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Freedomwing〜神モノガタリ〜
さだめの歯車(4)
 シオンの宿のとある一室から、アズールの声が響いた。
「いででででっ!」
「もう、暴れちゃダメじゃない!」
「いてーもんはいてーんだ!」
火傷の手当てを受けているアズールが喚き、ソーサが溜め息をつく。
「落ち着けよ、アズール。」
ライラの火傷を手当てしているキラが苦笑した。
「…ところでさ、シエル君。」
「はい?」
壁にもたれて、何かを考え込んでいたシエルは、突然キラに呼ばれたので慌てて顔を上げる。驚いたせいで声がうわずっていた。
「名前と職業以外は思い出せないのかい?」
「え…あ…うん…。」
「そう…。じゃあ、精霊使(スピリチュラー)のことも覚えていないんだね。」
「……。」
黙りこくるシエル。
 キラは手当てを終わらせると、
「無理には訊かないよ。いつか思い出すだろうし。」
「…ごめん。」
「別にいいよ。」
重い沈黙が部屋を満たす。
 ライラは小さく溜め息をついた。
 剣神、四天王、光と闇…ただでさえよくわからないことばかりなのに、また増えてしまった。
 精霊使とは一体何者なんだろう。
 シエルが使っていたあの技は一体…。
「謎だらけだよ…。」
「あ、なんか言ったか?ライラ。」
ライラの小さな呟きを聞いたのか、アズールが振り返る。何でもないとライラは首を振って、
「ねえ、シエル君。」
「シエルって呼んでくれていいよ。」
「そう?じゃあ、シエル。シエルは記憶喪失なんでしょ?」
「うん…どうやらそうみたい…。」
「だったらさ、俺たちと一緒に行こうよ。シエルのことを知っている人達に会えるかもしれないよ?」
「でも、迷惑じゃ…。」
シエルとライラのやり取りを聞いていたアズールが、
「迷惑なわけないだろ?俺は大歓迎だぜ!」
「たしかに、ライラの言うとおりだ。それに、記憶を失っている以上、僕たちと一緒に行動した方がいい。」
「…ありがとう。」
シエルは素直に頷く。
 ライラは仲間が増えたことに、顔を綻ばせた。
「あ、そういえばライラ君。私の母が貴方に是非会いたいって言っていたわ。」
「君のお母さんが…?何でまた?」
「さあ…。」
ソーサも理由までは知らなかったようだ。首をちょこんと傾げる。
「今から行く?」
「うん。アズール、キラ、シエル。行ってくるね。」
ライラはいつもと変わらぬ様子で、ソーサと共に部屋を出て行った。
 扉の閉まる音が部屋に響いて数秒後、アズールが突然口火を切る。
「−−−で、シエル。」
「何か?」
「フェイニアス戦で使った技…ありゃあ一体何だ?俺の知ってる魔法のどれでもなかった。」
シエルは困ったように笑うと、
「わからない…。多分、精霊使の力だと思う。」
「精霊使…なあ。」
アズールは頭をポリポリと掻くと、
「謎だらけ、だな。剣神もそうだし、四天王がいう『主』もそうだし…。」
「剣神…四天王…主…。」
「なんか思い出したのか?」
「あ…いや…。」
シエルは首を振る。
 そんなシエルを見つめるキラの表情は、普段の温厚な彼からは想像がつかないくらい厳しい顔つきだった。

 一方、ライラはソーサの母と向かい合っていた。ソーサも母の隣りに座っている。
 並んだ親子を見て、ソーサって母親にそっくりだな…と、考えるライラ。
 自分も父と並んだらこんな感じなんだろうか…とか、埒もないことを思ったりしていたが、母親が口を開いたので、ライラは考えるのを止め、彼女をじっと見つめた。
「旅立つ前に、どうしても話しておかなければならないことなのです…。」
彼女はゆっくりと深呼吸をして、
「貴方とソーサは…、−−−血の繋がった双子です。」
雷の直撃を受けたかのような衝撃が、ライラの体を駆け巡った。
 あまりのことに思考が停止する。
 それはソーサも同じだったようで、呆然とした顔で隣りの母を見つめていた。
 ライラは何と反応していいのかわからず、とりあえず深呼吸をして、自分を落ち着かせ、
「何故…、俺とソーサが?」
やっと出た問いに、母親は静かに答えた。
「貴方のお父様は流れの旅人で、ここを訪れた際に偶然、魔物に襲われていた私を見つけ、助けて下さいました。私はその時、恋に落ちたのです。そして、彼も私の気持ちを受けとめてくれ、一緒に暮らし始めたのですが…。貴方達が産まれて、事態は一変したのです。ライラ君…、背中の痣は残っていますか?」
ライラはこくんと頷いた。ライラの背中には、天使の翼によく似た形の小さな痣がくっきりと浮かんでいるのだ。
「その痣が原因で、貴方は私の父に殺されかけました。」
その言葉に絶句するしかなかった。小さな痣のせいで殺されかけたという事実は、ソーサと双子という事実よりももっと衝撃的だった。
「でも…どうして…。」
痣のせいで殺されかけたのだろう。
「父は、『剣神』を恐れていました。『剣神』は、生まれつき背中に痣が浮かんでいるそうで…それで父は貴方が『剣神』だとわかり、殺そうとしたそうです。」
「じゃあ、今生きているのは?」
「貴方のお父様が、貴方を救い出してくれたのです。貴方とこの子に名を付けてくれたのも彼でした。そして、このままでは危ないからと、彼は貴方を連れ、私の前から去っていきました。もう二度と会えないと言って…。」
長い話が終わった。ライラとソーサは黙り込んで、静かに母親を見つめた。
 どれくらいそうしていただろう。ライラは意を決して立ち上がり、
「ありがとうございました。事実を教えて下さって…。」
部屋を後にするライラを、ソーサが追おうと立ち上がりかけるが、母親に止められた。
「ソーサ、しばらくそっとしておいてあげて。ライラ君には…重たいものだもの…。」

 川の辺をとぼとぼと歩いていたライラ。外はいつの間にか日が暮れていて、街灯に明かりが灯っていた。春とはいえ、夜はまだ少し冷え込む。
「はぁー…。」
何もかも、自分ではどうすることも出来ないものばかり。
 剣神という証拠の痣。それが原因で実の祖父に殺されかけたこと。ソーサとは血の繋がった双子で、彼女の母親が自分の本当の母だということ。
 心の中はぐちゃぐちゃで、整理なんかつかないだろう。
「ライラ、どうしたんだい?顔色悪いよ?」
パッと顔を上げると、土手に座るシエルと目が合った。
「別に…。シエルこそ何でここに?」
「夕涼みだよ。キラとアズールが『ちぇす』とかいう遊びを始めちゃったから暇でさ。」
「ふーん…。」
シエルが土手から降りてきた。
 青磁色の瞳は街灯の明かりでもハッキリわかる。
「今は…辛いかもしれないけど。いつか、越えられるときが来るよ。」
「え?」
耳を疑う言葉だった。心の中を見透かされたような感じだ。
「君は、越えられるよ。何もかも…。」
ライラはジッとシエルの横顔を見つめた。
「そろそろ宿に戻ろうか?」
「あ…うん…。」

 シエルは東の空に浮かぶ月を眺めた。そして、隣りで歩くライラに顔を向ける。
 彼は、越えられる。
 なんといっても、命なのだから−−−。



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あきゅろす。
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