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石楠花物語高校生時代
事の始まり
OP『想いは伝書鳩に伝えて』


『石楠花物語、高2時代。』

岩波家・客間の和室
   卓袱台を挟んで、岩波と岩波健司(17)が向かい合って座っている。

健司「はぁーーーーーっ!?????」

   震えながら卓袱台を叩く

健司「ナポリだとぉ?何だよ、親父ほれ…」
岩波「だから健司、今言った通りだよ。ナポリに行くのだ…」
健司「バカか?冷静になれよ…だったら?俺は?兄貴は?お袋はどうすんだよ…第一、酒・IWANAMIはどうなるんだ!?俺は絶対にイタリアなん行かねぇぞ!!」
岩波「健司…」
   悪戯っぽく健司を見つめる。

岩波「大丈夫だ、ナポリには父さん一人で行く。だからお前たちは日本にいなさい。」

   健司、安心のため息をつく。

岩波「よって、…健司、次男のお前には9月より酒・IWANAMIに研修に入ってもらう。」
健司「は、はぁ!?(乗り出す)ま、待てよ…俺が研修にって?どいこんだ?」
岩波「つまり、お前に岩波の酒の後継者を任すと言っているのだ!!」
健司「後継者って親父…バカ言うなよ!!俺、まだ17にもなってないんだぜ!!てか俺、会社継ぐなんて嫌だからな。こいこんは、兄貴に頼めよ。普通、長男にやらせるだろ、こいこんは!!」

   岩波幸恵がお茶をもって入ってくる。

幸恵「ダメよ、悟は医大生だもの。そうなると健司、あなたしかいないでしょう…」
健司「お袋まで…(ため息)てかさ、どいでわざわざ日本酒会社の社長が、今度はワインに手ぇ出すんだよ!!俺には意味わかんね。」
幸恵「父さんにもお考えがあるのよ。さ、健司、だから父さんの言うこと聞いてやるのよ。」
健司「俺は絶対に継ぐなんて嫌だからな!!てか、俺へ…行くよ、麻衣を待たせてんだ。」
幸恵「そう言えばそんなこと言ってたわね…慰安旅行に連れてってあげるんでしたっけ?」
健司「そうだよぉ、ったく…」

   健司、大きな鞄を持つと部屋を出ていこうとする。幸恵、健司の座っていたところに座る。

幸恵「でもそうなるとあなた、後取り問題もありますねぇ、」
岩波「そうだなぁ…今年は健司に岩波の将来のため、見合いでもさせてみるか?」
幸恵「いいですね!!」

   健司、吹き出してずっこける。


茅野駅・東口
   麻衣、石のベンチに座っている。そこへ健司。

麻衣「あ、健司!!(立ち上がる)遅かったんね…どーゆーだ?」
健司「あ、麻衣…わりぃな。」
麻衣「いえ、謝らんで。何かあった?」
健司「あ、あぁ。実は親父と…喧嘩してきた。」
麻衣「喧嘩ぁ!?又なぜ!?」
健司「ちょっとな、話すと長くなる…又後で話すよ。」
麻衣「分かった。とりあえず、駅舎入る?」
健司「そうだな、」


   二人、駅舎へ入っていく。

麻衣「何処連れていってくれる?」
健司「いいとこ、まだ内緒だよ。」


小口家・玄関
   夕子がカートを持った千里を見送っている。

千里「じゃあ、夕子叔母さん、僕行ってくる。」
夕子「行くんだね。本当に一人で大丈夫だろうね?」
千里「うん、勿論。大丈夫さ。」
夕子「トイレは我慢出来なくなる前に行くんだよ。」
千里「叔母さん、僕はもう高2だよ。小さな子供じゃないんだ。それくらい分かってるさ。」
夕子「酔い止めは持ったかい?」
千里「僕、乗り物酔いはしないもん。」
夕子「万が一の時のために、安心だで持ってきな。」

   千里に何かが入った袋を渡す。

千里「何これ?」
夕子「ビニール袋とトラベル緊急バック、そして携帯トイレに紙おむつだよ。」
千里「だからいらないってば!!てか、紙おむつって何?僕がおねしょでもするとでも?」
夕子「あんたのこんだからいつ何があるか分からないじゃないか。持ってりゃ安心だろ。駅のトイレでおむつ付けときな。」
千里「お断りします。じゃあね…」

   千里、飛び出ていく。夕子、心配そうに見送る。

夕子「あの子、本当に一週間大丈夫かね?私しゃ心配だよ。」

軽井沢駅
   麻衣、健司、千里、小松清聡(17)、小野海里(17)、永田眞澄(17)、が降り立つ。全員、顔を見合わす。

全員「あーーーっ!!!!」
麻衣「小口君に小松君!!」
健司「海里に、眞澄!?千里!!」
千里「麻衣ちゃん、健司君に、小松君、眞澄!?」
小野「に、キヨにいっちゃん、」
眞澄「千里にター坊じゃないの!!」
小松「海里に、麻衣ちゃん、小口君じゃないか!!」
全員「どうしてここにいるんだぁ?」


小野「ふーん、でお前は彼女を慰めるために旅行デートに誘い出したって訳か。」
健司「ほいこ…ん、」

   言った後にしまったとばかりに口を押さえる。

麻衣「健司…あんた、私のために…?」
健司「あ、…あぁ…まぁ。」
小野「でもいっちゃん、お前にまさかこんなに可愛い彼女がいたとはな…驚きだよ。」
眞澄「本当に、ま、あんたは無駄にハンサムだしね。ナンパでしょ、どうせ。流石、女捕まえるのも上手いわ。」
健司「おい、眞澄!!無駄にハンサムとはなんだよ、無駄にハンサムとは!!てかさ、こいつはナンパで捕まえたんじゃねぇーよ。俺、ナンパとかしないもん。こいつは、俺の幼馴染みなの。」
眞澄「ふーん。」
千里「何だ…君達結局、お付き合いすることになったんだね。」
健司「あぁ…だでさ、早いとここいつを両親に改めて紹介しなくちゃな。」
小松「君達、美男美女で…とってもお似合いだよ。」


   麻衣、健司、テレる。

小野「んで?お前らは何処行こうとしてんだよ?」
健司「俺?俺は麻衣と、“ドールフランス・オフェリーの家”に行くんだ。」
小野「まじか…俺もだ。キヨと一緒に。」
眞澄「私も。」
千里「実は僕も…。今叔母さんと暮らしているんだけどさ、窮屈過ぎちゃって…耐えられないから、息抜きに家出してきた。」


   そこへバス。昔からの田舎バス。

小野「お、このバスじゃねぇーか?みんな乗ろ。」


   全員、バスに乗り込むとギシギシと走り出す。

バスの中
   6人のみ。
   『トロリーソング』

眞澄「何かね、私たちが泊まるホテルはとても昔からの格式あるホテルらしくて、築500年なんですって。」
麻衣「へぇ、眞澄ちゃんよく知ってるね。」
眞澄「まぁね、ター坊知ってた?」
健司「知るかよ!!ター坊って呼ぶなっ!!」
麻衣「何?眞澄ちゃんと健司って、幼馴染みとか?」
眞澄「いえ、私達は従姉弟なのよ。」
麻衣「え、従姉弟!?初めて知った…」
眞澄「ん?昔言わんかったっけ?」
麻衣「えぇ、初耳よ。」
健司「ほ。あんま関わりたくない従姉弟の姉。同い年なんだけどな。誕生日が半年早いんだよ。」
千里「でもさ、名前がなんか可愛いよね…ドールフランス・オフェリーの家って…何か意味、あるのかな?」
小野「そーか?何か俺には意味深な響きに聞こえるな。」
小松「確かに…何か不気味…。」


   千里、固まって顔色が変わる。

千里「ど、どういう風にさ…」
小野「つまりは…俺は、こんな感じに解釈する。」

   小野、咳払いをして立ち上がる。が、バスは砂利道に入ってガタガタと激しく揺れる。麻衣、段々に気分悪くなっていく。健司、麻衣に気がついて体を抱き、背をさする。他の人々も揺れて頭ばかりぶつけている。


ドールフランス・オフェリーの家
   バス、庭に止まる。辺りは鬱蒼とした森の中、暗くて家の外観もよく見えないが洋館である。6人はフラフラしながらバスから降りる。健司は麻衣を支えて降りてくる。

健司「麻衣、大丈夫か?」
麻衣「えぇ、ありがとう…」

   6人、屋敷を見上げる。

小野「暗くてよく見えねーな。」
眞澄「私あの運転手さんから家の鍵、貰ったわ。」
千里「家の鍵?」
眞澄「そう…考えると、どうもここに泊まるのは私達が初めての様ね。」
千里「お、おい…それってどいことだよ?嫌だよ…僕、やっぱり帰るっ。」

   バスはいない。

千里「…あれ?」
眞澄「残念。一週間したら迎えに来るって。それまで6人、ここで仲良く生活を…と言う事です。」
千里「そんな、じゃあママに迎えに来て貰うんだ!!」
眞澄「あんた、ここまで来た道とか覚えてんの?」
千里「うーっ…」
小野「いいじゃん、とにかく俺たち仲良くしようぜ。」
小松「そうだね、折角こうして知り合ったんだ。仲良くなろうよ!!」
健司「ほーだな。」

   空気を吸う。

健司「しかし、まぁ普段から八ヶ岳に育てられてるけどさ、山の空気はいいよ。」

   バイオリンを取り出す。

健司「俺、バイオリン持ってきたし…こんなところで思いっきり弾けるなんて最高だ!!」
麻衣「私も、思いっきり歌っちゃいたいわ。」
千里「バレエも思う存分踊れそうだし…こんな大きな屋敷…ピアノあるかな…あればいいな…。」

   6人、家の中へと入っていく。

 同・家の中
   中世のヨーロッパの屋敷そのもの。眞澄、パンフレットを見る。

眞澄「ここは初め、イタリアにあった古代王族の屋敷だったんですって。でも、何故か分からないけど、それが500年前に日本に移されたんだとか。」
麻衣「何かミステリアスなお話。もっと詳しく知りたいわ。」
眞澄「折角来たのよ。色々と調べてみましょう。」
小野「とにかく俺、腹へったな。」
健司「俺も。」
麻衣「なら、」

