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石楠花物語高校生時代
恋を失って…

茅野駅
   麻衣と千里。千里、買い物袋を持っている。

麻衣「ふんとぉーにせんちゃん、色々とありがとな。」
千里「いやいや、」
麻衣「ほいじゃあ、ほれ、後でとりいく。宜しくな。」
千里「任せておいて。じゃあね、学校頑張って。」

   二人、別々に離れてあるく。


同・東口広場
   麻衣、紡、糸織。麻衣、紡から制服を受けとる。

二人「はぁーーーーーーっ!?」
糸織「何ほれっー…」
紡「男子と一緒に寝たって…まさかあんた…」
麻衣「違う、違う、違う、違うっ!!私がほんなこんするような人間ですかって!!」
紡「でも、男子と寝る理由なんつったら…」
麻衣「だで、言ったらに!!仕方なかっただ。ほいだもんで、」

   駅舎に入っていく

麻衣「ほんな話へーどーでもいいらに。私、学校遅れるでへー行くに。ほいじゃあね。」 

   紡、糸織、顔を見合わせる。

諏訪若葉高校・教室

麻衣「はよーん!!」

萌恵「あ、麻衣だ。」
湖都「もう学年中の噂よ。あんた、えらいスキャンダル起こしてくれたわねぇ。」
麻衣「は?」
咲李「とぼけないで!!あんた、昨日午前様で別の男とホテル言ったんですってね?」
麻衣「はい?」
湖都「いけない子、愛する旦那がいるのに不倫するだなんて…」
麻衣「あーのーねぇ、皆さんが言うようなふしだらな行為はなにもしておりませんっ!!てか…どいでほのこんを?」
咲李「ホテルにいたことは認めるのね、男と…」
麻衣「だでぇ!!」
萌恵「私が偶々昨日の夜、小淵沢の親戚の家にいたからさ、駅近くを歩いてたらさ、あんたが男とホテルに入るのを見かけたのよ。しかも、暗くてよくは見えなかったけど、背か高くてかなりの美男子だったな…あの後ろ姿…。」

   麻衣、真っ赤になる。携帯がなる。

麻衣「あ、メール…」

   我に帰って携帯を見る。返信をしている。 

咲李「で、今日はどこ行くつもりよ?」
萌恵「健司君と会うんでしょ?」
麻衣「え、えぇ…」

   麻衣、机についたままがさごそしている。

咲李「でも、良かったわね、他の男とあんなことがあったのに円満で。」
麻衣「だーでーっ!!」

   小声になる

麻衣「でも、私が昨日あったことは絶対ここだけの秘密。他には誰にも言うんじゃないわよ。分かった?」

   恥ずかしげに微笑む。他三人は無言で頷いて、口にチャックをする。

麻衣「えぇ、でも今日健司と会うと言うことは正解。伴奏合わせだだ。」
三人「伴奏合わせ!?」
咲李「何それ?」
湖都「どいこと?」
麻衣「あぁ、話とらんかったっけやぁ?私さ、来年度MMCに出るっつったら?」
三人「うんうん。」
麻衣「ほんときに私も健司も出るんけど、私が、オペラとバレエやるときにピアノ伴奏やってくれることんなったんよ。」
三人「ピアノ伴奏ぉーー?」

   きゃーっと雄叫び。

湖都「何よその彼!!超かっこいいじゃん!!」
咲李「ハンサムなだけじゃなくて、ピアノも弾けるだなんて、最高っ!!」
萌恵「何て素敵な彼なの?」
湖都「んでんで?MMCには彼?ピアノで出るんだ?」
麻衣「ほーよ。ピアノと、バレエとバイオリンで。」
三人「うっそぉーー、何でも出来るっ!!」

   麻衣、得意気に。

麻衣「ほれだけじゃないんだに!!私の健司君は、水泳の達人だだ!!バタフライ泳ぎがとても上手いんだで!!」

   三人もうっとり。

三人「理想的ぃー、漫画みたい!!」
湖都「きゃぁーっ、一度でいいからお会いしてみたいわぁ!!」
咲李「ねぇ麻衣、彼と麻衣との結婚式には是非とも呼んでちょうだい!!あなたの晴れ姿と、超ハンサム御曹司とやらをしかとこの目で、咲李は確かめてみたく思うっ!!」

   麻衣、恥ずかしそうに。

麻衣「へぇ、嫌ね咲李は。まだまだほんなの先の話じゃない。私達はまだ高校2年生だに。」

   四人、きゃあきゃあ言って話で盛り上がっている。

諏訪実業高校・男子トイレ
   健司、小野が用を足している。

健司「くしゅんっ!!」

   くしゃみ。

小野「何だ、いっちゃん?また風邪か?」
健司「違げーよ。」
小野「お前、スイミングやってんだろ?ほのくせに、体弱いな。」
健司「うっせぇーよ!!」
小野「で、いっちゃん?」
健司「ん?」
小野「お前今日の放課後空いてるか?空いてたら付き合えよ。お前最近、柳平っつー女が出来てから付き合い悪いな。」
健司「悪い。今日も俺、用事ある。ダメなんだ、又な。」
小野「そーか。それにお前はあれだもんな。母ちゃんにやらされて嫌々やってるっつー習い事も多いもんな…。ピアノだろ、バレエだろ、バイオリンだろ、スイミングだろ、塾だろ、最近フェンシングやってんだっけ?とも、陸上?」
健司「フェンシングだよ、てかあまり大声でベラベラ喋んなよ。この事はあまり他のやつには聞かれたくないんだ。」
小野「何だよ、そんねに恥ずかしがることもないだろう!!お前みたいなハンサムなら何やってたって物んなんぜ。」

   小野、健司の体をポンポンと叩く。健司、紅くなっている。

健司「お、おいやめろって海里っ!!」

   気をとりなおして。

健司「でも今日は…習い事でも、デートでもないんだ。」
小野「ん?それじゃあ何だ?お前が以前言ってた会社か?」
健司「嫌、ほれでもないよ。確かに、あのブスベアトリスと会うことは当たってるけどな。デートじゃないんだ。…ただの、伴奏合わせだよ。」

   小野、手を洗いながらキョトンとする。

小野「伴奏合わせ?…伴奏合わせって、何のだよ?」
健司「あいつの、MMCでピアノ伴奏、バレエと声楽、やってやんだ。今年は。」
小野「へぇー、かっこいいじゃん。お前、顔に似合わずピアノ上手いし、お前の腕ならベスト伴奏者賞くらいはとれんじゃね?」
健司「まさか、やめろよ…てか、」

   二人とも手を洗ってトイレを出ながら。

健司「いつも言うけどさ、顔に似合わずは余計だよ。顔に似合わずはさぁ。」
小野「悪りぃ、悪りぃ…」

   むくれる健司を宥めながら戻っていく。


上諏訪駅・駅前広場
   麻衣、後から健司が走ってくる。

麻衣「おーい、健司っ!!」
健司「麻衣、遅れてごめんっ!!」

   目の前に来て息を切らす。

健司「テストで落第点とって居残りさせられてたもんで、終わってから慌てて出てきた。」
麻衣「ご苦労様、ほんねに慌てなくても良かっただに。さ、ホームへ入りまいっ。」
健司「待ってっ!!」

   その場駆け足。

健司「ほの前に便所行ってきてもいい?へーもれそうっ!!」

   麻衣、呆れ笑い。

麻衣「呆れた人、何よあんた!!まさか、諏訪実からずっと、トイレも我慢してきただ?子供みたいね!!へー、諏訪湖花火やチャオチャオベイの時で懲りとるらに!!いいで、早く行ってきてっ!!」
健司「サンキュウっ!!」

   健司、急いで駅の公衆トイレに入っていく。麻衣、腕時計を見る。上りホームには電車が到着。

麻衣「仕方がない…もう一本遅いので行くか…」


   暫く後、健司が出てくる。

健司「ありがとう。電車は?何時だ?」
麻衣「へー今行っちゃったわよ。」
健司「はぁ?…ほれを早く言えよ!!」

   悔しそうに。

健司「電車がへー来るって知ってたら俺、トイレ行かんかっただに!!」
麻衣「バカね、あんたの場合トイレの方が優先よ。」

   健司をこずく。健司、少し不機嫌そうにしているが、

健司「俺なんか、腹へったな…」
麻衣「ほーいえば、ほーね。」
健司「次まで後、一時間くらいあるんだろ?なら俺、何か買ってくるよ。ちょっと待っててっ!!」

   駅に設置されているカフェに入っていく。麻衣、フッと微笑んで、キオスク内の待ち合いベンチに座る。

   暫くして健司、袋を下げて出てくる。麻衣に袋を一袋渡す。

健司「はいっ。」
麻衣「え、何?」
健司「お前も腹減ったろ?食えよ。」
麻衣「ありがとう!!私にも?おいくらだった?」
健司「よせよ、俺のおごり。電車遅れたのも大体俺のせいなんだし。」
麻衣「でも、あんたは今日私のために伴奏やってくれるんよ!!」
健司「ほんなの関係ねぇだろ。」

   微笑む。

健司「とにかく、な。電車までまだまだ時間あるんだ。食って待ってようぜ。」
麻衣「ほーね。では、遠慮なくいただきまーす!!」

   二人、食べ始める。健司はごたっちくかぶりつく。麻衣は淑やかにゆっくり食べている。健司、美味しさそうに食べる麻衣を横目でちらりと見て微笑む。

  
   二人、電車に乗って茅野駅で降りる。


柳平家
   健司と麻衣。

麻衣「ほれ!着いたに。」
健司「お。お邪魔しまぁーす!!」

   二人、中に入る。

健司「何か、お前んち来るのはかなりはールかぶりのような気がするな。」
麻衣「ほー?つい数ヵ月前だに。」
健司「ほーか…」

   健司、身を震わせる。

麻衣「ごめん、ごめん。寒いわね。今ストーブ炊く。とりあえずはおこたに座って休んで。」
健司「ん、サンキュウ。」

   二人、炬燵に入る。

健司「ふーっ、あったけ。生き返るぅ!!」
麻衣「ふんとぉーよぉ!!冬の茅野の寒さは格別っ!!」
健司「でも今日が初めての伴奏合わせなんだよな。お前が事務局に提出する楽譜はどんなんなんだ?見せてくれよ。」
麻衣「うん、ちょっと待ってな。」

