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石楠花物語高校生時代
崩れ落ちた彼
小淵沢駅
   清聡と麻衣。

清聡「麻衣ちゃーんっ!!」
麻衣「あ、そうちゃん!!」
清聡「今日は来てくれてありがとね。」
麻衣「こちらこそ。でも急に何?私を誘うだなんて…」
清聡「い、いやぁ…」

   恥ずかしそう。

麻衣「いいに、何処行くだ?」
清聡「何処?」

   小粋

清聡「君、バスは大丈夫?」
麻衣「えぇ、大丈夫だに。酔い止め飲んどるで。」
清聡「良かった、なら…あれだよ。乗ろう。」

   二人、バス停へと歩く。

バスの中
   割りと混んでいる。

麻衣「なぁ、」
清聡「あぁ、行き先?」
麻衣「ほーだに。」
清聡「ヒントは、僕と同じ名前のところだよ。」
麻衣「あんたと同じ?」
清聡「うん。」
 
   考える麻衣を小粋に見つめる。

麻衣「そうちゃんと同じ名前…小松、小松…小松清聡…小松、きよ…あ!!」

   (バスを降りる。)

麻衣「清里町!!」
清聡「そ、正解。」

   雪が降ってる。

麻衣「ほいだけど…雪、降ってきちゃったに…どうしよう?」
清聡「この可愛らしい町、クリスマスなら少しロマンチックかと思ったんだけどな…そうでもなかったみたい…だね。」
麻衣「寧ろ…寂しいかも…」

   二人、顔を見合わせて苦笑い。

麻衣「なら…」
清聡「僕なんか、お腹空いちゃったな…」

   にこりとして麻衣をみる。

清聡「そういえば君、この間お弁当作ってきてくれるって…」
麻衣「あぁ!!」

   手元をみる。

麻衣「あ、ごめん…」

   ばつが悪そう。

麻衣「置いてきちゃった…」

   清聡、がくり。

麻衣「なら…」

   困ったように。

麻衣「何処かに…入る?」
清聡「そうだね…」

   二人、ぶらぶら。


上諏訪駅
   麻衣と清聡。

二人「…。」

   顔を見合わせる。

清聡「ねぇ、麻衣ちゃん…」
麻衣「結局ここまで戻ってきちゃった…な。」
清聡「あぁ…」
麻衣「ほいじゃあ…城南のえいえんにでも、入る?」
清聡「何の店?」
麻衣「北山のお母さんがやっているお店、ハンガリー料理よ。」

   二人、歩いていく。


柳平家・居間
   その頃。紡、糸織、と子、あすか、昼食中。

紡「あーあ、なんか思いがけずにいいお昼が食べれたな。」
糸織「ふんとぉ、ふんとぉ、麻衣のやつ、あれだけ張り切って作っとっただに忘れてくなんてな。」
と子「確かに。麻衣姉も少しおっちょこちょいってか、かなり抜けたとこあるもんな。」
あすか「でも、ほのお陰でこんな美味しい麻衣姉のごはんが食べれるんだもん。まぁ、いいんじゃない?」
紡「でなくちゃ、出前かコンビニ。」
糸織「栄養が偏りそう…」
と子「でもこんなのなら、バランスよく栄養も摂取できる。」
あすか「ほれにとっても美味しい。」
四人「んだんだ。」

   四人、頷きながら満足げ。


えいえん・店内
   マコ、千里、他スタッフが忙しそうに働いている。麻衣と清聡が入店。

スタッフたち「いらっしゃいませぇ!!」
マコ、千里「あ!!」
清聡「あ…」
麻衣「せんちゃん、あんたどーゆー?」
千里「あぁ、ついこの間から、ここでアルバイトを始めたの。…でも…」

   恨めしそうに顔をしかめる。

麻衣「ごめんごめん、大丈夫よ。変な意味はないで。嫉妬しないでや。」
千里「君達…本当に?」
麻衣「当たり前よ!」

   マコ、千里の脛を蹴飛ばす。

千里「痛いっ!!」
マコ「男の癖に変に嫉妬してんじゃないわよ!!」

   さらに強く蹴飛ばす。

千里「っったぁーーーっ!!!」

   千里、涙をこらえながらマコを恨めしそうにみる。麻衣と清聡は、席につく。

千里「で、ごめんね。ご注文は何にいたしますか?」
麻衣「お勧めは?」
千里「お勧めはぁ…えーとっですねぇ…」
マコ「テルテット・カーポスタ、ホルトバージ・パラチンタ、オロス、フーシュシャーラータっ!!んもぉ、ちゃんと覚えろっつーの千里!!」
千里「…ですって。」
麻衣「ふーん。ほいじゃあ、私はテルテット・カーポスタで。」
清聡「僕はぁ…全く分からないけど、ホルトバージ・パラチンタで。」
麻衣「ほれと、オロス・フーシュシャーラータ。んで、食後にクグロフと、持ち帰りにベイグリをつけてね。」
千里「畏まりました…少々お待ちくださいね。」

   千里、二人を気にしながらも去る。麻衣、うっとりと千里を見つめている。

麻衣(ボーイ姿のあんたもとっても素敵…)

   清聡、複雑な顔で麻衣を見ている。


   (しばらくご、)

マコ「Köszönöm a türelmüket.」
麻衣「Kitayama-chan, köszönöm. Ez nem kerül felszámolásra azonnal! !」
マコ「Kérjük, kérjük, látogasson el a pihenni kérjük.」

   マコ、一礼して戻っていく。

麻衣「では、」
二人「戴きまぁーす!!」

   二人、顔を見合わせる。

二人「美味しいっ!!」

   食べながら。

清聡「ねぇ、今のって何語?」
麻衣「ハンガリー語だに。北山は何度もハンガリーに留学しとるもんでハンガリー語はペラペラなんよ。」

   そこへマコ。

麻衣「な、北山!!」
マコ「そうよん。」

   得意気に足を踊らせている。たまたまそこに歩いていた千里にぶつかる。

千里「痛いっ!!」
マコ「何よそ見して歩いてんのよぉ!!」
千里「危ないだろ!!よそ見してたのは、君だろうに!!」
マコ「まぁ、何ですって?千里の癖にこの北山マコちゃんに口答えっ?イカれてるっ!!」

   千里に鋭くがんをとばす。千里、たじたじもじもじ。

千里「てか、お説教は後にしてくれないかな?ちょっと僕、トイレ行きたいんだよ!!」 
マコ「ダメよ、この忙しい中もう少し…」
千里「ダメだっ、もう限界っ…女将さーん、5分休憩お願いしまぁーすっ!!」
声「はーい、どうぞぉ。」

   千里、店の奥へと入っていく。

マコ「バカ…イカれてる…。」

   マコも呆れがおで去っていく。


   (しばらくご)
  会計をする清聡と麻衣。

千里「ありがとうございます、又のご来店をお…」
清聡「小口くんっ!!」

   勇ましく指を指す。

千里「は、はい?」
清聡「ちょっと…」

   千里の手を引いて影の方へ連れていく。


   (店の影)
   清聡、千里のみ。

千里「な、何さ?」
清聡「君、君も勿論今夜、麻衣ちゃんの家のクリスマス会、呼ばれてるんだろ?」
千里「あぁ、勿論さ。だって彼氏だもん。」
清聡「(皮肉っぽく)補欠のね」
千里「うるさいっ!!…で?」
清聡「僕も呼ばれて行くことになった。」
千里「はぁ?」
清聡「そこでだ!!」

