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石楠花物語高校生時代
高校一年生
OP『磨子の湖の歌』

白樺高原
   健司、麻衣、磨子が湖岸にいる。健司がバイオリンを弾き、麻衣と磨子がフォークダンスを踊っている。

   終わると三人、笑って拍手

磨子「麻衣ちゃん、楽しかったわね。」
麻衣「えぇ、もう一曲…如何?」
磨子「お、いいねぇ。」
健司「ほの前にさ、二人とも。」
二人「ん?」
健司「何か、俺ワクワクするなと思って。」
麻衣「何?MMC?」
健司「ほ。ほいだって人生初のコンクールだもん。緊張しちゃうよ。」
磨子「しかも日本最大級の大型新人戦ですものね。」
健司「ほんなのにさ、麻衣のやつはすげぇーよな。大した女だぜ。」
磨子「そうそう。」
麻衣「へ?何が?」
健司「声楽だよ。ほいだってお前、まだ去年の6月に声楽習い始めたばかりなんだろ?ほれなんに…一時審査に通っちまうだなんて。何て女だ!天才としか言いようがないよ。」
麻衣「嫌ね、ほんなこんないに。やめて、健司。」
磨子「本当の事よ。だから麻衣ちゃん、そんなに腰を低くしなくてもいいわ。堂々としてて。」
麻衣「磨子ちゃん…」
磨子「さ、もう一曲踊る?健司、伴奏して。」
健司「了解ですっ!!」

   健司、バイオリンを弾きながらステップを踏んで湖岸をくるくると踊りだし、麻衣と磨子は組んで踊っている。誰もいない早春の湖岸

柳平家
   柳平麻衣(16)が柳平糸織(16)のピアノ伴奏でコンコーネの練習曲を歌っている。
声「麻ー衣!!麻ー衣!!」
   
   柳平紡(16)が、小粋に階段を下ってきて、勢いよく居間に飛び込んでくる。居間にはグランドピアノが一台と、炬燵が置かれているが和風の板張りの部屋。近くに小さな台所がある。天井には裸の豆電球が弱々しくついている。

糸織・麻衣「つむ!!」
   
   紡は二着の衣装を抱えている。

紡「ちょっとこれ見てみ、出来たに!!明日の衣装。」
二人「わぁーーー!!」
紡「これが、バレエでこっちがオペラとピアノ演奏…な。」
   
   麻衣、目を輝かせて紡に飛び付く。

麻衣「わぁー、凄いつむ!!ありがとうな。大変だっつらに!!」
紡「だらだら、良かった。気に入ってくれて。」
糸織「ならさ、早速ほれ着て歌ってみろよ。リハーサルだと思って。な、つむ。」
紡「お、ほれナイスアイディア!!」
麻衣「えーー?」
二人「いいで、いいで、」
   
   二人、麻衣を今の外へ連れ出す。

紡「着替えたら又、戻ってきな。」
麻衣「はーいはい。」

   (しばらく後)
   麻衣、恥じらいながらドレスを着て入ってくる。中世の貴族女性のような派手な衣装。

麻衣「…どう…かやぁ…」
糸織「麻衣…わぁを…」
紡「麻衣、凄くいいに!!良かった、このデザインにして。」
麻衣「でも派手すぎるわ。私の歌のレベルにそぐわない。」
糸織「ほんなことないけどさ、ほーはいったってつむ、麻衣はまだ声楽初めて一年もたってねぇーんだぜ。」
紡「うっさいしお!!ほいじゃああんたはまぐれで麻衣が合格したとでも言いたいだぁ?」
糸織「いや、ほんなんじゃ…」
紡「いいに、ほれ麻衣!!疑り深いしおのためにあんたの実力見せてやりな!」
麻衣「えー、ふんとぉーにやるだぁー!?」
紡「しお、伴奏スタンバイ!!」
糸織「スィースィースビト!!」

   『オフェリー花の歌』
   二人、うっとりと聞き入る。麻衣、まるでプロになったかのように歌っている。

   そこへ、一本の電話。

糸織「(ピアノをやめる)…ったく、誰だよいいとこなのにぃ。」
紡「いいで、私出る。(電話に出る)はい、柳平にございますが。…あ、うん、うん、おるに。ちょっと待ってな。」
糸織「誰?」
紡「麻衣、磨子から電話だに。」
麻衣「磨子ちゃんから?」
   麻衣、受話器を変わる。
麻衣「はい、」
磨子「あ、麻衣ちゃん?」
麻衣「磨子ちゃん、どーゆー?」
磨子「明日の事、今いい?」
麻衣「えぇ、勿論。…うん、うん、うん、分かった。7時に茅野駅な。了解です。え、花束?ほんなのいらんに!!」
   
   紡、糸織、顔を見合わせて微笑む。

   麻衣、軈て電話をきって戻ってくる。

紡「磨子、何だって?」
麻衣「あ、明日の事。色々と打ち合わせ。」
糸織「ふーん。」
麻衣「兎に角、明日は早いに!!だで私へー寝る。」
紡「はいよ。」
   
   麻衣、欠伸をしながら部屋を出る。糸織も出ようとするが紡が捕まえる。

紡「麻衣の為だに。あんたはもう少し特訓せよ。」
糸織「(眠そうに)スィースィースビトー…」
   
   糸織、伴奏の練習を始める。麻衣は部屋で熟睡中。

   (翌朝)
   糸織、紡と出掛ける準備の麻衣が玄関にいる。
麻衣「ほいじゃあな、私は先に行くで。」
紡「ん、気を付けな。」
糸織「僕らも後から行くで。」
麻衣「ありがとう、宜しくなして。」
   麻衣、家を出ていく。

茅野駅・西口モンエイト口
   岩波健司(16)、田中磨子(16)、そこへ息を切らしながら麻衣が走ってくる。

麻衣「ごめんごめん、遅くなった。」
健司「おっせーよ!!」
磨子「麻衣ちゃん、おはよ。いよいよね。」
麻衣「えぇ。」
健司「ま、とりあえず…ホーム行こう。」
   
   三人、モンエイト口を入っていく。

電車の中
   ほぼ満席。三人、立っている。

健司「ほれにしても大した女だよな。よくも始めて一年でこのMMCに出れるな。俺、テープ審査の時点で落ちるかと思ったぜ。」
麻衣「ほんなの、私もだに。」
磨子「本番が楽しみね」
麻衣「ま、ほりゃダメ元よ。きっと声楽の殆どが音大以上の方だと思うし、審査員も誰も、16歳の子供なんて相手にしないわ。」
磨子「でもね、麻衣ちゃんなら分かるにしても、あんたまで出るとはね…健司。」
健司「な、何だよ磨子ほの言い方!!」
磨子「や、流石はお坊ちゃんだな、と思って…。」
   
   健司、赤くなる。

麻衣「ほーね。バイオリンにピアノ。お坊ちゃんの代名詞!!」
磨子「でも流石にバレエはやっていないのね。」
   
   健司、吹き出して噎せ返る。

磨子「ちょっと大丈夫?(健司の背を擦る)」
麻衣「ほーね。でもあんたのバレエなんて想像できないし…ちょっとイメージ湧かない。」
健司「お前らなぁ!!」
   
   電車は走っていく。

松本市文化劇場・エントランス
   受付の人で賑わっている。全景の三人。

磨子「んじゃ、頑張ってね。私は開場まであのホワイエでジュース飲んだりしてる。」
健司「ん。ほいじゃあ麻衣、お前は声楽と器楽とバレエの受付だろ。早くしろよ。」
麻衣「えぇ。健司は?受付終わったら伴奏合わせとかあるだ?」
健司「勿論、これから八時から九時までバイオリンで、九時からピアノの自己練習さ。お前もだろ、」
   
   二人、受付を済ませて其々に別れる。

二階・廊下
麻衣、一人でキョロキョロしながら歩いている。

麻衣「まずはバレエ・パドドゥの合わせね。相手はどんな方かしら?てか…多分部屋はこの辺だと思うだだけど…」
   
   一つの部屋からピアノが聞こえてくる。

麻衣「あ!!(M)これは、私が踊る“海賊”の奴隷のパドドゥね。…ということは…」
   
   麻衣、躍りながらドアを開けて中に入る。

練習室
   フレデリコ・ヴァレリア(22)がピアノ伴奏をしながら、少し驚いた顔で麻衣を見る。麻衣、躍りながらフレデリコに会釈。フレデリコは続けてと合図。部屋には相手役の小口千里(16)がいて、やはり驚きながら麻衣を見ているが、麻衣、微笑んで千里の手をとって踊る。

   (終わる)
   フレデリコ、ピアノから立ち上がって笑いながら拍手

麻衣「(照れながら)ごめんなさい、私ったらつい…」
フレデリコ「いや…いいさ、ありがとう。君が柳平麻衣さんかい?」
麻衣「えぇ。あなたは伴奏してくださる…」
フレデリコ「フレデリコ・ヴァレリアです。今日は宜しくね。今の踊りなら本番はなんの心配もないね。」
千里「…。(困ったようにもじもじ)」
フレデリコ「と、一人困ったようにしてるのがいるぞ…」
   千里、びくりとして神経質のような顔でフレデリコを見上げる。

フレデリコ「彼は小口千里君。君とペアで踊る。」
麻衣「せんちゃん!!何よ、あんたもここに出るだなんて…しかも、ペアになれるだなんて凄いっ!!」
千里「麻衣ちゃん…」

   紅くなる

千里「僕もだよ…宜しく…まさか君と一緒になれるだなんて…」
麻衣「ふふっ、宜しくなして。」
フレデリコ「あれ?君達は…まさかの知り合いか?」
麻衣「えぇ、私達、幼馴染みなの。な、せんちゃん!」
千里「うう…うんっ。」

   フレデリコ、笑う。

フレデリコ「そうなんだ。でも彼ね、バレエの技術はとてもいいんだ。でもね…(苦笑い)」
麻衣「でも?(千里に目をやる)」
   
   千里、心ここに非ずでもじもじ。

麻衣「…?」

別の練習室
   健司がバイオリンを弾き、伴奏者のマルセラ・チフスが合わせている。

   (演奏が終わる)
マルセラ「岩波君、あなたおいくつ?」
健司「16…ですけど。」
マルセラ「16歳!?その年でこの曲が弾きこなせるだなんて、あなた天才よ!!これならあなた、本番で自信持って出来るわ。」
健司「器楽の部ですから、楽器類全般が出るんですよね。」
マルセラ「そ…そうよ。」
健司「(ふっと笑う)んなら、俺で驚いてちゃまだまだ早いぜチフスさん。俺なんか下の下です。俺よりもっと凄いやつが今日いるんですよ…俺と同い年でね、正に天才としか言い様のない凄いやつなんだぜ。」
マルセラ「あら、そうなの。(M)なんかこの子、ちょっと生意気ね。」

