雨傘ジェラシー(後)



●○●



ここは博麗神社境内。
普段から参拝客が来ないことに定評のある神社である。
神社内の縁側で暫く空模様を伺っている少女はこの神社の巫女、霊夢。
雨の日なんか特に参拝客が来るはずもない今日、一人だけ、客というよりは厄介者が霊夢のところに訪れてきた。

「もう、酷い天気だったわ」
「物好きね。なにもこんな悪天候の中来ることないでしょ」

紅魔館から出てきたレミリアだった。
彼女は日光に弱いらしいので今日みたいな雨の日に来ることは霊夢も分かっている。
雨の日には確実と言っていいくらい太陽が隠れているのでレミリアには絶好のお出かけ日和となるのだ。
だがしかし、雨に濡れるというリスクがある訳で。

「寒いし風邪引きそうだから霊夢に温めてもらうわ」
「うちの神社は畳だから濡れた客は帰って頂戴」
「ひっどーい。いくら全身ずぶ濡れだからって脱いで上がれだなんて」
「誰もそんなこと言ってないだろ」

このまま何を言っても帰りそうにないので霊夢はとりあえずレミリアを縁側に座らせて水気を取るものを探しに行った。



●○●



大量の布を持ってきてもレミリアはかなり濡れていて、遂には持ってきた布さえ水気を取ることすら困難な状態になってしまった。
霊夢は諦めて拭くことをやめた。

「なんでこんなに濡れてるのよ。あんた傘さして来たんでしょうね?」

霊夢はレミリアのすぐそばに横たわっている傘を横目に言った。
何故か傘は複雑骨折をしている。

「ちゃんとさしてたけど、途中から雨が強くなったから急いだのよ。そしたら傘が私の速度に追いつけなかったみたいで折れちゃった」
「傘をさしたまま飛んできたの?馬鹿ね」
「うるさいわね。この傘が折れるのが悪いわ」
「こんな日に来なきゃ問題なかったわよ」
「まさかこんなに雨が強くなってくるなんてね……フランは大丈夫かしら」
「なんで」

突然傘の話から妹の名前が出てきたのですかさず聞き返す。

「あの子は雨が嫌いなのよ」
「ふーん…」

ここで霊夢の脳内ではこの展開からどうやってレミリアを追い出そうか思考を巡らせる。
そして切れる頭は閃いた。

「今頃寂しがってるんじゃないかしら、あの子。早く帰ってあげた方がいいんじゃない?」
「どうして」

素直には引き下がらないか、なら。
ともう一押しする。

「あんた最近うちに来てるでしょ。前妹に会った時に聞いたけど、ずっと外へ出てないんだって?」
「そうよ」
「あんただけズルくない?」
「え?」

よし、掴みはばっちしだわ。
このまま行くのよ私!
気を引き締めて霊夢は続けた。

「妹には外へ出るなって言って、自分だけふらふら外へ遊びに行くなんて理不尽じゃない。妹が可哀想だと思わないの。今日みたいな雨の日くらいそばにいてやりなさいよ」

レミリアは黙ったまま、そばにある折れた傘を見つめた。
その横でちょっと言い過ぎたかしらと反省した霊夢はレミリアの様子を伺う。
傘の次に彼女は空を見上げていた。
雨は相変わらず止みそうにない。
彼女は傘と雨を見つめて何を思っているのだろう。



●○●



紅魔館門前。
雨だろうが台風だろうがいつもこの門を守っている門番の美鈴がいない。

「咲夜さん!咲夜さん!大変ですよ…!」

と思えば館内にその姿はあった。
かなり慌てた様子で咲夜を呼んでいる。

「大変ってどうしたの美鈴。門の番は嫌になったのかしら」
「それは大変じゃありません…じゃなくて!妹様のご機嫌が…」

妹様と聞いて、ふと朝の光景を思い出した。
大変と言われてとりあえず外へ出ていってしまったのか聞いたら、どうやら外へ出たのは庭までらしく、少し胸を撫で下ろした咲夜は美鈴からもう一つ気になることを聞いた。

「そういえばここへ来る途中、玄関の壁が一部焦げているのを見ました。そこにこれがあって……」

美鈴が咲夜に見せたのは一本の焦げた傘らしきものだった。
焦げた骨組みと少し残っている白の布地で、咲夜はレミリアが使っている傘だと判断した。

「多分妹様ね……」
「どうしましょう……もしこのまま紅魔館から出てしまったらお嬢様になんて言えば…」
「あら美鈴。門の番はどうしたのかしら」
「お嬢様っ!」

美鈴の背後にずぶ濡れのレミリアが立っていた。
咲夜はすぐさまレミリアのもとへ駆け寄った。

「お嬢様、傘をさされなかったんですか…?」
「持っていった傘は壊れたわ。今日はよく傘が壊れるわね」

レミリアは美鈴の手にある焦げた物を見た。
自分の傘だとすぐに分かった。
それは誰が壊したのかも、どうして壊されたのかも全て分かっていた。

「まだ傘があったか探してくるわ」

レミリアはそのまま踵を返して向かった。
そこへ美鈴がレミリアを呼び止めようとしたが咲夜は制止した。

「咲夜さん、傘を探しに行くなら自分の部屋に行かれるべきではないでしょうか…。あっちは玄関ですよ?」
「いいのよ。お嬢様は傘よりも大事なものを探しに行ったのよ」
「?」



●○●



どんよりした景色の中、小さな背中は降り続く雨に打たれ続けていた。

「イライラする…雨は大嫌い……お姉様も大嫌い……」

うずくまったフランドールの身体はとても冷たく、心も冷えきってしまっていた。
雨は無情のように降り注いでいる。
寂しい、虚しい、苛立たしい。
負の感情しかない。
フランドールの顔に滴る雨は涙の様に流れ落ちていく。
彼女は今、泣いているのだろうか。

「もう…嫌……」

ぐずっと鼻を啜る音を何回聴いただろうと思った時。

「フラン」

誰かの呼ぶ声が聞こえた。

「お姉様……」

雨の中だって聞き間違えることはない。
レミリアの声だった。
フランは背後からの声に振り向こうとしてやめてしまった。
自分のしたことはもうレミリアなら知っているからこそ、面と向かう勇気がなかった。
レミリアもフランドールを強制する様子はなく、ただ沈黙が二人の間に生まれた。
暫く黙ったままの二人だったが、堪えきれずフランドールは口を開いた。

「お姉様、今更何の用。傘壊しちゃったの私よ。分かってると思うけど」
「………」
「こうしてお姉様の言い付けも破ったわ。怒られて当然よね」
「………」
「もう私、地下から一歩も出ないから。みんなとも遊ばないし話さないようにする。だから……今はそっとして…」

ふわり。
冷たい身体に感じる温かみ。
それはフランドールを包み込むようにして。
雨は変わらず降り続けるのに何故か温かい。

「……ごめんね」
「お姉…様…」

寄り添う姉妹の思いが雨の中、二人を包んでいた。
降り注いでいる雨に打たれているはずなのに、身体を打ち続ける雨を感じない。
それはまるで、大きな傘の下にいるような温かみだった。



●○●



「傘はいいの…?お姉様」
「日傘は必要だけど……雨傘はいらなくなったわ。雨の日は、あなたから離れないから」



●○●

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!