、酷く緊張している。時々、うっと、胸を押さえる。

美和子「よ、麻衣!!」
麻衣「美和子さぁーん!!」
美和子「今年も又会えたな。ほりゃ、あんただもんなぁ…余裕で一時審査なんて通るわぁ!!」
麻衣「やめてよぉ、美和子さん。でも、今年も又あえて、私嬉しい。」
美和子「あたいもだに。」

   そこへ、桃枝るり子、太田椿、大村美子、葉月百合枝、泉

美和子「あ、あんたらだ。性悪女。」
麻衣「性格悪の桃枝るり子さんと、その舎弟の一味ですね。」
るり子「その呼び方はやめなさい!!その呼び方は!」
椿「て言うかあたいらは、舎弟じゃないよ!!」
百合枝「前回はよくも私達に恥かかせてくれたわね。」
泉「そうよそうよ、でも今年はどうかしら?あんたらが恥かく番ね。今年も優勝できると思ったら大間違いよ!!」
美子「そうね、でも一時審査に通ったことだけは誉めてやるわ。」
美和子「あーあ、言ってる言ってる負け惜しみだ。」
るり子「何ですって、眉毛!!」
美和子「あたいは眉毛なんつー名前じゃないっつーこん。大和田美和子。」

るり子「なんだっていいわよ!!私達は、国際声楽コンクールの優勝経験もあるの。とにかくここはあんたらみたいに恥知らずが出る場じゃないのよ!!」
美和子「恥知らずはどっちだか。」

   鼻を鳴らす。

美和子「てかさ、ほれふんとぉーにちゃんとしたコンクールなんか?ニセコンクールだったりして?」
椿「生意気なんだよあんた!!なんだい!!」
美和子「ふんっ。ま、所詮、他の審査員誤魔化せたとしても、タニアロイスの耳は誤魔化せんっつーこんさ。」
椿「見てな、小娘に眉毛!!今にあんたらを恥かかせてやるわ。」
麻衣「私は、だで小娘なんつー名前じゃないっつーこん。てか、いいもん。私、優勝できるなんて思っとらんし望んでもないもの。」
美和子「その通り、麻衣はかっこいい!!」
麻衣「てへっ。」

   大卒たち、高笑い。千里は、困ったようにおどおどして、交互に見ている。

百合枝「ばっかじゃないの、あんたら。」
美子「ほんとほんと、」
るり子「ところで…」

   千里を見る。

るり子「小娘、見ない顔ね。ひょっとしてあんたも声楽?」
美和子「ふんとぉーだ。可愛いじゃん。あんたもまだ10代だね。」
千里「僕は女じゃないっ!!男だっ!!」
美和子「男の子かい?こりゃごめんごめん。で?あんた名前は?」
千里「小口千里です。てか、去年も会いましたよね。一緒にカラオケ行ったでしょ。覚えていませんか?」
美和子「え、ほーだだ?」
麻衣「ほーよ。」
美和子「で、何?あんた声域は?テノール?」
麻衣「違うに。彼な、このあとのピアノの部にも出るだだけど、凄いピアノ上手いんよ。正に天才少年って感じ。ここではだで、私の伴奏者をやってくれるの。」
美和子「ふぉーん、伴奏者か?」
るり子「伴奏者をね。」

   見下したように鼻を鳴らす。

るり子「所詮、歌手が歌手なら伴奏も伴奏ね。高校生が伴奏なんて…目に見えているわあんたらが悔しがってハンカチ噛む姿が楽しみ。オホホホホッ!!」
美和子「いいんかな、ほんなこん言って。後で泣くのはあんたらだに。オー、ノンナミーア!!」
麻衣「ノンナミーア!!」

   二人、クスクス。千里は困ったようにおどおど。るり子、二人をにらむ。

   ブザーがなる。会場には、小野、健司も来ている。健司はレオタードの上にコートを羽織っている。

美和子「ん、いよいよ来たか…始まるに。」

   アンネンが出てくる。

アンネン「それでは、第二部、声楽の部を始めたいと思います。審査員は、昨年に引き続き、タニアロイスさんとマルセラチフスさんです。それでは、始めましょう。エントリーNo.1番…」

   どんどん演技は始まるが、ことごとくタニアロイスにダメ出しん喰らい、途中退場させられる。大卒たちも落ちて、悔しそうに麻衣たちを睨みながら戻っていく。

アンネン「エントリーNo.10番、松本市から桃枝るり子さんです。」

   るり子、しなやかに入場。歌い出す。

タニア「はいっ、やめ!!」
るり子「?」
タニア「あなた、2年前と全く変わらない。進歩していないのね。その歌声でこの私を唸らせようと?ばかばかしい。もう用はありません。帰ってよろしいっ!!」
るり子「そんなぁ、しかしタニアロイス…」
タニア「おだまりっ。もう聞く価値もありません。何を聞こうと結果は同じです!!はいっ次!!」