   話を聞くと千里、あり得ない、アホらしいという顔をする。

清聡「ってことで、話はそれだけだ。楽しみにしてるよ。」

   清聡、戻っていく。千里、暫く清聡を見送っているが、軈てふんっと鼻を鳴らして戻っていく。


柳平家・居間
   麻衣、糸織、紡、千里、健司、清聡、マコ、すみれが集まっている。千里のピアノ伴奏で厳かに唄う麻衣。

   『クリスマスワルツ』〜『ホリーホリーホリー』

   終わると健司がバイオリンを合わせる。全員、軽快に躍りながら。

   『サンタはここにやってくる』〜『ジングルベルロック』

   全員、料理を食べている。

麻衣「で、食べ終わったら?」
千里「トランプっ!!」
すみれ「ま、地味だけど…いっか。」

   トランプをする。ババ抜き。

麻衣「よっしゃーっ!!一上がり!!」
健司「俺も二上がり!!お、麻衣、お前が1位なんつーのは、奇跡だな。これぞまさにクリスマスの奇跡っつーやつなんじゃあ…」

   麻衣、健司をこずく。

麻衣「あんただけには言われたかないわね!!」

   次々と上がる。千里、清聡のみが残る。

健司「ん?」

   二人、お互いに睨みあっている。

健司「又始まったよ…やっても意味ない下らんバトルが…」
清聡、千里「…っっ、」
千里「んーーーーっ、」
清聡「どちらでもどーぞ。」
千里「んーっ、ではこちらで…あたぁーーーっ!!」

   清聡、ニヤリ。千里、撃沈。

清聡「やったぁー、あがりぃ!!」
千里「あーーっ!!」
マコ「残念だったわね、千里。女を勝ち取れても、ゲームではライバルに勝ち目なし…か。」
千里「煩いっ!!」
マコ「あんたこそ煩いっ!!お黙り千里っ!!」

   全員、笑う。千里、泣きそうな顔でマコと清聡を睨む。

   その後、ダンスをするメンバー
   『スキップトゥマイルー』

マコ「ちょっと健司くんっ、真面目にやりなさいよっ!!人の足ばかり踏んづけないで!!」
健司「んだと、マコちゃん!!ほりゃ俺の台詞だよっ。お前こそ男のリード無視してどんどん一人で踊ってんじゃねぇーよ。B型だろっ!!」
マコ「何ですって?私に向かってお説教!?非常識にもほどがあるわ!!そう言うあんたこそB型でしょ、B型男って私大嫌いなのよ!!イカれてるっ!!」

   二人、つんっとして意気も合わずに踊っている。他、躍りながらも二人を見てクスクスとしている。

   (終わる)

清聡「んでは、いよいよクライマックス!!ついにこの時が来たな、小口くん!!」
千里「ん、本気でやるかぁ?」
清聡「あー、勿論本気だ、さぁっ!!」
千里「何で勝負する?」
清聡「君が100%負けるって分かることさ。」

   健司、キョロキョロ。

健司「ん?ん?何が一体始まるんだ?」
清聡「勿論っ、麻衣ちゃんをかけた男と男の勝負さ!!」
健司「麻衣をかけただぁ?」

   腕捲りをする。

健司「麻衣を渡してたまるかっ!!ほーいうこんならほの勝負、俺も参加しよーじゃねぇか?で、勝負の題材は?何だ?」
清聡「ん、勝負の題材?」

   不気味にニヤリ。

清聡「これさ…」

   千里、健司、蒼白になる。他メンバー、最早呆れがお。

   ゲームが始まる。三人の男達、次々とグラスのジュースを飲んでいる。清聡、時々うぷっと苦しそう。

マコ「私もう、どーなったって知らない…」
麻衣「私も…」
すみれ「そんなの私もよ…」

   他メンバー、半分寝たりしている。

   最後の一杯。気色の悪いドリンクを持つ千里。

千里「何これ…これを本当に…僕が飲むの?」
清聡「当たり前だろ?」
千里「攻めて…何を混ぜたかだけでも、教えてよ…ちゃんと飲むからさぁ…」
清聡「本当にだな?」

  
千里、生唾を飲み込んで頷く。

   話を聞くと、半泣きでドリンクを一気のみ。

清聡「よしっ、よく飲んだ。偉いぞ小口くんっ!!」
千里「おえっ。」
健司「どんな…味だ?」
千里「公衆トイレの中の生ゴミの中に、あおこと酒盗を混ぜた感じ…」
清聡「な、何だその例えは?」
健司「てかお前、そんなもん食ったこんあるのかよ?」
千里「知るかっ、そんなの!!」

   立ち上がるが苦しそう。

千里「んんっ、トイレっ…」

   もじもじ。

千里「ごめん麻衣ちゃん、トイレ…」
清聡「ほらね、」
千里「はい?」
清聡「必ずしも君が負ける。」
千里「まさか…」
清聡「そ、そのまさか。」
千里「そんなぁ…君達は?」

   清聡、健司、顔を見合わす。千里、泣きそう。

   数分後。千里、もう半泣き。健司、千里を見て立ち上がる。

健司「麻衣、便所借りるよ!!」 

   健司、トイレに向かいながら軽く千里に目配せ。千里、泣き出しそうになる。

千里(健司くん…)

   清聡、少々悔しそう。健司と入れ替わりに千里。

清聡「あ、麻衣ちゃん、僕も使わせて…」
千里「ぼ、僕も…」
清聡「おいっ、君はつい今さっき入ったばかりだろうに!!」
千里「仕方ないだろぉ!!又行きたくなっちゃったんだもん…」

   その後は、健司、千里、清聡、すぐに交代くらいでトイレに立っている。


茅野中央高校・男子トイレ
   千里が駆け込む。中には岩井木、西脇、糸織、向山

糸織「あれま?せんちゃん、つい15分くらい前にもトイレ行かなかったっけ?」
千里「来たよぉ。来たけど、今日の冷え込みと昨日の大量の水分が…しかもそれに加え…」

   顔をしかめる。

千里「少しお腹が痛い…」
糸織「大丈夫か?」
千里「う、うん…でも嫌だな。確かこの後は、マラソンだろ?」
西脇「あ、そうか何処までだ?」
岩井木「確か、制限時間が一時間半で、原村の八ヶ岳美術館までだろ?」
千里「そっかぁー、原村かぁ…遠いなぁ。」
向山「それよりお前、今日は一体どうしたんだ?朝から変だが…まさか、食い過ぎか?」
千里「違うよ、飲みすぎだ。」
向山「は?飲みすぎだ?何をほんねに飲んだんだよ?」

   岩井木、西脇、先に出ていく。

千里「それがぁ…」

   出来事を話し出す。

千里「…なんだ。」
向山「はぁ、何だそれ?バカだなぁ、俺だったらいいけどよぉ…お前みたいなひょろひょろ男が後先考えずにやったのかよ?」
千里「だって…悔しかったんだもん…そうちゃんには嘗められてるし、僕が絶対に負けるってバカにされるし…」
糸織「ふーん。恋するライバル男にゃ、よくあり得る混んだね。」
千里「今日はやりたかない…」

   頭を抱える。

千里「滅茶苦茶やりたかない…」

   岩井木、西脇が戻ってくる。ニヤリ。

岩井木「どいでだ?」
西脇「話は全部聞かせてもらったぜ。」

   千里に近づく。

西脇「お前、今日は小便近いもんでそれが心配で走りたくないんだろ?」
岩井木「図星だな?」
千里「ギクリっ!!」
糸織「何だ、ほいこんか。ほんなこん、せんちゃん、気にせんでいいに。他にどこも具合は悪くないだら?」
千里「うん…」
向山「そうだぞ、便所なんて日本だだもんそこら中に無料で使える公衆便所もあるしさ、」
岩井木「いざとなりゃ、コンビニやガソリンスタンド、誰かのお家だってふんとぉーにやばくなりゃ、トイレくらい貸してくれるぞ。」
西脇「何てったって田舎だからね。」 
 