   (九時)
   健司、麻衣、それぞれの部屋でピアノの練習をしている。ある一つの部屋から次場抜けてうまい、プロのような演奏が聞こえてくる。

   (10時15分前)
麻衣、千里、健司、それぞれの部屋で演奏をやめて時計を見る。
三人「もうこんな時間か。」
   三人、行動をし始める。


同・大ホール
   磨子が一人、ボックス席にバラの花を一輪持って立っている。そこへ、糸織と紡。

紡「磨子、よ!!」
磨子「あ、」
糸織「君も早いね。」
磨子「うん、私は麻衣ちゃんと健司と一緒に来たからね。(二人の手元を見る)君達は、カサブランカなんだね。」
紡「うん。磨子はバラか。」
糸織「平和の象徴だね。」
三人「♪平和がバラとユリの冠を受け…」
同・ステージ裏
   レオタードを着た10組の男女がいる。長テーブルの上には何種類ものジュースが並んでいる。麻衣は端から紙コップにさして飲んでいる。フレデリコは他の伴奏者と話をしている。麻衣の後ろには小松清聡(16)。

小松「ねぇ、君…えらい涼しそうな顔してるけど、緊張とかしてないの?」
麻衣「全ー然。(握手を求める)私は柳平麻衣、15才。茅野からきたんよ。」
小松「へぇー、いいな。僕は緊張しまくりさ…さっきっから…(口に手を当てる)…うっ。…気持ち悪くて…」
   
   麻衣、小松の背を擦る。

麻衣「大丈夫?」
小松「ごめん、ごめん、…僕は小松清聡。松本市内の15歳。宜しく。」
麻衣「えぇ、こちらこそ。」
   
   千里、蒼白な顔をして麻衣の小刻みに隣で震えながら何度もペットボトルのレモンティーを飲んでいる。麻衣、ちらりと千里を見る。

衣「せんちゃん、どうした?」
千里「い…いや…」
小松「君も緊張してんだ。何、君のパートナー?」
麻衣「えぇ、ほーだに。」
千里「お、小口千里です。諏訪市から、15才です。」
麻衣「ほ、せんちゃんは諏訪なのよね。私は今茅野におるの」

   小松に

麻衣「彼とは幼馴染みなんよ。」

小松「へぇー、そうなんだ。」
千里「う、うん。」
小松「まぁ、お互い頑張ろう。」
   
   三人、手を重ね合わせる。

   (ブザーがなる。)
   大拍手。ステージ上にはアンネン(22)が出てくる。

アンネン「皆様、本日は大変お忙しい中お集まりいただきまして、誠に有り難う御座います。これより、MMC 第一部、バレエの部を始めたいと思います。ナレーションは私、アンネンことアンニーダ・スレンディヒ。審査員長は、我が劇場が誇る世界的プリンシパルの女王、アーニャ・シルヴァです。(アーニャ、無表情で立ってお辞儀)それでは早速参りましょう!!エントリーNo.…」
   
   組が呼ばれ、小さな子供から演技が始まる。麻衣、余裕で見ており、千里はそれどころではなく心ここにあらず。審査員席にはアーニャ・シルヴァ(26)が厳しい表情をして座っている。アーニャは躍り終わる旅に札をあげている。

アンネン「ありがとうございます。続いて、高校生の部に入ります。まずは、松本市・松島中学校出身。茅野中央高校の小松清聡君と、同じく松本市・松島中学校出身。下諏訪向陽高校の今井まいさんです。演目は…」
麻衣「まいさんだって。私と同じ名前じゃないの!!」
   
   小松、パートナーと入場し、固そうにピアノ伴奏で踊り出す。

   (終わる)
   大きな拍手が起きるが、アーニャは不合格の札をあげる。小松、悔しそうに戻ってくる。

フレデリコ「次は君たちの番だよ。審査員のアーニャ・シルヴァはとても厳しい人なんだ。」
麻衣「ほんなの関係ないわ。結果はどうでも全力でやるだけよ。ね、」
千里「…。」
アンネン「次は、エントリーNo.2番。茅野市長峰中学校出身。諏訪若葉高校の柳平麻衣さんと、諏訪市諏訪中学校出身。京都芸術高校ピアノ科の小口千里君です。演目は『海賊』より、奴隷のパドドゥです。それではお願い致します。伴奏はフレデリコ・ヴァレリアさんです。」
   
   麻衣、颯爽と。千里は緊張で強ばって入場。フレデリコの伴奏で踊り出す。ボックス席に磨子、紡、糸織、そして健司がそれぞれ一輪の花を振って見ている。別の席には小口珠子(38)、坂上夕子(36)、源洲子(33)、小口頼子(8)、小口忠子(5)がいる。

   (終わる)
   アーニャ、無表情で合格の札をあげる。
アーニャ「素晴らしかったわ。二人とも、審査を待ちなさい。」
   麻衣、千里、令をして戻る。


   (ステージ裏)
   千里、放心状態でへなへなと座り込む。麻衣、千里の肩を叩く。

麻衣「小口君、ありがとう。お疲れ様。」
フレデリコ「やぁ、二人とも凄いよ!!」
麻衣「フレデリコさんも、どうもありがとうございました。」
フレデリコ「いやいや。で、後は?君達は結果発表までどうするんだ?」
千里「ぼ、僕は、ピアノで器楽の部に出ます…」
麻衣「まぁ、ふんとぉーに!?実は私も。ピアノで器楽の部に出る。ほれと、もう一人、ピアノとバイオリンの併願で出る友達がおるに。」
千里「へぇー!!」
麻衣「で、私もあともう一つ。声楽の部に出ます。」
フレデリコ「せ…声楽の部に…?(目を見開く)それ、本気か?」
麻衣「えぇ、勿論本気ですよ。どいでですか?」
フレデリコ「…君、16歳だよね。」
麻衣「え、えぇ…」
フレデリコ「悪いことは言わない。辞退した方がいいよ。」
麻衣「どいで?」
フレデリコ「君、声楽の部の審査員を知らないだろう…」
麻衣「えぇ、知りません。」
フレデリコ「女の人でね、タニア・ロイスとマルセラ・チフスっていうんだけど、特にタニアの方はあり得ないほど厳格で厳しいんだ。声楽の部は名門大学以上のエリートばかりだけど、ここ何年も今まで一人としてタニアの審査に合格したものはいない。とても辛口で毒舌でね、気に入らないと途中で退場されられる。」
麻衣「ふーん。(涼しそうに笑う)面白そうじゃないですか。私ほんなの全然怖くないもん。」
フレデリコ「おい、」
麻衣「折角なんです、ダメ元でやるしかないらに!!な、小口君。」
千里「僕なら…それ聞いたらやめるけどな。」
麻衣「ったく、この意気地無し!!見てなさい!!」
   
   麻衣、自信満々にステージ裏を出ていく。千里、フレデリコもポカーンと麻衣を見つめている。

千里「声楽の部って…この次ですよね…」
フレデリコ「あぁ。…心配だな全く…どうなったって、泣かされたって僕はもう知らないぞ!」
千里「柳平さん…大丈夫か?」
フレデリコ「とりあえず小口君、ホワイエへ行こうか…。」
千里「えぇ、そうしましょう。」
フレデリコ「柳平さんもホワイエにいるといいんだけど。」
千里「声楽の部まではあと何分あるんでしょ?」
フレデリコ「そうはいってもまだかなりあるよ。後、バレエも五組いるし、その後に20分休憩があるからね。」
千里「そうですか。」
フレデリコ「どうしても出るなら覚悟をしろってあの子に言っておかなくては…」
千里「タニアさんって人はそんなに怖いんですか…?」
フレデリコ「怖いと言うかガミガミ…かな。相当のメンタルの持ち主じゃないと、あの性格と付き合うのは無理だと思うよ。」
千里「そんなのやだ…僕すぐ泣いちゃうもん。」
フレデリコ「ハハハ、普通ならそうだよ。見てると今までも大学生、卒業した人すらタニアの審査いじめにあって泣かされてる。それがトラウマで歳能あるのにこの世界を諦めた人だって、もっと酷い人は病院に行った人もいるんだ。」
千里「ひぃーっ…」
フレデリコ「それなのに、あの頑固さを鬼のタニアさんは、頑として意地でも変えようとしないんだ。みんなはエコけち審査って呼んでるよ。」
千里「エコけち審査?」
フレデリコ「そ、無駄な人員はけちって省く、省く事はつまりエコ。だって。」
   
   千里、思わず吹き出す。フレデリコもクスクス

フレデリコ「な、おかしいだろ。もう、ここまでくるとわらっちゃうよな。」
千里「ご、ごめんなさい。」
フレデリコ「ハハハ、いいんだよ。さ、行こうか。」
千里「はいっ。」
   
   二人もステージ裏を出ていく。

同・ホワイエ
   麻衣、千里、フレデリコがジュースを飲んでいる。

フレデリコ「もう一度言うけど本当に…」
麻衣「だで、うるさいなぁフレデリコさんはぁ。分かっていますって。私は大丈夫です。メンタルは見た目以上に強いんですよぉーだ!!」
千里「僕には…無理だ…。」
   
   そこへ糸織。がつがつとやってくる。

糸織「ん、こんなところにいたぁ!!」
麻衣「ん、しお!!チャオッチャーオ!!」
糸織「何がチャオッチャーオ…だよ。早くしろよ?なに呑気でジュース飲んでんだ!!」
麻衣「ジュースではありませんっ。これはコーヒーなんですぅ!!」
糸織「ほんなこんどーだっていいらに、とにかく、僕トイレ行ってからホール行くで。君も早く来いよ。じゃあな、また後で…」
   
   糸織、走っていく。麻衣、ふんっと鼻を鳴らす。

麻衣「早くって…まだ30分もあるらに…」
千里「でも早くするに越したことはないよ…」
フレデリコ「タニア・ロイスはおっかないからね。」
麻衣「(笑いながら)又、ほれですか。」
   
   麻衣、立ち上がって紙コップを捨てながら去る。

麻衣「んじゃ私はボチボチこれで…チャオッチャーオ!!」
   
   小粋にかけていく。フレデリコと千里、心配そうに顔を見合わせる。

同・女子控え室
   何人もの大学生からそれ以上の女性がいる。

麻衣「はっよーん!!!」
   
   全員、麻衣をぎろりとにらむ。そこへ大和田美和子(21)

