Short Story 虚飾の婚礼、真実の花嫁 それはそぼ降る雨の日だった−−−。 ウィスダム国首都・トワール大通り。 道行く人は皆、足早に目的地へ向かっていた。 貴族が乗っている馬車が水を跳ねながら往来する。 そんな馬車のひとつに、ジャスミンの乗る馬車もあった。 馬車に揺られながら、灰色の空を見上げる。 「もうたくさん…、お見合いなんて。」 「しかし、お嬢様はフェリアルト家のひとり娘。早く結婚して、後継ぎを作らねばなりません。旦那様も強く望んでおります。」 「イヤなものはイヤなの!好きでもない男と結婚するなんて…!しかも、私に言い寄る男は皆、お坊ちゃま。私、お坊ちゃまは嫌いなの。」 ジャスミンは小さく溜め息をついた。 フェリアルト家はこの国でも有数の名家だ。 昔から続く上流貴族の家系で、国の英雄を数多く輩出するのでも有名である。 英雄を生み出す家系であるが故、彼女も少々おてんばであった。 「お嬢様…。」 従者が説教をしようと口を開いたときである。 「シーッ!静かにして…赤ちゃんの泣き声がするわ。馬車を止めて!!」 ジャスミンは従者の制止も聞かず、馬車から飛び降り、泣き声を頼りに赤子を探す。 赤子はすぐに見つかった。 路地の、出来るだけ雨風が当たらない場所に置かれてあった。 ジャスミンはその赤子を抱き上げ、あやしながら、 「大丈夫…?捨てられたの?」 「…私の息子、だ。」 突然かかった声にジャスミンは驚き、顔を上げた。 ずぶ濡れの男が、愛おしむような目つきで、赤子を見つめている。 至る所に傷を負い、息も絶え絶え。自力で立つのもままならない状態だ。 「この子を…助けて、くれないか…。この子が、無事なら…私は死んでも構わない…。」 男はそう呟くと、その場に倒れ込んでしまった。 「お嬢様!」 「爺!この人を馬車に乗せて!!連れ帰るわ。手当てをしないと…。」 「は、はい!」 駆けつけた従者に男を任せ、彼女は赤子に雨がかからぬよう注意しながら、馬車へ戻る。 雨は静かに紫陽花を濡らしていた…。 ジャスミンはそれから毎日男を看病し、赤子を世話した。 「何故、こんな赤ちゃんを連れて逃げていたんです?」 男はただ静かに首を振る。 「教えていただけないのですね…。」 名前も素性も明かさない男。だが、正直そんなことはどうでもよかった。 どうでもいいと思えるくらい、愛してしまったから…。 父のフェリアルト伯爵が聞いたらどんな顔をするか、容易に想像はつくが。 「せめて…赤ちゃんの名前は教えてくださいな。」 男は自分の隣りの揺りかごで眠る我が子を見つめると、 「ライラ…。」 「…ライラ?男の子じゃないのですか?」 怪訝な顔をするジャスミンに、男は苦笑すると、 「立派な男の子だ。魂を運ぶ天使・ライラにちなんで名付けた。魂を送り出す者であれ…それがこの子に込めた願いだよ。」 「魂を…送り出す…。」 安らかに眠る赤子に込められた過酷な願い。 何故、そんな名前をつけたのだろう。他にも美しい名があったのでは…。 「……。」 男はそれ以上語らなかった。 小さな寝息を立てる赤子。幸せそうな微笑みがそこにはあった。 それから数ヶ月後。 縁談が決まり、結婚式が執り行われることになった。 虚飾の結婚式が−−−。 「…ジャスミン。」 男はついに名を明かすことなく、ジャスミンの元から去っていった。小さな子供を残して。 今頃何をしているのだろう。 ああ…私は…。 「ジャスミン!」 「は…はい?」 「今日から僕達は夫婦なんだよ?夫を置いて、空想に耽ってたらダメじゃないか。」 ジャスミンは俯いた。 愛などない結婚式。 彼の子は孤児院に預けられることが決まっている。 「うーあー。」 従者の腕に抱かれたライラが手をパタパタと動かす。 「まだいたのか…早く孤児院に連れていけ!」 婚約者は鬱陶しげにライラを一瞥し、しっしっと手を振った。 大きな、彼と同じオレンジ色の瞳がジャスミンを見つめていた。 これから連れて行かれる場所を理解しているかのように。 「ライラ…ごめんなさい…。」 「君が謝ることじゃないだろう?誰の子かわからないあの子には孤児院がぴったりさ。まあ、孤児院に送られるだけマシだよ。僕ならサッサと捨てるところだ。」 その言葉を聞いた時、ジャスミンは激しい感情の渦に呑まれた。 「あの子はモノじゃないわ!人の子なのに簡単に捨てるとかよく言えたものね!!」 「な…!よくそんな口答えを…!」 怒声に驚いたのか、ライラが泣き出す。 「うるさいっ!そいつを黙らせろ!!」 「うるさいのは貴方の方よ!」 「僕をバカにして…!」 婚約者が手をあげた、その刹那、窓ガラスが割れ−−−。 「花嫁に手をあげるなど無粋だな。花婿の風上にも置けない。」 聞き慣れた声が部屋に響いた。 顔をあげると、彼が立っていた。 「何だ、お前は!」 「…セルシール。セルシール・ローマンだ。」 「ローマン…!?」 男は頷くと、掴んでいた婚約者の手を放す。 そして、竦んで動けなくなっているジャスミンを抱き上げ、 「虚飾の婚礼は取り止めて下さい。…私が彼女を貰い受けます。」 そう従者に伝え、ジャスミンにライラを抱かせると、マントを翻し、外に待機している白馬に飛び乗った。 「では…。」 背後からは怒声が響く。 「どういうことだ!侯爵!何故ローマンが花嫁を…!」 ジャスミンは馬に揺られながら、彼に訊ねた。 「何故私を…。」 「虚飾の婚礼の花嫁ほど美しくないものはない。そんな花嫁など、君には似合わないよ?ジャスミン。」 「…!」 「…ライラを守ってくれてありがとう。共に、この子を育てていこう。」 ジャスミンは静かに頷いた。 ローマン−−−古の時代に世界を救った勇者の血を引く、騎士階級の家系。 その事実を知った彼女は、子に込められた本当の意味を理解した。 「ジャスミン。」 必ずしも、上流貴族は上流貴族と結婚しなければ幸せになれないというわけではない。 「何ですか?セルシール。」 相手は騎士。でも、幸せな家庭がそこにはあった。 外は雨上がり。綺麗な虹が晴れ渡った空にかかっていた−−−。 後記☆ 本編から15年前の虹月に、セルシールとジャスミン…つまり、ライラの実父と義母が出逢ったお話です 『ライラ』に込められた意味を分かってもらえたら幸いです♪ セルシールさんをまともに書いたの初めてだ…(^_^;) [次へ#] |