奇跡がもたらす雨の追憶



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神は恵みの雨を降らし、人々に希望をもたらした。

しかし、それも束の間の幸せ。
幸せで満ち溢れていた日々を噛み締めていたあの頃は何処へ消え失せたのか。

奇跡はもたらされたものでしかなかった。



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「早苗姉ちゃん!」

村の子供たちが早苗のいる所へ向かって力一杯走ってくる。
近づいてくる子供たちに早苗は勢いよく膝に抱きつかれる。
可愛らしい子供たちの笑顔を見て、早苗は頭を撫でてやる。

「いつも元気なのね」

撫でながら、心の中では言葉と逆のことを早苗は思っていた。
どうしてこんなに元気なのかしら、と。
その理由はこの村の状況にあった。
最近この村には雨が降らず、その為不作が続いていた。
食べ物が獲れず、先の未来に希望が持てなかった。
幸い、豊作だった頃に蓄えていた作物がここで役に立ち、今はなんとか食べていくことが出来ていた。
しかしそれも時間の問題。
子供たちはともかく、村の大人たちはいつかは尽きてしまう蓄えのことを思うと、こうして笑顔を振りまくことも出来ないでいた。
大人たちから何も知らされていない子供は、ただ無邪気な顔をして走り回っている。
早苗は、この笑顔も村ごと滅んでしまうと思うと胸が痛かった。
雨が降らずどうすることも出来ないことが悔しくて、でも自分に何か出来る訳でもなくて歯痒い思いだった。
今はただ、こうして絶えない笑顔を見つめて撫でるだけで精一杯なのだ。



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奇跡を起こせたら、私は村を救えるかもしれない。

元々神様への信仰を集め、神社で務めを果たしていた早苗は、この地から遠い南へと下った地にある神社へ修行をする為村を出た。
奇跡を起こす力を手に入れる為、村の為。
雨を降らす奇跡を私がもたらそう、と。
今、若い力を一人でも失うのは村にとっては痛手であっただろう。
しかしこれも村の為だと皆は納得し、最後に快く早苗を見送った。
早苗は奇跡の力を手に入れて帰ってくる。
皆はそう願い、早苗はそれを背に受けて修行に励んだ。
四十六時間南へ下り、かの地へ着くと彼女は修行に取り組んだ。
奇跡を起こす力を手に入れるのは容易いことではなかった。
彼女は時間を忘れて修行をした。



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そして遂に、早苗は奇跡を起こす力を手に入れた。
どのくらい経ったのか分からない。
ふと自分を見つめると、服が小さく感じ、身体が少し大きくなったような気がした。
少し休み、さて村に帰ろうと身体を起こしたところで呼び止められた。

「待て。まだ修行は終わってない」
「え、神奈子様?それはどういうことなのでしょう」
「お前の奇跡の力はその程度では開花されていないということだ」
「では……私はどうしたら…」

神奈子とはここ、洩矢神社の神様であり、早苗の修行をずっと見守ってきた人物だった。
奇跡を起こす力を手にすることが出来たのは神奈子のお陰だった。
奇跡の力を手に入れた為一刻も早く帰りたかった。
しかし力が不充分となれば帰っても仕方がないと早苗は思い、神奈子の話を聞くことにした。

「お前は私と共に幻想郷へ来るのだ」
「幻想郷?」
「今のお前の力でこの神社を幻想郷に移す。そこでお前の力は開花される」
「……そうしたら…、幻想郷に行ったら、私はあの村には戻れなくなるのでしょうか」

別に力を得るためどこかの地へ動くのは何とも思わなかった。
でも心配なのは村のことだ。
懐かしい顔が思い浮かぶ。

「早苗……お前が強くなった時には村に戻れる。覚悟があれば、な」

何か意味を含めた言い方をする神奈子に、早苗は不思議に思った。
でも、今はどういう意味なのか分からない。
とにかく善は急げと言うではないか。
早苗はこの洩矢神社と共に幻想郷へと姿を消すことになった。



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あれから数日……、あれからというのは洩矢神社を幻想郷に移してからの数日。
幻想郷に住む紅白の巫女と白黒の魔法使いに洗礼を受け、早苗は自分の力がまだ及ばないことを知った。
それから彼女は幻想郷で修行を重ねていた。

「早苗…ちょっといいか?」
「あ、神奈子様。私に何か…?」

洩矢神社から少し離れた場所に美しい山の湖がある。
早苗はその湖の畔を修行の場としていた。
今その場所には早苗と神奈子の姿がある。
湖に映る神奈子はどこか悲しい表情で早苗を見つめていた。

「神奈子様?」

なかなか打ち明けようとしない神奈子の名を返した早苗。
神奈子は難しい表情をしてようやく口を開いた。

「早苗、村に戻りたいか?」
「え」
「今ならもう良いのかもしれない」

突然のことに一瞬言葉を失ったが、早苗はすぐに戻りたいと返事をした。
神奈子もきっとその返事を待っていたのだろう。
湖がざわりと揺らぐ。
すると畔にあった二人の姿は忽然と消え失せた。



●○●



“お帰り―。早苗ちゃん”