美和子「あんな大学ばばぁらのこんなんて気にせんでいいに。みんな緊張してんだで。」
   
   桃枝るり子(26)、太田椿(24)、大村和泉(22)、葉月百合枝(23)がキッと睨んでじわじわと近づく。

美和子「何よ、あんたら。なんか文句ある?」
るり子「ふーん、あんたこそ何よ眉毛。偉く生意気じゃないの。」
椿「小さそうね、何年生かしら?」
麻衣「私は柳平麻衣、16歳。」
美和子「あたいは大和田美和子、短大2年。」
和泉「ふーん、高1に短大ね。わけないわ、あんたらなんて私らの相手にもならない。」
百合枝「ちゃんと身の程わきまえて出てるわけ?」
るり子「よく一時審査に通ったわね、誉めてあげるわ。でもね、私達は名門大学卒業。あんたらにたっぷり恥書かせてやるわ。」
美和子「ふんっ、名門大学だか劣等大学だかしらねぇーがあんたらこそほんなにお鼻伸ばしてると、今に痛い目に会うに。」
麻衣「ほーだ、ほーだ、!!」
るり子「何ですって、生意気な小娘ども!(意地悪に鼻を鳴らす)とにかく、又、ステージ裏で会えることを楽しみにしているわ。あんたらの間抜け芝居がとても楽しみ…おっほほほほほっ!!」
   
   四人、つんとして出ていく。

   麻衣、美和子のみ。

美和子「ほれにしてもあんた、高1って…まじ?」
麻衣「マジだに。」
美和子「へぇー。こりゃ驚いた。あたいは大和田美和子、短大2年。お互いに頑張ろ、あんたが一番最年少だな…あたいかと思った。」
麻衣「ほーみたいですね。私は麻衣、好きに呼んで。」
美和子「ん、ほいじゃあ麻衣。あんた衣装は?」
麻衣「あ、ヤバイ。忘れてた!!」
   
   ドレスを出して着替えをし出す。

美和子「おぉ…(ドレスに見とれる)すげぇ、本格的だわぁ…あたいも手伝うに。」
麻衣「ありがとう。」
   
   美和子、麻衣の衣装を手伝う。


美和子「よしっ、出来たっと。ほいだけどこれ、どこでかっただ?高かったらに…」
麻衣「いえ、買ったんじゃないに。作ったんよ。」
美和子「つ、作ったって…」
麻衣「えぇ。私と私の双子の姉の紡は裁縫が好きでな、何でも手作りをするんよ。これは私の今日のために紡が作ってくれたんよ。」
美和子「ほぇー…ほいじゃあまさか、」
麻衣「ほのまさか。バレエとピアノも手作りなんだに。」
美和子「うわぁを。…でも、あんたがどんな歌唱なんかお手並み拝見っつーとこだな。一時審査に通ったっつーこんは一応の実力はあるだもんで。」
麻衣「やめてや美和子さん、あんなのまぐれだに、まぐれ。ほいだって私、声楽始めてまだ1年たっとらんもん。」
   
   美和子、目をぱちぱちさせる。

麻衣「ほいだけど美和子さん、あなた…お住まいは?」
美和子「あ、あたい?あたいは辰野だに。宮木、はははは。ほの言葉遣い、ひょっとしてあんたもか?」
麻衣「私は父が高遠だけど、私は茅野。茅野の子も結構にぃにぃ言っとるに。」
美和子「ほーなんか。なんかあたいら、気ぃ合いそうだな。今日はまぁライバルだけど。」
麻衣「ライバルだなんて…やめてや、美和子さん、」
   
   二人、笑ってふざけながら歩いていく。


同・大ホール
   会場にはほぼ満員の人。千里は下の席で一人で座っている。手にはバラの花を1輪。麻衣の親族も来ている。紡、磨子は同じボックス席で花を振っている。そこへ健司と岩波悟(18)もやって来る。入り口からは入る人もいる。伊藤すみれ(16)、大寺八千代(16)、横井哲仁(16)が入ってくる。

横井「何で俺がこんなとこいんだよ、嫌だよ俺!!帰る!!」
すみれ・八千代「だーめーよ!!」
八千代「ちょっと、私のチケット無駄にしないでよね。」
横井「チッ、分かったよぉ。見てりゃいいんだろ、見てりゃ!!面白いこんつったで何かと楽しみに来たのによぉ。これかよ!!バカにすんなっつーの。」
   
   すみれ・八千代、横井に蹴りを入れる。
横井「いってぇー!!」
   
   不貞腐れる横井と二人、ボックス席に上って座る。


   (ステージ裏)
   出演者と伴奏者がいる。美和子、糸織をまじまじ。

美和子「麻衣、ひょっとしてこの…小娘があんたの伴奏者か?」
麻衣「ほーだに。(クスクス)こいつ、私の三つ子の弟、」
   
   美和子、はっと口を押さえるがクスクス。糸織、不機嫌そうに麻衣と美和子を見る。

美和子「ごめん、ごめん、で?あんたの名前は?」
糸織「ふんだ、どーせ僕は名前も女ですよ。糸織です。」
   
   糸織、つんっとそっぽを向いて拗ねる。

美和子「(糸織を宥める)ごめん、ほー怒って拗ねるなって糸織。な、で?」
   
   フレデリコを紹介

美和子「こいつがあたいの伴奏者、フレデリコ。」
フレデリコ「こいつって…しかも呼び捨てですか…」
麻衣「フレデリコさん!!あなたも出るのですね…」
フレデリコ「あぁ、僕も一応伴奏者だからね。てか何?君ら、知り合い?」
美和子「いいや、」
二人「控え室で合って、気が合いそうだったもんで仲良くなったんです。」
フレデリコ「早いね…でも君達…」
麻衣「うっさいなぁ、だで分かってますって。一体何度言わすんすか?」
美和子「ん、あたいも耳にタコが出来るほど聞いた。タニアロイスが怖いってんだら。ほんなん、どー怖いか分からんけど、ほんくらいでこの大和田美和子が怖じ気付くと思うか!!んならんで、タニアロイスとやらをギャフンと一発言わせてやろうじゃないの。な、麻衣、」
麻衣「ほの通り…」
フレデリコ(そう上手く行くといいけど…あのタニアだからなぁ…)
   心配そうにため息をつく。
   
   (ブザーがなる)
   ステージ上にアンネンが出てきて御辞儀をする。審査員席にはタニア・ロイス(26)、マルセラ・チフス(30)がいる。二人とも厳格な顔で無表情。

アンネン「それではお待たせいたしました、第二部に参りたいと思います。ナレーションは引き続き、このアンネンがお送りします。それでは参りましょう、エントリー…」
   
   タニア、咳払い。

アンネン「え?何でしょう…タニア…ロイス」
   
   タニア、もう一度咳払い。アンネン、察する。

アンネン「あ、失礼いたしました。重要な審査員をご紹介致します。」
   
   会場、クスクス。タニア、頭を抱える。

アンネン「ヴェネツィア歌劇場の女会長であり、現役メゾソプラノ歌手のタニア・ロイスさん。」
   
   大拍手。タニア、立ち上がってぶっきらぼうに一礼して座る。

アンネン「そしてもう一方、同じくヴェネツィア歌劇場の女会長。現役メゾソプラノ歌手のマルセラ・チフスさんです。」
   
   大拍手。マルセラも立ち上がってぶっきらぼうに一礼して座る。

アンネン「それでは改めまして、早速参りましょう。エントリーNo.一番。松本市よりお越しの桃枝るり子さんです。演目は…」
   
   るり子、鼻高々、しなしなと入場して歌い始めるが、サビに入ったところ。

タニア「るり子さん、桃枝るり子さん!!」
   
   演奏がやまる。

るり子「はい、何でしょう…タニア・ロイス…」
タニア「何あなたらそれでも大卒ですか!?全くなってないわ!!水準以下です。あなたは不合格よ。もう帰ってよし。」
るり子「えーっ…何でですか?せめてサビくらい歌わせてくださいよ。」
タニア「お黙りっ!!どこを聞いたって同じです。はいっ、次!!」
るり子「厳しすぎますよぉ、タニア・ロイスぅ…」
   
   るり子、むしゃくしゃと戻っていく。美和子、笑いをこらえている。るり子、美和子と麻衣をきっと睨む。


   (会場)
   磨子、身震いする。

磨子「うーっ…こわっ。何あれ、麻衣ちゃん大丈夫かしら?」
紡「大丈夫だに。あいつはああ見えてメンタル強いし…以外と何にも動じないでさ。」

   ステージでは、椿、百合枝、和泉が続いて歌うが、ことごとくるり子動揺、毒舌で途中退場させられる。アンネン、フレデリコ、マルセラ、いい加減呆れて、疲れきった顔をしている。

フレデリコ(タニア…又、今年も始まったよ…)
アンネン(ターニャ姉さんのエコけち審査ね…)
   
   二人、ため息。

マルセラ「(小声)ねぇ、タニア…ちょっと厳しすぎよ。もう少し緩くしなくちゃ、これじゃあ…」
タニア「お黙り、マルセラっ!!」
   マルセラも呆れてやれやれ。
マルセラ(もう勝手にして…私は知らない。)
タニア「次の方!!」
アンネン「(疲れきったやる気のない声)エントリーNo.11番…本日最年少です。茅野市からお越しの高校生で柳平麻衣さんです。」


   ステージ裏

麻衣「お、私だ!!」
美和子「(麻衣の肩を強く一発叩く)麻衣、頑張れよ!!」
麻衣「うんっ、しお!!行くに!!」
糸織「ほーいほい。」
   
   二人、ステージに入場。フレデリコ、かなり心配そう。

   タニア、もはやイライラとやる気をなくしているがチラリと麻衣を見て吹き出し、咳き込む。横井は寝入っているが目を覚ます。

横井「あー?…って…はぁ??」
すみれ「あれってひょっとして…麻衣!?」
八千代「いえ、ひょっとしなくてもまいぴうよ?」
すみれ「どうしてこのステージに?ねぇてつ。」
横井「ほんなの俺が知るかよ!!こっちが聞きてぇ…よ!!」

