砂国物語。 【act.1:孤児とシーク】 夜の闇に紛れる様に羽織ったローブを一層目深く被り、一人の少年は駆け出した。音も無く走る術を心得たのは必然であった。 でなければ到底生き残れはしなかったからだ。 「ハァ……クソ、今日の奴等はしつこいぜぇ……」 吐き出す息さえも殺して身を潜める少年の瞳は獰猛な光を放っていた。 彼の名前はS・スクアーロ。身体的特徴を除けば、彼は極普通の少年であった。彼が普通では無い理由、それは髪と肌の色に有る。透き通る様な象牙の肌と、白銀に輝く細くて滑らかな髪。この地で暮らす人々にとってそれは特異であり、異質以外の何者でも無かった。 こういった容姿を持つ者が物珍しいのか、裏では人身売買の道具にされてしまうのだ。“そういった嗜好”を持つ金持ち達が愛玩動物でも飼う様な手軽さで、人一人の人生を狂わせる。スクアーロの他にもこうした子供達が何人も身を潜めて暮らして居たが、今残って居るのは彼一人。他は皆捕まって、売られて行った。その後の消息もわからず仕舞いだ。 「おい!こっちに居たぞ!!」 「捕まえろ!」 「――クソったれがぁ!!」 日増しに増えていく追っ手。それらを撒いて、尚且つ一人切りで暮らしていかねばならず、スクアーロには己以外に信じられる者は無かった。 「う゛お゛ぉい!死にたい奴は掛かってきやがれえ!!」 ローブの下に忍ばせていた剣を鞘から解放し、スクアーロは追っ手の男達に襲い掛かった。身軽く素早い身のこなしと型にはまらぬ剣捌きで男達を翻弄し、地へと還していく。舞い降りた悪魔さながらに、あっという間に彼等を肉塊へと変えていった。 「調子に乗りやがって!この野郎!」 「――がっ、……!!」 スクアーロの強さに気圧されていた一人の男が、懐から取り出した拳銃でスクアーロを撃ち抜いた。弾は脇腹を貫通して壁へとめり込み、スクアーロの上体が苦し気に折れる。 「馬鹿野郎!商品に何してやがる、死んだらどうすんだ!」 「わ、悪い……」 男達が言い争いながら近付いて来る気配に気付き、傷口を右手で押さえながらスクアーロはまた走り出した。痛みで遠退く意識と、縺れる足。 それでも懸命に走り続けた。 「ボス、困ります!このような場所を歩かれては……」 「るせぇ、散歩くらい好きにさせろ」 「ボス、」 ボスと称される男の後ろを神経質そうに眼鏡を直しながら付き人は追い掛け、懸命に言い募っていたが効果の程は見込めなかった。いくら護衛である自分が居たとしても、この様な治安の悪い場所に自ら足を踏み入れるなんて……そんな付き人の心配を余所に男はただ、宛ても無く歩いていた。 「――XANXUS様!!」 「!!」 突如として路地から飛び出して来た小さな影が男の腰にぶつかり、その反動で投げ出された。付き人は奇襲を受けたのかと悲鳴の様な声を上げ、直ぐ様剣を抜いたが、男はそれを片手で制した。 「お怪我はありませんか!ああっそんな!血が出て……」 「オレのじゃねえ」 主の纏う服に赤い染みを見付けて、よもや顔を青くした付き人に短く答えた男は今、己へとぶつかってきた者が何なのかとその場に屈み込み、それが羽織っているローブを剥ぎ取った。ローブの下から現れたのは夜の闇に浮かぶ月の様な銀と、透き通る白い肌。思わずその儚げで幻想的な容姿に面を食らったものの、良く良く見ればなかなかに重症であった。このまま放って置いたら失血死の恐れもある。――ならばどうするか? そんな事は解り切っていた。 「XANXUS様!?」 「静かにしろ、……こいつを連れて帰る」 「ですが……」 「二度は言わねえ」 「……わかりました、直ちに宮殿へ無線を入れて準備をさせましょう」 付き人が驚くのは最もである。何故なら男がその者を抱き抱え、自らのローブの中へと傷付いた身体を匿ったのだから。外から見えぬ様にしっかりとローブの中に納めて、足早にその場を後にした。 付き人は抜き身の剣を握り締め、辺りに気を配りながら宮殿へと向かって主の傍らで使命に燃える。男の腕の中で声一つ所か身動きすらしない少年――スクアーロは、既に意識を絶っていた。 「ん゛ん……、」 意識が戻ったのも束の間、僅かな息遣いにすら痛みを主張する脇腹の熱に苛まれて小さく唸った。身体を動かすより早く、スクアーロは自分の直ぐ近くに人の気配が在る事に気が付いた。スクアーロは絶望的なこの状況を思い、肝が冷えていくのを感じた。肌身離さず持っていた剣も奪われ、自身の無力さに悲嘆が零れそうになる。 「おい、起きたんならさっさと目ェくらい開けやがれ」 「…………」 あれやこれやとスクアーロが思考を回らせて居ると、不意に声を掛けられた。その声は低く、威圧的な響きの中にほんの一匙の甘さを加えた様な、そんな声であった。声変わりを済ませて居ないスクアーロにとって、コンプレックスを刺激するには充分な声色であった。 「てめーは、誰だぁ……」 「人に物を尋ねる時はどうするべきか、わからねーのかカス」 「カスって言うなぁ!!――ぐっ、う……オレの名前はS・スクアーロ」 「やりゃあ出来んじゃねえか」 「うるせえっ、そーいうてめーは誰なんだぁ」 小馬鹿にされた事に腹を立てたスクアーロは飛び起き吠え立てたが、傷に響いた為に顔を歪めて声を潜めた。