そんな言葉を聞きたいと、どれほど思ったか。
どうしてこの村を置いて行ってしまったのか。
目の前の現実と、後悔の念ばかりが早苗を苦しませた。
早苗が戻りたかった場所は、かつての面影を残さず消えていた。
土は痩せこけ、家が建っていた場所には虫に喰われて腐りきった柱が佇んでいる。
視界がどす黒い世界に支配される。
信じられない光景を目の当たりにし、声まで出なくなってしまった。
早苗はただ、その滅んだ村の跡地を見つめている。
見つめる瞳に光が宿ることはなかった。

「この村に、奇跡的にも雨が降り続いたことがあった―」

神奈子は、早苗がこちらの世界で修行をしていたあの日々での村のことを語り出した。

「大量の雨が続いてな。最初は村中大喜びだった。でも、その雨がずっと降り続けたら、どうなったかお前には分かるだろう」
「……ぃゃ…」
「大地は緩み、森や人を支えられなくなった。村は雨にのまれ―」
「いや…っ…!!止めてくださいっ!!」

甲高い声を上げて取り乱す。
空気を遮り少女は泣き崩れた。
神奈子は早苗に近づき屈むと刹那、服を思い切り掴まれた。

「神奈子様……どうして貴女はそれを知っているのですか……貴女が、雨を降らせたんですかっ…!」
「私ではない―」
「じゃあどうして雨がっ…」

掴む手に力が篭る。
怒りで震えている。
涙を流して震えている。

「天候は神が造り出すものではない」

早苗は顔を俯せて神奈子を見ていないが、神奈子は早苗を静かに見つめる。

「早苗、奇跡とはなんだ」

彼女に問う。
お前の求めていた奇跡とは、こんなものだったのか。
神奈子は早苗の顔をこちらに向かせる。
弱々しくなってしまった瞳が怯えながら神奈子を見つめ返した。

「奇跡には、良いものも悪いものもある。奇跡が、災害をもたらすことだってあるんだ」
「そんな…」

―ぽつ……ぽつぽつ……ザアー……。

早苗と同調するかのように雨が降りだした。
黒い世界に映る二人をびしょびしょに濡らし、雨は身体を打ち付けた。

「……私は村を置いて、何がしたかったのでしょう…」
「雨を降らせて、村を救いたかった」
「でも、その雨が奇跡的に降ったせいで、救いたかった全てが奪われた……」

瞳にまた大きな粒が溜まった。
雨なのか涙なのかも分からない粒は早苗の頬を流れていた。

「……奇跡なんて、起きなくてよかったのに…っ…!」

いつの間にか、神奈子はぐっと早苗を抱きしめていた。



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雨の音と少女の泣き声が入り交じる黒い世界。
昔そこは、子供が走り回り、大人は笑っていた世界があった。
雨の中で、かつての村を追憶す。



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後書きという名の補足。



早苗さんのリクエストでした。
リクエストしてくださった方、ありがとうございます!
今回は曲からの創作ということで何を元にこの話が生まれたかと言いますと、IOSYSで有名なARMさんのインストCD「bloom」のRainbowよりイメージして書きました。
雨の中、外を駆けていく子供たち。
しかしそれは雨が見せた幻影で、本当はそこに子供たちなんていなかった。
Rainbowを聴いているとそんなイメージが思い浮かびます。
もしCDを持っている方がいましたら聴きながら読んでみてください。
若干途中から曲のイメージと物語がズレてきちゃいましたが(^^;
全体的に雨という単語がキーワードになっています。
曲タイトルは虹ですが、キーワードを虹にしなかった理由は、虹には明るい未来のイメージがあるので暗いものには向かなかった為です。
最後のシーンに雨が上がって虹が出たら明るい感じの物語にも見えたりしますよね(笑)


それでは物語に触れた話でも。
雨を降らせることが出来る力を手に入れる為、天を創造する力(早苗はこれを天候を操る力の意と考えてます)を持つ神奈子のところへ修行をしに行きます。
元々早苗は秘術を扱う子孫であるので、奇跡を起こす力は修行程度で手に入れらます。
修行で遂に力を手に入れますが、ここで神奈子は村へ帰さず早苗を幻想郷へと導きます。
その理由はその時の村にありました。
じつはこの修行は、数年という単位で時が経っていたのです。
そのことを早苗は知らなかった為、力を手にした時には既に村が壊滅していたことを知りませんでした。
村が壊滅していたことを知っていた神奈子はこのまま村に帰すことはしない方がいいと考え、力がまだ不充分だと言い神社を幻想郷へ移す等の理由を付けて早苗を幻想郷へと連れていったのです。


神頼みをしても叶わないことは多いですよね。
天候なんて誰に頼んでも変えることなんて出来ません。
雨が降ることは偶然であり、ある意味それは奇跡的でもあると思うのです。
奇跡が起これば助かるっていうのが一般的なイメージですがここは敢えて、奇跡は起きたが助からなかったって話にしてみました。
だから全体的に暗いんですね←
暗い話を書くときが一番力が入るのはなんでだろう…。

いかがでしたでしょうか?
暗いけどこの話は気に入ってます。
神奈子の口調ってこんなんでいいのか?と内心ツッコミながら終わります←
ここまで読んでくださりありがとうございました!

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あきゅろす。
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