   麻衣、楽譜をとってきて健司に渡す。

麻衣「提出する曲は、声楽が7曲で、バレエがパドドゥ一つと、ソロ一つだに。」

   健司、楽譜をまじまじ見て目を見開く。

健司「こんなに…沢山かよ…しかもみんな難曲で、伴奏も難しいな…。」

   楽譜を麻衣に返す。

健司「俺にはできないっ、やっぱ俺、伴奏者辞退します…」

   健司、逃げようとする。麻衣、健司のベルトをつかむ。

麻衣「今更何言ってんよ!!一度言ったからにはちゃんと最後まで引き受けてよね!!大丈夫よ、あんたの腕ならきっと出来る!!こんなのちょちょいのちょいだわ!!」

   健司、振り返って微笑む。

健司「とかいって…嘘だよ。」

   座り直す。

健司「無責任に途中で降りるわけないだろ。ちゃんとやってあげるよ、可愛いハニーっ!!」
麻衣「まぁ嫌ね、またキザなこといって。」

二人笑い合う。健司、再び楽譜を手にとって見出し、麻衣と打ち合わせをしている。

  暫く後、健司が立ち上がる。

健司「どれっと、麻衣、ぼちぼち一回やってみる?」
麻衣「ほーね。では、お願いします。」
健司「ん、」

   今のアップライトを指差す。

健司「…このピアノ使っていいの?」
麻衣「えぇ、ほーだに。」

   
   健司、ピアノにスタンバイ。麻衣、部屋の隅にスタンバイ。

健司「じゃ、行くぞ。」
麻衣「お。」

   健司、ピアノを弾き出し、麻衣はバレエを踊る。健司、麻衣の躍りを見ながら弾いている。

   終わる。

麻衣「!!っ」

   目を見開いて健司に抱きつく。

健司「おい…何だよ。」
麻衣「健司、あんた凄いに!!健司、凄いに!!」
健司「は、はぁ?」
麻衣「最高よ!!初見でこんねにスラスラ上手く弾けるだなんて!!」

   健司、照れる。

健司「おっこーなんだよ、お前は。ピアノ習ってりゃ誰だって…」
麻衣「いいえ、出来ないわ。確かにこれは、楽譜的には難しくはないの…でも、バレエを見ながら踊り子に合わせて伴奏者は弾かなくてはいけないの…。ほんなの、誰にだって出来るわけないもの…」
健司「お前なぁ…」

   頬を染める。

麻衣「やっぱ健司、あんたは私には勿体無い程の最高の男子よ!!」
健司「だで、やめろっつーの。ほれ、次はなんだ?オペラやるか?」
麻衣「えぇ!!」

   健司、にっこりと笑って楽譜を取り替える。麻衣、ルンルンとスタンバイ。


   18時。紡、糸織が帰ってくる。

二人「ただいまぁ、…お。」

   入ってきて、健司に目をやる。

紡「健司君、」
糸織「へー来とったんだ。」
健司「あぁ、つむにしお、お帰り。」
麻衣「彼に今、伴奏合わせやってもらっとったんよ。」
二人「伴奏合わせ?」
麻衣「ほ。言っとらんかったっけやぁ?私、来年のMMCは健司に全て伴奏者してもらうことにしてなっただよ。
健司「ほ、ほいこん。な、こいつってやっぱ何やらしても大した女なんだぜぇ!!バレエもオペラも天才的!!完璧さ。」
麻衣「あら、ほれはあんたの伴奏に私が言うこんだに。」
健司「うっせぇーよ。」

   照れながら

健司「でも、ふんとぉーに俺、こいつの彼氏で良かったよ。こんな何やらしても最高の女、他にはほーはいないぜ。な、お前ら二人もほー思うだろ
?」

   糸織、紡、大きく頷く。

糸織「ほーほー。料理の腕は抜群だし、性格いいし、裁縫は上手い。」
紡「ピアノ、オペラ、バレエをやらせればほれはほれはうっとりするような美しい腕前…」

   麻衣、紅くなって困ったように下を向く。

麻衣「へー、嫌ね。みんなやめて。」

   四人、笑う。


   夜になる。四人、料理の整った炬燵に座っている。

麻衣「ほいじゃあ健司…」
健司「俺?…ん。」

   健司、ピアノにスタンバイ。麻衣もピアノの前に立つ。

麻衣「ほれでは、これより柳平家のクリスマス会を始めたいと思います。」
全員「おーーっ!!!」

   麻衣、健司に合図。健司も頷き、弾き始める。健司の伴奏でみんな、歌い始める。

  
   『クリスマスキャロル』より。

   歌が終わると、飲み食いしながらみんなでわいわい。

   食べ終わるとトランプをやり、又健司が全敗して悔しがっている。麻衣たちは健司をからかう、四人、笑う。

   その後は音楽をかけてダンスをしている。健司と麻衣はとても幸せそうに微笑んでいる。

   外は雪が本降りになっている。麻衣、窓の外を見る。

健司「参ったなぁ、凄い雪だ…」
麻衣「どうする?」
健司「うん、ちょっとお袋に電話してみる…」

   携帯を取り出す。

健司「ーっ。」

   電池切れ。投げ捨てる。

麻衣「いいわよ、ほいじゃああんた、雪がやむまでここにいなさいよ。」
健司「でも…。」
麻衣「お母様は?」
健司「お袋は、今日は仕事だよ…何時になるか分からない…。兄貴と親父は勿論いない…。」
麻衣「いいわ。ゆっくりしとって。」
健司「ありがとう…」

   四人、しばらくがやがやとしている。麻衣、微笑んでお茶を入れてくる。


   23時。
   四人、疲れて炬燵で転た寝していまっている。

   翌朝、健司が目を覚ましてキョロキョロ。雪はすっかりやんでいる。

麻衣「あ、起きた?」

   微笑んで、朝食を運んでくる。

麻衣「朝食だに。食べてって。」
健司「…ここは?」
紡「嫌だなぁ、麻衣の家だに。」
健司「え…?」

   キョトンと目が点。

糸織「僕ら結局昨日、ここでこのまま寝ちまったんだな。」
健司「ほーか…。悪りぃ、麻衣、ふんとぉーにすまなかった!!」
麻衣「何よ、何も悪いこんしとらんだで、謝るこん何てないに。さ、食べて。今日は一緒に学校行けるな。」
健司「あ、あぁ…」

   照れ臭そう。

健司「いただきまぁーす!!」

   ご飯やおかずを掻き込んで微笑む。

健司「いつ食べても、こりゃうめぇーや!!」
麻衣「ちょっと、落ち着いて食べなさいよ。」

   三つ子も食べながら健司を見て笑う。  


   8時。
   紡と糸織は茅野中央高校、健司は諏訪実、麻衣は諏訪若葉の制服を着てそれぞれに出ていき、茅野駅で別れる。

   電車の中では健司と麻衣、嬉しそうにお喋りしながら乗っている。

   その頃、千里の家では、珠子が電話をして何かを聞いている。千里は部屋で一生懸命に頭を捻りながら勉強をして教科書とにらめっこしている。


柳平家(花蒔の家)・バルコニー
   大晦日、深夜。麻衣、一人でぽわーっと月を眺めている。序夜の鐘が鳴り響いている。家の中には柳平八重子(23)、柳平正三(21)、紡、糸織、柳平と子(14)、柳平あすか(9)がいる。

   軈て全員いなくなり、部屋は真っ暗になる。

紅葉の声「麻衣さん、早くお眠りなさい。風邪引きますよ。」

   紅葉も退室。麻衣一人。

麻衣「はーいっ…」

   物思いに更ける、

麻衣「健司…あんたの大晦日、どうお過ごしかしら…」

   
   『グァルティエールマルデ』
   情景で、健司の幻がバルコニーの下でバイオリンを弾いて微笑んでいる。

麻衣「♪グァルティエールマルデ…美しきお名前…私の心を初めてときめかしたお方…。美しきお名前のあんたは私に、愛の喜びを教えてくれた。私のこの気持ちを夜風に乗せて、あんたの心へと今すぐ飛んでいけ…最後のため息をするその時までも、私はあんたの側にいるでしょう…。」

   終わると麻衣、身震いして家の中に入ろうとする。

健司の声「麻ー衣っ!!麻ー衣っ!!」
麻衣「?」

   立ち止まる。

麻衣「健司っ?」

   フッと笑う。

麻衣「ほんな…まさかな…」

   再び、入ろうとする。

健司の声「おーい麻ー衣っ!!聞こえてねぇーのかよ?へー眠っちまったのかぁ?」

   麻衣、急いで戻る。

麻衣「まさかっ、…やっぱり聞こえる…。」

   バルコニーの下を見る。健司が見上げて大きくてを降る。

麻衣「健司っ!?」
健司「降りてこいよ!!」
麻衣「えぇ?…ちょっと待って…」

   急いで戻る。


柳平家・庭
   健司、そこへ麻衣。

麻衣「健司、あんたどいで?」
健司「いくら呼んでも出てこねぇーもんで、へー寝ちまったのかと思って、諦めて帰ろうと思ったんだぜ。」

   麻衣は寝巻き姿。健司、麻衣の姿を見る。

健司「着替えてこいよ、ほれじゃあ寒いぜ。」
麻衣「何?」
健司「忘れたのかよぉ…年に一度の初日の出。」
麻衣「あ!!」
   麻衣、急いで家の中に入っていく。健司、フッと微笑む。

健司「可愛いやつ…」

   
   二人、暫く後、バスに乗っている。まだ真っ暗。

車山高原
   健司、麻衣を支えてバスから降りる。麻衣、酔ってゲッソリ。

健司「おいおい、又酔ったか?…大丈夫かよ…。」
麻衣「大丈夫…ごめんな健司、いつものこん。うぅっ、」

   健司、麻衣の背を擦る。

健司「お前はな、ガキのこんからふんとぉーに可哀想だよ…。」
麻衣「いいの…ありがとう健司、でも慣れとるで…」
健司「慣れとるでって…お前毎回苦しいし気持ち悪いだろうに…」

   にっこり笑う。

健司「こい時にはなぁ…」

   麻衣の手を引いて、思いっきり走り出す。

麻衣「な、何すんのよ健司っ!!やめてって…やめっ、ちょっとぉ!!」
健司「な、こうやって冷たい風邪のなか高原走るって気持ちいいだろ!!気分もすかーっと晴れて治るだろぉ!!」
麻衣「えぇ!!」

   麻衣もやっと笑って二人で走り続ける。

同・ヒュッテ
   麻衣、健司、息を切らして椅子に座る。

健司「ごしたいな麻衣、大丈夫か?」
麻衣「えぇ。お陰で気分も大分いいわ。健司、あんたのお陰だに。ありがとうな。」
健司「デヘヘ。でもなんか…」

   少し不機嫌そうな顔。

健司「走ったら俺、なんか腹へったな…。おばちゃーん!!山賊うどんとカツカレーちょうだい!!」
声「はいよ、山賊うどんとカツカレー一つづつね。」

麻衣「まぁ、二つも食べるだ?呆れた人!!さっき、バスの中でトルティージャと中華まんと、コーラを飲んで食べたばかりずらに!!あんたいつの日か、磨子ちゃんと三人で原村のレストランでご飯食べたとき、懲りてるらに!!」
健司「あんなのまぐれまぐれ!!俺の腹はなぁ、ほんねに柔じゃねぇーの。だいたいさぁ、欲する信号には直ぐに受け答え着ねぇーと泣きを見るっていつもお前が俺に言ってるだろうに!!」
麻衣「ほれはあんたがトイレ我慢して、いつもおもらししてないちゃうもんで、心配しとるから…」

