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Short Story
蒼空の追憶
 『一番大切なもの(おまえ)』を失ってから、澄み渡った秋の空が、どの空よりも美しいものだと思うようになったんだ…−−−。


 少年・アズールは、とある人を待つため、公園のベンチに座って、空を見上げていた。
「お待たせー!!」
オレンジ色の髪を二つに分けてくくった少女が駆け寄ってくる。
 彼女の名は、セルス・ア・ヴァレン。アズールの幼馴染みで、目つきが悪いために同年代の女の子から怖がられている彼を、唯一受け入れてくれる娘だ。
「待った?」
「いや、今来たとこ。」
アズールは首を横に振り、彼女が隣に座れるよう、ベンチの端に座り直す。
「いい空だねー…。」
「そうだなあ。」
「ねえ、アズールは空…好き?」
唐突な質問にアズールは困り、少し考え込む。
「まあまあかな。」
「私は好きだなあ…。とくに秋の空が好き。どこまでも澄み渡る、高い青空…綺麗じゃない?」
セルスがにっこり笑った。
 その笑顔がとても綺麗で、アズールはつい、目線を逸らす。
 何だかとても甘酸っぱくて、胸が痛くて…彼女の笑顔を直視出来なかった。
「確かに…綺麗だな。」
「でしょ!…でもね、私…あの空とは違う『空』が好きなの。」
「え?」
彼女の意味深な言葉にアズールは顔を上げた。
「アズール…これ…貰ってほしいの。」
差し出された、銀色の懐中時計。手頃な長さの細い鎖の先には根付けがついている。
「お前が大切にしてる懐中時計…。」
「うん。アズール…いつも国家戦士のお仕事頑張ってるから…。」
アズールは懐中時計とセルスの顔を見比べた。
「…俺みたいな、いつ死んでも不思議じゃない奴に、大事な物を渡してどーすんだよ。」
アズールはそれを返そうとしたが、セルスは受け取らなかった。
「アズールはいつも街のために戦ってる。なのに、私は何もしてあげられない…。だから…これは御守り、ね。」
セルスが懐中時計に手を重ねる。その綺麗な手を見つめて、アズールは困惑していた。高鳴る鼓動。熱くなる頬。このままじゃ、壊れてしまいそうで。
 アズールは慌てて立ち上がった。セルスが不思議そうに見上げている。
「セルス。俺、前に言ったよな。お前が俺に、戦う理由を訊いたとき…。この街とお前を守るためだって。今でも、その言葉は変わらないさ。」
嬉しそうに頷く彼女。そして、何か思い詰めたような顔で、
「アズール…実は、私−−−−−−。」
その言葉をかき消すように、凄まじい爆音が響いた。
「襲撃…?」
「多分…。悪い、セルス。待っててくれ。ちょっと見てくる。」
懐中時計を胸ポケットに納め、彼は爆音がした方へ走り出す。
 その『別離(わかれ)』が、螺旋を大きく揺るがすことになるとは、誰も知らなかった−−−。

 空を焦がす黒煙。街を焼き尽くす真っ赤な炎。
 地獄という言葉がピッタリ当てはまる、そんな光景に、アズールは思わず立ち尽くした。
 肉の焼ける臭いが辺りに立ちこめている。
 水を求めて這いずり回る街の人々。服はボロボロで、露出した腕や顔の皮膚は焼けただれ、体液にまみれていた。
 伸ばされた手は最早、人の手とは言えず、一人、また一人と、動かぬ肉の塊となっていく。
 戦慄が走る。脳裏によぎる、親友の顔。
「キラ…!」
炎の海を越え、アズールは親友を探す。
 やがて、前方に人影を見つけ、彼は加速した。
「キラ!」
「アズール…!無事だったのか!」
キラはアズールの無事に心底安心したように、溜め息をつく。
「キラ、アズール君!早く逃げよう!」
キラの父がアズール達を促した時だった。肉を斬り裂く生々しい音が、辺りに響く。
「…まだ、生き残りがいたとはな。」
生き血を滴らせた剣を携えた女が、キラの父が立っていた場所にいた。
「てめぇ、一体何もんだっ!」
「何者…?ふふ…私は破壊者…闇の剣神だ。」
「よくも…っ!よくも父さんをっ!」
キラが槍を振り上げ、闇の剣神−−そう名乗った女に立ち向かう。だが、振り下ろした刃は、突如現れた青年の鎌によって、弾かれてしまった。
〈あなた様の手を煩わせるほどの者でもない。私が片付けます故、お下がり下さい。〉
「炎の魔人・フェイニアスか…私が引き揚げるまで、好きにするがよい。」
〈御意。〉
闇の剣神は漆黒の翼を広げ、上空へ飛び去った。男が顔を上げる。その切れ長の瞳には、冷酷非情な煌めきがあった。
「街をめちゃくちゃにしたのはてめぇらだな…っ!何が目的だ!」
槍を構え、アズールはその男を睨みつけた。キラも隣に戻ってきて、同じように睨みつけている。
「アズール君、キラ!そやつは炎の魔人じゃ!」
キラの祖父母が肩を寄せ合いながら、魔人とアズール達を交互に見比べた。
〈我らの目的…、それは『破壊』だ。それ以上もそれ以下もない。〉
男が腕を振った。その刹那、深紅の猛火が燃え上がり、祖父母を一瞬にして焼き尽くす。
〈…見せしめだ。〉
変わり果てた祖父母の姿に、キラがガックリと膝をついた。
「ばあちゃん…じいちゃん…!」
〈貴様らも送ってやろう。〉
振り上げられる大鎌。その姿はまさに死神。
 アズールはいてもたってもいられなくなって、振り下ろされる鎌の前に躍り出た。
「アズール!」
「…っ!」
斬り裂かれた胸ポケットから、銀色の懐中時計が転がり落ちる。
〈命拾いしたな。〉
魔人はそう告げると、炎の中に消えた。あの女が引き揚げたということだろうか。
 アズールは命を守ってくれた懐中時計を拾い上げる。蓋は斬り裂かれ、時計の針も止まっていた。
「アズール、怪我は?」
「大丈夫。俺はセルスを迎えに行くから、お前は早く逃げろ。」
キラはうん、と頷き、
「街の入り口で待ってるから…、絶対来てよ!」
炎の海を駆け抜けていくキラの背を見送って、アズールは公園の方角を見つめる。
「今迎えに行くからな…セルス。」
空を焦がす炎の先へ、アズールは走り出した。

