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石楠花物語高校生時代
やむを得ぬ初夜
同・居間。小さな卓袱台に、三人。幸恵がお茶を運んでくる。

健司「お、待ってましたっ!!」
幸恵「これが、田中さんのお家から頂いたお菓子よ。麻衣ちゃんも食べてみて。」
健司「わを、これスペキュロスじゃん!!やりぃ、頂きまぁーす!!」

   一度に何枚も口に入れる。

幸恵「これこれ、あまり急がないの!!そしてこれが、」

   チョコレートケーキを切ってくる。

幸恵「麻衣ちゃんから頂いた、チョコレートケーキよ。健司、みんなで食べるのよ。」
健司「ちぇっ、折角独り占めしようと思っただに…」

   改めてチョコレートケーキをまじまじ

健司「うおっ、すげー…」

   目を輝かせる。

健司「うっまそぉ、これ…お前一人で作ったのかよ?」
麻衣「勿論ほーだに。私じゃなかったら、誰が作るだ!!」
健司「ほーか、いただきまぁーす!!」

   健司、チョコレートケーキを一切れ手で持って口に入れる。

健司「んー、やっぱりうめぇや!!お前のチョコレートケーキは、世界一!!最高だよ!!」
麻衣「ほりゃどーも。ほれより健司、」
健司「んー?」
麻衣「あんた、いいお家柄のお坊っちゃんずらに。ほいなら御曹司らしく…」
健司「あのなぁ、御曹司、御曹司って…俺は貴族のお坊っちゃんとか金持ちのうちの子とかじゃねぇーんだぜ。不愉快だ、ほんなに御曹司とかお坊っちゃんとか言うなよな!!俺は、原村の、一般家庭の子。ただ、親父は社長ってだけだろうに。ショボい田舎の酒造会社だしさ。」
麻衣「ほれでも、御曹司は御曹司じゃないのよ!!」
健司「でも、」

   得意気にケーキを食べながら

健司「チョコレートケーキは、こう食べた方が倍も美味しいんだよ。」
悟「麻衣ちゃん、もうこいつにマナーの事を言ったって無駄だよ。こいつはこういう奴なんだから。」
健司「ほーほー、だでへー俺にマナー正させるのは諦めろよ。」
麻衣「あんたは、ほーやって開き直ってるんじゃないわよ。」

   悟も食べる。

悟「ん、でも本当に美味しいよこれ、麻衣ちゃん!!」
麻衣「ほーですか?」

   少し照れる。

麻衣「悟さんに言われると照れるなぁ…ありがとうございます!!」

   健司、悟と麻衣をにらむ。

健司「おいっ、てっめぇーら!!」

   悟のケーキを取り上げて一気に食べる。

健司「兄貴、俺の麻衣に惚れたら承知しねぇーぞ!!このケーキはなぁ、俺の麻衣の愛情がたっぷりと詰まった、愛情込め込めチョコレートケーキなんだ!!ほんなもんを、易々と兄貴の口に入れられてたまるか!!」

   悟、呆れて麻衣と顔を見合わせてやれやれと笑う。


同・健司の部屋
   麻衣が健司の部屋のグランドピアノを弾き、健司はバイオリンを弾いてアンサンブルをしている。

   終る。

健司「なぁ麻衣、」
麻衣「ん?」
健司「…改めて…」

   大きな包みを麻衣に渡す。

健司「お前への誕生日プレゼントだよ。遅ればせまして、誕生日おめでとう、麻衣。」
麻衣「わぁー、ありがとう健司っ!!」

   開ける。

麻衣「フフっ。バカなあんたが命懸けで買ってきてくれた…私の好きなパリーヌのマコロン…ほれと…まだ何かあるんかしら…?まぁ!!」

   ドレスワンピースと赤い靴。

健司「どう…かな?お前に似合うと思って選んだんだけど…。」
麻衣「素敵っ!!健司、最高!!ありがとう!!」
健司「へへっ、どういたしまして。俺も気に入ってもらえて嬉しいよ。ありがとな。」
麻衣「今度会うとき、早速着るな。」
健司「是非!!俺も見てみたいし…」

   二人、微笑む。麻衣、有頂天になって歌い舞う

   『シンデレラの赤い靴』

麻衣「♪昔、昔、シンデレラがガラスの靴落としたみたいに、私のお気に入りの赤い靴草村に落としてみる。誰かが拾ってくれるかしら?私の運命の相手が…そっと履かせてくれたら、きっと心はドキドキ。君にぴったりだよってね。赤い靴って可愛い、女の子が履いてる。一緒に踊りませんか?なんてね…。赤い靴って可愛い、女の子が履いてる、映画のヒロインみたいにいつか、ヒーローに会えるかしら?昔、昔、シンデレラがドレスに変身したみたいに、私の制服もフリフリドレスになればいいのに…。気付いてくれるかしら私の、運命の相手は。かぼちゃの馬車じゃないけど小さな駅のホームで、そっとヒーローを探すのです。赤い靴って可愛い、女の子が履いてる。このままずっと踊りたい…なんてね。赤い靴って可愛い、女の子が履いてる。夜中の十二時になってもきっと、パーティは終わらないわ。赤い靴のシンデレラ…赤い靴のシンデレラ…赤い靴のシンデレラ…赤い靴のシンデレラ…。」