   健司、麻衣の口を遮る。メニューが来る。

健司「お、待ってました!!うーん、旨そう!!だで、」

   キザっぽく。

健司「俺は決めたんだ。食いたいときにゃ食う。行きたいときにゃいく。こりゃ生理現象なんだよ、トイレも空腹も皆ほーさ。俺にはどうすることも出来ねぇーの。いただきまぁーす!ん、うめー、山賊うどんとカツカレーっ!!やっぱこれだぜ。お前も食うか?麻衣。」

   健司、如何にも美味しそうに頬張っている。麻衣、フッと笑う。

麻衣「可愛い子…へーどうなったって知らないんだで…」

   フーッと長いため息。

麻衣(何度も言うけど…ふんとぉーにこいつ、御曹司なのかしら…?やっぱり信じられん。お言葉悪いし、お行儀悪いし、いい加減で言うこん聞かんし…。でも、私はほんなところが好きで、ほんな彼が愛しかったりして…)

   ふふっと小さくクスクスっと笑う。健司、麻衣を見る。

健司「んー?何だ?どーしたんだ麻衣?」
麻衣「いいえ、別になーにも。」
健司「ふーん…」

   口の回りに沢山つけて食べ続ける。麻衣、何も言わずに黙ってただ、食べる健司を見つめている。

   二人、いつの間にかテーブルに突っ伏せて眠っている。陽は少しずつ昇ってくる。

   二人、少しずつ目を覚ます。

健司「麻衣、」
麻衣「んー?」
健司「行こっ、」

   時計を見る。

健司「もうすぐ日の出だ。」
麻衣「ふんとぉーだ!!えぇっ!!」

   健司、麻衣の手をとって外へとかけ出る。

同・頂上
   大勢の人々が集まっている。健司と麻衣もいる。

健司「寒くない?大丈夫?」
麻衣「厭に優しいじゃないの…ありがとう。でも、」

   健司、ポンチョを脱いで微笑んでそっと麻衣にかける。麻衣、驚いて健司を見る。

健司「無理するなよ、風邪引くよ。」
麻衣「いいわよ、あんたこそ…風邪引いちゃうに…。」
健司「こいときはレディーファースト、な。男が女の子労るのは当然だろ。俺は大丈夫。水泳やってるから丈夫なんだよ。」
麻衣「まぁ、生意気なキザなこと言って!!」

   健司をこずく。

麻衣「でもありがとう…とってもあったかい…嬉しいに…。」

   健司、麻衣の肩を抱き寄せる。

健司「見てろよ麻衣、もうすぐだぜ。」

   陽が昇り始める。

全員「うわぁーーっ!!!」
麻衣「綺麗…」

   健司を見る。

麻衣「なぁ健司…こんな夕日をあんたと共に見られるだなんて、私幸せ…」
健司「バカ野郎…こりゃ夕日じゃなくて、朝陽だろうが…。しかもただの朝陽じゃねぇーんだ。幸せの初日の出なんだ。…なぁに、いつまでだって二人で一緒に見れるさ…知ってるか?初日の出の朝陽を一緒に見たカップルは永遠に結ばれるんだぜ…」

   健司、良縁の鐘へとかけていき、がらがらと何回でも鐘を鳴らす。

健司「麻ー衣、麻ー衣っ!!俺はお前のこん大好きだぁー!!高校卒業したら必ずお前を嫁に貰うからなぁー!!!ほれまで俺、何度でも鐘をならして叫び続けてやるからなぁー!!!」
麻衣「ちょっ、ちょっと健司…やめてっ。恥ずかしいに。」
健司「やめねぇーよぉー!!俺はなぁー!!お前と幸せになれるほの日まで、毎年何度でも鳴らしてやるんだぁー!!ベアトリスーっ!!愛してるぅー!!」

   麻衣、紅くなって困ったように下を向く。回りの観客、歓声をあげて二人に拍手を贈る。

バスの中
   満員。麻衣と健司は最前列に乗っている。

健司「麻衣、気分は?大丈夫?」
麻衣「えぇ、今は大丈夫だに…ありがとう。」

   健司!微笑んで、黙って麻衣の体を自分の膝の上に倒す。

健司「暫く寝てけよ。朝早くてごしたいら?」
麻衣「ありがとう。でも、私今、花蒔の…」
健司「花蒔では降りるなよ。」
麻衣「え、でも…」

   健司、微笑む。

健司「このままこれから俺んちへ来いよ。」
麻衣「え、えぇ!?」

   驚いて起き上がる。

麻衣「でも今は、元旦じゃないの!!ダメよ、ご家族にも迷惑がかかるわ。悪いに…」
健司「大丈夫さ、家の家族もお前なら大歓迎だよ!!ほいだって何れかはお前も…」

   紅くなってもじもじと。

健司「岩波家で元旦の席を囲む女んなるわけなんだしさ…」
麻衣「嫌ね、まだまだほんなの先のこんよ。」
   健司をこずいて、再び健司の膝の上に横になる。


岩波家
   麻衣と健司。麻衣、遠慮がちにもじもじ。

健司「どうしたんだよ…」
麻衣「で、でも、ほいだって…」
健司「だで、大丈夫ってんだろ。親父も兄貴もいるからさ。な、はぁく中入ろ?ふんとぉーに風邪引くぞお前。」

   微笑んで、玄関を開ける。

健司「ただいまぁ…」

   奥から幸恵が血相を変えて出てくる。

幸恵「健司っ!!」
健司「な、何だよお袋…」
幸恵「あんた、午前様で何やってたの!!親に一言も告げないで!!」
健司「言ったろ!!元旦の夜は、麻衣を誘って車山に行くって。お袋が聞いてなかっただけだろうに!!」
幸恵「あ、あら…そうだったかしら?」
健司「そうだったかしら?…じゃねぇーよ、全くもぉ。」

   健司、少々不愉快そうになる。幸恵、罰が悪そうにしているが、府と麻衣を見る。

幸恵「あら?麻衣ちゃんじゃないの。」
健司「あぁ、ほーだよ。こいつも連れてきた。夕飯は、こいつと“ベジタブルランド・HARA ”に行きたいからさ。な、いいだろ、お袋。」
幸恵「そうだったのぉ!!勿論、麻衣ちゃんなら大歓迎よ!!さ、遠慮しないであがって。今お雑煮出来ているわよ。」

   奥へ戻っていく。

幸恵の声「お父さん?悟?麻衣ちゃんが来たわよぉ!!」

   健司、麻衣に小粋な目配せ。

健司「な、だで言ったろ。入れよ…」
麻衣「ほう、ありがとう…では、お邪魔しまぁーす…。」

   二人、家に上がる。

幸恵の声「健司、ちゃんと靴は揃えなさいっ。」
健司「…ほーい。」

   健司、靴を揃えに戻って、又居間に戻っていく。

岩波家・居間
   悟、岩波、幸恵、麻衣、健司がテーブルにつく。眞澄も来ている。

悟「麻衣ちゃん、おはよう。こんな朝早くに…ごめんね。ありがとう。」
麻衣「いえいえ、悟さん!!お礼を言うのは私です。こんな新年早々申し訳ないです…」
岩波「いやいや、いいんだよ!!君ならみんな大歓迎さ!!いやぁ、健司も本当にいい女性を選んだものだ。ちょうどねぇ、後取りの事で、健司に見合いをさせようと思っていたんだ。」

   健司、御節のローストビーフを頬張っているが、吹き出して咳き込む。

岩波「でも、その必要はなくなったね。君なら岩波の嫁として申し分ない女性だよ。」
麻衣「ちょっとやめてください、おじさん…。まだ早すぎますよ。私達はまだ18にもなっていないんですから…」
健司「ほーさ親父。心配しなくても、俺と麻衣は高校出たらちゃんと結婚するから、安心しろよ。な。」
悟「健司、お前も気が早すぎるぞ…あ、」

   眞澄を指す。

悟「紹介するよ、彼女は…」
麻衣「眞澄ちゃん!!」
眞澄「麻衣たんっ!!」

   悟、ポカーンとする。

悟「な!何?知り合い?」
健司「あぁ、こいつら…」

   真顔、冷静に。

健司「軽井沢ん時に一緒に会って、仲良くなったんだ。勿論、俺達が従姉弟同士ってことも知ってるよ。」
悟「何だ、そうだったんだ。」
麻衣「えぇ、ほれに眞澄ちゃんは諏訪中の時の顔馴染みでもあるよ。」
眞澄「その通り。でもまさか、麻衣たんとここで会えるだなんてね…」
麻衣「私も、ビックリ!!」
眞澄「でも麻衣、どうしてこんな、顔がいいだけの男なんかが好きになったのよ?」
健司「おいっ!!」
眞澄「だって本当の事じゃないの!!」
麻衣「ほんなこんないに、眞澄ちゃん。健司は確かにお顔もとてもハンサムで私には申し分ない男の子だけど…とても優しいし、何でも出来るし、時々素直じゃないけどキザで男らしい…他にも色々。何処とは言えないけど、私は健司の全てが好き。」
眞澄「へぇー、…珍しい人もいたものね。こんな男が好きになるだなんて…ター坊、良かったわね、いい方に出会って、貰っていただいて。」
健司「お前はいつも生意気なんだよ!!てか、一言多いんだよ!!」
眞澄「あら、あんたがほんな大口叩けるの?十分あんただって生意気な口、聞いてるくせに…」
健司「んだとぉ!!」
眞澄「麻衣たんだって、そう言ってたわ。」
麻衣「ほーね、生意気なところはあることは私も頷ける。」
健司「てっめえらなぁ…」
眞澄「ぎょぴちゃんのパンツ履いてるくせに。」

   紅くなる健司。

健司「へー履いてねぇーよ!!履いてるわけねぇだろう!!てか、ほれ関係ねぇーだろうに!!」
悟「あれ?でも未だに魔法少女大好きで、家でよく真似してるやつ、いるよな。」

   眞澄、思いっきり吹き出す。

健司「何だよぉ、笑うな!!てか兄貴、余計なこん言わないでくれよな!!」
悟「ごめんごめん、でもタケ、折角の新年の席、何かひとつ得意なやつ、やってみろよ…。」
眞澄「お、いいねぇ!!ター坊、やれ、やれっ!!」
健司「だでほの呼び方はやめろってんだろうがぁ!!」
麻衣「健司っ!!」

