突然!?
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そう言って、箱から最後の1粒のチョコレートを取り出し、尊の手に乗せる。箱は浅日の手に渡し、裏を見るように促した。浅日は、何とも言えない表情で箱の裏を見、苦笑する。
違うよ、兄貴。
尊は心中で突っ込む。
表記の順は合っているのだ。『タモツ・ヤギへ タクロウ・アサヒより』。この表記が正しいのだ。そのことに寿が気付いてくれるのではないかと淡い期待を寄せながら、浅日が記したのだろう。残念ながら、寿は鈍く、そのことに気付くことはなかったが。
最近になって、浅日から寿への好意の表し方が、昔より露骨になってきた、と尊はチョコレートを咀嚼ながら考える。今までも、傍から見ていても並々ならぬ想いを抱いているのはなんとなく感じられた。友情とは違う想いなのか、熱過ぎる友情なのか、どちらなのか判断しかねていた。それが最近では、明らかに友情とは違う想いを表すようになってきたのだ。
それは、最近になってよく、夕食時に寿の口から愚痴として出てくる名前と関係しているのだろう。
そこまで考えて、思い出した。
「あ、柳平先輩だ」
「は?」
尊の口からその名前が出てくるとは思わなかったのだろう。兄からはぶっきらぼうな応答がきた。
「柳平先輩。ほら、最近ちょくちょく家に顔出してくる人。あの人、柳平先輩でしょ? 今日、駅で見たんだよね。名前が思い出せなくてさー」
「え、聞き捨てならない言葉が聞こえて来たぞ。ちょくちょく家に顔出す人? え、何なのあの人。おれの知らないときでも来てんの!?」
「兄貴が宅朗さんの家に遊びに行ってるときとか、急に来ることあるよ、手土産持って」
「何してんの!? あの人!! そういえば最近、せんべいが増えてると思った!! どうでもいいけど何でせんべいなの!? チョイスが渋いよ!!」
「で、その柳平を何処で見たって?」
叫ぶ寿の横で、浅日が尊に訊ねる。
「駅。女の人からチョコもらってたよ」
ぴたり、と寿の雄たけびが止まる。アサヒの眉間には皺が増した。急に張りつめた空気に、尊は焦りを感じ始める。
そして、場違いなほど明るい、ぴんぽーんという音が響いた。
「はーい、どうぞー」
2階から母が駆け下りて出迎える。そこにはやはり、場違いなほど明るい人間がいた。
「お邪魔しまーすっ! 今日も素敵な笑顔ですね、叔子さん。あ、これどうぞ食べてください」
「あらー、いつも悪いわね―。ありがとう。どうぞ、上がってください。今日はたもっちゃんもタクちゃんもいからねー」
「え、ほんとだ! やっほー! 寿君! 昨日ぶりだね―――、」
慣れた様子で母と挨拶を交わした後、中に入ろうとした柳平だったが、眼前に何かが飛び込んできた。
「―――っ!? 痛い!?」
反応が遅れ、それが顔面にぶつかる。
チョコレートの箱だった。
「あんた、女の人とは全員、縁を切ったんだろ。何でチョコなんか受け取ってるんだよ!」
柳平の左手には、確かに、チョコレートの入っているらしい箱が存在していた。それを視認すると、寿は真っ赤な顔で2階に駆け上がって行った。
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