同・食堂ルーム
   6人が集まっている。麻衣、食卓を作る。

麻衣「お口に合うか分からないけど食べてみて。」
小野「お、うまそぉ!!」

   全員、食べ始める。

健司「んー、麻衣の作った飯はいつ食っても旨いなぁ…」
眞澄「何よター坊、あんた麻衣たんの手料理もう食べたことがあるのか。」
小野「いいよなぁ、毎日こんな料理を側で食べれるお前は…」
健司「ふーん、いいだろぉ!!羨ましいだろぉ!!」
小野「たく、お前は時々ムカつくんだよな。」
小松「ところでさ、」

   小松、天然っぽく箸を動かしながら。

小松「みんなは、ここのトイレ…もう使った?」
眞澄「入ったわ。」
麻衣「私も、」
小野「俺も。」
健司「うん、俺もだけど…ほれがどうかしたのか?」
小松「あぁ…あのトイレってさ…何か陰気で古いじゃない?」

   全員、無言で頷く。

小松「でさ、入るとなんか、童歌っぽいの…聞こえなかった?」
小野「童歌っぽいの?いや、何だよキヨ、それ?」
小松「いや、僕にも分からないけど…」

   『よくありがちなトイレの歌』

   千里、小さな悲鳴をあげ、顔色が変わる。

健司「ふーん、面白そうじゃん。俺も聞けるもんなら、お耳にかかって見たいぜ。」
麻衣「何言ってんのよ、強がっちゃって。いざ見たり聞いたら怖くてトイレ行けなくなるくせに。ほー言う私も。後でまじまじ聞いてみよっと。」
眞澄「面白そ!!私も私も。」
小松「おいおい、やめろよ。みっともない。」
小野「よーし、それじゃあ後でこの屋敷全体で肝試し大会やろうぜ!!」
千里以外の全員「賛成ーっ!!」

   小野、千里を見る。

小野「ん、お前はどうしたの?」
麻衣「せんちゃん?」

   千里、泣きそうになりながら震えている

千里「やめてよぉ、僕これからトイレ行きたくて、行こうとしてたんだよぉ。」
小松「何だよ、小口君は?ひょっとして君は怖がりか?そんなのただの空耳だよ。さ、行ってこいよ!!」
千里「行けるわけないだろ!!僕は、僕は…」

   恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせる。

千里「高2にもなって、夜中にトイレにも行けない怖がりなんだ…。そんな僕が…。」

   立ち上がってうろうろしながらもじもじ。

千里「僕、さっきの軽井沢駅からずっと我慢してるのに…酷いよ!!」

   泣き声をあげながら小松を睨む。

千里「もし僕がもらしちゃったら小松君、君のせいだからね。」
小松「全く小口君、君ってやつは…ただの空耳話でこんなに怖がるだなんて…」


   千里、かなり食事がまだ残っている。

麻衣「せんちゃん、ご飯は?」
千里「今はいい…残りは後で食べる…。」
小野「落ち着きのないやつ、座れよ。」
千里「もうもれちゃいそうなんだもんん、」
小野「もれちゃいそうなら、早く行けよ。」
千里「だってお化けが…」

   全員、呆れてやれやれと笑う。

小松「しょうがないなぁ、分かったよ。今回だけだぞ…そこまでついてくよ。」
千里「そこって?トイレは何処なの?」
小松「一階の…外。」

   千里、又も悲鳴をあげる。

千里「も、もう何処でもいいよ…着いてきてぇ。」


   千里、小松、トイレへ向かう。眞澄、小野もニヤリと顔を見合わせて二人について行く。麻衣、健司のみが残る。

同・トイレ
   外に一つしかない。千里、ドアを開けて中には入るが隙間から顔だけを覗かせたままもじもじ。

千里「ねぇ、僕が出るまで戻らないでも絶対ここにいてよ!!」
小松「分かってるよ、早く行きな。」
千里「絶対、絶対だよ。」


   千里、泣きそうに顔を歪める。

小野「おい、マジで漏らすぞ。ここにいるから早くしろよ!!」
小松「なんならドア、開けといていいよ。」


   千里、赤くなって躊躇うが

千里「ごめん…そうする…」
眞澄「マジで…?」


   千里、ドアを開けて用を足し出す。眞澄、赤い顔をして手で顔を覆いながらも指の隙間から目を覗かせている。

小野「お前、どんだけ我慢してたんだよ…」
千里「そんなにまじまじ見ないでくれよ…」

   千里が出てくる。

千里「はぁ、間に合った。みんな、ありがとね。」

   他、三人も笑う。

小野「全く、世話のやける男だぜ。」
小松「眞澄ちゃん、君は小口君とはどういう関係なの?」
眞澄「城南小学校、諏訪中学校でのクラスメイトよ。その時から全く、怖がりで弱んぼでおもらし君で、世話のやける男なのよ。」
千里「ちょ、ちょっと眞澄さん。余計なこと話すのやめてよ!!」


   四人、歩いて戻る。

小野「夜中は起こすなよ。着いてきてやんねぇーぞ。」
千里「僕だって、夜中なんて起きたかないや…」
眞澄「まぁ、精々おねしょだけはしないようにしなさいよ。」
千里「余計なお世話だ!!」
眞澄「私ね、初めはこいつの事が好きだったのよ。でも、苛めてもやり返せないし、中2にもなってやっちゃってるし…中3のピアノの発表会ではだから、幻滅して冷めちゃった…」
千里「だーかーらぁーっ!!」


   千里、真っ赤になっている。右の爪先をとんとんと三回打ち付ける。


   暫く後。6人がおやすみと其其の部屋に別れる。


麻衣の部屋
   麻衣と健司が一緒にいる。

健司「なぁ麻衣、お前大丈夫か?怖くない?一人で眠れるか?」
麻衣「えぇ、大丈夫よ…あ!!」

   ニヤリとする。

麻衣「分かった。あんた、一人で寝るの怖いんだら?」
健司「お、俺はほんなこと…」
麻衣「一緒に寝る?」
健司「バカ言え!!いいよ、お、お前が心配だっただけだで…お休み…」

   健司、出ていく。麻衣、クスクス。

麻衣「バカね、強がっちゃって。可愛いの…」

   ドアが少し開いて、隙間から健司が覗く。

麻衣「(態とらしく)何よ、まだいただ?」
健司「あのぉ…麻衣?」
麻衣「何?」
健司「トイレ…着いてきて…」
麻衣「はぁ!?」

   あきれる。本を読んでいたが閉じてベッドを降りる。

麻衣「仕方のない人…あんた、ひょっとして未だにお母様にこんなことやらせてるんじゃないでしょうね?」
健司「まさか!!兄貴だよ…」
麻衣「呆れた!!結局やって貰ってんじゃない!!」
健司「うっ、うっせー!!…うー…」

   二人、階段を降りる。

麻衣(全く不便なところね。どうしてトイレが外なのかしら…)


   夜は更けていく。そして、深夜2時。かたりとも音がせず、みんな寝静まっている。


千里「んーー…」

   薄めを開ける。

千里「…今何時ぃ…?」

   時計を見る。

千里「2時か…」

   振り子時計がぼーん、ぼーん、と鳴る。千里、びくりとしてすっかり目が覚める。

千里「何だ…時計か…」

   外は雨が降り、雷門鳴り始めている。千里、縦に震える。

千里(やだなぁ…又トイレ行きたくなっちゃったよ…さっき行ったばかりなのに…)

   ベッドに入って布団を被る。

千里(どうしよう…いいや…朝まで行かない…)

   暫く後、千里、モゾモゾして頭を出す。

千里(ダメだ…我慢できそうもないよ…。怖いなぁ…)

   恐る恐るベッドから出る。キョロキョロしながら出入り口へと歩き出す。

千里(いや…そうだよ。大体お化けなんてある筈がない…幽霊なんて、いないやい…)

   『お化けなんてないさ』

   表情を強張らして部屋の外に出る。物音ひとつしない。

千里(誰か起きて来ないかなぁ…。)

   外の雨は強さを増す。

千里(誰も来ない…)

   怖さも何も入り雑じって泣き出しそうになって階段を降り始める。

   千里、屋敷の扉を開ける。外は雨が強い。

千里(困ったな…しかも雨だ…)

   千里、びしょびしょになりながら雨の中を歩き出す。


同・トイレ
   先程のトイレ。千里、唾を飲み込んで中に入る。

千里(…。)

   洋便器の前に立ってパジャマのズボンに手をかけるがふと固まって手を止める。

千里(…?!)

   千里、そのままの状態で動けずにいる。何処からともなく微かに機械音にも似た、子供の声にも聞こえる周波数の童謡が聞こえる。

複数の子供の声「♪かごめ、かごめ、かごの中の取りは…いついつでやる、夜明けの晩に、鶴と亀がすべった、後ろの正面誰…後ろの正面誰…」

   後ろの正面誰、のみを最後は繰り返している。

千里「へへっ、嫌だな…空耳…空耳だよ…」

   用を足そうと、便器の中を見る。便器の中の水溜まりがゆらゆらと揺れて人の顔のように見えてくる。

千里「わぁーーーーーーーーーっ!!!!」

   千里、そのまま一目散に走り戻ってきてしまう。


小野の部屋
   千里が飛び込む。小野、ドアの音に驚いて飛び起きる。

小野「何だよ…千里かよ…。嫌だよ、着いてかねぇ…。」
千里「じゃなくてさぁ…」

   膝で小野のベッドに乗っている。

小野「じゃないならなんだよ…折角人が気持ちよく寝てるだに、起こすなよな…」
千里「出たんだよ…僕、見ちゃったんだ!!」
小野「だで何をっ!!」
千里「お化けだよ!!お化けが出たんだよぉ!!トイレにいたんだよ!!」
小野「なんだ…」

   微笑む。

小野「お前もやれば一人で出来んじゃん。一人でトイレに行ってきたんだろ…」
千里「行ってない…」
小野「はぁ?でも、」
千里「行ったけど…怖くてなにもしないで逃げてきちゃった…。」
小野「お前なぁ…」
千里「も…もうダメ…」
小野「お、おいっ!!ダメって!!バカっ、こんなところでやるなよ!!」

