ヘンゼルとグレーテル。 【ヘンゼルとグレーテル】 昔むかし、ある所にとても仲の良い兄弟が居りました。名を、兄はヘンゼル、妹はグレーテルといいました。二人は両親と一緒に大きな森の側にある小屋で、貧しいながらも慎ましく暮らして居りました。 「う゛お゛ぉい、ヘンゼル!なんで毎日オレを抱いて寝てんだぁ!!オレももうガキじゃねえっ、1人でも夜眠れるんだかんなぁ!!」 「はぁ?てめえ、やっぱり脳ミソねーんだな」 「んだとこのっ、」 「グレーテル……家は貧しく、夜も寒い。オレはてめーの為に暖を取ろうと抱いて寝てる。……ほら、寒くねえだろ?」 「ホントだ、あったけぇ。そっかぁ……ありがとなぁ、ヘンゼル!!」 「……何なら、もっと温かくなる事でもするか?」 「ん゛ん、ヘンゼル……そこは……」 「どうした?言ってみろ、」 とても仲の良い兄弟でしたので、夜も一緒に眠って居りました。しっかり者のヘンゼルと、ちょっぴり頭の緩いグレーテルはいつも一緒です。 あまりの仲の良さに、お父さんは些か心配になったそうです。 「なあ恭弥、やっぱりあいつ等……」 「そんな事はどうでもいい、それよりもあなたは家の家計を気にしなよ。もう食料も残り僅か……こうなったらあの2人を森に捨てるしかないな」 「ええっ、捨てるなんてそんな」 「仕方ないだろう?僕達が食べて行くのでやっとなんだ」 「…………」 ヘンゼルはお父さんとお母さんの話を聞いて居ました。このままでは二人共森に捨てられてしまいます。疲れて眠ってしまった愛しいグレーテルの為に、ヘンゼルは両親が寝静まった深夜、床を抜け出して庭に敷き詰められている白い石を上着とズボンのポケットへ詰められるだけ詰めました。これを一つずつ落として行き、帰りにそれを辿って歩けば帰って来れるだろう――ヘンゼルは部屋へ戻り、上着とズボンを脱いで中の石が零れないようにそうっとベッドの傍に置きました。 それから、すやすやと寝息を立てているグレーテルの隣へ潜りその身体をしっかりと抱き締めると、ヘンゼルは静かに瞼を閉じました。 次の日。まだ日の昇らない内からお母さんは起きて来て、二人を起こします。ヘンゼルはパッと目を覚まし、顔に振り下ろされたトンファーを受け止めましたがグレーテルはお寝坊さんです。 「う゛お゛っ、……ぅ゛ー……もぉ朝かあ」 「残念、もう起きちゃった。2人共、これから森へ行くから支度しなよ」 顔でトンファーを受け止めたグレーテルは、痛む額に顔をしかめました。ヘンゼルは、そんなグレーテルの額に口付けを一つ落としてグレーテルを宥めました。痛み等忘れてすっかりご機嫌なグレーテルにお母さんはパンを二欠片、手渡します。この小さなパンが二人のお昼ご飯です。 「今食べたらダメだよ、他に食べ物はないからね」 「わかったぜぇ」 グレーテルは二つのパンを自分の前掛けの中へ大事にしまいました。ヘンゼルのポケットには沢山の小石が入って居たので、グレーテルにパンを持たせる事にしたのです。 「おいカス、パンを落とすんじゃねーぞ」 「うん、平気だぁ……たぶん!!」 「…………」 前掛けを両手で押さえて得意気に『多分』と頷くグレーテルの笑顔に何とも言えない気分になったヘンゼルは、グレーテルの頭を撫でてあげました。嬉しそうに擦り寄ってくるグレーテルの手を引いて、お母さんとお父さんに続き、ヘンゼルは森へと出掛けて行きました。 歩いている最中、ヘンゼルはこっそりとポケットの中の小石を取り出しては道へ放り、時々振り返ってそれらを確認していました。ヘンゼルの隣には、嬉しそうに繋いだ手を揺らして歩くグレーテルが居ます。愛し気にその顔を眺めた後も、バレない様に慎重に小石を落としながら歩きました。 「よし、おまえ達は焚き火に使う木を拾って来てくれ」 「オレに指図すんな、へなちょこ風情が」 「おっ、おまえ……親に向かってなんつー言い種だよ……」 「へなちょこはへなちょこだぁ!!」 森の真ん中辺りまで歩くと、お父さんは立ち止まって言いましたが直ぐ様二人の子供になじられます。傷心気味なお父さんを余所に、ヘンゼルとグレーテルは仲良く焚き付けに使えそうな木を集めました。 木を集め終えると、お父さんはそれに火を点けてくれました。 「さあ2人共、君達は焚き火で暖まっていなよ。あの人が仕事してる間大人しくしててね。