   歌、終了。

同・ダイニング
   麻衣、健司、岩波、悟、幸恵が集まっている。机の上にはすき焼き鍋と具材、多くの調味料がある。5人、グラスを掲げている。

岩波「それでは、我が岩波家の次男、健司の退院と、遅くはなったが17歳の誕生日を祝して乾杯っ!!」
全員「乾杯っ!!」

   全員、食べ始める。

岩波「さぁさぁ、健司、麻衣さんも、遠慮せずに食べなさい。悟が豊平までいって良質は蓼科牛を買ってきてくれたんだよ。麻衣さん、勿論君の分も買ってきてあるからね。どんどん食べて。」
麻衣「まぁ、私の分まで…悪いですわ、何か…」
悟「悪くなんてないよ、君には健司がいつもお世話になっているからね。」
健司「やりーっ!!ありがとう兄貴!!」
悟「食べすぎるなよ、」
健司「分かってるって!!」

   健司、肉ばかりとっている、

悟「肉ばかり、食べすぎるなよ。」
健司「うっせーなぁ兄貴はぁ!!別にいいじゃねぇーか!!…ほして…」

   ニコニコとして赤いソースをお皿にとる。

健司「俺これ、一度食べて見たかったんだよな。」
麻衣「何ほれ?ケチャップ?」
健司「ジョロキアソースさ。」
麻衣「ジョロキアソース?何ほれ?」
健司「ジョロキアってさ、ここらじゃ売ってねぇーんだ。でも兄貴が、俺のために東京から買ってきてくれたんだよ。んーっ、やっぱり兄貴って最高!!」
麻衣「だで、ジョロキアソースって一体何なんよ!?」
健司「俺も知らね。」
麻衣「は?」

   健司、あっけらかんと。

健司「ま、食べてみてからのお楽しみっつーもんよ。麻衣、お前もつけてみな。」
麻衣「えぇ、ほーね。何か珍しいわ。楽しみっ!!」

   悟、呆れてもうどうなっても知らないと言う顔で食べている。健司、ルンルンとジョロキアソースをたっぷりとつけて肉を口に入れる。
   『ジョロキアソースの歌』

健司「ぐふっ!!!」

   噎せて咳き込む。

麻衣「!?」

   慌てて健司の背をさする。

麻衣「ちょっ、ちょっと健司!!あんたどーしただ?大丈夫?」

   健司、涙目で水を飲む。

健司「大丈夫、大丈夫…辛いっ!!」
麻衣「辛いだぁ?」
健司「うん。でも…」

   再びジョロキアをつけて口に入れる。

健司「ウマ辛っ!!」
麻衣「…ほう?…では私も、話の種に…」

   ジョロキアをたっぷりとつけて口に入れる。

麻衣「うっ!!!」

   咳き込む。

麻衣「何がウマ辛よ!!激辛じゃないの、こんなのぉ!!健司のばかっ!!」

   健司を何度もこずく。

   

   食後。悟と麻衣、健司、が話をして笑っている。

健司「あ、なぁ兄貴に麻衣?」
悟「ん、何だ、タケ?」
健司「折角だ。みんなでチャオチャオベイやろうぜ。」
麻衣「チャオチャオベイ?…何よほれ?」

   悟、目を見開く。

悟「チャオチャオベイだって!?おいタケ、お前正気か?以前それでえらい目にあってるだろう?お前はゲーム類には弱い。今度も負けて絶対泣くに決まってる。だから止めとけっ!!彼女の前でそんな姿曝したくないだろう!!」
健司「へへぇーん、俺はへー負けねぇーよ。ここじゃ、俺よりもっとゲームには弱いやつがいるんだ。ターゲットはほいつさ。」

   得意気に麻衣を見る。

悟「お、お前まさか…麻衣ちゃんに…」
健司「勿論!!」
悟「止めろタケ、お前、女の子に何て言うことを…」
麻衣「ふーん。私に何かやらせようとあんた、企んどるんね。何かしら?」
健司「いいこんだよ。なぁ麻衣、やってくれるか?」
悟「麻衣ちゃん、よしな。」
麻衣「いいわっ!!ほの挑戦、受けて立つ!!」
健司「やりーっ!!」
麻衣「ほの代わり、あんたの企み、教えなさい!!」
健司「…え?」
麻衣「例え何を聞いても受けて立つわ。でも、教えてくれないんなら私、やんなぁーい!!」