   千里、放心状態でぽわーんとしている。小野、あわてて千里をベッドから下ろしてタイルの床に座らす。

小野「あーあ…」

   小野、恨めしそうな目で濡れた布団を見つめる。

小野「おい、千里…」
千里「ごめん…」

   小野、呆れたように片付け始める。

小野「もういいか?」
千里「…うん…」
小野「早く部屋戻って着替えろよ。風邪引くぞ。それと、朝が来たら風呂沸かすから早く入れよ。」
千里「うん…」

   千里、暫くすると泣き出す。涙が水溜まりの上にポタポタと落ちていく。小野、千里の肩を抱いて慰める。

小野「おいおい、泣くな。大丈夫か?」

   千里、しくしく泣き続ける。

小野「お前の事は、誰にも言わないから…な。」

   泣く千里の体を持って立たす。

小野「な、お前の部屋行くぞ。ここは、俺が片付けとくからな…。」
千里「…ありがとう…。」

   二人、暗い部屋を出ていく。

同・食堂ルーム
   6人が朝食をしている。千里は落ち込み、小野は少しイライラ。

眞澄「ちょっと、小野、どうしたの?不機嫌な顔しちゃって!!」
麻衣「…何かあった?」
小野「どーもこーもねぇーよ!!夕べさ、」

   千里の顔を見てハッと口を押さえる。千里、俯いたまま。

千里「いいよ…別にもう…。」
小野「千里、わりぃ。」
千里「大丈夫…昨日何があったかみんなに話す…。」
麻衣「…せんちゃん?」
千里「僕昨日…結局あれから夜、トイレ行きたくなって…」

   事の次第を静かに話す。

千里「で、僕…結局…小野くんの部屋でおもらししちゃったの…。しかも小野くんの布団にも小野くんにもかけちゃって…。だから小野くん、怒ってるんだよ。僕のせいで彼、眠れなかったんだもん…。」
小野「千里、だからもういいって…」
麻衣「大丈夫、せんちゃん?あなたきっと少し疲れているのね、可哀想に…。京都での生活や学校での生活で疲れたのよ。いいわ、今日はゆっくり休んでね。部屋でゆっくり寝てるといいわ。」
千里「麻衣ちゃん…ありがとう。」

   健司、麻衣と千里を見て顔をしかめて納豆をご飯にかけて一気に掻き込む。

健司「おい麻衣っ!!」
麻衣「何、お代わり?」
健司「俺も…もしおもらししたら優しくしてくれるの?」
麻衣「何バカなこん言っとるんよ。態としないでよね。」
眞澄「ター坊ったら、千里に妬いてんだよ。」
麻衣「えぇ?」
眞澄「あなた彼女なんでしょ?彼女なのにそんなことも分からない?」
麻衣「え、ふんとぉーに?やだぁ!!」

   健司をこずく。

麻衣「バカね、子供みたいにヤキモチ妬かんの。私はあんたの彼女。あんたのこん、大好き。な、これで分かって。」

   健司の頬にキスをする。

麻衣「誰だって困っとる人助けて労るのは、人として当然ずらに。」
健司「ほーい…」

   千里、少しずつ食べ始める。

麻衣「どぉ、せんちゃん…食べられそう?」
千里「うん、ありがとう。食欲あるから大丈夫だよ。…とっても美味しい…ありがとう。」
麻衣「良かった。」
小野「でも千里、」
千里「ん?」
小野「お前、朝起きてからトイレ行ったか?」
千里「や…まだ。」
小野「明るいで大丈夫だろ。早く行けよ。」
千里「うん…」

同・トイレ
   千里、恐る恐るドアを開けて入る。

千里「…。」

   ズボンに手をかけて、便器の中を覗く。普通の便器で声もなにもしない。千里、安心したように微笑み、用を足し始める。


   千里、トイレから出ると二階の自分の部屋に上がってベッドに入る。そのまますぐに寝入ってしまう。


同・談話室

   千里を抜いた5人がお茶を飲んでいる。

眞澄「あれ、千里は?」
麻衣「部屋で眠っているわ。よっぽど疲れたのね。」
小野「まぁ、ゆっくり寝かせといてやれよ。夏休みなんだし。」
小松「それもそうだね。あの怖がりじゃ、流石に見てても可哀想になってくるよ…」
健司「んだ、ごもっとも。情けねぇな。高2にもなって…」
麻衣「人のこん言えるの?」
健司「何?」
麻衣「昨日、人に夜、トイレ着いてきてって言った人誰でしたっけ。」
健司「…ほ、ほれを言うな!!ほれを!!きょ、今日は…つ、着いてこなくていいからな!!俺、俺だって高2にもなるんだし…」
麻衣「又強がり!!」
健司「強がりじゃねぇーっつーの!!」


   千里、気持ち良さそうに眠っている。


同・食堂ルーム
   5人が揃う。千里も起きてくる。

千里「おはよ、ごめんね。今日はありがとう…」
麻衣「あ、せんちゃん。どう?疲れとれた?」
千里「お陰様で。これだけ寝たのにまだ夜、眠れそうだよ…」
眞澄「ま、ゆっくり休むことね。疲れがとれれば幻覚も幻聴もなくなるわ。」
千里「眞澄、今日は嫌に優しいこといってくれるんだな。」
眞澄「あらいけない?私にだって人としての情けはありますし、あんたはクラスメイトだったわけだし…第一ここであんたに倒れられたら…」
千里「分かったよ…もう続けるなよ。」
麻衣「せんちゃん、お夕食よ。どう?食べられそう?」
千里「勿論!!今夜は何?」
麻衣「今夜は健司の要望なの。カツカレーだに。」
千里「わぁー、やったぁ!!カツカレー、僕も大好き!!」

   麻衣、くくっと笑う。

麻衣「まぁ。どいで男の子ってカツカレーが好きなのかしら?」
健司「(食べながら)単純に…旨いから…。」
千里「そう、だね。いただきまぁーす!!」

   千里もハフハフとして食べ始める。

千里「んー美味しい、でもこのカレー、ちょっと辛いね。」
健司「当たり前さ、インド印のネパールカレーだもん。」


   6人が夢中で食べている。

千里「インド印のネパールカレーって…あの、新発売の?」
麻衣「ほーよ。」
千里「へぇ、こんねに辛いんだぁ…でも、とっても美味しいや。僕も実は…」

   ハフハフしながら水を飲む。

千里「カレー大好きで目がないんだ。特にママが作ってくれる焼きそばカレー。あれは格別なんだよ。」
健司「お、焼きそばカレー?何だほりゃ?」
千里「ん?京都ではポピュラーな家庭料理さ。焼きそばをご飯代りにカレールーをかけて食べるんだ。そして目玉焼きとウィンナ、ポテトとかをのせるんだよ。」
健司「ふーん、旨そうだな。」
麻衣「私も興味ある!!」
千里「そう?なら、僕が明日作ってあげようか?」
麻衣「ふんとぉーに?嬉しい!!あんたお料理出来るんね。」
千里「少しだけどね…」

   千里、照れ笑いをする。

千里「カレーお代わりっ!!」
麻衣「はーいっ!!カツもあるに。いる?」
千里「いいのぉ?ならお願い!!」

   メンバー、わいわいとしている。


千里の部屋
   千里、布団もかけずにベッドに仰向けになって微笑んでいる。

千里「今日は一日、穏やかな日だったな…。これからはずっとこうならいいのに…お休み…。」

   『穏やかな心地で』

   千里、電気を消して目を閉じる。

千里「うーっ、ストーブ消したら少し涼しいな…」

   千里、再び布団をかける。


   翌朝。千里、清々しい顔をしている。

   『グッドモーニング』

千里「おはよ、」
小野「お、千里おはよう。今日はスッキリしてるな。」
千里「うんっ、お陰様で。」
眞澄「良かったわね、体調戻ったみたいで。」
千里「うんっ、昨日は本当にありがとね。今日はもう大丈夫だから。」
小松「だったらさ、今日は気晴らしに屋敷探検でもしてみるといいよ。」
健司「面白そう、俺も!!」
麻衣「私もしてみようかしら…」
健司「よしっ決まり!!千里、お前もいいよな。」
千里「う、うん…やることないし…別にいいよ…。」


   食後、6人が屋敷の中を散策してベチャクチャと盛り上がっている。


   麻衣、ひとつのドアを見つける。

麻衣「ん、これなんのドアかしら?」
小野「さぁな…開けてみ。」
麻衣「ほーね…」

   麻衣、そっと開ける。中には下へ続く階段。

麻衣「階段だに。」
健司「下へ続いてる…」
眞澄「冥界だったりして…」
小松「いや、ひょっとして昔に何か曰く付きな出来事があったのかも…」

   千里、半泣きで耳を押さえる。

千里「やーめーてーよぉ。」
麻衣「とりあえずは…とにかく下ってみる?」
小野「そうだな、」
千里「ちょ、ちょっと…みんな、」
眞澄「あんたも早く来なさいよ。」
小松「何かなぁ?」
千里「やめようよ…」
健司「このぉ、お前は男だろう…意気地無しだなぁ…」

   5人が見えなくなる。千里、泣きそうになって後を追いかけていく。

千里「待ってよぉ…僕を置いていかないでよぉ…。」


   階段の一番下。ドアがある。

麻衣「又ドアだに。」
眞澄「秘密はこの中に隠されているのかも…。」
千里「まさか…開けるとか言わないよね。」
眞澄「開けるに決まってるでしょうが!!ねぇ、麻衣。」
麻衣「勿論っ!!ほいじゃあ…行くに。」

   麻衣、恐る恐るドアを開けて隙間から中を覗き、笑いながらそっと閉める。

眞澄「何々、何があったの?」
小野「その顔は、ひょっとしていいものか?」
小松「財宝とか、秘宝とか…」
健司「ほれとも死体とか…」

   眞澄、小野、小松、おどけて悲鳴を挙げる。千里は半泣きで悲鳴を挙げる。

麻衣「これ健司っ!!変なこん言わんで!!」
健司「ほいじゃあなんだったんだよ!!」
麻衣「これだに…」

   ドアを全開にする。石の床に四角い穴が掘られ、板切れが渡されただけの簡素なトイレ。穴の中には川が流れている。

麻衣「トイレよ。」
全員「ほー…なるほど…トイレか。」
麻衣「と言うこんは多分…」

   麻衣、近くにあったトイレの中の扉を開く。  


麻衣「やっぱり…もう一つ浴室もあるに。」  


   他五人も入る。石で作られた簡素な浴槽。

眞澄「千里、良かったわね。トイレ、外までいかなくても良さそうよ。」
千里「でも…ここで、どういう風にするんだ?しかも…」

   震え上がる。

千里「下は川だよ。僕怖いよ、万が一落ちたらどうなるんだ?僕、泳げないんだ…」
小野「バカ、落ちないように気を付けるんだよ。てか、こんなとこから落ちるやついないだろう…」
千里「…それもそうか…アハハハハ…」
麻衣「戻ろ、」
眞澄「そうね。」