   るり子、悔しさに涙を噛み締めて戻っていく。

アンネン「エントリーNo.11番、茅野市から柳平麻衣さんです。」
麻衣「せんちゃん、頑張って…宜しく…行くに。」
千里「は、はい…」

   二人、ステージに入場する。タニア、微笑む。

タニア「柳平さん。こんにちは。」
麻衣「タニアロイス!!こんにちは!!」
タニア「でも、今年は又、ド派手でへんちくりんだった前回に比べて…」

   服装を見る。

タニア「えらく地味ですね。どうしてかしら?」
麻衣「あら、いけません?」
タニア「いえ、別にいいけど…(M)本当に何か変な子ね…不思議な子だわ…。」

   咳払い。

タニア「では早速始めましょう。今年は?何を持ってきたのかしら?…ふーん。」

   書類をみる。

タニア「では、早速歌ってもらいますか?」
麻衣「どうぞ、どうぞ、」
タニア「では、このモーツァルトの…」

   麻衣、千里の伴奏で歌い出す。タニア、目を閉じてうっとり。

   終わる。

麻衣「どうでしたか、タニアロイス…タニアロイス?」

   タニアは泣いている。

麻衣「どうしたんですかタニアロイス、泣いているんですか?」

   タニア、涙を拭って微笑む。

タニア「バカね、泣いていませんよ。あなたは、歌唱力も、全く前回と変わっていませんね。さらに上達しているわ。言うことはなにもありません。審査を待ちなさい。」
麻衣「おぉっ。はーいっ!!」

   スキップしながら戻っていく。

麻衣「♪je suis titania la blonde…」
タニア「♪je suis Titania la blonde …こう言うところも変わってないわね…」

   涙を拭う。

マルセラ(…タニア?)

   ステージ裏。
   千里、放心状態でへなへなと崩れ去る。麻衣、美和子、千里を支える。

千里「ありがとう…大丈夫。」
美和子「でも麻衣、あんたはやっぱり流石だわ。特に今日なんて、鬼の目にも涙だに。今までにあんなのあんたくらいしかいないわ。」
麻衣「へ?」
フレデリコ「あぁ確かに…」

   笑う。

フレデリコ「正にありゃ鬼の目にも涙…だったな。タニアだよ、」
美和子「あんたの歌声が、あの鬼のタニアロイスの心を打ったんよ。大したもんだわあんた…あたいもビックリ!!」

   千里を見る。

美和子「あんたの腕もかなり大したもんだったわ!!何、音楽学校行っとるの?」
千里「いや、数か月前まで京都の音楽高校に行っていましたけど、色々と事情がありまして、止めてきました。」
美和子「ほー、京都の音楽高校って、あの名門のか?いやー、麻衣、あんたの周りにはあんたを含めて優秀なのばっかりだな。羨ましいわぁー!」
麻衣「私なんて大したこんないに。でも、な。だでいったら。彼のピアノは凄いんだって!!さ、戻りまい。次の器楽まで、まだまだ時間があるに。」
千里「そうだね。」
美和子「あぁ、みんなでホワイエいこう!!」
フレデリコ「っておいおい、大和田さん、君の演奏がまだでしょうに。」
美和子「お、ほっか。いっけねぇー、あたい忘れとったわ。」

   美和子は、悪戯に舌を出して頭をかく。麻衣、千里、フレデリコは笑う。

同・会場
   健司と小野

健司「あいつは相も変わらず…なにやらしても大した女だぜ…あいつの声、あいつの歌…あの日のまま少しも変わっちゃいねぇ。ほれよりもっと、上達して上手くなってる…。」

   そっと涙を拭う。

小野「おい、いっちゃん、どうすんだ?演技終わったぞ。早く柳平に会いに行けよ…泣いてるのか?」
健司「泣いてねぇーよ…。でも俺、あいつに今は会いに行けねぇーんだ。」
小野「どいで?」
健司「あいつ多分、今俺と会えば、せっかく俺を忘れて安定してるだに、きっと泣き虫野郎だもんで泣いて次のピアノの演技に集中できなくなるだろ。だで、最終審査まで待つんだ。ほして、最終審査ん時に、あいつにサプライズで、前回と同じく、ステージで花束をあいつに渡すつもり。」