   健司、躊躇う。

健司「わ、分かったよぉ…なら言う…」

   小声で遠慮がちに。

健司「俺が何度も経験しとるように…お前にも同じ思いを味わって貰いたくてさ。」
麻衣「何、同じ思いって?」
健司「おもらし…さ。」
麻衣「はぁっ!?私がぁ!?」
健司「ほーさ。」
麻衣「何よあんた、あんたが中1ん時、ほして諏訪湖花火の日、おもらししちゃったあんたに何してやったか覚えとらんの?…ほれなんに、私に仕返し?恩知らずなんね。」
健司「違うよぉ!!」
麻衣「何でもいいけど…約束は約束ね、受けて立つわ。」

   悟、心配そう。

健司「勿論兄貴もな。」
悟「えぇーっ、僕もやるのかい?」

   三人、ゲームをやり出してみんな次々と飲み物を飲んでいく。


小口家
   千里、アパート中を幸せそうに踊り回っている。

夕子「千里、あんたピアノの試験合格なんだってね。良かったねぇ!!」
千里「うんっ!!」
夕子「頑張りな。来年の留学は私も援助してやるからね。」
千里「おばさん本当に!?ありがとうっ!!」

   千里、夕子に抱きつく。

夕子「これこれ、やめなよ。気持ち悪いじゃないか!!」

   千里、しばらく夕子の胸にいるが、突然口を押さえて離れる。

夕子「…どうしたんだい?…千里?」

   千里、急いで流しにかけていき、又も吐血してしまう。千里、震えている。

夕子「千里っ!!」

   急いで千里のもとへかけていき、背をさする。

夕子「お前っ、吐血…大丈夫かい?一体何があったんだい!?何処か悪いのか?えぇっ?」
千里「おばさん…」

   ゆっくりと倒れる千里の体を慌てて支える。千里、意識を失っている。

夕子「大変だ、お前すごい熱があるじゃないか!!待ってな、今病院に連れてってやるからね。」

   夕子、ぐったりする千里を抱いて急いで退室。

病院・病室
   ベッドに横たわる千里、近くには夕子。千里、少しずつ目を覚ます。

夕子「千里っ、気が付いたかい?…一体どうした?心配したんだよ!!」
千里「おばさん…ここは?」
夕子「ここは、病院だよ。お前ったら突然血を吐いて、急に高熱を出して意識失っちまったんだよ!!覚えているか?」

   そこへ、主治医。

主治医「小口千里君ですね。」
千里「…はい。」
主治医「調べてみましたが、特にこれと言う異常は見当たりませんでした。ご親族様からお話聞きましたところ、恐らく疲れとストレス等から来ている神経的なものだと思います。暫くは、静かなところ、君のご両親の元がいいでしょう。そこに行って、療養した方がいいでしょう。」

   千里、ショックを受けたような顔になる。

主治医「あぁ。君は数ヵ月前から同じ様な症状が何度も出ているみたいだね。相当酷くなっている。少しリラックスできる場所で落ち着けば、症状は治り、元気になるでしょう。」

   主治医、出ていく。

   夕子と千里

夕子「千里、先生の言う通り、私もそれがいいと思う。」
千里「それって…僕に、諏訪に戻れって言うこと?音楽の高校も止めるってこと?」
夕子「辛いと思うけど…お前の体を救うにはそれしかないだろう。私は、体を壊してまで頑張れとは言ってないんだよ!!」
千里「嫌だよっ!!」

   泣き出す。

千里「僕、そんなの嫌だよ!!折角試験に合格出来たのに…僕の夢なんだ…僕、これだけをずっと目標に進んできたんだよ…。ポーランドに行って、ロマノフ氏に一流のレッスン受けたいんだ。ねぇ、おばさんっ!!」

   夕子、千里を抱き締める。

夕子「千里…私もお前のやりたいこと、目標はよく分かっているよ…。初めは反対してたけどね…。今はお前の才能知って、心から応援はしたいと思っているよ。でもねぇ、お前のからだがどうかなって、もっとおかしくなっちまったらどうするんだ!!音楽どころじゃないだろ!!千里、その事をちゃんと考えな。今は私たちの言うこと、ちゃんと聞きな。」