   全員、階段を戻っていく。千里、いつまでもトイレを眺めている。

麻衣の声「せんちゃん、何やってるだ?いくに。」
千里「あ、はーい。今行きまぁーす!!」

   千里も気にしながら階段を戻っていく。


同・大ホール
   大きな広間。小さなステージとチェンバロが置かれている。千里、チェンバロを弾いている。そこへ麻衣。

麻衣(せんちゃん…)


   千里に近付いてそっと肩に手を置く。千里、びくりとして神経質っぽく振り向いて麻衣を見るが、安心したように振り向く。

千里「麻衣ちゃん…」
麻衣「あんたはチェンバロも弾けるの?格好いいわ。」
千里「いや…ただ昔から一回は弾いてみたいなと思っていたら偶々ここにあったから弾いてるだけ。」
麻衣「まぁ、では初めてってこん?」
千里「まぁ、ね…」

   麻衣、千里を抱き締める。千里、ドキリ。

麻衣「あんたって、相変わらずピアノとっても上手いけど…ほれだけじゃなくて天才少年なのね!!尊敬する。素晴らしいわ!!」
千里「いや…そんなこと…ないよ。」

   千里、照れながらもデレデレ。

麻衣「セントルイス…」
千里「え?…あぁ、今の?今度の子供たちに向けた発表会で友達と組んで僕らの判はセントルイスを組曲でやるんだ。」
麻衣「へぇー、楽しみ。出来るこんなら私も見に行きたかった…」
千里「僕も、上手くはないけど、是非君に見に来てほしかった。」

   二人、微笑み会う。

麻衣「ねぇ、ほれ私に歌わせてくれる?」
千里「え、君が?」
麻衣「嫌?」
千里「いや、とんでもない!!歌ってくれるんなら大歓迎さ。」
麻衣「ではあんたの伴奏でね。」
千里「僕の伴奏で…OK!!」

   千里、ピアノを弾き出す。麻衣は躍り麻衣ながら歌い出す。二番からは千里も弾き語りをしている。まるで映画のワンシーンの様な二人、行きもぴったりと合っている。

   『セントルイスで会いましょう』

    広間のドアの外には小松と小野、

小野「お?誰か映画見てるのか…(興奮)これいいよなぁ…古い映画だけどよ、ジュディ・ガーランド…俺この映画大好き!!」
小松「実は僕も…。でもこれ、映画じゃないと思うよ…」
小野「俺も仲間に入れてくれぇ!!」
小松「聞いてないし…」


   小野、中へ入ってキョロキョロ。

小野「あら?ジュディ・ガーランドの映画は?」
麻衣「ジュディ・ガーランド?…私のこん、ひょっとして…」
千里「それと…僕?」
小野「は?」
小松「やっぱりそうだったんだ。な、海里。言ったろ?」
小野「な、何だ?」
小松「今の歌声は…映画じゃなくて麻衣ちゃん、君だろ?そして小口君…」


   二人、頷く。

小野「マジで?」
麻衣「えぇ。」
千里「マジっすよ。」
小野「すげぇ…柳平、お前歌上手いな…まるでプロ歌手だ…千里、お前はピアノ弾くんだな…二人ともプロだぜ。」
小松「当たり前さ、」

   そこへ健司。

健司「二人ともMMC の優勝者だもん。」
小野「へぇー…てか、MMCってあの日本最大級の新人発掘プロジェクトだろ?それってめちゃめちゃ名誉だぜ?」
健司「あぁ、千里もほーだけどさ、俺のベアトリスは何やらしても大した女なんだ。」
小野「ベアトリス?」
麻衣「誰よほれ?」
健司「誰って、勿論きまってんじゃん。お前だよ。」
麻衣「はぁ?何よほれ?てかいつからベアトリス…どっから出てきた名前よ!!」
健司「ん、お前知らない?」
麻衣「知るわけないらに!!」
健司「最近始まったアルゼンチンのドラマさ。俺、大好きで見てんだけどさ…ほのヒロインが…ほれ!!」

   パンフレットを見せる。

健司「ベアトリス、お前にそっくりなんだよ。秘書メガネのブスベアトリス…たぁ、ほれ、お前のこんだぁ!!」

   麻衣、健司の頭を猫パンチ。

健司「いたっ!!」
麻衣「誰がブスベアトリスよ!!」
小野「まぁ、確かに柳平にゃーよく似てるけどさ、」
小松「あぁ、でも健司君、君少しお口が過ぎないか?」
千里「そうだよ。麻衣ちゃんは確かに大きなメガネかけててあまり目立たないけど、決してブスなんかじゃないよ。僕は彼女が好きだ…」

   千里、真っ赤になって慌てて口を押さえる。

麻衣「いいんよ、こいつはこう言う少々お口の悪い男だで…」
健司「何だと、ブスベアトリスっ!!」
麻衣「ブスで結構!!どーせ私はブスですよぉーだ。」

   二人、つんっとする。

小松「やれやれ…」
小野「でもまぁ、なんだかんだでお似合いの二人だな。」
小松「だね。」
小野「ところで千里、」

   ニヤリとして千里を見る。

小野「お前、今さっきんのって…柳平への告白か?」
千里「…え…」

   千里、再び真っ赤になって困ったようにモジモジ。

小野「ま、柳平にはお前のその小さな声じゃあ聞こえなかったみたいだし…黙っててやるよ。」
千里「だから違うってば…」

   小野、小粋に千里の肩を叩く。

小野「とにかく千里、柳平と二人でもう一曲なんか聞かせてくれよ。」
千里「ん、何を?」
小松「何でもいいよ。君も麻衣ちゃんも知ってる曲で。」
健司「なら俺もバイオリン弾くよ。」
小野「お、待ってました!!いっちゃんのバイオリン!!」

千里「麻衣ちゃん、何がいい?」
麻衣「私は何でもいいに。せんちゃんと健司は?何が弾けるだ?」
千里「そうだなぁ…」
健司「ほいじゃあ…これはどうだ?」


   三人、演奏をし出す。小野、小松、微笑んで聴いている。
 

   『バンボートゥリー』


   麻衣、千里、健司、初めの内は微笑んで演奏をしており、麻衣も小粋に歌っている。

千里「…?」

   弾きながら違和感を感じる。

千里(…誰?)

   辺りは昼間なのにどよーんと暗くなっており後ろには麻衣、健司の姿も、近くにいた小野、小松の姿もなくなる。

千里(小松君?小野君?健司君に…麻衣ちゃん?)

   周りには見知らぬ多くの人々が踊ったりしている騒ぎ声が聞こえるが、周りには人一人いない。千里、恐怖に驚いて鍵盤から手を離して弾くのを止める。鍵盤とペダルは勝手に動き出して演奏を続ける。千里、恐怖に顔を引き吊らせ、涙をためながら逃げ腰になる。

千里「嫌だ…嫌だ、嫌だ…わぁーーーーん!!ママぁ!!」

   千里、頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまう。


   辺りは元の広間に戻る。千里、チェンバロに突っ伏せて気を失っている。麻衣たち、心配して千里を揺すっている。

麻衣「せんちゃん、せんちゃん大丈夫?しっかりして。」
健司「おい、千里…分かるか?」
小野「目を開けろ!!」
小松「おーい、小口君ーっ!!」

   千里、ゆっくり目を覚ます。

千里「…みんな…」

   麻衣、千里を抱き起こす。千里、驚きながらどぎまぎ。

麻衣「良かったっ!!せんちゃん良かった!!うんと心配したんよ!!急にどうしたんよ。どっか具合悪い?」
千里「…麻衣ちゃん…僕…」
小松「君、ピアノ弾いてて急に気を失ったんだよ。」
千里「え…」

   少し考える。千里、段段に涙か溢れてきてワッと泣き出す。他五人、おどおど。

健司「ど、どうしたんだよ千里…」
小野「急にどうしたんだ、何か切ないか?」
眞澄「よかったら話してみな…」

   千里、者繰り上げている。

千里「僕…僕、怖い夢見たの…みんなが…みんながいなくなっちゃって…僕は一人ぼっち…。ピアノが勝手に動き出して…周りでは知らない人の話し声がして…」

   近くにいた健司に泣き付く。

健司「おいっ、気持ち悪いなぁ…離れろよ…」

   千里、泣き続ける。

健司「しょうがないやつ…」
麻衣「せんちゃん、可哀想に…余程色々思い詰めているのね。」

   麻衣、千里の手をとって立たせる。

麻衣「せんちゃん、寝室へ行って休みなさいよ…。あんたは真面目で繊細なのね。大丈夫よ、私達は何処にも行かない…ここにあんたと一緒にいるわ…。」
千里「麻衣ちゃん…ごめんね、ありがとう。」
麻衣「健司、あんたも来て。」

   麻衣、健司、千里の肩を支えて階段を登っていく。他の人々も心配そうに三人を見つめている。


   麻衣、千里を部屋に残して千里の部屋の扉を閉める。

健司「…大丈夫か?あいつ…」
麻衣「えぇ、多分…。きっと色々思い詰めているのよ…安心すれば落ち着くわ。だから彼を安心させてあげなくちゃ…」


   麻衣、健司、階段を下っていく。


   (その夜)
   麻衣が、自分の部屋で目覚める。夜中の2時。  

麻衣「2時か…嫌ね、何か食べたかやぁ…凄く喉が乾く…」

   ベッドを降りて部屋を出て階段を下る。

   階段の踊場。麻衣、立ち止まる。

麻衣「ん?…何?」

   麻衣、ネグリジェのポケットからメガネを取り出してまじまじと目を凝らす。


   階段の下は一階。若い女中が一人歩いている。

麻衣(…誰?)