仕事が終わったらみんなで帰ろう」 「恭弥!オレだけにやらす気かよっ」 「悪い?」 「うっ、……グスッ」 「……一緒に行ってやれ」 「仕方ないな」 子供達だけでなく妻からも蔑ろにされて、お父さんは今にも泣き出しそうです。見兼ねたヘンゼルはお母さんに一緒に行く事を勧めて、またお母さんもそれに同意をしました。漸くと二人は仕事に出掛けて行きました。 二人は焚き火に当たりながら、言い付け通りに大人しく待っていました。お昼になると、グレーテルは前掛けから少し潰れた小さなパンを二つ取り出して二人で食べました。その間もずっと斧で木を切る音がしています。 「退屈だなあ」 「そうか、なら……退屈凌ぎでもするか」 「あっ、ヘンゼル……こんなとこで何する気だぁ!!」 「わかってるクセに」 横倒しになっていた木に腰掛けていたグレーテルを、枯れ葉の絨毯の上に押し倒しました。グレーテルの白銀の髪は散らばり、良く映えます。 呆気に取られていたグレーテルは思い出した様にヘンゼルの肩を押し返しました。お父さんやお母さんがいつ戻って来るかわかりません。 「はぁっ、あ……ヘンゼル……寒ぃーよ、捲るなぁ」 「すぐ熱くなる」 「ん゛ん、」 僅かな抵抗を見せたグレーテルではありましたが、直ぐに大人しく身を任せてしまいます。グレーテルはヘンゼルの事が大好きですから、本当は嫌ではなかったのです。互いの事以外どうでも良くなっていた二人は、お父さんとお母さんの事等忘れて身を寄せ合い、求め合いました。 全身が温まり、抱き合ったままぐっすりと眠ってしまった二人が目覚めた頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。 「う゛お゛ぉい、もう夜だぜえ」 「そろそろ帰るか」 森に置き去りにされてしまいましたが、ヘンゼルと一緒なのでグレーテルはへっちゃらです。気怠そうにヘンゼルは一言溢すと、グレーテルの手を取り歩き出しました。月明かりに照らされて小石はまるで銀貨の様に光り、二人に道を教えてくれました。 「へへっ、夜の散歩も楽しーなあ!!」 「悪くねーな」 楽しそうなグレーテルを見て満更でも無かったヘンゼルは、つられる様に小さく笑いました。もはや完全なる二人の世界です。 二人は夜通し歩き続けて夜が明ける頃、やっと小屋まで帰ってきました。扉を叩くとお母さんが戸を開けて出て来ました。 「なんだ、帰って来たんだ?僕はてっきり“まだ”かと思ってたよ」 「このカスがすぐにへばりやがるからな」 「?なんの話をしてんだぁ?」 妙な所で理解のあるお母さんは訳知り顔で薄ら笑いを浮かべ、ヘンゼルもまたしたり顔で頷きました。話の読めて居ないグレーテルはきょとんと首を傾げます。そんなグレーテルへお父さんがガバッと抱き着きました。 「ああっ、グレーテル!よかった!!」 「おい、てめえ。人のモンに馴れ馴れしく触んな!」 「何でだよ!オレはお前等の親父だろ!!」 「やめろよとーちゃんっ、オレはヘンゼルのモンだあ!!離せぇ!!」 「えー……」 二人の言い様にお父さんが唖然として居る内にグレーテルは腕の中から抜け出して、ヘンゼルに飛び付きます。そんなグレーテルをしっかりと抱き留めてキスを施したヘンゼルは、勝ち誇った様に鼻を鳴らしました。 「ワオ、あなた自分の子供にまで手を出すんだ?ふぅーん」 「なっ!恭弥までオレをイジメんのかよ!?」 この家族の力関係が再び明らかになり、お父さんはわあっと泣きながら寝室へ駆けて行きました。それを見てご満悦なのは、お母さん。 「いい顔だったな」 「フン」 「?とーちゃんってオトナなのに泣き虫だよなあ!」 「てめーに人の事が言えんのかよ」 「がふっ、鼻摘まむなぁ!喋りづれーだろぉ!!」 「……そうじゃねーだろ」 オレは泣かないぞと胸を張るグレーテルでしたが、ヘンゼルは自分がグレーテルをしょっちゅう泣かせて居たのでわざと意地悪を言いました。ちょん、と鼻を摘まんでからかいます。ふがふがと喋り辛そうにしながらバタバタしているグレーテルを眺めて、ヘンゼルは複雑そうに呟きました。 その夜。お母さんが珍しくお父さんを優しく慰めてあげたものですから、この不憫なお父さんはすっかりお母さんに参ってしまい、思わず抱き着いてしまいました。 