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石楠花物語高校生時代
復活

諏訪若葉高校・教室
   麻衣が入ってくる。

麻衣「はよーん!!」

   永田咲李(17)、湖都(17)、萌恵(17)が集まって話をしている。

麻衣「みんな、何話してただ?」
咲李「あ、麻衣だ。来た来た!!」
湖都「待ってたのよ、」
萌恵「そうそう、」
麻衣「?」

   咲李、ニヤリとして麻衣を見る。

咲李「この休日はロマンティックな日を送れたかしらぁ?」
湖都「今、学年中の噂よ。」
麻衣「えぇ、何の話?」
萌恵「とぼけたって無駄よ、彼氏…いるんでしょ?」
麻衣「…。」
湖都「あなたとその男の子とのデート現場、目撃した人がいるのよ。」
萌恵「もぉ、学年中が“柳平麻衣に男がいる!!”って騒いでんのよ。」
咲李「んでんで、その彼氏ってどんな子なのよ?」
萌恵「えーとねぇ、目撃した奴によれば…背は麻衣より低いくらいでやせ形だったけど、物凄い美男子でハンサムらしいのよ。」
湖都「へぇー!!うらやましいー!」

   麻衣、得意気に

麻衣「当たり前ずらに!!まいぴうの選んだ男の子だだもん、ハンサムに決まってるじゃあ!!」
咲李「こいつ、自分で言ってるよ。」

   麻衣をこずく。

咲李「で、その彼はどこに住んでるの?諏訪?下諏訪?」
麻衣「原村だに。何てったって彼は“酒・IWANAMI ”の御曹司!!少々お言葉は悪いけど、紳士なまいぴうの白馬の王子様なのよぉー!!」

   うっとり。
  『八ヶ岳のサラブレッド・ポニー』

麻衣「ほしてなぁ、私達は高校を卒業したら結婚するのよぉ!!」
湖都・咲李・萌恵「きゃあーーーっ!!!」
咲李「何其何それ、ロマンティック過ぎるじゃないのぉ!!」
湖都「しかも、原村なんて会えそうで会えないプチ遠距離!!」
萌恵「しかもなぬぅーっ?あの“酒・IWANAMI ”の御曹司だってぇー?」
三人「いいなぁーー!!」

   そこへ、宮澤達弥(17)、高橋司(17)、林拓斗(17)がやって来る。

高橋「んー、何話してんだ?白馬村の彼氏がなんだって?」
林「俺はちゃんと聞いてたぜ。柳平の彼氏が白馬村にいるって話だ。」
高橋「ほー、白馬村か。ほりゃえらい遠距離だな。」
湖都「ちょっとぉ、盗み聞き?」
萌恵「やらし、」
麻衣「てか、白馬村じゃないわ!!白馬の王子様っ!!」
宮澤「そうだよ高橋君に林君、勝手に聞いて勝手にあまり変なこと女の子に言うもんじゃないよ。ね、柳平さん。」
咲李「そうよ、そうよ!!だから女の子にモテないのよ!!」
宮澤「って…」

   申し訳なさそうに頭をかく。

宮澤「ごめん…そういう僕も…そうだよね。」
麻衣「達弥、あんたはいいんよ。いい子だで。」
高橋「おいっ!!どいで達弥にはいい顔して、俺らの事は。」
女子たち「そりゃあんたらが達弥と違ってずけずけしてるからよ!!」

   高橋、林、悔しそうに面白くなさそうに戻っていく。宮澤、二人を見つめている。

麻衣「達弥、あんな変な男達のこんなんて放っておきな。」
萌恵「そうそう、」
咲李「相手にしない方がいいよ、あまり。」
湖都「バカがうつるから。」

   女子たち、大笑いしだす。

麻衣「ちょっとやめなさいよぉ、みんな!!ほれは流石に言い過ぎだに!!」

   と言いながらも、麻衣もクスクスと笑っている。

諏訪実業高校・音楽室
   健司がピアノを弾いている。そこへ小野、健司の肩を叩く。


小野「よ、いっちゃん。」
健司「あぁ、海里か。何?」

   ピアノの手を止める。

小野「何じゃねぇーだろ、お前はいつもつれねー返事だな。」
健司「つれなくて悪ぅござんしたね。」
小野「其にしてもお前は…柳平が惚れるのも分かるよ…」
健司「は?」
小野「やぁ、お言葉は少々悪いとこあるけどさ、…お前はハンサムだし、何でも出来るし頭はいい…。勉強の点はいいし、水泳ではトップ。バイオリン弾くし、顔にも似合わずピアノとバレエやるしさ。」
健司「顔にも似合わずは、余計だよ。顔にも似合わずは!!」

   何も聞かなかったかのように

健司「まぁな。バイオリン、バレエ、ピアノと水泳…みんな俺がやりたくてやってる訳じゃない…お袋にやらされてんだよ。(声色)“今時の男の子は、これくらい出来なくっちゃねぇー!!ほの方が女の子にモテんのよぉー”なーんて言われてやらされてからずっとさ。」
小野「ほーん、それでお前、よく今まで文句言わずに続けてんだな。」
健司「言ってもどーせやめさせてくんねぇーし。へーいい加減俺も諦めて続けてんだよ。幸い、ほんねに嫌いじゃねぇーしな。でも、」

   クールに立ち上がってバレエのステップを踏み出す。

健司「俺がバレエ出来るっつーこんは、あいつまだ知らねぇーんだ。」
小野「え、何で?」
健司「だって…」

   恥ずかしがってもじもじ。

健司「恥ずかしくって、言えないんだもん…キモがられそうで怖いんだもん…嫌われたくないもん…。」

   小野、真顔でまじまじと健司を見る。

小野「や、そんなことあの子に限ってないと思うぜ。寧ろ今まで知らなかった一面を見て、更に彼女のハートを掴めるんじゃね?」
健司「ほーかな…ほーだといいけど…」
小野「ほれにしても、ほんなお前の一面、柳平のやつはしってんのかな?」
健司「俺の…一面って?」
小野「ほら、お前のほの可愛い一面だよ。拗ねたような。」
健司「お、俺、拗ねてなんてないもんっ。可愛くなんて…ないもんっ。」
小野「ほれ出たっ!!ほれだよほれっ!!面白れっ!!」

