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とあ魔短編

少年は傷ついていた。


自分が世界一不幸な人間だと思ったり、または人生で一番辛い日が今日だと思い込む人間はいくらだっている。

しかし、その冗談は通用しないぐらいに、傷ついていた。




涙は枯れ果てた。

流した後は赤くなって残っていた。


髪をじっとりと濡らす汗は体温を奪う。


生暖かい血液のにじむ服は加えて砂と泥で汚れていた。



少年は疲れていた。




隙間風のような音を出す喉はひりひりと熱く、砂漠のように干上がっていた。

呼吸音は不規則で、意識をしなくては呼吸を忘れそうだった。


心臓の音は、どくどくと、

まだ、天に召されていない子供の命を主張していた。






(・・いたい。)


(顔も、肩も、腕も、足も、ぜんぶいたい。)




なにより心が。

疲れ果てた精神は、ゆっくりと壊れていっていた。






(おれ、なんでこんなめにあってんだ?)


(なんで?)





その疑問は、分かりきった問いだった。


ただ少年は不幸な目にあう子供だった。

そして迫害を受けていた。


疫病神と呼ばれて。

罵られて。







(とうさん。かあさん。)





どこに居るか分からない、親を呼ぶ。


やさしい人たち。

大事な人たち。


その人たちまでも、自分が不幸にしているのか。





(どっかに、いきてぇな)


(どこでもいいから、ここ以外の場所に)








夢から覚めた少年。


そのときも、子供は逃げていた。








「はぁっ、はぁっ、はぁ・・・」




至近距離から当てられた小石はけっこうな痛みだった。

そして追撃を避けるため、逃げた。


しかし相手は多数。

子供なりの戦法で挟み撃ちをかけられ、しかしそれでも必死で逃げた。




どこかの階段をかけのぼり、逃げた。


マンションなのかアパートなのか知らないが、早く出たほうがいいだろう。


疫病神が来たと言われるだろうから。







「あそこだ!」


「いた!」


「やくびょうがみだ!」







やっぱり、簡単には逃げられなかった。

自分が気を抜けば、また見つかった。



逃げた。

螺旋階段をのぼり、下り、めちゃくちゃに走り回った。




目的地は我が家。

いつものように、家の中に駆け込むんだ。

そうすれば今日は終わる。

ほらもうすぐだ。



わずかな希望をめぐり、走った。

油断した。

もう少しの辛抱だ、と気を抜いた。





(あ、)



「わ、」


「ちょっ・・・」






(うそ、だろ)





少年の身体が宙に浮いた。

一瞬、時が止まったと皆が錯覚した。


次の瞬間には、強い風が吹き、子供が一人、約2メートルの高さから落ちた。






(あ、いやだな)


(おれがけがしたら、とうさんとかあさんがなく)





ざざざざざあざざざっざざざざ!!


がさがさがさがさ!と植え込みの植物が折れ曲がる音がいやに大きく聞こえた。


小さく切ったほおの傷がちくりと痛んだ。




(なかったことになればいいのに)





子供はふと思う。


なかったら。



たった今自分が作った傷が。

ついさっき自分が高いところから落ちたということが。

今日自分が追い掛け回されていたということが。



いや、いままでも追い掛け回されるようなことは無かったなら。

やくびょうがみなどとあだ名を付けられていないのなら。

そのせいで、父と母を悲しませているという事実が。





(なくなれば、いいのに。)


(今じゃなくても、)


(いつか、)





少年はそこで意識を失い、近くの病院へ運ばれた。


悪運の強いことに、落下直前に吹いた突風によりうまく緩衝材の真上に着地したことで救われたそうだ。



子供の両親はそれを喜び、そして悲しんだ。


もうここにはいられない。


いつこの子供を、この環境が殺してしまうか分からないからと。





「忘れることが出来たらな。」




少年の父は、呟いた。

絶対、なくしてやるからな。と。





そしてその願いは、かなえられた。





小学校に上がると同時、少年は学園都市へと送られた。

そして科学の最先端の町で育ち、10年がたったころに。




「――あなた、病室を間違えてませんか?」




忌まわしい記憶は、忘れかけることが出来ていた記憶は。

とある夏休み、少年の精神と共に、完全に、破壊された。


思い出と共に。

両親の記憶と共に。



すべてが、


消し去られた。









言霊という言葉がある。


音にした言葉には力が宿り、それが現実に起きるというもの。




そんな幻想は、

少年の右手が破壊するだろうけれど。










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あきゅろす。
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