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突然!?
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尊が駅前で見たのは、いまどき珍しい光景だった。

黒髪の女性が顔を真っ赤に染めながら、茶髪の男に小さな箱を手渡している。包装は明らかにチョコレートと分かるそれで、よくよく見てみれば、女性の口は『好きです』と動いているようにも見える。勿論、尊は読唇術など会得してはいないので、思い込みかもしれなかったが、そう言っているように思わせるには十分な状況だった。

女性は服装も地味で、奥手そうな印象を受けるのに、何故こんなにひと目のつくところで、こんな告白劇をしてしまったのだろうか。自分でもそう思ったのか、彼女ははっと顔を上げると、何事かを男に言い、箱を押し付けて、駅の方へと走り去って行った。受け取った男は、チョコレートを片手に茫然とその姿を見送っていた。

茶髪の男は良く見ると、何処かで見た覚えのある人間だった。










『バレンタインデーは突然!?』









誰だったのかを思い出すことができず、小骨が喉に引っ掛かったような嫌な感じが続いたまま、自宅に着いてしまった。


「ただいまー」


お帰り、と尊を出迎えた声は三つあった。

玄関を見ると、靴が2足置かれている。パートから帰った母の靴は普段通り靴箱に片づけられているとして、あとは靴を片づけようとしない兄――寿のものと、いつもの来客1名のものであろう。

中に入ると、予想していた通りの人物が台所で寛いでいた。


「いらっしゃい、宅朗さん」

「おう、邪魔してる」


浅日は、寿の親友である。尊にとっては、自分が小学生の頃からよく遊びに来るお兄さんという感覚だった。幼い頃は寿と同じように、『タク』と呼んでいたが、浅日の方が年上であるという点から、最近では『宅朗さん』と呼ぶようにしている。

その浅日がこの日に来るのは毎年の恒例だった。その目の前にチョコレートの包みが大量に置かれているのも、その更に目の前に不貞腐れた兄がいるのも、恒例だった。


「ただいま、兄貴。まぁたチョコもらえなかったって拗ねてんの? はい、俺がもらったやつもあげるよ」


自分の鞄からチョコレートを取り出し、浅日が作ったその山を更に高くする。


「ほら、尊もくれたぞ。そろそろ機嫌直せよ」

「うるせー! このモテ男どもが!! 今年も母さんからしかもらえなかったおれの気持ちなんか、お前らに分かってたまるか!!」


うわああ、と机に突っ伏し、寿が叫んだ。

荒れ狂っている。チョコレートを大量にもらう浅日と尊に僻む寿というのが、毎年恒例の姿だった。中学生の頃はまだ、来年はおれももらうからな、とまだ明るく、浅日のもらったチョコレートを食べることができていた。しかし、翌年も、翌々年ももらうことはできず、高校3年生くらいの頃から、受験の時期と重なっていたことも相俟って荒れるようになってきた。浅日も浅日で、寿が荒れるのは分かって来たので、昨年のみ、持ってくるのを止めた。そうすると今度は、寿自ら何個もらったのかを浅日に訊き、その数に逆ギレするという傍迷惑なことをしだした。

そのため、今年は逆ギレされる前に、例年通り荒れさせるという手に出たらしい。


「ほら、大量にあるんだから、お前も食えって。甘いもん、好きだろ?」

「うるさいうるさい! モテ男からの施しは受けねー!!」

「じゃ、ほら、これだけでも食えよ。これ、結構高いやつだぜ? 滅多に食えねぇよ、こんなにいいの」

「え? 高い? めったに食えない? いいの? そんなの食べちゃって。そんなにいいものをくれた人贈ってくれた人に悪くない?」

「俺が半分、お前も半分、これでいいだろ」

「それなら頂きます」


滅多に食べられないという、限定感に弱い寿であった。





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