   小野、面白がってからかい、ゲラゲラと笑う。健司は恨めしそうに頬を少し膨らめて小野を睨む。

健司「クシュンッ!!」

   クシャミ。

小野「何だ、いっちゃん。お前又風邪引いたのか?…スイミング男子の癖に、意外と柔なんだな。」
健司「違ぇーよ。…何だ?誰か俺の噂をしてやがるか?」
小野「ま、噂してると刷りゃ…柳平辺りなんじゃね?」

   健司、ポッと赤くなる。

小野「お、いっちゃんが赤くなってやんの!!可愛いなぁ、」
健司「べ、別に、赤くなってなんか…ないもん…。」
小野「お、その口空いたときに出来る笑窪と河豚提灯!!又かっわいいなぁ、ほのクールで真面目な好青年を気取った普段とのギャップが又!!」

   携帯を手にとって健司に向ける。

小野「写メーっ!!!」
健司「お、おいっ!!海里、写メって一体誰に送る気だよ!!バカか、やめろって、やめてくれよっ、おいっ!!」

   逃げ惑う海里を追いかけ回す健司、目を見開いて本気で焦っている。

小野「おー、怒ったいっちゃんは又一段と可愛くていいねぇ!!」

   二人、教室内を走り回っているが軈て健司が疲れてへなへなと腰を抜かして倒れる。小野も止まる。

小野「何だよいっちゃん、もうギブアップか?だらしねぇーなぁ。」
健司「うっせぇーや!!お前こそ息切らしてんじゃん!!」

   二人、息を切らして疲れたように床に座り込む。小野、携帯を弄る。

小野「はいっ、送信完了っと。」

   健司、赤くなる。

健司「あ、あぁーっ、てめー何て事しやがるんだよぉ!!一体誰に送ったんだよ。」
小野「勿論決まってんじゃん。柳平だよ。」
健司「う、うううっ…」

   頭を抱えてへなへなと更にしゃがみこむ。

健司「へぇーおしまいだぁ…恥ずかしくてへーあいつに顔向け出来ねぇーじゃねぇーかよ!!」

   涙ぐんで小野を見る。

健司「もしあいつにフラれたら海里、お前のせいだでな。」
小野「いっちゃん、ごめんごめん、」
健司「謝って済むかっ!!」

   小野、拗ねて泣く健司を必死で慰める

京都芸術高校・教室
   千里、敷田、藤丸。

敷田「でもよ、今年は留学勝ち取るのは千里、もう決まってるよな。」
藤丸「そうそう、お前しかいねぇもん。」
敷田「お前がいる限り、ピアノ部門じゃ誰も叶わねぇーぜ。」
千里「えぇ、そんなことないよぉ?」
藤丸「嘘こけ、自分でもそう思ってるくせに。」
敷田「だってお前、1学期の中間試験でも断トツだったもんな。」
千里「嫌だなぁ、やめろって二人ともぉ…」
敷田「んで?お前は今回はなに弾くんだ?」
千里「僕?あぁ…ショパンのマズルカとワルツだよ。」
藤丸「又ショパンかよ、お前はショパン好きだな。」
千里「うん!!一番弾きやすいんだ。」

   三人、話に盛り上がる。

京都芸術高校・奏楽堂
   一人一人の演奏が行われている。千里、廊下の椅子に座りながら緊張に震えている。

千里(僕だ…僕だ、次僕だ…)

   前の人が終わる。

声「次の人、小口千里君。」
千里「は、はい…」

   震える足でピアノへ向かう。

声「では、演奏を始めてください。」
千里「はい…」

   演奏が始まる。敷田と藤丸も多くの生徒の中で聞いている。

藤丸「流石は千里だよな…」
敷田「あいつには、誰も勝ち目ないぜ…」

   千里、一曲目を終える。

声「では次、ショパンのワルツをお願いします。」
千里「はい、」

   弾き出す。生徒たち、千里の演奏にうっとり。

千里「…?」

   曲も中盤。

千里(…どうしよう、こんな時に…何か…)

   千里の顔色が段々と悪くなる。

千里(お願いだ、演奏が終わるまで待って…待って、待ってっ、頼むっ!!)

   千里、演奏の手を止めて手で口を押さえるとピアノの上に吐血をしてしまう。辺りは騒然。千里、そのまま意識を失う。

先生「小口君っ!?小口千里君っ?!急にどうしたの!?」

   女の子たちは手で顔を覆う。先生、千里を抱き抱える。

先生「試験は中止ですっ!!又改めて…皆さん、今日は教室に戻りなさいっ!!」

   先生、千里を連れて出ていく。

病院・病室
   千里と夕子。ベッドの上で点滴を付けられた千里はゆっくりと目を覚ます。

千里「…おばさん…ここは?…何処?」
夕子「良かったよ、気が付いたかい?ここは、病院さ。」
千里「病院…?」
夕子「そうさ、驚いたよ…急にあんたが試験中に倒れたって聞いてさ…しかも、あんた吐血したって…」
千里「あぁ…」

   下を向く。

千里「ねぇ、試験は?…僕、試験に行かなくちゃっ!!」 

   夕子、千里を落ち着かせる。

夕子「落ち着けっ!!ちょっと落ち着きなよ千里。今は何も考えるな。」
千里「でもっ、」

   千里、泣き出しそうになる。

夕子「あんたは今疲れてんだ。あれほど無理するなって言っただろう!!私は決して無理してまで頑張りなとは言ってないよ…」

   千里、泣き出す。

千里「あんまりだよ…こんなのってあるか…酷すぎるよ…」
夕子「千里?」
千里「僕にとって、この試験が全てだったのに…これに向けてずっと頑張ってきたんだ。…この試験に合格が出来れば、ポーランドのワルシャワへボスワニー・ロマノフ氏のピアノマスタークラスが受けにいかれたんだ…。」

