救いようの無い男と、捨てられない過去と。 「なあ、……オレ、あいつのことが好きなんかなぁ?」 よもや、ここまでこのカスがバカだったとは思いもよらなかった。 これぞまさに、青天の霹靂である。 ……この生き物は、何だ? 【救いようの無い男と、捨てられない過去と】 「う゛お゛ぉい、XANXUSー」 「何だ」 「ヒマだぁー、つまんねぇ!!ヒ・マ!!」 休日だというのに、オレの部屋まで押し掛けて人のベッドでゴロゴロしているこの男――S・スクアーロはベッドの上から両腕を此方へ伸ばした。ベッド脇に在る椅子に腰掛けているオレまでギリギリその手は届かない。そこで諦めればいいものを、このカスときたら騒ぎ始めた。 ――少し考えればわかるものを。自分が“どうなるか”なんて。 「うぜぇ、死ね」 「う゛お゛っ!!おっ、お゛……揺れた……ぜってー今、脳ミソ揺れた」 組んでいた脚を解いてそのままこのアホ面を晒すばかりの如何にも足りないだろう頭へ踵を振り下ろした。思いの外いい音を響かせベッドに潰れたこいつは両手で頭を押さえながら堪える様に肩を震わせる。そうかと思えば伏せていた顔を持ち上げ、不貞腐れた様子で唇を突き出した。瞬きを繰り返しながら「揺れた」と呟くこいつは若干、涙目だ。 「よかったな、揺れるモンが一応申し訳程度に詰まってて」 「……今のでなくなった」 「はっ、そいつは残念だったな」 オレのそれでてめーの脳細胞が消滅したからじゃなくて、てめえのそれは元からだと言いたかったが面倒だからやめた。暇人の極みとも言えるこのカスとは違い、オレにはするべき事がある。――それも、莫大に。 資料へと目を走らせながらティーカップを傾けたが冷めた珈琲は萎える。思わず眉を寄せるとそれに気付いたカスがベッドから下りて来てカップを奪う。我が物顔でそれを啜りながら横から書類を覗いてきた。 「今日はそれかぁ」 「これに溢したら消し炭にしてやる」 「心配すんな、もぉ全部飲んだ。……あったけぇの、持ってきてやるよ」 「資料の心配しかしてねぇ、……1分以内に持って来い」 「相変わらずムチャ言うなぁ」 「行け」 慌てるでもなく飄々と部屋を後にするこいつの気配を、紙面へ眼を走らせながら送り出す。静かになった部屋の空気に物足りなさを覚えるのは、あの男がなまじっか存在を主張し過ぎるせいだろう。話す事が無くても「なぁーなぁー」と呼び掛けてきてはオレに殴られる。決して頭が悪い訳ではないのに、何故かあいつはいつも“そう”だった。……オレにだけ。 気持ち悪いとは思わなかった事が――“キモチワルイ”。 「う゛お゛ぉい御曹司ィ!!持ってきてやったぜぇ!!」 「……何で紅茶なんだよ」 「オレが飲みたかったからだ。おまえも紅茶、飲みたいだろ?」 けたたましい声と共に戻ってきたカスの押してきた配膳台にはティーポットが乗せられ、取り払われたナプキンの下には湯気の立つティーカップ。明らかなそれに期待を裏切られた。熱々のエスプレッソを期待していたのだ。それなのにこのカスときたら当然とでも言う様にしれっと『オレが飲みたかったからだ』と言ってのける。その上終いには“おまえも同じだろ?”と少し得意気に、ニッと笑って見せた。――その顔はやめろ。 「あの流れならコーヒーだろ」 「冷めたコーヒーよりアツアツ紅茶のがうめえ!だから紅茶だぁ!!」 「冷えたのと比べてんじゃねーよ」 話にならない。こいつと話すのは嫌いではないが、こういう時に話す相手ではない。殴り倒したくなるが、資料を万が一にも汚したら示しがつかねえ。いくら仕事が出来ようがガキはガキだと、使えねぇカス共に言われるだろう。そんなのをオレが許せる訳もなく、……仕方無く、アホ面を晒すばかりのこの男が差し出すカップを受け取った。本当に仕方が無い。 こいつはアホ過ぎる。 「どーだぁ、うめえか?」 「不味かったらてめーに頭からぶっかけてんだろ」 「そうだよなぁ、アレ結構あちぃんだ」 へへへ、と笑いながらちびちび紅茶を啜るこいつは本当にアホだと思う。何が楽しいのか、熱い珈琲をぶっかけられた話を事も無げに話している。あんな事されりゃあ懲りると思ったが全然効きやしねえモンだから、ついついエスカレートしてしまうのだ。――今では何でも投げる。 「……なあ、XANXUS」 「あぁ?」 「あいつ――レヴィ、だったか……ホントにヴァリアーに入れんのか?」 「文句でもあんのかよ」 「いや、そーいうわけじゃねぇ」 「じゃあ何だよ」 湯気の立つカップを口許へ引き寄せて香る葉の匂いを楽しみ、そっと体内へと流し込む。喉を通る温もりに浅く息を吐きつつ、再びベッドへ腰を下ろしているカスに目を向けると神妙な面持ちで此方を見詰めて居た。 なんか悪いモンでも食ったのか?いや、食わせた覚えはねえ。 「あいつ見てると腹がムカムカしてくんだよなぁ、やけに突っ掛かってくるしよぉー……なあ、……オレ、あいつのことが好きなんかなぁ?」 