   麻衣、特に変にも思わずに階段を降りて女中に着いていく。


同・キッチン
   先程の女中と若い婦人。麻衣、入り口の影から除いている。

女中「間もなくですわね、奥様…」
婦人「えぇ、あなたがいてくれたお陰よ、オフェリー…」
麻衣(オフェリー…?何処かで聴いたことが…)
女中「いえ、私は何も…」

   二人、仲良さそうにしている。婦人はお腹が大きい。そこに地震。

麻衣「わぁ、地震だわ!!地震…地震…みんな大丈夫かやぁ!?」

   あまりの揺れに立てずに壁へしがみついている。

女中「奥様っ!!」

   二人がいるキッチン、棚のものが床に崩れ落ちる。婦人も立っているが、バランスを崩して倒れ混む。オフェリー、婦人に慌てて駆け寄るが、立ち止まって蒼白な顔をする。

オフェリー「お、…奥様…?」

   婦人のお腹にガラスの食器が刺さり、婦人は気を失って倒れてしまう。麻衣、声にならない悲鳴をあげる。

   軈て地震が収まる。麻衣、震えながら立ち上がる。

麻衣「あぁ、驚いた…みんな、大丈夫だったんかやぁ?…てか、ここにいるのは私たちだけだと思っていただに…これだけ広いと分からないものね。他にも人がいただなんて…て!!」

   慌て出す。

麻衣「ほんなこんどーでもいいだに!!あの人たちを助けなくちゃ!!これは大変なことになったわやぁ!!」

   麻衣、キッチンに駆け込む。

麻衣「大丈夫ですかぁ!?」

   キッチンには誰もいない。明かりがついていない真っ暗なキッチン。それどころか散らかり一つなく、がらんと片付いている。

麻衣「って、ありゃ…誰もいない…つーか綺麗?」

   頭をかきながら混乱する。

麻衣「確かに…電気つけとらんだで、明るいわけないし…あの人達、外国の方だったわ。…夢でも見とったんかしら…」

   麻衣、混乱したような顔で戻っていく。

麻衣「私は、こんな夜更けに何しに降りてきたずらか…しゃら寒い…」


同・食堂ルーム
   みんなで朝食を採っている。

全員「え?地震?昨日の夜?」
麻衣「ほーだに。すごいやつが来たらに。みんなどーしてた?」
健司「気付いたか?」
小野「いや、全く。」
小松「麻衣ちゃん、それ何時頃のはなし?」
麻衣「私が起きたのが2時だに。ほいだもんでほの頃だと思う。」
千里「…。」
眞澄「私、2時半にトイレいったけど…別になんともなかったわ。」
麻衣「ほー?ほれともう一つ、新発見!!」
健司「今度は何だよ?」
麻衣「屋敷ってさ、広いもんでまだ私たちが見とらんとこもあるら?」
小松「うん、そうだね。」
麻衣「でさ、この屋敷のどっかに…他の宿泊客もいるらしいってこん!!」
全員「他の宿泊客!?」

   笑い出す。

小野「そんな、柳平…夢でも見てたんじゃね?そんなわけあるはず、」
麻衣「でも、私が地震に気がついたとき、その方々もかなり慌てていたんよ。…ひょっとしたら海里君の言う通り、私の夢なのかも知れんけど…、でも地震はふんとぉーよ!!」
健司「ふーん、面白そうじゃー…」

   ニヤリとして全員を見る。

健司「ベアトリスがほこまで言い張るんなら、屋敷探検に行こうぜ!!この広い屋敷、全体を回るんだ。」
眞澄「お、いいねぇ。」
健司「ほれでもし、ベアトリスっ!!」
麻衣「な、何よ…」
健司「お前のいっているこんが全てデマ立った場合…。」
麻衣「だで、デマなんかじゃないっつーこん!!」
健司「今夜はあの隠し階段で、一晩過ごすこと!!いいな!!」
麻衣「いいわ、やってやる!!私の言うことがふんとのこんだって証明してやるわ!!でも、私のいってるこんがふんとならあんた、あんたが同じこんするのよ!!分かった!?」
健司「あぁ、勿論さ。ほいじゃあ、ご飯食べたら全員、出発ーっ!!」
全員「おーーーっ!!!」
千里「…。」

   不安そうに目を潤ませてぱちぱちしながら他五人を交互に見つめている。

  同・屋敷内
   6人が探検している。千里は健司の服を引っつって泣きべそをかいている。

千里「ねぇ、健司君ったらやめようよ…もういいじゃん、帰ろうよ…」
健司「止めろよ千里、服を引っ吊るな!!」
千里「だってさぁ…」
健司「ほんねに怖いんなら、お前は自分の部屋にいろっ!!」
千里「嫌だよ、そんなのもっと怖いもん…」
健司「だったら黙って着いてこいっ!!」
千里「うーっ…」

   麻衣、手を叩く

麻衣「よ、男前!!健司っ!!格好いい!!」
健司「いいのか、ほんな調子づいてて…お前負けたら…」
麻衣「分かっとるに。忘れた?私、ほーいう罰ゲーム…平気なの。」
健司「ふーん、言ったな…」
麻衣「あぁ。私のいったこん嘘ならいいなって思っとるの。勝っても参加しようかしら…罰ゲーム…」

   麻衣、余裕そのものの顔で健司にウィンク。

健司「てっめぇ…時々ムカつくんだよな…」
麻衣「ん、何か言った?」
健司「別になーにも。ん!!」

   なにか閃いたようにニヤリ。

健司「ほーだ!!こーしようぜ!?」
麻衣「何よ?」
健司「俺たち二人だけじゃ面白くないだろ?ほいだもんで全員を巻き込むんだよ…」
眞澄「よしっ、乗った!!」
小野「俺も!!」
小松「ぼーくも」

   悪戯っぽく千里を見る

小松「勿論、…君もだろ…」
千里「(泣き出しそうに)嫌だって言っても、どうせ強引にやらせるんだろ…」
健司「勿論っ!よし、決まり。お前ら、俺と麻衣、どっちの味方につく?」
千里「勿論僕、麻衣ちゃんに決まってる!!」
健司「理由は?」
千里「だって、…だって、彼女は嘘は決して付かないもん!!それに、僕だってこの屋敷に他の方がいて欲しいって願ってるもん。」
健司「ふーん。」
眞澄「私は、健司だな。理由は、罰ゲーム受けて怖さにおもらししちゃって泣くあんたを側で見たいから…」
健司「誰がほんなこんするか!!千里じゃあるまいし…てか、てめぇ一体どっちの味方なんだよ。」
眞澄「そりゃ勿論、麻衣ちゃんよ。地震もただ、私たちが熟睡してて気が付かなかっただけかもよ。」
健司「眞澄、さっきと言ってるこん違うぞ。」
小松「僕は健司君派かな。大体ここに、他の人がいるなんて考えられないしね。」
小野「俺も、親友見捨てるわけにはいかないからな。いっちゃんに一票。」
健司「よしっ、決まり。お前ら、負けた方の連帯責任だでな。」
眞澄「たー坊、おしっこもらすのはあんたよ。楽しみだ…ヘヘヘ、」
健司「だで俺は怖くなんかねぇーっつーの!!」

 
   キッチン前

健司「ふーん、ここがお前の言ってたキッチンか。」
小松「まさか、いつも僕らが使ってるとこの他にもあったんだね。」
小野「古いから恐らくここはもう使われてないんじゃね?」
眞澄「そうね…でも、とりあえず…物が崩れた形跡はないわね。」
千里「ま、ま、まだだい!!まだ、人がいるかもしれない。いや、もしかしたら今は外に出ているのかも。」
健司「だったら…丑三つ時に…再度確認するか?」
千里「やめてよ…」


   6人、どんどん歩く。


   戻ってくる。

小野「人はいなかったようだな。」
麻衣「ほの様ね…」
健司「どうもこれは、俺の勝ちだな…」
眞澄「あーあ、残念…恐がりター坊がおもらしして泣く姿、見たかったのにな…」
健司「うっせぇ…!!しつこいぞ、眞澄!!」
小松「て事で…だからいったろ。災難だな、小口君…依りにも寄って君だなんて…」
千里「そんなぁ…」

   千里、しくしくと泣き出す。

麻衣「せんちゃん…。…ねぇ、少し彼、可哀想じゃない?泣いちゃったじゃないの。いいわ、私一人で…」
健司「ダメだ、一度決めたルールはルールなの。…三人一緒なら怖くない…っつーやつ。」
麻衣「…三人?」
健司「ほ、俺も行く。」
麻衣「何よ、あんたは…」
健司「勝ったよ。でもさ、やっぱり何か楽しそうだし…、折角だでさ!!」
麻衣「まぁ、調子の良いこと言って!!これがもし一人でやれってことならあんた、泣きついて来たくせに。」

   健司、真っ赤になる。

健司「来ねぇーよ!!ほーやって男をからかうんじゃねぇ。」
麻衣「あら、あんたがからかってたせんちゃんだって男の子だに。」
健司「…。」

   千里、まだ泣いている。


   その夜。

同・秘密の隠し階段
   麻衣、健司、千里が階段に腰を下ろしている。千里は手に何かを持っている。真っ暗。明かりは懐中電灯と部屋から持ってきたランプのみ。

健司「ん、千里…お前何持ってんだ?食いもんか?」
千里「…これ?」

   恥ずかしそうに隠しながらもじもじ。健司、それを取り上げる。

千里「あぁっ!!やめてよ!!」

   健司、不思議そうに眺める。

健司「…?何だよこれ?」
千里「(囁くように)…旅行用の…携帯トイレだよ…」
健司「もっと大きい声で言えよ、」
麻衣「健司やめな。」

   千里、顔を真っ赤にしてとても恥ずかしそうにやけくその大声を出す。

千里「だからっ、旅行用の携帯トイレだよっ!!!」
健司「携帯トイレ…?」

   ぽかーんとする。

健司「どいでほんなもん、ここに持ってくるんだ?」
千里「それは…だって」
健司「トイレなら、この階段下れば直ぐだろうが…」
千里「トイレ入るの…怖いんだもん…」
健司「…ほいこんか…でも、ここでこーやって何もせずに一晩ぼさーっと座ってるのも…つまんねぇもんだな…。」
麻衣「ほーね。」

   麻衣、欠伸をする。


  
   深夜2時。
   いつのまにか、三人とも階段に腰を下ろしたまま転た寝をしている。遠くでは、振り子時計が2時を打つ。

麻衣「…?」

   うっすらと目覚める。

麻衣「…何?」

  
  幽かに人の声。

麻衣「…人だ…誰かおる…。」

   耳をそばだてる。健司、千里も目を覚ます。

健司「何事だよ麻衣、大声なんか出して…」
麻衣「静かにしてっ!!」

   三人、耳を済ます。

(幻覚)同・秘密の隠し階段
   女中二人と中年の婦人二人。婦人の内の一人は階段の下に、一人は上に。二人とも仁王立ちをしている。下の婦人は何やら外国語で喋っては高笑いをしている、それに対して上の婦人が言い返している。上の婦人はカンテラを持っている。そして怒ったように、体に何かをかける。下の婦人、二人の女中、驚いて婦人を止めようとする。が、上の婦人がその内に足を踏み外す。

   『オレストの苦しみを』

三人「!!!?」

   三人、手で顔を覆う。婦人は階段を転げ落ちながらカンテラの火が体に移って火だるまとなって転がり落ちる。軈て室内は火の海と化する。三人も暑さに耐えながら動くに動けず。