   ワッと布団に顔を埋める。

千里「もう僕の望みは終わり…これも全て軽井沢旅行の呪いのせいなんだ…僕は呪われたんだ…。僕を不幸にして…そして最終的には命すら奪おうとしているのかもしれない…」
夕子「千里、あんた何を言っているんだい?呪い?呪われてる?…そりゃ一体何のこんだ?」
千里「いいんだ…」

   再び横になる。

千里「で?…僕の病名は…何なの?…余命は?…後どれくらいなんだ?」
夕子「余命だって?」

   心配そうに笑う。

夕子「バカだねあんた、そんなのあるわけないだろう…それに、…何の病気もないんだって。安心おし。」
千里「えぇ?」
夕子「あぁ…私、今までのあんたの症状も話したんだ…。主治医の先生も不思議がってたよ。これだけの事があって…」

   千里を元気付ける。

夕子「まぁ、ただの過労だろうってさ。あんたの体力と食欲が戻り次第退院出来ると。」
千里「…そう、」
夕子「あぁ。試験も改めてやらしてくれるらしいから安心おし。」


千里「本当にっ!?」

   千里、嬉しさに泣き出す。

千里「良かった…本当に良かった…」
夕子「やれやれ、全くあんたは…男のくせに泣き虫だねぇ。もっと強くおなり。」

   夕子も安心したように微笑み、千里の体を撫でる。


   数日後、千里はすっかり元気になりいつも通りに日々を送り出す。試験にも見事合格。やっと笑顔を取り戻して一日一日を楽しく生きている。


諏訪
   若葉高校の校門付近。麻衣が立って携帯を見ながらクスクス。

咲李「麻ー衣っ!!」
麻衣「あ、咲李!!」
咲李「何?彼氏からのメール?」
麻衣「まぁな。」
咲李「おー、」

   ニヤニヤ。

咲李「これから、デートかな?」
麻衣「嫌ね咲李、…ま、ほーだに。何か急にあいつに誘われたもんで…」

   時計を見る。

麻衣「まずいっ、ほいじゃあね。私、健司を待たしとるで…」

   麻衣、手を振りながら走っていく。咲李、小粋に麻衣を見つめている。

咲李「ふーん、健司ってんのね。その噂の彼の名は…。」
   咲李も帰っていく。

諏訪実業高校
   校門付近で健司が待っている。そこへ麻衣。

健司「お。おーい!!」
麻衣「健司、」

   近くへ来る。

麻衣「何だだ?急にこんなところへ来いって…」
健司「ちょっと俺に着いてきて…」

   健司、麻衣の手を引いて連れていく。麻衣、おどおど。

麻衣「な、何よぉ…ちょっと一体何処へ連れていくつもりよぉ!!」

同・体育館
   一つだけ椅子が用意されている。ステージの上にはピアノとカセットデッキ。

麻衣「何よ?」
健司「ちょっとここへ座って。」

   麻衣を椅子に座らす。何が何だか分からぬ麻衣。

健司「麻衣、確りと目、瞑ってろよ。俺がいいってまで絶対に開けちゃダメだぞ!!」

   麻衣、訳が分からぬままに目を閉じる。

   健司、微笑んでステージに上がり、カセットデッキを鳴らす。

麻衣「ん?」
 
   健司、ステージでバレエを踊りだす。

健司「バーか、へー目、開けていいよ。開けてみろよ。」

   麻衣、目を開けてステージを見る。健司はバレエを踊りながら恥ずかしそうに麻衣を見つめている。

麻衣「健司…?…あんた、…どいで…」


   終わると健司、音楽を止めてステージから飛び降り、麻衣のもとへ来る。麻衣、ポカーンとしたまま。

健司「どうした?ほんな顔、するなよ。」
麻衣「ほいだって健司…あんた、バレエを踊るだなんて…」
健司「へへっ、驚いた?…実は今日はお前にこれをカミングアウトしたかったんだよ。」
麻衣「あんた…いつから…バレエやっとるの?」
健司「五つのこんからずっとさ。」
麻衣「でも、でもどいで?どいで今まで黙っとったの?言ってくれても良かったに。」
健司「ほいだってさ…」

   もじもじ。

健司「恥ずかしくて言い出せなかったんだよ…お前に、男がバレエなんてキモいとか…引かれるのが怖かったもんで…言えなかったんだ。ほら、俺なんてバレエなんつー柄でもねぇしさ…」

   上目で麻衣を見る。

健司「どうだ…?やっぱりドン引きだよな…」

   麻衣、真顔。

麻衣「いいえ、まさか!!少し驚いたけど…素敵!!」

   健司に軽くバグ。

麻衣「流石はお坊っちゃんね、健司って何でも出来る。格好いい!!やっぱりあんたはまいぴうのサラブレッドよ!!」

   健司、テレる。

健司「やめろよ。…てか、ほのお坊っちゃんってのやめろよ。スイミングもさ、バイオリンもさ、ピアノもさ、バレエもさ、みんなお袋に嫌々やらされたんだ。(声色)今時、こんなことが出来る男の子は、モテんのょー!!あんたも岩波の次男として誇れるように…とかなんとか。」

  ため息。

健司「まぁ、どーせ言ったってやめさせてなん貰えんだで、諦めて続けてるけどさ。バイオリン以外は好きじゃねぇーんだよ、これが。」
麻衣「ほー?でもほれでほこまで踊れるだなんて大したもんよ。なぁ、もう一曲何かみたいわ。もう一曲何か踊ってよ、ね、ね。お願い!!」
健司「えー、やだよぉ。俺一曲だけのつもりだっただに…」
麻衣「この通りっ!」