   千里、夕子の胸で泣き出す。

夕子「お前の母さんに連絡するからね…症状が治り次第、電車乗って戻るんだよ。」


   暫く後、千里一人ぼっち。電話で話ながらボロボロと涙をこぼしている。

   『不幸の星の下に生まれて』

岩波家
   麻衣、悟、健司。何本もあったドリンクは全て空。健司、真っ赤な顔をしておつくべであしをもじもじ。

悟「おい、我慢しないで早く行けよ…」
麻衣「ほーよ。バカなこんやってたら又間に合わなくなっちゃうに。私、今日はへー助けてやらんで。」
健司「ほ、ほいだって…先にトイレなんて行ったら、俺が又負けちまうもん…。ふ、二人は?」
悟「生憎だけど…僕は全く。」
麻衣「私も。結局あんたの負けよ。早く行きな…」
健司「…。」

   悔しそうに立ち上がる。

健司「ふぅっ!!」

   その場で固まる。

健司「兄貴ぃ…助けて…」

   麻衣、悟、呆れて顔を見合わす。

麻衣「ほれ、言わんこっちゃない!!」
悟「だではじめから僕がやらない方がいいと言ったんだ!!」
健司「うぅぅっ…」


柳平家・居間
   紡と糸織がテレビを見ている。そこへ麻衣。

麻衣「ただいまぁ!!」
二人「お、戻ってきた、戻ってきたっ!!」
紡「健司君、どーだった?」
麻衣「えぇ、あいつはとっても元気んなっとったに。少し…」

   呆れ笑いでため息。

麻衣「どーしょうもないハプニングもあったけどな。」
二人「ハプニング?」

   麻衣、フフっと笑う。

特急電車の中
   千里、乗りながら何かを読んでいる。

敷田の手紙《千里へ。お前、辛かったな…折角合格しただに…俺たち、お前がそんなに苦しんでるなんて、何にも知らなかった。気付いて、支えになってやれなくてごめんな。諏訪に戻っても決して諦めるんじゃねぇぞ。又遊びに来い。》

藤丸の手紙《千里へ。お前ずっと辛い思いしてたんだな…ごめんな。辛いときはいつでも俺たちを頼れよ、何処にいたって俺たちは友達だよ。俺たちも又、諏訪に遊びにいく…お前も絶対ピアノの夢、諦めずに続けろよ。お前の才能なら、絶対大丈夫だ。いつか、クラッシック業界で再会できるのを楽しみにしてるぜ。お前が一流のピアニストになって幸せになれますように。》

   千里、震えながら涙を流して目を閉じる。

千里(敷田くん…藤丸君…ありがとう…。みんな、本当にありがとう…。僕も頑張るからね。絶対に諦めないで頑張るからね。)

   ボロボロと泣いているが、突然フラーっとなる。

千里(やばっ…気持ち悪っ、酔ったかも…)

   バッグをがさごそ。

千里「♪乗り物酔いには水無1錠、酔ってからでもすぐに効く、ムッ…うぅっ、くそ…ない、切らしてるよ…。」

   千里、ぐだーっと背凭れに凭れる。

千里「くそ…こりゃダメだ…もう寝てこっと…」

   具合悪そうに目を閉じる。

普通電車の中
   千里、キャリーバッグを持ってヨロヨロと乗ってくる。そこへ、清水克子。

克子「おい、お兄さん…ヨロヨロと真っ青い顔してぇ、大丈夫かい?どうした?早く、座りなよ…」
千里「ありがとうございます…」

   克子、千里を座らす。

千里「特急に酔ったんです…」
克子「まぁまぁ。…どっから来たんだい?旅行の方?」
千里「いえ、京都から来たんですが…これから実家に帰るんです。」
克子「そうかい、そうかい。で、何処まで?」
千里「茅野です…おばさんは?」
克子「あたいかい?あたいは富士見…」

   千里をまじまじ。

克子「ん?あんたどっかで会ったことないかい?」
千里「へ?」

   克子、少し考える。

克子「あぁ!!わかったよ!!あんた千里じゃないかい!!結婚式、そして軽井沢の!いやぁ、こんなとこで会えるなんて奇遇だよ!!改めて…大きくなったねぇ。元気だったかい?」
千里「…え?」

   考えて、ハッとする。

千里「克子さんだぁ!!」
克子「おや、克子さんなんて他人行儀だねぇ、おばさんでいいよ。」
千里「僕をよく見てくださいっ!!ほら、僕ですよぉ!!」
克子「だであんたは…」
千里「違います、そうじゃなくて!!僕は以前、農夫としてお世話になった千吉!!千吉こと、千里ですよ!」
克子「…千吉…?」