   健司、デレデレ。

健司「しょーがねぇーなぁ。では、岩波健司17歳、やるでありんす。」

   タンブリンを持ってくる。健司、完璧な振りと呪文をする。

健司「マリーベルの、花魔法!!マリリンベルルンリンリンリン、今年も一年、幸せな年になぁーれ!!明日もはなまる元気になぁれ!」

   麻衣、クスクス。眞澄、笑い転げる。そこへ、健司の電話がなる。

健司「あ、電話だ…こんな新年早々一体誰だ?」

   携帯を見る。

健司「ん、海里か…もしもしぃ?海里ぃ?」

   電話をしながら部屋を出ていく。眞澄は口を押さえて笑いを堪えている。

麻衣「ん?どうした、眞澄ちゃん…」

   間もなく健司が戻る。眞澄、一気に大笑い。

健司「何だよっ!!」
眞澄「プッ、ぎょぴちゃんっ…」
健司「はぁ…?」
眞澄「今時、着うたがぎょぴちゃんってあんた…しかも顔に似合わず…ダサっ。」
健司「何の着うただろうと、俺の勝手だろう!!しかも、顔に似合わずは、余計なんだよぉっ!!」
麻衣「ほーよ。眞澄ちゃん、健司に悪いに」

   と言いながらもクスクス。

健司「ったく、麻衣までほーやって笑うなっ!!しょうがねぇじゃんか。いいじゃん…今でもぎょぴちゃん…好きなんだもんっ。」

   ぶりっ子っぽく拗ねる。

麻衣「ごめんごめん、ほーやってすぐに拗ねないっ、怒らないっ!!」

   麻衣もまだクスクス、悟もやれやれと笑う。眞澄は大笑いで最早笑い転げている。健司はむっつりと二人の女子を睨み付けている。   

   そこへ幸恵、お雑煮を運んでくる。

幸恵「さぁ、みなさん。お雑煮が出来ましたよ。はい、麻衣ちゃんも、おかわり沢山ありますからね。どんどんと食べてね。」
麻衣「はいっ!!ありがとうございます!!」
健司「お袋ぉ、無理にあんまり薦めるなよ…彼女、断りにくい性格だし、うんと少食なんだでな。」
幸恵「まぁ、そうなの?ごめんなさい、麻衣ちゃん、無理はしないでね。」
麻衣「えぇ、大丈夫ですわ。美味しくいただいています!!」

   全員、食べている。

麻衣「美味しいっ!!ほいだけど、健司の家のお雑煮にも、鯉はいれるんね。」
健司「あぁ、しかし…」

   顔をしかめる。

健司「どいでお袋は、セルリーを正月早々から出すかなぁ…新年早々、吐き気がする…。」
幸恵「そんなこというもんじゃありません。あなたは好き嫌いが多すぎなのよ。少しは克服する努力はしなさいっ!!」
健司「ほいだって…」

   むくれる。

健司「嫌いなもんは…嫌いなんだもんっ。」

   肉系、魚系しか食べていない。

麻衣「原村っ子なら、セルリー食べれるように克服しなくちゃ!!村に対して失礼よ!!」
悟「んだ、麻衣ちゃんうまいっ!!それ、言えてる。」
岩波「健司、彼女にも言われてるだろう。愛する女の言うことくらい聞けるだろう!!」

   健司、恥ずかしそうに紅くなる。

健司「嫌いなもんは嫌いなんですっ!!みんなは、俺が新年早々病気で寝込んでもいいっつーのかよ!!てか、」

   麻衣を見る。

健司「こんなブスベアトリスの説教なんてもっと聞きたくないねー!!」

   と、言いながらも鼻をつまんでセルリーの漬け物を口に入れる。全員、笑う。健司、意地っ張りっぽくふんっと鼻を鳴らして肉や魚類をどんどんと食べ始める。

悟「これ、タケっ。そんなに急いだら…」

   健司、噎せ返る。

悟「ほら、言わんこっちゃない…ほれほれ、大丈夫か?」

   悟、水を健司に私ながら背を擦っている。健司、目を潤ませているが、咳が止まると、又何事もなかったかのようにガツガツと食べ出す。麻衣と悟、呆れてお手上げのポーズをし、やれやれと言ったように顔を見合わせて呆れ笑い。

同・健司の部屋
   麻衣と健司。

麻衣「ほーいえば健司、お夕食、私を誘ってくれるつもりでいたんね。嬉しい。」
健司「あ、あぁ…まぁな。お前に一回、見せてやりたいものがあったからさ。この日しか見れねぇー、あれだよ。」
麻衣「あれ?」
健司「ん、ひょっとして忘れた?…まぁいいや、なら見てからのお楽しみに…な。きっと泣き虫ベアトリスは泣いちまうかもな。」
麻衣「まぁ、私が泣いちゃう様なものって何かしら?」

   健司、いたずらっぽく笑って立ち上がる。

健司「さぁーてと、バイオリンでも弾こうかな。麻衣、伴奏してよ。」
麻衣「いいに、何を?」
健司「チィゴイネルワイゼン!!」
麻衣「えぇー、新年早々チィゴイネルワイゼン!?…いいに。」

   麻衣、ピアノにスタンバイ。健司はバイオリンを構える。二人、演奏を始める。

   悟、階段下から聴きながらフフっと笑う。


   時間がたつ。

同・玄関先。
   眞澄、岩波、幸恵、悟が麻衣と健司を見送る。

健司「ほいじゃあ、お袋に親父に、兄貴に眞澄、行ってくるよ。」
岩波「気を付けるのだよ。」
幸恵「麻衣ちゃんを守ってあげてね。」
眞澄「ロマンチックな夜をぉ〜…」

   二人、照れる。悟、健司に何かを渡す。

健司「?」
悟「少し持ってけ。お前どーせろくに持ってないんだろう…女の子にはいいもん奢ってやるもんだぞ。」
健司「いいよ、俺、お金くらい…」
悟「いいから持ってけ。」
健司「分かったよ…兄貴、ありがとう。」
麻衣「ではみなさん、朝からお世話になりました。」
健司「麻衣、」
麻衣「うん。」

   健司、麻衣の手を引いていく。眞澄、ニヤニヤ。

眞澄「ふーん、ラブラブしちゃって。あの弱虫が麻衣を前にするとあんなに彼氏面するんだ。」
悟「あぁ…。でも、いいじゃないか。タケも幸せそうだし。」
眞澄「それもそうね。いつも仏頂面のター坊よりかはずっと可愛いわ。」


ベジタブルランド・HARA
麻衣、健司、バスを降りる。

健司「この店だよ…」
麻衣「何よここ…ベジタブルランドじゃない…」
健司「ほ、俺のバイト先。ここでさ、今日しか見られない特別イベントがあるんだ。」

   麻衣の手を引いて中に入る。


同・フロア
   混み合っている。そこへ、佐藤加奈江(17)、小平海里(17)

二人「いらっしゃいませぇ!!」
加奈江「あ、ターちゃん!!」
小平「来たのか。」

   健司、ムッツリ。

健司「何だよぉ、俺が来ちゃ悪いかよ?」
小平「怒るなよ、そういう意味じゃないって。で?」

   麻衣を見る。

小平「この子がひょっとして噂の彼女…」

   まじまじ。

小平「って、柳平!?」
麻衣「小平ぁ!!」

   健司、二人を交互に見る。

健司「な、何だ?二人とも知り合い?」
小平「知り合いもなにも、俺のクラスメイトさ。」
健司「ま、まじ?」
加奈江「へぇー。…でも、」

   ニヤニヤ。

加奈江「彼女連れてきたってことはターちゃん、目的はあれでしょ?いいわ、ちょうど窓際の席空いているから…」

   加奈江、二人を案内する。

加奈江「二名様入りまーす!!カップル様でお願いしまぁーす!!」

   健司、誇らしげ。麻衣、恥ずかしそうに紅くなり、下を向いている。


   客席。
   健司と麻衣が座ってメニューを見ている。

健司「ここは、メインだけは頼むようになってるんだ。後はビュッフェ…さ、麻衣、何にする?」
麻衣「ほーねー…」

   目移り。

麻衣「お勧めは?何だっけ?」
健司「ここは何でも旨いよ。確かお前は肉より魚だっけ。」
麻衣「えぇ、まぁ。どちらかと言えばね。」
健司「なら、舌平目とか…」
麻衣「ほーね、では私、ほれにする。あんたは?」
健司「俺はねぇ…牛フィレステーキ!!ほれと、カプチーノ!!」
麻衣「あ、私も!!カプチーノ!!」
健司「お願いしまぁーす!!」


   しばらくご、メインが運ばれてきて二人はビュッフェを貰ってくる。健司のお皿には山盛り。

麻衣「まぁあんた!!呆れた!!一度にほんねに持ってくるだなんて。」
健司「いいの。俺、腹減ってるんだし。こんくれーペロリと二杯はいけちゃうさ。」
麻衣「どうなったってしらなーい!!あんた、以前磨子ちゃんと…」

   健司、ガツガツと食べながら。

健司「又ほの話かよ?…だでいってんだろ?俺はほんねに柔じゃねぇー、あれはまぐれなんだって」

   麻衣も食べる。

健司「お前こそ、今日くれーは一杯食べりゃいいだに。」
麻衣「私はほんねに食べたくたって食べれんわよ。でも…」

   微笑む。

麻衣「んー、美味しい!!」

   二人、幸せそうに頬張る。

   しばらくご、加奈江がチョコレートケーキを二つ持ってくる。

麻衣「あら?私達、こんなのは頼んでないわ。」
加奈江「これはお店からの元旦カップルサービスですよ。二人でどーぞ。」

   健司、目を見開く。

健司「うぉーっ!!やりーっ!!」
加奈江「ごゆっくり…」

   加奈江、退場。

   健司、腕時計を見る。

健司「ん、もうじき8時だな…麻衣、」
麻衣「ん?」

   健司、窓の外を指差す。

健司「あの辺を見ててごらん…」
麻衣「あそこ?」
健司「違げーよ、あそこだよ!!」
麻衣「どっちだって同じじゃないの!!」
健司「カウントダウンが始まるぜ…」

   店内が暗くなり、客達、声を揃える。

全員「10,9,8,7,6,5,4,3,2…」
健司「1,」

   窓の外一面にパッと明るいアイスキャンドルが灯る。白鳥と王子の絵が現れる。全員、一斉に歓声をあげる。

麻衣「わぁーーーっ!!!」
健司「フーっ!!」
麻衣(アイスキャンドル…ほっか…こんなのあったんだっけ…忘れてた…。)