   健司、恥ずかしそうに笑う。

健司「ったく、しょーがねぇーやつ。ほいじゃあ、条件があるっ!!」
麻衣「条件付き?…何よ?」
健司「一つ目は、俺と一緒にパドドゥを踊ってくれること。つまり、俺のパートナーになれ。」
麻衣「いいわ。私でいいのなら」
健司「ほいで二つ目は…」
麻衣「まだあるだ?」
健司「このあと、お前の家に寄らしてくれるこん。ほして、この間のドリンクの作り方を俺に教えてくれること。いいか?呑んでくれりゃあ踊ってやる。」
麻衣「勿論いいに、ほんなのお安いご用よ。」
健司「やりぃ!!」
麻衣「で?…何踊りゃあいいだ?」

   健司、悪戯っぽくステージに上がって麻衣の手も引いてステージに上がらせる。

健司「お前がMMCで来年の応募曲にしてあるやつ。」
麻衣「エスメラルダ?」
健司「ほー、ほれ。」
麻衣「いいに、踊りまい。」

   二人、パドドゥのポジションを組んで音楽を鳴らし、踊りだす。

健司「俺さ、来年はバレエにも応募したいと思うんだ。」
麻衣「まぁ、素敵!!去年も出れば良かっただに。」
健司「お前にカミングアウトしてから出るつもりだったけど、なかなかタイミングってか、ほの機会がなくてさ…」

   二人、意気もぴったりに踊っている。

柳平家
   健司と麻衣。

健司「お邪魔しまぁーす…」
麻衣「どーぞ。」

   二人、中へ入る。

健司「お前んち来るのははーるかぶりだな。」
麻衣「ほーね。」
健司「あの二人は?つむとしお、」
麻衣「あぁ、つむはバイト、しおは彼女んとこ。二人とも夕方まで戻らんに。どいで?会いたかった?」
健司「いや、ただどーしとるかなーっともって。」
麻衣「分かった、ほいじゃあ後であんたが二人に会いたがっとったっつって伝えとくな。」
健司「だーでーっ!!」
麻衣「はいはい、ほーやってすぐに怒らないっ!!拗ねん。ほれ、はぁーくやるだら?」
健司「あぁ…」

   股下に手を入れて駆け足。

健司「麻衣っ、ほの前に便所貸してっ!!もれそうっ!!」
麻衣「どーぞ、わかるら?」
健司「うんっ、サンキュウ…」

   健司、飛び出ていく。麻衣、フフッと笑う。

麻衣「便所って…あれが御曹司のボンボンが使う言葉ぁ?全く、ふんとぉーに未だに信じられんわ。あいつが大手酒蔵会社のお坊っちゃんだなんて…」

   暫く後、健司も戻ってエプロンを付ける。麻衣、吹き出す。

健司「な、何だよ…」
麻衣「あんたっ…かわいっ、フリ萌えエプロン!!良く似合っとるに。」
健司「うっせぇー!!」

   恥ずかしそうに。

健司「俺だって…着たくて着てる訳じゃないもんっ…。」
麻衣「はいはい、始めるに。」

   麻衣、材料を並べる。

麻衣「使うものは、」
健司「はいはい、」
麻衣「果林水に、果林のシロップ漬け、生姜に凍み大根、梅干しだに。」
健司「おえっ!!」
麻衣「ほーかほーか、ごめんごめん。あんたは梅干し大っ嫌いだだもんね。」
健司「だだもんね。じゃねぇーよ!!梅干しなんて俺が一番大っ嫌いなもんだ!!」
麻衣「次行くに。まずは、グラスにお好みの量のシロップを入れて…三倍の量の水で割ります。冬はお湯でな!!」
健司「ほいっ。」
麻衣「ほしたら下ろし金で生姜を刷って…」
健司「…ん?」

   下ろし金を手にもって見つめている。 

麻衣「何やっとるんよあんたはぁ!!下ろし金の使い方も知らんだけやぁ?こう使うんよ、見てて。」

   麻衣、生姜を刷る。

麻衣「ん、やってみ。」
健司「こうか?」
麻衣「ほーほー、上手いに。やれば出来るじゃないの!!」

   健司、テレる。

麻衣「ほしたら卸した生姜の汁も身もグラスに入れます。」
健司「おぉー、旨そう。」
麻衣「戻した凍み大根と果林の実を食べやすく切って、ドリンクに浮かべる。お好みで梅干しも。」
健司「俺は梅干し大っ嫌いだもんで入れんよ。」
麻衣「勿論ほれはどっちでもOK。これで出来上がり!!」

   『ドリンクソング』


   二人、今のソファーに座ってジュースを飲んでいる。

二人「くはーっ!!」
健司「うめっ。」
麻衣「だら。」
健司「なぁ麻衣、俺たち…結婚してからもこれ、作ってね。」
麻衣「えぇ、いいに。あんたのチョコレートセーキもね。」
健司「お前のチョコレートケーキも。」

   二人、笑い会う。

麻衣「なぁ健司、私改めて思うの…あんたとおれて幸せ…」
健司「何だよ、行きなり」
麻衣「なぁ、私の側…いつまでも離れんでな…あんたみたいに素敵な男、二人といんだで…」
健司「バカだな、離れるわけないだろ…俺も幸せさ。顔はブスでも、いつでも旨いもん作ってくれて、いつでも優しい、大和撫子のお前といられて…。こんな女ほー易々と手離せるかって。」
麻衣「健司…」

   うっとりと。

麻衣「クラスのみんなも言っとったに。柳平麻衣は花の王子のようなハンサムボーイと付き合ってるって。」
健司「何だよお前、べらべら余計なこん喋ってんじゃねぇーよ、恥ずかしい…。」
麻衣「あら、私はなんも言っとらんに。ただ、何か知らんけど学年中に私と健司の交際の噂が流れとるらしいんよ。」
健司「なぬぅ?」
麻衣「えぇ。何か私と健司のデート現場目撃した人がおるだって。」

