夕陽の射す、窓辺で。 「おまえら、……なにやってんだよ」 そう言うオレの声はみっともなく掠れていて。 二人はオレを見て、野良犬か何かを見付けた様な顔をして此方を。 剥がれない視線。 動かない身体。 何かが壊れる音がした。 【夕陽の射す、窓辺で】 学年は違ったけれど、オレとXANXUSは良く行動を共にしていた。とは言っても、オレが懲りずに付き纏っていたからだけれど。 何度殴られても、オレの気持ちは揺るがなかった。それ程までにこの男の怒りに心酔していたのだ。――他の事はどうでも良かった。 そんなオレに女が出来たのは今日で丁度一週間前。今まで言い寄られた時と違い、今回の女は何処か慎ましく、頻繁に会ってくれなくても構わないと切々と口説かれ、ならば試しに付き合ってみるかと……まあ、そんな流れだ。そんな話を何気なく奴――XANXUSにしたのは確か、三日前。 奴の部屋でいつもの様にオレが勝手にべらべら話していた時に何気なく思い出したのがきっかけで。奴も奴で全然気にもしていなかった。 ――はずなのに。 「おまえら、……なにやってんだよ」 「……セックス」 オレの問いに答えたのはXANXUS。何も感じていないのか、普段とまるで変わらない声で、変わらない顔で、オレに声を掛ける。そんな奴の上に跨がっている女は勿論、オレの恋人であったはずのその女だ。何を言うでもなくただぼんやりと此方を見ていたが直後に「邪魔しないで」と言い放ち、体内に納めた彼を愛そうと腰を揺らして。 オレはただただ、XANXUSを見詰めていた――燃える様な、彼の双紅を。 その後は瞬く拍子に奴の視線から逃れ、部屋から脱出して――今は自室のベッドの上だ。俯せに倒れ込み、先程の事を考えていた。 虚しさと、酷い脱力感に襲われる。きっとあの女は最初からオレを利用する為に近付いたのだろう。それからあの御曹司と……XANXUSと……。 オレは奴に腹を立てた。それは自分の女を寝取ったからではなく、何故あの女を抱いたのかという事だ。あいつにあの女は似合わない。勿体無い。……ああ、早くあんな事は止めさせなければ。早く、――早く。 思い立ったら吉日――オレはその日の夜、XANXUSの部屋を尋ねた。いつもの様に部屋へ入ると、夕時のそれと同じくして奴は愛用の椅子に落ち着き気怠そうに脚を組んでいる。一歩、また一歩と距離を詰める間も、オレ達の瞳は互いのそれを捉えていた。 「あの女はやめとけ」 思わず自分の台詞かと思ったが、どうやら今のを発したのはオレではなく目の前にいるこの男――S・スクアーロの様だった。 奴がオレに女が出来たと言った時、よっぽど殴り倒してやろうかと思ったが眺めていた雑誌を睨み付ける事で何とか回避する事が出来た。男の嫉妬は見苦しいとは言うが、オレのこれは嫉妬なんかじゃねえ。こいつの全てを所有しているのはこのオレだという絶対的なそれを傷付けられたからである。これはまさに、オレへの冒涜であり、反逆であり、不浄であった。――ならば正しく“おさめなければ”……剣は主だけが持つ鞘に。 それから暫くして女がモーション掛けてきたのを利用し、奴が来るだろう頃合いを狙って身体を好きにさせていた。普段ならこんな面倒な事は御免だが、こんな時に奴が――S・スクアーロという男が一体どんな反応をするのかと、それを試したい気持ちが直ぐに込み上げた。 ……その裏に、確かな嗜虐を潜ませて。 「何言ってんだ」 「あの女におまえは勿体ねぇ……おまえの価値を下げる、それがいやだ」 繰り返し“いやだ、いやだ”と呟くこいつの反応は、些か予想外である。駄々っ子の様にそれを口にして、瞳は何処か熱っぽく潤み、切とした色が浮かぶ。奴の哀願じみた仕草に今にも笑い出しそうになる口許を、内心にて咎めた。――ああ、こいつは何て愚かな男だろう。実に愚かしい。 「てめーに言われる筋合いはねぇ」 「わかってる」 「じゃあてめえの“それ”は何だ、――殴られてぇのかカス。答えろ」 未だに表情を戻さずに、今度は物欲しそうな面を曝してくしゃりと胸元のシャツを握り締めた。一々とオレの中に在る加虐心を煽り立てる、忌まわしいその男はやうやうしく膝を折り、オレの足元に跪く。 「それでもオレは、てめーを他人に汚されるのが……いやだ」 「ハッ!“他人に”だ?……なら他はどうだよ」 握った拳の甲にて強かに奴の頬を打つと歯に引っ掛けたのか、奴の唇から血が出た。それがオレの手を汚したのを見て、酷く緩慢に眼を細める。 恍惚めいた悦が陰り、誘われる様に手を伸ばし――オレの手の朱を舌先で掠め取る。拭った後も何度も、何度も。丁寧に其処を舐めるこの男の口の中へ指を放る。視線は絡み、細波の様に舌は揺らめく。 「オレで汚れちまえばいい」 「薄汚ぇカスが調子に乗ってんじゃねえ、……くたばれ」 「今はいやだな」 「なら、いつならいいんだよ」 「さぁ?」 「……カスが」 項を強引に引き寄せる形で急速に距離を詰め、当たり前の様に口付けを交わす。口内に広がる鉄臭さを感じながら間近に在る灰銀の瞳を眺め、角度を変えてもう一度。隙間から零れる吐息が熱を孕む。 「――ン、……ん゛ん、……ぁ……、」 「どうした、まだ足りねえのか」 「はぁ……あ、う゛」 しがみつく様に今度は奴のシャツを握り締め、求めるままに身を寄せた。熱く柔らかなそれに触れる度に、堪らない気持ちになって欲は歯止めが利かなくなり、内側の奥の奥から溢れ返る。 それを見越した様に止んだ口付けに、か細い声が吐息に混ざる。 ――躊躇いも偽りに、直ぐに本音は暴かれた。 「言葉を忘れやがったのか、あぁ?言えよ、……スクアーロ」 「足りね……XANXUSっ、XAN……」 いつの間にか乗せられた奴の膝の上で、みっともなくオレはこの男――XANXUSを求めた。触れ合う度に不思議な感覚を覚える。……これは何だ。 身体の芯から熱くなる様な、脳が痺れる様な。甘い様な、苦い様な。嬉しい様な、苦しい様な……様々な感覚を引き連れてオレを惑わし、誘って行く。誘われるままに堕ちて、逝く。――何処まで? 触って触られて、脱がせて脱がされて、肌を重ねる。どうしてこんな事をしているのかはわからない。多分奴もそう。理由なんて無い、必要ない。肝心な事は“誰と過ごすか”だ。――ならば、オレはこいつと。 こいつだけを、選ぶのだと。 理性を捨てた日、 空は酷く紅かった。 -END- ボスに絶対的なモノを抱いているので、安っぽい事が許せないスク。 スクの全てを思い通りにしたいボス。 告白や確かなきっかけがあるわけじゃないけれど、2人は両想いです。当たり前の様に惹かれ合う。 ――2009.09.26. [戻る] |