Blue Tears



●○●



―もう傷つきたくないから…。

その言葉を残して突然去った。
お前が去ったら誰が悲しむのか知っているのか。

―さようなら。

掴みたいのに掴めない。
お前はふらふら何処か遠くへ行ってしまう。


心を閉ざしたお前は何処へ行ってしまったの?



●○●



地底から珍しい妖怪が出てきたのを目撃した妖怪達は何事かと騒いだ。
地霊殿の主が地上へと出てきたのだ。
何か不吉なことが起こる予感がして妖怪達はその主に近づかないことにした。
主は妖怪に忌み嫌われている。
「さとり」という種族が持つその能力故に、主は恐れられていた。
だから主は地底から出ることはなかった。
しかし、様子が可笑しい。
辺りをキョロキョロと見回し、何かを探しているようだった。

彼女はたった一人の妹を探していた。



●○●



―ここはどこ…?

そこは漆黒の闇の中。
ふらふら出てきて辿り着いた場所は知らない世界だった。
妹は闇にふわふわと浮いていた。
身体に力が入らない。
浮いているのに自分の身体がゆっくり落ちていくのが分かった。
このまま闇の底まで落ちていくのだろうか。

―ここは、ジゴク?

地獄だったらいつも近くにあったよ。
妹はふっと苦笑した。

―地獄、か。

ふと、一人の人物が脳裏を過った。
灼熱地獄跡の上の館で、いつも妹を待つ姿。

―お姉ちゃん…。

私、またお姉ちゃんに心配かけちゃった。
妹はふっと苦笑した。

―もう私は嫌なの。

でも、苦笑した顔から涙が零れた。

―この力で嫌われるのは、もう、嫌。

妹は青い瞳を閉じた。
悲しい青の涙がまた一つ零れた。

―ごめんね…お姉ちゃん。



●○●



「こいし……こいし…」

地霊殿の主、さとりは妹のこいしを探し続けていた。
慣れない地上での捜索は困難を極めた。
こんな時、あの子のことをもっと分かっていたら。さとりは自身を責めた。
さとりと同じ力を持ったこいしは、その力を封じ込み自身を閉ざしてしまった為、さとりの力でもこいしの心を読むことができなかった。
だから彼女が何処へ行ったのかすら掴めず、当てもなくさとりはさ迷い続けるだけだった。
行方が掴めないまま時間が過ぎていく。
さとりは地上の捜索を諦めていつものように地底で待つことにした。
きっとまたふらふら突然帰ってくるはず。
そう信じてさとりは地霊殿へと戻っていった。



●○●



地霊殿に戻ったさとり。
そこにはやはりこいしの姿はなかった。
こいし、どうしてさようならなんて…。
さとりは瞳を閉じて妹の最後の姿を思い浮かべた。
悲しい表情を浮かべて去った妹が、心にぐさっと突き刺さった。

―…ゃん……お姉―…ちゃ…ん―。

―!!
突然、さとりは微かな妹の声を聞いた。
喚ぶ声は、地霊殿の何処かから届いた。
近くにこいしがいる。そう悟った。
こいしが私を喚んでいる―。
さとりは瞳を深く閉じ、心の中でこいしを強く想った。
閉じた瞳の向こうで悲しい涙を流した青い瞳が見えた。

「こいし……泣いてるの?」

さとりがふと瞳を開くと、漆黒の闇の中にいた。
ここは地霊殿の中なのか疑問に思った。
その闇に、異常な程青い結晶が宙に浮いていた。
まるで結晶が涙で青に染まったようだった。
この空間で異様な存在感を放つ青い結晶を見つめた刹那、こいしの姿を結晶の中に見つけた。