   健司、恥ずかしそうに拗ねる。

麻衣「いいじゃないの、別に恥ずかしいこんでもあるまいし。」
健司「俺にすりゃ恥ずかしいの…」

   暫く拗ねて下を向いているが、軈て微笑んで麻衣を見る。

健司「でも、俺だったらお前みたいな女、堂々と自慢しちゃうかも。…こっちおいで。」

   健司、麻衣を自分の方に倒して膝枕をさせる。麻衣、恥ずかしそうにしているが軈て目を閉じる。

   二人、そのまま眠ってしまう。


   こうして麻衣と健司の穏やかで幸せな日々が流れていく。


柳平家・麻衣の部屋
   それから数ヵ月後の11月の終わり。麻衣、眠っている。夢の中…白樺高原・コスモス湖岸の畔。磨子、健司、麻衣。

磨子「なぁ、麻衣ちゃん…私ね、あなたに謝らなくっちゃ…」
麻衣「何を?」
磨子「私な、実はあなたにもらったペンダント…どこかに落としてしまったのよ…ごめんね、許して。」

   麻衣、笑う。

麻衣「何だ、ほんなこん。ほんなの気にしなくてもいいに。大丈夫…。私こそごめんな、あなたを助けてあげられなくて。」
磨子「麻衣ちゃんは悪くないわ。あれは私の不注意で起きた事故…。誰も悪くないの。私が招いた私が原因の事故だったんだで…」

   磨子も微笑む。

麻衣「磨子ちゃん…」

磨子「暑いわね、ちょっと私泳ぐ!!」
麻衣「えぇっ、ここで!?」
   
   磨子、キュロットとブラウスを脱ぎ捨てて下着一枚になって白樺湖に飛び込む。

磨子「わぁー気持ちいい!!二人もおいでなさいよ!!」
健司「お、俺も!!俺も!!」

   ジーンズとジャケット、Tシャツを脱ぎ捨てて飛び込む。

健司「うっへー、気持ちいい!!麻衣、お前も来いよ!!」
麻衣「私はいいに、泳げんし…遠慮しとく。」
磨子「本当に?」
麻衣「ふんとぉーに。」
磨子「それじゃあいいの?私、このままここで健司のこん奪っちゃうよぉ!!」
麻衣「ええっ?」
磨子「私、本当は…今でも健司の事、好きなんだからねぇー!!!」
麻衣「お若いお二人さーん、勝手にしろぉ!!」
健司「本気だなぁ!?俺ほいじゃあ、本気で磨子んとこ行くぜー!!」
麻衣「ほーい!!…とか言いながら、」

   脱ぎ始める。

麻衣「ほんなの嘘ぉー!!ダメに決まっとるじゃあー!!健司は、麻衣の健司なのぉー!!!」

   二人、手招きをして微笑んでいる。麻衣、飛び込もうとする。

   突然景色が変わって二人の姿が消える。代わりに炎が燃え上がり、その中に磨子の両親が現れ、恐ろしい顔で麻衣を睨む。

両親「娘を殺したのはお前だ…お前だ…全てお前が悪いんだ…」

   麻衣、恐怖にしゃがみこむ。

麻衣「い、い、い、」

   両親、繰り返しながら麻衣に責め寄る。

麻衣「いや…こっちに来ないで…いや、いや…嫌よ…」

   両親、麻衣を火の中に引きずり込もうとする。

麻衣「いやぁーーーーーーーーっ!!!」

   パット目が覚める。汗びっしょりで息を切らしている。

麻衣「良かった…夢…?」

   窓に目をやる。紡と糸織は熟睡している。外は雨降りで土砂降りの音がする。遠くでは救急車の音

麻衣(ほれにしても恐ろしい…変な夢だったわ…)


   その頃、上川橋から諏訪湖ヨットハーバー付近で救急車、警察が何やら騒がしい。

柳平家・庭先
  翌日。麻衣が物干しに、柿やら野菜やらを干している。

麻衣「♪〜」

   そこへ車。幸恵、岩波悟(19)がのっている。

麻衣「?」
悟「麻衣ちゃん、」
麻衣「悟ちゃん!!」

   手を止めて近づく

麻衣「はーるかぶりです。どうしたのですか?」
幸恵「麻衣ちゃん、」

   二人とも深刻そうな顔。麻衣、表情が曇る。

悟「麻衣ちゃん…君も一緒に来た方がいい…」
麻衣「え…?」

   悟、乗ってと後部座席のドアを開ける。麻衣、乗り込む。と、車は走り出す。

   三人は無言で乗っている。


諏訪赤十字
   車が止まる。

麻衣「…病院…?」

   不安げに悟と幸恵を見る。

麻衣「ま、まさか…あいつに…健司に何か…あったんですか?」
悟「今ね、父さんも来ているんだけど…昨日の夜、23時に田中さんのおじさんから電話があったんだ。」
麻衣「田中さんのおじさんからって…」
幸恵「そう、磨子ちゃんのお父様よ…。昨日健司と会ったんですって…その時に上川の激流に落ちて…」

   麻衣、青ざめて病院の中へと走り出す。

悟「麻衣ちゃんっ!!」

   二人も麻衣を追いかける。

同・病室
   麻衣、駆け込む。そこに岩波が深刻そうな顔で椅子に座っている。カーテンは閉まっている。

麻衣「おじさんっ!!」
岩波「おぉ、君は…」
麻衣「健司はっ!?一体健司に何があったんです!?」

   岩波、麻衣にこっちに来いと手招き。麻衣、恐る恐るカーテンの中へ入る。

   カーテンの中。
   ベッドの上には意識を失い、呼吸器と点滴、心臓のやつを付けられた健司が眠っている。麻衣、思わず涙をためて息を飲む。

麻衣「健司っ!!」

 麻衣、健に駆け寄る。

麻衣「健司っ、一体…一体どいで?」
幸恵「きっとこれを…」

   幸恵、目をやる。テレビ台には手提げ袋がのっている。

幸恵「あの子ね、多分あなたへの誕生日プレゼントを選びに行っていたのね…。早く買わないと売り切れちゃうからって…きのう18時に家を出たっきり戻らなかったのよ。」
麻衣「…。」
幸恵「それでね、23時だったかしら?…田中磨子ちゃんのお父様から突然連絡があったの。上川でこの子が流されたから早く来てくれって…。そして私達が駆けつけてみたら…」