   磨子と紡は花を振って大歓声。

タニア「や…柳平麻衣さん…ですか?」
麻衣「えぇ、柳平麻衣さんですよ。」
タニア(何なの一体…このへんちくりんな格好をした子は…それに嫌に落ち着いている…不気味だわ。)
麻衣「あのぉ…」
タニア「で、では初めの演奏曲は…あら?(書類を見る)あなた、6曲とも凄く難曲で応募してあるみたいだけど…大丈夫なの?私の審査、知ってるわよね。歌える?」
麻衣「えぇ、勿論(笑い出す)何言わすんすか、タニア・ロイスはぁ!!態々歌えないアリア提出すると思いますか!?」
タニア「そ…それもそうね。では、早速…このディノーラの」
麻衣「ほっち来たかぁー!!(自分をこずく。)オフェリーかとばかり思ってたぁ!!」
タニア「何、オフェリーがいいの?じゃあ…」
麻衣「いえ、何でもいいですよ。ほれでは、まいぴうのディノーラ!!しお、スタンバイ!!」
   糸織に合図。
麻衣「ミュージックスタートですっ!!」
タニア(大丈夫かしらこの子…ま、きっと又明らかに審査対象では無いわね…)
   
   糸織、伴奏をはじめ、麻衣は歌い出す。タニア、寝そうになりながらいい加減に聞いているが、サビ辺りでふと顔をあげる。

タニア(何、何なのこの子は…屈託のないコロラトゥーラに狂いのない高音…今まで何年も色々な人を見てきたけれどもこんな完璧な人は一人も聴いたことがなかったわ。しかも彼女はまだわずか16歳…あり得ない。こんな歌声、…彼女は正に1000年に一人出るかでないかの天才だわ…)
   
   麻衣、歌い続けている。タニア、心地良さそうにうっとりと聞き入っている。

マルセラ【…タニア?】
アンネン【ターニャ姉さんが…】
フレデリコ【あのタニアが…】
マルセラ・アンネン・フレデリコ【歌を止めないっ!?】

   歌が終わる。大拍手と大歓声。タニア、泣いている。麻衣、キョトンとする。

麻衣「…タニア…ロイス?」
タニア「…。」
麻衣「(大声)タニア・ロイスってば!!」
   タニア、ハッとして我に帰る。

麻衣「私の歌は?どうでしたか?はい、残念って感じです?」
タニア「ありがとう…(涙を拭う)いいえ。あなた、声楽は何年やっているの?」
麻衣「これで一年目です。」
タニア「い…一年目?本当に!?」
麻衣「えぇ、…ほれがぁ…何か?」
タニア(この子は…本当に天才娘なのね。こんな才能、決して無駄には出来ないわ。)
麻衣「おいっ!!」
タニア「ねぇ柳平さん、あなた…もう一曲歌ってくれる?」
麻衣「もう一曲?でも他の人たちは…」
タニア「いいから歌いなさいっ!!」
麻衣「は、はい…」
   
   麻衣、糸織の伴奏で歌い出す。

麻衣「…どうでしたか?タニア・ロイス…」
タニア「あなたは…あなたは…天才よ。最終審査まで待っていなさい…。合格です。」
麻衣「おぉっ!!」
   
   フレデリコ、美和子、アンネン、マルセラも驚く。タニア、誇らしげに目を閉じて微笑む。麻衣、踊りながら戻っていく。

麻衣「♪je suis Titania la blonde… 」
   タニア、ポカーンとして麻衣を見る。
タニア「♪je suis Titania la blonde …(M)でも不思議な子だわ…一体なんだったのかしら…」
   
   会場も湧きつつも麻衣の不思議さに包まれる。

   (ステージ裏)
   麻衣が戻ると美和子が泣いて麻衣に抱きつく。

麻衣「ちょっ、ちょっと美和子さん!!」
美和子「凄いに、あんた凄いわ…。ごめんな、あたい、正直あんたのこん高校生ごときがライバルにもならん、なんて思ってなめてたわ。お手並み拝見とかいって…恥ずかしい。あついは短大の二年なんに、あそこまで上手くは歌えんよ。あんたの聴いちまったらあたい、歌う自信なくしたわ…辞退します…」
フレデリコ「ちょい、困るって!!」
麻衣「何、美和子さんバカなこん言っとるんよ!!大学生なんずらに。私なんかよりもずっと専門的にやっとるんだだもん、こんな小娘相手にしちゃいけんに。」
美和子「ほいだって、ほいだって」
   
   ステージを飛び出そうとする美和子を必死で止める麻衣、フレデリコ、糸織。

麻衣「自信持ってに!!美和子さんはきっと出来る!!私、美和子さんの歌聞いてもっと勉強したいし、見習いたい。だで、な。」
美和子「(思い止まる)分かった…麻衣がほこまでおしてくれんならあたい、やるに。あんたには負けるかもだけど、全力出してあんたみたいにタニア・ロイスをぎゃふんと言わせてやるわ。」
フレデリコ「やれやれ、やっとやる気になってくれたか。」
糸織「よ、頑張れ!!」
麻衣「ほれでこそ美和子さん!!ほれでこそ短大生!!」
美和子「んむ。」
   
   アンネン、何度も美和子の名を呼んでいる。

アンネン「次の方ぁ…次の…大和田美和子…さぁーん…」
   
   タニア、イライラとする。

タニア「(イライラと)次の方っ、大和田美和子さんっ。大和田美和子さんっ!!早くおいでなさいっ。」
美和子「(はっとする)あ、やば。次あたいだ。(大声)今行くに!!今行くよぉ、悪いなぁタニア・ロイスぅ。」
   
   タニア、頭を抱える。会場、クスクス。麻衣、糸織もクスクス。フレデリコは恥ずかしそうに美和子とともに入場。


   美和子もタニアのご機嫌の中、二曲を歌い上げて戻ってくる。
美和子「良かったぁ、あたいも合格ラインだにぃ。」
麻衣「ほれ言ったじゃあ。良かったな、美和子さん!!一緒に帰ろうな。」
美和子「あぁ、勿論だともさ。あたいらへー友達だだもん。」
二人「なぁーっ!!!」
   
   糸織、やれやれポーズでため息。フレデリコ、ホッとしたように微笑む。

同・トイレ
   男子トイレには横井、糸織、健司が並んでいる。

横井「しかし、驚いたぜ。急に麻衣のやつが出てくんだもんな。」
健司「だろ、麻衣は大した女だろ!!」
横井「てかお前、原の岩波健司だろ。いたのかよ。」
健司「失敬な!!いたのかよ、じゃねぇーだろう!!」
横井「ん、なんだ?まさかお前、この後の奴に出るとかじゃねぇーよなぁ?ガキの頃、バイオリンだとか?ピアノだとか、女の様なことやってたみたいだけどよ。」
健司「んだとぉ、(鼻を鳴らす)あぁ、出るよ。ほりゃ出るともさ!!」
横井「は?マジで?」
健司「マジっすよ。俺は、ほの女の様なことをまだ未だに続けてんじゃい!!文句あるか。」
   
   キザっぽく出てく。

健司「男の癖に、ピアノとバイオリンの併願だぜ。じゃな。」
   
   出てく。

横井「くっそぉー、いつからあいつはあんなにキザで生意気んなったんだ!!」
   
   入れ替わりに千里が駆け込んでくる。

千里「どいて、どいて、もれちゃう!!もれちゃうよ!!」
   
   横井、糸織、千里を見る。

糸織「ひょっとして…君も演奏者…だったりして…」
千里「(不安げに)そうなんだ…でも緊張しちゃって…さっきからトイレ近くて困るんだ…。」
糸織「大丈夫か?」
千里「うん、こまったな…どうしよう…」
横井「演奏中にもらしたりして…」
千里「縁起でもないこと言わないでくれっ…本気で悩んでるんだから…」
糸織「おい、もうすぐ時間だぞ。…君も早くしろよ…」
千里「だってぇー…うーん…」
   
   千里も渋々と手を洗う。そこへ小松が駆け込んできて個室に飛び込む。

千里「?」
   
   個室で吐いているような音。

横井「おい…なんかあいつ…大丈夫か?」
糸織「きっと彼も出演者で…緊張しちゃってるんじゃ…ってか、(横井を見る)どいでてっちゃんがここにおるだ?」
横井「知るかっ!!(鼻を鳴らす)ほんなのすみれと大寺に聞けっ!!」
糸織「ふーん、二人も来とるだだか。」

   (女子トイレ)
   紡、磨子が手を洗っている。そこへ個室からすみれと八千代が出てくる。

紡「あれ、あんたら確か…」
すみれ「柳平麻衣さんの三つ子のお姉さんの…」
八千代「つむ?」
紡「ほーよ。すみれと、やっちんだら。どいで?」
すみれ「そりゃ私の台詞よ!!驚いたわ。行きなり麻衣が出てきてしかも合格するんですもの。」
八千代「大学生たち差し置いてね。」
磨子「何、知り合い?」
紡「あぁ、東中の二人。金沢地区の伊藤すみれと玉川地区の大寺八千代。」
磨子「ふーん。私は麻衣ちゃんの幼馴染み。長峰中、宮川地区の田中磨子。宜しくなして。」
すみれ「宜しく。」
八千代「宜しく。」
紡「ってこんで、みんなで仲良く見まいか。」
四人「賛成ーっ!!」
   
   四人、トイレを出ていく。


   (男子トイレ)
   小松が個室からげっそりとして出てくる。

千里「…大丈夫か?君…」
小松「ん…、大丈夫…」
糸織「具合悪そうだね…」
横井「なんだよお前、吐いてたのか?悪いもんでも食ったか?」
小松「違うんだよ…。緊張しちゃって…。う、…僕は緊張するといつもムカムカしてきちゃって…う、」
   
   水道に駆け込む。横井、小松の背をさする。

糸織「本当に君、大丈夫か?」
千里「部門は?」
小松「(苦しそうに)ピアノだよ…」
千里「大丈夫?…出られるか?」
小松「どうしても出なくちゃ…(ヨロヨロ)この日のために、どうしても…二年間も練習してきたんだ。優勝したいなんて思っちゃいないけど…この努力は無駄には出来ないんだ…。大丈夫、いつもの事さ…」

  『バレエとピアノと僕と…』

   横井、千里、糸織、小松を支えながらトイレを出ていく。

千里の声「ごめん、ちょっと先に行ってて!!僕、おしっこ!!」
糸織「又かよ、」
横井「(笑う)おいおい、早くしろよ。」
小松「こりゃある意味僕より災難かもね…」
   千里、トイレに戻ってきて急いで用を足す。