   千里、真っ赤になって下を向く。

西脇「そんなに心配ならさ千里、紙おむつでも履いて走れよ。」
千里「もさもさと走りにくいもん。嫌だよぉ…」
西脇「どんなに動いても漏れにくい、“ムニーヴァイブ”」

   千里、西脇をこずく。

岩井木「んならさ、あのチビの岩波健司みたいに寒空の下でお尻出しますか?」
千里「やめてくれっ!」


岩井木「まぁいいや、そんな冗談はおいておいて…結局お前、出席するのか?しないのか?」
千里「一応は出るよ…他にはどこも具合は悪くないんだ。ずる休みだけはしたくないからね…」

   手を洗いながらため息。

千里「あーあ、たった一晩で僕の頬がこんなに浮腫んじゃってる…」

   足をさわる。

千里「嫌ね、足も?あら嫌だ、身体中全体がそうなっているみたいだわ…」
岩井木「女みたいな声で喋るな…気持ち悪いぞ、小口…」
千里「ぅふーん…だって僕っ」

   乙女のようにくねくねもじもじ。

千里「嫌だ、困っちゃったわ…装甲している内に又…」

   慌ててトイレに戻る。

千里「本当にあれだよ、こんなときに今、CMでやってるあれが…あの薬がありゃ一番いいんだけどなぁ…本当に効くかどうかは全く分からないけど…」
岩井木「“女性のトイレの悩みにミニッツホットTH12”の事か?」

   千里、恥じらいげに小さくうなずく。

千里「ところで、そうちゃんと健司くんは今日どうしているのかな?」
岩井木「あぁ…」
西脇「健司は、今日登校するときにあいつん家に迎えにいったら、今日は腹壊したとかで休むらしいけど。」
岩井木「これで納得だ。原因はこう言うことだったんだな。で、」
糸織「あぁ、そうちゃんも一応は欠席。でも、よくなり次第登校するって。」
千里「そーか…なら僕らは割りと軽い方だったわけか…。」
糸織「いや、僕らはって…僕別になんともないよ。ところでせんちゃん、君、お腹は?」
千里「あぁ、お陰様で。お腹はもう痛くはないよ。でもね…酷いのは前の方でして…」

   モジモジ。

千里「ごめん、先に戻ってくれるかな?もう一回…ね。」
 
   全員、がくり。
   『不安な僕の心の歌』


同・野外
   ピストル。女子達から一斉に走り出す。


   約十五分後。

育田「それでは次っ、男子行くぞ。位置について、よーいっ!!」

   バンっ。男子たちも一斉に走り出す。


マコ「うわぁー、早いっ。もう男子が来たよ。」
矢彦沢「よ、マコ。頑張れよ!!」
マコ「進さぁーん!!」

   うっとり。

マコ「ところで、あのバカは?今どうしてる?」
矢彦沢「バカ?…あぁ、ひょっとして千里のこんか?」
マコ「そうよ。あいつしかいないでしょ!!」

   そこへ岩井木、西脇。

岩井木「あぁ、」
西脇「あいつならぁ…」 

   (尖り石縄文公園付近)
   千里、向山。

向山「おい小口、大丈夫か?」
千里「う、うん、ありがとう。何とか大丈夫見たい。」
向山「そうか、良かったな。んならこのまま八ヶ岳美術館まで行けるか?」
千里「うんっ、多分!!さ、ペース上げよ。」
向山「お。でもあんま無理すんじゃねぇーよ。」
千里「ありがとう。」

   二人、ペースをあげて走っていく。


   (八ヶ岳美術館)
   矢彦沢、マコ、岩井木、西脇。

岩井木「よーしっ、折り返し地点の高原美術館に着いたぜ!!」

   下の方を見る。

岩井木「どうもこりゃ、俺たち四人が一番乗りのようだな。」
西脇「何だかんだで、」
マコ「そう言うことになっちゃったわね。」
矢彦沢「しかしマコ、お前は女のくせして大したもんだなぁ…なかなかやるじゃねぇーか。」
マコ「まねぇー!!」
西脇「ところでさぁ…あいつ今頃どうしてるかなぁ?」
マコ「何よ靖、あいつって?」
岩井木「小口千里だよ。あの、小便たれの千里のこんさ。」
マコ「あぁ…あのおバカのこと…。そうね、」

   ふんっと鼻を鳴らす。

マコ「どーせあのダメ男の事よ。どっか下の方でグデーンとくたばって“ママァ!!”とか言ってるに決まっているわ。」
岩井木「や、その前にあいつどっかで…」

 

   (八ヶ岳エコーライン沿い)
千里、向山。千里、走り方がおかしく不自然。


向山「ん、小口どーした?」
千里「…。」
向山「んぐっ、お前、ひょっとして…」

   千里、コックリ。

向山「お、おいっ!!」
千里「ねぇ、この道沿いに公衆トイレとか…コンビニやガソリンスタンドって…ある?」
向山「ねぇーよ、ほんなもん。」
千里「じゃ、じゃあ…八ヶ岳美術館まで、後…」
向山「かなりあるかもな。」
千里「そんなぁ、」
向山「バカ野郎、どいであんときに尖り石で済ましてこねぇーんだよ!!」
千里「だってぇ…」

   二人、暫くは走っている。


   千里の表情はだんだん蒼白になる。数メートル向こう。木の小屋が見える。

千里「?」
向山「ん、なんだありゃ?ここにあんなもんあったっけ?」
千里「さぁ、」
向山「さぁ、って…お前豊平だろうに!!」

   二人近づく。

千里「!!?」
向山「これって…便所じゃね?」
千里「助かった…」
向山「良かったな、小口。ほれっ。ここにいるでしてこいよ。」
千里「うん、ありがとう…」

   千里、トイレへ入っていく。向山、やれやれとフット笑う。


公衆トイレ・中
   江戸時代の蔵のような作り。千里、恐る恐る引き戸を開ける。

千里「…っふ、」

   大昔の木と石で作られた金隠し。しかも溢れて糞尿で汚れている。

千里(こ、こりゃなんだ…?いつから掃除されていないんだろう…てか、仮に綺麗だったとしても、こんなトイレでどうやってするんだ?…ん?)

   張り紙。

千里「何?」

文面『毎度、この厠を綺麗に使ってくださりありがとうございます。徳川家康』

千里「…だって。ふーんっーて…徳川家康ー!?」

   キシキシカチャカチャ。

千里「ひ、ひ、ひ…ここは、」

   一目散に逃げ帰る。

千里「わぁーーーーーーーーっ!!!」

   外の向山、びくり。

向山「何だ?」


同・外
   向山の元へ千里が真っ青い顔をして逃げ帰ってくる。

向山「おいおい、どーしたんだよ。小便済ましてきたんだろ?行くぞ。」

   千里、大きく何度も首を降る。

千里「してないっ、」 
向山「はぁ?」
千里「出来なかったんだよぉ、ここのトイレ…」

   トイレの方を見るがトイレはない。

千里「う、う…」
向山「あれ、便所が無くなってるぜ?」
千里「あーーーーーーっ!!」
向山「うわぁーーーーーっ!!」

   二人、一目散に走っていく。

払沢・農協前
   千里、向山。二人とも息を切らしている。

向山「おいっ、結局折り返しの八ヶ岳美術館まで行かなかったじゃないか!!ペナルティだぞ!!」
千里「そんなこと言ったって、」

   立ち上がると足の間に手を入れて猛烈に体を揺する。

千里「トイレぇ…」
向山「すぐそこ。ほれっ、」

   千里の肩を支えて、トイレへと向かう。中新田方面からは買い物かごに沢山買った健司が出てくる。

健司「?」

   (トイレ前)
   千里、ドアを開けようとする。

千里「ん、ん、あれっ?」
向山「どうしたんだよ?早く行けよ、もれそうなんだろ?」
千里「そうだけどぉ…開かないんだよ」

   そこへ健司。

健司「あ、今日はここ休みだぜ。だもんでトイレもやってない。」
千里「健司くん…」
健司「ん、ほいだもんで俺、わざわざ中新田まで歩いて買い物に行ってきたんだぜ?で?」