   健司、有頂天になってチョコレートケーキを手で持ってかぶり付く。

   麻衣、健司を見る。

麻衣「ちょっとあんた…いいお家柄の御曹司だらに…人前でくらいせめて、お行儀よく食べなさいよ。」
健司「うっせぇーなぁ。こうやって食べた方が遥かに旨いんだよ!!ほれに今は、俺、嬉しくてしょうがないんだ。これ、俺の幸せの表現の仕方。」
麻衣「呆れたっ!」

   クスクス。

麻衣「でもあんた、」
健司「あー?」
麻衣「ちょっとお手洗いに行ってきなさい。」
健司「何だよぉ…行きたくないもん…。」
麻衣「違うわよ、鈍感ね。私は遠回しに、鏡をご覧なさいって言っているのよ。」
健司「鏡をだぁ?」

   麻衣、ジェスチャー。健司の口の回りにはココアの粉が沢山ついている。

健司「あぁ…大丈夫、大丈夫」
麻衣「洗ってきなさいよ!!手でなん拭いたらっ…あーあ…」

健司、ごたっちく手で擦る。顔中に茶色が広がる。

麻衣、思わず吹き出す。

健司「あー?」
麻衣「ほれ、だで言わんこっちゃない!!顔中真っ黒だに。くまさんみたい。ってか…」

お手上げ。
麻衣「あんたはハワイから来た人ですかって!!」
健司「イッツァ、チョコレートケーキ!!」

   麻衣、笑いながら健司をこづく。

   健司、ビュッフェのデザートも食べている。

健司「麻衣、俺、これで全部ビュッフェは制覇したぜ。」
麻衣「んま、よく食べたこと。でも、あら?デザートってもう一種類…」
健司「あぁ、あれは俺食えねぇーんだ。」

   悔しそうに。

健司「ほら、俺ってそばアレルギーだろ?あれ、そばの実ミルク寒天なんだ。」
麻衣「ほーなの?…でも、お蕎麦食べるとどうなるの?ふんとぉーに一口も食べてはいけないの?」
健司「あぁ…よくは覚えていないけど、俺がまだちっちゃいときに食べて…熱出て、吐いて、大変だったとか…。恐らく今食べたら…死ぬな。」
麻衣「嫌、嫌よ!!健司がいなくなるなんて私、嫌っ!!」
健司「バカだなぁ…」
   
   笑う。

健司「俺はしなねぇーよ。こいつを食べねぇ限りは大丈夫。」

   今食べているミルク寒天を指差す。

健司「これ、今俺の食べてるやつは普通のミルク寒天なんだ。ふんとぉーになぁ、蕎麦が食べれねぇーのが悔しくて残念だよな。」

   健司、悔しそうに指をならすと立ち上がる。

麻衣「何?お手洗い?」

   健司、いたずらっぽく笑って持ってきたバイオリンを取り出す。

麻衣「え、えぇっ!?」

   健司、弾きながら中央ステージの方へ歩いていく。健司、麻衣に来いと合図。麻衣も健司の元へ行く。

   健司、バイオリンをやめる。

健司「なぁ麻衣、俺がピアノ弾くよ。だでさ、お前も知ってるやつ…一曲歌ってくれねぇーか?」
麻衣「え、え、私が?」

   戸惑ってキョロキョロ。店の客たちは二人を見て大歓声。

声「いいぞぉ、若い演奏家!!」
声「兄ちゃんに姉ちゃん、なんか一曲やってくりょ!!」

   健司、麻衣に微笑む。

健司「だろ、な。みんなもあーいってんこんだし。やろ、麻衣。」

   麻衣、恥ずかしそう。

麻衣「仕方ないわねぇ…分かったわよぉ。では、一曲だけよ。」
健司「よっしゃあ!!」

   二人、お辞儀をして健司はピアノ、麻衣は歌う位置にスタンバイ。人々が注目する中、二人の演奏が始まる。

   人々はうっとりと聞き入り、健司と麻衣もとても幸せそうに演奏をしている。

   店内は暗く、アイスキャンドルの輝きと共に、静かで穏やかな村の元旦の夜は過ぎていく。

ベジタブルランド・外
   健司と麻衣。雪が降っている。

健司「ふーっ!!食った食った。」
麻衣「あんたは食べ過ぎだに。でも…ふんとぉーに美味しかったし、とても幸せよ。あんたのお陰、ありがとな。」
健司「やめろよ。…さ、帰ろうぜ。俺、お袋に連絡するでさ、乗ってけよ。」
麻衣「ありがとう、ではお言葉に甘えて…」
健司「どうぞ、どうぞ、可愛いスィニョリーナ!!」

   健司、王子の様に麻衣の前に膝まずく。麻衣、クスクスっと顔を赤くして笑い、健司をこずく。

麻衣【と、幸せな時間も束の間でした…数日後…】

岩波家・健司の部屋
   1/7。健司、ベッドに横たわっている。近くに麻衣、幸恵。

麻衣「健司っ!!」
健司「おぉ…麻衣、来たのかよ…」
麻衣「どうしただ?悟ちゃんから連絡受けて飛んできたんよ。」
幸恵「この子、二日くらいから具合が悪くてね…ずっと熱が高くて下がらないのよ…」
健司「きっと…あれ…インフルエンザ…とかじゃね?」
麻衣「インフルエンザ!?」
健司「ほーだよ…だで麻衣…お前にもうつるで…早く帰れよ…」

   麻衣、涙をためる。

麻衣「バカっ!!あんたがこんねに辛そうにしてるだに、帰れるわけないじゃない!!私のこんは大丈夫…」

   健司の手を握る。

麻衣「お願い、あんたの側にいさせて…」

   健司、弱々しくフッと笑う。

健司「お前は…どうなったって…知らねぇーぞ。」
麻衣「健司…あんたご飯は?食べれてる?」
幸恵「それが、全く食べれないのよ…」
麻衣「え…」

   更に不安気

麻衣「ほんな…あんたいつも、どんなに高熱でも食欲だけはあったんに…」
幸恵「吐き気と下痢が酷くてね、止まらないのよ…」

   幸恵、氷枕を取り替えに出ていく。
   麻衣と健司のみ。

麻衣「健司…あんた、早く元気になってよ…。あんたなら、」

   健司、起き上がって口を押さえる。麻衣、慌てて近くにあったフィンガーボールを健司に渡し、健司の背をさする。

健司「悪い麻衣、ありがとう…」

   麻衣、健司を寝かす。麻衣、泣きそうに悲しそうな顔。

麻衣「健司…あんた、ふんとぉーにどーしちまっただ?つい数日前まではあんねに元気だったじゃない…ほのあんたが…」

   震え出す。

健司「麻衣…」

   弱々しく微笑む。

健司「お前は…いつ何処にいても…メガネブスのくせに…相変わらず美人だな…。どいでかな…。俺さ、普段は言えねぇーけど…メガネのお前が大好きなんだ…。どいでこんねに好きなんかな?どいで俺、お前と出会っちまったかな…」
麻衣「健司…」
健司「お前と出会わなければ、お前にこんな辛い思いさせなんだだにな…お前に悲しい涙、流させなかっただにな…」

   麻衣、手で顔を覆う。

健司「バカだな…俺のためにほんな悲しい涙、流すんじゃねぇーよ…。ブスが泣いたら余計にブスんなるぞ…」
麻衣「ほんな…健司、笑わんでよ…。ほんな風に笑われると私…とても辛くなるんよ…」

   健司、起き上がって再びはいてしまう。麻衣、背をさする。
 
   麻衣、健司を寝かす。

健司「あと数日で三学期だな…」

   目を閉じながら苦しそうに。

健司「俺、学校始まるまでには起きれるかな…」
麻衣「決まってるじゃないの!!ほいだってあんたは水泳してて、体も心も強いだずら?大丈夫だに!!」

   健司、フッと微笑む。

麻衣「約束だに…あんたが元気になるように、特製のチョコレートケーキを焼いてくる…。学校が始まる日に必ず持ってくる。だで、ほれ食べて早く元気になってよ。ね。」
健司「約束だぞ…俺、食欲なくても…お前のチョコレートケーキなら…食べれるような気がするんだ…。お前の作るチョコレートケーキを食べりゃ…どんな病気もたちまち、ふっとんで…治っちまうな…。」

   
   時間がたつ。
   (午後の8時)
   健司、治るどころか容態は悪化。吐き気と下痢が更に酷くなり、熱も高い。健司、朦朧と苦しそうに息をして眠っている。近くには悟と麻衣。

悟「おいっ、タケっ、タケっ、分かるか?」
健司「うぅ…っ。」
麻衣「健司っ…」
健司「なぁ、兄貴に…麻衣…」
悟「何だ、タケ…」
麻衣「何?何か欲しいものがあるの?」

   健司、弱く、首を降る。

健司「いや…何も欲しいものは…ない…。」

   目を閉じながら

健司「二人とも…冷静に聞いてくれるか…?」
悟「どうした?…言ってみろ…」
健司「俺は…もしかしたら…へー長くないのかもしれねぇーな…。」
麻衣「え、…な、長くないのかもって…何いってんのよ…あんた…」

   麻衣、蒼白になって震え出す。

健司「ほしたらさ…もし、もしも…俺が死んだら兄貴…」
悟「おいっ、正気かタケ!!バカなこと言うな!!熱出て気が変になったのか!!」
健司「なーに、」

   笑う。

健司「熱があったって無くたって、俺はいつも正気さ…。もしほーなったなら兄貴、麻衣は俺の大切な女なんだ…。確り者の兄貴なら、こいつを守ってやれるだろ…俺がいなくなったらこいつのこんを…頼む…。」

   健司、目を閉じて横を向いてやっと落ち着き、気持ち良さそう。

麻衣「健司っ、健司!!いやっ、いっちゃいやっ!!な、冗談だら!私を一人ぼっちにしないで!!私を置いてきぼりにして一人で行かんでよっ!!ねぇ!!」

   健司、微笑む。

健司「ぎゃーぎゃー枕元でうっせえーよ。…お前は、病人前にしても口はうるせぇ女だなぁ…。まだ死なねぇーよ。俺だって、ほー簡単には行きたくたって行かねーさ、しかも。」

   薄目で麻衣を見る。

健司「お前のようなブスなんに可愛い女の子に、別れも告げずにさ…」

   麻衣、泣いている。

健司「なぁに、すんなよ。どんねに早くても俺、死ねずにこのまま、あと数週間か、数日は生きてるだろうさ…」
麻衣「いやよ健司、どいでほんなこん言うんよ!!ほんな悲しいこん言わんでよ!!」

   悟に抱きついてワッと泣き出す。悟、黙って麻衣を慰める。健司、微笑んで目を閉じている。

健司(もし俺がいなくなっても…幸せんなれよ…麻衣っ。お前の幸せだけが、今の俺の幸せなんだ。愛してるよ、いつまでも。)