お父さんはお母さんの危険な性格を、十二分に理解していたのに。 「……僕に触ったね?」 「え゛っ?な、……なんですか、恭弥さん」 ギクリとしてお父さんは反射的に手を離しましたが、もう後の祭りです。 怪し気な微笑を浮かべながら、静かに口を開きます。 「等価を支払って貰うよ。……家にはもう食べ物がない、やはり2人はもう一度森に置いて来なければならない。今度は間違っても帰って来られないように、……ずうっと、奥に」 「そ、そんな……」 「……いいじゃないかディーノ、僕が居るだろう?それとも役不足かな」 「恭弥――」 「はぁっ、ハァ……ぁっ、ヘンゼル……それ、やだ、」 「嘘をつくな、好きだろう?これが、」 「ぅあ゛ァ――……ん゛っ、すき……ぃ、ヘンゼル、ヘンゼルっ」 お父さんとお母さんが盛り上がり始めた時を同じくして、ヘンゼルとグレーテルもまた盛り上がって居ました。ぐずぐずと啜り泣きながらも懸命に応えるグレーテルを、ヘンゼルは一層深く深く愛しました。 そうこうしている内に夜は明けて、お母さんが二人を起こしに来ました。 「やあ、早く顔を洗って支度しなよ。今日も森へ行く。それから、これが今日のお昼ご飯だから今食べちゃダメだよ」 「ああ、……おいカス、起きろ。カス」 「う゛う゛ー……まだ夜だろぉ?夜はねるんだあ、」 「寝ぼけてんじゃねえ、もう朝だ」 小気味良い音を立てながらヘンゼルはグレーテルを叩き起こします。 ヘンゼルのお陰で夜更かしだったグレーテルはよたよたと裏へ行き、冷たいお水で顔を洗って来ました。何とか目を覚ましたグレーテルの手をヘンゼルは引いて、四人はまた森へと歩き出しました。 (まずいな、今日は石を拾ってねえ。) 冷静なヘンゼルは今日も森へ置き去りにされるのだろうと悟り、少しばかり考えましたが、昨夜のグレーテルの可愛さはどうでしょう。実に有意義な時間であったと直ぐ様思い至り、ヘンゼルは先程渡された小さなパンの欠片を千切って道へと落としながら歩きました。 (まあ、帰れなきゃ帰れないでカスと生きていくから問題ねえか。) ヘンゼルは恐ろしいまでに早熟な少年でありましたから、気負いする事も無く、ただただ歩き続けました。その傍らにはグレーテル。 いつもと変わらない、清々しい朝です。 「じゃあ、僕達は仕事しているから此処で大人しくしてなよ。仕事が終わったら、みんなで家に帰ろう」 「風邪ひかねーように火の側から離れんなよ?」 お母さんとお父さんは仕事へ行きました。残された二人は昨日と同じく、並んで座りながら焚き火で暖まりました。 暫くしてお腹が空いたグレーテルが、お昼ご飯のパンを取り出しました。 「腹減ったなぁ、メシにしよぉーぜえ!」 「ああ」 「?どーしたぁ?パン、落としちまったのか?」 かじり付こうと口をあんぐり開けたグレーテルでしたが、一向にパンを食べる風でも無いヘンゼルに疑問をぶつけました。ヘンゼルは自分のパンを縹にした事を知られたく無くて、ついコクリと頷いてしまいました。 「ああ、落としちまった」 「じゃあ半分ずっこしよーぜ、一緒に食おう?」 「おまえが食え」 「いやだ、ヘンゼルと一緒に食えねーならオレ、このパン捨てる」 「……わかった」 本当はグレーテルに全部食べさせてあげたかったのですが、グレーテルは大変な頑固者でしたので説得は諦めて身を寄せ合い、小さな小さなパンを二人で大切に食べました。――幸せな時間が過ぎてゆきます。 ご飯を食べた後は昨日と同じく、温まりながら眠りに就き、目が覚めるとまた日は落ちて真っ暗です。そんな事はお構い無しに、グレーテルは寝ぼけ眼を擦りつつ、ヘンゼルへと擦り寄りました。 ヘンゼルはそんなグレーテルの髪を、愛おしむ様に優しく撫でました。 「こんな暗くて帰れるのかぁ?」 「さあな、……おい、いっその事このまま2人で生きていくか?」 「おまえが居るならオレは何でもいい」 落としてきたパンをこの暗闇の中見付けるのは至難の業、ぶっちゃけ面倒臭い――ヘンゼルは最もらしい事を言ってグレーテルを丸め込み、手を引きながら宛ても無く歩き始めました。 それから三日程歩き続けましたが、なかなか住居にするに相応しい場所も見付からず、空腹で二人に疲れが見え始めた頃。白くて美しい小鳥が木の枝に止まり、可愛らしく歌いました。