Freedomwing〜神モノガタリ〜 志(3) 青年は槍を抜き取ると、血糊を払い落とし、辺りを一瞥した。 「この魔物を倒せるような奴、この街にいたんだな。この魔物…雑魚だけど、素早さはなかなか高いからなぁ。」 周囲に散らばる死体を見て、驚いたように呟く青年。 ライラは目を据わらせ、ジッと青年を見つめた。 「助けてくれてありがとうございます。でも、『チビ』と言うのは失礼なのでは?」 「なんだ、やんのか?」 青年が槍を構える。ライラも剣を構え、腰を落とした。 「ライラ!」 キラが駆け寄り、ライラの様子がおかしいことに気付いて、パッと顔を上げた。 青年が驚いたように目を見開き、キラを見つめている。キラも硬直していて、青年を見つめていた。沈黙が辺りを支配する。 ライラは何だろうと思い、構えを解いた。 どれぐらい経っただろうか。張り詰めた静寂を破ったのは青年だった。 「キラ…、なのか?」 ぎこちない喋り方。まるで、信じられないと言うような感じだ。 「アズール…だよね…?」 キラの声も震えており、ぎこちない。 フッと、張り詰めた緊張感が消え、青年は構えた槍を下ろした。 「また、余計なことを言ったみたいだね。」 青年はポリポリと頭を掻くと、ポカンとしているライラに向き直り、 「さっきは悪かったな…。えっと…。」 「ライラ・ローマンだ。」 名前がわからず、困った顔をする青年に、ライラは自分の名を名乗った。 さっきまでの怒りは嘘のように消え、少し自己嫌悪に陥るライラ。 「そっか、ライラか。本当にさっきのは悪かった。」 「いいよ…。助けて貰ったのに癇癪を起こした俺も悪いし…。」 青年は少し笑うと、 「名前、まだだったな。俺はアズール・ローハだ。よろしくな。」 アズールは少し浅黒い肌で、黒猫を彷彿させる容貌をしていた。 額に髪よりいくらか明るい紺色の布を巻いており、端は短めに垂らしている。 左に紺色の腕章があった。国家戦士の証だ。 「まあ、立ち話もなんだし…宿屋に行こうぜ。その返り血も洗い流したいだろ?」 キラとライラは同時に体を見た。多量の返り血を浴び、手も服も顔も真っ赤だ。 「警察が見たら準現行犯で逮捕されかねないな。」 アズールは豪快に笑ってから、クルリと踵を返す。キラがその後に続き、ライラも遅れないように、彼らの背中を追いかけた。 「久し振りだな、キラ。四年振り…か?」 宿屋にチェックインしたライラ達は部屋に通されるなり、女将さんからタオルと替えの服を渡され、三人揃ってサッサと風呂に入れられた。 多量の返り血を浴びた服は洗濯中だ。 今は、風呂からあがり、部屋でくつろいでいる。 「ああ…。」 窓際の壁にもたれかかっていたキラが静かに頷く。 ライラは黙って剣を磨いていた。血糊はその場で払い落としているが、付着したままのことが多いので、キチンと手入れしておかなければ刃がダメになってしまう。 日の光を受けて煌めく白刃。ライラがどれだけ大事にそれを扱っているのか一目瞭然である。 「こんな所で会うなんて、思わなかったよ。」 キラはちらっとライラを見てから、アズールに視線を戻す。 「全くだ。…ところで、キラはなんでこの街に?」 「なに、大したことじゃないよ。聖魔紀のことを調べたくてね。」 聖魔紀と聞いて、アズールが眉をひそめた。 「…奴を追っているのか?やめとけよ。お前が戦えるような相手じゃない。」 「…アズールだって追っているんだろ?」 気まずい沈黙。またキラがライラの方を盗み見た。。ライラは慌てて立ち上がり、 「邪魔みたいだから、その辺ぶらぶらしとくよ。」 「待って、ライラ。君にも深く関わる。」 「ライラには関係ないだろ。」 アズールの声が低くなった。キラは首を振り、 「関係大ありなんだ。僕だって四年間闇雲に奴を探してたわけじゃない。」 ライラは仕方なくまた座り込み、剣を収めた鞘を引き寄せる。 「奴は同じ剣神じゃなきゃ倒せない。調べて少しわかったんだ…。聖魔紀が訪れた時、片方は必ず倒される。」 「…それと、ライラと、どう関係してんだ?」 アズールはライラを一瞥すると、鋭い視線をキラに向けた。 「ライラは…剣神なんだ。光の、ね。」 「−−−!!それは…確かなのか?」 ライラは困ったように曖昧に笑うと、 「俺にもよくわからない…。父さんに教えてもらっただけだから…。」 「そっか…。」 「あの戦い方は普通の人には出来ない戦い方だった!!間違いなく、ライラは剣神だよ!!」 キラが熱を込めてアズールに話す。 当のアズールは、ポリポリと頬を掻いてから、 「戦っているところを見たわけじゃねぇからなあ…。」 剣神というのは神から与えられた存在だ。やはり普通の人とは違うのだろう。だが、どこがどう違うのか、ライラにはよくわからなかった。 キラの話を聞く限りでは、戦い方が特異らしいのだが…。 「…決定的な証拠がねえんじゃ、ライラを巻き込ませるわけにはいかないんじゃねえか?今が聖魔紀だとは限らないわけだし。」 「…そうだよね。ごめんね、ライラ。」 キラが俯いた。その横顔が唯一の希望を失ったような表情だったので、ライラは思わず、 「確かに剣神なのかはわからない。でも、剣神じゃなくても…キラの故郷を壊滅させた奴を倒したい!」 「…ライラ。」 思わぬ言葉にパッと顔を上げるキラ。 「やれやれ…剣神じゃなきゃ、奴は倒せないって言ってんだろ。ま、その心意気が剣神なのかもしれないけどな。」 アズールは肩を竦め、溜め息をつくのだった。 [*前へ] |