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突然!?
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ぐーたらと大学生活を送っていた家木寿(やぎ たもつ)の抱えている悩みごとは、さして重大なものではなかった。


「レポートの提出日って、もうすぐだよなぁ」


レポートの期限は3日後である。書かなくては、とは思っている。しかし書くのは嫌だな、などとも思っている。できたら後回しにしたいな、とまで思っていた。

そのくらいだった。
レポートの提出期限は守って然るべきだが、彼の中ではあまり重要な位置にないらしい。

しかし、そんな彼にも深刻な悩みごとが増えることになる。
それは彼にとって突然の出来事であった。










『はじまりが突然』










今日もまた、5限の講義が終わった。
窓を眺めながら独り言を呟いていた寿は、荷物を片付け始める。
外は雪が降っていた。大学を出たら冷たい空気が刺さるだろう。


「餅巾着食べたいなぁ」

「さっきからどうしたんだ?」

いつの間にか隣に立っていた青年が寿に話しかける。
浅日宅朗(あさひ たくろう)。
寿の中学からの友人だ。親友と呼んでも過言でない。
中学卒業後も、高校、大学共に同じところへ通っているので、寿本人は腐れ縁だと思っている。その事実の裏には、浅日の強い意思があるのだが、気付く気配は微塵もない。

「何でもないよ。そっちこそどうかした?」

「いや、お前が1人でぶつぶつ言ってたから心配しただけだ、頭を」

「どういう意味だオイ」

「そのまんまの意味」

「失礼だな!」

顔面に鉄拳制裁――
…の、つもりだったが、あっさり受け止められてしまった。


「で、何か悩みごとがある訳じゃないんだな?」

「…何もないって」

不貞腐れたようにそっぽを向いて答える。
取り敢えず今は、何となく上目線になる浅日の余裕と身長差が悔しかった。

「絶対おれが越してやるからな!」

「何の話だ」


拳を下ろし、リュックを背負う。
軽く頭を掻き、浅日を一瞥し後、すぐに視線を戻した。

「ほんとに悩んでることなんてないから。あるとしたらレポートまだ書いてないからやばいとか、そのくらいだから」

心配されたということは分かっていたので、念のため明言しておいた。
ちなみに、先ほどのやり取りで、どうやったら浅日の身長を越すことができるかが一番の悩みとなっていたのだが、そのことは黙っておく。

「そうか、なら良いさ」

満足そうに笑む浅日の顔を見て、絶対にこいつより高くなってやる、と決意を固くした寿だった。
大学生にして15cm強の身長差を埋めるというのは最早夢物語の次元だが、決意を口にしていない寿にツッコミを入れる者はいない。


ちらり、と窓の外を見遣り、寿は「あっ」と小さく声を上げた。

「そうだ、今日、おれの家に寄って行けよ。夕飯がおでんらしくてさ、母さんが、タクが良ければ一緒にどうぞ、だって」

「なら、有り難くお邪魔させてもらうわ。寿の家の鍋物は美味いからな」

「あんまり褒めるなよ。『鍋は簡単だから良いわ〜』ってだけだから。全然凝ってねぇよ。むしろ手抜きだから」

「そういうことじゃなくて、大勢で鍋をつつくってのは1人で食べるのと違うだろ?」

「まぁ、そうだな」

浅日はアパートで1人暮らしをしている。そのため、息子の友達である彼を、寿の母はしばしば食事に誘うのだ。
頻繁に誘われるため、心苦しく思い、最初は遠慮していた。だが、断る方が相手に心配をさせることになると気付いた。今では誘われると素直に受けている。


講義室を出て、寿は首を傾げた。

「あれ?」

廊下に人だかりができている。
これが、イベントのある日であれば分かるのだが、今日は特に何もない。

人だかりの中心を見ようと、背伸びをしたり、ひょこひょことジャンプをしたり、色々頑張ってみる。
しかし、長身の浅日は努力することなくあっさりと中心を見つけたようで、呆れたように目を細めた。

「柳平(やなぎだいら)先輩だ」

「あ、なるほど」

人だかりの原因も、浅日の呆れ顔も理解できる一言だった。


この大学で柳平を知らない者は少ない。
大学1の女好き。
そう言えば、真っ先に彼の顔が浮かぶ。

柔らかな色合いの茶に染められた髪は、前髪と襟足が長く、緩いウェーブを描いている。
襟足と右側の髪の一部は、自然なグラデーションで脱色され、端へ行くほどに薄い金色へと変化していた。
両耳に空いたピアス穴には銀のシンプルなピアスが埋められている。
そして、自分の顔と体形を熟知した上での服装は似合っていないはずがなかった。

所謂、モデル並みの容姿の彼は当然のように女子に好かれており、彼の周りには常に女の姿があった。
噂によると、ナンパをして失敗したことはなく、街へ出れば逆ナンの嵐だという。

そのため、彼の存在はとにかく目立っていた。


今のこの集まりは聞こえてくる怒声――「あたしをフるなんて有り得ない!」「どいつが本命!?」――などから考えて、どうやら修羅場のようだ。

他の人間はただの野次馬だろう。

「まぁ、俺らにゃ関係ないな」

あっさり関心を失った浅日。

「そりゃそうだな」

寿もそれに同意。

数歩進み、人だかりの中心を越えようとしたとき、足が止まった。

否、止まってしまった。



「ヤギ君!?」



世界が止まったように感じた。

人だかりの中心であり原因である柳平その人が、あろうことか寿の名を呼んだのだ。


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あきゅろす。
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