同・大ホール
   磨子、紡、すみれ、八千代が固まってボックス席で花を振っている。糸織と横井が並んでボックス席で座っている。別席で美和子も見ている。

   ステージ裏には50人前後の出演者。小松は胸を押さえて時々餌付く。麻衣は平然とした顔でジュースを飲んでいる。千里はガクガクと震えながらペットボトルのお茶を飲んでいる。麻衣、千里に気がついて肩をたたく。千里、神経質ぎみにびくりと麻衣を見る。

千里「…麻衣ちゃん…」
麻衣「小口くん、調子は?」
千里「最悪さ…マックスの緊張感…。どうしよう…(半泣き)」
麻衣「大丈夫よ、何弾くだ?」
千里「…これ。(麻衣にピースを渡す)本番は暗譜だろ…余計にプレッシャーだよ。」
   麻衣、楽譜を見て目を丸くする。

麻衣「嘘…あんた、これ弾くだ?」
千里「…そ、そうだよ。」
麻衣「今年で高1…よね。」
千里「そうだよ。」
麻衣「凄い、これって凄く難しい曲じゃないの!!あんたいつからピアノやっとるんだっけ?」
千里「五つ…」
麻衣「楽しみ!!あんたの演奏早く、聞いてみたいわ。この年でこの曲が弾けるなんて天才よ!!幼馴染みの健司よりも上手いかもね。(悪戯っぽく横目で健司を見る)」
健司「てっめぇー、麻衣のやろぉ。」
   
   千里、不自然に震え出す。

麻衣「ちょっ、ちょっと小口くん、どうしただ?大丈夫?」
千里「ま、又トイレ…もれちゃいそう…。」
   
   内股で中腰になり、もじもじとしている。

麻衣「えぇ!?順番は始まったとしてもまだ大丈夫だわ。早く行って来なさいよ!!最寄りのトイレはすぐそこだに。」
千里「ありがとう…。」
   
   千里、よたよたと出ていく。

麻衣「色んな子がいるのね…」


   (ブザー)
   審査員席にはボスワニー・ロマノフ(52)、ユリアーネ・レニャーノ(39)、マイネ・ザビーヤー(48)がいる。高校一年生の演奏からどんどん始まる。麻衣、そわそわとしだす。

麻衣「小口くん、遅いわね…まだかしら…順番もう来ちゃうわ…」
アンネン「続きまして、エントリーNo.24番。ピアノ部門。松本市よりお越しの小松清聡君です。」

   小松、演奏が始まるがロマノフを意識して視線をちらりと写した瞬間緊張感が走り、手を滑らして間違える。

   ロマノフ、不合格の札を出し、小松は泣きながらステージ裏に戻ってくる。

アンネン「続きまして、エントリーNo.25番。ピアノ部門と弦楽・バイオリンの併願。原村からお越しの岩波健司くんです。」 
   
   健司、緊張した様子もなしに颯爽とステージに出る。バイオリンはツィゴイネルワイゼン。完璧な演奏に会場中が湧く。その後にピアノ。

ロマノフもユリアーネも合格の札を挙げる。健司、一礼して涼やかな顔で戻ってくる。

健司(でも、俺の演奏で驚いてちゃまだいけねぇーぜ。柳平麻衣っつー天才がいんだからよ。)
アンネン「続きまして、エントリーNo.26番。ピアノ部門。茅野市からお越しの柳平麻衣さんです。」

   麻衣も緊張知らずの顔で入場して弾き出す。

   ロマノフ、合格の札を挙げる。麻衣、ステージ裏に戻って健司とハイタッチをする。磨子、紡たちも大いに盛り上がっている。千里、ギリギリで戻ってくる。

千里「お待たせ。」
麻衣「あーよかった。何やっとったんよ!!あんたは。」
アンネン「続きまして、エントリーNo.27番。ピアノ部門。諏訪市からお越しの小口千里君です。」
千里「僕だぁ…どうしよう…」
健司「頑張れよ、とにかくやるだけはやってみろ。」
麻衣「ほーよ。大丈夫。弾いているときは、審査のこんなんて気にしちゃダメ。楽しんで弾かなくちゃ。な。」
千里「うん…みんな、ありがとう。僕、やりますっ。いってきます!!」
   
   千里、固そうに入場して弾き出す。が、弾き出した途端に会場から歓声が挙がる。ロマノフ、レニャーノも見とれている。

麻衣(小口君って…プロみたいに上手い…上手すぎる…)
健司(な、何なんだ、こいつ…一番は俺の麻衣かと思っていたのに…ほの上をいく奴がいるだなんて…)
   
   千里、弾き終わるとロマノフ、微笑んで合格の札を挙げる。千里、泣きそうになりながら一礼して、涙を隠すように戻っていく。

   (ステージ裏)
   麻衣、泣いて戻る千里を抱き止める。

麻衣「小口君っ!!あんた、凄いに!!凄すぎるに、あんな大曲をスラスラ弾きこなしちゃうだなんて…あんた、何者よ!?」
健司「ふんとぉーだよ。悔しいけど、上手かった。どこかお前、専門のとこいってんのか?」
千里「いや…まだ、だよ。」
麻衣「まだ、ってこんはこれから行く予定なんね。」
千里「うん、まぁね。(涙を拭いて笑う)この春から京都の芸術高校へ入学するんだ。僕の生まれ、京都だしね。」
麻衣「京都の…芸術高校って…」
健司「あの、超難易度も高い名門のか?」
麻衣「ほりゃ、あんたのほの腕なら受かるわけさ…」
千里「ありがとう。僕、実は東京の芸大に入って、ピアニストになるのが目標なんだ。」
麻衣「へぇー。小口くん、あんたならきっと素敵なピアニストになれる!!私、応援しとるに。」
健司「俺も。頑張れよ。」
千里「ありがとう、うん。お互いにね。」

   (時間が経つ)
   結果発表。合格が出た人々が全員ステージ上に並んでいる。審査員席には、ロマノフ、レニャーノ、アーニャ、タニア、マルセラと、全員集まっている。

アンネン「それでは、優勝者の発表を致します。まずは、バレエ部門から…アーニャ・シルヴァさんお願い致します。」
アーニャ「はいっ。バレエ部門…第三位は…岡谷市から19歳、大学生。“シルヴィラ”を踊られた…赤羽翠さん。」
   
   拍手が起きる。

アンネン「赤羽さんには、賞金20万円と、今年夏に行われるサンクトペテンブルク短期留学が送られます。」
アーニャ「では準優勝の方…諏訪市から15歳、高校生。“海賊”を踊られた、小口千里君。」
   
   千里、一瞬固まってからワッと泣き出す。

アンネン「小口君、泣いてしまいました。小口君には、賞金50万円と、今年夏に行われるサンクトペテンブルク短期留学が送られます。」
麻衣「おめでとう、小口君。良かったな。」
千里「うん、うん、ありがとう。みなさん、ありがとうございました。」
アーニャ「それでは、優勝者の発表を致します。優勝者は、…茅野市から15歳、高校生。“海賊”を踊られた、柳平麻衣さん。」
麻衣「わ、私?私…私だ!!やったぁ!!!」
   
   麻衣も泣きながら千里に抱きつく。

アンネン「おめでとうございます。柳平さんには、賞金100万円と、今年夏に行われるサンクトペテンブルク短期留学・マスタークラスと新人公演が送られます。」


アンネン「続きましては…」
タニア「声楽の発表を致しますが…声楽は第三位がありません。よって、一位と二位のみ発表を致します。優勝の方は、他の方とは比べ物にならないくらいの歌唱力、完璧さに長けており、声楽水準を遥かに上回り、とてもその若さとは思えませんでした。優勝の…柳平麻衣さん…。」
   
   会場、他の出演者も目を丸くして驚く。

タニア「茅野市から15歳、高校生。柳平麻衣さん。あなたには輝く将来性があります。これからも頑張ってくださいね。」
アンネン「おめでとうございます。柳平さんには、賞金100万円と、今年春に行われる、ローマ短期留学・マスタークラスと、ローマ春の音楽祭の出演が認められます。」
美和子「麻衣っ!!!」
   
   麻衣に抱きつく。

美和子「やったな麻衣、あんたは凄いに。あたい、あんたなら優勝でも文句ないに。おめでとう!!」
   
   美和子、泣き出す。

麻衣「ちょっと、美和子さんが何も泣くことないらに!!」
タニア「ちょっとそこ?発表はまだ終わっていませんよ。(穏やかに微笑む)準優勝の辰野町から21歳、短大生。大和田美和子さん。」
美和子「え?」
麻衣「美和子さんだ!!美和子さんよ!!凄いに!!おめでとう!!」
美和子「あたい?あたい?あたい、あたいだ!!あたい、あたいが準優勝!!!わーん!!!」
   
   麻衣に抱きついて泣きじゃくる。タニア、満足げに微笑む。

アンネン「大和田さんには、賞金80万円と、今年春に行われるローマ短期留学が送られます。そして、ローマ春の音楽祭に出演が認められます。」
   
   大きな拍手が起きる。るり子、椿、百合江、和泉は客席にいるが面白くなさそうに悔しそうな顔をしてツンッとしている。

アンネン「最後は器楽の部の発表です。」
ロマノフ「いや、実に難しいものでした。では、第三位から発表致します。第三位は、茅野市から15歳、高校生。ピアノ部門の柳平麻衣さん。」
アンネン「柳平さんには、賞金10万円が送られます。」
   
   拍手が起きる。

ロマノフ「準優勝は…原村から15歳、高校生。バイオリン部門で岩波健司くん。」
アンネン「岩波君には、賞金30万円が送られます。」
   
   拍手が起きる。

ロマノフ「優勝は…私は、沢山の演奏者の中でも断トツだと思ったのは…諏訪市から15歳、高校生。小口千里君。」
千里「ぼ、僕…」
   
腰を抜かす千里、健司と麻衣が両側から支える。

アンネン「小口君には、賞金50万円が送られます。みなさん、おめでとうございました。それでは、休憩のあとは其々の優勝者の方々にフィナーレのコンサートで締めてもらいたいと思います。それではもう一度、8人の方々に盛大な拍手を。」
   