諏訪若葉高校・教室
   咲李、萌恵、湖都ががやがや。そこへ、ケーキ箱を持った麻衣。

麻衣「はよーん!!みんな何話してるだ?」
咲李「麻衣っ…」
萌恵「あ…」
湖都「麻衣…」

   麻衣、キョトンとする。

麻衣「?」

   咲李、麻衣に駆け寄る。

咲李「麻衣、あなた…辛いわね…大丈夫だった?」
湖都「今日、あなたが学校へ来れないんじゃないかって…」
麻衣「え、どうして?」
萌恵「頑張らなくてもいいの…辛いときは私達に何でも正直に打ち明けて欲しい…」
麻衣「?」
咲李「“酒・IWANAMI”の健司坊っちゃんの事よ。」
麻衣「あぁ、健司?」

   笑う。

麻衣「学校が終わったらな、あいつんちに行く約束しとるんよ。あいつの好きなチョコレートケーキを持ってく約束で…」
萌恵「その事なんだけど…」
湖都「ひょっとして麻衣…何も知らなかったりして…」
麻衣「何もって…?何を?」

   女子達、顔を見合わせる。

麻衣「なぁ!!健司がどーしただ?何かあっただ?」
咲李「あのね麻衣…じゃあ、落ち着いて聞いてね…。」


   
麻衣、何とも言えない顔で放心状態。

麻衣「ほ…ほんなこん…」
咲李「麻衣、」
麻衣「ほんなこん私…信じられん…。」

   震え出す。

麻衣「ほいだって私、健司のお母様からもお父様からも、悟ちゃんからも…何にも聞いていないもの…。ほんなのきっと誤報よ…」
湖都「今朝の新聞やLCVニュースでは…」
麻衣「嫌よ!!へー何も言わんで!!何も聞きたくはないっ!!」

   麻衣、耳を覆って教室を鞄も置かず、持ったまま、チョコレートケーキの箱も持って走って出ていく。

咲李「麻衣っ!!」

   咲李、麻衣を追いかけようとするが湖都と萌恵がそれを止める。

萌恵「咲李、やめな。今は一人にしてやれ。」
咲李「でも…」
湖都「ほりゃショック大きくて当然よ…あんなに愛してた彼だもん…。」
萌恵「やっぱり麻衣に話したのがいけなかったのよ…せめて知らないのならもう少しだけでも、あの子には黙っておくべきだったわ…。」

   麻衣、校門を出て泣きながら走っている。

諏訪実業高校・教室
   健司たちの教室。麻衣が飛び込む。小野が麻衣に気がついてびくりとする。他、クラスメイトはがやがや。

生徒「ん、あのド近眼美人は誰だ?」
生徒「あの制服、ここの生徒じゃないよな?」
生徒「若葉か、向陽の女の子だろ、」
小野「柳平っ!!」
麻衣「海里くんっ!!」

   近くに駆け寄る。

麻衣「なぁ、健司は…」
小野「柳平…お前、その事で来たんだな…。」
麻衣「えぇ…」
小野「辛いよな…お前が一番辛い思いしてるんだよな…」
麻衣「海里くん?…嘘よねぇ…嘘よ、健司が…健司が…」

   ふと、一つの机に目をやる。一輪挿しの石楠花の花が飾られている。麻衣、涙を流しながらへなへな。慌てて小野が、その体を支える。

小野「柳平っ、」
麻衣「嘘よ…嘘よ…どいでみんなこんなこんして、健司を死人にするだ?」

   よろよろと立ち上がる。

麻衣「私これからあいつんち行くんよ…健司んちへ…へへっ。あいつな、私のチョコレートケーキを食べたいっていったの。だもんで、三学期かが始まるときに作って届けてやるって約束してた…。あいつな、全く食欲ないけど、私のチョコレートケーキなら食べれるって。ほれを食べればどんな病気でも、すっかり治っちまうって言っとったに。」

   歩き出す。

麻衣「きっとあいつ、お首をキリンさんにして待っとるんだに…ほして、私が行ったら、大喜びで、びよらびよらしながらも、家の中からかけてくるの。もし、ほして私が泣いていたら“どいで泣いてるんだ?ブスが泣いたら余計にブスんなるぞ”なんて、笑うんだわ…ほーよ。きっとあいつはお家の何処かにいるのよ、隠れてからかってんだわ。ほーよ、ほーに違いないわ。」

   麻衣、教室を出ていく。小野が麻衣を追いかける。

小野「おい、待てよ柳平!!」
麻衣「?」
小野「もし、もし何か、どーでも辛くなったら俺らに電話やメールしろ。すぐに駆けつけるから…。」
麻衣「わかった…ありがとう…。でも私は、大丈夫だに。ほいじゃあな、…ありがとうな、海里くん…。」

   肩を落として出ていく。小野、心配そうに見送る。クラス、再びざわざわ。

生徒「何よ小野、まさかあんたの彼女ぉ?」
生徒「あんたって、彼女いたんだぁ!!以外!!」
小野「違ぇーよ、俺じゃねぇ。今んのは、岩波健司の彼女だよ。」

   クラス、更に騒ぎ出す。

生徒「うっそぉー、超ショックっ!!あの、岩波くんに彼女がいただなんてぇ!!」
生徒「しかもあんなメガネちゃん選ぶだなんて岩波君、センスどーかしてるぅ!!」
生徒「あんなハンサムなのに、以ー外っ!!」
生徒「ねぇ!!」

   がやがや。

小野「おいっ!!うるせぇーぞ、おめぇーら!!クラスメイトが一人亡くなってんだぞ!!少しは自粛して悲しんだらどうなんだっ!!おめぇーらには、人としての心っつんもんが少しもねぇんのかよ!!」

   クラス、シーンとなる。小野、目を閉じて涙をこらえる。

小野(いっちゃん…何で…っ…。)

   麻衣、健司の家へと急いでいる。箱は揺さぶられ、最早チョコレートケーキはあらけどおしあらけている

岩波家
   麻衣、ベルを押す。ソワソワと落ち着きもなく顔にも心配の色。

幸恵「はい、」

   ドアが開く。

幸恵「まぁ、麻衣ちゃんじゃないの…」
麻衣「おばさん…健司は…」
幸恵「…入って…」

   幸恵に案内されるまま、家の中に。

   健司の部屋。
   ピアノ、ベッド、机はそのまま。健司はベッドの上に横たわり、目を開かず動くこともない。体は沢山のバラの花で取り囲まれて、健司はバレエのレオタードとシューズを身に付けられている。ベッドにはバイオリンが置かれ、健司の手には弓が握られている。

   麻衣、蒼白になり、持っていた箱を床に落とす。

麻衣「た…健司…」
幸恵「突然だったの…。昨日の夜よ…急に意識がなくなってね、そのまま逝ってしまったわ…」
麻衣「ほ、…んな。」

   健司に駆け寄って体に泣きつく。

麻衣「バカ健司っ!!どいでよ、私、今日、あんたとの約束ちゃんと守ってチョコレートケーキを特大で焼いてきたんだに!!あんた言ったら、私のチョコレートケーキを食べれば、どんな病気も一発で吹き飛ぶって…学校が始まるときには必ず元気になるって…。ほれなんに、…あんたが約束破ってどーすんのよっ!!ねぇってばぁ、目を開けてよ!!私を置いて、一人で行ってしまわないでよ!!健司ぃ!!」
健司「…。」

   微笑んだような顔で動かない。麻衣、泣き伏せている。そこへ悟。

悟「麻衣ちゃん…」

   麻衣、顔をあげて泣き腫らした目で、悟を見る。

麻衣「悟ちゃん…」

   麻衣、ヨロヨロと悟に歩み寄って悟の胸に泣きつく。

麻衣「悟ちゃん…どいで?どいで、どいで、健司は逝ってしまったの…?彼、私の事が嫌いになったの?ほいだもんで…黙って私の側から離れていってしまったの?」
悟「麻衣ちゃん、そんな事は決してない…タケは最後の最後まで、ずっと君の事を話してて、君を想い、心配してたよ…」

健司のフラッシュ『麻衣、悲しい涙はへー俺に見せんじゃねぇーよ。泣いてたら余計に、ブスんなるだろ…。愛してるよ、麻衣…。』

   麻衣、思い出して再び声をあげて泣き出す。悟、黙って麻衣を抱いて背を擦る。


  
   暫くして、麻衣、一人でとぼとぼと原村の道を歩いている。


諏訪若葉高校
   麻衣、玄関を入るとタッタタッタと黙って屋上まで階段を上り続ける。

同・屋上
   麻衣、一人で端っ子に立っている。

麻衣(ため息)

   そこへ咲李、萌恵、湖都、宮澤。三人、麻衣を見てぎょっとする。

四人「麻衣っ!?????」

   四人、駆け寄って麻衣を取り押さえる。麻衣、驚きながら抵抗。

咲李「バカな真似はよしなさいっ!!」
萌恵「何があったのか分からないけど、思い止まってよ!!」
湖都「死んだら全て終わっちゃうのよ!!」
宮澤「柳平さんっ!!」

   麻衣、悲しげにみんなを振り払う。

麻衣「私は死んだりせんっ!!」

   床の上に腰を下ろす。

麻衣「みんな、何を誤解してるのか知らないけど、私はほんな愚かな真似はしんっ。」

   全員、胸を撫で下ろす。

咲李「で、でも麻衣、今まで何処行っていたんよ。みんなとっても心配したのよ!!」
麻衣「…健司んとこ…」
咲李「えぇ…?」
麻衣「私…どうしても信じられんかったから…。健司の高校と、健司の家に行ったの…。あいつ、恐らく家にいると思った。いつもみたいにただ、私をからかってるだけなんだって…。だもんで、家に行けば、お首をキリンさんにして、私のチョコレートケーキを今か今かと待っていて、いつものような憎らしいほどの満面の、あの笑窪の出来る笑顔を作って…遅っせぇーよって、飛び出てくるかと思っとったんに、代りに…お母様が出てきたの…」

   膝に顔を埋める。

麻衣「健司、ベッドの上にいたわ…信じられんかった…ふんとぉーに彼、動かない、口も聞いてくれん…眠ったような綺麗な顔で、死んでしまってた…。」

   再び泣き出す。

咲李「麻衣…」 
湖都「辛かったわね…。無理もないわ、だってあれほど愛していた彼なんですもの…。」
萌恵「ごめんね麻衣…私達が話したせいで…辛い思いさせてしまったわね…。」

   麻衣、強く首を降る。

麻衣「いいえ、いいえ、いいんよ…どうせは知らなくちゃいけないことだったんですもの…。でも私、これから健司なしでどうすればいいの!?幼馴染みを二人も亡くして…あいつのいない人生なんて私、とても考えられないっ…。」