   キョトンとするが目を丸くして千里を見る。

克子「千吉ってあんた、あん時の千吉かい!!」
千里「はいっ!!」
克子「まぁまぁ、」

   懐かしそうに。

克子「お前は、相も変わらず賢そうな顔してぇ…まさかお前が私の遠い親戚だなんて…今は?いくつなんだい?」
千里「高校2年生だよ。」
克子「そうかい!!やぁ、あんたに言われるまで分からなかったよ、あの千吉がこんなにも背が高く立派や男んなっちまって…あんた、今ひょっとしてモデルかなんかやっているのかい?」
千里「まさか、冗談言わないでください!!僕は普通の17歳ですよ!!」
克子「あんたがいるっつーこんは、夕子さんたちもいるんだね。」
千里「えぇ、夕子は僕のおばさんで、あの時と同じく、頼子と忠子、二人の妹がいるよ。」
克子「そうか…一度会ってみたいもんだ…。んじゃ、マコは?」
千里「マコ?北山マコの事ですかい?」
克子「そうだ。その子しかいないだろうに。」
千里「知りませんや…」

   ぽわーっとする。

千里「今、僕の近くにはいません。いたとしてもきっとお互いに気付かないと思います…それに、今、北山マコとしての人生を生きているのかも分からないし、第一、存在しているのかさえ分からない…」
克子「そうか…残念だねぇ…もし、マコと会ったら知らせておくれ。あたいらが会いたいっていってたって伝えて欲しいんだ。あたいらは、いつも富士見にいるからね。茅野なら近いし、会おうと思えばすぐに会えるさ。」


   二人、話し込む。

   放送がかかり、電車が止まる。

茅野駅・普通電車の中
   千里がびよらびよらと降りようとする。

克子「ちょっとお待ちよ、まだ休んでな。ここでは15分止まっているからね、そう焦ることもないさ。」
千里「そうですか…」

   千里、再び座り直して時計を見る。

克子「春さんもいるんだけどねぇ…あいつと来たら、仕事はリストラされるは、職も探さずにぶらぶらとキャバクラで飲み歩いてさ、パチンコばかりだよ。これじゃあ家庭が破綻だ。今度一発ひっぱたいてやるんだから。」

   二人、笑う。

千里「そこも昔と変わらずですね。相変わらず、おやっさんらしいですや!!」
克子「まぁね。変なとこばっかりそのままなんだよ。」

   ため息。

克子「でもね、もしあいつも…あんたと会って、あんたが元気でいい青年で立派になってたなんて知りゃあうんと、喜ぶよ。」

   時間になり、千里、立ち上がる。克子、メモを渡す。

克子「…行くんだね…これ、私の携帯番号だよ。いつでも連絡しな。又、遊びに来るんだよ。今度は、マコと一緒にね。」
千里「えぇ、是非!!マコと一緒は多分無理だと思いますけどね…」

   千里、電車を降りる。電車は発車する。二人、手を振って別れる。


   千里、携帯をかける。

千里「もしもし、ママ?僕、千里だけど…」


同・西口
   千里、震え上がる。

千里「ママ、今ここに住んでいるんだ…流石長野県だな…京都とは空気が全然違うや…。」

   『ふるさとの』

千里『ふるさとの山に向かいて言うことなし、ふるさとの山はありがたきかな…柔らかな柳青める北上の、岸辺めに見ゆ、なけとごとくに』
   
   歩き出す。

千里「いいや、ここに入っていよ…」

   駅前デパートに入っていく。

   暫く、携帯がなる。

千里「あ、ママだ!!」

   外に出てキョロキョロ。一台の車が来る。小口珠子が運転している。
 
珠子「せんちゃん、」
千里「ママっ!!」

   珠子、車から降りてきて千里を抱き締める。千里も珠子に抱き付く。

千里「ママっ、ママ、会いたかったよ、ママ!!」
珠子「せんちゃん、色々と辛かったわね…ごめんね、ママが側にいてあげられなくて…。」
千里「何言ってんだよママ、僕は大丈夫だよ…。」
珠子「あら?」

   千里の窶れて青白く、げっそりとした顔を見る。

珠子「せんちゃん、大丈夫?電車の中で何かあったの?」
千里「いや…ただ、…うぅっ、電車に酔ったんだ…それだけだよ。」
珠子「可哀想に…あなたは普段、酔うような子じゃないのにね…」

   まじまじ。

珠子「事情は夕子おばさんから全て聞いたわ。でも、大丈夫…安心して。ママ、せんちゃんの為なら何でもしてあげる。ママがこれからは側についていますからね。せんちゃんの事、全力で応援するし、守ってあげる、支えてあげるからね…。これからはママと一緒に暮らしましょう…。」
千里「ママ…」

   わっと泣き出す。珠子、優しく慰める。

珠子「まぁまぁ、あなたは…泣き虫さんね。男の子でしょ、もっと強くおなりなさい…ほら、涙を拭いて、帰りましょ。ママね、せんちゃんの為にプレゼントを用意してあるのよ。」
千里「プレゼントを?僕に?」