   震え出す。悟が体を支える。

麻衣「ほんな、健司…」

   泣き出しそうになりながら体を抱き締める。

麻衣「バカね、ほんなの良かっただに…。昨日なんて諏訪六中に警報が鳴り響く大雨だったんよ…ほんな中、出歩きなんてあんた…大バカよ!!」

   泣き出す。

麻衣「お願い健司、目を覚まして…。」

   悟、幸恵、岩波も悲しそうに麻衣を見ている。

柳平家
   麻衣、幸恵の車を降りて家へ入っていく。

   居間。紡、糸織がいる。そこへ麻衣。

紡「お、麻衣お帰り。」
糸織「何処いっとっただ?」 
麻衣「…。」

   泣きそうな顔で二人を見つめている。

糸織「…?」
紡「…麻衣?…どうしただ…?」
麻衣「つむ…しお…」

   麻衣、静かに泣きながら糸織に泣きつく。糸織、おどおどしながらも紅くなる。

糸織「な、なんだよ麻衣…」
麻衣「どうしよう、二人とも…健司が、…健司が…」
紡「健司君がどうか…しただ?」

   麻衣、しゃくりあげながら事情を話す。二人とも深刻な顔をして聞いている。

紡「嘘っ…」
糸織「…健司君が?…」
紡「麻衣、落ち着きな…大丈夫だで、健司君は絶対に大丈夫だで…。」
糸織「ほぉ、だで信じろよ。健司君、よく言ってたろ…変なこと考えてたらふんとぉーにほの変なこんが起きちまうぞって。」
麻衣「…ほーね…」

   暗く立ち上がる。

麻衣「ほいじゃあね…私…へぇー寝る…。」

   よろよろと寝室へ戻っていく。二人とも顔を見合わす。

紡「寝るってまだ…七時半だに…。」
糸織「あぁ。…でも、ありゃ…」
紡「相当落ち込んでるな…」

   麻衣、部屋で泣く。

   一方、病室のベッド。
   眠ったままの健司の指が微かに動く。

諏訪赤十字・病室。
   麻衣と健司。麻衣、悲しそうに健司の手を握っている。

麻衣「なぁ健司、あれから一日たったんよ…どいであんたは目覚めてくれんの…?」

   泣く。
   『神よ、照覧あれ』

麻衣「私のこん、ブスベアトリスって呼んでよ…麻衣って呼んでよ。あの、憎らしいほど得意気な顔して微笑んでよ、なぁっ!!」

   麻衣の涙が健司の唇に落ちる。健司、そっと麻衣を見つめる。

健司「麻衣…か?」
麻衣「健司っ?」

   泣くのをやめてふと健司を見る。

麻衣「健司っ!?私が分かるっ?麻衣よ、柳平麻衣だに!!」

   健司、弱々しく微笑む。

健司「お前は…病人目の前にしても、ぎゃーぎゃーうるせぇ女だなぁ…。分かるから名前呼んでんだろうに…。」

   手提げを指差す。

健司「あれ…お前に…。」
麻衣「話は全ておばさんから聞いた…。何バカなこんしとるんよ!!昨日なんて、」
健司「始まった…又、説教か…?」
麻衣「やめて、へー何にも喋らんで…。」

   健司の口を遮る。

麻衣「待ってて、私直接先生んとこ行って呼んでくるっ!!」

   慌てて病室を退室しようとする。

健司「(小声で)愛してるよ…麻衣…」

   麻衣、立ち止まって振り返る。健司、恥ずかしそうにしている。

麻衣「た、健司…今、何て…」

   健司、紅くなりながら麻衣を見る。

健司「バカ、二度も言わすんじゃねぇーよ。…愛してるよ…麻衣…。」
麻衣「健司っ!!」

   かけ戻ってきて、健司にバグ。

麻衣「ありがとうっ、ほのあんたからの言葉、私ずっと待ってた!!私も、愛しとる!!」

   健司、フッと笑って目を閉じる。麻衣、青ざめる。

麻衣「なぁ、健司っ?健司、どーゆー?健司、ねぇーったら!!」
健司「ったくお前ってやつはぁ…ただ眠いんだよ…。お前がいたんじゃ安心して眠れもしねぇーな。」

   呆れたようにわらう。

健司「ほら、はーく行けよ…」

   麻衣、心配そうに出ていく。


   しばらくご、看護婦が健司の血圧などを図っている。

看護婦「正常です。良かったですね、岩波くん。他に何処も悪いところは内容ですので、様子を見て順調ならば九日までには退院出来るでしょう。」
健司「あったりまえだろ!!俺は健康さ。…で、」

   麻衣を抱き寄せる。

健司「見てくれよ。可愛くねぇけどさ、こいつ俺の婚約者なんだ。へへーん、いいだろ!!俺のハニーは何だって出来る大した女なんだぜ!!」

   思い立ったように。

健司「あ、所で看護婦さんよぉ、ほの9日の日は、このベアトリスの誕生日なんだ。ほいだもんでさ、…」
看護婦「何でしょう…?」


同・ロビー
   麻衣と健司。健司は、中央にあるグランドピアノの椅子に座っている。

健司「ほいじゃあ、麻衣、俺の退院とお前の誕生日を祝して…岩波健司君の演奏会を始めたいと思いますっ!!」
麻衣「きゃあーっ、健司格好いいっ!!」


   健司、照れる。

健司「ほいじゃあまずは…」
麻衣「…この曲…」

   健司、ピアノを弾き始めると麻衣はうっとりと聞き惚れる。健司、弾きながら。

健司「あぁ。確か一年も前からお前が、来年のMMCの審査曲にするっつって練習してたろ?実は俺もこの曲好きでさ…同じ曲で応募しようと思って、密かに練習してたんだ。難しかったんだぜ、これ。」
麻衣「うん、…うんっ…」


