突然!?
1
大雪の続く今冬にしては珍しく、降っていたのは雨粒だった。
「ねぇ…、キス、していい…?」
ゆっくりと近付いて来る柳平の整った顔に、寿は胸を高鳴らせる
「いい訳あるかーっ!!」
「うげっ!?」
はずがなかった。
持っていた買い物袋で彼の腹を殴り付けた自分は悪くない悪くはないのだ、と言い訳してみる。
『雨は突然…』
母、叔子に頼まれていた買い物のためにスーパーへ出かけたときは曇っている程度で、雨は降っていなかった。天気が悪化したのは買い物をしている最中だった。
メモを見ながら品物を探しているときは、必要以上にべったりと張り付いて来る柳平はいつも通りだった。様子がおかしくなったのは外へ出る少し前からだ。
出口へ近付くにつれ、口数が減っていった。
気のせいかと流していたのだが、スーパーを出てからは見過ごそうにも見過ごせないものとなってしまった。土砂降りの雨を確認してからのことだった。
柳平は静かになり、いつもこのくらい大人しかったらいいのに、などと呆れる。寿は弟に、傘を持って来てくれとメールを送った。
弟が来るまで待ちましょう。
そう告げようとしたときに彼がかけてきたのが、先程の言葉だった。
おれは悪くない。
心の中でもう一度繰り返す。
「痛い…」
腹を押さえて頭を垂れる柳平。
常であればもっと元気よく言葉を返して来る。
それなのに目の前の柳平は落ち込むばかりだ。
本当に、店内で「こうやって2人で買い物なんてしてると新婚気分になれるよね!」と騒いでいた人物と同じ人なのだろうか。もしかしてレジで金を払っている間に生き別れの双子の兄弟か、または宇宙人か妖怪か何かと入れ替わってしまったのではないだろうか。
暗い柳平に、未だかつてないほどに混乱する寿だった。
「パンの詰まった買い物袋だったんですから、そんなに痛くないはず、ですよね?」
自分を落ち着けるためにも確認してみる。
重い荷物は全て、柳平が率先して持ったので、寿が持っているのは軽い物ばかりだ。さして大きなダメージを受けるとは思えない。
「うん、そうなんだけど、愛が、ね…。愛が痛いんだ………」
「………………あの、大丈夫ですか?」
言っている台詞自体いつもと同じだ。しかしいつもの明るさは欠片も見当たらない。本気で心配してしまった。
「大丈――夫じゃあ、ないよなぁ」
元気よく笑ってみせようと試みたようだが、間もなく力が抜けて行く。
壁にもたれかかり、滑るようにしゃがみ込んだ。寿も合わせるように膝を折る。
雨が降ったときにテンションの下がる人は多い。寿もまたその一人だ。しかしこんなにも極端にテンションの下がる人間を見たのは初めてだった。
柳平の通常が人より数倍も明るいものであるため、今との差が大きい。
「雨…が、苦手なんだ。小雨とかだったら何でもないんだけど、こういう…酷い雨、がね。嫌いなんだよな………」
うなだれてぼそぼそと喋る。
「冬の大雨なんて最悪だよ…」
元気のない柳平も、口調の不明瞭な柳平も初めてだった。対応が分からず、そうなんですか、とだけ呟いて柳平と同じように壁に体重を預ける。ちらりと目だけで柳平を見ると、寿の視線に気付いたのか、流し目で微笑された。
「さっきはごめん。ちょっと…雨に動揺してて」
「おれも、パンで殴ってすみませんでした。貴方の発言に動揺しまして」
「本当にごめんね…」
「いえ、本気でなかったのなら、おれはいいんです」
冗談を混ぜず真摯に謝り続ける柳平に、素直に謝り返す寿。いつもはふざけたことばかり言っているために、きつく言い返してしまうのだ。真面目に会話をできれば、心穏やかに謝ることもできる。
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