   泣き笑い。

千里「へへっ、何かな…」

   二人、車に乗り込む。

珠子「フフっ、せんちゃんもきっと喜ぶものよ…。楽しみにしていてね…。」
千里「うんっ。」

   車、茅野駅を出ていく。

小口家
   珠子、玄関を開ける。

珠子「さぁ、着いたわ。」
千里「お邪魔しまぁーす…」
珠子「お邪魔しまぁーす、って何よ。ここは、せんちゃんのお家なのよ。」
千里「あ、そうか。」

   悪戯っぽく舌を出す。

珠子「そして…」

   一つの部屋の扉を開ける。

珠子「ここが、せんちゃんのお部屋よ。」
千里「わぉー、へぇー…」

   中へ入るが、目が釘付けになり固まる。千里の視線の先にはグランドピアノ。

千里「…これは…」

   珠子、微笑む。

珠子「そうよ、驚いた?…これが、せんちゃん…あなたへのプレゼントよ。」

   千里、恐る恐るピアノへと近付く。メーカーの表記を見る。

千里「べ…ベーゼンドルファー…?…どうして…」
珠子「オーダーメイドで、ドイツの職人さんに作っていただいたのよ。ママの貯金と、パパの遺産でね。」

   千里、震えながら目に沢山涙をためて今にも泣きそう。

珠子「だって、今のせんちゃん…可哀想過ぎて、ママ見ていられないのよ。折角、音楽の高校…やめることになっちゃって…。ママね、あなたにピアノの夢は諦めて欲しくないの!!あなたには、明るく希望をもって生きて欲しいの。だからね、」

   千里、ボロボロとこぼれる涙を肘で拭っている。

珠子「あなたのずっと欲しがっていた、この最高のピアノで、あなたの夢、追いかけて欲しいのよ。せんちゃんの才能なら何だって出来ちゃう!!ママ、応援するからね。せんちゃんがピアノを諦めるなんて、ママ、そんなの辛すぎて見ていられない。希望を捨てないで、ママと一緒に頑張りましょ。強く生きるの、せんちゃん。ね。」
千里「ママ、…ありがとう…」

   珠子、千里を抱き締める。

珠子「こらこら、又泣いて…よわんぼさんですね。」

   珠子、レオタードとトゥーシューズを千里に手渡す。

千里「これは?」
珠子「バレエ用品…。ママ、新しく買っておいたわ。バレエの小口先生にも、ピアノの名取先生にも再び連絡しておいたわ。そしたら二人とも又是非来てとおっしゃってくれたから。又、バレエもピアノもおやりなさい。あなたの好きなこと、ママ、何でもやらしてあげるからね。二方とも、あなたは才能がある子だから、今年もMMCに推薦してくださるともおっしゃっていたわよ。」
千里「本当に!!ありがとうママ、僕、僕、バレエもピアノも大好きだから凄く嬉しいよ!!勿論、MMCにも出してくれるんなら出たい!!でも…」

   恥ずかしそう。

千里「僕、まだ踊れるかな…体動くかな…京都では全く何もそういったスポーツ関連のことはやってなかったから、不安だよ。」
珠子「大丈夫よ、せんちゃんなら出来るわ!!だって、3歳や5歳の頃からずっとやっている、事じゃないの!!しかもあなたには天才的な才能がある。そう簡単に体が忘れる負けないし、固くなる筈もないわ。」

   肩を叩く。

珠子「だからせんちゃん、自信を持ちなさい。」
千里「うん、ママ…」

千里「ねぇ、ママ?」
珠子「なぁに?」
千里「ピアノ…少し今、弾いてみても…いいかな…」
珠子「何言ってるの。その為にあるのですもの、勿論よ。ママに聴かせてちょうだい、更に上達したせんちゃんのピアノ…」
千里「うん、何がいい?」
珠子「何でもいいわよ、せんちゃんの得意な曲で。」
千里「分かった…、ならこの間の試験で合格したときの曲弾くね。」

   千里、椅子に座って恐る恐る鍵盤を押してゆっくりと弾き出す。珠子、目を閉じてうっとりと聴き入る。

   千里、泣きながらピアノを弾いている。19時の出来事。


   暫く時が流れる。
   23時。

   麻衣は紡、糸織と共に畳の部屋で熟睡。


   健司は一人部屋で、自分のベッド。ヘッドホンを耳に当てたまま横向きで寝入っている。


   千里は一人部屋で、やはり自分のベッド。くまの縫いぐるみを確りと抱き締めて寝入っている。少し扉を開けて様子を伺うと微笑んで扉を閉めて戻っていく。 

諏訪若葉高校・教室
   萌恵、湖都、咲李。そこへ麻衣。

三人「麻衣っ!!」
麻衣「あ、みんなおはよう。」
咲李「麻衣、大変だったわね。辛かったわよね。」
湖都「ここ最近のあなた見てるのは、本当に辛かったもの。」
萌恵「毎日泣いているんですもの…それからどう?彼…」
麻衣「健司のこん?」