   小野、ニヤニヤして健司を強くこずく。

健司「ーっっ!!」
小野「このぉ、お前ってやつは又キザなこと考えやがって!この、このぉ!!」

   小野、笑いながらポンポンと叩く。

健司「いてぇ、痛いよ海里!!やめろって。よせよ!!」

   
   美和子の演技も終わって、麻衣、千里、フレデリコは楽しそうに仲良くお喋りをしながらステージ裏を後にし、ホワイエへと戻っていく。

同・ホワイエ
   全景のメンバーがお茶を飲みながら話をしている。そこへ肩を落とした小松。

千里「あ、」
麻衣「そうちゃん!!」
小松「あ、…みんな…」
麻衣「どーゆーだ?元気ないねぇ…」
小松「だってさ、バレエの部ではペアの子とシルヴィアを踊ったんだ。そしたらその子がミスばっかりで結局僕も間違えて不合格だよ…これじゃもう後がない…おしまいだぁ…。」
千里「そう落ち込むなよ…まだ器楽の部があるんじゃん、」
小松「君達はいいよな、前回と同じペアでしかも意気もあってる…。僕なんか…。どうせ器楽の部でも又ダメに決まっているさ。だって、小口くん、麻衣ちゃん、君達は確実に入るって決まっているもの。」
千里「そんなことないさぁ、麻衣ちゃんはともかく、僕なんてありっこないよ!!」

  小松、恨めしそうに千里を見る。

小松「嘘こけ、君だって内心では自分が優勝間違いないと思っているくせに…」
千里「そんなこと思ってないよぉ…それよりも僕は…」

   そわそわもじもじ。

千里「本番でおもらししちゃわないか…それがとっても心配で…不安で不安で仕方ないんだ…」

   泣き出しそう。麻衣、千里と小松をなだめる。

麻衣「二人ともドンマイ、ドンマイ、せんちゃんもそうちゃんも、やれば出来る子です!!♪大丈夫、大丈夫、二人はモーマンタイン!!ってな、エヘヘっ。」
小松「麻衣ちゃん…」
千里「ありがとう…」

   小松、千里を見る。

小松「そうか、君の不安はそこにあるんだね…君の腕なら大丈夫さ、だからさ、自信持てよ。」
千里「う、うん…」

   キョロキョロと落ち着かない。

千里「マズイッ、トイレ行きたくなってきたぁ…フレデリコさんっ、ここの最寄りのトイレは何処でしたっけ?」
フレデリコ「あぁ、」

   場所を教えている。千里、トイレの場所へとかけていく。小松、千里をみているが。

小松「でも、やっぱり彼が心配だな…僕も行って見てきます。」

   小松も千里を追いかけていく。

フレデリコ「本当に…あの子のトイレ、どうにかならないかなぁ…これじゃあその度に、本当に彼が気の毒だよ…。」
麻衣「えぇ、ふんとぉーに私もほー思います。彼が可哀想よ…。」
美和子「え、いつもこんな感じなんか?」
麻衣、フレデリコ「うんっ。」

同・男子トイレ
   小松、千里が用を足している。

小松「小口くん、まだか?もうすぐ時間だぞ…」
千里「う、うん…分かってるよ。」

   小松、手を洗っている。千里も流して渋々手洗いに来る。

小松「君さ、もっとリラックスしたらどうだ?トイレの事ばかり考えているからトイレに余計行きたくなるんだよ。」
千里「だって…それは僕も分かっているけどさぁ…やっぱり不安なんだ…どうしてもトイレの心配しちゃうんだ…」
小松「ひょっとして…何か以前、トラウマがあるか?」

   千里、どきりとして口ごもる。

小松「あるんだね。話してみろよ。僕にも出来ることがあれば君の力になるよ…」
千里「う、うん…実はね…。」

   話し出す。

小松「何だ、そんなことか!!」
千里「そんなこととはなんだよぉ、僕にとっちゃ致命的なんだぞ!!」
小松「ごめんごめん、でも小口くん、そんなのそんなに気にすることないよ。そりゃ、僕にだって経験あるもん。」
千里「え、君にも?」
小松「あぁ。だから、誰にだってあり得ることなんだよ。それに君、バレエだって、麻衣ちゃんのピアノ伴奏だって成功したんだろ?だから、そのときの気持ちでピアノもやればいいんだよ。君はピアノにはとても…悔しいけど天才的な才能がある。だからさ、生き生きと、ピアノだけに集中して堂々と弾けばいいんだよ。僕もそうだけど、又麻衣ちゃんだって、そう思っていると思うよ。」

   二人、トイレを出る。

千里「そう思ってるって?」
小松「ピアノを弾いているときの君は、真剣そのもの顔つきでとても格好いいって…」
千里「小松君…」

   目を潤ます。

千里「ありがとう…」
小松「少しは落ち着いてリラックス出来そう?さ、会場入るか?もうすぐ始まるぞ。」
千里「うんっ。」

   立ち止まってもじもじ。

千里「ごめんっ、ちょっ…ちょっと待って…」
小松「ん?なんだい?」
千里「小松君、君先に行っててよ…ぼ、僕又おしっこしたくなっちゃったっ!!」

   千里、走ってトイレによたよたと戻っていく。小松、額を走りと叩く。

小松「んっもぉーっ!!」







   



















   





 








 


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