消えて残して伝えて永久に〜雨音が止んだ空の七色〜



●○●



ここ最近雨がよく続く。
お陰で私の仕事は難航気味だ。
庭の手入れが大変になるから困るのに、それでも雨は天から容赦なく降り続けた。
私にとって、雨はちょっと迷惑かもしれませんね。



●○●



珍しく雨が止んだ夕刻の空は薄く橙に染まり穏やかだった。
私はその珍しさに思わず庭へと出て空を見上げた。

「うわー……綺麗……」

珍しい空にもう一つ珍しいものが私の瞳に映る。
輪郭が捉えられずぼんやりとだけど、雨が止んだばかりの空で確かな美しさを放っていた。

「そうだ」

今にも消えそうなあの美しいものを私は紙に写し残すことを思い付いた。
すぐに紙と、この前たまたま見つけた色を付ける道具を部屋から持ってきて、私はよく空を見渡せる場所で絵を描き始めた。
輪郭がはっきりしないため、まずどうやってあれを描こうか悩んでいたところへ

「あら妖夢。惚けた顔してどうしたの」
「あ、幽々子様」

幽々子様が優しく微笑みながら私の隣へ腰を降ろした。
それと同時に私が手にしている紙を覗き込む。

「何も書いてないの?」
「んー、どうしようか考えているんですよ」
「今晩の夕飯?」
「あれです」

夕飯の言葉は軽く流して、あの美しいものの名前を知らなかった私は幽々子様に直接伝えることが出来ないので空を指差して促す。
すると幽々子様は私の知らないものの名前をすぐに答えた。

「“虹”だなんて珍しいわね」
「ニジ……ですか?」
「妖夢は初めて?」
「…はい」
「そう。あれはね、七色の光の粒が集まって出来ているの」

だから目に見える色で線を描けばいいのよ。
幽々子様はそう私に描き方を教えてくれた。

「まずはこの赤い色で弧を描いていけばいいわ」
「弧を描く…」
「妖夢、赤い色の筆を取ってみなさい?」

私は筆先が赤色に染まっている筆を一つ手に取った。
そしていざ弧を描こうと力んだ瞬間、その手は止められてしまった。
幽々子様が上からそっと手を添えてきたからだ。

「え、幽々子様!?」
「私が描き方を教えてあげるわ。力を抜いて楽にして」

一瞬の出来事にどっきりしてしまった。
私は後ろから包み込まれる形になり、心臓がバクバク高鳴っているのが聞こえないか心配になる。
そんな私に構わず後ろから筆を取る幽々子様は添えた手を優しく動かした。

「こうかしらね」

左から右へ緩やかな弧を描き、紙に一色目が描かれた。

「次は違う色で同じように描くのよ」

橙、黄、緑、青、藍、紫……次々に筆の色を変えて弧を描く。
繰り返していくと、紙には七色の弧が合わさり、綺麗な虹の絵が描けていた。

「描けました!」
「上手に出来たわね」
「あの空に浮かぶ虹程ではないですが……あっ…」

そこで空をまた見上げた私は小さく呟いた。
先程まで空にあった虹はもうどこにも見当たらなかった。

「儚いでしょ。虹はこうして消えてしまうの」
「そうなんですか…なんだか寂しいですね…」
「何故?」
「え?」

もうあの美しい虹が見られないから寂しいと思って言ったのに、幽々子様は私に何故と返してきた。
寧ろ私の方こそ幽々子様に何故と聞き返したかった。
寂しくはないのだろうか…。
どう答えていいか分からず困惑していると、幽々子様は穏やかな口調で答えた。

「だって、貴女が見た虹はもう貴女の手の中に残されているもの」

にっこりと微笑んで返した。
もう寂しくなんてないでしょ?
そう告げるような表情をしていた。
そうか、そういうことか。
私は手の中にある絵をぎゅっと抱きしめた。



●○●



「そうだ。妖夢、紫の所へ行きましょう。紫は寝てばっかりだし、虹なんて滅多に見ないからその絵を見せに行きましょう」
「はい」
「私も虹なんて久々だったのに、紫はもっと見てないのよね」
「まあ、寝てますしね。ところで、無理矢理起こしたら絵なんて見てくれないのではないでしょうか?」
「んー、そんなことないと思うわ」
「?」
「あの子も意外とロマンチストなの。虹は好きだと思うわ」
「ロ…ロマンチスト……」
「名前だって虹色なのに」
「まあ紫ですよね、確かに…」
「虹が好きじゃなかったら可笑しいわ」
「いや、それはどうかと…」

美しいものは、不思議とすぐに消えてしまう。
消えてしまうのならば私は残していこう。
こうして誰かが誰かへ伝え、美しいものの存在を残しておけるように。


美しいものが、これからも心に在り続けるように―。



●○●

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!