   二人を見る。

健司「お前たちは?ここで何してんだよ?」

   
健司「…ふーん。マラソン大会ね。で、こいつがトイレに弾んでここに来たわけか、なるほど。」

   千里、その場でもじもじ泣き出しそう。

健司「千里姫、大丈夫か?」
千里「もう…大丈夫…じゃない…」

   丸こまってしゃがみこむ。

健司「ほれ、俺んちすぐ近くだでさ、来いよ。な。俺んちのトイレ使え。」
向山「てか、お前誰?」
健司「あぁ、俺?こいつの親友で柳平麻衣の婚約者さ。」

   健司、千里を立たせようとするが千里、泣きながら大きく首を横に降る。

千里「ダメダメダメダメ、もうダメ、もうダメっ!!」

   健司、向山、困り果てて顔を見合わせる。

   麻衣、すみれが上の道を通る。偶々千里たちが目に入る。

麻衣(…せんちゃんに、健司、向山?何やっとるだら?)

   麻衣、二人の元に行く。

麻衣「向山、健司にせんちゃん、何やっとるだ?」
向山「や、柳平…」
健司「おぉ、麻衣…」

   千里、ギクリとして平然と立ち上がろうとするが足はがくがく。

健司「あ、麻衣!いいとこに来てくれた!なぁ、助けてくれよ。こいつ助けれるのはお前しかいねぇーんだよ。」
麻衣「どーゆーだえ?何か、あった?」
健司「千里が、…だで千里が…」

   話を聞く。

麻衣「まぁ、どうしましょう…」

   キョロキョロ。

麻衣「さ、せんちゃん…とにかく健司の家まで歩ける。立って。」

   泣き出す千里。

千里「もう無理だよぉ…立ったらもれる…」
麻衣「でもあんた、ほのままいる気?あんた顔真っ青よ、病気になっちゃうわ…」
千里「でもぉ、」

   麻衣、向山を見る。向山、すみれさん、ごめん、先に行って。

すみれ「…分かった。私、育田先生呼ぶわね。」
向山「俺も。」
麻衣「ありがとう。」

   麻衣、健司、千里のみ。

健司「麻衣、」
麻衣「大丈夫よ。私も健司もあんたのこん笑わん。分かってるら。とにかく立って、とりあえず人目につかないとこ…」

   麻衣、健司、千里をそっとたたせて一歩一歩歩かせる。千里、真っ青い顔で目を見開いている。

千里「ふぅっ、」

   麻衣、健司、千里を座らす。

麻衣「ダメよ、このままじゃ彼、本当に病気になっちゃうわ。」
千里「もうダメっ!!…歩けない…」
麻衣「いいわ、誰も見ん。誰も笑わんで、ここでおもらししちゃいな。」
千里「そんな…」
麻衣「あんた、本当に体どうにかなっちゃうわ!!」
千里「…」

   目を閉じて涙を流す。健司、千里の周りで壁を作る。麻衣も逆方向を向きながら千里を庇う。しくしくとしゃくりあげて泣き出す。

麻衣(せんちゃん…)

   軈て千里、麻衣にしがみついて声を挙げて泣き出す。麻衣、黙って千里を抱き寄せて慰める。

千里「う、う、う…」
麻衣「せんちゃん…よくここまで頑張ったな。辛かったよな、切なかったよな…」
千里「…」
麻衣「いいに、大丈夫…誰にも言わんでね。ほら、全部しちゃいな。」

   千里、真っ赤な顔をして俯く。

麻衣「でも健司、一体何があったんよ?」
健司「あぁ…」

   千里を立たせて歩き出す。

健司「まぁ、千里もこんなんじゃ歩くの嫌だろ?俺んちへ来てろよ。ほこへ、担任なり千里の母ちゃんなりに連絡すりゃいいさ。」
千里「健司くん…うぅっ、ありがとう…」
健司「何ーっ、いいってこんよ。困ったときはお互い様だろ。さ、俺んち行こっ!!」


   三人、歩き出す。

健司「でさ、あの向山っつー男から聞いたんだけどさ、こいつ向山と一緒に走ってたんだって。」

   話す。

健司「んな訳で、ずっとトイレに行きたいのを我慢して走ってたけど、ここは定休日…。」
麻衣「ほー…だったの。…でも、健司の家にいったらまずは早く着替えさんと、今度は風邪引いちまうに。」

岩波家・健司の部屋
   前景の三人。

麻衣「ズボンはジャージだで、ほんねにぐしょぐしょじゃねぇーな。だで、気持ち悪いかもしれないけど、学校に行くまで…下着だけ脱いで…」
健司「ほんなこんさせるなよ!!」
麻衣「ほいだってぇ。」
健司「今日から兄貴がいるんだ。だで、」

   岩波悟が入ってくる。

悟「話は聞いた、」
健司「兄貴っ!!」
麻衣「悟ちゃん!!」

   悟、ズボンと下着を健司に渡す。

悟「千里君、だったね。」
千里「え、えぇ。」
悟「僕は健司の兄の悟と言います。困ったときはお互い様。サイズが会うか分からないけど、僕の使ってればいいよ。」
千里「え、いいん…ですか?」
悟「勿論だよ。」
千里「ありがとうございますっ。このご恩は決して忘れませんっ!!」
悟「大袈裟だよ。」

   悟、微笑みながら出ていく。麻衣、下着を見て鵬を赤らめる。

麻衣「ほいじゃあ私、しばらく外出てるな。」

   部屋を出ていく。

健司「ほれ、千里…」
千里「ありがとう…」

   ズボンと下着を脱ぐが健司の視線が目に入る。

千里「あのぉ、健司くん?…悪いけど君も外、出ててくれるかな?」
健司「あ、わりぃわりぃ、お気になさらずに。」

   健司、別の方向を向いて本を読み出す。千里、周りを気にして紅くなりながらも着替え出す。

   (廊下)
   麻衣と悟。

麻衣「悟ちゃん、へー冬休みなんですか?」
悟「あぁ、今日からね。麻衣ちゃんこそ、どうしたんだい?」
麻衣「あぁ、私達はマラソンですよ。八ヶ岳美術館まで。」
悟「八ヶ岳美術館!?茅野中央高校からかい?」
麻衣「えぇ!!」
悟「でも…」