「はぁ?」 …………こいつは今、何て言った。この話の脈絡の無さは一体何だ。 ……はぁ?可笑しいだろうが、何でレヴィを好きなんだよ。オレじゃねーのかよ、カス。……何なんだこの仕打ちは。無駄に凹む。 「なぁXANXUS、おまえどう思う?」 「オレに聞くな。第一てめえは恋愛したことあんのかよ」 「ねえ、だからわかんねーんだぁ!!」 未知への好奇心か、期待に瞳を輝かせながら身を寄せてくる。邪魔とばかりに台にカップを預け、更にと乗り出す様に詰め寄りオレの返事を待つ。――先程のレヴィの件が無ければ違っただろうに……色々有り得ん。 相当萎えた。……もう帰れよ、おまえ。 「レヴィのことを考えるとどんな気分だ」 「腹がムカムカしてムカつく、廊下ですれ違うと肩当ててきてムカつく」 「じゃあオレのことはどう思う」 「おまえと居るの楽しい、いつも傍に居てぇ、落ち着く、好きだ」 「……で、てめーが好きなのは誰だ」 「ん゛んー……レヴィ、かぁ?」 “違う?”と妙に可愛らしく瞳を揺らしながら窺いを立ててくる、このドカス。……今好きだって自分で言っただろうがとかあれこれ物申したい事が有り過ぎて、言葉にならない。どっから何を言えばいいのやら……一瞬でもこいつを悪くねぇとか思った過去の自分をかっ消したいくらいだ。 勿論このドカスを消し炭にした、その残り火程度でだが。 「……もう帰れ、てめーの相手は疲れる」 「う゛お゛ぉい、見捨てんなよ!それにまだ0時になってな……あ、」 「0時?」 「あっ、いや……お、オレ帰るなぁ!!」 「待て」 「う゛あ゛ああ離せぇっ、かえる!かえ――」 ハッと目を丸くして慌てて身を捩る奴の腕を掴み、抵抗も構わず強引に引き寄せると腕の中に落ちてきた。オレの脚にすとん、と腰を下ろし驚きの表情のまま固まるこいつの腰に腕を回して閉じ込める。 目の前にはこいつの白い項と、細い肩。腰を取られ観念したのか、身体から力が抜けて俯く様にゆっくりと頭を垂らした。 「明日、おまえ……誕生日、オレ……」 「単語で話すな」 「……1番最初にオレが祝いたかったって言ったら、呆れる、かぁ?」 散々な前振りをして相当に自分の株を自ら落としたこの男は、オレの腕の中で小さくなっている。借りてきた猫の様に大人しく、それでも――握った拳は緊張からか微かに震えて。初めて見せるこの男の弱々しい仕草に、何故だか堪らない気持ちになった。……いや、わからねえ訳じゃねえ。 オレはこのアホとは違って、状況把握もばっちりなのだから。 「呆れ過ぎて感覚がマヒった」 「な゛っ!?」 「……てめーは最初からそのつもりで来てやがったのか?」 「ん」 「朝から居ただろ」 「ちょっち張り切り過ぎた」 「昼寝までしたな」 「……昨日よく眠れなかったんだぁ」 「アホ」 「面目ない」 「ドカス」 「それは仕方ない」 「……言わねぇのかよ」 「なにを?」 「祝いてぇんだろ?しょーがねえから祝わせてやる、喜べカス」 「まだ3時間もあるぞぉ?」 「だからてめーを“1番”にしてやるっつってんだろ」 「……おめでと、XANXUS。おめでとぉなあ」 「フン……ほら、」 「ん゛ん?」 「何かねえのかよ、プレゼント」 「ちょっと待ってろよぉ?今ポケットから――……あ、」 「ホントにてめーはどうしようもねえカスだな」 「面目ない……明日になったら取りに行ってくるからそれで許せよ」 「行かなくていい」 「なんでだぁ?」 「てめーには期待してねえ」 「う゛お゛ぉい!!」 「じゃあ何を渡すつもりだったか言ってみやがれ」 「え?ああ、オレのプレゼントは万年筆だぁ!特注なんだぜえ!!」 「へえ、」 「食い付けよ!!」 「うぜぇ」 「う゛お゛ぉい!!」 ――これが18年前の、オレの誕生日前夜だ。 今現在のカスはと言うと、すやすやと寝息を立てながら机に頬を張り付けている。机の上には真新しいプレゼントと、あの時の万年筆が転がっている。よくもまぁ、ここまで来れたものだ。普通ならこいつを見捨てても可笑しくないだろう。何故オレはあの日こいつを好きだなんて思っちまったのだろう……若気の至りとはまさに、この事を言うのだろうな。 本当に、救えねえカスだ。 残り時間は3時間。 それまではゆっくり寝かせておいてやる。 0時ジャストに、てめえを。 “あの日”よりも何倍も激しく、熱く――愛してやろうかと、 そう愛しい寝顔にキスをした。 -END- やっちまったぜ……スクアーロがお馬鹿過ぎた上にボスが可哀想になってしまった。(笑) あまりにスクの頭がアレしちゃって不憫過ぎて軌道修正しちゃいました。 ……色々と(ボスに)申し訳ないですが、誕生日おめでとうボス。スクといつまでも仲良くしてて。 『憧れと〜』に出てくる万年筆、実はこの万年筆です。 ――2009.10.10. [戻る] |