   軈て、火は消える。三人、顔を見合わす。

麻衣「私達…助かったの?」
健司「…見たいだな…なんだったんだありゃ?幻覚にしちゃイヤにリアルだ…」
千里「僕、僕もう怖いよ…」
健司「確かに…麻衣の言った通りかもな…少しヤバイかも…出ようぜ。」
麻衣「…ほーね。」

   健司、チラッと足元を見て硬直する。

麻衣「ん、健司…どーした?」

   健司、声が出ず。目を見開いたまま足元を指差す。麻衣、千里も指差す方向に目をやる。そこに、なんとも言えぬ顔で、ほぼ皮と肉がなくなり、骸骨に近い婦人の焼死体がある。三人、一瞬固まる。

   三人、大絶叫で部屋を逃げ出して一目散に二階に上がる。

同・麻衣の部屋
   三人、息を切らしている。麻衣、明かりをつける。

麻衣「はぁ、びっくりした…二人とも大丈夫だった?」

   健司を見る。健司は汗びっしょりで目を見開いたまま。手を足と足の間に入れている。

麻衣「あらまぁ、ひょっとして…」

   健司、半泣き状態

健司「頼む、眞澄だけには言わないでくれっ!!」
麻衣「分かってる、誰にも言わんに。安心して。とにかく早く、着替えさなくちゃ。」
健司「部屋まで戻るの…怖いんだもん…」
麻衣「このっ、意気地無しっ!!」

   麻衣、部屋を出ていく。健司、弱々しく千里を見る。千里、号泣状態。

健司「千里…怖かったな。お前、大丈夫か?」
千里「…。」
健司「さっきはからかったりしてごめん…。実は俺も、でかいこと言ってふんとぉーはうんと怖がりなんだ。ここだけの秘密だぜ。」
千里「健司君…君も?」
健司「あぁ。」
千里「分かったよ…誰にも言わない…」

   千里もやっとフフっと笑うが、直後、顔をひきつらせてキョロキョロ。

健司「ん、どうした千里…」
千里「あ、あ、…」
健司「まさかお前も怖くて、もらしたか?」
千里「まだ、まだ、まだ…」
健司「だったら早く…」
千里「だって、怖いんだもん…トイレは外かさっきのところしかないんだろ?さっきの部屋にはもう一生入りたくないし…」
健司「いや…ここ自体、一生来たくないよな…」
千里「もう、朝になるまでここから一歩も出たくないんだ…うっーっ…」 

   キョロキョロして携帯トイレを取り出す。

千里「健司君っ、ごめん!!見ないフリして…」

   健司、やれやれ。千里、その場で用を足し出す。そこへ麻衣、健司の着替えを抱えて戻ってくるが、千里を見て顔を赤くして、手で顔を覆う。

麻衣「きゃーーっ!!せんちゃんのエッチ!!」

   千里もギクリとしておどおど。健司、すかさず千里の元へ言って千里の前に壁を作ってやる。


   健司も着替え、千里も泣き止む。

麻衣「さ、あんたたち…へー3時廻ったに。ぼちぼち…」
健司「嫌だっ、部屋になんて戻りたくない…な、頼むよ麻衣。俺と千里、今夜はここに置いてくれ。な、な。」
麻衣「まぁ、都合のいい人ね。さっき、全然怖くなんてない、みたいなことを言っていた人は誰でしたっけ?怖くないんなら一人でも寝られるだら?」
健司「あれは撤回だって、な、謝るからお願いだ。一緒にここでいさせてくれ!!」
麻衣「仕方ない殿方たちね。いいに、ここにいて。ほの代り、私は明かり消して寝るでね。」

   麻衣、ベッドに入るなりすぐに寝入る。健司、千里、顔を見合わせて、近くのソファーに腰を下ろす。

   月明かりのみの部屋。二人ともソファーの上で起きているが、軈て眠ってしまう。


   翌朝。

同・食堂ルーム
   朝食を採っている6人。

小野「で、いっちゃん、昨日はどうだったんだ?」
健司「後で話すよ…今は何も聞かないでくれ…。」
小松「小口君は?」
千里「思い出させないでよ…」

   再び泣き出す。

千里「僕もう家に帰りたいよ…助けてよ…」
麻衣「せんちゃん、大丈夫よ。あんた一人じゃないもの。今は私達が一緒にいるわ。」
眞澄「ねぇ麻衣たん、一体どうしたの?何かあったの?」
麻衣「うん、ちょっと…色々な。」
眞澄「ふーん…?」

   眞澄、気になるように首をかしげる。麻衣も昨日あったことを思い出してフーッと長いため息を着いてから、小さく体を震え上がらせる。

   暫く後、広間でチェンバロを弾く健司とチェスをやる小野と小松。鼻唄を歌いながらモップをかける麻衣、バレエを踊る千里、本を読む眞澄。

麻衣「なぁ、みんな…」
全員「んん?」
麻衣「残り三日だだけど、折角だだもん、町の方にも少し出てみん?」
小野「お、いいねぇ。」
眞澄「行きましょう!!」
小松「軽井沢なんだもん、魅力的なお店、いっぱいあるよね。」
健司「俺、チョコレートケーキがうまい店行きたいな。」
麻衣「せんちゃんも行くら?」
千里「トイレが綺麗で怖くないところなら行くよ。」
健司「又、ほこか。」
千里「そんなこと言ったって、僕にとってトイレは重要問題なんだ!!」
麻衣「せんちゃん、リラックス、リラックス。」

   全員、微笑む。

千里「僕もう、ここに戻ってきたら軽井沢の駅に帰るまでトイレなんて行きたくないっ!!」
小野「おいっ、帰るまでって…あと何日あると思ってんだ!!死ぬぞ!!」
小松「いや、死ぬ前におもらししちゃうかも。」
千里「だって、だって、この家どうかしてるんだもん。もう僕、あんな怖い思いなんてしたくないもの…」
健司「確かに…ここには何かある…ありゃ偶然でも幻でもないぜ…。」
麻衣「ほんな…」
健司「ほんなって麻衣、お前も現に見ているだろうに!!ほれでもまだ疲れていたから、偶然だ、幻だ、何て言えるか!?俺達三人が見てんだぞ!!何が目の錯覚だ!!実際に火の熱さだって感じたじゃないか!!」

   小野、眉を潜めて健司を見る。

小野「なぁいっちゃん…それ、何の話だ?」

   健司、口を押さえる。

小松「詳しく聞かせてほしいな。」
健司「無駄だよ、言っても…」
眞澄「信じるわ!!信じるから教えて。」
健司「ふんとぉーだな?…分かったよ。」

   健司、話し出す。千里、思い出したように又涙ぐむ。麻衣、千里を慰める。

健司「っつーこん。どう?」
小野「そんなことが…」
小松「これは何か、訳がありそうだね…」
眞澄「面白くなってきたわ。」
健司「何、何?みんな信じるの!?」
全員「勿論!!」

   健司、目を潤ます。

健司「お前ら…信じてくれんだな…」

 
   夜、買い物から帰る6人。袋を沢山持ってルンルンと喋りながら屋敷の中に入る。

小野「ほいじゃあ、今夜だな…」

   千里、びくりと小野を見る。

千里「何が?」
小野「今夜何があるかだ…もし、何かあったら気が付いた奴、すぐに集まるんだ。」
千里「何で…」
小野「みんなでやりゃ怖くないって奴さ。怪奇現象の根元を見つけ出すのさ。」
千里「そんなこと何でする必要があるんだよぉ!!」
眞澄「うるさいっ!!千里、あんたは黙ってな!!」
千里「ふねぇ〜っ…」
小松「で?どうするの?」
小野「とりあえずはまず、何か異変があったら二階の踊場に集まる。もし誰も来ていなかったら誰かの部屋に行って知らせるんだ。いいな、」
麻衣「了解っ!!」
健司「麻衣、お前には女の癖に怖い気持ちっつーもんがねぇーのかよ?」
麻衣「怖い気持ち?殆んど無いに。昨日んのはまぁ強烈だったけどな…。お化けの野郎に一本とられたぜ…テヘヘヘヘ。」
 
   全員、ぽかーんとする。


   その夜、それぞれの部屋。
   全員、ベッドに入って目を開けてる人、机に向かっている人、それぞれ。でも軈て、みんな寝入ってしまう。

  
深夜2時。2時を打つ鐘がなる。麻衣、うっすらと目覚める。

麻衣「ったく、うっさいなぁ…毎晩迷惑だに。」

   下からは何やら音楽やざわめき。

麻衣「ん、何?」

   ベッドから起き出してドアに向かう。

麻衣「なにか聞こえる…」

   部屋を出る。他の部屋から小野、眞澄、小松、健司が出てくる。

小野「お、柳平…お前もか?」
麻衣「えぇ。て、事は…みんなも?」
健司「あぁ…鐘で起こされてから気が付いたんだ。」
眞澄「私も、」
小松「僕も。」

   眞澄、ニヤリとして健司を見る。

眞澄「ター坊、おもらししちゃってまちぇんかぁ?」
健司「うるさいっ!!」
小野「…あれ?」

   キョロキョロ

小野「ほいやぁ…千里は?あいつ、気が付いてないのか?」
小松「さぁ、ちょっと小口君の部屋、見に行ってみる?」
小野「そうだな。」

   小野、小松、千里の部屋へ入っていく。

同・千里の部屋

小野「おい、千里…寝てるか…」
千里「…」
小松「小口君?」
千里「…」

   千里、小刻みに震えながらベッドの中で縮こまっている。

小野「お前、起きてんだろ。」
千里「?」

   恐る恐る振り向く。

千里「…誰?」
小野「小野だよ、小野海里。」
小松「そして、小松だよ。」
千里「小野君?小松君?」

   千里、安心したように起き上がる。

千里「君達が来てくれてよかった…」

   泣き出す。

千里「僕、とっても怖かった…」
小野「おいおい、泣き虫だなぁ、」

   笑いながら千里を慰める。

小野「ここに一人でいてもどうせ怖いんだろ。俺達と一緒にこっち来いよ、」
千里「え?」
小松「そうだよ、みんなもいるよ。」
千里「…え、ここにいてくれないの?みんな行くの?」
小野「当たり前だ。」
千里「怖いよ、僕は嫌だよ!!」 
小野「だったら一人でここで寝てろ…俺達は行く。」