   満面の笑み。

麻衣「彼、元気んなったんよ!!もうすっかり元通り!!」
三人「わぁー!!」
咲李「良かったじゃない!!本当に良かったわね、麻衣!!」
麻衣「うんっ!!」

   そこへ、宮澤。

宮澤「あ、柳平さん。おはよう。」
麻衣「あ、達弥!!達弥!!」

   宮澤に思いっきり抱きつく。達弥、紅くなる。

麻衣「なぁ達弥!聞いて!!私の彼がな!!健司が元気になったんよ!!これ程嬉しくて幸せなこんってないわ!!私今、とっても歌って、踊りたい気分なのよ!!」

   麻衣、歌い踊り出す。
   『全て微笑み』

   歌が終わるとそこへ、高橋と小平、林。

高橋「おーっ、達弥のやつ、柳平に抱きつかれて赤くなってやんの。」
林「こいつ、前から柳平に惚れてんだぜ。」

   宮澤、更に紅くなる。

宮澤「ち、違うよ、からかうな!!ぼ、僕はただ…。」

   手で顔をあおぐ。

宮澤「今日は何か、晴れててあっついからさ。や、やっぱり夏だよね。僕、暑がりなんだ…アハハハハ…」
   
   全員、顔を見合わせる。

麻衣「夏って…今は真冬だけど…」
萌恵「しかも、今日は曇ってて天気も悪いし…」
湖都「雪降りそうで、」
咲李「かなり寒い…」

   全員、にやっとして宮澤を見る。宮澤、困ってもじもじと下を向く。


柳平家
   麻衣、紡、糸織。

麻衣「ほいじゃあ私、ちょっくら買い物行ってくるな。」
糸織「お、ほれならさ。クリスマス限定で売っとる、弥生通りのお菓子やさんのスペキュロスと、」
紡「上諏訪駅前のミルテの花で、クグロフとクルミとケシのベイグリ、買ってきてや。」

   『茅野駅前のお菓子屋さんで』

麻衣「はぁー?嫌よ、只でさえ沢山で重いっつーだに!!」
紡「ついでだで、いいらに!!クリスマスだもん、あれがなくちゃクリスマスじゃないに!!」
糸織「ほーだに、ほーだに!!」
麻衣「ほんねに言うんだったらあんたらも手伝いに来いっつーよ!!」
紡「えーっ、私、めんどくさ。」
糸織「僕も、寒いの苦手だし…」

   麻衣、つんっとして出ていく。

紡「…麻衣、買ってきてくれるかやぁ?」
糸織「さぁね。でも、怒らしたようだで、あれじゃ多分、無理じゃね?」
紡「ほんなぁー…。」


上諏訪駅前
   時間が経ち、夜も遅い。麻衣、大通りを沢山の荷物を抱えながら不機嫌そうに歩いている。

麻衣「ったく…つむとしおのやつ…手伝いもしないで私一人にこんなに持たせて…どれだけ大変かっつーこん…」

   前方からは、千里が焼きそばパンをかじりながら携帯を弄って歩いてくる。二人とも気が付いていない。

二人「うわっ!!!」

   ぶつかって転ぶ。麻衣の買い物がみんな散らばる。

麻衣「あいたたた、ごめんなさいっ。大丈夫でしたか?」
千里「いえ、僕こそごめんなさい…あーあ、どうしよう、こんなにしちゃって…」

   千里、散らばる買い物を片付ける。麻衣も片付ける。

麻衣「あ、ありがとうございます。」
千里「いえいえ、僕が悪いんですから…」

   ふと麻衣を見て、ぽーっと紅くなる。

千里「君は…麻衣ちゃん…」
  
   麻衣も千里を見る。

麻衣「せんちゃんじゃないの、どーゆー?」

   二人、歩き出す。

麻衣「何?どーゆー、お休み?」
千里「いや…」

   罰が悪そうに照れながら。

千里「実は僕、あれから京都で色々とあってさ…暫くは、療養のためにこっちへ戻ってきてるんだ。」
麻衣「まぁ、ほーなの!!」
千里「うん、君は?買い物か?」
麻衣「えぇ。今夜と明日の買い物…。薄情な私の兄弟たちが、手伝いもせず、私だけにこんねに買わせてさね…」
千里「僕が来て良かった…重そうだね、手伝うよ。」
麻衣「え、いいにほんな…あんたもお疲れずら?ほれにお家が…」
千里「君、茅野だろ?」
麻衣「えぇ。」
千里「実は僕も!!」
麻衣「え、どいで?どいで?ほいだってあんた。」
千里「今ママが茅野に住んでるんだって。だから僕も茅野にいる。豊平ってとこ。方向もどーせ同じなんだ。君んちまで持ってくよ。」
麻衣「ありがとう!!では、お言葉に甘えて…」