その旋律に聞き惚れるよりも何よりも、二人は大変お腹が空いていたものですから、最早その小鳥は食べ物にしか見えませんでした。ごくりと二人が生唾を呑み込むと、小鳥は森の奥へと飛んで逃げました。二人は慌てて追い掛けます。 「う゛お゛ぉい、待てぇー晩飯ィー!!」 「オレが撃ち落としてやる」 拾った石でヘンゼルが小鳥を撃ち落とそうとした、その時です。目の前にはお菓子で出来た可愛い小屋が在りました。小屋はパンで出来、屋根はお菓子で、窓はキラキラ光る砂糖で出来ています。 「何つー悪趣味な家だ。……だが、なかなか都合がいい」 「ヘンゼル、オレ腹減って死にそぉーだぁ」 「こいつを食うぞカス」 早速と、二人はお菓子で出来た小屋へと近付き、ヘンゼルは屋根の一部を欠いて食べ、グレーテルは窓へへばりついてガブガブ食らい付きました。 「誰だ、オレの小屋を食べるのは」 「気のせいだろ」 小屋の中から声が聞こえましたが、ヘンゼルはしれっと答えます。気にするでも無く屋根から一枚大きいのを剥がすとグレーテルの隣へ腰掛けて、グレーテルもまた窓から砂糖で出来たガラスを外すとヘンゼルの隣に座って食べました。時折見詰め合いながら食事をしていると、不意に戸口が開いて中からお婆さんが出て来ました。 「――ッ!!」 「何だ、あのババアは」 「なんかすげーヘンゼルのこと見てるなあ」 思わずグレーテルがムッとしてしまうくらい、お婆さんはヘンゼルを見詰めたものですから、ヘンゼルは手にしていたお菓子を投げ付けます。 其処で漸く我に返ったお婆さんは言いました。 「な、……中へ入ってゆっくりしませんか」 「どうする?ヘンゼル」 「…………」 本来ならばこんなに怪しくて得体の知れないお婆さんには近付かないヘンゼルではありましたが、グレーテルの頬が痩せている事に気が付き、結局、招待を受ける事にしました。愛しいグレーテルの為に我慢です。 家の中に入ると、テーブルの上にはご馳走が広がって居ました。勧められるがままに二人は卓につき、パクパクご馳走を頬張ります。 その間もお婆さんは、ヘンゼルを食い入る様に見詰めて居ました。 「…………」 食事の後はふかふかのベッドが各々宛がわれましたが、二人はいつも一緒に眠って居たので一つあれば充分です。そんな二人を狂おしいまでの嫉妬の眼差しで見詰めて居たのは勿論、お婆さんでした。 その日の深夜、グレーテルが疲れて眠ってしまった頃にお婆さんはヘンゼルの手を引いて部屋から連れ出しました。ヘンゼルは折角寝入ったばかりのグレーテルを起こすまいと、仕方無くついて行きます。 「てめえ、何しやがる」 「ハッ!此方へ監禁したい所存でありますっ」 「ざけんな!」 ヘンゼルは犬小屋とは名ばかりの高級スイートみたいな場所に監禁されてしまいました。どんなに暴れても外には出られません。 それからお婆さんは眠るグレーテルを乱暴に叩き起こしました。 「起きろこの穀潰しが!」 「ん゛ん……ヘンゼル……――ッ、ヘンゼルが居ねえ!!」 「早くあの方の望む物を給士しろ、このグズ!」 お婆さんは散々グレーテルを罵りました。グレーテルは言われるがまま、ヘンゼルの居る犬小屋まで駆けて行きました。 「ヘンゼル!大丈夫――……う゛お゛ぉい、なんだこりゃあ……」 「グレーテル」 駆け込んだ小屋の様子にグレーテルは絶句してしまいます。置かれている全てが高級感漂う雑貨で、グレーテルは目をごしごし擦りました。どうやら思い違いをしていたようだ、ヘンゼルは虐められている訳では無かったのだとグレーテルは安心したようです。 「今日からオレがおまえのご飯作るらしいぜぇ!頑張るけど初めてだからうまく出来ねーかも……ごめんなぁ、ヘンゼル」 「構わねえ」 「ん、ありがとなぁ!じゃあ、頑張ってくる。待っててくれよ?」 二人は格子の隙間から手と手を取り合い、唇を重ねました。グレーテルは一生懸命ヘンゼルの為にご飯を作りました。最初こそ難有りではありましたが、グレーテルは直ぐに料理の腕を上げていきました。 手作り料理を食べて快適に暮らして居るヘンゼルとは対象的に、グレーテルはなかなか食事にありつけませんでした。 「うまいかぁ?今日のやつ、自信作なんだぜぇ!!」 「……何故おまえは食べない」 「オレは見てるだけでいい、ヘンゼルが居るだけでいいんだぁ」 「カス……」 [戻る] |