   千里、泣きながら。

千里「待ってよ、行かないで。僕を一人にしないでよ!!」
小松「だったら君も来な。みんなでいけば怖くない…ね。」

   千里、渋々ベッドから出て二人について行く。

同・踊場と階段
   6人がいる。一階からは音楽やざわめきが聴こえる。

千里「あれなんなの…?何か聴こえる…よ。」
小野「気になるな…」
眞澄「行くか?」

   5人、頷く。千里は涙をためておどおど。

千里「正気かよ…やめようよぉ…」

   小野、千里をこずく。

小野「バカか!?それじゃあ何のためにここにみんなで集まったんだよ!!」
眞澄「そうよ!!意気地無しはここで待っていなさいっ!!」

   他5人、階段をそろそろと降りていく。千里、二階の踊場でもぞもぞとしているが、

千里「待ってよ、僕も行くっ。一人にしないでよぉ!!」

   千里も5人についていく。

   
   一階。目の前は大広間。6人、大広間の前にいる。大広間の扉は閉まっているが、暗く、人がいる気配はしない。

小野「誰もいないな…」
小松「確かに聞こえたのに…」
眞澄「どこから聞こえたのかしら?」
健司「まぁ…野良猫のようなもんだろ。」
麻衣「野良猫?どいで?」
健司「警戒心が強いんだよ、奴等は。ほいだもんで、俺達の気配を感じて逃げちまったんだ。」
千里「じゃ、じゃあこの間の焼死体は一体なんだったんだよぉ!!はっきりと僕らの目の前に現れたじゃないかぁ!!お化けの癖に!!」
麻衣「生意気なぁ!!」

   千里以外の5人?笑う。

小野「んじゃ…開けるぞ。」

   他、頷く。小野、慎重に扉を開ける。

   部屋の中。
   誰もいない。6人、鼻をクンクンとさせる。

麻衣「ん、何か匂わない?」
小松「いい臭い…」
健司「うっまそうな、チキンだ!!七面鳥か!?羨ましい!!」
小野「人がいた形跡が…中にはあるな…」
眞澄「そうね」

   麻衣、チェンバロの椅子に座る。

麻衣「ん、椅子も心なしか温かいに?」
小野「温かい?幽霊の癖にか?」

   千里、入り口に佇んだまま。

千里「もぉ、みんなやめてよ…戻ろうよ…」
小野「うっせー千里、嫌ならお前、先戻れっ!!」

   千里、顔をしかめてぐずぐずしながら中へ入ってくるが

千里「うわぁっ!!!」

   何かに躓いて転ぶ。

小野「バカだなぁ、何やってんだよ?」
健司「大丈夫?立てるか?」

   健司、千里の手をとって立たせる。

千里「ありがとう…。」
健司「ちゃんと足元見ろよ。」
麻衣「足元ってったって…この暗さじゃ見えんに…」

   カンテラで床を照らす。
麻衣「一体あんた、何に妻付いたんよ?」

   一枚の紙を拾い上げる。

麻衣「ふふーん、これね。…何だら?」

   全員、覗き込む。

眞澄「誰の?」
麻衣「さぁ…まぁ、楽譜だに!!」
眞澄「楽譜ねぇー…」
小野「でもまぁ…この中で楽譜持ち込みそうな奴っつったら…千里か…いっちゃんか…だよな。」
健司「俺は楽譜なんて持ってきてねーよ。」
千里「僕もだよ…でも、何の楽譜?」
麻衣「…何だら?」

   楽譜を見て、目を丸くする。

麻衣「…これ。」

   全員も見る。

小野「これって…」
小松「この間、君と健司君と小口君で演奏してた曲じゃないか。」
眞澄「でも何故、こんなところに落ちているのよ?」
麻衣「眠る前私、点検したけど…ほの時にはなかったに。」
千里「あいつらだぁ…」

   泣きわめく。

千里「あいつらの奴だよ…」
小野「あいつらって、誰だよ!?」
千里「わぁーーーっ!!」

   千里、泣いたままヒステリーっぽく戻って行く。

麻衣「せんちゃん…っ!!」

   追いかけようとするが小野が止める。

小野「放っておけ、あんな意気地無し…」
眞澄「そうそう。」
小松「おいおい、みんな何か冷たくないか?」
健司「ほーだよ、友達だろ?優しいのは麻衣だけだぜ。」

   と言いながらも、小松、健司、クスクス。


   千里は部屋のベッドに丸くなって震えながら泣いている。

   段々夜も明けてくる。明るくなると、5人はもう大広間にはいなく、それぞれの部屋で眠っている。


同・食堂ルーム
   6人、黙って神妙な空気の中、朝食を採っている。

   午後は勉強を合同でしているが、やはりみんな、心ここに非ずで、手についていない。

   (その夜)
   深夜2時。振り子時計が2時を打つ。同じくみんなが目を覚まして二階の踊場に集合する。
千里ももう、いい加減諦めたように、黙って言われた通りの行動に参加している。
   『夜中の2時の鐘が打てば』

小野「行ってみようぜ…」
全員「うん…。」

   階段を降り始める。千里、もはや諦めムードで泣きそうになりながら着いていく。

   
   大広間前。大広間は薄明かるく、中は賑やか。全員、小声。

小野「おい、誰かいるぞ…」 
眞澄「えぇ、」
麻衣「入ってみる?」
健司「いや、先ずは少し開けて中の様子を伺う…。」

   健司、ドアを少し開けて中を覗く。

小松「どう?」
健司「…いるな。よし、入るぞ。」

   健司、そっと入っていく。メンバー、健司に続く。


同・大広間
   人々がたくさん、食べたり飲んだりして、演奏に会わせて踊っている。6人、呆気に取られてみているが、誰も6人には気が付かない。

健司「おい、誰も気が付かないぞ。」
小野「しかもみんな、日本の人じゃない…」
小松「これって…きっと幻じゃないかな?」
全員「幻?」
小松「そう…何でか分からないけど、昔ここで行われていた生活の様子だよ、きっと。」
眞澄「へぇー…栄えていた頃は華やかだったのね…」

   チェンバロは女の人が弾いている。

麻衣(あら…あの方、何処かで見たことがあるわ。誰だったかしら…)


男「オフェリー、」

   女の人、嬉しそうに微笑んで立ち上がる。

女の人「フランツ…」

麻衣(オフェリー…?)

   オフェリーとフランツ、幸せそうに手をとって踊り出す。

小野「オフェリーって…言ってたよな…」
健司「ここ…確か…『ドールフランスオフェリーの家』ってんだよなぁ?…っつーこんは、あいつがここの女主人ってこんか?」

   千里、半泣きで震えている。6人、夜が明けるまで舞踏会の様子を見ているが、


   朝になると、陽が射すにつれて貴族たちの幻は消えていく。

小野「結局…一晩中見ちまったな…」
小松「以外に飽きなかったし…」
麻衣「何か、歴史の流れを感じる…タイムスリップしたような…」
眞澄「本当、本当。」
健司「千里、お前もよくいたな。えらいよ…」

   千里、ふらふらっなり気絶。

健司「おいっ!!」

   千里を間一髪の所で支える。健司の手は震え、顔はとても苦しそう。

小野「いっちゃん、代わるよ。」

   小野が千里を抱き抱える。

健司「ありがとう…フーッ、重かった。」
小野「だろ、チビのお前に175もある男を抱くなんて、」

   健司、小野をにらむ。

健司「チビって言うな!!俺だって好きでチビな訳じゃねぇーんだ!!」

   6人、大広間を出ていく。

同・千里の部屋
   小野と麻衣。小野、千里をベッドに寝かす。千里、泣き寝入り状態。

小野「…柳平、お前は?」
麻衣「私、もう少しここにいる。」
小野「そうか。」
麻衣「えぇ…」

   小野は出ていく。麻衣、千里のベッドの近くの椅子に座る。

麻衣「せんちゃん…こんなになるまで、抱えていたんね…ごめんね…。」


   千里、少しずつ目覚める。

千里「麻衣…ちゃん、」
麻衣「せんちゃん、目が覚めたのね…。ふんとぉーにごめんな。」
千里「いや…僕は大丈夫…」

   涙が出てきそうなのを押さえて、微笑む。千里、ベッドから出てパジャマを脱ぐ。麻衣、手で顔を覆って反対を向く。

千里「(麻衣に気がついて申し訳なさそう)ご、ごめん…すぐ終わるから…」

   
千里、着替えが終わり立っている。

千里「ありがとう、僕はもう大丈夫…今夜で最後だね。」
麻衣「えぇ、ほーね。」

   麻衣、少し寂しそうに俯く。千里、心配そうに麻衣を見る。

千里「どうしたの…?君、悲しそうだね…」
麻衣「いえ、大丈夫…ただ、明日で私たちはバラバラ、みんな別れてしまうのねって思ったら寂しくて…」
千里「麻衣ちゃん…」

   千里、恐る恐る麻衣の肩に手を置く。

千里「でも、いつでも会えるさ…だってみんな長野県内だもの。小野君と小松君は松本。眞澄は諏訪、健司君は君といつも一緒…な。」
麻衣「でもあんたは?あんたは…京都へ帰っちまうずら?」
千里「あ、うん…」

   千里も淋しげに目を伏せる。

千里「でも僕だって、休みには諏訪へ戻ってくるし…メールとか交換しよ。そうすればいつでも、」
麻衣「えぇ。」
千里「ねぇ、麻衣ちゃん…僕らと別れるのが…寂しい?」
麻衣「ほりゃ勿論よ!!一週間共に過ごした仲間ですもの…。」

   千里のお腹がなる。千里、恥ずかしそうに笑いながら頭をかく。

千里「えへっ、僕…お腹空いたよ。」
麻衣「ほーね、今何か作るに…みんなはまだ寝ているでしょうから…」
千里「今日は僕ももう起きるよ、君を手伝う。」
麻衣「ありがとう、せんちゃん助かるわ。」

   二人、部屋を出て階段を降りていく。


   麻衣は食事の準備、千里は屋敷内の掃除をしている。

   6時、二人で屋敷の外を散歩する。


   8時、他の四人が起きてくる。

小野「おはよう、」
小松「おはよう、」
眞澄「おはよ、」
健司「はよーん!!」

麻衣「あ、来た来た!!みんなおはよう…」
千里「おはよう!!」

   6人、朝食を食べ始める。

小野「今宵が…最終夜だな…」
眞澄「そうね、」
小松「どうせなら屋敷の秘密はっきりさせたいよね。」
健司「あぁ、何かムズムズしちゃう。」
麻衣「私も…(千里を見る)あ、…ごめん。今日は私…」
千里「いや…」

   キリリと立ち上がる。

千里「僕もう泣かない!!僕も男だ、真相は明らかにしたい!!今宵はみんなに付き合うよ!!」
健司「お、お前から来たか。」
麻衣「せんちゃん、かっこいい!!」


   千里、デレーっとなってクネクネ頭をかく。一同、笑う。

小野「へへーん、千里の奴、女の子にカッコいいなって言われて照れてやんの。」 
小松「かあい!!」
眞澄「良かったわね、千里。」

   千里、有頂天になって朝食を食べ進める。


   その夜。

同・大広間
   誰もいない大広間に6人のみ。

小野「今何時だ?」
麻衣「一時よ…」
小松「後、一時間か…」
眞澄「今日はきっちりと…」
健司「舞台の入りと、」
千里「舞台の出を…」
麻衣「確かめましょう…」

   2時、鐘がなる。
   千里、操られるようにチェンバロに向かって椅子に座る。


麻衣(…せんちゃん…?)