   千里、微笑んで麻衣の手提げを二つ持つ。麻衣は一つ。二人、駅舎に入る。

電車の中
   二人、お喋りをしながら乗っている。

   暫く後。

アナウンス「小淵沢ぁ、小淵沢です…」

   二人、ハッと顔を見合わす。

麻衣「今…何て言った?」
千里「確か…小淵沢って、言ったよね…」
麻衣「しかもこれ…」
千里「終点…」

   二人、青ざめる。

   二人、とりあえず駅に降り立つ。二人、身震い。

麻衣「でも、困ったわ。私、家にはつむとしおのやつしかおらんのよ。私の三つ子の兄弟だだもんで、私と同い年。父さんは今、静岡。母さんも地区の行事で県外…」
千里「僕も…今一緒に住んでいるのは小学生の妹二人とママ。でもママは今日は社員旅行で明日の夜までいないんだ。」

   二人、更に困って頭を捻る。

柳平家
   紡、糸織、畳に寝転んでいる。

紡「んもぉーっ、お腹すいたぁ!!」
糸織「麻衣のやつ遅いな…何処まで行っちまったんだ?」
紡「さぁー…」

   二人、ため息。

ホテル・客室
   麻衣、千里、部屋に入って固まる。

麻衣「結局…明日まで帰れないんだし…仕方ないわね…」
千里「あぁ…ごめんよ、僕が確りとしないせいで…」
麻衣「何言っとるんよ、せんちゃん…私がお喋りに夢中んなっとったせいだに…」
千里「でもこれ…」
麻衣「どうする…?」

   ベッドはダブルが一つ。

麻衣「ここしか空いていないって言われたけど…」
千里「だね…。…君寝なよ。」
麻衣「何言ってんの、いいに、あんたが寝て!!ほいだって、お金出してくれたんはあんたよ。」
千里「そんなの関係ないさ!!こう言うのはレディーファースト。女の子にサービス。体冷やしちゃいけないからさ。」
麻衣「でも、…いいに、私こー見えて意外に強いんだで。あんたが。」
千里「いやいや、僕は男だ。こんなときは女の子の君が。」

   二人の譲合いが続いている。

   更に暫く後。
   千里と麻衣、評し悪そうにダブルベッドに二人で入っている。

千里「…ごめん…結局こんなことになっちゃって…」
麻衣「いえ…こちらこそ…」
二人「…。」
千里「…何にもしないからね…安心して…」
麻衣「何にもって?」
千里「いや…何でもない…」

   二人、互いに顔を合わせずに横になる。

千里「僕、そんなつもりじゃ…ないんだけど、でも健司君には黙っててあげてね…彼、繊細だから傷付いちゃうかも…」
麻衣「分かっとる、言わんわよ。」
千里「お休み…」
麻衣「お休み…」

   二人、目を閉じる。麻衣のお腹がなる。

千里「ん?」
麻衣「ごめん、…私のお腹。何かお腹空いちゃって…」
千里「そうだね。…そう言えば僕も…」

   麻衣、時間を見る。

麻衣「でもへー12時回っとる。こんな時間に食べちゃいけんね。…いいわ、朝まで我慢だ。お水もトイレ行きたくなっちゃうし…」

   再び目を閉じる。麻衣、悪戯っぽく。

麻衣「でも、…どうしても我慢できなくなったら…あんたのこん、食べちゃうかもな…」

   千里、目を開けてドキッ。

麻衣「なーんてね。ごめん、ごめん。冗談よ。せんちゃんみたいな美男子、食べちゃう事なんて出来ないわ。…お休み。」

   『お願い許して恋人よ』

千里「僕も…」

   ふっと笑う。

千里「君みたいな美少女、食べちゃう事なんて出来ないよ。お休み…」

   二人、寝入る。

   翌朝。麻衣の携帯がなる。


麻衣「わあっ!!」

   驚いて飛び起きる。

麻衣「びっくりした…つむ?」

   電話に出る。

麻衣「あぁ、つむ。おはよう…」
紡の声「おはようじゃないに!!あんた今、何処におるんよ。」
麻衣「ごめんごめん、ちょっと色々と事情があってな…」
紡の声「買い物は?どうしたんよ?」
麻衣「大丈夫、ちゃんと冷蔵庫だに。ほいじゃあつむ、悪いけど私、このまま学校行くで、茅野駅まで制服届けてくれる?ほいじゃあな。」

   切る、

紡「もしもし?もしもしっ?…んもぉ!!」
糸織「麻衣、何だって?」
紡「分からん。でもなんか、買い物は冷蔵庫だとか…」
糸織「何?ほいじゃあ友達んちか何か?」
紡「さぁ…」

   二人、顔を見合わす。


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