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恋人未満。




【恋人未満】




「う゛あっ、あ、――アッ……」
「ハッ……どうした、もう終いか?あぁ?」

夜明けが近付き淡く色の抜けた空を見詰めながら、シーツに爪を立てる。主へと突き出す様に向けた腰を引き戻そうとすれば逆に引かれ、ならばと更に突き出せば“淫乱”と罵られた。
行き場のないこの身体を所有しているのは我が主――XANXUS。オレをいびるのが好きで、殴っても蹴っても音を上げないからこうして欲に訴え掛けてきた。事実、オレの身体はしっかりとこの男を覚え込み、意思とは関係なく涙やら唾液やらで顔はぐちゃぐちゃだ。視界に映る枕に付いた染みを見たくなくて顔は自然と窓を向く。だからオレは空に向かい吠えたり啼いたり、泣いたりしている。
唯一の救いと言えば、後ろから身体を弄ばれる事はあっても決して向き合って情事に耽る事がないという事。そんな事をされたら堪らない。


「……う゛ぅ……もう、……ッもう……」
「何だよ、いい加減オレの機嫌の一つでも取ってみやがれこのドカスが」
「く、……クソ、ボス……――ひ、ぁ……やめ、」
「聞こえねぇ」

情事の最中は頗る機嫌が良いようで、こいつは良く笑う。捩じ伏せられ、男を呑み込む濡れたそれは女を思わせて、オレを追い詰めていく。
悔しいと言うより、情けない。それなのに身体は快楽を追求する様にこの男の全てを包み込み、また濡れる。

サイアクな悪循環だ。









「失せろ、てめーは用済みだ」
「――Si.」

いつもの決まり文句を互い口にして、それ以外の言葉を漏らす事もない。静かな部屋には煙草をふかす奴の微かな息遣いが浮かんでは、消える。重い腰を気遣いながら寝台を降り、あちこちに散らばった服をかき集めた。内股から伝う先刻の名残りを拭う事もせずにズボンだけを纏う。

「お疲れさん、任務の後にまた顔を出す」
「さっさと行け」
「じゃあな」

握り締めたせいで皺の付いたワイシャツとコートを手に、振り返る事なく告げる。身体を重ねた後に殴られたりした事はない。オレへの関心が吐き出した欲と共に、あいつから一時的に消え失せるからだ。
次に顔を合わせればまた、この身体は奴の拳を受け止めるのだろう。もしくは欲の捌け口、どのみちオレの意思は関係ない。所有者は奴だ。




部屋へ戻り手にしていた服を寝室へ放り投げ、足早に浴室へと向かう。洗面所の鏡には薄汚れた男が一人、表情もなく映り込んで居る。
それが可笑しくて、思わず吹き出した。

「ははっ、ざまぁねえ……カスが」

顔が引きつった。嘲るのも楽ではないと知る。
鏡に映る己を見詰め、そっと身体へ右手を這わせる。至る所にある打撲傷と、首筋に残る歯形。どれがいつ付いたモノかは判断がつかなかった。その中でも一際痛みを放つ脇腹には触れず、ズボンを脱いだ。
今日は“一本”ってところか。運が良いのか悪いのか、判断が難しい。

蛇口を捻ると頭上からは雨の様に水が降る。冷たい水が肌に宿る熱を奪っていく――洗われる。感覚が麻痺した頃、漸くとシャワーの温度を少し上げた。慣れた手付きで髪を洗い、事務的に後処理を済ませるとすっかり外は明るくなっていた。軽くタオルで身体を拭いただけで髪から滴る水もそのままに、浴室を後にし窓際へ立つ。朝陽は眩しく、足の裏から伝わるコンクリートの冷たさが相俟って、オレは妙な気分になる。



「いつまでもそんな格好で何してやがる」
「ん゛んー……何もしてねぇ」

不意に掛けられた声に内心驚くものの、頭はやけに冷静で問われた事を思案する。したところで別に何をしてるつもりもなかったし、服すら着ていないのだから他に答えようがない。

「んなモン見りゃわかる」
「そうか」

声の調子から機嫌が悪いわけではなさそうだが、終わった後にオレの部屋に来るなんて初めてだった。僅かに緊張が走るが、今更なので普段通りに返事をした。こいつが気紛れなのは今に始まった事ではない。
声だけでは判断がつかない為、そこで漸く奴に向き合った。
意図の見えない紅がオレを捉えて離さない。

「どうしたぁ?」
「…………」

返事はない。その代わりかはわからないが、コツコツと靴を鳴らしながら距離を詰める。一歩、二歩、……視線は絡んだまま、あと一歩となった所で燃える様な瞳が揺らめく。ああ、――クる。


「――がっ、……どーしたぁ、まだ足りねーのかぁ?」

握った左の拳で裏拳をオレに見舞うと、流れる様な俊敏さで右手は頸骨を握り込み固い床に引き倒した。強かに打ち付けた背中と臀部が痛い。その後を追う様に水を含んだ髪が、びたっとコンクリートにぶつかった。
先程予見した通りの仕打ちに納得したものの、どうしたものか。

「うるせぇ、黙ってろ」
「時間あるから別にいいけどよぉ、途中でオレ寝るかも」

任務は暗がり、つまりは夜だ。今はまだ朝だし別に(元から拒否権もないし)構わないのだが、終わったら意識が飛びそうな気がしている。
そんな事をしたら“後”が大変である。

「死ね」
「こんなことされてたら死んじまう」

本気か冗談かわからない声と共に首が絞まる。それが何故か可笑しくて笑みを溢し、オレを掴んで離さないその手を撫でる。触れる肌は燃える様に熱く、冷えきったこの身には過ぎた熱を孕んでいる。――ああ、熱い。
首を絞められているのに、身体は先を期待して熱を持ち始める。

「嬉しいか、カス」
「そうだな……すげぇクるかもなあ」
「それも見りゃわかる」
「だよなぁ?」

その後は獣同士がじゃれつく様に、互いを貪った。初めてキスもした。
しがみついてイッたのも初めてだった。
抱き締められた時、死ぬかと思った。柔らかく熱っぽい唇が触れた瞬間、“死んだ”のがわかった。どうしようもなかった。


オレの恋心は消え失せたのだ。










そう、オレはこいつを
『愛してる』。


-END-







惹かれ合う心と、曖昧な関係。それに悩むでもなく前向きに在るがままを受け入れるスク。
次はボス視点から書こうと思います。

――2009.09.10.

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あきゅろす。
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