   声を潜める。

悟「彼はどうしてあんなことに?」
麻衣「ほれが…色々と。」

   千里が部屋から出て来る。

千里「お兄さん、本当にありがとうございました。」
悟「いやいや、君の役に立てて良かった。」

   不安げに麻衣を見る千里。

千里「…話した?」
麻衣「言ったら。誰にも話さないって…」
千里「麻衣ちゃん…」

   弱々しく微笑む。チャイム。

千里「あ?」
育田の声「こんにちは、茅野中央高校の育田と申しますが、こちらにうちの生徒が」
健司「来たぞ。」

   健司、ドアを開ける。

千里、麻衣「育田先生っ!!」
育田「小口に、柳平、」

   健司と悟に頭を下げる。

育田「うちの生徒がお世話になりました。」

   二人を見る。

育田「ほれ、お前たちは早く車に乗れっ!」

   麻衣、しゅんとする千里の肩を抱いて車に乗り込む。千里は又泣き出しそう。育田も乗り込む。 

   車は走りだし、健司と悟は手を降って見送る。

悟「で、タケ?お前学校は?」
健司「朝はお腹壊して休んで…今はへー治ったけど、どうせ休んだんだ。へーいいよ。」
悟「お前ってやつはぁ!!」

   健司をこずく。

健司「痛いなぁ、兄貴は、何するんだよぉ!!」

   二人、笑う。

車の中

育田「小口、お前どうしたんだ?」
千里「…先生…」
育田「この後はどうだ?辛いか?」
千里「いえ…大丈夫です…」
育田「そうか、しかし、何故出発前に済ませておかなかった?こんなになるまで我慢した?」
千里「行きましたっ、行きましたけど、」

   又泣き出す。

千里「僕、又行きたくなっちゃって…でもどうしても我慢できなくて…。先生に前に言われたこと、学校ではしてました。でも、マラソンなので、走りにくいから…」
育田「ほーか…でも小口、ほりゃまぁやっちまったもんは仕方のないこんだが…お前は高3の男だろ。メソメソするな、小口!!」
千里「う、う、」
麻衣「よしよしよし、大丈夫だに、せんちゃん…」

   麻衣、千里を慰める。


茅野中央高校・体育館
   三年全員、へとへとでバレーボールをやっている。

岩井木「見てろよリネッタ、この愛の魔球で君のそのピュアなハートを一撃、射止めてやるぜ。」
西脇「徹、まさか僕たちがライバル同士になるとはね。ま、いいさ。リネッタはもう、お前が心を射る間も無く、僕のこの魅力に一ころさ。な、リネッタっ!!」
麻衣「はいはい、」

   『僕だけのリネッタ』
   呆れて鼻を鳴らす。
   

麻衣「ったく、へー!呆れて返事するのもいい加減嫌になってきたわね。」
西脇「いやはや、照れるなぁリネッタ…君に言われるほどじゃないよぉ。」
麻衣「いや、褒めてね、褒めてね…てかあんた聞こえとったね。」

   千里、岩井木と西脇をこずく。

麻衣「せんちゃん、頑張ってな。」
千里「うんっ、ありがとう。君がいれば僕、頑張れるよ。」

   (試合開始)
   千里、ボールを打てずにノックアウトされてばかり。

麻衣「せんちゃんしっかりっ、玉をよくみろっ!!」
千里「よしっ!!」

   バレエのグランジュデをする。

千里「千里ぃーーっ、スマーシュ!!」
麻衣「キャアーーッ、流石はせんちゃん、格好いいっ!!グランジュデ最高ぉ、よっ、バレエの王子様っ!!」

   千里、有頂天になって麻衣にVサイン。
  
麻衣「危ないっ、」
千里「うわぁっ。」

   千里、ボールでノックアウトされる。麻衣、手で口を覆って茫然。千里、目を回して仰向けに倒れている。

   (6部と1部。)
   清聡、千里、互いに火花を散らす。

清聡「運動音痴の君にサーブが打てっこない。僕が勝ったらどーする?」
千里「言ったな、どーもしないさ。でも、僕だって本気になりゃできるんだ!!」
清聡「そりゃどーかな?」

   睨み会う二人。マコ、二人にボールをぶつける。二人、同時にノックアウト。

マコ「アホか男共!!授業は真面目にやれっ。」

   麻衣、ポカーンとする。

横井「おい、ありゃ男顔負けだぜ。」
矢彦沢「俺も同感だ。マコ、柳平紡、んであんなに大人しそうな顔はしてるけどよ、副の城ヶ崎、この三人が集まりゃ俺達には勝ち目ないぜ?」
岩井木「あぁ、確かにそうだ。」
征矢野「しかしそんなこん、一部は特にそうだぜ?」
西脇「そうそう、伊藤、佐藤、吉岡、片倉、強くて怒らすと怖い、男勝りな女達の宝庫さ。」
向山「それを言っちまや、あの柳平麻衣だってそうだろうよ?あいつは、本気で怒らしたりすると…」
麻衣「これっ、向山っ!!」

   麻衣、シッシッと向山、西脇をコートへと戻す。西脇、麻衣に軽くウインクと投げキス。麻衣、オエッとする。

征矢野「な、これでいつも、本来なら見事な護身術や猫パンチが飛んでくるんだぜ?」

   そこへマコ。

マコ「さっきから黙って聞いてりゃ男共、言いたい放題言ってくれちゃってるんじゃないのよ、えぇっ?」
横井「おいっ、」
征矢野「うっ、怖っ。」 
矢彦沢「おいっ、試合ぼちぼち始まるぞぉ」
マコ「チ、上手く話、反らしやがって…」

   試合が始まる。

清聡「小口君、見てろよぉ!!覚悟っ、清聡サーブっ!!」
千里「くそっ、」
茶目子「きゃあ、キヨくん格好いい!頑張ってぇ!」
野々子「男か女かはっきりしないせんちゃんなんて、子典範に負かしちまえやぁ!!」 

   タミ惠、鼻高げにつんっと笑ってみている。

麻衣「せんちゃんドンマイっ!!立ち上がれっ!!泣くなぁ!!」

   女子たちは熱心な応援をしているが、男子たちはやる気もなさそうに呆れがおで見ている。


   (チャイム)
   終わる。

紡「ほぉーっ、暑ーっ。スポーツ最高!バレーも最高!」

   バレーボールを両手でついている。

紡「あ、私ボール片付けてくで北山、あんたは先帰って。」
マコ「OK、お!!」

   前方には麻衣が歩いている。

マコ「あ、ねぇ麻衣?」
麻衣「あ、北山、お疲れ。あれ、つむは?一緒じゃないだ?」
マコ「ボール片付けたりするから先に帰っててって。」
麻衣「ふーん。」
マコ「それよりも麻衣、」
麻衣「ん?」

   マコ、ニヤリとして麻衣の手を引くと体育館の外へと連れ出して引っ張っていく。

蓼科・ある一つの教会
   日曜日。千里、健司が別方向から歩いてくる。又麻衣も別方向から歩いてくる。

健司(この時間に蓼科教会って、なんか早くないか?)
千里(マコのやつ、こんな朝早くに来いだなんて、一体何を今度は考えているんだ?)
麻衣(いくらなんでも早すぎるに…)
三人(でも、今日は必ず…)

   『日曜日』

千里『♪僕の恋人と七日も会えぬ。日曜日教会で歌ってるあの子。とても愛らしくきれいな娘…神よどうぞ、あの子の側に。神よどうか、お願いします。』
健司『♪七日も過ぎたのに笑顔さえ見せず、あの子も日曜日、教会に来ます。とても愛らしくきれいな娘、神よどうぞ、あの子の側に。神よどうか、お願いします。』
麻衣『♪折らずに残してきた山蔭の小百合、人が見つけたら摘み取るだろ…風が吹いたなら露溢れものを…折れば良かった、遠慮が過ぎた。折れば良かった、遠慮が過ぎた。』

