UtopIa



●○●



―翼を失った天使はどこへ行くのか。―


その答えを知る者なんてまずいないだろう。
では、天使が空を飛ぶための翼を失ったら天使はどうなるだろう。
もう空を飛ぶことは出来ないと思われる。
しかし、天使にはまだ脚がある。地を歩き、地上で生活をすればいい。

ではここで、一人の少女の話をしよう。

少女が脚を失えば、少女はどうなるか。
天使のような翼がない人間の少女は、脚がなければ何も出来なくなってしまう。地を歩くことも、地上で生活するのにも何一つ自由がない。
自由もなく永遠に苦しめ続けていくこの運命は、少女には重すぎたのだった。


ある日の昼下がりに、奇妙なニュースが流れたことがあった。

『昨日から今朝にかけて、病室から忽然と少女二人の姿が消えた』

この事件に世間は、神隠しだの自殺したなど噂が絶えなかったが結局事件は解決することもなく忘れ去られていった。
だから現在、“ここ”で二人の少女のことを知る者は誰もいない。
しかし二人の少女は生きている。
今も“ここ”以外の“どこか”で。

これは忘れ去られた少女たちの物語である。



●○●



病室から見える景色もそろそろ飽きてきた頃。
突然彼女はやって来た。

「この子はこれから同室になる里沙ちゃん。二人で仲良くしてね」

看護婦に連れられて来た里沙って子。
その子も、私がこの病室に来た時と同じように連れてこられた。

「よろしく」

脚を失った女の子だった。



●○●



里沙は車椅子からベッドに移り、私と向かい合う形になった。

「私は安達 里沙。好きに呼んでいいぜ。ほらほら、あんたも自己紹介自己紹介」

ちょっと言葉遣いが荒い彼女に促されて私も自己紹介をすることになった。

「私は巫 裕伊、よろしく…」

あまりこう名乗ることがないので恥ずかしくなった私は、すぐに下を向いてしまった。

「裕伊、あんまり俯くと可愛い顔が台無しだぜ?」
「…っ!」
「そうそう。そうやってちゃんと前を向くのが大切なんだ」

私とは対称的な性格の里沙。
彼女の笑う顔を見ていると太陽を見ているように眩しい。
でもなぜか、その明るさを太陽の光のように鬱陶しいとは思わなかった。
私は里沙にどこか惹かれたのかもしれない。
次第に彼女とは、看護婦が仲良くしてねと言ったように、よく話す仲になっていった。



●○●



里沙と一緒に過ごして何日かしたある日、私は彼女にどうしてここに来たのか訊ねた。

「いやー、バイクに乗ってたらスピードの出しすぎでさ。事故して私の脚がバイバイって訳さ」

里沙は笑って私に話してくれた。
彼女がわざと面白おかしく話すので私はくすっと笑ってしまった。

「呆れる話だろ?」
「なんだかあなたらしいって思ったの。ごめんなさい」
「いや、いいさ。寧ろ笑ってくれる方が私は楽だよ」

私をすんなり許してくれた里沙になら、今ならなんでも話せる気がする。
里沙の次に、今度は私の話を続けた。

「私はね、猫を助けたら事故に巻き込まれて脚を失ったの」
「私の理由とは大違いだわ…」
「お互いに脚を失った者同士ね。……違いなんてないわ―」

声のトーンを落とし、私は静まり返る。
ごくり。
目の前の里沙が唾を呑んだのが分かる。
暫く里沙は私の様子の変化を伺っている。
二人の間に静かな時間。
私はこの静かな病室にいる彼女に問う。

「一緒に逝きましょう?」
「なっ…!」

当然里沙は驚いた。
無理もない。
だって私は“一緒に死にましょう”と言っているのだから。

「裕伊、正気に戻れ」
「私は正気よ。もうこんな人生は嫌なの」

間髪入れず私は里沙に反論する。
もちろん彼女も私に対して反論する。
しかしそれは無駄なこと。
私の意志は固い。
悪いけど、あなたごときの力では変えることが出来ないのよ。
目でそう訴える私のことを、里沙は今怖れた目をして見つめていた。

「里沙、私とあなたで“ここ”から脱け出そう…?」
「……脱け出すって…脚がないから無理に決まって…―」
「無理じゃない」

自信満々で言う私に里沙は圧された。
里沙は戸惑いを隠せない様子で次第に私への反論の言葉は減っていった。
今なら私の話を聞いてくれる。
そして私はある言葉を口にした。