   四人、黙って麻衣を見つめる。

宮澤「柳平さん…」

   宮澤、そっと涙を拭う。


   麻衣、給食も食べられず、午後の授業も心ここにあらずで上の空。


   放課後。
   麻衣、とぼとぼと校門を出る。

麻衣「…。」

   ふと、携帯を取り出してメールを打ち始める。


茅野駅・東口広場
   麻衣、小野、小松。

小野「柳平…」
麻衣「二人とも…突然ごめんね…ありがとう。」
小松「いや、いいけどさ…どうしたの?なんか元気なさそうだね…。」

   麻衣、ワッと小松の胸に泣きつく。小松、赤くなっておどおど。

麻衣「私へー、どーすりゃいいか分からない…。」
小松「へ、へぇ?」

   小野、小松に目で説明。

小松「…どうしたの?」

   麻衣、涙を拭いて小松から離れる。

麻衣「ごめん…。とりあえず、私の家近くだだ…来て。」
小松「…分かった、話はゆっくり聞くよ。」
小野「あぁ…。」

   二人、歩き出す。

柳平家
前景の三人、家の中に入る。

麻衣「ここだに。さ、二人とも入って。」
小松・小野「お邪魔しまぁーす…。」


同・居間

麻衣「待って、今お茶入れるな…」
小松「いいよ、気を使わないで…。」

   麻衣、お茶を準備して運んでくる。

麻衣「さ、何にもないけど召し上がれ。」
小野「お、サンキュウ!!」
小松「ありがとう。では、いただくね。」

   お茶を啜る。

小松「ん、あれ?なんかこのお茶、凄く美味しいね。」
小野「本当だ。柳平、これ、何処のお茶だよ?」
麻衣「ほう?ありがとう。実はこれな、天竜峡のお茶なんよ…。父さんの実家がな、天竜峡なんけど、ほこの親戚が送ってくれたんよ。」
小松「へぇー、天竜峡かぁ…。とっても美味しいよ、ありがとう。」


小野「なぁ柳平…いっちゃんの事だろ…。」
麻衣「…。」
小野「お前、本当にあの後…いっちゃんの家に行ってきたんだな…。」
小松「いっちゃん…って?」
小野「ほれ、あの化け物屋敷でも一緒になった俺のクラスメイトさ。」
小松「あぁ、岩波健司君の事?…彼と、何かあったの?」
小野「岩波健司が…今朝、死んだんだよ…。」
小松「死んだ…」

   少し考えてから目を見開く。

小松「えぇっ!?」

   麻衣、泣きながら事の次第を話す。三人、しんみりとする。


   麻衣、話終えると黙る。

小松「そ、そんな事があったなんて、…ごめんね。僕、何にも知らなかった…。辛いよね、もういい、何も話さなくていいよ…」
麻衣「健司の家に行って、余計に辛い思いしただけだった…。これから私は、一体どうしたらいいだ?又一人ぼっちよ…。」
小野「ばか野郎、何言ってんだよ。お前は一人じゃないだろ。辛くなったらいつでも俺達が力んなる。だで、いつでも連絡しろよ。すぐに駆けつける。」
小松「そうだよ。僕らはもう友達なんだ。」
麻衣「海里君、小松君、ありがとう。」

   二人、笑う。麻衣もやっと弱々しく笑う。


麻衣「なぁ小松君、」
小松「ん、何?」
麻衣「君も確かピアノが出来るんよね。」
小松「あ、あぁ。下手くそだけどね。」
麻衣「良かったら、」

   部屋にある、古いアップライトピアノを指差す。

麻衣「何か弾いて。」
小松「えぇ…恥ずかしいなぁ。」
小野「弾かせて貰えよ。お前だってMMC出てんだで。」
小松「分かったよ。でも、笑うなよ…僕なんて、まだレベルうんと低いんだから…。」
麻衣「笑わないわよ、笑うわけないに。」
小松「じゃあ、僕が弾く代りに、」
麻衣「何?条件付き…?」
小松「君もその後何か弾いたり歌うんだぞ。」
麻衣「え、私も?」

   恥ずかしそうに。

麻衣「分かった、やります。」
小松「OK、必ずだぞ。では、小松清聡17歳、やるでありんす。」

   スタンバイ。

小松「じゃあ、今レッスンしてるやつでいい?」
麻衣「勿論、何でも小松くんの得意ナンバーをやって。」
小野「よ、いいぞキヨ!!男前!!」

   小松、演奏をし出す。麻衣、小野、笑って聞いている。


   演奏が終わる。

麻衣「わぁー、ありがとう小松君!!素敵だった。」
小松「ソナチネアルバム…。これ、今僕がレッスンしてるやつ。」 
麻衣「まぁ、ほーなの?」
小松「君の方がたぶん、レベルはもっと僕より上だよね。この曲、やった?」
麻衣「えぇ、とっても懐かしい…。小松君、いつからピアノを?」
小松「僕は9歳からさ。君は?」
麻衣「私は、5歳。」
小松「わぁ、長いんだね。君は今、何の曲をやってるの?」
麻衣「ツェルニーの50番がもうじき終わるに。後はラフマニノフソナタ。これが又難しいんよ…。」
小松「わぁー、ソナタかぁ…いいなぁ。僕凄く憧れるぅ!!」
麻衣「でもやっぱり、ピアノ男子ってかっこいいわね…うっとりしちゃう…。」

   小松、照れる。

小松「そうかなぁ。そんな事はないけど…。でも、」

   少し悔しそうに

小松「あの、京都の小口くんには負けるよ…。彼の演奏にはとてもじゃないけど勝てないや。」
麻衣「ほんなの私もよ…彼、今どうしているかしら?」
小松「そうだね…」
小野「まだ小便もらしてるのな…」

   麻衣、紅くなる。

麻衣「ちょっと海里君ったら、変なこと言うのはやめなさいよ!!」
小松「又、機会があれば彼とも遊びたいよね。」
麻衣「えぇ…ほういえば彼、今、暫くは諏訪にいるとか言っとったかしら…」 小松「え、小口くん、今諏訪に?」
麻衣「えぇ。何か京都で偉く辛い目に合っちゃったらしくて、お母様の元で療養しているんですって…。」
小野「そうか…あいつも色々と大変だな。」
麻衣「ほーね。」

   立ち上がる。

麻衣「ねぇ、もし良かったら…」

   紡、糸織が戻ってくる。

二人「ただいまぁ!!」
小松「誰?」
麻衣「あ、紹介するに。私の三つ子の兄弟だに。」

   二人、入ってくるなり小松と小野を見てキョトンとする。

小松「しおっ!!」
糸織「そうちゃん!!」

   麻衣、ニヤリ。

小松「ひょっとして君、しおと…」
麻衣「ほーだに。しおの姉です。因みに紡は私の姉。な、小松君も知ってたら。」
紡「ほいだけど…どいで、あんたと家にいるだ?」
麻衣「あぁ。軽井沢行ったときに偶々知り合って仲良くなったんよ。」
紡「ふーん。で、こっちのちょっとワイルドでイケてるのは?」
麻衣「小野海里君。彼もほーだだ。彼は、小松君の幼馴染みなんですって。」
糸織「へぇー。…ま、ゆっくりしてきなよ。」
小松「ありがとう。」
小野「そーさせて貰うよ。でもあんた、」

   紡を見る。

小野「大和撫子な柳平とは比べ物んなんない男勝りだなぁ。本当に三つ子か?」

   紡、小野をこずく。

小松「お前は、そう言うデリカシーのないこと言うもんじゃないぞ。」

   暫くして、夕食の席。

小松「何かごめんね、本当にいいの?」
麻衣「勿論、お口に合うか分からないけど食べてみてな。」
小野「旨いに決まってんだろ!!俺、あの日の屋敷でも飯の味、よく覚えてんだぜ。いただきまぁーす!!」
小松「いただきまぁーす!!」
紡「どうぞ、どうぞ。」
糸織「だら、麻衣のご飯は格別だら?」
小松「最高だよ!!」
小野「こりゃ、岩波健司が夢中になるわけさ。可愛い上に料理もうまい…。」

   麻衣、食べながら寂しそうに微笑む。

麻衣「でも、ほのあいつはへー何処にもおらん…。」

   しんみり。

小松「ご、ごめんね麻衣ちゃん…」
小野「おれ、そんなつもりで言ったんじや…」
麻衣「いいんよ、大丈夫。私に気、使わないで。ふんとぉーに大丈夫だで。さ、お代わりいる?」
紡「お、私ほしい!!」
糸織「僕も、僕もー!」
小野「俺も!!」
小松「僕も、…いいかな?」
麻衣「勿論ーっ、順番待ちな。なに代える?」
全員「全部ーっ!!」

   麻衣、おどけながらも懐かしそうに微笑む。


   食後。みんな、トランプをしている。時間は9時になる。

紡「なぁ、あんたら何時の電車?」
小松「あー、」

   時計を見る。

小松「長居しちゃったな…もうこんな時間か…。これからだとぉ…。」
小野「10:30だな。」
小松「10:30かぁ…遅いなぁ…。」
麻衣「私達は大丈夫だに。ほれまでここにおって。10:30だとぉ、10:00少し前にここを出ればいいわね。」
小松「そう?…ありがとう。では、…もう少し…。」
小野「遠慮なく。」
小松「おいっ海里っ!!お前は少し、遠慮をしろよ。」

   全員、笑う。

宮川商店街
   真っ暗な夜道。麻衣、小松、小野が歩いている。

小松「良かったのに、お見送りなんて。」
小野「そうだよ、お前、風邪引くぜ。」
麻衣「大丈夫…実は私も行きたいとこあるんよ…。」
小松「そうか、」

   三人、駅まで歩き、駅で別れる。


   小松と小野。

小野「なぁキヨ、柳平のやつ何処いく気なんだ?」
小松「さぁ…危ないところじゃなきゃいいけど…」

   二人、心配そうに駅舎に入る。

   麻衣、暗い田舎の道をどんどんと歩いている。


ベジタブルランド・HARA
   麻衣、窓際の席でぽわーんとイルミネーションを見ている。

麻衣「なぁ健司…私、未だに信じられんのよ…あんたがいないなんて…。あんたの葬儀は一週間後って聞いたわ…偉く遅いのね…。」

   麻衣、蕎麦寒天を食べている。

麻衣「!?」

   蕎麦寒天と普通の寒天をまじまじ。

麻衣「ま、まさか…あんた…」

   泣いて震え出す。

麻衣「バカ、バカよ…あいつふんとぉーにバカだわ…。」

   テーブルに突っ伏せて泣き出す。

麻衣「あんた、これさえ食べなければ死んじゃう事もなかったかも知れないのに…どいでよ、あんた、自ら具合悪くさしてるんじゃない!!あんた、言ってたわよねぇ…“俺は蕎麦は食べれない。食べたとしたら具合が悪くなる。最悪死ぬな…”って。バカっ!!」