  
三人、落ち合う。

健司「お、」
千里「あ、」
麻衣「あら?」
三人「こんな早くにどーゆーだぁー?」


教会・礼拝堂
   三人のみ。椅子に座っている。

麻衣「何だ、ほいじゃああんたたち二人も北山に?」
千里「そうなんだ、」
健司「でも一体あいつ、今度は何のつもりなんだ?」


   しばらく。麻衣、メイン歌手として歌っている。


   (正午)
   ベルが鳴り響き、みんな戻っていく。

麻衣「でもいいに、とりあえずは…」
健司「やりぃ!!」
麻衣「未だ何も言っとらんに。」
千里「行く?」
三人「うんっ。」


蓼科湖
   湖岸でぶらぶらする三人。

千里「ねぇ麻衣ちゃん…実はね?」
麻衣「…何?」
千里「君に今日…僕から贈り物が…」
麻衣「え、私に?何だら?」
健司「はぁ、ずりぃよ!!」
千里「え?」
健司「俺も麻衣に贈り物があるって言おうとしたんに!!」
麻衣「まぁ、健司からも?」
健司「う、うん…まずはまぁ千里、お前から渡せよ。」
千里「い、いの?…分かった…ではお先に…」

   ぎこちなくリュックをがさごそ。

千里「あったあった…これ…だよ。開けてみて、くれるかな?」
麻衣「わぁ、ありがとう。何だら?」

   薄手のカシミヤで編まれたケープ。

麻衣「わぁ素敵っ!!これってまさか…手編みとか?」
千里「そうなんだ…ごめんね、雑で。これ実は、あの日君と、病院で編んでたやつなんだ…」
麻衣「まぁ!!私のために作ってくれとったんね、嬉しいせんちゃん!ありがとな、大切に使うに。それに…全然雑なんかじゃない…今時こんなこんができる男の子って素敵よ。」

   麻衣、千里に軽くハグ。

麻衣「せんちゃん、あんたって最高の男の子よ。大好きっ、」
健司「おいっ!!」

   不貞腐れてプレゼント包みを麻衣に投げつける。

健司「俺からだよ。どーせ俺も、千里と同じ何だで…」
麻衣「え?」

   包みを開ける。石楠花の柄のワンピースとピンクのネッカチーフとワンピースと御揃いの頭巾。

麻衣「わぁ…素敵…これまさか…」
健司「ほうだよ。手縫いで全部作ったんだぜ。大事に着ろよな。」
麻衣「二人とも…ありがとう…」

   二人、照れ臭そうに笑う。

麻衣「実はぁ…私からもお二人に…」
健司、千里「え?」
麻衣「私こそぶきっちょさんだもんでつまらんもんだけど…」
健司「サンキュー!!」
千里「開けていいかな?」
麻衣「どーぞ。」
健司「何かなぁ?」
千里「何かなぁ?…わぁ!!」

   千里には薄いピンク、健司にはレモンイエローの、手の込んだ装飾が入った異国らしい織物の上っぱりとポンチョ。

健司「すげぇ!!これ…お前が全部一人で作ったのか?」
麻衣「ほーだに。気に入らんかったら、切り刻んで雑巾にでもしてやってやね。」
千里「何が気に入らないことあるもんか!!こんなのが出来ちゃうだなんて…プロだよ、ありがとう。僕こそ大切に着るね。」

   震える。

千里「ぅふーっ、寒いっ。くしゅんっ!!エヘヘ…」

   ポンチョをかける。

千里「あったかい…どうかな?」
麻衣「可愛い!とってもよく似合っとるに。あんたにはやっぱりピンクが一番可愛い!…サイズは?どう?」
千里「グッド、丁度いいよ。」

   健司も着る。

健司「俺も。」
麻衣「良かった。」

   麻衣もケープを羽織って健司の頭巾を被る。

麻衣「ぬっくい…。」

   雪が降ってくる。

千里「あ!!」
麻衣「健司にせんちゃん見てっ!」
健司「わぁ、雪だ…」

   千里、しっかりと身をくるんで丸くなる。

千里「くぅーっ、流石は茅野だ……風が指すように痛いよ…高原は違うなぁ…」
麻衣「えぇ…」

   健司、自分で元から着ていたコートを麻衣にかける。

健司「寒いだろ、これ着ろよ。」
麻衣「いいに、あんたが着とって。風邪引いちまうに。」
健司「俺はいいの。何たったって、冬でも泳いでんだ。スイミングで鍛えられたこの体、ほんな柔じゃあないんだなぁ、これが!!ほれに今は…お前の愛情こめこめ、ポンチョがあるんだしな。」

   得意気に鼻を鳴らすが

健司「くしゅんっ!!…大丈夫、大丈夫…くしゅんっ!!」
麻衣「このバカっ、ほれ!!」
健司「気にすんな。俺は男だで大丈夫。こい時は女の子を労らなくちゃね。」
麻衣「へー、ほーゆー生意気いって冷や水してぇ!!風邪引いたって見てやらんでなぁ!!でも、ほんなとこが、又大好きなんよ!!」

   健司、照れてもじもじ。千里も穏やかに微笑んで雪空を見上げる。

千里「さ、寒いね…ちょっと走るか?」
麻衣「え、何よせんちゃん、いきなり!!」
千里「暖かくなるよ!!」

   千里、麻衣の片手をとる、健司も麻衣の片手をとって三人で湖岸をくるくる踊りながら、山を上の方へと登っていく。

   『高原に舞い降りた白鳥』

千里『♪ウィンタースノウ、君は僕の白鳥…羽ばたくことを忘れたお姫様さ。ゲレンデを急降下一緒に羽ばたこう!怖がらなくていいんだよ、僕はいつも君の側にいるから!大袈裟に転んで見せる、雪まみれで笑う君、大丈夫?と心配しながらも内心は可愛いなんて思ってしまうんだ。別にからかっている訳じゃないよ、そんなに怒らないでよ…ごめんねと差し出した右手を君がそっとつかんだ。ウィンタースノウ、君は僕の白鳥…羽ばたくことを忘れたお姫様さ。ゲレンデを急降下一緒に羽ばたこう!怖がらなくていいんだよ、僕はいつも君の側にいるから!寄り添い会う恋人たちは、どんな会話しているのかな?僕らは何だか気まずくなって、リフトの上、目を会わすことを出来ないんだ。嫌いになった訳じゃないよ、ちょっぴり恥ずかしいだけなんだ…不意に顔をあげた僕の目に君の笑顔が飛び込んだ。ウィンタースノウ、君は僕の白鳥…飛び立つことを忘れたお姫様さ。一緒にいれば大丈夫でしょ、これからも君はいつでも僕の隣にずっとずっといてよ。例えこの白い世界で君を見失ってしまっても…又すぐに見つけ出して見せるよ、その時はこの手を離さないでいて…ウィンタースノウ、君は僕の白鳥…飛び立つことを忘れたお姫様さ。一緒にいれば大丈夫でしょ、これからも君はいつでも僕の隣にずっとずっといてよ。ウィンタースノウ、ウィンタースノウ、ウィンタースノウ…。ウィンタースノウ、君は僕の白鳥、羽ばたくことを忘れたお姫様さ。ゲレンデを急降下一緒に羽ばたこう!怖がらなくていいんだよ、僕はいつも君の側にいるから!僕はいつも君の側にいるから!』

   (しばらく)
蓼科山・山頂
   息を切らして笑う麻衣、千里、健司。

麻衣「はぁ、ごしたい…でも楽しかった!!」 
千里「暑いな…僕なんかお腹すいちゃったよ。」
健司「俺も。」
麻衣「ほーいえばほーね…私もお腹すいちゃったわやぁ。」
千里「何か温かいおでんや中華まん食べたいなぁ…」
健司「お、いいねぇ!!」
麻衣「んなら、バスで花蒔まで下ろ。」
千里「あ、僕の自転車、蓼科湖に止めてあるんだ!」
健司「俺も、」
麻衣「私も!!」

