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不器用なロマンチスト。




【不器用なロマンチスト】





訪れた扉の前、ノックをするべく左手を上げた所で気付く。中から聞こえてくるのは女の甘く、纏わり付く様な細い声。――ああ、やはり今日も。
だが此処で引き返しても無駄だし寧ろ、奴はとっくにオレが居る事に気付いてる。それでも尚、戯れをやめない。そんなにオレが気に食わないのか……別に好かれたい訳ではないが、流石に毎回こうだと気が重い。ルッスーリアに聞いた所、どうやらコレに遭遇しているのはオレだけの様だ。
故意でやっている。――何の為に。


「邪魔するぞぉ」

零れそうになる溜息を呑み込むとコンコン、とはっきり二度ノックをして扉を開いた。室内には女の香水だろうか、噎せる様な甘い香りと特有の声音が漂う。奴の膝に跨がり快楽を互いに与え様と懸命に努める女がやけに健気に見えた。――今日の情婦は金髪の、ちょっと可愛い感じの女だ。

「邪魔だ」
「……これが報告書と、こっちが……ま、読めばわかるか」

相変わらずの冷たく熱の通わない声で言いながら、オレの差し出す書類に目を通す。それでも尚、女はこの男の熱を受け様と踊り乱れる。
まあ確かに、この男は黙って居れば極上の男だろう。ただ、性格と振る舞いにかなりの難がある。それでも構わないと、こいつの情婦になりたがる女は尽きなかった。……オレが女なら、こんな“危ない”男には近付かないけれど。――女という生き物は恐ろしく愚かで、恐ろしく寛容なのだ。


「邪魔したな」

短く一言告げると返事も待たずに部屋を出る。奴はただ、オレの背中を睨むだけで何も言わなかった。刺す様な視線を受けた、背中が痛い。
痛いのは背中“だけ”?――答えは『Non.』。
胸の奥が膿んでいるかの様にジクジクと鈍く痛む。理由も知っている。そうだ、オレは奴に憧れ以上の感情を抱いている。……思い返してみれば、奴がこんな事を始めたのはオレが自覚するかしないかの頃。きっと先に気付いたあいつはオレの事が気持ち悪くて仕方が無いのだろう。だからこうして毎日の様に女を抱いて見せる。“てめえが泣いて頼むなら一度くらい抱いてやる”――そうあの瞳はオレを蔑むのだ。

オレはただ、出逢った頃のあいつが好きなだけなのに。


あの頃は毎日が煌めいていて、傍に居られるだけで幸せだった。何処までもついていくと決めた心に嘘は無いが、奴は変わってしまった。――いや、オレが8年もの間あいつを置き去りにしたから変わってしまったのだ。
そりゃあ気持ち悪いよな。女みてぇに伸びた髪もうざいだろうし、オレにはあいつ――XANXUSしか無いという事も、やっぱりうざいだろうし。
どんなあいつもオレのXANXUSだが、この頃のあいつは……少し、嫌だ。

もうあの頃の様に、名前を呼んではくれないだろう。
あの頃の様に……。






その夜、オレは呼び出された。きっとまた女を連れ込んで居るのだろうと覚悟して中へと入れば、どうした事か。部屋の中には奴の匂いしか無い。
オレは懐かしさを感じながら、ゆっくりと前へ進む。

「何の用だぁ」
「わからねえか」
「……?」

返された台詞に思わず眉を寄せる。意図がわからない。
返事が出来ずにいると奴は椅子から腰を持ち上げ、オレの目の前に立つ。視線が絡む。言葉も無く、ただ互いに見詰めた先の瞳を覗いた。
一向に奴の言わんとする事がわからずに、オレはただ見詰めるしか出来なかった。察しの悪いオレに痺れを切らしたのか、その場に押し倒される。

「殴りたかっただけかよ」
「何言ってんだ」

見下ろす瞳は冷たく、鋭い。思わずその緋色に魅入っていると腰骨を撫でられハッと息を呑む。――まさか、そんな。
気付いた途端、何故だか妙に恐ろしくなったオレは身を捩って逃れ様と足掻いた。腹這いになった所を優しく押さえ込まれる。その優しさに得体の知れ無い恐怖を感じ、全身が強張って上手く動けない。

「やめろぉ!!」
「嫌だと言ったら、てめーはどうするんだろうな?」

気付いた時には既に服の中へ奴の手は入り込み、肌を撫でて探りを入れる。オレの反応を見ながら弄び、笑みで歪む唇を耳に添えて甘く囁いた。




「好きなんだろう?――オレを」

そう囁いてやればオレの下で大人しくなる。抵抗を見せていた身体からは力が抜け、まるで人形の様に動かない。どんな顔をしてるのかと強引にその身体を引っくり返すと、哀しみに濡れる瞳に射抜かれた。