   テーブルに能って泣いている。

   麻衣、軈てそのまま眠ってしまう。

(麻衣の夢の中)上川橋
   11/30。豪雨の中、岩波健司が歩いている。手にはパリーヌと書かれた紙袋。そこに、一台の車。

健司「!?」

   バシャッと水をかけられる。

健司「酷いじゃないか!!気を付けて走れよっ!!」

   車、健司の近くで止まって中から田中が出てくる。

田中「君は…健司くんかい?」
健司「あ、磨子の父ちゃん!!」
田中「こんな雨の日に危ないよ、何をしているんだね?」
健司「俺は、彼女の誕生日プレゼントを買いに。おじさんは?」
田中「わしかね?わしは、仕事でね…セルリーのハウスの折檻さ。ところで…」

   険しい表情でまじまじ。

田中「今、彼女と言ったかね?」
健司「えぇ、言いました。俺の彼女。正式には婚約者に…」

   袋を見せる。

健司「彼女、このパリーヌのマコロンが大好きなんです。だから彼女にこれを…」
田中「その彼女とは…ひょっとして…」
健司「柳平麻衣です。」

   田中、一気に怖い表情になる。

健司「おじ…さん?」
田中「健司君、悪いことは言わない…あんな子とは今すぐに別れなさい。そしてもう2度と付き合わないことだ。」
健司「何故です?」
田中「あの子はうちの磨子を死に追いやった悪党で人殺しなんだよ。そんな人殺し女と、君のような坊っちゃんが付き合っててもいいのかい?たちまち悪い噂がたつ…。」
健司「麻衣が何だって?人殺しだと?」

   田中に食って掛かる。

健司「磨子はあいつにとっても俺にとっても親友だったんだ!特に麻衣はそうだ。磨子が大好きだった。ほいだにどいで殺さなくてはいけないんだ!!今、あいつがいなくなって一番心傷付いて、悲しんでいるのはあいつなんだぞ!!」
田中「麻衣さんは…君の事が好きだから、同じく君を慕っている娘を邪魔に思ったんだ。」
健司「どいで、麻衣のせいにばかりするんだよ!!あいつはほんな女じゃないっ!!あいつのこんはこの俺がよく分かってんだ!!だで、」
田中「その袋をよこしなさい。」

   健司、袋を守る。

健司「嫌だっ!!」
田中「それを渡せと言っているのだ!!」
健司「渡さないっ!!これはあいつに渡す大切な物なんだ!!」
田中「大人しく渡さないと、私は本気で…麻衣さんに手を出す。彼女の家計をめちゃめちゃにし、終いには彼女の将来を…」
健司「やめろっ!!」

   二人、大雨の中、橋の上で取っ組み合いをしている。

健司「麻衣を不幸にして、麻衣を、俺を殺して、どうなる?磨子が帰ってくるか?帰って来ないだろ!!ほれどころか、あんたと同じ想いをして苦しむ人が増えるだけだろうに!!」

   パリーヌの袋と共にあったバラの花束は橋から落ちて川の中に入ってしまう。

健司「あぁっ!!」

   上半身を脱ぎ始める。

田中「な、何をするのだ健司くんっ。」
健司「うるさいっ、黙ってろ!!」

   健司、橋の欄干から上川に飛び降りる。


   上川の中。健司、泳いで花束を手に取る。

健司「よしっ。」

   泳いで岸に戻り、花束を岸に置く。

健司「くそっ。この激流じゃあ流石に水泳バタフライ、全国優勝経験のある俺でも…御陀仏んなりそうだぜ、気を付けねぇー…と」

   姿が見えなくなり、流されてしまう。

  
 田中は橋の上にいる。

田中「健司くん?健司くーんっ!!」

   青ざめる。

田中「これは、不味いことになったぞ。早く救急車に連絡をしなければ…。」

   携帯をかける。

田中「あ、もしもし、救急車ですか?」


  
   暫くして、捜索活動が成されている。


  
  数時間後、諏訪湖・ヨットハーバーにて健司、発見され、救急車に乗せられるが、顔は青白く、死んでいるかのように意識を失っている。

   麻衣、夢を見ながら涙を流す。

麻衣(健司…ほんなこんがあったなんて…私のために…?あんたって…ふんとぉーにバカね…。)

   麻衣、涙を流して気を失っている。そこへ、中洲ユカリ(13)と蘇我さん。

ユカリ「?…蘇我さん、蘇我さん、」
蘇我「ユカリ君、なんだね?」
ユカリ「あの人…大丈夫ですかね?」
蘇我「えぇ?」

   二人、近付く。

蘇我「おい、娘さんっ。娘さん、」
麻衣「…。」

   蘇我、額に手を当てる。

蘇我「大変だ。彼女、凄い熱があるぞ!!ユカリ君、急いで救急車に連絡をっ!!」
ユカリ「は、はい、分かりましたっ!!」

   ユカリ、携帯電話をかける。


   店内は騒然。麻衣は、来た救急車に乗せられる。

蘇我「私は彼女に引率していく。ユカリ君、君はここで。」
ユカリ「いえ、僕も彼女にお供しますっ!!」
蘇我「でも君は…」

   ユカリ、キリリと真顔できっぱりと。

ユカリ「えぇ、分かっています。しかし、僕だって、それ以前にちゃんと人間の心がある人間ですっ。人助けをするのは当たり前の事…。それに、何のためにここにいるのかも分からなくなってしまうではないですか!!」
蘇我「ユカリ君…分かった。ありがとう…君も一緒に。では、頼むよ。」
ユカリ「はいっ。」
蘇我「でも、呉々も身分を自ら明かしたり、バレないようにね。そして勿論ご主人に対して特別な感情を抱いてもいけない。もしも、その様なことがあったり、その様な事をしたら…。」
ユカリ「そんな事はよく分かっています。」

   二人も乗り込み、救急車は走り去っていく。

   加奈江、小平それを見ている。

加奈江「あらっ…今のお客さんってひょっとして…ターちゃんの彼女さんよね。」
小平「あぁ、ありゃ確かに…うちの学校の、同じクラスにいる柳平麻衣だな。一番の美人さ…。彼女は…。」
加奈江「大丈夫かしら…」
小平「さぁな。彼女、健司の事で相当心病んで、傷付いていたみたいだからな…完治にはこりゃかかるな…多分。」

   二人も仕事をすることを忘れて救急車と麻衣をいつまでも見送っている。加奈江はフキンとコップを、小平は、冷水ボトルを持ったまま。

病院・病室
   翌朝、麻衣が目覚める。近くには蘇我、ユカリ。

蘇我「良かった…気が付いたね。」
麻衣「…ここは…、…私は何故…」
蘇我「君は昨晩、ベジタブルランドHARAで凄い熱を出して魘され、倒れたんだよ。ここは、病室だ。」
麻衣「病室…あなた方が私を助けて下さったのですか?」
蘇我「えぇ。君は、この近くの方なんだね?悪い、身分証を見せてもらったよ。」
麻衣「えぇ、なんとお礼をしたらよいか…。あなたは、何方なのですか?お名乗りください。」

   蘇我、名刺を麻衣に渡す。

蘇我「蘇我と言います。私、オフィス・ジェネラルに勤めるマネージャーです。」
麻衣「オフィス・ジェネラル?まぁ、私の姉の勤める会社だわ!!」
蘇我「何と、これは奇遇だ。御姉様は?何と仰有る?」
麻衣「柳平八重子です。派遣プロジェクト部門で…」
蘇我「おぉ、八重子さん。彼女の事でしたらよく知ってますよ。」

   ユカリを見る。

蘇我「そして彼は、我が事務所の新人でユカリ君だ。」

   ユカリ、微笑む。

ユカリ「中洲ユカリです。お姉さん、僕らとても心配したんだよ。…でも、良かった。お姉さん、何か思い詰めてんだろ。」
麻衣「え?」

   意識がだんだんと朦朧とする。二人の声は遠退く。

ユカリ「大丈夫だよ、君のお家にも連絡したからさ、もうすぐ誰か来てくれると思うよ…。」


   麻衣、少しずつ目を開く。紡、糸織がいる。

紡「麻衣、麻衣、」
糸織「おい、おいっ、確りしろよ。」
麻衣「?」

   ユカリ、蘇我、もういない。

麻衣「つむに、しお?」
紡「んもぉーっ!!」

   麻衣を抱き締める。

紡「なにバカなこんしとるんよぉ!!心配したんよ!!」
糸織「さっき、蘇我って人から君が病院にいるって連絡を貰ったんだ。」
麻衣「蘇我さんに?」
紡「誰、知り合い?」
麻衣「いえ…見ず知らぬ方…。何か、偶々私を見つけて助けてくれた方らしいの。オフィス・ジェネラル…八重姉と同じ会社の方ですって…。で?」

   キョロキョロ。

麻衣「蘇我さんと、ユカリ君は?」

   二人、顔を見合わせる。

糸織「蘇我さんと、」
紡「ユカリ君?」
糸織「さぁ…知らんけど…」
紡「へー私達が来たときには誰もおらんかったでへー帰ったんじゃね?」
麻衣「ほーだだ…」

   肩を落とす。

麻衣「改めてお礼を言いたかっただに…」

紡「ほれよりさ、麻衣…一体何があって何処におったんよ?」
糸織「蘇我さんからは、何かベジタブルランドHARAって聞いただけど…。」
麻衣「えぇ…」

   思い出したように、悲しげに俯く。

麻衣「健司との思いでの場所…行って、あいつとの思い出…思い返しとったんよ…。」

   泣きそうに。

麻衣「へー、あいつとこんな思い出を二人で作るこんは出来んだなぁーって。最後に、あいつと最後に来た場所で、あいつの追憶のために…」
紡「追憶のためにって…」
糸織「…どいこんだ?」
紡「ほいだってあんたと健司くんは…」
麻衣「健司はへーいんだだもん…あいつはへー死んだだら…」

   二人、目を丸くする。

糸織「死んだって…」
紡「麻衣、演技でもない冗談…」
糸織「また健司くんと喧嘩でもしただら?」
紡「いくら喧嘩したからって、死人にするんは…」

   麻衣、涙目で二人を睨む。

麻衣「私が冗談でこんなこん言うと思うっ!?」
二人「え…」

紡「ほいじゃあ…」
糸織「ふんとぉーに…?」

   麻衣、手で顔を覆って泣き出す。二人も悲しげに黙り混む。


柳平家・食卓
   柳平、紅葉、と子、あすかも来ている。7人で夕食。

柳平「そうか…健司君が…。」
紅葉「あなた…」
柳平「麻衣、とても辛かっただろう…。」
麻衣「父さん…私は大丈夫です。一番お辛いのは、健司のご両親と悟さんよ…」

   柳平、紅葉、麻衣を慰める。

柳平

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あきゅろす。
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