   三人、ヒュッテに戻っていく。

花蒔公園
   ベンチでおでんや中華まんを食べる前景の三人。

麻衣「んー!!」
千里「温かいーっ、美味しすぎるぅ!!」
麻衣「せんちゃんったら、女の子みたいな声出しちゃって…可愛い!」
千里「僕は女の子じゃないっ!!」

   むくれる。

健司「千里姫、」
千里「その呼び方はやめろよ…」

   三人、笑う。麻衣、そっと健司と千里の口に卵を入れる。

麻衣「二人とも、あーん!!」
二人「あーん!!」
千里「んふっ、」

   麻衣、千里の背を擦りながらそっと手をとる。

健司「あーーっ、てっ目ぇーらぁ、ぐふっぐふっ、…」

   二人、卵に噎せている。麻衣、二人の背を擦りながら笑う。

   『恋はくせもの』

麻衣『♪恋はいたずら小僧、恋はすばしっこくて、恋は気まぐれさんで、心に安らぎを与えたり奪ったりするの。瞳から心にじっくりと潜り込み、魂を束縛して自由を奪うのです。もしも恋の思うがままにさせておけば喜びと楽しみをもたらしてくれるわ。でももしもそれを拒むのなら、嫌な気持ちで一杯になるでしょう…もしも流れに任せておけば幸せと青春の愛が満ち溢れるのだわ。心の中で恋を啄むの。恋の思うがままにすれば私も同じように、震え舞うのよ。ここで…心の中で恋を歌い、啄みながら震え舞えるわ…』

   そのあと、三人、コートにくるまってふざけながら笑って話をしている。


   (更に暫く)

千里「寒いね。」
麻衣「えぇ、」
健司「だな。」
千里「ねぇ、僕んちこれから来ない?」
健司「やったぁ!!」
麻衣「ありがとう。でも、これからなんて…ご迷惑じゃないの?」
千里「大丈夫、大丈夫。ママと妹たちがいるけどさ。二人なら大歓迎だよ。」
麻衣「なら、」
健司「お言葉に甘えて。」


小口家

千里「ただいまぁ、」
頼子の声「はーい、」

   開く。

頼子「あ、せん兄ちゃん!お帰りなさいませ。」
千里「よりちゃん、ただいま。あれ、ママいないの?」
頼子「えぇ。先程忠子を連れてお買い物へ。まもなく戻ると思いますが…あれ?お友達ですか?」
麻衣「えぇ、柳平麻衣と」
健司「岩波健司です。」

   頼子、照れ臭そうにはにかんで入っていく。

千里「な。さ、入れよ。」
麻衣「ありがとう、お邪魔しまぁーす。」 


同・千里の部屋

千里「待ってて、今お茶入れるね。」
麻衣「気を使わないで。」
健司「ほれにしても千里、」

   キョロキョロ。

健司「おっきいんだな、お前んち…」
千里「そ?でも、君んちほどではないよ健司くん。5LDK のごちゃごちゃ散らかった家だよ…どうぞ、自由にしてて。」

   千里、部屋を出ていく。

健司「お、グランドピアノだ…」

   メーカーを見て目を丸くする。

健司(べ、べ、べ、ベーゼンドルファー…?あいつこんなの、何処で手に入れたんだよ?)


   (暫く後) 
   炬燵に入って坊主めくりをする。

千里「はいっ、お次は健司くん、君の番だよ。」
健司「うむっ…んー…ん?…あぁぁぁぁっ!!」

   健司、撃沈。

健司「悔しいーっ、又負けたぁーーー、どいでだぁー!!」
麻衣「健司、あんたってなにやらしても…弱っ。」
千里「又負けちゃったね。」
麻衣「普段の行いが悪いからよ。」
健司「二人ともほんねに笑うんじゃねぇやいっ!!」

   二人、未だ笑いを堪えている。

千里「ごめんごめん…」

   そこへ電話。

千里「あ、僕んちか…」

   部屋を出る。

千里「はい、小口ですが…あ、ママか。うんっ、何?え…」

   曇った表情をして戻ってくる。

麻衣「何、せんちゃん…どーゆー?」
健司「お前の母ちゃんからか、何かあったのか?」
千里「僕のママ…今日は帰れないんだって…」
二人「えー?」
健司「ほいだってお前の母ちゃん、妹連れてただの買い物だろ?」

   千里、首を横に降る。

麻衣「ほいじゃあ…」
健司「何だってんだよ、」
千里「んの、筈だったんだけどね…」


千里「今、病院なんだって…」
健司、麻衣「病院っ!?」
千里「ママ、何かあったのかな…具合悪いのかな…」

   泣きそう。

麻衣「せんちゃん、大丈夫よ。…分かった!!」

   立ち上がる。

麻衣「今日は、私がお夕食を作ってあげましょう。せんちゃん、台所借りていい?」
千里「本当に?いいの?」
麻衣「勿論っ、なら決まりね。…ちょっと待ってて、」

   麻衣、部屋を出ていく。

麻衣の声「あれ、せんちゃん台所何処ぉ?」
千里「あぁ、」

   千里も出ていく。

千里「健司くん、君はゆっくりしてていいよ。」


同・台所
   千里と麻衣。

麻衣「わぁ、榎凍りがある!!ほれと、鹿肉とマトンも!!よしっと。」
千里「何作ってくれるの?手伝うよ、僕も。」
麻衣「ありがとう、お願いね。」
千里「お安いご用さ。で、僕は何をすればいい?」
麻衣「うーんと、ほいじゃあねぇ。」

   二人、料理を始める。健司もやって来て、隣接の居間で小説を読み出す。フフっと微笑む。


   (暫く後)
   食卓。

麻衣「はーい、出来たにぃ!!食べずわえぇ、」
千里「わぁ、美味しさそ!いただきまぁーす!!」
健司「いただきまぁーす!!」

   三人、食べ出す。

健司「うめっ!!やっぱりお前の手料理って最高!!」
千里「本当、本当!!」
麻衣「良かった。ありがとうな。」
健司「うんっ!!お代わりあるか?」
麻衣「勿論あるに。」
健司「ちょうだい。」
麻衣「何が欲しいだ?」
健司「うーん、全部ーっ!!」

   麻衣、笑って健司を小ずく。

千里「あ、僕にも全部ーっ!!」
麻衣「はーい、はいっ。」

   わいわいと夜は更けていく。頼子、陰から三人の様子を覗いてくくっとわらう。


小口家
   大晦日。千里、頼子、忠子が大掃除をしている。

   (呼び鈴)

千里「はいぃ、」

   玄関へ走っていく。

千里「はいどーぞ…あ、え!?」

   手にバラの花束、黒いスーツの柏木。

千里「柏木…君?何かえらい畏まっちゃって…どうしたの?てかなんで、僕んち知ってるの?」 
柏木「やなぎんから聞いた。」
千里「へ、麻衣ちゃんから?」
柏木「そうや。てかお前、千里じゃないか!!」
千里「えぇ…僕は、千里…ですけど、」
柏木「ちょいと上がらしてもらうぜ。」

