突然!?
1
最近の浅日には悩みごとがある。
注目されることは少ないが間違いなく男前である凛々しい顔を歪ませ、苛立ちを顕わにしていた。
『縮まるのも突然?』
適度に伸ばされた漆黒の髪はどんなに掻き乱しても癖がつかず、彫りが深く目鼻立ちのはっきりした顔は眉間に皺が寄っていても様になる。
細められた二重の目の先には、その苛立ちの原因となっている人間がいた。
「ホラホラ、玉子焼きだよ。ハイ、あーんしてっ」
「いや、だから要らないですってば」
「えっ!? そんな、寿君、オレの作った玉子焼きが食べられないって言うの!? 君のためにいつもより2時間も早起きして頑張ったのにーっ!!」
「アンタ面倒な人だな! あーもう、食べますから!!」
「ホントッ!? じゃっ、あーんっ」
「うわっ、だからそれが嫌なんですってば! 自分で食べますよ!!」
「ちぇー、これをやりたくてお弁当作って来たのにー。寿君のいけずー。オレのためにやってくれたって良いじゃない」
「貴方はおれのために周りを見てください」
ここでやっと、柳平は寿から視線を外した。
辺りを見渡す。
好意的とは言えない視線が集まっていた。
耳を澄ますと、ひそひそと小声で話す言葉が聞こえる。
「絶対あたしの方が可愛いのに」
「あいつ、趣味おかしくなったわ」
「あんな平凡顔の何処に魅力があるのよ」
「柳平君…。男でも良いなら僕だって…」
「平凡受け最高!」
若干おかしいものが混じっていたが、嫉妬の目がほとんどだった。
最も鋭い視線を突き刺していた男が口を開く。
「柳平…、さっさと出て行け」
さすがの浅日も我慢の限界だった。
「浅日君、そんなに怖い顔して睨むなよ。いい男なのに勿体ないよ?」
柳平は嫉妬の渦も浅日の眼光もさらりと受け流す。かなり図太い神経を持っていた。
自分の置かれている状況など、全く気にしていない。
柳平の突然の告白騒動から早1週間。
あれから、この男は寿の元へ日参していた。
いい加減慣れてきたのか、周囲は少しずつだが大人しくなってきている。今では一握りの学生が色んな意味で熱い視線を投げかけるだけだ。
しかし、浅日の苛立ちだけは反比例して増している。
元々、静かで落ち着いた空間を好む質なのだ。真逆の空間を生み出す柳平と反りが合うはずもない。
「落ち着けよ、タク」
見兼ねた寿が声をかけた。
しかし、
「そうだそうだ、落ち着こうよ、タークちゃん」
悪乗りしてしまう柳平がいるので意味がない。
「…てめぇ、今、何て言った……!?」
「何かな? タークちゃん!」
「この野郎…!!」
「だから、タクは落ち着けって! 柳平先輩も、タクを煽らないでください!!」
「えー、寿君、オレの味方してくれないの? 先輩に敬語を使わない失礼な奴なんだよ、こいつは!!」
「てめぇを先輩だなんて思っちゃいねぇ」
「ホラ、聞いた!?」
「それはアンタの自業自得だ! もう良いから、ちょっと黙ってろ!!」
仲裁に回らざるを得ない寿も疲れていた。
寿と浅日は、取っている授業科目がほとんど同じであるため、大学にいる間は行動を共にしていることが多い。
授業が終わる度に寿を探し出し、くっついて回る柳平と顔を合わせるのも必然だった。
その度に言い合いの喧嘩をしている。
この2人の相性の悪さも、寿の悩みの一つだった。
「ハァ、もう…、柳平先輩はどうしてそんなにウザ――五月蠅いんですか」
溜息と一緒に、うっかり本音も漏らしてしまった。
「あれっ!? 今、ウザイって言おうとした!? したよね!? オレ、ウザイ!? 初めて言われた!!」
言い直して『五月蠅い』と言われているのだが、それより『ウザイ』の方がショックだったらしい。
「へー、そうなんですか、オメデトウゴザイマス。――で、タク、次の日曜ってバイト入ってる?」
適当に流す寿。
柳平と会話をするときはまともに相手をしてはいけないと学んだ。
「あー、夜から入ってるな。寿も、コンビニはどうなんだ?」
「おれは朝から。逆に夜からだと空いてる感じ。土曜は丸々空いてるんだけど」
「そうか」
「…え、なに? オレを無視してデートの約束?」
「日曜の夜さ、おれの家族でタクのバイト先に行くと思うから、そのときはよろしくな」
「おう、分かった」
「…ねぇ、お願い。スルーしないで!? すっごく寂しいから!! ていうかお前、何のバイトしてんの?」
「サービス券って有効期限とかなかったよな?」
「ああ、いつでも使えるぜ」
「…うー、酷いよぉ。もう、泣いちゃうからね!?」
泣けば良い。
本気でそう思った浅日だったが、口にはしない。徹底的に無視するつもりだった。
ちなみに、浅日のバイト先は個人経営のラーメン屋である。
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