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突然!?
2
いやいや、八木君かもしれないし、矢木君かもしれない。いっそ山羊君という可能性もある。
一口に『ヤギ』と言っても沢山あるのだ。
必ずしも自分のことを指しているとは限らない。


一縷の望みに賭け、ゆっくり、ゆっくりと首を回してみる。


「! ――家木君!」

「……ハハ」

乾いた笑い声が寿の口から漏れる。
思いっ切り目が合っちゃいました。


このときやっと、その場にいる全員の視線が自分に集まっていることに気付いた。

痛かった。
正直、突き刺さる数十人分の視線が、寿にはとても痛かった。
そして、こんな訳の分からない状況に置かれているにも関わらず、『おでんって言ったらやっぱり大根だよな。餅巾着って実はそんなに好きじゃないんだけど、たまに食べたくなるんだよな。今日は入ってるかなぁ』などということを考えている自分がかなりイタかった。


「家木君、ちょっと待ってて!」

「いや、待てと言われなくても、」

動くに動けない寿だった。


いやいやいやいや、この空気、動けないでしょ、普通。
何でアンタ動けるんだよ!
っていうかこっち来んな!!
さっきから女の子の視線がグッサグッサと刺さってるんだよ!!
空気を読め、おれのために読んでくれよバカヤロウッ!!
…泣きたい。


叫びたくても叫べない。
そういう空気だった。

しかし、柳平は全く気にせずに近付いて来る。

――――――――――カツ。

一歩、柳平が近付くと、

――――――――――ヒタ。

一歩、寿が遠ざかった。

いつの間にか人だかりが割れ、寿と柳平の間に一本の道ができていた。


――――――――カツ。

――――――――ヒタ。

――――――カツ。

――――――ヒタ。

――――カツ。

――――ヒタ。

――カツ。

――ヒタ。

カツ。

ヒ、タ。


寿の背が壁に着く。
逃げられない。


「こんな風に、」

目の前の柳平が、口を開く。

「いきなり呼び止めて、ごめん。びっくりしたよね」

言いながら苦笑する。

いや、びっくりどころの話じゃないですけど。
―とは、もちろん言えなかった。


「でも、ずっと君に言いたいことがあったから。ここで待ってたのも、君に会うためだったんだ。こんな風に沢山の人が集まっちゃったから、もしかしたら見つけられないかもって思ったんだけど…会えて良かった」

輝くような笑み。
寿は、柳平は宝石の化身か何かなのではないか本気で考えた。


こういう笑顔に女子は弱いのか。
覚えておこう。


柳平の顔だからこそ可能である女の落とし方を、心のメモ帳にしっかり書き記す寿だった。

そんなことを頭でやっていたため、次に柳平から発せられた言葉への反応が遅れてしまった。
否、柳平に意識を集中させていたとしても、反応は遅れただろう。



「君に惚れてるんだ、オレと付き合ってくれ」



真っ直ぐな瞳で寿に告白する柳平。
空気が凍る。

へ? とか、はい? とか、言葉にもならない単語を寿が呟いている内に、1人の女子が解凍された。


「まさか、本命って…男――なの?」


後を追うように、野次馬を含めたその場にいる全員が覚醒する。



「「「「「えーーーーーーーーーーっ!!?」」」」」


大学1の女好きが男相手にまさかの本気告白。
当然の絶叫だろう。
まともに頭が働いていたなら、寿も叫んでいたことは間違いない。


女3人寄れば姦しい、とはよく言ったもので、寿と柳平を中心として女子勢が喚き立てる。

「女をフって男を選ぶの!?」
「こんなしょっぼいヤツの何処が良いの!?」
「全然普通の顔じゃん!!」
「有り得ない!!」

などという罵詈雑言が襲う。
順調に寿の心は傷を負っていくが、その言葉達は寿に向けられたものではなかった。
怒気に満ちた眼光を一身に浴びながら、果敢にも柳平は口を開く。

「ごめん。だけどオレ、彼しか目に入らないんだ。君達のことは愛せない。彼に全てを捧げるつもりだ……」

傍で聞いて痒過ぎる台詞を吐く柳平。これがもし、対象が女性だったなら良かったのだが、残念ながら、男である。それも、平平凡凡な容姿の寿である。

オイ何言ってんだアンタ!? という寿の言葉は掻き消された。



「「「「「サイッテーーーーッ!!!」」」」」



寿の声はもちろん柳平に届かない。
女性達の平手が柳平に襲いかかる。
地獄絵図というべき光景が広がった。






















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あきゅろす。
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