   拍手と共に幕が閉まる。


   (幕開け)
   一人一人のバレエの発表から始まり、バレエ部門出演者全員で踊られる。

   ピアノ部門の麻衣と千里の演奏と健司のバイオリンの其々のソロのあと、器楽部門全員でアンサンブルがある。

   声楽部門は麻衣と美和子の二重唱のあと、声楽部門出演者全員での合唱がある。

歌のあと、健司、キザっぽく膝まずいて麻衣にブーケを渡す。麻衣、頬を赤くして受け取ると会場、湧いて一斉に花が飛ぶ。大歓声の大拍手。

   『俺の心もバイオリン』

同・ホワイエ
   麻衣、美和子、千里、健司、小松、紡、糸織、磨子、フレデリコがいる。

フレデリコ「おめでとう。驚いたよ。まさか君が、あのタニアの喉を唸らせちゃうなんてね。」
麻衣「私だって驚きですよ!」
紡「ほりゃ麻衣だだもん、こいつはなにやらしても」
健司・磨子「大した女なんだよ。」
麻衣「いやぁー(照れる)みんなに言われるほどじゃないにぃ。」
   糸織も微笑む。千里、美和子はまだ泣いている。
麻衣「んもぉー、二人とも泣き虫だなぁ。美和子さんは短大生、小口くんは男の子ずらに。」
美和子「ほいだって、ほいだってさぁ。」
千里「男の子だって、泣きたいときは泣きたいんだ…」
糸織「全く…とりあえず…今日はみんなで集まって打ち上げしよー!!!」
全員「おーっ!!!!」
   
   小松、拗ねたように泣いている。

小松「…いいな…みんな…僕なんて、どの部門でも入賞すらしてないや…」
糸織「ほんなぁ、順位なんて関係ないに。一度会ったからには僕らはへー友達。な。小松くんも一緒にいきまい。」
麻衣「ほーよ。楽しくやるじゃあ。」
磨子「そうそう。」
健司「ぱーっと!!な。」
小松「みんな…うんっ。ありがとう。」
   
   小松、微笑む。全員も微笑み、千里と美和子もやっと笑顔になる。


打ち上げ。
全景の人々、ファミレスで、どんちゃん騒ぎをしている。

その後、カラオケにいって更にどんちゃん騒ぎをする。

松本駅
   前景の人々。

美和子「はぁー、楽しかった。ほいじゃあな麻衣、又ローマで。」
麻衣「えぇ、楽しみにしとる。」
美和子「ところで…(ニヤニヤ)健司くんとか言ったな、あんた…麻衣に偉いキザなことしとったけど何?彼だな?」
健司「(顔を真っ赤にする)ち、違げぇーよ。」
美和子「あー、こいつ赤くなってる!!赤くなってる!!」

   磨子も悪戯っぽく笑って健司をこずいて冷やかす。

麻衣「やめてやぁ、美和子さぁん。んもぉ、いやん。」
柳平家
   麻衣、どたばたと飛び回っている。

紡の声「麻衣、トランク持った?」
麻衣の声「持った、持った」
糸織の声「楽譜は?」
麻衣「持ったわね!!」
と子の声「ねぇーさん、着替え!!」
麻衣「あ、ほーか。」
あすかの声「お金は?」
麻衣「あ、財布財布!!パスポートもない!!」
紡の声「んもぉ、しっかりしろやな。」
麻衣「ごめん、ごめん。」

   麻衣、荷物をごさまんと持って玄関に来る。

麻衣「はぁー、やっと終わった。ほいじゃあ…」
紡「ちょっと待った。」

   玄関に走ってきて、小さな箱を歌舞伎の様に。

紡「この紋所が、目に入らぬか!!」
麻衣「おぉ、忘れとった。」
紡「ムカケシン。ほ、これがないとあんた大変ずら。」
麻衣「ほーでした。ありがとうな、つむ。んじゃ改めて…今度こそ行って参ります!!」

   麻衣、家を飛び出ていく。

麻衣「うー…重っ。」

茅野駅・モンエイト
   麻衣、健司、磨子。

磨子「いよいよ行くんね…頑張って。」
麻衣「えぇ、ありがとう。でもいいだに、空港まで来てくれるって…。」
磨子「いいの、私達が行きたくて行くんだで。な、健司!!」
健司「お、おぉ…」
麻衣「ありがとう。ほいじゃあ…」
健司「ぼちぼち行くか。」
磨子「はーい!!」
麻衣「何か、磨子ちゃんが一番はしゃいでいるみたいね。」
磨子「てへっ。」

電車の中

   鈍行電車。健司、不機嫌そう。

健司「…どいで鈍行なんだよ…」
麻衣「あら、嫌?」
健司「嫌じゃねぇーよ!!東京だろ!?どんだけかかると思ってんだよ。特急を使えよな!特急をっ!!」
麻衣「うっさいなぁ。文句言うんなら見送りなんていらんっ!!帰って!!」
健司「チッ、分かったよぉ。」

   磨子、クスクス。

健司「なんだよぉ、磨子…。」
磨子「別ーに。私はあんたみたいに文句なんて言わないわよって思ったの。まだまだあんたは、こ、ど、も、ね。」
健司「悪かったなぁ、あぁ。俺はまだ子供だよ!!16にもなってねぇーんだで。(つんっとそっぽを向いてしまう。)」

   時間が経つ。

健司「なぁ麻衣、磨子…後どれくらいだ?」
磨子「何よぉ、まだ甲府を過ぎたばっかりよ。1時間半くらいね。」
健司「1時間半か…なぁ、何処かで降りて休んでかないか?」
麻衣「何でよ、いいじゃないの!!別に休んでかないに。」
健司「どいで?」
磨子「どいでってあんた…別に降りる理由もないからよ。切符、高尾まで買ってあるし、勿体無いもの。」
健司「ほ、ほんなぁ…」

小口家・千里の部屋
   千里、部屋のドアをどんどん叩いている。

千里「そ、そんなぁ…。」

   ドアの外に坂上夕子(34)がいる。

夕子「いけないよっ!!お前が決めてやっている事なんだから責任を持ちな。もし、落第点でも採ったら、諏訪に送り返すからね!!」
千里「それだけは勘弁してよぉ…」
夕子「ならしっかり予習しな!!終わらない限りは部屋から出さないからね。」
千里「そんな…酷い…鬼だ…酷すぎる…」

電車の中
   磨子、麻衣、居眠りをしている。時間はかなり経っている。磨子が目覚める。

磨子「あぁ…もう東京に入ったのね…ね、健司、早いもんだら。なぁ、健司って…(健司を見る)何やってんの、あんた…」
健司「…。」
磨子「まさかと思うけどさ…あんた、トイレ行きたいんじゃないわよね。」
健司「だったら…?」

   体を丸込めて固まっている。

磨子「もうすぐ降りる駅よ、我慢できる?」
健司「へー無理かも…」
磨子「無理って…もう少しだから我慢なさいよ。」

   麻衣も目覚める。

麻衣「うっさいなぁ、何ぃ?」
磨子「このバカ健司、どうする?」
健司「バカ健司って!!こればっかりは仕方ないだろうに!!!」
磨子「さっき乗ってすぐに喉が乾いたって、ミルクティーがぶ飲みするから行けないんでしょ!!」
健司「ほいだって…好きなんだもん…。」
麻衣「ひょっとして…トイレ?」
磨子「…ですって。どうすりゃいい?」
麻衣「んもぉー、私はこれから飛行機乗らなくちゃいけないんよ。行く前から疲れさせないでよ。」
健司「だで俺は特急の方がいいって言ったんだ!!鈍行は嫌だって…う…(苦しそう)大声出さすなよ…」
磨子「自分で出してんじゃない!!」
麻衣「しょーがないに。次で降りよ、今はトイレの方が先決よ。高尾までもちそうにないら?もらされても困るし…」

小口家・千里の部屋
   千里、嫌々勉強をしている。
千里(んー、わからん、分からないよ。頭パンクするぅーっ…。てか、分かるわけないじゃん。)
   
   立ち上がる

千里(ここ、まだやってないところなんだもん。)

   ベッドに寝転がる。

千里「やーめたやめた。どうせやったって一人じゃ分からないことやったって仕方ないじゃないか。」

   『赤点常習犯の僕』

「(欠伸)何か、お腹すいちゃったなぁ…喉も乾いたし、トイレ行きたいな…(大声)叔母さーん?」

   シーン

千里「叔母さーん?」

   シーン

千里「ふーん、何だ出掛けたのか…。それならいいや。今のうちに部屋を抜け出て、トイレ行って、下に確か焼きそばがあったな…あれをパンに挟んで、後、ティティーズのレモンティーを持ってこよっと。くーっ!!これ大好きなんだよなぁ。たまらんっ!!そして…この隙にそっと遊びに行く…」

   起き上がってドアを開けようとする。

千里「…ん?」

   がちゃがちゃ

千里「開かない…何でだ?」

   稍焦りの表情

千里「叔母さん?叔母さん?誰もいないの?ねぇ…」

   携帯を手にとってかける。

夕子「はい、千里かい?どうした、勉強は終わったか?」
千里「それどころじゃないよ、今何処にいるの!?」
夕子「あぁ、今かい?大阪のねねんとこだよ。」
千里「お、大坂…?…ぼ、僕の部屋が開かないんだ!!早く戻ってよ。何時に帰るつもりなんだよ!!!」
夕子「そうだねぇ、夕方んなるかね。」
千里「夕方…」
夕子「あぁ。それまでお前が逃げんように、サボらんように外から鍵かったからね。いくらなんでも夕方までにゃあ終わるだろう…頑張りな。とにかく、お前は今は勉強やりなさいっ!!いいね。」

   電話が切れる。千里、へなへなとベッドに座る。

千里「大坂…夕方って…嘘だろぉ…。」

   ベッドに横になり、布団にもぐる。

千里「こんな状態で勉強なんか出来るかってんだ…いいや、暫く寝よう。寝てれば時間も早く経つし、気も紛れるかも…。お休み…。」

   千里、寝入る。

何処かの駅・トイレ前
   麻衣、磨子が外にいる。健司が出てくる。

麻衣「お帰り、」
健司「助かったぁ、もれるかと思った。」
磨子「バカな人。あんたといると必ず振り回されてる…」
健司「ほりゃ、お互い様だろ。俺もお前らといると、いつも尻に敷かれて使いっぱしりにされてる…特に磨子、お前に。」
磨子「あー、ほーでちか。」
麻衣「まぁまぁ…でも良かった、さすがは都会。次の電車もすぐにあるに。」
磨子「あ、来た!!」
健司「乗ろう!!」

   三人、電車に乗り込む。

電車の中
   三人が座る。

磨子「でも、ホームの中にトイレがあって良かったわね。」
麻衣「ほーね。ホームの中になかったら切符無駄んなってた。」
健司「俺も…もう少し離れてたら間に合わなかった…。」

   三人、笑い会う。

磨子「さぁ、何かお腹すいたわ。食べる?」
麻衣「ほーね、私も。何食う?」
健司「俺、食えるもんなら何でもいいや!!」
磨子「この食いしん坊っ!!(健司をこずく)」
健司「いたっ。(むくれて頭を撫でる)」