   家に上がる。

千里「ちょっ、…ちょっとぉ!!」

同・居間
   千里、炬燵につく柏木にお茶を出す。

千里「京の叔母のうちから送られてきた宇治茶にございます。」
柏木「お。サンキュー…」

   柏木、お茶を啜る。千里も座って雅にお茶を飲んでいる。

柏木「お前なぁ…」

   机を叩く。

柏木「男だろ!!女の子泣かしてんじゃないぞ!!」
千里「へ、へ?いきなり…何?」
柏木「何じゃないっ!!」

   千里をこずく。

柏木「一ヶ月前、あの事故の事を知って俺は急いでこっちに来た。ワルシャワでミズナと会っただろ?あの子に今、千里もワルシャワにいるって教えてもらったんだ。…で、その後にすぐ大地震のニュースをテレビで知った。だもんで俺は、すぐにこの地へ駆けつけた。お前の安否を確認するためだ。学校ほっぱらかしてだぞ?そしたら運よく…」


(回想)上諏訪駅
   柏木と麻衣。

柏木「お、あんた!!そこの姉ちゃん!!」
麻衣「…。」
柏木「あんただ、あんた!!しかとするなっておいっ、やなぎん!!」

   麻衣、過敏に反応して振り向く。

麻衣「誰?」
柏木「やっと気がついたか、っつたく、酷いわやなぎんもぉ、無視するな。」
麻衣「ごめんなさい…別の人かと…」
柏木「別って…」

   キョロキョロ。他には人一人いない。

柏木「他には誰もいないじゃんか…」
麻衣「あ、ふんとぉーだ…ほれもほうね…アハハハハ…」

   寂しげ。

麻衣「あなたは確か、柏木君っていったかしら?せんちゃんのお友達の…」
柏木「せんちゃんか…」

   フフっと笑う。

柏木「そうだ!!俺はせんちゃんの大親友!!柏木亮平だ。」
麻衣「やっぱり、改めて、私は柳平麻衣。宜しくなして。」
柏木「お、おぉ…」
麻衣「ところで、柏木くんはどいでここに?」
柏木「あ、あぁ…俺か…」

   深刻そうに麻衣を見つめる。

柏木【んで俺が千里の事でここへ来たことを話すとやなぎん泣き出してな…お前の事、話してたぜ。】
千里【麻衣ちゃん…が?】
柏木【そうだ。】

柏木「死んだだって?ほりゃ、どいこんだ?」
麻衣「この前、担任の先生に告げられたの…ほれより前まではな…ずっと、電話やメール、お手紙もくれとったんよ。んだに、一通も来なくなったの。こっちからかけても携帯もおうちの電話も繋がらん…へー私、彼なしでは生きてかれん…彼なしで、どうやって生きればいいだぁ?」

   麻衣、柏木に泣きつく。柏木、驚くが、麻衣を抱いて慰める。

(戻って)小口家・居間
   柏木、千里。

柏木「俺はほんときに確信した。千里、お前知らんだろ?お前は、お前が思う以上に、やなぎんに愛されてる。そんなんだにお前は!!人の気も知らんで、やなぎんのこんどう思ってるんだ!!ただの冷やかしか?遊びか?そんなんじゃ、本気でお前を慕っとるやなぎんが可哀想だ!中途半端な気持ちなら別れ!その方があの子のためだ…」
千里「ま、ま、ま、…麻衣ちゃんが…そこまで僕を?」
柏木「あぁ、お前気付いてなかったのか?やなぎん、俺にお前への気持ち、みんな話してくれた。お前の気持ちはどうなんだ?」
千里「それは、それは…」

   真っ赤になっているが、瞳は泣きそう。

千里「遊びなんかじゃない!冷やかしなんかでもない!!僕は、僕は本気で、心から麻衣ちゃんが好きなんだ。何年も片想いしてた、初恋の女の子なんだ。僕は、彼女さえ迷惑じゃないのなら、ずっと彼女の側にいたい…でも、彼女が僕の告白に答えてくれて、優しくしてくれるのは、ただのお情けで…本当は、僕といることは負担になっているんじゃないかっていつも思ってた…」

   泣き出す。

千里「でもまさか、まさか、…麻衣ちゃんは、本当に僕の事をそんな風に…」
柏木「嘘だと思うんなら、あの子に直接聞いてみな。」

   微笑む。

柏木「お前はぁ、男だろ、泣くな。泣き虫な奴だ…」
千里「ごめん…」
柏木「あーあー、しかし…」

   黒いスーツを脱ぐ。

柏木「何か気ぃ抜けたわ。俺…こんな柄でもない喪服着て、死人に捧ぐような黒いリボンつきのバラの花束なんて持って…。今日はお前の月命日だっつんもんで、やなぎんに聞いて、このお前んちへきたんだぞ。何かバカみたいだわ…俺、」
千里「ごめん…」
柏木「お前は謝ってばっかりだなぁ…」
千里「ごめっ…」

   あっと口を押さえる。柏木、やれやれ。
   『最低な男だ!!』

柏木「もういいわ。千里、茶をくれ。」

   千里、涙を拭って笑い、明るく振る舞う。

千里「OK!!粗茶ですかい?」
柏木「何でもいいわ!!」
千里「畏まりまし、タンクユー!!」
柏木「ほの気持ち悪いテンションはやめろっ!!」

   千里、てへっと小粋に舌を出して噛む。柏木、ちょっとムカッとして引く。千里は、雅な手つきでお茶を入れている。

柏木「なぁ、ところで千里…お前本当に、ピアノ出来るんか?」
千里「嫌だなぁ、ひょっとして疑ってる?だから、弾けるだてんだろ?ほら、」

   部屋からバレエのレオタードとシューズを持ってくる。

千里「バレエだってやってんだ。レオタードだって。…だろ?」

   Y字開脚をする。

千里「この通り、ピアノは5つから、バレエは3つからの大ベテランなんじゃーいっ!!聴く?」
柏木「ほー?自信満々だなぁ?ならば早速、そのお手並みとやらを聴かしていただこうじゃないかい?」
千里「お安いご用でぃっ!!」

同・千里の部屋

千里「ここが、僕の部屋だよ。で、あれがMYピアノ!!」
柏木「随分本格的なんだな…」
千里「うん、まぁね。」

   照れて笑う。

千里「中学生の頃まではずっと、中古の電子ピアノと中古のスタンド式…所謂アップライトだね。…を使っていたんだけどさ、高2になって芸大受けたいってママに言ったらこの…ベーゼンドルファーの新品、買ってくれたんだ。ママの貯金とパパの遺産でね。」

   『ベーゼンドルファー(千里ver)』

柏木「はぁ…訳のわからん説明はいいわ。早く弾けや!」
千里「えーっ、僕の自慢話、聞いてくれよぉ!!最高級品なんだよぉ!!オーダーメイドの特注品なんだ。ピアノの名ブランドなんだよぉ!!そんな高価なピアノをママが僕のために…」
柏木「早くやれっつってるのが聞こえないのか?」
千里「ほーい…」

   千里、少し不貞腐れてスタンバイ。

千里「ではやりまぁーす。小口千里18歳、あの時麻衣ちゃんが、よく弾いていた曲を…。」

   弾き始める。柏木、ポカーンとして聞いている。

柏木(ありえん…聞いても見ても、まだ信じられんわ。あの千里が…ピアノをあんなにガンガン弾いとるだなんて、しかも気持ち良さそうにすらすらと…)

   聞きながら。

柏木「ところで、なぁ千里、」
   千里も弾きながら手を止めずに。

千里「はいいっ?」
柏木「今さっき言っとった、パパの遺産でね。って…千里、お前の親父って…」
千里「死んだんだ…僕が中1の時にね…。その事はあまり話させないでくれ…又辛くなって泣きたくなっちゃうからさ…」
柏木「悪い…」

   千里、唇をぎゅっと噛み締める。涙が出そうになるのを堪えている。柏木、それからは終わるまでなにも言わずに黙って聞いている。 












   





   


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あきゅろす。
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