   終わる。
   麻衣、大興奮で健司に抱きつく。

麻衣「素敵っ!!あんたってやっぱ最高っ!!まいぴうのサラブレッド様よ!!」
健司「おっと、」

   麻衣を遮る。

健司「抱きつくのはまだ早いぜ。」
麻衣「何よ?…まだなんかやってくれるってんの?」

   健司、フフっと微笑んで弾き出す。

麻衣「!!」
健司「何だよ、早く歌えよ。お前が知ってる歌だでさ。さ、もう一回最初から行くぜ。」

   健司、弾き出して麻衣が歌う。

   終わる。

麻衣「健司…この伴奏…どいで?」
健司「あぁ…これもお前がMMCでやるっつってたもんで、密かに練習してたんだ。…なぁ麻衣…」

   真剣な顔。

健司「来年のMMCはさ、お前の専属伴奏者、俺にやらしてくんねぇーか?」
麻衣「え、健司…本気で言っとる?」
健司「あぁ。勿論俺は真剣さ。…すげぇ大役で責任も重いっつーこんはよく分かってる。でも俺、やりたいんだ!!…ダメかな…?」

   麻衣、驚きながらも首を横に降る。

麻衣「いいえ、ダメじゃない…。すごく嬉しい…。私、まさかあんたがほんなこんいってくれるだなんて私、夢にも思わんかったから…」

   健司に抱きつく。

麻衣「ありがとう、ふんとぉーにありがとう…」

   健司も照れて麻衣を抱く。

健司「…やめろよ…で?バレエは何をやんだっけ?」
麻衣「まぁ!!バレエもやってくれるつもりでおるの!?」
健司「嫌か?」
麻衣「まさか!!」

   大きく笑う。

麻衣「でも今年はあんたもバレエ、でるっつっとったら?」
健司「まぁな。俺は、スワンレイク…一番オーソドックスな所さ。しかも、主演のオデットで。」

   麻衣、吹き出す。

健司「で、お前は?」
麻衣「私は、エスメラルダだに。この間二人で踊った…」
健司「エ、エスメラルダ…難しいな…。俺やっぱ、伴奏辞退しますっ…」
麻衣「何言ってんよ。一度いったこん取り消さんで!!」

   二人、ふざけている。そこへ、岩波、幸恵、悟。

岩波「健司っ、」

   健司、三人に気づく。岩波を見ると表情を曇らす。 

健司「親父っ…何しに来たんだよ、」
幸恵「健司、」
健司「帰れっ!!」
悟「健司、やめろっ!!」
健司「今更何の用なんだよ…俺と兄貴とお袋を捨てて、勝手にナポリに行ったくせに…又、都合悪くなって帰ってきたのかよ!!」
幸恵「健司っ!!お父さんに向かって何てこと言うのっ!!」
健司「お袋もお袋だよっ!!何でいつもほんな親父の方ばかり持つんだよ!!親父なんかどうせ、俺なんかよりも会社の方が…自分の人生の方が大事なんだろっ!!」

   泣きそうになり、涙をためながら怒鳴る。

幸恵「お父さんは、あなたが事故に遭ったって知って、無理してでもすぐに戻ってきて下さったのよ!!みんなあなたのこと、」
健司「だったら、…ほいだったら…」

   ついに泣き出す。

健司「どいで、中学ん時、小学校ん時、俺のこん助けてくれなんだんだよ!!俺のこん何も知らねぇーくせに、でかいこん言うんじゃねぇーよ!!」
麻衣「健司…」
健司「こんな辛い思いになるくれぇーなら俺っ、いっそのこんあの時に死んだ方がずっと良かったよ!!」
麻衣「健司っ、」

   強く抱き締める。

麻衣「あんた、何てこん言うんよ!!ほんなことダメに決まってるじゃない!!あなたが死んだら、おばさんも、おじさんも、悟さんも、ほして私も、悲しむ人が沢山いるわ!!」
健司「ほーか…ほーだよな麻衣、俺にはお前がいるんだ…いや、お前しかいない…」

   麻衣を振り払って家族を睨む。

健司「でもあんたらは、どーせ俺がいなくなったって何とも思わねぇーんだ。ただ、俺がいなくなって心配なのは、“酒・IWANAMI ”の将来だけなんだで!!」
幸恵「健司っ!!」
健司「へー話なんて何も聞きたくないっ!!一人にしてくれっ、あっち行けよ!!」

   健司、泣きながら駆け出していく。麻衣も両親と悟に軽く頭を下げると健司を追って、病院の中の方へとかけていく。

麻衣「健司っ、ちょっと健司ったら、待ってよ!!待ちなさいよねっ!!」

   家族たちも心配そうに顔を見合わせると二人のあとを追いかける。

同・病室
   健司がベッドに潜って泣いている。そこへ麻衣。
   『この辛い俺の胸の内』

麻衣「健司っ!!」
健司「麻衣か…ごめんな俺、カッコ悪いとこ見せちまって…」
麻衣「いえ、でもところで健司…さっきの話、どいこん?ふんとぉーだだ?」
健司「俺が苛められてたって?」

   泣きながら笑う。

健司「バカみたいだよな、情けねぇーよな…。ほう、…実は俺、原小へ行ってからずっと苛められてた…っつーか、からかわれてたんだよな。ほれ、中1ん時、俺がクラスでおしっこもらしちゃったこんあったろ…実は俺が、以前からほのこんでからかわれてて…ほれから学校のトイレには行けなくなった…。だもんで、小学校ん時は家に帰るまではトイレには行かないようにしていたんだ。」
麻衣「何?良かったら話して…話せる?」
健司「あぁ…」

   恥ずかしそうに話し出す。

(回送)原小学校
   ある冬の日。健司、トイレを我慢しながら駆け足で教室を出る。

健司(トイレっ、トイレっ、もれちゃう…) 