小口家・千里の部屋
   千里、何度も寝返りを打ちながら眠っている。夕子、戻ってくる。

夕子の声「只今千里、今帰ったよ。」

   階段を上がってくる

夕子の声「千里、勉強は終わったのかい?…千里?」

   部屋の鍵を開けて中へ入る

夕子の声「おやおや千里、昼間っぱらから呆れた人だねぇ。昼寝するってことは勉強はちゃんと終わったんだろうねぇ?ほら、起きなっ。」
千里「起きれない…。」
夕子「何だってぇ!?」

   無理矢理布団を剥がそうとするが、千里、押さえつける。

夕子「この子はっ、仕方ない子だねぇ!!起きろっ!!起きなさいっ!!」
千里「触らないでよぉ!!(泣き声)お願いだから、そんなに触らないで。」

   夕子、やめる。

夕子「なんだい、本当に具合でも悪いって言うのかい?」

   千里、頭を出して首を降る。

夕子「じゃあ何だよ、何でもないんなら早く起きなっ!!」
千里「起きられないんだ!」
夕子「だからなんで!!」
千里「トイレに行きたいんだよ…」
夕子「はぁ?…だったら早くお行きよ…」
千里「もうもれそうで動けない…」
夕子「何いってんだ、いい年こいて!!何で早くに行かないんだ!!」
千里「行けるもんなら行きたいよ。でも、叔母さんが、鍵かって行っちゃったから部屋から出られなかったんじゃないか…」

   千里、布団の中で縮こまったまま目を伏せる。

千里「ううっ…あっちいって…」
夕子「…千里?」
千里「いいから早く…」

   夕子、そっと布団を捲る。千里、恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら涙を流す。

千里「…。」
夕子「お風呂沸かすから早く入りな…汚れた服と布団は洗濯に出しとくんだよ。」

   夕子、部屋を出ていく。千里、夕子がでて行ってから布団を出る。

空港・ロビー
   麻衣、磨子、健司。

麻衣「時間だ…行かなくちゃ…。」
磨子「気を付けてね。私達、送迎デッキにいるから…メールや電話するね。」
麻衣「うん、私も。」
健司「俺も。麻衣、頑張ってこいよ。」
麻衣「健司、あんたもあまり色々無茶しちゃダメよ。ほれとトイレは早めに、飲みすぎないこと。」
健司「ば、ばか野郎。子供じゃないんだ。ほんなこん分かってらぁ。」
麻衣「ではさっきのこんはなんだったのかしら?」
健司「ほ、ほれはぁ…」

   放送がかかる。

麻衣「ほいじゃあ…いってきます!」

   麻衣、ゲートに入っていく。二人、麻衣が見えなくなるまで手を降って見送り続けている。

   麻衣が見えなくなってから。

健司「んじゃ磨子、俺たちもデッキに行くか?」
磨子「そうね…でもほの前に健司、ちょっと私とこっちに来なさいっ。」
健司「ん?」

   磨子、強引に健司の手を引いて何処かへ連れていく。健司、連れていかれるままにおどおどと何かわからずに着いていく。

飛行機内
   ビジネス。麻衣、座って楽譜を見ている。そこへ美和子。

美和子「オッス、麻衣!!」
麻衣「美和子さーん!!」
美和子「今日から一週間、宜しくなして。」
麻衣「こちらこそ!!良かった、美和子さんと仲良しになれて。私、見ず知らずの赤の他人と一緒じゃ不安だもの。」
美和子「あたいも、全く同じ。」

   二人、微笑む。

美和子「さぁ麻衣、何する?」
麻衣「何するって、美和子さん…」
美和子「ほいだって、暇じゃん…あら?」

   キョロキョロ

美和子「ハンサムなあんたのボーイフレンドは一緒じゃないんか?」
麻衣「やーね、健司のこん。」
美和子「ふーん、ほいつは健司っつったか。ほーほー、健司のこん。」
麻衣「まさかぁ、あいつはおらんよ。」
美和子「どいでぇ、彼氏をおいてくるだなんて!!」
麻衣「だもんで、彼氏じゃないっつーこん!!」
美和子「ほいじゃあなんなんよ!!」
麻衣「あいつは、ただの幼馴染み。」
美和子「幼馴染みね…(ニヤニヤ)とかいって…あんた、ふんとぉーは健司のこん、」

送迎デッキ
   多くの人のなかに、健司と磨子もいる。

磨子「麻衣ちゃんの事、好きなんでしょ。」
健司「は、はぁ!?」
磨子「だったら男らしくあんたから告白しなさいよ!!ダメ元でも。」
健司「ほ、ほいだって、別に俺はあいつのこん…」
磨子「ほーら、又意地張って。素直じゃないの!!お顔にちゃんと書いてあるから私には、いくらあんたが隠していても分かるんですぅ!!」
健司「…。」
磨子「だからさぁ、ね。さっきの計画!!」

飛行機内

美和子「な、ほーずら?」
麻衣「ほ、ほれはぁ…」
美和子「図星、ずら。」
麻衣「う…うん。」
美和子「いいねぇ。でもさ、この間の彼の感じ…あいつだって恐らくふんとぉーはあんたのこん好きなんじゃないかな?」
麻衣「え、健司が?(目を見開いて否定)まさか、まさか!!ほんな事ないに。健司は絶対に私のこんなんて女の子としては眼中にないに決まっとる。ただの幼馴染みの麻衣よ。ほれよりあいつは多分、私よりもずっと頭がよくて、確りもので美人の磨子ちゃんの方が好きなんよ。」
美和子「磨子って…この間おった彼女か。ほーかなぁ…あたいはほうは思わんけどな。」

   放送がかかり、動き出す。

美和子「お、麻衣!!いよいよだに。」
麻衣「えぇ!!」

送迎デッキ

磨子「健司、いよいよよ。」
健司「ふんとぉーだ。」
磨子「追いかけな…検討を祈る。」
健司「はぁ、まだ言ってるし…」

   飛行機、飛び立つ。二人、空を見上げて手を降る。麻衣も小さな窓から小さく手を降る。メールが来る。

メールのメッセージ「麻衣、きをつけてな。ファイト!!」

   麻衣、微笑んで携帯を閉じる。

  
   時間が経つに連れて色々なことがある。
麻衣、美和子、分け合いながら食事をしたりおやつを食べたりしている。

トランプなどのゲームをしたりテレビを見たりお喋りをして笑ったり。 

更に時間が経ってくると麻衣が飛行機に酔って気分を悪くして美和子が労ったり、眠ったり。

ローマ・空港
   麻衣、美和子、ゲートを出る。

二人「うわぁーーーっ!!!」
美和子「来たぁ!」
麻衣「ローマっ、ふーっ!!」
美和子「んじゃ麻衣、確かレッスンは明日からだよな。だでさ、今日はゆっくり町並み見物でも…」
   
   外に出る。外は真っ暗な夜。

美和子「と言っても…」
麻衣「こっちは深夜か…」
美和子「ちぇっ、仕方ねぇーな。麻衣、今日はホテル行こっと。」
麻衣「ほーね。」

   二人、疲れたように歩いていく。

ローマ市内・ホテル・個室
   麻衣、美和子、1つの部屋に入る。

麻衣「うわぁ、広い!!」
美和子「だな。女王様んなった気分だわー…」
麻衣「ふんとぉー、ふんと。」
美和子「でも、一緒の部屋って…なんかいいな。」
麻衣「えぇ。ちょっと照れ臭いけどな。」
美和子「まな。」

   二人、それぞれベッドに倒れ混む。

美和子「さいっこぉー、気持ちいい!!」
麻衣「ふんとぉーだぁ、このままへー寝ちゃう…お休みぃ。」
美和子「私も、お休みぃ…。」

   二人、布団もかけずに明かりをつけたまま寝入る。

   翌朝になる。

ローマ市内・町中
   二人が歩いている。

美和子「なぁ麻衣、レッスンはあんた何時から?」
麻衣「私?私は午後2時〜6時。美和子さんは?」
美和子「あたいは午後3時〜5時。やっぱりな、流石マスタークラスは違うわ。練習時間が長い。」
麻衣「めんどくさ。」
美和子「でもいいなぁ麻衣は、春の音楽祭でソロをうたえるんずら?」
麻衣「まぁな。でも美和子さんだって出るずらに?」
美和子「うん、まぁな…でもあたいなんてほんのちょい役だもん。しかも合唱…でもあんたはほぼレギュラーのソロ…」

   スケジュール帳と腕時計を見る

美和子「この短期留学の最終日だよな、確か。」
麻衣「えぇ。」
美和子「あたい、レッスンはあるけど終わったらあんたの舞台、必ず見に行くに。」
麻衣「ありがとう。」
美和子「ほんときは、健司も誘った方がよくね?」
麻衣「いいわよ、あいつは。ほれに、これだけのために態々日本からお金使って来てもらうなんて、可哀想だもの…。」
美和子「ほーか?」
麻衣「何?」
美和子「いや、何も。」

   二人、町を歩いていろんな店を見て回る。

   時間が経過。

   午後2時。麻衣、美和子に手を降って別れ、劇場に入っていく。

   麻衣、劇場にてレッスンを受けている。

   3時になると美和子も劇場にてレッスンを受け始める。

ホテル・客室
   美和子、麻衣、お風呂上がりのいい顔をして寛いでいる。

二人「かんぱーいっーー!!」

   ジュースを飲む。美和子はお酒を飲んでいる。

美和子「今日はお疲れ、麻衣。」
麻衣「美和子さんこそ。」
美和子「しかし改めて…あんたは天才だわぁ。あたい、感心…てか尊敬するわ。」
麻衣「え、何々!?」
美和子「ほいだってさ、あんたはまだ16にもなっとらんずら?ほれなんに、あの大学生達を差し置いて、堂々たる優勝ただもん。驚くわぁ!ータニアロイスのあの顔、面白かったぁ…」
麻衣「ほんなこんないに、あれは偶然。偶々よ、偶々。でも…タニアロイス…ほれは確かに言えてるかも。」

   二人、クスクス。

美和子「なぁ、あんたは何処でいつから声楽やっとったんか?」
麻衣「昨年の6月から。茅野で。」
美和子「ほー。って、なぬ!?昨年の6月からだって!?」

   目を丸くしたまま食べようとしていたお菓子を落とす。麻衣も驚いて、小粋に目を開く。

   レッスン、町並み散策などの日々が繰り返し過ぎていく。

ローマ広場のスペイン階段
   多くの人がいる。その中に麻衣一人、ジェラートを食べながら座っている。

麻衣(明日がいよいよ最終日なんね。健司、私明日、ステージに立つんよ。あんたは今、何処で何しとるんかしら…)

