突然!?
2
「尊(みこと)は来るのか?」
「どうだろ、分かんない」
「…ミコトって何? 誰? 初耳だよ?」
「塾か?」
「うん、そう。あいつ、兄貴のおれと違って頭良いからさ、ずっと塾漬けなんだよね」
「あ、弟君なのね。でも……もう良い。オレ、拗ねちゃったから。お友達とメールしちゃうもん」
本格的にいじけた柳平。
ちょっとやり過ぎたかなぁと反省顔の寿に対し、様ぁ見ろとばかりにいい笑顔の浅日。
募っていた苛立ちも幾分か晴れた。
「しかしまぁ、家族で休日に外食とは、本当に仲が良いよなぁ」
「…うん、まぁね」
浅日の言葉に、複雑そうな表情で相槌を打つ寿。
その表情を見て、浅日は自分の失言に気付いた。
何の気なしに、素直に感じたままを言ったのだが、それ以上の思いがあったのではと寿が勘繰ってしまったのだ。
今までも気をつけていたことなのに、と己の軽率さを反省する。
直接的に、彼の家族を羨むような言葉は発さないようにしていた。
「深い意味はないから、そんな顔するなよ。今は俺の家だって仲良くやってるさ」
それなりに、とは心の中で付け足した。
「…そうだよな、悪い」
寿はすぐに笑みを浮かべる。
それで良い、と浅日も笑った。
自分の家のことで寿に気を遣わせたくなかった。
寿の家の仲の良さが羨ましくない訳ではない。
しかし妬んでいる訳でもないのだ。自分の家を不幸せだと思っている訳でもない。
ただ純粋に、この家族の空気が愛しいのだ。
口に出したことはないが、寿の家には深く感謝している。彼らの存在は、浅日にとってとても有り難いものだった。
会話に一つ区切りがついたところで、携帯電話が震えた。
「あ、オレのだ」
柳平だった。
先ほどのメール相手から返事が来たらしい。
柳平が何を言い出しても無視をしよう、と寿と浅日は無言の内に決めていた。
だが、その決意はあっさりと曲げられてしまう。
「わぁい、『今日はカレーだから良かったらどうぞ』だって! トシコさんのカレーかぁ、美味しそうだなー」
「…トシコ?」
訊いたのは寿である。
浅日もまた、聞き覚えのある名に反応する。
女性関係は精算した、と公言していたが、柳平は女好き。俄かには信じ難かったので、2人共、真面目に受け取ってはいなかった。
そのため、メール相手として女性の名が出たとしても、詳しく問い詰めようなどとは思わない。
だが、たった今耳にした名だけは、簡単に流すことはできなかった。
「ちょっと待って、今、トシコって言った?」
「うん、トシコさん」
答える柳平はいつもと変わらない表情だった。
まるで、自分は何もおかしくないとでも言うように。
「…どういう字を書くか、分かりますか?」
「えーと、シュクジョのシュクって字の、左側のパーツがない字と、子どもの子で、トシコ」
「叔子ーーーっ!!」
素早い動きで携帯電話を取り出し、すぐさま発信。
相手は1コールで出た。
『もしもし? どうしたの、たもっちゃん』
「どうしたの、じゃないよ! 何で柳平先輩とメールなんてしてるのさ、母さん!!」
家木叔子。
正真正銘、家木寿の母である。
『この前、おうちでおでんを食べて行ったじゃない? そのときにアドレスを訊かれたのよー。それにしても、メール相手がく母さんだってよく分かったわねぇ』
「トシコがどうのって言ってたし、今晩はカレーだから早く帰って来なさいって朝言ってただろ? メアド訊かれたからって何で素直に教えてるの!?」
『あらやだー、たもっちゃんったら。あっきー君はイケメンじゃないの。美形な子と仲良くなって損はないわよー?』
「…損しかしてない気がするんですけど。無駄に疲れるし。良い? 絶対に今日の夕飯には呼ばないからな」
『えー』
「えー、じゃないよ」
『仕方ないわね、たもっちゃんがそこまで言うなら我慢してあげる。目の保養になる綺麗な子だけど』
「ありがとう。――で、母さん。あっきー君って何?」
『やぁねー、慧秋君のニックネームじゃない』
「さとあきくん?」
『あっきー君の名前でしょ? 柳平慧秋君。初めて会ったときにそう呼んでくれって言われたのよ。たもっちゃんは言われなかったの?』
「あー、そう言えばそんなこと言ってかも。まぁ、とにかく、今日の夕飯はうちの家族だけ食べるよ。どうしても誰か呼びたいって言うならタクを呼ぶし。タクだって十分目の保養になるでしょ」
『じゃあ、タクちゃんによろしくね』
「はいはーい、切るよー」
『タクちゃんに迷惑かけちゃダメよー? 貴方、タクちゃんにはお世話になりっ放しなんだから。昔から試験の前になるとタクちゃんに泣きついてねぇ…』
「切るよ!!」
ぶつ。
通話を無理やり終了させた。
ふぅ、と一息吐き、浅日に向き直る。
「今日、夕飯食べに来ない? カレーだって」
「あー、悪い。今日はバイト入ってるんだわ」
「そっか、じゃあまた今度来なよ」
「おう、ありがとうな」
「気にするなって」
携帯電話を仕舞い、ふと見てみた柳平の顔は、今にも泣き出しそうだった。
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