健司【あれは4年生の冬だったな…登校して、教室に鞄を置いてからトイレへ行ったんだ…】

同・男子トイレ
   健司が入ってくる。そこに、清水千歳、岩井木徹、西脇靖が用を足している。健司、三人のとなりに入る。

清水「お、健司?」
岩井木「お前、確か社長の坊っちゃんなんだよなぁ?」
健司「え、えぇ?…うん。」

   三人、健司の便器を覗き込む。

健司「な、何?」
西脇「ふーん、坊っちゃんでもトイレってすんだな。」
健司「え、えぇ!?」
岩井木「しかもほんねにいっぱい…」
清水「僕、御曹司はこんな人前でなんておしっこなんてしないと思ってた…」

   健司、恥ずかしそうに下を向く。三人、笑いながら戻っていく。

健司【当時の俺はうんと内気だった…だもんで、言い返すなんて無理…。ほれからっつんもん、俺がトイレに行く度にからかわれて、結局ほれが嫌で学校のトイレには行かれなくなったの…。】

麻衣「まぁ、ほんなこんが…ごめんな、私全然知らんだ…」
健司「当たり前さ、俺が言わなんだだだもん。んで、」

健司【中1ん時、ついに授業中…】

   中1、おもらししてしまった健司の回想。

健司【一番ショックだったのは、よりにもよってあいつら三人にも見られたっつーこんさ…】

   悲しそうに再び泣き出す。

健司「でもどんねに苛められてても、切なくても悲しくても、俺はいつでも一人ぼっちだった…。親は誰も気付いてくれない…いや、気付いてくれるどころか、俺に興味なんてないんだよ。」
麻衣「ほんなこん、…ほんなこんないと思うに…。ほいだっておばさんも、おじさんもあんたが溺れて意識無くしたとき、泣いて心配しとったんよ!!」
健司「ほーか…でも、」

   泣きながら。

健司「お袋は医者だもんで、忙しくて俺に構ってくれない…親父はあーゆー人間だろ。だで、俺のこんなん見て見ぬふり。俺、いつでも一人ぼっちで、」

   麻衣に泣きつく、麻衣も泣いて健司を抱き締める。

健司「今までふんとぉーは辛くて、すげー寂しかった…。」
麻衣「健司…ほんなこんがあったなんて…私全然知らなんだ…どいで話してくれんかったのよ。ごめんな。辛かったら、切なかったら…。でも、へー大丈夫よ。私が側にいるじゃない!!私はいつもあんたの味方だに、あんたは一人じゃない…悟さんも、海里くんも、みんなあんたの側におるに。ほれに、ご両親のこんだって、あんたの誤解よ。ふんとぉーにあんたのこん大好きだし、心配しとるんだに。」
健司「麻衣…ありがとう…ありがとう…」

   やっと微笑む。

健司「バカだなぁ…どいでお前まで泣いとんだよ…。」
麻衣「ほいだって、あんたの過去を知ってあんたがあまりにも可哀想で…私も後悔しとんの。あんたを守ってあげらんかったこん…。ほれに、あんたのほんなに切なそうな涙見たの…はじめてなんだだもん…。」
健司「お前は…。」

   フッと笑う。 

健司「俺きっと、お前のほんな所に惚れたんよね…」
麻衣「え?」
健司「お前は、人の痛みの分かる心優しい女なんだ…共に泣いて、共に寄り添うこんが出来るんだ…。俺はほんなお前を…愛してる。」
麻衣「健司…」
健司「ほれ、へー泣くのは止めろよ。」

   麻衣の涙を拭う。

健司「ブスが泣いたら余計にブスんなるぞ。」
麻衣「んもぉ、人が心配しとるだにぃ!!あんたはいつも一言多いんよ!!」

   二人、泣き笑いをする。

   廊下では、岩波、幸恵、悟が聞いており、静かにもらい泣きをして涙を拭う。悟は、フッと笑う。

岩波家
   庭先で健司が、仔猫とじゃれあっている。近くに悟もいる。そこへ麻衣。

悟「お、タケ…タケ、」

   健司、顔を上げて微笑む。

健司「麻衣、いらっしゃい。」
麻衣「健司、」

   腰に手を当てる。

麻衣「ってへー、又ベティニャンコと遊んでたたぁ?病み上がりなんだであんまり外には出とっちゃだめだに。」
健司「っっせーなぁ、又説教かよ…。てか俺は病人ではありませんっ!!」
悟「でもタケ、確かに麻衣ちゃんの言うことも一理あるぞ。家に入って安静にしてろ。」
健司「兄貴まで…ま、いっか。」

   家の玄関を開ける。

健司「とにかく麻衣、上がれよ。」
麻衣「ありがとう、ほいじゃあお言葉に甘えて…」

   麻衣、悟、健司、入る。

健司「(大声で)お袋っ、麻衣が来たよ!!」
幸恵「まぁ、麻衣ちゃん?」

   幸恵、ニコニコと出てくる。

幸恵「いらっしゃい。さぁ上がって、ゆっくりしていってね。」
麻衣「はいっ、ありがとうございます。」

   健司に手提げを渡す。

麻衣「はい、これ。…退院祝いと誕生日プレゼントだに。」
健司「お、サンキュウっ!!…まさか…」
麻衣「開けてみ。」

   健司、ビリビリと破く。中にはワンホールの巨大チョコレートケーキとバイオリンの弓が入っている。

健司「おおっ、バイオリンの弓だ!!ちょうど古くなってたんだ、ほれと!!」

   黄色い雄叫び。

健司「何より俺が、嬉しいもん!!お前の手作りチョコレートケーキだ!ありがとな!麻衣!!」

   『お前のチョコレートケーキ』
   健司、少し睨みながら悟を見る。

健司「兄貴には、絶対やんねぇーからな。」
幸恵「良かったわね、健司。あ、そうそう、田中さんのお家からも美味しいお菓子を頂いているのよ。」
健司「やりぃ!!なぁお袋、おやつはまだ?」
幸恵「うるさい子ねぇ、今用意してますよ、待ってなさい。」

   奥へと入っていく。

健司「麻衣!!」
麻衣「うんっ!!」

   悟、麻衣、健司、家の中へと入る。


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あきゅろす。
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