   ぼわーんとしている。

麻衣(ふんとぉーはな、健司…私、あんたにも見に来て貰いたかった。早く日本に帰りたい…ふんとぉーはな、健司、あんたのこんが…)


   『ローマのスペイン階段で』
   携帯がなる。

麻衣「電話?…誰だら…(出る)はい、」
健司「麻衣…か?」
麻衣「健司!!元気?」
健司「あぁ、勿論。俺は元気だよ。お前こそ…元気そうで安心したよ。」
麻衣「声が聞けて良かった…ふんとぉーは私、」
健司「ばーか、言わなくてもわかるよ…心細くて早く日本に帰りたいんだろ。」

   麻衣の後ろから少しずつ麻衣に近づく

健司「いいさ、明後日一緒に帰ろう。」
麻衣「一緒に?…健司、ほれどいこん?」

   健司、麻衣の肩を叩く。麻衣、びくりと振り向く。

麻衣「た、健司…どいで?」
健司「へへっ、驚いた?」
麻衣「驚いたじゃないに、どいであんたまでここにいんのよ。」
健司「いちゃいけねぇーか?俺、お前の明日の舞台を見に来たんだよ。お前はふんとぉーに大した女だな、尊敬するよ、俺。」
麻衣「健司まで…やめて。でも、態々ほれだけのためにここへ?」
健司「ほれだけの為じゃねぇーんだ。」
麻衣「なら…。」
健司「一方的で迷惑なだけだとは思うけど、お前にとんだ、サプライズを…と思ってな。」
麻衣「…サプライズを…?…私に?…なにかしら?」

   健司、照れ臭そうに微笑んで、麻衣を広場の中央に連れていき向き合う。広場の人々、二人に注目する。麻衣、動揺してキョロキョロ。

麻衣「た、健司…いったい何を…。」
健司「なぁ麻衣、俺の話を聞いてほしいんだ…。」
麻衣「は、はい。」
健司「俺は…俺な、実は…えーと(真っ赤になってもじもじ)中1の頃、俺が教室でおしっこもらしちゃった日の事、覚えてるか?」
麻衣「え、えぇ。勿論覚えているわ。あのときのあんたはとても可哀想だったもの。」
健司「あの時、お前だけが俺を庇ってくれて…おもらしした事実まで被ってくれて、必死に俺を助けてくれたよな…俺、凄く嬉しくて。お前にとても救われたんだ。その日から俺は、俺は…ずっとお前の事が気になってたんだ。お前の事、ずっと好きだった。」
麻衣「健司…ほんな…」
健司「なぁ!麻衣、お前の気持ちを聞かせてほしい。俺と、俺と付き合ってくれるか?」
麻衣「私は…私は…(赤くなる)私も実は、ほの日からあんたのこんがずっと好きだったの。でもまさか、あんたに思われてるなんて考えもしなかった。ほいだってあんたは磨子ちゃんが、」
健司「磨子がなんだ?…俺、ほの磨子に言われてここへ来たんだぜ。」
麻衣「え?」
健司「磨子に言われて改めて自分のふんとぉーの気持ちに気が付いたんだ。ほいだもんで俺、お前を追いかけてきて…今やっとここでお前を見つけた。…どうかな、俺の気持ちに…答えてくれるか…?」
麻衣「磨子ちゃんが…(微笑んで目を閉じて心の中で)磨子ちゃん、あんた…私の気持ち知ってたんね…ありがとう。」

   健司の手を握る。

麻衣「ありがとう健司、とっても嬉しかった。勿論、私もあんたの気持ちにお応えします。宜しくお願いします。」
健司「ふんとぉーか?ありがとう麻衣、ふんとぉーにありがとう。俺もとっても嬉しい。」

   麻衣を抱き締める。回りから歓声と拍手が上がる。

健司「これからは俺が、お前を守り支えてやる。だで安心しろ。お前のこん大切にするから。」
麻衣「うん、うん。」

   『唇では言わねども』

    健司と麻衣の情景

健司「♪バイオリンの調べと共に、ワルツのステップは囁く。唇では何も言わなくても君には分かるだろうこの気持ち」
麻衣「♪心は躍り、鼓動も高鳴る。あなたは何も言わないけれど。ほの目を見れば心は伝わる。あなたは私を愛していると」
二人「唇では何も言わなくても、心は伝わるあなたに…。」

   健司、麻衣を抱き上げてくるくると回り、最後に強く抱き寄せる。会場、大盛り上がりで二人を囃し立てる。

ホテル・客室
   美和子、麻衣、健司

美和子「(ニヤニヤ)やっぱりほーなったか。あたいは、必ず二人は両想いだと思っとったに。」
麻衣「でも、態々ここまで来て…告白の為だけに来るなんて。バカよ!!」
健司「仕方ないだろ、磨子が!」
麻衣「又、磨子ちゃんのせいにする!!」
健司「(照れて拗ねる)ほいだって…」
美和子「まぁまぁ、とりあえずは、明日のあんたの公演の無事を願って…ほれと健司と麻衣を祝して、かんぱーいっーー!!」
健司・麻衣「かんぱーいっーー!!」

   照れ臭そうに笑う。美和子はお酒を、二人はジュースを飲んだり、お菓子を食べたりしている。

美和子「麻衣、ゆっくり寝て今日の疲れを確りとって、明日に備えなくちゃな。」
麻衣「ほーね。寝るこんも大事だけど、確り食べてスタミナとやる気も補給させなくちゃな。」
健司「ほの通り。ほれが大切だ!!」

   三人、わいわいとやっている。

田中家
   ベランダで磨子がぼんわりとして微笑んでいる。
磨子(健司のやつ…いった通りに麻衣ちゃんに告白したかしら…成功したかしら…。明日がいよいよ本番ね。頑張れ麻衣ちゃん、そしておめでとう。茅野から応援してるわ…。)

   磨子、フット笑うと家の中に入って出窓とカーテンを閉める。

ローマ市内・劇場
   多くの観客がいる。その中に健司と美和子もいる。健司は巨大なカサブランカとバラの花束を抱えている。

   軈て、音楽祭内の麻衣の公演が始まる。客たち、プリーマドンナの麻衣に見とれている。

カーテンコール。麻衣が代表になって挨拶をしている。多くの花束で足元が埋まる。そこへ健司、照れ臭そうに微笑みながら麻衣に大きな花束を渡す。大きな拍手と共に、麻衣も照れ臭そうに微笑む。


   翌日、飛行機はローマを立つ。

白樺高原
   磨子、麻衣、健司。

麻衣「はい、磨子ちゃん…お土産。」
磨子「わぁー、ありがとう!!なにかしら!?」
麻衣「開けてみて。」
磨子「うんっ!!(開ける)…わぁー、可愛いペンダント。ありがとう、大切にする。」
麻衣「気に入ってくれて良かった。」
磨子「健司、あんたは?」
健司「俺からは、何もねぇーよ。」
磨子「はぁ!?あんたは、お土産のひとつも買ってくれてないなんて!!それでも友達!?最低…」
健司「ふんっだ。バレンタインのチョコレートくれなかったのが悪いんだ!!」
磨子「好きでもない男にあげる必要なんてないわ!!」
健司「んだとぉーーーっ!?」
   麻衣、二人を止める。

麻衣「まぁまぁ、二人ともやめて。とりあえずさ、ね。美味しいものでも食べに行こ。」
磨子「それもそうね。こんなことしてたって時間も無駄。」
健司「そうだな、俺も腹へったし。」

   三人、手を取り合って走り出す。

同・ホテル内のレストラン
   前掲の三人。メニューを見て騒いでいる。

磨子「なぁ、何にする?何にする?」
健司「俺、カツカレー!!」
麻衣「私はぁ…」
健司「麻衣はいつも遅いんだよな…早く決めろよ。」
磨子「彼氏でしょ、優しく見てあげな。」
健司「うるせぇ。彼氏でも、幼馴染みは幼馴染みで、俺は俺だ。こいつには今まで通りに接する。」
磨子「私は決まった!!蓼科牛のステーキサラダ。後は麻衣ちゃんだ。」
麻衣「うーん…」
健司「何で迷ってんだ?」
麻衣「この…オムライスと…縄文パスタ。」
健司「だったらさ、俺の奢りで、二つ頼めよ。」
麻衣「え、えぇ!?ほんなの無理よ!!私二つも食べられない。」
健司「知ってるさ。どうせお前は一つも全部食べられない。だで、俺が残ったら食うよ。両方食べたいんなら味見程度に食いな。」
麻衣「健司、ありがとう。でも、お金はいいに。」
健司「お構い無く。」

   健司、照れて笑う。磨子、囃し立てる。

磨子「お、流石は彼氏!!御曹司はやっぱりジェントルマンじゃなくっちゃね。」


   暫く、食事が来る。

三人「うわぁーーー!!!美味しさそぉ。いただきます。」

   三人、食べ始める。

健司「麻衣、俺のカツカレーちょっと食ってみる?」
麻衣「ありがとう!!貰う。磨子ちゃんも私の食べてみて。」
磨子「ありがとう。ステーキって食べられる?」
麻衣「えぇ、大好き!!」
磨子「なら、一つあげる。」
麻衣「わぁー、やったぁ!!」
健司「磨子、俺にも!!」
磨子「しょうがないわねぇ、ならあんたのカツ、一つちょうだいね。」

   三人、ワイワイと訳あって食べている。

   麻衣、箸を止めて健司が麻衣の残りを食べている。磨子は完食して満足げにドリンクバーを飲んでいる。


   健司、完食して苦しそうだがドリンクバーをねばっている。


同・湖岸
   ぶらぶら歩く三人。

健司「ふーっ、食ったらぁーー!!俺へー腹一杯。」
麻衣「無理して私のも食べてくれるからよ。」
磨子「健司、かっこいい。そー言うところはいい男なんよね。」
健司「そー言うところはは余計だよ。そー言うところは!!」


麻衣「でも健司、あんた確かこの夏は水泳大会の新人戦があるんだっけ?」
健司「あぁ、ほーだよ。」
麻衣「場所は?」
健司「あぁー…えーと、何処だっけ?…忘れた。」
磨子「んもぉ。だけど、私も麻衣ちゃんもとても楽しみにしとるんよ。見に行くで頑張りなさい。」
健司「いいよ、見に[


あきゅろす。
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