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知っていない。と、知らない。は違う。
私。サメラ。


知っていない。と、知らない。は違う。

聞く意志のないものと。
聞く意志のあるものと。

似たようで、対の意味。



無理やり仕組まれた式も無事に終わり、サメラがバロンに移住することが正式に決まって数日。帰ってきた月もいなくなり、ダムシアン城にいたアントリオンも一つひとつ数を減らしていったらしいし、ミシディアの長老も意識がはっきりしてきた模様と、速報も入った。遠くの兄のいる地を思いながら、サメラはバロンの兵舎の角部屋の最奥の部屋の隅で地座り、壁を背にして、月を見ていた。
この間まで、あそこにいたのかなんて思うと、随分昔のように思えて仕方ない。広い部屋に暗い空。そして、一転する明日からの生活。なれない事ばかりの生活になるだろうから、早く寝ないと、と思っていたが、睡魔は襲ってくる気配も、全くない。今晩は一足飛ばしの結婚で得た、先日から旦那は噂のダムシアンに行っていて、なんとか明後日には帰っては来るだろうだろうとサメラは踏んでいた。待つのもいいが、それもそれで相手に気を遣わせるわけにもいかないので、どうしようかと、サメラは息を吐き出した。夜は長いし、家にはもう誰も帰ってこない。話し相手もいなければ、一人の夜はただただ長く。ここは故郷でもなければ、実家でもない、勝手知らないよその家だ。これから自分たちでつくる我が家であるが、どうも勝手が、文化がよくわからない。異文化が溶け込むには時間がかかる。それが、さまざまな文化を見知ったさまよい人であったサメラも例外ではない。人間は周りとの同調を求め、自分と違うものをはじこうとする。……否、はじくものだ。それが、いきなりどうだ。異国からやってきた人間が急に上司になるのだ、不満だって出てくるだろうし、そんな人選をした王だって責められるだろうにーーー、

「どうして、私をここに置こうと思ったのだろうか。」

別に、私は一人でも生きていける。それなりの男に匹敵する戦闘力も、この軍事国に負けない魔法力もある。世界は平和で、小さな魔道師でも修行と銘打っての旅ができるようなご時世に戻って、いるのに。こんな赤の他人を置いて、どうしろというんだろうか、片割れの王の思考はあまり読めない。学のない私が、近衛師団なんて引っ張っていけるのだろうか。悩みはいくらでも尽きないし、底が計り知れない。一緒に暮らしだした仲間……もとい、夫にも話せず、悶々としている自分を見て、仲間は何と言うのだろうか、夜闇に身をゆだねながら、サメラは近くのヤカンから茶を、自分のコップに注ぎこんで、その熱を堪能する。どうして、彼と一緒に添い遂げようなんて思ったんだろうか。

愛を知らない、私がいて。
別の女を思う、彼がいて。
その女を愛す片翼がいて。
その挟まれる彼女がいて。
思いあう両者の子がいて。

世界がきれいなはずがないのは自分自身が一番知っている。一番の経験者だろうに。嘲笑を込めて、息を吐き出した。




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あきゅろす。
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