「そうだぁ……オレはおまえのことが好きだ。ずっとおまえだけを追い掛けて来た。どんなおまえも好きだった……すごく、すごく、好きだった」

ゆったりとした語り口に悲し気な微笑を携えながらそっと、オレの頬を生身の掌で包み込む。慈しむ様に優しく、優しく、壊れ物を扱う様に時折、指先は躊躇う。その手は確かにオレを好きだと言っていた。
瞳も、薄い唇も、絹の様な髪も、みんなオレのモノ。――オレだけの。

「好かれたいわけじゃねぇ。でも、おまえは酷ぇ……酷い男だ」
「だったらどうすんだよ。酷かったら何だ」
「……別に、何も」

それっきり黙り込んだ。頬に触れていたひんやりと心地の良い掌も今は引き戻され、何処か遠く感じる。――こんなに近くに居るのに、何故。
哀しみを瞼の裏へ隠す様に目を伏せ、何かを待っている。


「……もう、好きじゃねぇのかよ」

ぽつりと言葉が零れ落ちた。それはさっきから気になっていた事。過去形にされたこいつの言葉。オレはもう過去の男か。
答えろよ、――スクアーロ。





「そうだと、いいのにな」

こんなの愚問もいい所だ。どうしたら嫌いになれると言うのだろう。どうしたらこの男を“過去”に出来るだろう。――今、目の前に居るのに。
瞬く瞳、音を紡ぐ唇、奮う拳、熱を持つ肌、鼓動を刻む心臓……その全てが生を知らせる。長かったあの8年間が嘘の様に、時は動く。

「もし仮に好きじゃなくなってたら、それは……」
「何だよ」
「“愛してる”、……ってことなのかもしれねーなぁ」

冗談めかせてみたけど妙にしっくりきた。きっとオレはこいつを――XANXUSを愛していたのだろう。いつからかわからない程に、当たり前の様に。
好きだと思うより、こっちの方がしっくりくるのは何故だろう。


「なあ、XANXUS……オレのこと、気持ち悪いか?」
「あぁ?」
「だからオレに女を見せ付けるのか?」

「嫌なのか」
「そりゃあ……気まずいし。見えないとこでなら、いくらでもヤッてくれて構わねえんだけどよぉ」

オレの言葉を聞いた途端、剣呑な顔になる。気分を害したらしいが、理由がわからない。オレ的には普通に答えたつもりだったし、本心だ。

「止めねーのかよ」
「なんでだぁ?」
「…………」

数秒の沈黙の後、馬鹿らしいとばかりに溜息を溢しオレの上から退いた。元々期待等されていない様だが、今日は沢山話してる。ここで会話が切れるのは勿体無い――と思い至り、思案する事にした。考えれば考えるだけ不安になる。どうしよう、……答えが一つしか見付からない。




「止めて、欲しかったのか?」
「…………」

気付くのが遅過ぎだろ、おまえの頭にはホントに脳ミソ詰まってんのか?ああン? ……とか色々言いたかったが、面倒なのでやめた。
デスクに腰を下ろし、奴に背を向けながら書類の上に転がっていた煙草を手に取り火を点ける。すると背後のそれは距離を詰め、後ろから抱き着いてきた。首にはしっかりと奴の腕が回され、垂れてきた銀に輝く長い髪が静かに揺れる。それを指先で弄りながら紫煙を吐き出した。

「調子に乗んな」
「嫌なら振り払って触るなと命令しろ」
「めんどくせえ」
「じゃあこのままだなぁ」

「うぜぇ」
「なあ、……調子に乗ってもいい?」
「もう乗ってんだろ」

そういやそうか、と暢気な声が耳許へ落ちる。こいつらしい物言いに嫌な気はせず、続く言葉を待ってやると身を屈めて顔を寄せてきた。


「もう女を連れ込むな、オレが代わりに相手になってやる」
「後悔すんなよ、カス」
「逆によろこぶから気にすんな」
「うぜぇ」
「おう」

今更だろと聞かれれば、確かにそうだなと思う。出逢ってから今まで、こいつがオレから離れた試しがあったか。――無ぇな、当然だ。
垂れている奴の細い髪を掴み引っ張ると、引きずられる様に顔が落ちてくる。近付いた其処に顔を寄せ、静かに唇を重ねた。互いに何度も其処を啄んで、次第にそれを深めながら考える。
――仕方ねえからこいつをオレの恋人にでもしてやろう、と。




「……スクアーロ」
「なんだぁ?」
「てめーはオレのモンだ。――わかるな?」

問えば名の通りの勝ち気な笑みを返し、浅く頷く。オレの指間に在った煙草をするりと奪い取り、灰皿に押し付けて再びと唇を寄せながら、






「お好きにどうぞ」

囁くこいつは、オレのモノ。


-END-





どうなるかと思えば、なんかボスが可愛くなってしまった。XANXUSのツンは可愛過ぎると思う。
スクはそんなボスのツンにデレデレです。

――2009.09.20.

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