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出会い

俺の唯一の楽しみは、この電車の中にある。

最近は「女性専用車両」とか何とかあるらしいが、この田舎にはそんなものは無い。
これは、神様が俺にそうしてくれたのだろう。
神様までが俺に味方するなんて、我ながら流石だな。
折角神様がよこしてくれた幸運だ、存分に使わせてもらうよ。

今日は気分が良いから、思い切って女子高生にでもいってみようかな。
俺はもうプロ並だから、人の目を気にせず堂々と出来る。
かと言って、堂々として周りに見つかった事は一度も無い。
何故なら、俺はテクニシャンだからだ。

いつも通りターゲットに向かってゆっくり近付いて行く。
そして、周りに動きを怪しまれないよう神経を研ぎ澄ませながら下から忍び込ませる。
最初は鞄か何かが当たっている様に思わせ、
其処から徐々に動きをエスカレートさせていく。
勿論、この時にはどんなに鈍感で馬鹿な女(やつ)でも自分が触られていると気づく。
でも、此処ですぐに動きを止めてはいけない。
此処でのポイントは、出来る限りギリギリまで撫でる事だ。
そして、もう大声を出して助けを求めるか、殴られるか、という所で、
近くのドアから一目散に逃げれば、誰も俺を捕まえる事が出来ない。

そうやって、この何年間かは電車の中でスリルを味わって過ごしてきていた。
しかし、あの日を境に俺の人生はガラリと変わってしまった。

あの日、俺は気分があまり乗らず、とりあえずといった感じで、
若い子ではなく同年代位の髪の長い女を狙って痴漢を実行しようとしていた。
近寄ると、とても良い匂いがする女で、あれは香水ではなくシャンプーの匂いだった。
そして、いつも通り下の方から手を忍び込ませると、
今迄触ってきたどの女よりも早く「はっ」と気付かれた。
(余談だが、「気付かれた」、「気付かれていない」は俺の長年の経験で備わった「カン」で判った。)
しかしこの時、要らぬ痴漢のプライドの所為で
直ぐには逃げずにそのまま「撫で」を続けてしまった。
女は俺を恐がりもせず振り返ると、キッと睨む様な表情で見つめてきた。
が、途端に「あれ?」といった不思議そうな、
何かを思い出した時の様な表情に変わってしまった。

そう、その女は、俺が高校の時に好きだった同級生だったんだ。


御互いに、まさかこんな所で、
しかもこんな形で久しぶりの再開を果たすとは思いも寄らなかった。
気まずい空気が流れた。
「ちょっと、外に出て話さない?」
そう言われるがままに、二人で近くの喫茶店へ向かった。

「さっきは・・・悪かった」
とは言ってみたものの、俺は全くそんな事思っちゃいなかった。
只、昔好きだった同級生に今の自分が如何思われているのかがとても気になっていた。




「私こそ、直ぐに藤本君だと気付かなくって御免ね」
「え?」
なんと、彼女は痴漢の犯人は俺じゃなく、誰か別の人間だと思い込んでいたんだ。
まさに、「ラッキー」な状態。
またまた神様、ありがとよ。
「そういえばあの時、何か怒っている様だったけど・・・如何したの?」
自分でやっておいて、「如何したの?」は無いだろうと思ったが、証拠隠滅の為に聞いてみた。
「私・・・恥ずかしいんだけど、誰かに痴漢されたの」
少し俯き加減な彼女を見て、ドキッとしてしまった。
罪悪感にではなく、只単にその仕草が可愛かったんだ。

“彼女と結婚”
この時ふと、この五字が俺の脳裏を過ぎった。
よく考えてみればこの歳になって、未だ俺は独身の身。
結婚適齢期がいつかは知らないが、もう此処で切り出さないとやばい気がしてきた。
痴漢ばっかやって死ぬだけの人生なんて虚しいしな。
でも、こんな簡単な出会いで人生を真面目に考える俺って・・・。
そう考えながらも、何だかんだでお互いのメアドと携帯番号を交換した。
ちゃっかりしてるなぁ、俺。


結局後で分かったのだが、あの時の彼女は俺が痴漢をした事をちゃあんと知っていた。
それでも怒らずに俺を許してくれた彼女に、本当に感謝している。


「・・・とまぁ、これが本当の、嘘偽りの無い俺と母さんとの出会いなんだ。」

白髪頭を掻きながら赤面している俺の横で
娘のさなえはぷっと吹き出し、そして大きく微笑んだ。


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あきゅろす。
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