 燃え盛る炎に囲まれた公園で、少女は一人、大切な人を待ち続けていた。
「…アズール。」
一体何が起こっているのか、彼女には分からなかった。ただ、何かとてつもなく強大な力が、この街に襲い掛かったということだけは分かった。
「早く来て…!」
その時、砂を踏む足音が耳に届いた。顔を上げると、一人の男がこちらに向かって歩いてきている。
「生き残り、か。」
その刹那、冷たい何かが、セルスの体を貫いた。
 若い男の冷めた瞳を見つめながら、彼女はゆっくりと沈む。
 −−刺しながら添えられた言葉。
「こんばんは、お嬢さん…。」
 −−抜きながら口ずさまれたコトバ。
「おやすみなさい、永遠に…。」
沈みゆく少女を見つめた後、男は漆黒のローブを翻し、炎の彼方へ消え失せる。
 アズールが到着したのは、その直後だった。
「−−−!」
仰向けに倒れている少女。その体から、血が溢れている。
 アズールは慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こした。
「セルス!しっかりしろ、セルス!!」
「…アズール…?」
「ああ!」
うっすらと目を開けた彼女の手をしっかり握りしめ、アズールは頷いた。
「良かった…。最期に…会えて…。」
「バカッ!そんなこと言うな!」
セルスは微かに微笑み、手を伸ばして、アズールの流れ落ちる涙を拭き取った。
「泣かないで…。」
小さく紡がれる言葉。そして、少女は微笑んだまま、ゆっくりと目を閉じた。
「私…アズールのこと、好きだった…。幸せに…生き、て…。」
『復讐者に、ならないで−−−。』
声にならぬ言葉を呟いて、セルスは静かに息を引き取った。
「なぁ…!目を覚ましてくれよ!何で…何で…!!」
彼女の瞳は固く閉じられている。分かっている、もう二度と開くことはないと分かっている。
 それでも、アズールは名を呼び続けた。
「セルスウウウゥゥッ!!」
少年の叫びも、温もりも、少女には届かない。
 もう二度と−−−。

 奏でられる、追想者(そら)の追走曲(カノン)。
 その美しくも悲しい旋律は、彼を戦場へ駆り立てた−−−。

 時は流転し、螺旋は幾度も流れを変える。
 あの『別離(わかれ)』が、復讐の譚詩曲(バラーディア)の始まりならば、この『邂逅(であい)』は、宿命の交響曲(シンフォニア)の始まりなのか。
 それとも、さらなる痛みの輪舞曲(ロンド)を生み出すのか。
 それは誰にもわからない。運命(さだめ)を奏でる指揮者(かみ)でさえ…。

 どこまでも澄み渡った秋の青い空。お前は、今でもこの空が好きなんだろう。
 そして、もうひとつの『蒼空』も…。
 お前と過ごしたあの日々は、一生忘れない。
 最期に会うことが出来て良かったよ……。
 『光(しあわせ)』をありがとう…、セルス−−−。








後記
長かった…。まさかこんなに長くなるとは思わなかった…。
アズールの過去は如何でしたか?
主要メンバーの中で、最も重苦しい過去を持つキャラじゃないかと思います
セルスの死が、アズールの人生に大きな影響を与えたというのが分かっていただければ幸いです

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