突然!?
2
寿の隣に寝そべり、目を瞑る。
瞼と口を閉じた、普段からは想像できないほど静かな柳平。
名字と女好きという肩書きだけは以前から知っていたが、彼の人となりを知ったのはごく最近だ。自分に告白する前の柳平を、寿は知らない。
異性に人気があったというというくらいだから、少なくとも今のように面倒な人間でなかったことは予想できる。今の自分と今までの自分は違う、というようなことも言っていた。
どのような人だったのだろう。
少しだけ、興味が出てきた。
口を開けているときと閉じているときの差が、洒落にならないほど大きい。
顔は、男の寿の目から見ても整っているのは明らかで、肌も白く、荒れていない。睫毛も長く、唇も潤っている。
綺麗だった。
このような美しい寝顔なら、起こさずに見ていたい――…………
「………」
「――ふがっ!?」
…などと、思うはずもなかった。
柳平の高い鼻を思いっ切り摘み、力一杯捻ってやる。
美形顔から出てはいけないような醜い声が漏れた。
「だだだだだだだっ!?」
「腹立たしい気持ちにしかなりませんでしたよ」
言い捨てて手を離すと、柳平の鼻は赤くなっていた。
「うー、酷いよ、寿君…」
「知りません」
「愛がない!」
「元々ありませんから」
「うー…、仕返ししてやるからね!!」
寿の鼻を摘もうと手を伸ばす――が、
「何やってんだオイ」
「うげぇっ!?」
届かなかった。
「あ、おはよう、タク!」
「おう、おはよう。もう寝ぼけてないな?」
「ああ、誰かのおかげでばっちり目が覚めた」
「ほーう、誰のおかげなんだろうな。たっぷり礼をしてやらないと」
「いだだだっ! 退けよ、浅日!!」
浅日の足の下で呻く柳平。
それを冷めた目で見下ろす。
「知るかよ」
「退けっての! お前はオレを踏み潰さないと登場できないのか!?」
「誰かのおかげでな。これは礼だ。有り難く受け取れ」
「要らない!」
最後に1度、全力で踏み付けてからやっと、浅日は足を退けた。
うぅ、とくぐもった声を発し、柳平もベッドから立ち上がる。
「あぁー…、痛かった…」
「ああ、本当にイタかったな」
「…その『いたい』はどういう意味だ?」
「そのまんまの意味」
いつか、寿に対して同じような言い回しをしたことがあったが、そのときとは口調の温度が天と地ほども違う。
また始まった、とばかりに寿は溜息を吐く。
しかし仲裁には回らない。
この2人はいつもこうなので、いっそ放っておいた方が良い、と方針を変えたようだ。
言い合いを始める2人を脇目に、着替えを始める。
「そもそも、何でてめぇがここにいるんだ?」
「寿君が今日はバイトがないって言ってたから、遊びに来たんだよ」
「それはてめぇに言ったことじゃねぇだろ。それが何で人の部屋に侵入することに繋がるんだ。しかもアポ取ってないよな?」
「どうせならビックリさせたいって思ったの! アポなんか取ったら意味ないじゃんか!!」
「知るか。てめぇなんかがいきなり来ても、迷惑なだけだろうが」
「そんなことない! 大歓迎されたわ!!」
「…頭は大丈夫か?」
寿が柳平の存在を意地でも認めようとしなかったことを、電話で聞いて知っている。
浅日の目は敵意を通り越し、いっそ憐れんでいるようだった。
だが柳平は、腰に手を当て、ふんっ、と自慢げに鼻を鳴らす。
「お義母様は喜んで通してくださったからな!」
「何やってんだ母さん!!」
堪らず叫んだ。
着替えを済ませ、階下へ駆ける。
1階は、ベーコンの焼ける良い香りが漂っていた。
テーブルにはきっちりと4人分の食事が並べられている。
「あら、たもっちゃん、やっと起きたのね。おはよう」
「いや、呑気に挨拶してる場合じゃないでしょ! 人の寝てる間に真っ赤な他人を勝手に通さないでよ!!」
「…たもっちゃん、お・は・よ・う」
「……おはよう」
「はい、おはよう。よくできました。挨拶は大切よ」
「うん――………、いや、いやいやいや! だからそれどころじゃないってば!! 何で柳平先輩なんかを家に上げたのさ!?」
母ののんびりとした雰囲気に流されそうになったが、慌ててペースを取り戻す。
ベーコンを皿に盛り付けながら、母はさらりと答えた。
「あっきー君に頼まれちゃったんだもの。まだ寝てたから断ろうと思ったんだけど、あっきー君はたもっちゃんの旦那様でしょ? だから良いかなって思ったの」
「………へ?」
フライパンをコンロの上に戻し、右手を頬に当てて母は溜息を吐く。
「けどやっぱり嫌だったのね。ごめんなさい。たもっちゃん、寝相は良いけど寝言が酷いものね。何が酷いって、内容が酷いのよね。情け容赦のないことをざっくり言っちゃうんだもの。そうよね、そんな寝言なんて聞かれたくないわよね。配慮が足りなかったわ」
「い、いやいやいや」
確かに柳平は上げて欲しくなかった。
しかしその理由は自分の寝言が云々というだけの問題ではない。
それも気になってはいたが、それ以上にこの面倒な人に無防備な状態の自分を見せる、ということ自体が嫌だったのだ。
しかし、今重要なのはそこではなかった。
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