それでも警戒心を剥き出しにして、目の前の男を睨み付けた。其処で初めて、その男の姿を目にしたのだ。 褐色の肌に漆黒の艶やかな髪と、一際力強く存在を示している燃える様な紅蓮の瞳。整った顔立ちと、逞しく引き締まった身体。そのどれもに目を奪われて、スクアーロは男に魅入ってしまう。 そして彼もまた、スクアーロを見詰めて居た。絡んだ視線に熱がこもる。 「オレの名はXANXUS」 「XANXUS……」 「てめえは昨日、あの場所で何をしていた」 「オレは何もしてねえ、奴等が勝手に仕掛けて来ただけだぁ」 「……そうか、大体わかった」 つんけんと棘の籠った声でスクアーロが返せば早々に合点がいった様子で小さく呟き、幾分か眼差しを和らげた。先回りして、宥めて見せて……それが彼を大人に見せ、出来ない自分を子供に見せた。実際に子供だから仕方の無い事ではあったが、スクアーロは何故か悔しくなった。 「……てめーもオレを売るのか?」 「オレがてめーみてえなカスを売らなきゃならねえほど金に困っているように見えるのなら、期待通りに売り捌いてやってもいいが」 「これは真っ当な金なのか?なんかやべえことでもしてんじゃねーかぁ」 「大した物言いだなカスガキが」 「カスって言、う、なっ」 歯を剥いて言い返すと大きな手で頭を掴まれ、スクアーロはベッドへと押し返された。己の頭を掴むその腕を両手で掴んで引き剥がそうとするものの、XANXUSの手はびくともしなかった。負けず嫌いなスクアーロがいよいよ暴れ出そうとした、その時。扉をノックする音がして、スクアーロは瞬時に警戒をしながらそちらを睨み付ける。 そんなスクアーロの警戒を和らげる様に頭を一撫でしてから手を離した。スクアーロは傷に障らぬ様にゆっくり起き上がり、入り口を見詰めた。 「入れ」 「ハッ!失礼致しますボス」 「失礼します。ボス、頼まれてた物持って来たわよ……あら?」 「…………」 「んまあ可愛い!やだやだなあに〜この小さいの!」 「小さいって言うなぁ!!」 「どっからどう見てもちんちくりんじゃない、もぉー食べちゃいたいっ」 「ひっ、」 「……あまりからかうな」 妙に姿勢の正しい男とサングラスを掛けた男が部屋へと入って来たが、早々に話し掛けられてスクアーロは目を見開いた。甘ったるい妙に耳に付く語り口で迫り来る生まれて初めて見た人種(オカマ)に本気で狼狽え、スクアーロは縋る様にXANXUSの腕を無意識に掴んで居た。 呆れ半分にXANXUSが呟くと、残念そうにサングラスの男は身を引いた。もう一人の男は無言のままスクアーロを見詰めて居る。 「ごめんなさいね、反応が面白くってついつい遊んじゃったわぁ〜」 「……別に」 「私の名前はルッスーリアよ、お姉さんって呼んでちょうだい」 「オカマ」 「……え?」 「オカマ!」 「んまあ失礼しちゃうっ!踏んづけてやるんだから!!」 自己紹介を受けたものの、スクアーロは未だに警戒を解かずに同じ言葉を二度繰り返した。仕返しとばかりのそれに唖然となったルッスーリアは次の瞬間には甲高い声を上げて悔しがった。よもや一触即発である。 「そのくらいにしておけ、こいつには礼儀作法がまるでねえ」 「いいわよもう、私が後でみっちり教えちゃうんだから」 「フン……レヴィ、首尾はどうだ」 「足が付かないように動いているようで、既に退いた模様です。小賢しい奴等では有りますが、このオレが必ずや突き止めてみせます」 「わかった、引き続きおまえに任せる」 「ハッ!有り難きお言葉!」 使命感に燃えて居るのか暑苦しいまでに熱の籠った口振りで報告をするレヴィ。主からの言葉に薄らと頬を染めながら敬礼をする姿を見て気圧されたのか、スクアーロは掴んで居たXANXUSの腕を静かに離した。 それから漸くとXANXUSの瞳が、再びスクアーロを捉えた。 「身売りされたくねえか」 「たりめーだぁ!」 「なら此処に置いてやる。……いいかカス、此処に置くからにはそれなりの知識や教養は頭に入れろ、でなけりゃてめーはまた“日陰者”に逆戻りだ。上手くやれ、そうすりゃオレがてめーに『自由』をくれてやる」 「自由……」 「そうだ、……わかったな?スクアーロ」 自由――その言葉の持つ甘美な響きと向けられた紅に促され、スクアーロは素直に頷いた。XANXUSの瞳には嘘が無く、その絶対的な紅に全てを委ねてみたくなった……それは初めての感覚であった。胸に微かな違和感を感じながら、スクアーロはこれから先に一体何が待って居るのか、自分はどうなるのかと遠巻きに考えて居た。 見詰めた先に在る、この二つの紅だけが知っているのだと。 スクアーロは思った。 ――孤児とシーク、この日二人は出逢った。 34歳シークなボスと14歳スクアーロ。あの三十路フェロモンに褐色の肌とか犯罪だと思います。 少年スクアーロは早速ルッス姐さんに弄られつつ、新しい生活の始まりです。 他のみんなも早く出したいものです。 ――2010.02.12. [戻る] |