   千里、鍵盤に手をおいて弾き出す。その内にガヤガヤと音がして人々が広間にたくさん入ってくる。メンバー、キョロキョロ。人々は、其々に躍りだし、楽団は千里の演奏に合わせて楽器をし出す。

   軈て、健司も導かれるようにバイオリンを構えて弾き出す。その後は麻衣も催眠にかかったかのように歌い出す。残りの三人は宴会に参加し出す。


   時間がたつ。朝6時、徐々に太陽が昇るにつれて人々は消えていく。6人も徐々に意識が戻り出す。其々に気がついて、キョロキョロと訳が分からぬ様子。千里はチェンバロに突っ伏せて眠っているが目が覚めると、寝惚け眼で辺りを見回す。

バスの中
   6人のみが乗っている。

小野「結局、何もわからずに終わっちまったな…」
眞澄「最終日なんて、特によく分からなかったし…」
小松「何をしてたか全然覚えてない…。」
健司「ただ俺は、何故かバイオリンを抱いて寝てたし…」
麻衣「私も床で、座ったまま寝てた。」
千里「僕はチェンバロの上に突っ伏せてたよ。」

   全員、顔を見合わせる。

電車の中
   割りと空いている。6人は横座り席に並んで座っている。合い向かい席には二人の中年夫婦が座っている。清水克子と清水春助。

克子「仲がいいね、友達同士で何処行ってたんだい?」
小野「あぁ、一週間の合宿さ」
克子「まぁ、合宿か。何処に行ってたんだ?」
小松「軽井沢のどっかにある、ペンションさ。」
眞澄「何がペンションよ!!あれは屋敷じゃないの!!」
克子「…屋敷?」
健司「ほう。おばさん、ここらの人?」
克子「いや、あたいらは富士見から来たんだ。夫と旅行でね…。」
健司「富士見から?長野県のか!?」
克子「そうだよ…」

   キョトンと。

克子「それしかないじゃないか…」
麻衣「実は私たちも、諏訪から来たの。私は茅野、」
千里「僕は諏訪、…でも、帰るのは京都。今、京都の学校に通っているから…」
健司「俺は原村!!」
眞澄「私、諏訪。」
春助「ほー、そいじゃあまたどっかで会えるかもな…」

   千里、考え深げ

千里(この人たち…何処かで見たことがあるような…)
克子「で、…屋敷って?何てとこなんだい?屋敷ホテルなんてあったかねぇ?」
千里「ドールフランス・オフェリーの家という…」
克子「ドールフランス・オフェリーの家…だって?お前さん、ほれ…本当にかい?」
千里「はーはぁ、」
克子「何てこったい…」

   克子、なんとも言えない顔をする。

克子「どうする、春さん?」
春助「どうすると言われても…もう泊まっちまったのは仕方なかろうに…。」
麻衣「おばさん、ひょっとして何か知っているのですか?」
小松「僕たちとっても不思議な体験をして不思議で仕方ないんです。」
眞澄「でも最終日まで、結局何も分からなかったし…」
健司「お願いします、あのホテルについて何か知っていたら、俺らに教えてくださいっ!!」
6人「お願いしますっ!!」

   克子、あまり話したくない顔をするがゆっくりと話し出す。


   話を聞いた後、6人は口も聞かずに硬直したまま。


   軈て、富士見駅。
   克子、春助が降りていく。

克子「やはり、話さない方が良かったねぇ…それじゃあね、あたいらは行くが…気を付けるんだよ。」
春助「近くならまた何処かで会えるかもな。」


   6人と二人、手を降って別れる。千里、まだ何か物思い気な顔。

麻衣「せんちゃん、どーした?気分悪い?」
千里「いや…でも、あの人何処かで見たことがあるような…と思って…」
小野「見たことがあるって…今あったからそう思うんじゃね?」
千里「そうかなぁ…」

   何か腑に落ちない顔

   健司はすずらんの里駅で降りていく。

健司「麻衣、じゃあな…千里と浮気すんなよ…。」

   小粋に手を振って降りていく。

麻衣「しないにっ!!」


   茅野駅、麻衣、降りずにスルー。小松、小野、千里、麻衣を見る。

小松「あれ、麻衣ちゃん君、茅野って言ってなかったっけ?」
千里「本当だ。もう通りすぎちゃったよ、いいの?」
小野「上諏訪駅で降りて、戻れよ。」
麻衣「いい、」
眞澄「チ、チ、チ…男ども、分かってないなぁ…何で麻衣は態々ここにいると思う?」
男三人「何で?」
小野「永田、お前分かるのかよ?」
眞澄「バカね、そんなの簡単よ。」

   ニヤリとして麻衣を見る。

眞澄「千里がいるからよ、ね。」

   千里、どきっとする。

眞澄「あんた、千里と一緒に塩尻まで行って、この男をお見送りするつもりなんでしょ?」
麻衣「正解。嫌ね、眞澄ちゃんったら…別に変な意味はないんよ…。」

   麻衣、照れて眞澄をこずく。千里も赤くなって下を向きながらニヤニヤする。

   眞澄は上諏訪駅で降りていく。

眞澄「んじゃね、みんな。ありがとう…また会お!!」

   麻衣に耳打ち

眞澄「バカな男だけど…千里を頼んだわよ。仲良くね…」

   眞澄もまた、小粋に手を振って降りていく。


塩尻駅
   千里、麻衣が降りる。小野、小松、手を振って別れる。電車はそのまま走り去る。

   二人、歩いて別のホームに向かう。千里、恥じらって時々上目使いにチラッ、チラッと麻衣を見つめながら。

千里「良かったのに…こんなところまで来てくれなくても…また戻らなくっちゃ。」
麻衣「いいんよ、私が勝手に来たいから来たの。せんちゃんはほいだって、これから京都まで帰るだだ?ほんな遠くまで帰る男の子、最後まできちんとお別れしたいもの。」
千里「麻衣ちゃん…ありがとう。僕、きっとまた戻るからさ。その時にはまた会いたいな…」
麻衣「勿論よ、いつでも連絡して。」
千里「うん、」

   千里の乗るホーム。電車が来る。

麻衣「あ、特急だに。あんたの乗るの、あれ?」
千里「そうだよ、色々ありがとう…じゃあね。」
麻衣「うん、こちらこそ。せんちゃん、あんまり色々思い詰めたり悩みすぎないでね。気にしちゃダメだに。」
千里「ありがとう…」

   『又ね…』

   千里、特急に乗り込み手を振って去っていく。

   麻衣一人。

麻衣「…行っちゃった…さてと、私も帰らんくちゃ…」

   麻衣、電車を待つまでベンチに腰を下ろすが途端に切なくなる様子。


   麻衣、電車に乗って窓の外を見つめながら戻っている。

岩波家
   麻衣、玄関前で躊躇っている。もじもじと恥じらいがある。裏庭では健司が仔猫と遊んでいる。健司、軈て裏庭から玄関の方へ回ってくる。

健司「ん?お、」

   麻衣、健司の方に気がつく。

健司「麻衣じゃねぇーか…どうした?お前、帰ったんじゃねぇーのか?」
麻衣「健司…」

   近付く。

麻衣「ほのつもりだったんだけどな…何となく寂しくなっちゃって…ここへ来ちゃった…。」
健司「…まぁ、上がれよ。お茶いれるからさ。」
麻衣「…ありがとう…。」

   二人、家の中に入る。

同・居間
   二人、小さな炬燵に座る。健司、お茶を運んでくる。麻衣、健司に俯いたまま箱を渡す。

健司「…何だよこれ…」
麻衣「あんたに…お土産…開けてみれば分かるに…。」
健司「俺に?…ありがとう。開けていいか?」
麻衣「…えぇ…。」

   下を向いて静かに泣いている。

健司「…麻衣…?」

   心配して近づき、そっと麻衣の後ろに回る。

健司「どうした?…泣いてるのか…」
麻衣「…大丈夫…」

   健司、麻衣の顔をあげる。麻衣、健司を見る。

健司「どうしたんだよ…ほんな時くらいは素直になれよ、強がるなよ…。」
麻衣「健司…」

   麻衣、健司にしがみついて泣き出す。健司、麻衣の体を抱く。

健司「あの屋敷でいっぱい辛い思い、お前にさせちまったもんな…ごめんな。お前、あそこにいるときはずっと我慢してたんだろ…。弱くて泣き虫な千里を守るためや、ほの場の雰囲気を楽にさせるために我慢してたんだろ…。俺さ、磨子がいなくなってからのお前があまりにも切なそうで見ていられなかったもんでお前に少しでも笑顔になって楽しんで貰いたくて…ほいだもんで。」

   感情を我慢するように震え出す。

健司「ほれなんに俺は、余計お前を悲しませて、傷付けちまった…ごめんな、麻衣…」
麻衣「ほんなこんない…健司が悪いんじゃない…。」

   健司、麻衣の体を起こす。

健司「今日は疲れたろ、ゆっくりしてけよ。な、お茶飲めば少しは元気んなるぜ。」

   麻衣にお茶を出す。

健司「はい、スィニョリンの為に特別。健司くん特製の愛情こめこめ菊花茶。」
麻衣「ありがとう…」

   健司、箱を明け出す。

健司「何かな、何かなぁ…お!!チョコレートケーキじゃん!!サンキュウ麻衣!!」
麻衣「フフ…私ちゃんと覚えてんだに。あんたの好きなもん…。」

   涙を脱ぐって笑う。健司に見られないうちに眼鏡を素早くかける。

健司「食っていい?」
麻衣「勿論よ、ほの為に買ってきたんだもの。」
健司「やりーっ!!」

   健司、ルンルンとしてケーキを切り出す。麻衣、

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あきゅろす。
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