「こいし……っ!!」

さとりは閉じ込められた妹に近づいた。
こんなにも近くなのに、厚い結晶の壁が邪魔をした。
さとりは結晶の壁を叩いて瞳を閉じたままのこいしを呼んだ。
声は届いていないのかもしれないが、壁を叩き、叫び続けた。
ドンドンと心音のように響く音にこいしは意識を取り戻す。
ぼんやりする視界は何故か青い色をしていた。
自分の持つ瞳と同じ色をしていたその青い世界の奥に、姉の姿を見つけてはっとなる。

「お…姉ちゃん……?」

意識を取り戻したこいしの姿を見て、さとりは更に壁を叩いて叫んだ。
しかし、口を開け何か叫んでいるさとりの声は結晶のこいしまで届かなかった。
こいしはもっと姉の声を聞こうと近寄ろうとしたが、狭い結晶の中では身動きがとれなかった。
こんなに近くにいるのに、声が聞けないなんて。
こいしはまた悲しい気持ちになった。

「お姉ちゃんの声、聞きたいよ―」

ふと、自分の青い瞳に視線がいき、気がついた。
自分の持つ能力を解放すれば、壁の向こうの姉の心を読める。
しかしそれをしようとするのがとても怖かった。
自分がどうして姉の前から去ったのか。
それは「さとり」が持つ力を、皆に恐れられ嫌われていたからだ。
こいしも「さとり」であるが故に心が読めた。
だから他の妖怪達から忌み嫌われることを、こいしは恐れた。
姉は気にするなとこいしに言い聞かせたが、こいしは妖怪達に嫌われて向けられる瞳に堪えられなかった。
こいしは自分の能力を嫌い、心を読むことを閉ざした。
遂には自身さえも閉ざしてしまった。
結晶に閉じ籠り、もう誰の瞳も届かない閉じた瞳の奥へと逃げ込んだ。

逃げ込んだのに、思い出すのは姉の顔。
こいしは閉じ籠った結晶の中で無意識にさとりを喚んだ。
殻に閉じ籠ったはずなのに、今は殻から出ようと心が急かした。
結晶を叩き続けるさとりを見て胸が苦しくなった。
切なくなった。
だからこいしは―。

「お姉ちゃん、ごめん……ごめんなさい…」

閉じた青い瞳を開け、こいしはさとりの心を読んだ。

―…こいし…っ…お願い戻ってきて…っ!
―…たった一人の貴女を失いたくないの…!

叫んでいた。
ずっと、ずっと、壁の向こうで。
妹を呼んでいた。

嫌っていたこの力で姉の心を読んでしまった。
それは凄く恐ろしいことで、凄く嫌なことだった。

「……ありがと、お姉ちゃん―」

でも、こんなにも心はとても嬉しかった。

壁の奥のさとりを見つめてこいしは心に想った。

―…今、帰るね―。



●○●



「お姉ちゃん」
「こいし……」

こいしの心が一瞬読めた時、青い結晶は硝子が割れたように甲高く大きな音を響かせて瞬く間に砕けていった。
砕けたと同時に閉じ込められていたこいしが力無くして落ちてきたのをさとりはしっかり受け止め抱きしめた。

「皆に嫌われるのが怖かったの…」

さとりの胸の中でこいしが囁いた。

「辛かったのね」

静かに微笑み撫でてあげるとこいしは少しずつ話し始めた。

「怖くて閉じ籠っても、お姉ちゃんのことを想ってた」
「私も貴女のことを想ってたわ」
「知ってる。私、お姉ちゃんの心を読んだから」
「こいし、貴女力を…」
「うん。でも、もうこの力はいらない」
「?」
「だって」

こいしはぎゅっとさとりに身を寄せた。

「お姉ちゃんのこと知ることができたから、もういいの―」

さとりも、同じようにこいしを強く抱きしめた。

「探してくれてありがとう」

こいしは瞳を閉じ、また涙を流した。
涙は青い色をしていた。

「お帰りなさい、こいし」
「ただいま、お姉ちゃん」

幸せの青い色が、頬を流れていった。



●○●

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