闇と光の時間



●○●



目の前には漆黒の世界と、その世界の中央に鎮座するとても大きな懐中時計。
午前午後1時―
朝なのか夜なのかも分からないこの世界で、時計はその時刻を示していた。

「ここは……何処」

こんな何もない世界には見覚えがない。
一体私はどうやって迷い込んでしまったのかしら。
目が覚める前の記憶を思い出してみた。

紅魔館の掃除をしたり、足りない備品を整えたり、お嬢様のお世話をしたり。
いつもどおりで特に変わったことはなかったはず。

もう一度、辺りを見回してみる。
漆黒の闇に浮かぶ不気味な懐中時計以外は何もない。

「…っ!お嬢様…!」

そこには私以外誰もいないことに気がつき、不安が襲ってきた。
どうして私だけしか…。
もしかしたら、私は敵に囚われてしまったのだろうか。
だとしたらお嬢様や紅魔館にいる皆が危険かもしれない。

出口も分からない、だけどいてもたってもいられず、私は不安に追われて走り出した。



●○●



「お嬢様!お嬢様!」

届かない声を叫び続けてどのくらい経つのだろう。
どこまで行っても漆黒の闇が続くだけで出口は見つからなかった。
私は踵を返す。

「どうして…」

ただ、どこへ向かっても振り返る先にはあの懐中時計が鎮座していた。
後をついてきてるように思えるので、あまりにも不気味である。
午前午後2時55分―
私は一時間以上もさ迷い続けていたことを示される。
更にお嬢様たちの安否が心配になった。

「一体この世界から脱け出すにはどうしたらいいの……」

今は私以外誰もいない。
普段はこんな弱々しい姿を見せない。
けど、誰もいないというだけで与えられる不安は想像以上に大きかった。
急に皆の顔が思い浮かんで、私は目の前の懐中時計を見上げた。

「私はこのまま、ここで独りなの…」

静かなる世界に時が刻まれる音が響く中で、

「助けて…」

独り言は、静かに響いた。



●○●



―……ゴーン……―

大きな鐘の音が一つ。
ふと時刻を確認すると、午前午後3時を示していた。

―……ゴーン……―

鐘の音が二つ。

―……ゴーン……―

鐘の音が三つ。
そして音は消えてなくなると思っていた。

―ピキッ

え?
小さな亀裂が入ったような音に一瞬焦る。
次第にその音は次々に音を重ね合わせ、激しさを増していった。
音の発生場所を辿ると、懐中時計の上部から亀裂が入り破片が砕け散っているのが見えた。
よく見ると小さな硝子片が私の周りにも散らばっていた。
一体何が起こっているのか分からない。
懐中時計が壊れていく度に、何故か自分の身体に力が入らなくなっていた。
動くことが出来ず、ただ私は目の前の光景を見ているしかなかった。
その光景はとても儚くて、そしてこの漆黒の闇の終わりを告げているように思えた。
懐中時計もそろそろ跡形もなく粉々になろうとした時、私はその場に立っていることすら出来ない状態になり、倒れ込んでしまった。
意識が薄れていく中、この世界の時が止まったのを感じた。



●○●



「……―ゃ……咲夜」
「っ!!お、お嬢様!?」

あれ……私は一体…。
辺りをキョロキョロ見回すと、そこは見慣れたいつもの紅魔館だった。
しかも、私は床に倒れていたのではなく、ベッドの上で寝ていた。
何も状況把握が出来ていない私をベッドの横で見ていたお嬢様が話してくれた。

「あなた風邪みたいね。これだから人間は大変ね」
「え、ただの風邪……なんですか?」
「風邪と言っても、咲夜が倒れちゃった時にはびっくりしたわよ。困ってパチェまで呼びにいったわ」

まさか私が倒れることなんて…。
お嬢様は疲れが溜まったのよと言った。

「そうですか…ご迷惑をお掛けしました…」
「んー、たまにはいいんじゃない。あなたの素敵な表情と“独り言”を楽しませてもらったし」

………え。

「お嬢様。今なんて…」
「あら。言ってほしいの?助けてとか、私はここで独りな」
「あー聞こえません聞いてませんっ!」
「咲夜、人の話は最後まで聞きなさい」
「お嬢様の話は聞きます。でも私に関しての話は聞きません」
「全く。もうちょっと寝てもらってた方がよかったわね。そしたら可愛い咲夜にもっとあんなことやこんなことも出来たのに」
「ね、寝てる間に何したんですか!?」
「あら?自分の話は聞かないんじゃなかったかしら?」
「お嬢様ぁ…」

笑いの絶えないお嬢様を見ていたらさっきの記憶も不安も薄れてきた。
今思うとあの世界はきっと、疲れた自分が見せた精神世界だったのかもしれない。
それが夢となって出てきたんじゃないかと思う。
だとしたら私は相当疲れていたのかしら…。
でも今はほっとしているので良しとする。

ふと、ベッドの横のチェストに置かれている物に気がついた。
氷水に浸かったタオルと皿の上に乗ったリンゴだった。
リンゴはカットされていたけど、なんとなく歪な形をしていた。

「お嬢様、もしかして私の看病を…」
「えっ!?あ、ぁ…パ、パチェがしたのよっ!」

頬を赤く染めた姿を見て私は嬉しくなった。
そしていつの間にかお嬢様まで腕を伸ばし、ぎゅっと抱きしめていた。

「ありがとうございます、お嬢様」

お嬢様の温もりが、あの闇の時間から解放されたことを実感させてくれる。
もしかしたらあの時、私を救ってくれたのはお嬢様だったのかもしれない。
そう思うとまた嬉しくなって抱きしめている腕に力が入った。

「ちょっと咲夜!私まで熱がうつるでしょ!」
「ん、ごめんなさい。でも本当に寂しかったんです。こうしてると、寂しくないんです。だからもうちょっとこのまま…」
「もう、咲夜ーっ!」

そして時は、また動き始めた。



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あきゅろす。
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