HQ短編
Cherry's tear (菅原夢・男主)
クリスマスが去り、正月も去っていく。それは当然の理で、唯一人が抗う事の出来ない事であろう。正月が明けてしまえばラストスパート、新学期と呼ばれる出会いの前にある、別れの季節、“卒業式”
小、中と卒業式をそこまで重要視してこなかった黎ですら、高校の卒業式というものがこれ程までに嬉しくない行事の一つになるなど、誰が予想出来たであろうか。
何故卒業式があるのか、何故彼は自分よりも先に生まれてしまったのか、何故自分は彼の後輩という立ち位置なのか。どうしようもない疑問が頭に浮かんでは消化されずに積み重なっていく。
「菅原さん…」
溢れんばかりの気持ちを押さえつける為に名前を呟いた。先程3年生を送り出す式が幕を閉じ、部室やグラウンドには最後の別れの言葉を友に告げる為に輪になって涙を流す者、感謝を述べ合う者、はたまた進学先が偶然にも同じでこれからもよろしくと言い合う者や好きな人の第2ボタンを貰おうと必死な女子で埋め尽くされている。
男子バレー部も部室で送別会を開いているに違いない。それを校舎の3階、1年生の教室で笑うわけでも、別れを悲しむわけでもなく、ただじっと見守っていた。
彼‐菅原孝支‐と出会ったのは昨年の4月、つまり黎が入学したばかり、菅原は最高学年になったばかりの時であった。1度もバレー等、強いて言うのであれば部活動に参加したことのなかった黎であったが、折角の機会なのだからやってみればいいという家族の意見より、体育の授業で唯一興味のあったバレーをやってみようと決心した事が菅原と黎の出会うきっかけだ。
もちろん、今迄やったことがないのだから、素人と同じレベル。コート上の王様なんて異名を持った同級生や練習を積み重ねた先輩方には到底追いつけるわけがなく。
何度も辞めてしまおうと思った時、菅原が傍に来て、何か励ますわけでもなく、そっと頭を撫でてくれる、たったそれだけの出来事に苦しかった思い、悔しさが込み上げて涙をそっと流した事もあった。
他の部員には励ましの言葉を告げるのに、何故自分の時は何も言わないのか、疑問に思った黎は問いかけたこともあった。すると菅原はいつもの爽やかな笑顔ではなく、少し困った表情をしたことは頭に焼き付いている。
「だって黎は励まさなくても、自分で何がダメなのか、どうするかわかっているけどそれを行動に出来ないだけだろ?なら、何かヘタに言うよりも自分のペースで進めるように、慌てないように傍にいればいいかな、って思っただけだべ」
黎が菅原に惹かれたのは何時か、と問われれば、恐らくこの時であろう。
あー…俺の事、見てくれてたんだ
彼は自分だけじゃない、全部員の表情、態度、気分を見ている事はわかっていた。しかし、それでも黎にとって彼の言葉は嬉しいもので、頑張る糧となっていた。
だからこそ、彼を困らしてはいけない、気持ちを伝えれば彼はきっと困ってしまう。やさしい菅原だからこそ、これから新しい生活を始めることへの負担になりたくないと思った黎は気持ちを隠す事を決心した。
そんな恋焦がれていた相手が今日、烏野高校を卒業した。
時間が経てばきっと忘れられる。
それに、卒業式ってやっぱあんま泣けないものだな
先程目に焼き付けた先輩且つ片思いの相手の背中は遠く感じたが、涙は出なかった。隣で日向が号泣していた事を思い出しクスリッ、小さな笑みが零れた。
部活の送る会には用事で行けないと連絡をいれているから、携帯電話に通知は1つもない。これでいいんだと、腰かけていた椅子を立ち上がると同時に開かれた教室の扉。教師が見回りにでも来たのか、一瞬過った考えを意図も簡単に壊した背後からかけられた声で。
「黎、なーんでお別れ会でないんだー?」
その声に咄嗟に振り替える事など出来るわけがなく、寧ろ何故今来てしまうのか、神様がいるのなら恨めしいことこの上ない。
コツコツと自分に近寄ってくる足音に自然と頭が下がっていく。やっと殺せると思っていた感情がふつふつの湧き上がっていくことに、焦りともうやめてくれ、と必死になるが、それは言葉ではなく、頬を伝う滴となって現れる。
「なぁ、黎。俺はここ、烏野の生徒でよかったって思ってるよ。3年間バレーして、最後の年なんか最高だったべ?だからさ、笑って?なんも終わってなんかないんだから。ゴールじゃない、だから悲しいなら吹き飛ばすぐらい笑っちまえ?」
背中に感じる温もりと言葉、ギリギリで耐えていた黎を壊すには十分すぎるもので。ボロボロと溢れ出した涙は止まることを知らず、子供のように嗚咽を上げればそっと頭を撫でてくれる菅原。
「やだ…っ…すが…はらさ、ん…そつぎょ、やだ……やだ、いや…っす…」
駄々をこねるように首を振れば菅原は困ったように笑ってまた頭を撫でる。困らせてはいけない筈なのに、それがやけに心地良くて、この時間が終わりを迎えなければいい、そう思わざるを得なかった。
「はなれないで…ください…」
何処にも行かないで…
そう音にした時、菅原は黎の体を反転させて向かい合う態勢で強く抱き締め直した。肩に埋まる顔に、恥ずかしさと困惑を覚えるも、それ以上にまるでもう離さないというように背中に回る手を意識しないではいられなかった。
「菅原さ、?」
「黎、」
好きだべ
いつもの爽やかな笑顔ではなく、ふにゃりと効果音が付きそうな笑顔と涙で濡れた頬は外で音を立てて揺らぐ桜よりも綺麗な顔で、また恋に落ちたのは別のお話。
2015/01/05
[小説ナビ|小説大賞]
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