「私たちのユートピアを探しましょ…?」

ユートピア。
桃源郷、理想郷の意。
私たちのユートピアと言うのは、脚がなくても自由のある、苦しみのない世界のこと。
何も窮屈な思いをしない理想郷を私は求めた。
“ここ”には理想郷なんて存在しない。
私は“ここ”にいる意味がない。
だから私は“ここ”からいなくなる。

「脚をなくしたあなたも私と同じ。“ここ”にいる意味なんてないでしょ?」
「………」

黙ったままを肯定とみて、私は里沙に微笑んだ。

「さようなら。裕伊と里沙―」

刹那。
病室はベッドだけの元の状態に戻っていた。



●○●



「そして“巫 裕伊”と“安達 里沙”はどこかへ逝った―。正確には死んでないんだけどね」

霊夢は目の前にいるアリスに向かって笑い話のように話した。
その話をアリスの隣で魔理沙も聞いていた。
この三人は今丸いテーブルを囲み、お茶会を楽しんでいた。

「つまり…裕伊って霊夢のことなのね」
「そうよ。かつての私」
「魔理沙はそのままって感じね…」
「なんだよその目は」

ここにいる霊夢と魔理沙はかつての裕伊と里沙。
そして裕伊と里沙はもうどこにも存在しない。
彼女たちを憶えている者も当然いない。
そうして忘れ去られた少女たちはやがて、ユートピアを見つけた。
幻想郷というこの地に辿り着き降り立った時、自分たちに脚がまた存在していることに喜びを感じた。
ここは理想郷。
彼女たちの理想が現実となる世界。
彼女たちは裕伊と里沙の遺志を継いで、自分たちの脚で地を歩くことが出来る、何も窮屈しないこの世界を見つけることが出来た。

「幻想郷はみんなの理想郷。私はここへ来ることが出来てよかった」
「あの時私はかなり困ったけどな」
「私に感謝しなさい魔理沙」

魔理沙は紅茶に手を伸ばし、更にその逆の手でテーブルの真ん中に置かれた焼き菓子に手を伸ばした。
霊夢の話は聞かなかったことにしますというように。

「全くもう…」
「まあいいじゃない霊夢。じゃあ今日は霊夢と魔理沙の歓迎会ね。歓迎っていうのも今更なんだけど」
「ん。じゃあ遠慮なくアリスに歓迎されるぜ」
「って!私にもお菓子残しなさいよ!?こらっ…!」
「ふふ。焦らなくてもまだたくさんあるわよ」

その様子をアリスはにっこり微笑んで見つめた。
賑やかなお茶会はこれからもずっと続いていく。

大切な仲間がいて、大切な人がいて、楽しいお茶会が出来る。

ここは幻想郷。
みんなの理想が集まって出来た、彼女たちのユートピア。

あなたもいつか幻想郷に辿り着く。



●○●






後書きという名の補足。



霊夢のリクエストでした。
一週間くらい書かなかったブランクが滲み出てるな…。
ユートピアというテーマで書きたいと思ったので、オリジナルの設定を取り入れながら書いてみました。

巫 裕伊(かんなぎ ゆい)は博麗 霊夢、安達 里沙(あだち りさ)は霧雨 魔理沙と同一人物です。
ちなみにタイトルのUtopIaは裕伊をイメージしてUとIが大文字になってたり。
どうして幻想郷で名前が変わってるのかというと、幻想郷で脚を取り戻した二人はかつて脚がなかった自分たちとの差別化のため、二人は名前を変えることを思い付きました。
霊夢は前の名前を連想させないような名前にしたのに対して、魔理沙は里沙という名前に「魔法使いの王」になるなど変なことを思いながらくっつけてみて魔理沙という名前を完成させた。
そうして新たに幻想郷の住人として暮らしていった、というオリジナル設定(世間はそれを二次設定という)を思い付いた訳です。
幻想郷には住人の理想が集まり、叶う場所と私は考えます。
忘れ去られた者だけが辿り着く地であり、そして裕伊と里沙が暮らしていた世界で普通に暮らす人々は幻想郷の存在を知りません。
本当はとても近い場所に幻想郷があるにも関わらず、人々は何も知らないまま普通に生活しています。
普通が出来なくなった二人だからこそ、幻想郷の存在に気付けたのだと思います。
相変わらずな文章ですみません…。
リクエストありがとうございました!

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あきゅろす。
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